LOVELY5<愛情の行方>

by アリー

 研究所内は何の問題もなく通りぬけることが出来た。研究所の玄関を出ると、正面
には警備兵の詰め所、右手には広々とした駐車場があり、奥の方には彼等が連れて
こられたトラックが駐車しているのが見えた。
研究所員に扮したジョーとアニーを残し、健とキースは詰め所の中へ入って行った。
内部には警備兵が二人いて若い方の警備兵がデスクから立ち上がった。
「やぁ、ごくろうさん。」
健が努めて明るく声を掛ける。
「すまないがトラックの鍵を貸してくれ。またモリスタウンへ行く事になったんだ。」
「見たことのない面だな。モリスタウンか、例の汚染被害のひどかった町だな。もう
住人全員の移送は済んだんだろ?」
そう言いながら警備兵は受け付けのカウンターに置いてあるファイルをパラパラと
めくり、それからけげんそうに顔を上げた。
「おかしいな、そんな連絡はきてないぞ。」
「俺達はただ解毒剤を運ぶ護衛をしろと言われただけさ。研究員の話だと一刻を争う
用件らしい。」
健が詰め所の窓越しに白衣を着てアタッシュケースを手にしているジョーとその隣に
いるアニーを指差した。
「モリスタウンの駐屯部隊で発症しそうな者がでてるらしいぞ。それで研究室は
大騒ぎさ。」
まだ若い警備兵は三日程前の所内でのおぞましい汚染事故の事を思い出したのだろう、
ブルッと身震いをした。
「そりゃ大変だ。」
あわてて後ろのキーボックスのところにゆく。
「えーと、乗用車、ジープ、どれどれトラックの鍵だな。これだ。」
「おい、なにをやってるんだ。」
警備兵がトラックの鍵を選びだしたところで、奥に居た年長の警備兵が声を掛けて
きた。
"ちっ"
健は舌打ちをした。声を掛けてきた警備員がベテランらしい鋭い眼をした男だった
からだ。キースも同感だったらしく健の背後で緊張を解こうとせき払いをする声が
聞こえた。
「いくら緊急だといっても、何の確認もせずに鍵を貸し出すのは禁じられている
だろう。」
年長の警備兵は健とキースをじろじろと睨んだ。その男は体格も良く、どこかドーベル
マンを連想させるような獰猛さをもった男だった。
「・・・所属と名前を言いいたまえ。」
「俺はA棟の警備の責任者、マークだ。」
健は表情ひとつ変えず答えた。彼は自分がどんな風に見えるのかよく把握していた。
きりっと結んだ唇は初々しい若さを感じさせ、青い眼は実直さを示し、全体としては
素直で好感のもてる若者に見えているはずだ。
「命令書を見せろ。」
「緊急のことなので、命令書は手元にないんですよ。」
年長の警備兵は腕組みをして考えた。確かに、この未曾有の汚染事故の混乱により
連絡の不行き届きがあるのは不思議ではない。しかし、長年の兵士としての勘がどこか
引っ掛かるものを感じていた。
警備兵は外に立っている二人連れの研究所員に再び眼を向けた。一人は研究員には
めずらしく上背があり引き締まった体つきをしている。もう一人はまるで女のように
細く小柄で、研究員になるしか道のないタイプだなと軽蔑を込めて考えた。
ここでは研究室所属の人間は一種の特権を持ち、彼等一般のギャラクター兵士との
つき合いはなかった。"お高くとまってやがる"といって毛嫌いしている連中も大勢
いる。
現に彼自身も研究員達を特権をひけらかす鼻持ちならぬ連中というふうに認識して
いる。ロクな兵器ひとつ作れないくせに威張り散らし、いざとなったらサッサと逃げ
出す連中。奴らの戦闘中の死亡率はなんと一般兵士の10分の1なのである。
目の前の坊やのような兵士に文句をつけて引き止めているのも研究員に嫌がらせを
したいという気分が微妙に関係しているかもしれない。
外の研究員の下げているアタッシュケースは確かに解毒剤を移送するために使う
ものだった。管理の厳しい解毒剤をああして輸送用に詰めて保管庫から出したという
ことは、確かな命令に基づいているに違いない。
警備兵はふと壁の時計を見上げた。もうすぐ交替の時間だ。汚染事故の騒ぎで
ここ2、3日ろくに寝ていないのだ。騒ぎを大きくして超過任務になるのはごめん
だった。それに研究員の連中を刺激しすぎて上層部に訴えられてもまずい。そう結論
づけたベテランの警備兵はトラックのキーを再び保管から取り出した。
その時、内線がジリジリと鳴り、後ろに控えていた若い警備兵が受話器を取り
あげた。ベテランの警備兵はトラックのキーをカウンター越しに健に渡そうとし、
健も受け取ろうと手を伸ばした。
"ガシャッ、ジャキッ"
その時、年長の警備兵は自分の背後で相棒がサブマシンガンのボルトを引いた音を
耳にし、眼の前の若者のブルーの瞳に驚愕の表情が浮かぶのを見た。年長の警備兵は
思わず後ろを振り返った。
まるでスローモーションのように時が流れ始める。鍵は警備兵の手を離れ、空中を
落ち始めている。相棒の警備兵は受話器をデスクの上に放り出し、肩から下げていた
サブマシンガンを構え、健の胸めがけて狙いをつけていた。
健は狙われているのを知りつつ、それでも手を差し出したまま鍵がゆっくりと彼の
手の中にすべり落ちてゆくのを見つめている。
 すべては一瞬の亊だった。
"相棒はこの若者を殺すだろう"
ベテランの警備兵は目の前で散ってゆくであろう名も知らぬ男の若さと美しさを
一瞬、心から惜しんだ。
その刹那、それまで脇に控えていたキースがコルトを取りだし、サブマシンガンを
構えている警備兵の胸を打ち抜いた。
パァーーーーンッ
若い警備兵は信じられないという表情で胸から吹き出て来る血を見つめたが、足を
踏ん張り、狙いを健からキースに変えてサブマシンガンの一連射を叩き込んだ。
ガガガガガガガーーーーーーーン
それは、ほとんど相打ちといって良かった。警備兵の一連射で、ドア、窓、壁に
次々と銃弾による穴があいていく、だが、その穴が壁から天井へと移り、警備兵は
サブマシンガンを構えたまま仰向けに倒れた。
「キーース!」
健は胸と肩を撃たれ床にくずれ落ちたキースにかけ寄った。キースは小刻みに呼吸を
しながらガラス玉のような灰色の瞳で天井を見上げている。
ベテランの警備兵は驚きの余り硬直していた手足の自由をようやく取り戻し、
非常用のブザーを拳骨でたたき割った。


外ではジョーとアニーが詰め所に入ったきり中々戻らぬ健とキースを案じて待って
いた。
「健の奴、遅せえな。」
ジョーは窓から中を覗いた。健は警備兵と交渉しているようで、こちらを指差し、
警備兵がじろりとジョーとアニーを見つめていた。ジョーはいかにも研究員然と見える
ように姿勢を正した。
 ふと気がつくとアニーが震えている。
「どうした?寒いのか?」
ジョーはなるべく唇を動かさないようにして訊ねた。
「夏よ、寒いわけないでしょ。・・・怖いのよ。あなたは怖くないの?」
アニーは、またいつものようにジョークで返されると思って尋ねたのだが、意外にも
ジョーは真顔で答えた。
「怖いさ・・・・。いつだってな。」
その時、詰め所から銃声と物が壊れるような音が響き、警報が鳴り出した。
「そこにいろ!」
ジョーはアニーに向かって怒鳴り、詰め所に飛び込んだ。


「健っ、大丈夫か?」
ジョーが内部に飛び込むとそこは酷い状況になっていた。
ギャラクターの警備兵二人が床に倒れ、入り口近くの血溜まりの中にキースが倒れて
いた。健はキースの側に屈みこんでおり、部屋に入ってきたジョーを見上げると、
かすかに首を振った。
「ジョー、キースの手当てを頼む。俺はトラックを奪って来る。」
トラックのキーを手に健は立ち上がった。研究所中に大音量の警報が響き渡って
いる。ギャラクターの兵士達が集まってくるのは時間の問題であり、それまでの貴重な
時間を無駄にする訳にはいかない。
「くそっ、むちゃをしやがって・・・」
キースのグリーンの戦闘服には銃弾の穴があき、既に大きな染みが広がっていた。
そっと上衣を広げると胸と肩に銃創があった。手当てといっても、この場でできること
はほとんどない。ジョーは白衣を脱ぐとナイフを使って裂き、キースの傷口をしっかり
と縛り上げた。アニーも詰め所の入り口でその様子を見て立ちすくんでいる。キースの
身体に巻かれた布はみるみる血に染まってゆく。
 キースの呻き声はだんだんと弱々しくなり、彼の視線は宙を彷徨っていた。
「太い血管が傷付いたんだ、チクショウッ!しっかりしろ、キース。」
ジョーはキースの頭を膝の上に抱え込み叫んだ。キースはぼんやりとジョーの顔を
見つめ、しばらくそれが誰であるか思いだそうとしているようだったが、ジョーである
ことに気がつくとかすかに微笑い、絞り出すような声で話しかけた。
「ジョー、俺の事を信じてくれてありがとうよ。これでまっとうな死に方ができる。
これを・・・。」
キースは血まみれの手でコルトを持ち上げた。
「いい銃だったぜ。」
キースの瞳は光りを失い、手は力なく床に落ちた。ジョーは祈るように眼を閉じた。
アニーはゆっくりとジョーの傍らに座った。この若者は、いったい幾つこのような
別れを経験してきたのだろうか。彼の強さや優しさは数知れぬ試練を乗り越えること
によって身に備わったのだろう。
「この人が天国へ行けますように。」
アニーも祈った。ジョーは床に転がった彼のコルトを拾うと、キースの手にしっかりと
握らせた。


健は駐車場を見渡した。はるか遠くに目指すトラックが駐車している。詰め所から
トラックまで身を隠す場所もなくアスファルトの地面が広がっている。健は勢いを
つけて飛び出すと素晴らしいスピードで走り始めた。
研究所の建物から武装したギャラクターの隊員が現れ、次々と散開しては健に対して
射撃を始める。
"ピシ、ピシ、ピシ"
健の足元で銃弾が跳ねた。アニーはその光景を眼にして悲鳴を上げた。
「ジョーッ、健がっ」
「くそっ」
ジョ?は立ち上がると床に転がっていたギャラクターのサブマシンガンを取り上げ、
こちらに注意を惹き付けようとギャラクターに向かって腰だめで打ち始めた。耳をつん
ざくような銃声が鳴り響く。
"カッ"
突然の眩しさにアニーとジョーは目を背けた。建物の屋上のサーチライトが点灯され
たのだ。幾つかのサーチライトの輪が暗闇の駐車場を右に左に獲物を求めて這い回る。
とうとうサーチライトは健を捕らえ、またもや健に銃撃が集中した。ジョーは雄たけび
を上げながらギャラクターが身を潜めている建物の車寄せのあたりに激しい銃撃を
加えた。研究所のガラス窓が次々に割れ、壁面に穴が穿たれ破片が弾けた。ギャラク
ターの攻撃は一旦沈黙したが、今度はジョーとアニーのいる詰め所に向かって射撃を
再開した。
"キン、キン、パン、パン、パン、パン"
間近で金属が弾けるような音がした。詰め所の壁に弾が命中しているのだ。
「アニー、弾をくれ!」
ジョーは銃声に負けぬように大声で怒鳴った。アニーは勇を奮って詰め所の奥の銃器を
保管している棚まで匍匐前進で這って行った。その間にも頭上に飛び込んできた弾が
デスクの上の電話器を弾き飛ばし、破片を降らせる。
「キャッ・・・」
アニーは思わず頭を抱えてうずくまった。
「早くしてくれ、弾が切れそうなんだ。」
ジョーは敵を見つめ、サブマシンガンを撃ちつづけながら催促する。
アニーは力を奮い起こすと置いてあったマガジンを手にし、再び這ってジョーに
届けた。
ジョーはアニーから手渡されたマガジンを装填し盲滅法に打ち続ける。ジョーの奮闘の
甲斐あって健はとうとうトラックにたどり着いた。
健は素早くトラックのドアを開けエンジンをかける。それから、タイヤから煙りが
でるほどの勢いで車を発進させた。トラックは駐車場を突っ切って詰め所へと加速する。


「健、早くしてくれ。こっちはもうもたねえぞ!!アニー、アタッシュケースを持って
こっちへ来い!」
ジョーはアニーに向かって叫んだ。陰から覗くと、健がトラックを駐車場の中で必死に
方向転換させ、ジョーを弾丸の雨からかばうように車を回り込ませた。
「待たせたな、二人とも。」
健は息を弾ませながら運転席から降りた。
「ジョー、アニーと二人でここから脱出するんだ。」
ジョーは驚きの表情を浮かべる。
「なんだって?バカを言うな。俺達は一緒に脱出するか、それとも、一緒に此処で
戦うか、どっちかだろ。」
「俺はここで救援隊に向かって信号を発信し続ける。ジョー、さっきアニーと解毒剤を
頼むと言ったはずだ。」
健は南部が救援部隊を送り、もう間近まで来ていると心から信じ切っていた。
それほど南部に対する信頼感は絶大であり、その信頼の前には敵の真っただ中に一人
残ることなど何とも思わないのであろう。健は博士の為、博士の送ったその救援隊の
為に荒海の中の灯台のごとく信号を発し続けようというのである。ジョーも、もちろん
博士の亊は信頼しているが、健のように盲目的に信じることは出来なかった。それは、
二人の資質の違いというよりも、生育過程の違いによるものであろう。ジョーの心に
ほんの一瞬羨望と嫉妬が入り交じったような感情が浮かんだ。その戸惑いはほんの
わずかの間であり、すぐにジョーは自らを納得させた。だが、アニーは驚き、怒り、
健にくってかかった。
「バカね、何言っているの?あきらめちゃダメよ。こんなところで死んでだれが
喜ぶって言うの?健も一緒に逃げるのよ!」
取り乱した表情で説得しようとするアニーに、健は静かに首を振った。その瞳は青く
澄みきり気負いも怯えも感じられない。
「さぁ、早く行って。」
アニーは健の決意を変えることが出来ないことを悟った。
「わかったわ。行くわ。そして、解毒剤は命に変えてもきっとコウに渡すわ。健も死ん
ではダメよ。」
アニーは健の頬を手で挟んで言った。
ジョーは運転席に乗り込みハンドルを握った。助手席にはアニーを乗せ、シート
ベルトで身体を固定する。
「じゃぁ、行くぜ。」
ジョーはトラックをスタートさせた。
トラックが門の外の暗闇に消えてゆくと、健は門を操作して閉じた後に爆薬を投げ
付けてレールを曲げ、門が二度と開かないようにした。
背後にはギャラクターが突撃してくる音が聞こえてくる。健は自信たっぷりの笑みを
浮かべた。
「バードゴー!」
健はギャラクターに向かって走りながら、七色の光りにつつまれた。

Art by Phantom.G
Art by Phantom.G

ガッチャマンに変身した健を止めることのできる者は誰もいなかった。健はギャラ
クターが狙いを定める間もなくバリケードを飛び越え、敵のまっただ中に身を踊ら
せる。そして、次々と敵を一撃必殺の技で倒して行った。打撃、蹴り、投げ技、関節技
のすべてが流れる動作の中から繰り出される。その滑らかなで無駄のない動きは、
東洋武術の技を連想させた。細身の体から繰り出される打撃技はツバメのような早さで
敵の急所を突き、銃撃を避ける身のこなしは猫のように機敏で柔らかい。
ギャラクターの兵士達は闇に舞う白い翼の男を眼にし、恐慌状態に陥っていた。科学
忍者隊の名、殊にガッチャマンの名は彼らの間では"脅威と畏怖"を意味していた。
「ガッチャマンだ!奴等が攻めて来た!」
悲鳴のような声が闇夜に響き渡り、それと同時に暗闇に銃口の火花が散る。だが、健の
素早さは常識を遥かに越えており、彼を標的として捕らえることはなかった。数分後、
まったく違う方向で叫び声が上り、再び白い翼が闇に舞い降りる。僻地の研究施設で
戦闘から遠ざかっていた兵士達の間には、早くも恐怖と厭戦の空気が広がっていった。
健が、物陰で息を整えながらパニックに陥っているギャラクターの様子をうかがい、
満足の笑みを浮かべていた時、ブレスレッドから待ちかねていたリュウの声が響いた。
「こちらゴッドフェニックス。今、研究所を目視した。真っ暗な森の中に不夜城の
ように浮かび上がっているぞい。おお、派手にやっとるな。ドンパチの光も丸見え
じゃ。」
「待ちくたびれたぞ、竜。」
健は頼りになる仲間の登場に頬を緩めた。
「この建物の前に広い駐車場がある。そこにゴッドフェニックスを降ろせるか?」
「ああ、わかった。じゃが、少し暗いのう。機体が収まるかどうか・・・。」
「待ってろ!」
健はすかさず屋上に飛び上がり、即座にその場にいた十数人のギャラクターを片付ける
と五台のサーチライトを操作し駐車場を照らし出した。
「オッケー、これなら良く見えるぞい。これから降下を開始する。」
竜は慎重にゴッドフェニックスを降ろし始めた。
上空から轟々たるエンジン音が鳴り響き、駐車場や建物の陰にいたギャラクター達は
上空を見上げた。すると、そこにはゴッドフェニックスが覆いかぶさるように迫って
きている。衝撃に圧倒され、闇雲にマシンガンを空に向かって撃つものもいれば、
早々と両手を上げて降伏をする者もいた。そこには部隊として統制のとれた行動は
皆無であり、その様子は戦闘が終結しつつあることを告げていた。
夜空にはゴッドフェニックスに続き、国連軍の特殊部隊のヘリも現れた。こちらも
中庭につぎつぎと降下し始める。健は屋上からその様子を見守っていたが、サーチ
ライトの光がようやく届く駐車場の片隅にある門から一台の装甲車が抜け出ようとして
いるのを発見した。
「しまったぁ!」
健は思わず叫んだ。裏口を擦り抜けた装甲車はすぐに森の中へ続く道へと消えて
いった。
「竜、すぐに甚平かジュンにあの装甲車を追わせてくれ!あの先にはジョー達が
いるんだ。」
「なんだって?そら大変だわ。だが、今の体勢からじゃ無理じゃ。・・・それよりも
後から来る国連軍の救援部隊のほうが近いかもしれん。そっちに連絡を取ってみるわ。
それでいいか?健。」
健はホバリングをして着陸体勢にはいっているゴッドフェニックスを見上げた。航空機
の宿命として、着陸の瞬間こそが実はパイロットにとっては一番難しい。ましてや、
あれだけ大きな機体を滑走路なしで垂直に降ろすのである。考えてみれば、この体勢の
ゴッドフェニックスに他のコマンドを与えるのは無茶というものである。そもそも、
この限られた敷地の中に機を無事に下ろすこと自体、竜だからこそ可能な至難の業なの
だ。健は無謀なコマンドを発してしまった自分の慌てぶりをひそかに自嘲した。
「なんでも自分達でやるわけにはいかねぇもんな。それが出来たら、よっぽど楽だけど
よ。なぁ健。」
竜がおっとりした声で健を思いやって声を掛ける。
健は常に自らを律しようと心掛けているが、仲間の危機を知ると、つい我を忘れて
しまうことがある。その点を南部からも何度も指摘され、注意されているところでは
あるが、健の感情の量の多さがそれを邪魔する。
「健、連絡がついた。ヘリの部隊がジョー達の救出に向かうそうだ。」
「よし、それでは俺達は囚われた住民たちを確保し、ギャラクターの研究所を
制圧する。」
「ラジャー。」
"特殊部隊の兵士達に指示を与え一刻も早く住人達を救出すること"健は自分の成す
べきことを頭の中で繰り返した。屋上の縁に立って、芝生の広がる庭を見下ろす。
そこでは国連軍の兵士たちが早くも集合し始めていた。健は唇を噛みしめると地上に
向かって、目もくらむような高さから身を躍らせた。


 トラックは暗闇の道を疾走し続ける。
「アニー、しっかりつかまれ。」
ジョーは急にアクセルを踏み込みスピードを上げた。トラックは危険なほどガタガタと
揺れだす。
「急にどうしたの?」
ジョーがバックミラーを顎でしゃくった。いつの間にかギャラクターの装甲車が一台、
追い掛けて来ている。
"ガガガガガガッ"
装甲車は、ジョー達の乗るトラックに向かって銃を乱射してきた。
 ジョーは必死にハンドルにしがみつき、巧みに車体を右に左にと振った。
"ビシッ、ビシッ、ビシッ"
それでも、何発かの弾が車体に当る音がする。装甲車とトラックの距離はどんどん
縮まってゆく。
「くそっ」
突然、トラックが激しく左右に振られ制御不能になる。アニーが悲鳴を上げた。
「タイヤをやられたんだ!スピードを落とすぞ。」
ジョーが叫んだ。トラックはタイヤを軋ませ、埃を上げながら路肩にようやく
止まった。ジョーは肩で息をしていたが、すぐに、アニーのシートベルトを外して
やった。
「女優さん、あんたはアタッシュケースを持って逃げろ。いいな。」
ジョーの灰色の目は冷たく暗く光っていた。アニーはその迫力にただ息を飲んでいた。
バックミラーには銃を構え、笑いを浮かべて近づいてくるギャラクターの隊員の姿が
映っている。
ジョーがまさにトラックから飛びだそうとドアに手をかけたとき、突然、目の前の
林からヘリが飛びだし、大きく開け放たれたドアから数人の兵士が装甲車に向かって
グレネード弾を発射した。ギャラクターの装甲車はみるみるうちにスクラップになり、
ギャラクターは蒼ざめて武器を捨て、手を頭上に上げた。
アニーはジョーに助けられながらトラックから降りると、上空から軍用ヘリが降りて
来ていた。
「助かったのね・・・・。」
アニーは張り詰めていた気持ちが一気に緩み、地面にへたへたと座り込んだ。


ヘリのローターから叩き付けるよう風が起こり、土埃を巻き上げた。着陸した
軍用ヘリからつぎつぎと兵士が飛び降り、手を上げて降参しているギャラクターの
隊員を拘束していく。一番最後にワイシャツ姿の男が降りて来た。ワイシャツは
ヨレヨレで、細くやわらかな髪の毛はローターの風にあおられてくしゃくしゃであった
が、男の顔には喜びが満ち溢れていた。
「二人とも怪我はないかね?」
「俺達は無事です。それに、この通り解毒剤を入手しました。」
ジョーがアタッシュケースを差し出した。
「よくやったジョー。今、キースの事を無線で聞いたところだ。なんとも残念な事だ。
くわしくは後で報告を聞くとして、さぁ、ヘリに乗りたまえ。」
南部はジョーの背に労るように手をかけた。
「・・・・コウ。」
南部は視線をアニーに移した。南部はアニーの顔を見て胸が一杯になったが、それを
隠す為にさりげなく眼を逸らした。長年、科学忍者隊を率いギャラクターと戦う中で、
己の感情を隠すのがすっかり習いとなっていた。南部は健にリーダーとしての行動を
求めるのと同様の厳しさで、己に対して指揮官としての厳しさを課していたのだった。
 その時、南部の頭にジョアンナの傲岸不遜な笑顔と共に彼女の言葉が浮かんだ。
"誰かの亊を想っているなら、カッコつけないでもっと素直に自分を出したほうがいい
と思う。"
 その言葉に励まされるように眼を上げると、アニーがじっと南部を見つめていた。
大きな瞳は凛とした力を宿し、青年の頃に出会ったときと少しも変わらない美しさが
あった。南部はアニーを抱き寄せ、彼女の額に頬を付けた。
「アニー、私は君の生死が不明の間、胸がつぶれるほど心配したよ。君の亊を、
つまり、その、・・・」
そして、ゆっくりとアニーにキスをした。アニーは南部の胸に顔をうずめて囁いた。
「あなたはいつでも私のプリンスチャーミングよ。どんなにヨレヨレな格好をして
いてもね。」

ジョーはもちろん野暮な男ではなかったから、さっさとヘリに乗り込んだ。そして、
ヘリ尾部のドアから二人の抱擁シーンをのぞき込んでいた数人の兵士のヘルメットを
ポカリと殴って機内に引っ張り込んだ。
「へぇーっ。あの高名な南部博士が女優のアニー・ロッセリーニといい仲だったとは
知りませんでしたよ。」
兵士は殴られた頭をさすりながら感心したようにジョーに話しかけた。
「つべこべ言わずに出発準備をしておけよ、博士が出ると言ったときすぐに飛べる様
にな。」
"了解"と肩をすくめると兵士達はやりかけていた作業へ戻っていった。
ジョーは座席に腰をかけた。そして、腕組みをして目をつぶり、にやにや笑いながら
短いフレーズを口ずさんだ。
"薔薇は赤い すみれは青い 君を愛してる 私もそうよ"


明け方、アニーは、化粧を直し服装を整えいつも通りの完璧な女優の顔となって、
別荘の前の浜辺に立っていた。
「これからどうするの?」
アニーは振り向き、健の顔を認めるとニッコリと笑った。
「撮影が中止になったからスイスの家に帰るわ。坊やともお別れね。」
足元には波が泡立つ。寄せる波、返す波。
「アニーさん、俺との約束を覚えてる?」
「ええ。」
「博士の親友のスタントマンって、俺の父親なんだ。」
今、まさに太陽が水平線から登り始め、最初の光がアニーと健の顔を照らした。
アニーは微笑みを浮かべて言った。
「健がケンタロウ・ワシオの息子だということは知っていたわ。あなたは覚えていない
でしょうけど、私はあなたが子供の頃会った事があるのよ。」
「アニーさんと会ったことがある?」
健は眼を見開いた。
「ケンタロウが、この別荘にあなたを連れて遊びに来て、あそこに見える岩場で
あなたに泳ぎを教えていた。健があの時の子供だってこと、一目で気付いたわ。
こんな鮮やかなブルーの瞳は滅多にないもの。」
健の脳裏に幼い日の記憶が甦った。父が海の中から手を差し伸べて、それに向かって
めちゃくちゃに手足を動かして泳いだこと。口の中に広がる塩辛い海水の味。海から
体を引き上げてくれた父のたくましい腕。若かりし頃の父と子供だった自分。
「彼はどんな人だった?」
まるで疾風のように目の前に現れ、そして去っていった父だった。彼が実際にどんな
人間だったのかを南部に尋ねる亊は、お互いにとって余りにも辛く重い質問であっ
たが、アニーになら素直に聞くことができた。
「彼、ケンタロウはね、コウみたいに誰からも好かれるタイプの人ではなかった。
ドライだけど優しい、醒めているかと思うと子供じみた行動をする。態度は矛盾だらけ
だけど、独特の魅力の持ち主だったわ。」
明け方の空に、どこからか二羽のカモメが飛んで来た。カモメは暁の空を滑るように
飛んでいる。
「だから、サユリがコウではなくケンタロウと結婚するって聞いた時、正直言って
ちょっと驚いたけど、でも似合いの二人だったわ。」
「幸せだった?」
「決まってるじゃない。サユリは優しく朗らかだったし、ケンタロウはサユリをとても
大切にしていた。そして、ケンタロウはあなたのことを心から愛していたわ。つい、
昨日の亊のようだわ。ひと泳ぎした後、手をつなぎながら浜辺を歩いて来て、私の
目の前でケンタロウがあなたを高く抱き上げて言っていた。"ラブリー・キッド!"
って。この上なく幸せそうな顔でね。」
ふたりの視線の先では二羽のカモメが、飛ぶのを楽しんでいるかのように互いに進路を
交叉させては、高く低く飛んでいた。やがて、片方のカモメはふいに大空高く舞い上
がっていった。
「俺は、あの時に戻りたい。それで運命を変えることができたら、どんな亊でも
するよ。俺が親父を死に追いやったも同然なんだから。」
"あの時"というのは、南部の命令に従わず、バンアレン帯の降下を招いた作戦の亊
であり、それは痛恨の出来事として健の胸に刻まれていた。
「違うわよ。健。」
アニーはきっぱりと言った。
「運命を決めるのは、進む道を選択する人間の人格やその信条に寄るのだと思うわ。
もう一度、その時点に戻ったとしてもケンタロウも健も同じ決断を下すことでしょう。
それが、あなたの選択であり、ケンタロウの選択であったのなら後悔なんかしちゃだめ
よ。それは、人が自らの道を切り開くという亊なのだから。」
 そして、アニーは自らに言い聞かせるようにつぶやいた。
「もし、私とサユリ、そして、ケンタロウとコウが昔に戻ったとしても、きっと
サユリはケンタロウを選び、コウは黙ってその事実を受け入れるに違いないわ。」
そうつぶやいたアニーの横顔は、ほんの少し寂しそうだった。健やジョーが知るよしも
ない語り尽くせぬ過去があるのだろうか。アニーは凛とした横顔を海に向けていた。
「ケンタロウは幸せだったと思うわ。あの人は思うがままに生きた人だから。
そうじゃないかしら?結果はどうあれ、自分で決断し選び取った人生だもの。」
残されたカモメは2、3度旋回をしたのち、まるで後を追うように羽に風を一杯に
受けて、高みを目指して羽ばたいていった。二人は空へ昇ってゆくカモメを見上げた。
健はひとつ、息をつくと、ふっ切れたような笑顔を見せた。
「よーく、わかったよ。オレはまだまだ未熟なガキだっていうことが。」
 健は桜色の貝殻を拾い、海に向かって投げた。
「・・・最後にもう一つ聞いていい?」
健は振り返ると、瞳をいたずらっぽく光らせて尋ねた。
「それで、アニーさんは、その昔、魅力的な飛行機乗りと堅物な学者のどっちを愛して
たの?」
アニーは健の頭を叩こうとしたが、健はするりと身を翻し、浜辺を駆け出した。
「最近の子って、本当に生意気ね。」
アニーは笑った。
「ラブリー・キッド、誰も到達したことのない遥か高みにまで翔んで行きなさい!
過去を振り返ることなどせずにね!」


健が別荘のドアを開けると、ジョーが居間のソファに寝転んでいた。健の姿を眼に
するとジョーは立ち上がってキッチンへと行き、缶ビールを手に戻ってきた。
「これが俺達が買込んだ最後のビールだ。よく冷えているぜ。・・・アニーを見送って
きたのか?」
健は頷き、ジョーからビールを受け取るとデッキへ出ようと促した。めまぐるしく
起こった出来事をジョーと語り合いたい・・・そんな気分になっていたからだ。健と
ジョーはウッドデッキに出て、白く塗られた手すりに寄りかかった。
「ああ、彼女は行ってしまったよ。華やかな人だったから、去ってしまうと寂し
いな。」
「へぇー、健にしちゃ珍しく感傷的なセリフだな。」
健とジョーはプルトップを引き上げ、それから、互いに目の前にビールを掲げた。
「キースに。」
二人は、胸に弾丸を受け儚くも命を散らした男を思い浮かべ、やけに苦いビールを
グッと飲んだ。激しい戦闘を終えた後の気だるさの残る体に、ビールは沁みるように
吸い込まれてゆく。
昨日、同じように二人でデッキでビールを飲んだ時から、なんと様々なことが
起こったことだろう。
忘れ得ぬ出会いと別れを経験し、またひとつの戦いが終わった。この世を去った仲間に
対して心からの友とふたりでビールを掲げて悼み、更に前へと進んで行く。
健は隣にいる落ち着いたグレーの瞳を持つ友を見つめた。こいつがいるからこそ、
自分は、数知れぬ悲しみや怒り、そして別れを乗り越えて行けるのだ。
 その時、黙ってビールを飲んでいたジョーは、ふと思い付いたように言った。
「そういえば、さっき、博士はヘリで出発したぜ。街の人や撮影隊の人たちの治療に
当たるんだと。物凄く張り切っていたぜ。ま、あんなイイコトがあったんだから
張り切るのも無理はないけどな。」
「博士にいい亊ってなんだ?」
健は不思議そうに首を傾けた。
ジョーは思いだし笑いをしながら言った。
「世の中には、予想だにしないことが起こるって亊サ。」
「へぇーっ。それは、ぜひ、コンドルのジョーさんにお聞きしなければいけないな。」
「話せば長いことながら、実はな・・・。」
ジョーはビールを片手に話し始めた。二人の上に燦々と朝日が降り注ぎ、頭上には
雲ひとつない青空が広がっている。今日も暑い一日になりそうだった。


END 


Top  Library List