Mirage

by アリー



 平凡でちっぽけな人間の存在が心の拠り所となっているというのは、女隊長が認めたく
ない事実であり、誰にも話すことができない秘密であった。
 女隊長の自室からつながっている秘密の獄舎に捕らわれている男は、既にそこに一年近
く滞在していた。
 その日も、わずかに出来た自分だけの時間をその獄舎で過すために、女隊長は隠し扉を
開いた。
「こんにちは、女隊長。」
 その男は机に向かって、何か書き物をしていたようだったが、体を半分入口に向け、反
抗するでもなく媚びるでもなく女隊長に挨拶をした。
 しっかりした筋肉質の体形の男だったが、肌は不自然に白く、それはこの男が長い間、
外の世界から隔離されていることを示していた。彫りの深い顔立ちで顎は髭で覆われ、濃
い眉のしたの黒い眼はきらきらと輝き、いかにも人好きがするような笑顔で女隊長を見つ
めていた。
 その部屋は獄舎と呼ぶには広く、居心地よく整えられており、机もテーブルもベッドも
上等な品物で床には高級なカーペットが敷き詰められていた。そこにないものがあるとす
れば、それは“自由”だけであった。
 女隊長は部屋の中央にある応接セットに腰を下ろした。テーブルの上にはチェス盤が置
いてある。
「マックレイ博士、また移動することになりそうだ。二、三日中に荷物をまとめておけ。」
 マックレイは女隊長の正面に腰をかけると、盤の上の白い駒を進めた。
「今日私が勝てば丁度80勝目となる。君との付きあいも長くなった・・・。移動という
ことは、また別の基地に行くのかい。」
 女隊長は何も言わずに、黒のナイトを綺麗にマニキュアをした指でつまみ、移動させた。
「女隊長殿、君は忙しすぎる。いつか、ゆっくりと落ち着いて話せれば良いのに。チェス
や戦略の話だけでなく、あなたを悩ませているもう一人の人格の亊を・・・。」
「余計な亊は言うな。博士は自分が捕虜の身分だということを忘れないように。」
 マックレイ博士は口をへの字にまげ、不満の意を表すると自らのボーンで相手のボーン
を捕った。
「君が基地を移動する度に私を伴うのは、私を捕虜ではなく精神科医として遇しているか
らではないか?」
 女隊長は、冷たい瞳でマックレイ博士を睨みながら黒のビショップを動かしたが、その
手はわずかに震えていた。
 その時、突然警報が鳴り響いた。女隊長は立ち上がり、身を翻すと牢獄から立ち去った。
マックレイ博士は、ため息をつくと腕を組みチェス盤を見つめた。


 女隊長が自室から司令室に行くと、兵士があわてて報告を始める。
「科学忍者隊が侵入しています!」
 モニターに目を移すと、画面いっぱいに大立ち回りをする忍者隊の姿が映っていた。
「きゃつらめ・・・。やはりこの基地の場所を探知していたのか。よし、私につづけ!」
 女隊長は兵士達を引き連れて駆け出した。

 女隊長が駆け付けた時には、忍者隊は基地の奥深くまで侵入していた。銃で、爆薬で、
兵士達を吹き飛ばし、科学忍者隊は我が物顔で大暴れしていた。兵士達はマシンガンを撃
ちまくるものの忍者隊はツバメのように素早い身のこなしでくるくると体をひるがえし、
攻撃を器用にかわしてゆく。
「なんとか、あいつらを撃ち落とせ。狙撃隊はどうした。」
 刻々と増える被害に耐えられず、女隊長は声を枯らして叫んでいた。
「いま、こちらに向かっています。」
 副官が、壁掛け式の通話器に向かって応答していた。
 その時、青い影が眼の前をよぎり、同時に女隊長は胸にひどい衝撃をくらって壁に叩き
飛ばされた。
「やっと見つけたぜ、女隊長。お前の亊を一日たりとも忘れたことはなかった。」
 胸を膝で蹴られたため、一瞬呼吸が止まり動くことができなかった。
 コンドルのジョー、よりによってこいつと戦うのか。科学忍者隊の中で、最も強い復讐
心を心に宿している男。なんともやっかいな相手につかまったものだと女隊長は舌打ちを
した。青いバイザーの下で、そいつの眼がぎらぎらと気味悪く光っているのが見えた。
 ジョーは銃を構え、壁に背中をあずけてようやく立っている女隊長の頭に狙いをつけた。
額に冷たい銃口を押付ける。
 女隊長は、自分の脈がいくらか早くなったのを感じ、時間がゆがみ奇妙に引き伸ばされ
た感覚を味わった。
“私は死をおそれているのだろうか?”
 真っ先に頭に浮かんだことは、自分が死ねば、自分と共にこの身体を使っているもうひ
とりの人格も確実に死ぬということだった。
 あのイヤな男。カッツェがいなくなるというのなら、死というものも悪くないかもしれ
ない。女隊長は、自分を撃ち殺そうとしている男の顔を無感動に見つめながら考えた。


「ジョー、殺すな。生け捕りにしろ。奴に情報を吐かせるんだ!」
 その時、ジョーにとっては最悪のタイミングで声がかかった。
 健がリーダーとしての命令を下したのだ。ジョーは大きく眼を見開き、スローモーショ
ンの様にゆっくりと健の方を振り返った。
 女隊長は半眼に開けた瞳の端で、健とジョーの様子をこっそりとうかがった。ジョーが
健の命令に明らかに不満を抱いる様が見て取れた。
“この男の抱えているギャラクターに対する恨みを思えば、充分予測できる反応だ。この
仲間割れを、形勢逆転に結びつけられないだろうか?”
 女隊長は、頭の中で目まぐるしく情報を分析する。だが、冷ややかな思いで二人の姿を
見つめ直した。結局、コンドルのジョーはリーダーには逆らえないに違いないという結論
にたどりついたのだ。
 ジョーは怒りを込めて持っていた銃把で、女隊長の頬を思いきり殴った。女隊長はその
衝撃で床に崩れ落ちた。ジョーは女隊長自身へ自らの手で復讐するという考えを簡単には
あきらめきれなかった。なおも、健に食って掛かかる。だが、健はきっぱりとその願いを
退けた。リーダーとしては、作戦に個人の感情を挟む余地はなかった。
 女隊長は、ジョーの執念に呆れると同時に言いようのない怖れを抱いた。この高度な訓
練を積んだ科学忍者隊ですら、“人間の感情”という、やっかいなものに捕らわれている
のだ。女隊長にとって、それは理解できないほどの愚かさであり、強烈な感情が不気味と
も思えた。


 その時、女隊長は、忍者隊のふたりが戦場で一番やってはいけないミスを侵したのに気
が付いた。それは、周囲に張り巡らした神経をゆるめるということだ。味方同士が戦場で
顔を合わせ、一瞬警戒をといてしまったのだろう。健とジョーは、らせん階段の上にひそ
かに散開した狙撃隊の姿を見落としてしまった。
 女隊長は床に顔を向けたまま、ひそかに赤い唇に笑みを浮かべた。


 ドキューーン!壁にスナイパーライフルの放つ銃声が反響する。
 狙撃隊の放った弾丸は、健に命中し、白い体から、鮮血が飛び散った。健は、一瞬衝撃
で踊るように身体をねじらせ、そのまま床に倒れた。ジョーは反射的にリーダーの上に覆
いかぶさるように飛び出し、そのまま、必死に健の身体を柱の陰まで引きずっていった。
狙撃隊の弾丸が、二人の周囲に跳ねる。
 副官があわてて近寄り、女隊長の身を助け起こした。
「狙撃隊がやりましたな。」
 副官は得意げに声をかけた。
「命中したとはいえ、あの位置では致命傷ではないだろう。最後の瞬間にガッチャマンは
狙撃隊の気配に気が付いたのか、振り返りかけていたのだ。悪運の強い奴め。」
 物陰まで引きずられていった健は、ジョーに女隊長を逃がすなと命令した。しかし、ジ
ョーは有無を言わさず健を肩に担ぎあげ、安全な場所に移そうとする。
「やめろ、下ろせ。俺は大丈夫だから、早く女隊長を捕まえろ。」
「おい、動くな。出血がひどくなる。それより、もうすぐ俺達が仕掛けた時限爆弾が爆発
する。基地と心中するのが嫌ならおとなしくしていろ!」
 健の傷は急所ははずれているものの、右肩の銃創からは鮮血が流れ、どうみても一人で
脱出することは不可能だった。
 女隊長は、健とジョーが自分への追跡をあきらめたのを見て取り、副官に話しかけた。
「コンドルは、生きるよすがとも言うべき積年の恨みより、一人の男の命を優先したわけ
だ。これが友情か?この安っぽいヒューマニズムにはまったく恐れ入る。」
 女隊長は、突如失笑の発作に襲われ可笑しさを堪えられないという様に笑いだした。副
官はそんな女隊長の様子を気味悪そうに見つめた。
 狙撃隊は、科学忍者隊に銃弾を浴びせ続けている。ジョーは歯ぎしりをしながら、女隊
長に向かって有らん限りの弾丸を打ち込んだ。周囲に弾丸が跳ね、女隊長は首をすくめて
思わず身を伏せた。
 その時、爆発音と共に基地を揺すぶるような振動が伝わってきた。
「くそう、やつらが爆弾を仕掛けていたのか!」
 女隊長は、くやしげに叫ぶと、副官に状況を調べるようにと命令をだした。
 わずかな隙をついて、健とジョーは狙撃隊の前から逃れた。基地の奥から焦げ臭い匂い
と煙が漂ってきた。パニックになった隊員たちは次々と基地の出口にむかって走ってゆく。
小隊長たちが声を枯らしても、もはや隊員たちを止めることはできなかった。
「この基地は、もう長くはもつまい」
 女隊長はつぶやくと、脱出用のシャトル乗り場へ走りかけた。が、ふと足を止めた。
“ばかな、なぜすぐに脱出しないのだ。”
 自分を叱咤する。顔を上げて煙に包まれ始めた廊下の奥を見る。大勢の隊員たちが持ち
場を離れて走ってきており、出口方面は混雑におちいっていた。
 女隊長は数秒間躊躇した後、唇を噛みしめ人の波に逆らいながら自室に向かって走り始
めた。




 隠し扉を開けるとマックレイ博士が煙と共に転がり出てきて、床に膝をつきせき込んで
いる。
「脱出するぞ、ぐずぐずするな。」
 感謝の言葉を告げる暇も与えずマックレイ博士の腕を掴むと廊下へと連れ出した。シャ
トルの待機している脱出口へと向かう間にも爆発音と振動がひどくなってゆく。エレベー
タはもはや作動を止めていたため、非常階段へのドアに向かった。
 女隊長はまるで背に翼があるかのように軽々と階段を駆け降りていたが、突然立ち止ま
った。その為、あとからついてきたマックレイ博士は、女隊長の背中にぶつかる羽目にな
った。
「見ろ。」
 女隊長があごをしゃくった先では唐突に階段が完全に途切れ、数メートル先にある踊り
場が、煙の向こうに見え隠れしていた。踊り場の向こうには脱出口に通じるドアがあった。
「ここまで来たのに。何ということだ。」
 マックレイ博士は、がっくりとこうべを垂れた。女隊長は階段の途切れている部分の際
まで寄り、下をのぞき込んだ。遥か下の方に瓦礫と炎が見える。ここから落ちたら決して
助からないだろう。
「跳び越せ。」
 女隊長は平然と命じた。マックレイ博士は驚いて女隊長の顔を見上げた。
「無理だ!できない。」
 マックレイ博士の顔には、絶望感が漂っていた。
「私は、いいから、君は先に進んでくれ。君ならきっと踊り場まで跳べるだろう。」
 マックレイ博士は進むのをあきらめて階段に腰を下ろし、頭を抱え込んだ。
“ガチャリ”
 その時、金属音と共にマックレイ博士の頭に銃口が突き付けられた。女隊長が腰のホル
スターから銃を抜いてマックレイ博士に突き付けていた。
「跳ぶか、撃たれるか。どちらが良いか?最後ぐらい博士の好きな方を選ばせてやる。」
 引金にかかる指に力がこもっている。マックレイ博士は銃口を見つめていたが、やがて
決心して立ち上がった。そして、階段を駆け降り、虚空に向かって身を踊らせた。
 永遠とも思える数瞬の後、マックレイ博士は踊り場の縁にかろうじて飛び付いた。そし
て、身をよじらせながら踊り場へと這い上がった。緊張と興奮の為に肩で息をしていたマ
ックレイ博士はようやく息を整え、女隊長の方を振り向き笑顔を見せた。
 女隊長はその姿を確認すると、やおら銃を後ろに放り投げた。階段を音をたてて銃が転
がる。
「あいにくと、この銃は弾切れだったのだ。」
 女隊長は軽々と宙を跳び、あぜんとするマックレイ博士の脇に降り立った。そして、マ
ックレイ博士を一瞥すると、脱出口につづく扉へ入っていった。マックレイ博士はあわて
て女隊長の後を追いかけた。

「この角を曲がればシャトルが待機しているはずだ・・・・。」
 女隊長は袖を口に当てて、視界の悪い廊下を姿勢を低く保ちながら壁づたいにゆっくり
と進んだ。女隊長の後ろにはマックレイ博士がよろめきながらついて来ていた。
 女隊長はひどく破壊された基地を見回した。
“建設に多くの歳月と財力をつぎ込んだ苦心の傑作であるこの基地を、あの正義の味方を
気取ったばか者どもが破壊したのだ。”
 女隊長の胸の内に怒りが込み上げてきた。
「このことは絶対忘れない。必ずこの借りは返す。」
 知らぬ間に繰り返しつぶやいていた。
 先程は混雑していた廊下も、もはや、がらんとしている。女隊長はマックレイ博士の右
腕を掴むと、前へ前へと引きずった。こんなところで死んでゆくのはゴメンだったという
思いが頭をかすめる。
「誰か、いるのか?」
 煙の向こうから男の声がした。
 女隊長はマックレイの体をひきずりながら精一杯の大声で叫んだ。
「ここだ!ここにいる。」
 煙の向こうから二人の男が姿を現した。
 一人は枯葉色の髪の長身の男。もう一人は真っ赤な髪を短く刈り込んだ男。
 どちらもギャラクターの特別狙撃隊の服装を身に付けていた。ふたりの男に向かって手
を伸ばし、次の瞬間気を失った。


 女隊長とマックレイ博士をそれぞれ担いだ二人の男達が脱出シャトルの最後の一機に乗
り込めたのは、まったくの僥倖であった。今にも扉を閉めて発進しようとしているところ
にぎりぎりすべり込んだのだった。
 シャトルの内部には大勢の隊員たちが所構わず腰を下ろしたり、横たわっている。どの
顔も疲れ切り、俯いている。
「惨めなものだ。」
 女隊長を抱き上げたまま、枯葉色の髪の男はつぶやいた。
「ルーク、どうする。ここに寝かせていいのだろうか?」
 赤毛の男が声をかけた。
「軍医は重傷者で手いっぱいだから仕方ないさ。呼吸は規則正しくしているみたいだし、
大丈夫だろう。」
 ルークと呼ばれた男は、ゆっくりと女隊長を床に横たえながら言った。力を失って、ル
ークの腕によりかかる女隊長は妖しいほど美しかった。閉ざされた長いまつげ、やや厚め
の赤き唇、のけぞった白い喉。そのなまめかしさに、まだ若い赤毛の男はじっと見とれて
いた。
「こんなきれいな人だったとは・・・。それに、甘い香水の香りがする。」
 ルークはあきれ顔で言った。
「レッド!最悪の状況の時に、最悪な亊を言うんじゃない。それ以上胸くそ悪いことを言
いだしたらぶっとばすぞ。」
 赤毛のレッドを一睨みすると、ルークは女隊長の身体を揺すぶった。
「隊長殿・・隊長殿・・・」
 かすかにうめいて女隊長はうす眼を開けた。しかし、突如、眼をかっと見開き、ルーク
の腹に強烈な肘撃ちを食らわすと、大きく飛びすさった。
 床に伏したルークは腹を押さえ呻いた。
 我に返った女隊長は、脱出シャトルの内部や床に倒れている兵士たちを見て、ようやく
状況を把握できたようだった。
 レッドがあわてて女隊長に声をかけた。
「隊長、御心配なく。ここは脱出用のシャトルの中です。隊長は気を失われていたのです。」
「マックレイ博士は無事か?」
 あたりを見回しルークとレッドの間に横たえてあるマックレイ博士の顔を認めると、女
隊長は目に見えてほっとした。
 それから、腹を押さえたまま床に突っ伏しているルークを冷たい眼で見下ろした。
「お前は背格好がコンドルとかいう青い奴によく似ているのだ。」
 女隊長はそう言い捨てると、身をひるがえしシャトルの操縦室へと去っていった。
「ちきしょう、二度と助けてやるものか。大体、誰がガッチャマンを狙撃したと思ってい
るんだ。あの時俺が撃ってなかったら、あの女は今ごろ生きちゃあいないぜ」
 ルークは女隊長のうしろ姿にむかってぶつぶつと不平つぶやき、レッドはそれを聞きな
がらクスッと笑った。




 女隊長がベルクカッツェを嫌う理由のひとつに、人格の交替の主導権をベルクカッツェ
が握っていることがあった。もうひとつの人格である“ベルクカッツェ”がひんぱんに女
隊長の意識を脇に押しのけ、表面にでてくる。
 この時も操縦室のドアに手をかけた所で記憶は途切れ、気が付いた時には通信室で真っ
黒いモニターの画面に正対し山猫のマスクを被ったまま立っていた。
「また、あいつが表にでていたのだ。出しゃばりで小ずるいベルクカッツェめ。」
 女隊長はくやしそうにつぶやくと、つい先程まで回線が繋がっていたであろう黒いモニ
ターを見つめた。
 ベルクカッツェは最近総裁Xと何かをたくらんでいるようだった。同じ体を共有しながら
も、ベルクカッツェが表に出ているときに何を話し、何をしているのかもわからない。ベ
ルクカッツェが気まぐれに女隊長宛てにメモで考えを残すこともあったが、最近ではそれ
すら途絶えている。何かが自分の知らないうちに進行しているのかと思うと不愉快だった。
ましてや、気が付いた時に、この胸がむかつくような山猫の扮装をしていることがよけい
神経に触る。
「おお、いやだこと。」
 自らを抱きしめ、嫌悪感のため身震いをした。
 女隊長は通信室からシャトルの中の自室に戻り、部下に持って来させた冷たいタオルで
頬を冷やす為にマスクを取ろうと持ち上げた。そして、脱ごうとしたマスクが頬にひっか
かった痛みに小さな悲鳴を上げ、それと同時に無念の思いで後にしてきた基地での記憶が
鮮やかに甦った。
“あの青いコンドルが銃で私を殴り付けたのだ。”
 コンドルのジョーは、殺された両親への復讐を生きがいとして成長し、今回はもう一歩
でそれを果たすところだった。コンドルのジョーにとって、両親を殺された時の記憶がす
べての始まりだったのであろう。
 記憶・・・記憶?自分の持っている記憶といえば、全てが戦いの記憶であった。気が狂
いそうになる程考え続けても、頭に浮かんでくるのは、代わり映えのしない戦いの記憶の
羅列・・・。では、自分の始まりは一体どうだったのだろうか?そして、なぜ、自分の他
にもう一人の人格が存在しているのだろうか?
 女隊長は一気に紫のマスクをむしり取ると床に投げ捨てた。
“人間らしい感情も記憶も私には必要ない。だからこそ総裁X様の為に命を賭けて戦って
こられたのだ。これからもずっと私は戦い続ける。私はやつらとは違うのだ。”
 そこまで考えた時、女隊長はある事実に思い当たってがく然とした。
“なぜ、私はマックレイを助けたのだろうか・・・”
 コンドルのジョーが、自らの危険も顧みずガッチャマンに覆いかぶさる姿が脳裏に浮か
んだ。
“私のとった行動はコンドルと同じではないか?”
 目の前にある姿見に、驚きに目を見開いた自分が映っている。女隊長は足早にテーブル
に近づくと置いてあった封の切っていないワインのボトルを掴み、姿見に向かって投げ付
けた。
 ガシャーーン
 姿見が粉々に砕け散った。女隊長の胸元に汗がひと筋ながれる。
 “私は、あいつらと同じ訳が無い。私がマックレイを助けたのは、私に必要だったから
だ。この私の中に巣くう、もう一人の人格を追っ払う為に・・・・。“
 女隊長は指を鳴らして部下を呼び、マックレイ博士を呼ぶように命じた。
 しばらくして、両手に手錠をはめられたマックレイ博士が連れてこられた。休息を取っ
たせいか、先程よりずっと顔色が良くなっていた。
「科学忍者隊が近くまで攻め込んできていたのだ。残念だな、運がよければ逃げられたか
もしれなかったのに。」
 女隊長は皮肉っぽく言った。
「いや、女隊長。私は君のおかげで生き永らえることができた。命を助けてくれてありが
とう。」
 女隊長はマックレイ博士の顔を見つめた。自らの語意では形容することのできない感情
が胸の内に沸き上がり、その感情にとまどいをおぼえた。しかし、女隊長はその感情を振
り払うように首を振った。髪の毛が広がり頬にかかる。
 その時、女隊長の口をついて出た言葉は、自身にとっても意外なものだった
「今日、命を助けやった引き換えに、いつか全てが終わったら私の記憶を取り戻せ。そし
て、頭の中にいるもう一人の男をどこかに追い出すのだ。わかったな。」
 そうだ。それまでは、人間らしい感情も過去の記憶も必要ない。戦いにわが身を捧げる
のみで良い。
 そして、女隊長は艶然と微笑んだ。地球を一刻も早く我が手に・・・。
 その想いは女隊長の心に灯った小さな光となった。



END