LOVELY3<三人のペテン師>

by アリー

「何という亊を言うのだ、健。」
南部は驚いて、健をたしなめた。健はキースに対してゆだんなく構えたままである。
「ゾンビ化している父親を前にしての冷静すぎる行動。町でギャラクター隊員を見た
時の怯え様。そして、南部博士を見た時の驚き。キース。君はギャラクターからの
脱走兵だろう。」
健は南部を庇うように立ち、じっとキースを見据えている。一方、ジョーはいつの間
にかキースの背後に立ち、ジーンズに突っ込んであるコルトのグリップの部分を
人さし指でコツコツと叩いている。
キースは健の顔をグレーの鋭い瞳で睨みつけたが、やがて、あきらめたように肩を
落とした。
「健、君の言う通り俺は脱走兵だ。」
しかし、すぐに顔を上げると南部に訴えた。
「南部博士!今お話した亊は全て真実です。お願いです、信じて下さい。」
キースはそう一気に言うと床に視線を落とし黙り込んだ。
健とジョーはキースを拘束しようとじわりと一歩前に踏みだす。しかし、南部は
それを手で制止し、キースに話しかけた。
「包み隠さずに、始めから全てを話したまえ。どうして君がギャラクターに入り、
なぜ、脱走したのか?そして、それは、この事件とどんな関わりがあったのか?」
どちらかというと寡黙な性質らしいキースは考え込んでいたが、南部の温かい茶色の
瞳に励まされるようにしてぽつり、ぽつりと話し始めた。
「俺は汚染事故に巻き込まれたあのちっぽけな町、モリスタウンで生まれ育った。
親父は貧しいながらもどうにかこうにか義務教育だけは出してくれ、その後、俺は
ユートランドシティへ働きに出た。都会に出れば俺なんざ糞みたいなものさ。
学はねえ、コネはねえ、金もねえの三重苦よ。なにかでっかいことがしたいなんて
夢ばかり追っていた俺はすぐに挫折したってわけだ。」
「それで、ギャラクターに入ったって訳か。」
健は、低い声で尋ねた。
「ああ、始めはギャラクターってことは知らなかった。うまい儲け口があるって話
だったんだ。それまでにも結構やばい橋も渡ってたしな。途中でギャラクターだと
わかったときには遅かったし、正直言って抜けるには魅力的すぎた。なにしろ無料で
銃の撃ち方も、格闘技も必要なことは全部教えてくれたし、やればやるだけ地位が
あがる。俺は元々こういうことに向いていたんだろうな。」
窓からは一陣の風が吹き込んできてレースのカーテンを揺らす。三人は黙り込んで
キースが語る言葉に耳を傾けていた。
「そんな時、汚染事故が起こった。それまで、あの施設で何を研究しているかなんて
知らなかったんだ。ギャラクターは汚染の被害を止めることができなかった。俺は
生まれ故郷の町が心配でたまらなくなって、とうとう抜け出した。だが、既に町全体が
汚染の被害を受け、親父もゾンビになっていた。
 南部博士、俺はようやく自分がどんなことに加担していたかに気が付いたんです。
研究所には解毒剤があります。俺だけじゃ、とても盗み出せないけど、博士ならきっと
なんとかできるはずです。俺、後でどんな罰でもうけますから、どうか、助けて
下さい。」
腕組みをして眼を閉じて聞いていた南部はゆっくり口を開いた。
「解毒剤が研究所にある、そういったね。キース君。」
「はい、あの事故が起こった時、仲間が解毒剤を投与されて元気になったのを見まし
た。だけど、俺は警備担当だったので、解毒剤の詳しい保管場所までは知りません。」
「この症状はどのような経過を辿るのかね?そして、生命の危険はあるのかね?」
「正気を失い、攻撃衝動が高まって、ちょうど、ホラー映画のゾンビみたいな状態に
なります。そのままずっと興奮状態が続いて、放っておくと食べることも眠ることも
しない。だから、時間の経過と共に体が弱っていく。親父は年だから相当弱ってまし
た。多分、限界に近いと思う。」
健とジョーは眼を合わせた。時間的余裕からいっても、この事件のケリは自分達でつけ
ることになるだろう。ふたりは南部からの指令が下るのを予期し、心を引き締めた。
南部がまさに二人に指示を出そうとした時、ジョアンナが大音量で叫びながら二階
から駆け降りてきた。
「ちょっーと、ちょっと、みんな、大変よ!外を見て。」
健は素早く窓際に寄り、きっちりと閉めてあったカーテンの端からそっと外を
覗いた。道が岬を回り込んだ辺りで装甲車とそれに先導されたトラック数台が埃を
巻き上げながら近づいて来ていた。キースはいつの間にか健の脇から同じ様にそっと
外を覗いていた。
「あの車両は汚染地域の調査をしているんだ。そして秘密保持の為にゾンビ化した
人々を収容し研究所に狩り集めているんだ。もうすぐここにもやって来るだろう。」
「おい、博士も健も、こいつの言うことを鵜呑にするつもりか?俺はそれは危険だと
思うぜ。」
ジョーがキースの意見に異を唱える。
「いや、ジョー。私は彼を信じようと思う。ジョー、健。彼と協力し解毒剤をギャラ
クターから手に入れるのだ。」
南部はジョーをたしなめるように言った。"ちっ、甘いぜ"ジョーは健にだけ聞き取れ
るような小声で言い、爪を噛んだ。
「それにしても、博士。俺達はともかく、博士はジョアンナとアニーを連れて身を
隠し、ここから脱出してください!」
なんの備えもないこの別荘でギャラクターと戦うのは不可能である。万が一にも
南部博士の身を危険に晒すわけにはゆかぬのだ。それに比べて顔の知られていない
自分たちだけなら捕らえられたとしても後で挽回のチャンスはいくらでもあると健は
考えた。
「アニー!、アニーはどうしたのだ?健。」
その時、南部は部屋を見回し叫んだ。ジョーが慌てて答える。
「十分程前に、海がみたいからって外でわかれました。そうか、まずい!」
 ジョーは即座に外へ出ようとドアに向かった。そのジョーの後ろ姿を健が止める。
「待て。今から行っても手遅れなだけでなく、皆の命を危険に晒すだけだ。今は
諦めろ。あとで必ず助け出すチャンスは来るはずだ。」
健はまるで心のスイッチが切り替わったかのように冷静に言った。南部は苦しげな
表情で健に同意するようにうなずいた。
「くそっ!」
ジョーは拳を壁に叩き付ける。
「まず、博士とジョアンナの安全を確保するのが先だ。」
先程のナイーブな心を持つ青年は姿を消した。そこには鉄の意志を持った、彼等の
リーダーであるガッチャマンがいた。


ガガガガ・・・・。揺れる装甲車の上で外を見張っていたギャラクターの隊員が声を
上げた。
「お?普段はひと気のない別荘の前に車が止まっている。よし、今度はあの別荘を
調べてみるぞ。この辺にも汚染が広がっているのは確実だからな。」
「アイ、アイ、サー。」
 装甲車と二台のトラックは別荘の前へとハンドルを切った。
ギャラクターの兵士がドアを足で蹴り開けた時、彼等が眼にしたのは意外な光景
だった。若者三人が床に座り込み、ビールやバーボンを片手に酒盛りをしていたから
だ。若者達は酔いが回っているせいか、反応も鈍く、酔眼をすがめてギャラクターの
隊員達を見上げている。
「なんらよ、おまえ達はいったい何者ら?」
ブラウンの長髪の男はろれつがまわらぬほど酔っている。ギャラクターの隊員は
その男の顔に鼻を近付けるとあきれ果てたように言った。
「うへっ、酒臭い。ゾンビ化はしちゃいないが、そのかわり三人とも完全に酔っ払って
いるぞ。」
ギャラクターのリーダーがブラウンの髪の男の隣に座っている青いTシャツを着た
男の襟首を掴んで立たせた。青いTシャツの男はご機嫌で鼻歌を歌っている。
「おい、海岸にいた女はおまえ達の仲間か?他にも誰かいるのか?」
リーダーはジョーの体を乱暴に揺すぶって尋ねた。鼻歌は一瞬だけ途切れたが、
大きなゲップをすると再び歌いだした。リーダーは脇に立っている隊員に命令した。
「おい、一応他の部屋も調べてこい。この近辺の住民は一人残さず連行せよとの上から
の命令だ。」
数名の隊員が指示通り部屋を出て行き掛けると、ジョーのグレイの瞳がきらりと
光り、ふらりと立ちはだかった。
「おまえ達、人の家ン中にずかずか入るんじゃねぇ!」
叫ぶと同時に一番近くにいた隊員にむかって殴りかかった。
科学忍者隊の中でも殊に一対一で戦わせたら他の追随を許さないジョーである。
あっというまに隊員達をのしてゆく。部屋の中は大混乱に陥った。自分たちに反抗する
一般市民がいるとは思ってもみなかったギャラクター達は、このやけに威勢のいい
酔っ払いどもを捕まえようとしたのだが、強かに酔っている割りには恐ろしく動きが
機敏な若者達と狭い室内で追いかけあい、不格好な殴り合いを演じなければならな
かった。
「よし、ジョー、もういい。」
健の一言を合図にしてようやく殴り合いが収まると、ギャラクター達は健、ジョー、
キースの三人に後ろ手に手錠をかけた。
「てこずらせやがって、ようし、こいつらをトラックに乗せろ。向こうに着いたら
痛い目に合わせてやるからな。」
リーダーはジョーに殴られた頬をさすりながら命令を下した。


装甲車とトラックが来たときと同じように、エンジン音を響かせながら走り去った
後、キッチンの床板の一部がゆっくりと持ち上がり、床下倉庫から南部とジョアンナが
顔を出した。
「ギャラクターは行ってしまったようだな。」
「ねえ、あの三人は大丈夫なのかしら。」
ジョアンナが珍しく神妙な顔をして尋ねた。南部は身軽にキッチンの床に出て、
ジョアンナの腕を取り床下倉庫から引きずり上げた。
「大丈夫だよ。彼等は君が考えているよりはずっとタフで強い男達なのだから。
さぁ、それよりも急いでここを脱出しよう。一刻も早くISOに戻って救援を派遣しな
ければ!休んでいるヒマなどない。さぁ、立って。」
「ええーっ。くたくたなのに、すぐ行くの?」
ジョアンナは床下の埃で顔をすすだらけにしながら情けない声で叫んだ。しかし、
ギャラクターとの対決で頭が一杯の南部はジョアンナの泣き言が耳に入らないようで、
速足で外へと出ていった。
ジョアンナは生まれて初めて困難を自力で乗り越えるために、ポケットに入っていた
南部の白いハンカチで涙をぬぐい顔をあげた。


健とジョー、そしてキースの三人は銃で小突かれながらトラックの荷台に足をかけ
た。中を覗くと、そこには先客としてアニーが手錠をかけられたまま座っている。
「健!ジョー!」
アニーは驚きのあまり目を見開き、すぐに健、ジョー、キースの背後を首を伸ばして
のぞき込んだ。そして、彼等の後ろに南部がいないことを知ると、ホッと安堵のため息
をついた。
 三人がアニーの近くに腰をかけるとアニーは顔をしかめた。
「やだっ、酒臭い!あなた達、パーティでもしていたの?おまけに、まあ、ハンサムな
顔が台無しじゃない。」
殴られて口の端から血をしたたらせている三人の顔を見て言った。
「突然、健がバーボンでうがいをはじめて、残りは俺達にぶっかけて・・・なぁ、健?
あの時はお前がどうかしちまったのかと思ったぜ。」
「つまりね、アニーさん。俺達はバカ騒ぎを演じなければならなかったんですよ。
ギャラクターが別荘のあちこちをチェックするのをうっかり忘れるぐらいね。」
健は口元の血をぬぐおうとして顔を肩にこすり付けながら言った。
「俺達の迫真の演技をあんたに見せたかったぜ。ま、アカデミー賞ものの演技だった
よなぁ。」
ジョーの言葉に少し緊張が解けたアニーはクスリと笑った。
「それじゃぁ、コウは無事なのね。」
「大丈夫、ジョアンナと脱出しているはずさ。すぐに救援部隊を送ってくれるは
ずだ。」
エンジンの音が高鳴りトラックはスタートした。でこぼこ道をゆく車の揺れに合わ
せて、一同の体は右に左にと揺れる。小さなため息をついたアニーは目をつぶり、
ジョーの肩に寄りかかった。


南部はズボンのポケットからアニーの愛車のキーを取りだした。昇り始めた月が
シルバーのベントレーを冴え冴えと照らしている。ジョアンナが水のボトル数本を
両手に抱えてやって来た。
「博士、言われた通り、水のボトルを持って来たわ。もう、これしかなかったけど。」
南部はベントレーの助手席のドアを開けてやった。
「ジョアンナ、いいかね。大事なことだから絶対守って欲しいのだが、これからいい
というまでボトルの水以外のものを飲んではいけないよ。汚染されている可能性がある
からね。」
 ジョアンナは助手席に乗り込んでシートベルトを着けた。
「わかったわ。とにかくゾンビはもうたくさんよ。ねぇ、ねぇ博士、ロケ隊の皆は
どうしたのかしら?」
「たぶんギャラクターの一味に連れ去られた可能性が高いだろう。汚染事故から研究所
の存在をたどられるのをおそれ、事件を隠すのに必死な様子だったからね。」
 ジョアンナはあどけない顔に不安の表情を浮かべた。
「あんなになっちゃって・・・直るのかしら?トニーにメイクのジェーン、監督の
ロジャー・・・。」
「すべてはあの三人が解毒剤を入手できるかどうかにかかっている。」
ジョアンナは南部のポーカーフェイスの横顔を見つめた。
「博士はあの人たちの亊が心配じゃないの?冷たいのね。」
南部はジョアンナの問いかけに何も答えず、車を発進させた。


健達を乗せたトラックは20分ほど田舎道を走った後、人目を避けるように建てられ
た工場の門へと入っていった。ギャラクターの隊員に銃を突き付けられながらトラック
から降りると、目の前には白い外壁の巨大な建物があり、さらに奥には何棟もの工場や
巨大なタンクが続いていた。
森林を切り開いて広大な敷地に広がる建物は、一見、製薬会社の工場のように見え、
表向きには民間の研究施設を装っているに違いなかった。
門の警備用の詰め所にも通常の警備員らしい服装の男が配置されていて、ギャラ
クターを思わせるものは何もない。
ギャラクターの隊員に監視されながら建物の奥へ連れて行かれるにしたがって、
例の緑色の戦闘服姿の男の比率が増えて行く。それでもこの建物が研究施設である
という性格上、白衣をまとった人間が目に付いた。
連行されながらも、健とジョーは脱出時の亊を考え、抜け目なく周囲の観察をして
いたが、小走りに廊下を急ぐ研究員と思われる男達とすれ違ったり、銃を携帯して
規則正しく駆ける一団に出くわしたりと、ずいぶん慌ただしい雰囲気が漂っていた。
「やけにバタバタしてねえか?」
ジョーが小声でつぶやいた。
「今、汚染事故の処理とゾンビ化した者への対応で上を下への大騒ぎの最中なのさ。」
キースが小声で答えた。
四人は長い廊下の突き当たりの部屋に連れてゆかれた。その部屋の奥に鉄製の扉が
あり、彼等は手錠のままその扉の向こう側へと次々に突き飛ばされた。やがて鉄製の
ドアが重々しく閉じられ、ガチャリと鍵がかけられる音がした。
アニーは部屋の内部を見回した。その部屋は収監専用の部屋でなく、通常は物置き
として使われているようで、壁際にごたごたと雑多な荷物が積み上げてあった。ただし
窓はなく、外の様子は見られない。
「どうして私達を監房に閉じ込めないのかしら?」
アニーは振り返って尋ねた。
すると驚いたことに、健とジョーはほんの2、3秒の間に既に手錠を外していた。
アニーは眼を丸くした。コウはなんという若者達を身近に置いているのだろう。
「監房はゾンビみたいになった住人でパンク状態なんだろう。」
健はいくらか赤い痕のついた手首をさすりながら答えた。そして、キースやアニーに
気付かれないように、そっと左手のブレスレットのスイッチを入れた。ブレスレット
のマークが規則正しく点滅し始める。
埃だらけの床の上に突き飛ばされようやく立ち上がったキースは、健に近づき
尋ねた。
「健、監房の場所はここからそう遠くはない。俺の親父や町の住人を助けに行くん
だろ。」
健はキースを落ち着かせるようにと肩を叩いた。
「四人で助け出すには人々の数が多すぎる。むしろ、一箇所に監禁されていたほうが、
救援隊が来たとき助け出すのが容易だろう。もうすぐ、南部博士の命令により、
科学忍者隊や国連軍がやって来る。それまでは、このままにしておこう。」
健はキースに冷静に説明しながら彼の後ろに回り込み、手錠を外してやった。
「今はむしろ解毒剤を確保することが重要だ。キース、どこに保管してあるかわか
るか?」
「前にも話した通り、研究棟にあるということ以外詳しいことはわからない。
研究棟は、このA棟の隣の建物だ。」
キースは残念そうに言った。彼からすれば、体が弱っている父親を一刻も早く助け出し
たいのであろう。
「ジョー?」
健はジョーの方を振り返り呼びかけた。
ジョーはきょろきょろと辺りを見回している。その表情は自信たっぷりで、むしろ
楽しげですらあった。ジョーの脳裏には既に十通りもの脱走手段が浮かんでいるの
だろう。
"コンドルのジョーをこんな部屋に入れて監禁したつもりになっているとは、相変わ
らずギャラクターもなっちゃねえな。"ジョーは胸の中でつぶやいた。
「聞いているのか?ジョー。」
「もちろん、聞いているさ。へっ、こんな部屋に押し込めるとは、俺達も舐められた
もんだな。」
「ジョー、ただ、脱走するだけじゃなく、まずは、解毒剤か、またはその調合方法を
手に入れるんだぞ。」
健は楽しげなジョーを戒めるように言った。その時、アニーが二人の背後から声を
かけた。
「お二人さん?」
後ろ手に手錠をかけられたまま荷物の上に腰掛けている姿はなかなか色っぽい。
「そろそろ、私の手錠もはずしてくださらない?ベッドの上で特別な人と一緒なら
ともかく、むやみやたらに縛られる趣味はないのよ。」
「ああ、すっかり忘れていた。」
健は頭を掻き、アニーの手錠をはずそうと手をかけた。その姿を見て、ジョーは
うなずいた。
「おい、健、脱出方法だが、ここは、やはり古典的方法を試すとするか。」
「古典的方法?」
三人の視線はジョーに集中した。ジョーはにっこり微笑んだ。
「いいか、聞いてくれ・・・・・。」


 トン、トン・・
遠慮がちに扉を叩く音に監視役の男が顔をあげた。
「ちぇっ、」
手にしていた日誌を閉じ、めんどくさそうに立ち上がると扉の方に歩いていく。
鍵を開け、鉄製のドアを細めに開くと、アニーが顔をだした。
「お友達が気分が悪いっていうのよ。もしかしたら例のゾンビになっちゃうのかも
しれないわ。お願い!助けてあげて。」
隙間から覗くと、一緒に閉じ込めた男達は床に転がりうめき声を上げていた。
「ゾンビなら山程いるさ、今さらひとり、ふたり増えたってどうということはない。」
監視役の男は冷ややかに言うと、扉を閉めようとした。
「待って!私、ゾンビといっしょに閉じ込められるなんてイヤよ。助けてくれたら
なんだってお礼はするわ、ね。」
手を後ろに縛られたままのアニーは閉まろうとするドアに肩を入れて押さえた。監視の
男の眼に深くカットされたデザインの胸元が飛び込んできた。ほくろ一つない滑らかな
肌から魅惑的で甘美な香りが立ち上り、鼻をくすぐる。
アニーはうるんだ瞳で男を見つめた。
"こんな綺麗でセクシーな女がなんだってしてくれるっていうんだ。こんなチャンスを
逃す奴は男じゃない。"
男は口元にだらしない微笑みを浮かべた。
「ああ、じゃあ、問い合わせだけはしてやろう。だが、薬は貴重なんだ。あまり期待を
してもらっちゃあ困るぞ。」
男はデスクのほうへ戻って電話の受話器を上げ、番号をプッシュした。しばらくの
沈黙の後、話し始める。
「ああ、もしもし、こちらA棟の警備のマークだ。第一研究室のドクター・マッコーリ
主任に変わってくれ。」
受話器から保留音が流れる。
その時、マークは後ろから突然羽交い締めにされ、受話器を取り上げられた。そして
何がなんだかわからないうちに口にハンカチを詰め込まれ、足払いを食わせられると
床に押付けられた。どうした、何が起こったんだ。こいつらは具合が悪くてゾンビに
なる寸前じゃなかったのか?信じられない。猛者で通っている俺が、まるで赤ん坊
扱いだ。
床の上から見上げると、さっきまで閉じ込めていた男のうち、茶色い髪の男が受話
器を耳に当てていた。
「こちら警備のマークです。」
「もしもし、研究主任のドクター・マッコーリだ。」
健はマークの声に似せて応答した。
「解毒剤の移送を行うそうです。在庫すべてを移送するようにとの命令です。現在どれ
くらいの数がありますか?」
「うむ、約200人分の薬がある。」
「わかりました。10分程でそちらに取りに行きますので準備をお願いします。」
「それは、また、随分急な話だな。一体誰からの命令なんだ?」
健とジョーは息をのんだ。誰から?なんと答えればいいのか?
その時、キースが机の上に乗っていたメモ帳にボールペンで人名を書きなぐり、
健に差し出した。健はそれを手に取り読み上げた。
「あー、えーとですね。それはフィッシャー司令官からの命令です。正式な命令書は
後日送るそうです。」
「フィッシャー司令か、ま、汚染事故の責任者だからな。被害は相当深刻なのだろう。
わかった。至急用意をしておくから取りに来たまえ。」
「はい、では、また後で。」
健は受話器を切り、ほぉーっと大きくため息をついた。
「第一研究室のドクター・マッコーリか。場所はわかるか?キース。」
健の問いにキースは黙って頷いた。
ジョーは床に押さえ付けられ、呆気にとられているギャラクターの男に向かって
親しげな笑顔を作ると話しかけた。
「へへっ、すまないな、マーク。スケベ心を起こすとロクことにならないって亊を
覚えておきな。」
キースは手早くマークの体をさぐり、鍵束、警棒を取り上げ、更に胸ポケットから
プラスチック製のIDカードを探りだし、腰からは拳銃を抜き取った。その手際の良さ
にジョーは口笛を吹いた。
「なかなかやるじゃないか。キース。」
キースは苦笑いをした。
「7、8年もの間、こんなことばかりしていたからな。いよいよ研究所に行くんだろ。
俺はギャラクターのユニフォームを取ってくるから待っててくれ。」
キースは音も立てずに廊下へ出ていった。
健がマークを縛り上げ、口にガムテープを貼ってから抱え上げようとすると、アニー
の手錠を外してやっていたジョーが手伝うために側に来た。
「どうだ?ジョー。キースを信じる気になったか。」
「機敏で頭のいい奴だ。しかし、相手は何年もギャラクターにいた男だからな。用心
するに越したことはない。」
二人はマークを引きずってゆき、先ほどまで自分たちが監禁されていた部屋に転がすと
鍵をかけた。
「キースは裏切りはしない。大丈夫さ。」
健はきっぱりと言った。
「なんでそう確信できる?健。根拠は何だ?」
「ただの勘だよ。」
「話にならねえな。」
ジョーは肩をすくめた。
「俺の勘をばかにするなよ。お前と初めて会った時、お前は周囲の手を焼かせる、ふて
くされた面をした生意気なガキだった。だけど、その時、俺の勘は俺にこう告げた。
"こいつは俺にとって特別な存在になるに違いない"ってな。」
健は大まじめに言った。
「へっ。」
ジョーは照れ臭そうに横を向いた。
その時、ドアが静かに開くと、一人のギャラクターの隊員が顔を出した。健も
ジョーもアニーも不意をつかれて仰天した。しかし、すぐにそれがギャラクターの
ユニフォームを身に付けたキースだと気がつき、一同はほっとため息をついた。
「サイズを見繕って適当に持ってきた。」
キースはドサッと床の上に緑の戦闘服を投げ出した。健とジョーは服の上に手早く
戦闘服を身にまとう。
「気をつけて。」
アニーが声をかける。彼女はここがまるでワールドプレミアの赤絨緞の上であるか
のように優雅に立っていた。
「すぐに戻るから、この部屋で待っていてください。」
健の言葉にアニーはうなずいた。
キースはドアの外に顔を突きだし左右を見回すと、廊下へと出てゆく。健はその後を
音も立てずに続いた。ジョーはアニーを元気づけるようウインクをしながら監禁部屋を
後にした。


To be continued 


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