Oneday -"ヤツを殺す"

by アリー


           この話は「鷲尾健自らを語る」の直後という設定となっています。
          また「チェックメイト」と内容的につながっている部分があります。


Oneday -"ヤツを殺す"


 最初に熱いシャワー、次に冷たいシャワー。それはトレーニングで汗を流した後の健の
儀式である。肌がピンク色に染まるほど熱いシャワーを浴びた後、体が震えだす程冷たい
シャワーを耐えられる限界まで浴び続けて体を引き締める。
 たった今洗い流した汗は単なるトレーニングではなく一カ月前に受けた膝の外科手術の
リハビリによるものだったが、シャワールームの儀式はいつもと変わらない。
 健は気が済むまで冷たいシャワーを浴びた後、備え付けの真っ白のタオルを棚から取り
だして隣接しているロッカールームへの扉を開けた。そこには、薄い緑色のロッカーの列
が並び、その間には同系色のベンチが置いてある。健はペタペタと素足でベンチまでやっ
てきて、右足を庇い微かなうめき声を上げながら腰を掛けた。
 右膝には回復途中であることを示すピンク色の傷跡が走っている。それはギャラクター
の戦闘により長らく右膝の上に入ったままになっていた破片を取り出す為の手術の跡で
あった。
もちろん手術は成功し、回復も順調だったが、まだ膝の曲げ伸ばしをするたびに痛みがは
しる。
 手術後、執刀医に取り出した破片を見せてもらったが、それは健が想像していたよりずっ
と小さなものだったが、その小さな破片のおかげで起こる痛みにあの当時よく悩まされた
ものであった。
 特に膝に負担をかけた後に症状が強く出ることが多く、戦闘後には膝を曲げる事もまま
ならない事がしばしばあった。そのような時、ジョ−はすぐに健の膝の不調に気がついて
マッサージをしてくれたものだった。
『俺達レーサーの乗るクルマはよ、レース前もその後もメカニックが精魂傾けて整備する
んだぜ。それがサイコ−にクールな走りを生み出すんだ。俺達の体も同じだぞ、破片、さっ
さと抜けよ。』
 当時、健はいつ出動がかかるかわからないような状況の中でリハビリに一カ月もかかる
手術をする気はさらさらなかったのだが、ジョ−はよくそんな例えで健に意見していた。
破天荒さを装いながらも実は誰よりも細やか、そして、耳の痛い意見の裏側にはぶっきら
ぼうな思いやりを潜ませていたジョ−・・・
"あいつの小言を聞く事も、もう出来ないんだな"
健は悲しげに微笑んだ。
あの当時、ジョーとは何度も衝突をしたことがあったが、そのことすら今となっては胸が
痛むほど懐かしい。
 体をいくら直したって、俺にはもう成すべき仕事は何もないんだぜ。お前のいない寂し
さをそれを紛らわす任務も無しで、俺はどうやって生きて行けばいいんだ?
 だが、時の止まった思い出の中のジョ−は何も答えてくれない。俺は生きているお前に
会いたい。会って、そして、俺に教えてくれ。どうやってこの空虚さを埋めたらいいのか
を・・・・。
 日々の生活の隙間を擦り抜けて悲しみの波は突然襲ってくる。そんな時、健は結局、
ジョーの死を一番引きずり続けているのは自分なのだということを痛感するのだった。


 健は首に掛けたタオルでゴシゴシと顔を拭くと、ロッカーの棚に置いてあったペンダン
トを手にとり胸に下げた。それは、先日カラコルム基地から発見されたばかりのジョーの
羽根手裏剣に自分で細い鎖を取付けて作ったものである。
 クロスカラコルム基地の残骸の中から発見された薄汚れねじれた羽根手裏剣。報告と共
にこの羽根手裏剣を手にした時は、ショックのあまり言葉を発することも出来なかった。
それは、死を覚悟したジョーがクロスカラコルム基地に最後まで携帯し、ジョーの執念と
意志をのせて投げられたものに違いなかったからだ。健はこのジョーの形見ともいうべき
羽根手裏剣を他の誰かの手に渡すことに耐えられず、南部に願い出てもらい受けたのであ
る。
 健は何度か失敗しながらもとうとうペンダントに仕上げた。刃はねじ曲がり、わずかに
残っている羽の部分でさえも無惨にも折れ曲がっている。だが、どんな姿になろうとも、
それはジョ−の羽手裏剣だ。たとえ一時のあいださえも、二度と置き去りにしたくないと
いう強迫観念にも似たその想いの為に、健はそれを常に身につけている。
今、水滴の残る健の胸の上で羽手裏剣は輝いていた。
"よくぞ、残っていたもんだ"
 激しい戦闘であったことを思えば、わずかに原形を留めている状態とはいえ、存在して
いること自体が奇跡に近い。健はその存在を許した偶然に感謝を捧げつつ、ペンダントに
触れようとした。
「・・・痛」
ねじまがった刃に触れて、思わず手を引っ込めた。刃の部分は相変わらず鋭さを保ってい
て健の指に小さな傷をつけた。
「まるで、ジョ−みたいだな・・・。」
健は小さく笑った。ジョーは他人がどう思うかなんて気にするタイプではなく、鋭く激し
い気性の持ち主で、彼ら二人が戦火をくぐりながら育んだ友情は、世間によくある"ぬる
ま湯につかったような関係"とは似ても似つかなかった。
そんなジョーの激しさを受け継いでいるように思え、結局、その鋭利な刃を潰すことなし
に現在に至っている。


 健はペンダントを人目から隠すようにワイシャツのボタンを止め、髪を整えて青いスー
ツを身に付けた。
「健、そろそろ時間だ。用意はできたかね。」
南部の声がシャワー室の外から聞こえてきた。
「私の運転手に送らせよう。外の車寄せのところで待っていたまえ。」
健は急いで手帳や財布の入った小さなバックを手に取るとシャワー室から出た。案の定、
南部は眉のあたりに心配そうな気配を漂わせつつ立っていた。
「いいえ、結構です。自分の車で行きますよ。ああいうテレビ関係の収録時間というのは、
あってないようなものだと聞いています。博士の運転手を延々と待たせるのも悪いですか
らね。」
南部は健に向かって頷いた。
「健、インタビューに対して、君の思ったことを正直に話してかまわない。もちろん、機
密保持は何に置いても最優先事項だがね・・・。おっと、君にこんなことを今更注意する
必要はないか。」
南部は自分の言葉に苦笑した。それに合わせて健も微笑む。
「18の歳から、ずっとランクAの機密と共に生きてきましたからね。」
南部は健の肩に手を置いた。
「私やISOの体面など多少潰れてもかまいやしない。この大戦を振り返り、君が成し遂げ
た偉大なものを自分の中で認めてやる亊が大事なのだよ。ボブ・ムーアは優れたインタビュ
アーだし、彼の番組もなかなか良心的なものだ。健、君としては気がすすまないことかも
しれないが、この出演依頼を受けることは、君の為になると思う。」
健は、くすりと小さく笑った。
「そんなに念を押さなくても、キチンとスタジオに行って、ボブ・ムーアのインタビュー
を受けてきますよ。なんなら広報活動の一環として、ISOの宣伝でもしてきましょうか?」
健のささやかな冗談に南部はようやく安心したように微笑んだ。
「つまらないことはしなくていい。さぁ、そろそろ時間だ。行きたまえ、健。」
南部の声に見送られ、健はユートランド随一のTV局へと向かった。



 撮影スタジオ内は本番撮影中の独特の張り詰めた空気に包まれている。指折りのジャー
ナリストとして知られるボブ・ムーアのインタビューに、健は"元特殊部隊員"として答え
るという形で撮影は進められ、その巧みな質問によって健の心は徐々に戦いの日々に引き
戻されていった。
 いつ果てるともなく繰り返される戦闘。互いに命を預けあった仲間。大きな代償と引き
換えに手に入れた平和な世界。ボブの熱意にいつしか健の警戒心も解け、意外なほど正直
な心情を吐露していた。
 そして、とうとうインタビューを締めくくる質問が繰り出される。
「何が君を戦いへと駆り立てたのでしょうか?」
ボブは茶色の髯を蓄えた口元に好意的な笑顔をうかべている。それは、彼にとっても満足
のいくインタビューであった証拠だ。
 健は、単純で、それだけに答えにくい質問に対してわずかの間沈黙した。蒼い瞳は
スポットライトの向こうにある闇に向かって漂いだす。まるで、その答えを探し求めるか
のように・・・。


 一人の青年がVTRの編集室の扉を開けた。その場にいた数人の男達が一斉に振り返り、
手前にいた男がうんざりとして口調で話しかけた。
「おいおいアクセル、また遅刻かよ。もう午後九時を三十分も回っているんだ。ボブのイ
ンタビューはとっくに終わったし、元特殊部隊だっていう触れ込みのゲストの男も帰っち
まったぜ!つまりお前担当の雑用はぜーんぶ俺様が引き受けることになったんだ。まった
くありがたくて涙がでるぜ。」
 金髪を肩まで垂らしストリートファッションに身を包んだ男は、自分の遅刻をわびもせ
ず肩をすくめただけだった。
「くそ、しかたねぇな。そこにあるテープをセットしてくれ。ディレクターのデビットが
編集作業に取りかかるってよ。」
アクセルは重ねて置いてあるテープのうち、一番上に置いてある一本のテープを目の前の
機械にセットした。編集室の大きなモニター画面に、つい先程撮影されたインタビューが
映しだされる。
 画面の中ではお馴染みのセットの椅子に二人の男が腰をおろし、ピンスポットによって
 照らしだされていた。ひとりは知的な風貌の中年のインタビュアー、もう一人は青いス
ーツに身を包んだ二十歳そこそこの青年である。インタビューのテーマは一年前に終戦を
迎えたギャラクターとの戦いについてであり、矢継ぎ早に繰り出される質問に対して青年
が誠実そのものの口調で答えていた。


 それは、このテレビ局の数多の番組の中で最も視聴率を稼いでいるドキュメンタリーシ
リーズ用のインタビューであり、その内容は実力、人気共に最高のジャーナリストと称さ
れるボブ・ムーアが各界のキーパーソンと共に事件の核心に迫るという構成の番組であっ
た。
 モニター画面の中で元特殊部隊の青年の話が進むにつれ、それを見つめるアクセルの心
臓はドクドクと激しく鼓動しはじめた。アクセルは信じられない面持ちで自分自身に語り
かける。
「くそっ、信じられない、まさか・・・あいつがガッチャマン?」
 画面の中の青年、つまりMr.ケイと名乗っている男は、正体を隠す為に物事を特定でき
るような言い回しを巧みに避けていたが、あの時、このアクセルのように現場に・・・つ
まりクロスカラコルムに居た人間であれば、彼がただのSASやシールズ、デルタフォース
のような特殊部隊の隊員ではないことは一目瞭然だった。
 アクセルの意識は一気に過去へ、すなわちギャラクターの一員として戦っていた頃へと
飛んでいた。高度4000メートルを超える山岳地帯に建設されたクロスカラコルムのギャ
ラクター本部と、そこで繰り広げられた最後の戦い。
 あの最後の戦いの時に、我々ギャラクターが基地に侵入を許したのはただ一つの部隊だ
け。それは・・・この言葉を思い浮かべる時には、いつでもアクセルは冷静さを失う・・
それは、科学忍者隊だけだった。


 モニターの中に、ギャラクターを心底震え上がらせた奴等と同一人物とは到底信じられ
ないほど繊細な容貌の青年がいた。
 ボブ・ムーアの"何が君を戦いへと駆り立てたのでしょうか?"という問いかけに対して、
心持ち首を傾け、頼りなさすら感じるような表情で考え込んだ後、顔を上げて、低いが
はっきりした声で語った。

「責任と誇り・・・だと思います。」


 その言葉は弾丸のようにアクセルの胸を貫いた。
「はっ!責任と誇りだと?」
モニターの非凡な男の口から出た教科書の解答のようなセリフに、アクセルの頭に一気に
血が駆けのぼり、思わず編集用の装置を拳骨で殴りつけた。一緒にモニターを見つめてい
たアシスタント仲間はびっくりしてアクセルを振り返る。だが怒りに翻弄されたアクセル
はそれすら気がつかないほど興奮していた。
 きっとこいつは銀のスプーンをくわえて生まれてきたに違い無い。上品で教養ある家庭
に生まれ、家族の愛情に育まれて成長し充分な教育を受けた上に、おそらくお偉方の引き
に恵まれて世界最高の特殊部隊に選抜された男。見ろ、仕立てのいいスーツに包まれ、汚
れのない表情から出てきたセリフは"責任と誇り"だと?
 頭の中で健の微笑みがぐるぐると回り、アクセルはそれを追い出す為に禁止用語を喚き
散らし続けた。
ーーーそうか、"責任と誇り"によって俺の親友は、こいつに殺されたのだ。



「アクセル、遅刻をしてきた上に、その態度はなんだ!」
怒鳴り声に振り返るとディレクターのデビットが、アクセルの背後で怒りに顔を赤くして
立っていた。
「遅刻してきた上に突然暴れ馬みたいにいきり立ちやがって!よせ、この馬鹿者が!機材
が壊れるじゃないか。」
デビットはズカズカと近づいてきた。デビットの癇癪をよく知っているアシスタント達は
息を飲んで事の成りゆきを見守っている。
「俺はこれからこのハンサムな特殊部隊員の顔にモザイクをかけ、声も漫画の主人公みた
いなキーキー声に変えなきゃならないんだ。・・・どうした、アクセル?このモデルみた
いに綺麗な兄さんに一目惚れでもしたのか?。さぁさぁ!俺にはお前みたいなクズに関わっ
ている時間はないんだ。どけよ、どけったら!」
デビットはアクセルを邪険に突き飛ばして編集機器の前に陣取った。ディレクターのデビッ
トは元々得体のしれない所のあるアクセルを毛嫌いしており、遅刻してきた上に大騒ぎを
起こしているアクセルの行動に完全にぶち切れてしまっていた。
 だが、アクセルは詫びを入れるどころか燃えるような目つきでデビットを睨み返す。若
造とは思えないアクセルの迫力にデビットは内心思わずたじろいだが、あえて平気なふり
を装いながら周囲のアシスタント達に声をかけた。
「よーし、誰かテープを頭から流してくれ!作業の遅れを取り戻すぞ。」
その声をきっかけにしてアシスタント達は忙しそうに動きだし、静まり帰っていた室内に
ざわめきが戻る。ちょっとした衝突は終わったと誰もが考え、その場にいたものは皆、ほっ
と息をついた。
 アシスタントによってテープは巻き戻され、再びモニター画面の中では編集前の素顔の
鷲尾健が自らの体験を語り始めている。
『最初からです。我々は・・・つまり俺はある特殊部隊の一員として戦闘に参加していた
のですが、結局始めから最後までこの戦いに関わることになりました。』
 アクセルの脇にいた温厚そうな男がアクセルにそっと小声で話しかけてきた。
「おい、もうここはいいから、向こうへ行って片付けでもしてな。そうすりゃ、そのうち
デビットの機嫌も良くなるさ。」
だが、アクセルはやっと弛んだスタジオ内の空気も隔意無い親切な忠告も一切無視し、そ
の男を片手で脇にどけると再びデビットの前に立ちはだかった。
「アクセル、まだ何か文句があるのか?」
意外な行動にデビットは再び声を荒げた。だがアクセルはデビットの右頬にいきなりパン
チを食らわせ黙らせると、そのまま編集用の機材に向き直りテープの早送りを始めた。
『・・・・最後のミサイルの発射カウンターが一秒ごとに時を刻んでゆくのを胃が焼け付
くような思いで見つめるしかありませんでした。その時、まるで奇跡のように、何かの原
因で最後のミサイルが発射されなかったのです。我々がどうしても破壊できなかったミサ
イルがですよ。』
『それは、なぜ?』
『ミサイル発射装置の歯車に親友の愛用していた武器が挟まってました。それが歯車を止
め、ミサイルを止めたのです。・・・俺はつい昨日、その事実を知りました。』
アップのカメラはわずかに震える健の唇をはっきりと捉えていた。それは、一人の男が圧
倒されそうな悲しみに必死で立ち向かっている姿であった。

「ちきしょうっ、奴に間違いねぇ!」
食い入るように画面を見つめ続けていたアクセルが突然怒鳴った。そして、側で殴られた
頬を腫らしたまま唖然としているデビットのシャツの胸元を掴む。
「教えろ!こいつは、今、どこにいるんだ?」
体格のいいアクセルに掴まれ、デビットの足は宙に浮いた。デビットは苦しそうに息をし
ながらようやく言葉を絞り出す。
「さっき・・さっき帰ったよ。タ・・タクシーチケットを渡そうとしたら、レストランの
脇の駐車場に車を置いてあるからって・・・。」
それを聞いたアクセルは怒りの雄たけびを上げると編集卓の前のイスに向かってデビット
を突き飛ばし、身をひるがえして編集室を出ていった。室内に残されたデビットと数人の
アシスタント達は呆然として互いの顔を見つめ合った。


 健がスタジオの外に出ると心地よい夜風が吹いており、撮影用のライトで熱せられた頬
の熱を冷やしてくれた。このあたりの地区はユートランドでも有数の繁華街であり、多く
の着飾った若者が華やかなネオンきらめく雑踏を闊歩している。
 今回のインタビューは健にとっては久しぶりの外出であり、街のにぎわいが最近滅入り
がちだった心を浮き立たたせるのを感じていた。
 健はしばらくの間、自分とさほど歳の変わらない若者達をぼんやりと見つめて立ってい
た。
 "あんな風に思いっきり笑って、人生を楽しむやり方を覚えなきゃいけないな"
そうしないと博士がまた自分の事を心配するだろう、と健は考えた。
ギャラクターとの戦いの後未だに精神的に立ち直っていない健に対して、南部が心を痛め
てくれていることには気がついていた。今回のインタビューも、受けるようにと強く推し
たのは誰あろう南部である。南部は渋る健に対して、気分転換になるからと繰り返し勧め
た。そして、健が根負けする形でインタビューを了承したのであった。
 "確かに博士の言う通りだな、インタビューを受けて良かった"
ほんの少し上向きになった気持ちを認めながら、大通りを渡り駐車場へと歩いていった。


 スタジオを飛び出したアクセルは人の波をかき分け駐車場へと向かった。仕立ての良さ
そうな青いスーツ、肩まで届いた茶色の髪の男を探し求め、右に左に視線を走らせる。
 人込みの多さに諦めかけたその時、まさにその男がビルの谷間の駐車場へと入って行く
のが見えた。
 青いスーツの青年は周囲を警戒するでもなく、振り返りもせずに歩いてゆく。その後ろ
姿は、かつて科学忍者隊の一員としてギャラクター隊員を震え上がらせた男と思えないほ
ど細くすんなりしていて、そのことすらアクセルにとっては苛立ちの対象となった。
「"平和な毎日"の中で、さぞ楽しく暮らしているんだろうな。だが、お前が幸せに暮らす
ことは、この俺が許さない。」
アクセルは流れ落ちる汗を無造作に拭くと再び走り始めた。目の前の若い男はほんの微か
に足を引きずりながら歩いている。
 それにしてもあの男、まったくの無警戒で広くて暗い駐車場に入ってゆくとは、不注意
にも程がある、とアクセルは思った。夜もふけた駐車場には自分とそいつ以外の人影は見
当たらない。
 突然、すぐ脇の道路で爆音が轟いた。首をすくめて振り返ると若者が猛スピードで運転
する車が通り過ぎてゆくところだった。それを追い掛けるように、遠くからかすかにサイ
レンが聞こえてくる。
"都会の騒音が奴の断末魔をかき消してくれるだろう。"
 アクセルはニヤリと笑うと、健を追って駐車場へと入って行った。



to be continued


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