生涯の友

by アリー

(1)
 熱帯のジャングルの中、わずかにそれとわかる下草を踏み分けた道を、南部耕三郎とそ
の助手であるスティーブは進んでいた。道といっても名ばかりで、場所によっては体力自
慢のスティーブが蛮刀をふるって通路を切り開いている。二人は長袖、長ズボンにキャン
バスブーツという出で立ちで、真昼の強烈な太陽が容赦なく照り付ける中、洋服の下は既
に汗だくになっていた。
「南部博士、どうして博士が俺を今回の調査に連れてきてくれたのかわかりましたよ。な
るほど、こういう作業は他の奴等には無理ですね。」
スティーブは蛮刀を振るう手を休めて、あごから滴り落ちる汗をぬぐった。
「いや、スティーブが一番研究熱心だから選んだのだよ。もちろん、君の体力にも、それ
と同じくらい敬意を払っているけどね。」
南部は、明るい茶色の目に笑みを浮かべ澄まして答えた。二人共まだ二十代半ばであるが、
南部とスティーブの外見はまったく対照的であった。南部はどちらかというとほっそりと
していて、“白皙”のという形容がぴったりくる知的な青年だった。それに対してスティ
ーブは体ががっちりとしていて、研究室勤務というより、アメフトの選手といった風情で
ある。
「それにしても、ひどい道だな。これは!」
スティーブは蛮刀を地面に刺し、木に寄りかかろうとした。
「スティーブ、寄りかかってはだめだ!」
南部が大声で注意した。しかし、間に合わずにスティーブは木に触れてしまい、次の瞬間
悲鳴を上げた。
「痛ッ!」
スティーブの手の先には体長5、6ミリのアリが数匹ガッチリと喰いついていた。スティ
ーブは悲鳴を上げながら手を振って、アリをはたきおとした。南部はスティーブの体を掴
んで木から遠ざけた。木の表面は既に巣穴から出てきたアリで覆いつくされている。
「木にうかつに触れてはいけないよ。スティーブ。」
アリの口腔から分泌される毒の為に傷口は多少腫れ上がっていたが、たいした事はなさそ
うだった。スティーブは手を押さえて顔をしかめている。南部はナップザックから薬を取
り出すと、手際よく傷口を消毒した。
「南部博士は見たところ、単なるお坊ちゃんにしか見えないのに、これがどうして意外な
一面を持っているんだよなぁ。」
スティーブは言った。
「ジャングルの動植物には詳しいし、俺なんかよりよっぽどジャングルでの生活になじん
でいるよ。」
「研究の為に、何度もここに来ているからだよ。」
南部は微笑みながら言った。しかし、スティーブにすれば、それはただ南部が謙遜してい
るとしか思えなかった。ここまでやって来る途中でも、ジャングルの珍しい生き物を見つ
ける度に指さしながら、それが、蝶、蛇、はたまたちっぽけな蜘蛛であっても、実にうれ
しそうにスティーブに解説をし、博物館の学芸員並の知識の深さを披露しては、スティー
ブを驚かせると共に半ばあきれさせていた。
更に一時間程の悪戦苦闘の後、ようやくジャングルを抜け出し切り立った崖の上にでた。
崖下には見渡すかぎり密林が続いていたが、その密林を東西へと分ける巨大な溝が、こち
らも地平線彼方まで続いていた。南部が自然が創造した地殻の割れ目を指さして言った。
「すごいだろ、スティーブ。マントル対流に押し上げられて、地面がこの場所から湧き上
がってくるのだ。つまり、われわれは普段眼にすることのできないマントルの力をここで
見ることができる。まったく素晴らしい!このエネルギーを平和的に活用することが実現
すればなぁ!」
スティーブは余りにも壮大な自然の力を目の当たりにして、ただものも言えず眺めるばか
りであった。
「南部博士は本当に研究がお好きなんですねぇ。」
スティーブは感心したように言う。
「異例の若さで博士号を取り、めでたくもISOのポストに就いたのだから、こんな南米く
んだりまで来ないで、机の上で論文の審査でもするのかと思ってましたよ。」
南部に軽く睨まれて、スティーブは舌を出しておどけて見せた。
 南部はスティーブとさほど年は変わらない。スティーブは現在二十四才で大学院に籍を
置きながら南部の研究の手伝いをしていたが、彼の年齢からいえば、この身分は年相応で
あった。南部は若いながらも、その天才性を周囲に認められており、最近、異例の昇進と
破格のポストを得たのだったが、南部は以前とまったく変わらず、研究一筋の生活を送っ
ていた。
 そして、その真摯な研究態度と並外れた才能を周囲の者から愛され、尊敬されていたの
だった。
南部は双眼鏡でジャングルに刻まれた巨大な溝を長い間眺めていたが、満足したようにう
なずくとスティーブに話し掛けた。
「さて、そろそろ行こうか。すぐ近くにコファン村という小さな村がある。そこには素朴
な人たちが住んでいて、皆で温かい歓迎をしてくれるはずだ。それから、私の友人である
ドクター・コルネーユを紹介しよう。診療所の医師をしているのだ。」


 三十分程歩いてようやくコファン村にたどり着いた。村の周囲の木々は伐採され、眼の
前に褐色の埃のたつ乾いた大地が広がり、広場を中心に細い木を組み合わせて作った風通
しのよさそうな家がならんでいる。
「南部博士!村ですよ。とうとう着きましたね。」
スティーブはうれしそうに話し掛けた。しかし、南部は立ち止まり、不思議そうに首をひ
ねっている。
「おかしい。どこか変だ。」
二人は村の広場にたどりついた。真昼の太陽が照り、日なたと日陰がくっきりとしたコン
トラストを作っている。どこにでもある小さな村だが、どこか異様な雰囲気がした。
「いつもは、女達が広場で仕事をしたり、子供達が遊びまわったりしているのに・・・」
村の中は静まりかえって、人一人見かけられない。南部は一番近くの家の中に入って
いった。
台所では野菜が切られたまま置いてあった。かまどには湯の沸いたなべもかけてある。
だが、誰もいなかった。ふたりは訝しみながら歩きだしたが、しだいに速足になり最後に
は走り出すようにして村の奥へと入っていった。家々の戸を開けては、呼び掛けるが返っ
てくる返事は何もない。
「どうしたんだ。飯の仕度の途中だったり、染料の壷には布が浸したままになっているの
に、どうして誰もでてこないのだ・・・。そうだ、ドクター・コルネーユのところへいっ
てみよう!」
南部は、そう叫ぶと駆け出し、スティーブは後に続いた。だが、南部の胸の中には、いや
な予感がしだいに広がっていった。


(2)

「ドクター・コルネーユ!」
南部は入口のドアを乱暴に開け放った。デスクの上に開いたままの医学書とペンが置かれ
たままになっており、まるで、ちょっとどこかに外出でもした様子だった。
だが、人の気配はなく、なまぬるい風がカーテンを静かに揺らしている。
南部はぼう然として、長いすに座り込んだ。
「マリーセレス号事件。」
南部はつぶやいた。
「二ケ月程前に起こったマリーセレス号事件を憶えているかい?」
スティーブは顔を上げた。
「ああ、船の乗客と乗組員全員が煙のように消えてしまった事件ですね。」
「そうだ、その時も、捜索した人間が船に下り立った時、スープがテーブルの上でまだ湯
気をたててさえいたのに、乗客乗員の誰一人見つからなかった。ここはまるで、それと同
じ状況じゃないか。」
南部は厳しい目をして考え込んでいる。スティーブはどうしらよいのかわからずおろおろ
と手を揉み絞っている。南部は突然立ち上がると、リュックを背負いドアに手をかけ、外
に出ようとした。
「どこへ行くのですか?南部博士。」
「この村に来る前に行った測定結果を思い出してくれ。この先の地域で、なにか異様な空
洞を探知していただろう。この事件と何か関係があるかもしれない。ちょっと調べて来
る。」
スティーブもあわててリュックを背負った。
「俺も一緒に行きます!こんな気味の悪い場所に取り残さないでくださいよ。」
二人は誰もいない村を後にした。


「うわぁ、これは!」
スティーブは思わず声をあげた。南部は唇に指を当て、シッと言う。コファン村から約五
キロの山の中腹に唐突にトンネルが穿たれていた。蔦がトンネルを覆っていて上空からで
はおそらく見つけられる事はないだろう。トンネル上部には奥の方までライトが点いてお
り、かなり先まで続いているようであった。南部はスティーブに声を掛けた。
「少し中を見てくる。一時間で戻らないようだったら、一人で引き返してそのまま警察に
駆け込んでくれ。」
「博士。止めましょうよ。危険じゃないですか。」
スティーブは南部の腕をつかんで止めようとした。南部は必ず無事に戻るからと言い残し、
トンネルの中に入っていった。


 トンネルは天井が高く鋼材とコンクリートで作られていた。誰が何のためにこのような
所に作ったのか見当もつかないが、豊富な資金源を持ち、非常に大きな組織が関っている
だろうということは明らかだった。
気味悪いほど静まり返ったトンネルに足音だけが響き渡る。天井からのライトが南部の影
を床に幾つも作りだしている。しばらく歩くと薄暗い巨大な空間に出た。そこは格納庫の
様だった。戦闘機が数十機停めてある。それに整備に使用されると思われる機材、弾薬等
も整理されて置いてあった。南部は額から流れる汗をぬぐった。熱帯の暑さの中であるの
に、冷汗が背中を流れる。
戦闘機はどこの国のマークもついていない上、見たこともない程ユニークな形をしていた。
南部がもっと近寄って調べようとした時、ドアが開き明かりがさしこんだ。
 南部は弾薬の影に身を隠した。二、三人の迷彩服を着て、異様なヘルメットを被った兵
 士がやってきて、戦闘機を整備し始めた。そのうちの一人がもうひとりに話し掛けた。
「なんで、あんな村のやつらまで引っさらって来たんだろうか。」
「しょうがない、基地の存在を隠す為には仕方がないのさ。なんの技術もないやつらだか
ら、せいぜい労働力となるしかないだろうさ。」
南部の心臓は急に鼓動を早めた。この兵士達が村人をさらったのだ。では、最近起こって
いる怪事件も、この者達がしくんだことなのだろうか。兵士達は戦闘機のフラップの調子
をみたり、エンジンをかけたりしている。これから、戦闘機を飛び立たせるつもりに違い
ない。南部はゆっくりと音を立てないように後ずさりをし、トンネルの方へと立ち去った。


 南部がトンネルから出てくると、スティーブが転がるようにして走ってきて南部に抱き
ついた。
「南部博士!大丈夫でしたか?危険な目には遭いませんでしたか?」
スティーブが矢継ぎ早に質問をした時、ゴーッという、ものすごい音とともに、山の向こ
う側から飛行物体が飛び立った。
スティーブと南部は反射的に首をすくめ、木の陰に隠れた。
「スティーブ、すぐにここから離れよう。中では信じられない物をいろいろと見た。この
ことを早く知らせなくては。」
南部は腰を抜かしているスティーブを励まし荷物を持つと、大急ぎでその場を離れた。


 スティーブは、その日ISOの長官室に初めて足を踏み入れた。アンダーソン長官に椅子
をすすめられたが、なんとなく気後れがして居心地悪そうに腰を掛けた。南部は、アンダ
ーソン長官に自分達の体験してきた事件について報告をしている。見る見るアンダーソン
長官の表情が厳しいものへと変化した。今回の事件はスティーブが想像していたよりも、
ずっと恐ろしい重大な事件であるようだった。
アンダーソン長官は、彼のデスクから何件か電話をかけた後、二人を見渡して口を開いた。
「今まで公表を控えていたが、マリーセレス号の事件以降、今回のような事件は、もう、
何十件も起こっているのだよ。それらの情報を総合して分析し、犯人とおぼしきグループ
の実像もだいぶ判明してきた。」
アンダーソン長官はしばらく腕を組んで考え込み、それからスティーブの方へ振り返った。
「スティーブ君、協力ありがとう。職場に戻っても結構だ。ただし、今の話は決して他人
に口外しないでくれたまえ。」
スティーブは、秘密を守る旨を誓い、部屋を出るためにドアの所まで行って、ふと南部の
方を振り返った。その時、南部はアンダーソン長官と奥の部屋へと足を踏みだしたところ
だった。スティーブと眼があった南部は大丈夫だと言うように頷いたのだが、スティーブ
はその時なぜか、南部が人生の分岐点からスティーブの知り得ない世界に足を踏みだした
ような気がしてならなかった。


(3)

アンダーソン長官は南部をISOのビルの片隅にある部屋に案内した。
「南部君、今、我が国連軍の特殊空挺部隊に対して救出作戦の指令をだしているのだが、
彼等に例の秘密基地の事を説明してくれたまえ。」
アンダーソン長官がそう言ってドアを開けると、部屋の中では二十人ばかりの軍服に身を
包んだ男達が、机の上の資料を検討していた。彼等は身体は大きく目付きが鋭く、いかに
も軍隊の猛者といった感じだった。その中で、手前のテーブルに座っている肩に大尉の徽
章をつけた男が南部の関心を引いた。南部と同じ年頃で榛色の瞳を持ったこの男が、この
集団のリーダーのようだった。その男が合図をすると全員が口をつぐみ、部屋は静まり帰
った。
アンダーソン長官はせき払いをし、全員を見渡すと口を開いた。
「諸君、彼が実際にあの秘密基地の内部を調べてきた南部博士だ。これから、基地の内部
の情報を君たちに説明してもらう。」
リーダーとおぼしき男は、南部の顔をじろりと眺めたが、その瞳にこもっているのは好意
的な興味のようだった。
「なるほど、それはたいしたものだ。初めてあいつらの基地への侵入に成功したのが科学
者の先生とはな。」
アンダーソン長官はその男の無遠慮な言動に少し眉をひそめたが、気を取り直して紹介を
した。
「南部博士、彼はこの特殊空挺部隊の隊長を努めている鷲尾健太郎だ。」
南部が手を差し出すと、彼は南部の瞳を見据えたまま握手をした。南部は、この浅黒く日
焼けした、ずけずけと物を言う男に対してなんとなく好意を感じた。
作戦のブリーフィングは、アンダーソンと南部を交えて続けられたが、作戦の概略を聞き
終わったところで、南部は立ち上がると、空挺部隊の猛者どもと対峙して少しも臆せずに
口を開いた。
「私の見たところでは、彼等の科学力は我々をしのいでいるように思われました。こんな
小規模の武器で乗り込むのは、失礼ですが、無謀としか考えられません。もっと重装備で
臨むべきです。」
南部は、空挺部隊の面々を前に、さらりと言ってのけた。空挺部隊の隊員たちは、オッと
いうように関心を喚起されたようだった。気の強いものの中には、気色ばんだように顔色
を変えた者もいた。
「自分の意見をはっきり言う奴は、信頼できるな。」
鷲尾は、部下の方はちらっと見ると言った。獰猛な軍用犬のような部下たちも鷲尾の一睨
みで、姿勢を正した。
「O.K. 南部博士。修正すべき点があったら遠慮なくどんどんいってくれ。」
鷲尾は、南部の亊を気に入ったようだった。そして、隊員達を見渡して言葉を続けた。
「さぁ、パーティーを続けようぜ。」


 午前三時、パイロット用の耐G用のスーツを身に付けヘルメットを手にした鷲尾は、基
地の一室で出撃の時を待っていた。背後から南部が近付き声をかける。
「鷲尾君は、戦闘機で突入の援護にあたるのでしたよね。」
鷲尾健太郎は南部の姿を認めると片頬にわずかに笑みをにじませて、愛機を指さした。
「あれが俺の機だ。Fー16ファイティングファルコンの改良型で、マッハ2は軽く出る。
旋回性能もいい。目下のところ俺の恋人だ。」
窓から外を覗くと、三機の戦闘機が離陸の準備をしていた。そのうち鷲尾が指を差した機
は、垂直尾翼のところに赤で鷲のシルエットが塗装されていた。
「俺とパウエル少尉とライト軍曹が編隊を組み攻撃をする。他のやつらは強襲用のヘリで
南部博士の見つけたトンネルから突入する。」
「“南部”と呼び付けにしてください。」
南部は鷲尾に笑いかけた。鷲尾は、南部の経歴からくる先入観と眼鏡の似合う知的な相貌
から南部に対して堅苦しい印象を持っていたが、その笑顔の中に穏やかさや柔軟性、そし
て包容力にあふれた優しさが含まれている事に気が付いた。
「では、お互いに呼び付けとしようか。博士号を取るような偉い先生を呼び付けできるっ
ていうのは気分がいいもんだ。」
 南部は鷲尾に歩み寄り、隣に立って窓の外を見つめながら、学術調査の途中で訪ねた村
の住人が全員行方不明になったこと、その中には自分の大事な友人も含まれていること、
そして、その後基地を発見してひとりでその中に忍び込み調べたこと等を話し始めた。
 夜明け前の飛行場で、ライトに照らされた戦闘機やヘリを見つめながら、堅物の天才科
学者と荒くれ者の戦闘機乗りは生涯の友となったのであった。二人の間で“あの時の事”
という話題になった時、いつも思い浮かぶのは、うなるエンジンの轟音、オイルの匂い、
明け方の薄明の中にまたたくライトとそれに照らし出されたお互いの顔であった。
 南部の説明を聞き終わった時、鷲尾はしばらく考え込み、そして尋ねた。
「では南部。君は敵の正体をどう考えているのか?」
鷲尾は、先ほどのブリーフィングでの南部の鋭い情報分析能力と戦略眼に感嘆し、彼の意
見に全幅の信頼を置くようになっていたのだった。
 南部は腕を組み、彼の知性を表している茶色の瞳を遠くに向けた。
「彼等は、軍隊のような組織と非常に高い科学力を持っている。だが、その狙いがどこに
あるのかは不明だ。さらわれた人々も一人も帰ってこない。この組織がどこの国に属し、
誰の命令を受けているのかすらわからない。ただ・・・。」
南部の茶色の瞳は、彼の思索の彼方へと彷徨っていた。そして、まるで預言者が南部の口
を借りて語るかのように、おだやかだがぞっとするような口調で語し始めた。
「これまでのようなやり方では歯が立たないような恐ろしい敵であるような気がする。
そして、これから何年も何年も戦いは地上を覆いつくすだろう。そう、我々全員が死力を
振り絞るような戦いが・・・。」
鷲尾は剛毅さでは右にでるものはいなかったが、南部の言葉を聞くと、なぜか背筋がぞっ
とするような感覚に襲われた。そして、そんな自分に思わず苦笑いをした。
「やめろよ南部、そんな眼をするな。まるでガキの頃のようにやるせない気持ちになった
ぜ。」
南部は鷲尾を見つめて真剣な顔で言った。
「鷲尾、無事を祈っている。気をつけてくれ。」
「もちろん、無事に帰ってくるとも。俺は長生きをする予定だからな。」
鷲尾はニヤリと笑った。
「俺は両親を早くに亡くした。父親は四十五才でこの世を去った。俺は、家庭というもの
を実感したことがないんだ。だから、早く家庭を持って子供を育てて、父親の分も長生き
をするのが目標なんだ。」
南部は鷲尾の横顔を見つめた。額の線が美しく、濃い眉と形のよい鼻につながっている。
榛色の瞳がじっと彼の愛機を見つめていた。鷲尾は南部の視線に気が付くと思い掛けなく
自分の本心を語ってしまったことに照れるように背を向けた。
「じゃあな。後でまた会おう。」
鷲尾健太郎は振り返りもせずに去っていった。
午前5時、作戦が開始された。滑走路から強襲部隊の隊員達が乗り組んでいる戦闘へリが
飛び立っていった。次に鷲尾たちの操縦する戦闘機が轟音とともに次々とテイクオフして
いく。南部は滑走路の脇に立ち尽くしたまま彼等をただ見送っていた。


(4)

「こちらファントム1、敵基地を視認。これより攻撃を開始する。」
朝日が薄紫の空に最初の光りを投げかけ、中天にまだ銀色の細い月が掛かるなか、鷲尾を
一番機とする編隊は戦闘を開始した。ほぼ同時に、山の中腹から敵の対空ミサイルが発射
された。
「ブレーク!」
鷲尾の指示により、三機は一瞬にして編隊を解き、それぞれの方向に回避動作を行った。
ミサイルは鷲尾機の後を追尾してくる。鷲尾の操縦する機は、旋回能力と機動性に富んで
おり、ミサイルを振りきる自信はあった。鷲尾はあせらず前方の岩山まで接近した後、急
旋回を行った。体に7Gもの力がかかり、上半身から血液が下がりすぎないように、ズボ
ンの上に装着しているGスーツが自動的に膨らみ血流を止める。
鷲尾は髪の毛一筋の差で、岩山を回避したが、ミサイルは、かわしきれずにそのまま岩山
に突っ込み爆発した。鷲尾はキャノピー越しに周囲を見回し僚機を探した。10時の方向
にライト軍曹勤める3番機を見つけた。3番機は山腹の下方にあるカタパルトから次々に
飛び立ってくる正体不明機に対して攻撃をかけている真っ最中だった。
「ファントム3、軍曹!右から攻撃に来てるぞ。」
鷲尾が叫ぶと、ライト機は横転して敵の攻撃をかわした。
鷲尾が僚機を助けようとした瞬間、コックピット内に敵からロックオンをされたことを示
すアラームが鳴り響いた。
「ファントム1へ、上から狙われている。」
ヘッドセットの中に、2番機のパウエル少尉の声が響いた。すぐに鷲尾はレーダー誘導ミ
サイルを逸らすためチャフという金属の薄片を撒き、急上昇をして逃れた。ミサイルは
チャフに向かって急激に進路を変え、その中へ飛び込んで爆発した。
「敵さん、なかなかやるじゃないか。」
鷲尾は急上昇からインメルマンターンをして、敵後方に出た。ロックオンし、発射ボタン
を押す。
ミサイルは見事に不明機を貫き爆発した。敵機はこちらより早かったが、操縦の熟練度と
戦術の巧みさにおいては南部達の方が勝っており、総合的に考えると勝負はまず五分五分
のようだった。
 その時、遥か下の方で、巨大なヘリが超低空で進入し行くのが眼に入った。ヘリはホバ
リングをし、隊員たちがロープをつたってつぎつぎに降下しはじめる。
「ようし、始まったな。」
鷲尾はつぶやいた。度重なるGとの戦いは、パイロットに多大な消耗を強いる。彼の額は、
早くも汗ばんでいた。鷲尾は息を大きく吸うと集中を高めた。簡単な戦いというものは在
りえないが、しかし、この敵はほんの少しのミスが命取りになるだろう。


 昼過ぎ、最初に基地に戻ってきたのは2機の戦闘機だった。出撃の時はその翼の下に抱
くようにしていた様々なミサイルをすべて使い果たして来たらしく、シルエットが身軽に
なっていた。南部は管制塔から双眼鏡を覗きこんでいたが、帰還したのが鷲のマーキング
のついたあの男の機かどうかは、見分けることができなかった。その後、情報収集を任務
とする支援機、空中給油をおこなった給油機などが次々と現れては着陸する。戦闘に携
わったとおぼしき戦闘用ヘリも数機還ってきた。最後に、救出した人々を乗せた巨大な輸
送用のヘリもやって来た。
 南部はすぐに管制塔から地上へと走った。もし、けが人が出ていた場合は、医療の心得
のある南部が必要となるかもしれなかった。下ではアンダーソン長官がヘリからやってき
た最初の一団を出迎えているところだった。やはり、負傷者が出たらしく、重傷の者から
担架で運ばれてきた。重傷者の多くは、突入した隊員のようだが、村人らしき者も数名見
かけた。
「私でお役に立てることがあれば、けが人の手当てをお手伝しましょうか。アンダーソン
長官。」
「いや、ここでは手は足りているようだ。だが・・・。」
アンダーソン長官は苦虫を噛みつぶしたような顔で続けた。
「あの基地に捕らえられていた村人の内、救出できたのは約半数だけだったそうだ。」
「えっ、では、作戦は失敗したのですか?」
「そうではない。作戦自体は成功したのだが、我々が乗り込む前に青年や壮年の男、それ
から村の有力者や技能者がどこかへ連れ出されていたそうだ。基地は制圧したが、主要部
はあらかじめセットされていた爆薬で爆破されてしまった。ああ・・・それから、残念な
がら、君の知人のドクター・コルネーユも不明者リストの方へ載っている。」
南部は凍り付いたように立ち尽くした。指が白くなるほどきつく握り締めた拳が、わずか
に震えていた。


 南部はアンダーソン長官と共に作戦終了後の被害確認および情報収集に立ち会い、それ
らの仕事から解放されたのは、もはや、空が茜色に染まる頃であった。基地の建物から出
たところで滑走路を見ると、夕焼けの地平線を背景にして男が一人、所在なさげに立って
いた。南部を車で送る為に一緒に来た将校が気の毒そうに言った。
「あれは、鷲尾隊長機付きの整備兵ですよ。彼の機だけが未帰還なんです。だから、隊長
の無事を祈って、ああして待っているのでしょう。」
その将校は言外に、鷲尾機が戻ることはないだろうという事をほのめかしていた。南部は、
一瞬息が止まった。
「まだ、還ってきていない?鷲尾隊長が?」
将校は、つらそうに頷いた。南部は胸がつぶれるような気がした。最後に眼にした照れ臭
そうな彼の笑顔を思い出した。語り合ったのはわずかな時間だったとはいえ、鷲尾と自分
の間には、特別の友情が芽生えているのを感じていた。心を許す友となり得たはずの人間
を失ってしまった。南部はあまりの打撃にただぼう然と、不吉なほど赤く染まった夕焼け
雲を見つめていた。


(5)

 翌日、南部はアンダーソン長官に面会を求めた。長官は事後処理に忙殺されていたが、
南部を長官室に招きいれた。南部は一睡もできなかった為、面やつれし蒼ざめていた。
「アンダーソン長官。」
南部は決然とした調子でアンダーソンに話し掛けた。
「私は、一科学者としての自分を昨日限りで捨てます。今日からは、正体不明のあの者た
ちと戦うために生涯を捧げるつもりです。」
アンダーソン長官は驚き、南部の顔を見つめた。
「そのために、兵器を開発し、特殊な訓練を受けた者たちを選抜した部隊をつくるつもり
です。そうしなければ、いずれ我々は、あの一味に征服されてしまうでしょう。長官どう
ぞ、力を貸して頂きたい。」
アンダーソン長官は頷くと、口を開いた。
「南部君、我々もずっとその事を検討していたのだ。平和の為の研究に全てを捧げている
君に、この使命を与えるのは運命の皮肉としか言いようがないが、我々は君の天才に頼る
他に道はないのだよ。ISOも総力を上げて君のサポートをしよう。どうか宜しく頼む。」
長官は南部の手を握り締めた。


 南部が長官室を出ると、ドアの外にはスティーブがその巨体を縮めるようにして立って
いた。南部はスティーブの顔を見上げ、いつも通り淡々と話始めた。
「スティーブ、私には、やらなければいけない亊がある。君と共に研究を続けることは、
もう出来なくなってしまった。」
「わかっていますよ、南部博士。あなたが、やりたい亊よりもやらねばならない亊をなさ
る方だということは。そういう人は世の中にはほんの少ししかいないけど、あなたはその
数少ない一人なんです。」
スティーブは南部が何の為に長官室を訪れたのか、そして、どんな話し合いがもたれたの
か良くわかっていた。全てをわかったその上で、あえて危険で困難な人生を選択した南部
に対してはなむけの言葉を告げたかったのだ。
「初めて博士にお会いした時から、博士は我々と違う運命が用意されている人だという感
じがしていました。俺は平凡な人間だけど、博士みたいな人と一緒に研究ができて幸せで
した。」
スティーブは寂しげな顔をした。
「いつか、平和が訪れた時には、きっとこっちへ帰ってきてください。その時まで待って
いますから。
マントルエネルギーの平和利用の研究を、研究室のみんなでがんばって進めていますか
ら。」
スティーブの言葉の語尾の方はほとんど消え入るようだった。いつか・・・という言葉ほ
ど、あてにならないものはない、ということをスティーブも南部もよく知っていた。南部
の脳裏にスティーブと共に研究に打ち込んだ日々が甦った。それは人生の中で最も自らの
思うがままに、そして楽しく生きた日々として大切な思い出となるであろう。“だが、後
戻りはできない”と南部は心の中でつぶやいた。南部はいつもと変わらぬ優しい茶色の目
でスティーブを見つめ、肩を叩くと歩きだした。南部の心は既に決まり、科学者としての
研究生活は既に遠い過去の亊のように感じ始めていた。


 南部はコートの襟を立て、足取りも重くISOの建物を出た。しばらく自分一人きりにな
りたかったのだ。歩いているうちに公園沿いのちいさな並木道に出た。並木道はすっかり
冬枯れの景色で、木の枝が道に長い影をつくっていた。足もとを枯葉が舞ってゆく。南部
は道の脇に置かれたベンチに腰を掛けた。考えなければいけない事、やらなければならな
い事はたくさんある。しかし、今日だけはこうして立ち止まってもいいのではないか。昨
日、昔から友情をはぐくんできた友と、新しく友情を交わしはじめた友を両方とも失って
しまった。二人とも自分にとってかけがいのない人間であった。南部は頭を抱え込むと膝
のうえに突っ伏した。


 そうして何時間たったことか、体も心もすっかり冷えきってしまった時、枝を踏み締め
誰かが近づいてきた気配がした。ゆっくりと顔を上げると、迷彩服に身を包み、日焼けし
た顔には硝煙のすすをつけたまま、鷲尾健太郎が立っていた。南部は信じられないという
ように顔をかすかに左右に振った。
「心配を掛けたようだ。すまなかったな南部。おまえがISOビルから出て歩いていったと
聞いて、随分探したよ。」
「生きていたのか・・。鷲尾。生きていたのか。」
「南部、早くおまえに良い知らせを聞かせたくて・・・。おい、聞いているのか?」
南部の茶色の瞳はみるみる潤んできたが、あわてて顔をそむけ涙を隠した。
「うれしいよ。俺の無事に泣いてくれる人間がいるとはな。」
鷲尾は南部の肩に手をおいてぼそっと言った。南部はこぼれそうになる涙をぬぐい、照れ
隠しのように聞いた。
「そうだ、良い知らせってなんだ?」
鷲尾は誇らし気に胸を張って言った。
「残り半分の村人を救出してきたぞ。トラックに乗せられて移送中の一味を見つけて、な
んとか取り戻した。全員無事だ。そうだ、ドクター・コルネーユも無事だぞ。お前はドク
ターのことを女だと一言も言わなかったじゃないか。こっちは男だとばかり思っていたか
ら驚いたぜ。マドモアゼル、アニエス・サユリ・コルネーユ。彼女から伝言だ。今日はぜ
ひ、一緒にお食事をしましょうだと。すごい美人じゃないか。」
南部は天を仰ぎ、大きく息を吐きだした。そして、目をつぶると小声で神に対して感謝の
言葉をつぶやいた。
「ああ、サユリが無事だって!良かった。彼女と話をしたのか。」
「話をしたどころか、彼女には随分と助けてもらったんだ。美人なだけじゃなく、勇気も
あるんだな。」
鷲尾はまんざらでもない表情で感心している。
「どうだい、食事の席で俺の亊を正式に紹介してくれよ。」
南部の表情にようやく笑顔が戻った。それも、とびっきりの笑顔だった。
「さぁ、どうしようかな。彼女は私の恩師のお嬢さんだから、得体のしれない男は近付け
られんしな。」
南部はベンチから立ち上がり、鷲尾と並んで歩きだした。
「昨日、我々はパンドラの箱を開けた。そこからは、ありとあらゆる災害、恐怖、復讐心
が飛び出し、この世を覆いつくしたかと思った。しかし・・・・。」
南部は真剣な表情で続けた。
「この箱の底に残っていたものがあった。それは“希望”だった。」
鷲尾はポケットに手を入れ歩きながら呟いた。
「希望か。いい言葉だ。」
ふたりの男は、胸のうちにそれぞれの感慨を抱いて並木道を歩んで行った。


END


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