黄昏の彼方 ー作戦開始!ー

by アリー


「ちぇ、博士、こんなことが本当に役に立つのですか?ガキじゃあるまいし、やってられ
ませんよ。」
 ジョ−は南部の指示により、ISO内の研究室で朝からひとつの課題に取り組んでいた。
「堅苦しく考えなくていい。この心理療法は、無意識の中に抑圧されている不満、不安、
問題点を浮き彫りにし、解放してゆくものなんだ。」
 南部はジョーの心を解きほぐそうと優しく声をかけた。ジョ−に与えられた課題とは、
底に白い砂の入った50センチ四方の浅めの箱の中に、心の向くまま自由に小型の建物や
木や人の模型を置いて何らかの風景を作るというものだった。
 ジョーはようやく"作品"を完成させたものの、心中の不満を隠そうとしなかった。南部
の熱心な勧めによって、この心理療法を行うことを承知したものの、内心はまったく納得
していなかったからだ。
 南部はジョ−の作品を見て、相変わらず穏やかにうなずいた。
「さぁ、君の作ったものを説明してくれたまえ。」
南部に促され、ジョ−は自分の作品の解説をぎこちなく始めた。
「ええっと・・・この部分は海で、そしてこっちは砂浜。砂浜には椅子が三脚並んでます。
椅子の側には女が一人こっちを見ています。」
ジョ−は、ままごと道具のような椅子や人形を指さしながら懸命に説明をする。ジョ−の
"作品"は、彼のシンプルな生活を象徴するかのように、使用してある用具もわずかで空虚
な風景が箱庭の中に広がっていた。
「それで、これが俺です。」
ジョ−は少し離れたところにポツンと置いてある人形を指差した。
「うむ、これが君か。何をしているのかね?」
「そんな亊まで答えなきゃならないんですか?・・・なんだろう、日光浴かな。暇と金さ
えありゃあ、どこかのビーチでのんびり過ごすのが目下の夢ですからね。」
「君の人形と反対側の砂浜には椅子が三脚置いてあるのだね。それでは、ジョ−。これは
誰の椅子なのかね?つまり、、誰がこれに座るのだろうか。」
南部が注意深くジョ−の様子を見守りながら言った。ジョ−は一瞬言葉に詰まった。
「誰が座るか?別にそんな事を考えて置いた訳じゃないから・・・誰だろう?強いて言え
ば・・・そうだな、三つだから、親父とお袋。それに俺かな。」
ジョ−は椅子を見つめた。
「この人形、つまり君は途中にあるこの橋を渡れば、椅子の側に行けるね。」
ジョーは首をかしげた。まるで心の中の自分に相談しているようだった。しばらくして、
口ごもりながら話始めた。
「行けます・・・だけど、行きたくないです。向こう側には渡りたくない。」
博士は興味深いという顔でジョ−の顔を見上げた。そして、注意深くジョ−を見守りなが
ら質問を続ける。
「椅子の近くに女の人形。これは君のほうを向いている。どんな感じの人かい?もしかし
たら君の恋人かな、それとも母親かね?」
南部の言葉にジョ−は、声を荒げた。
「この女が母さんであるわけがない!俺はこの女が憎いんだ。こいつを捕まえて殺してや
りたい。」
南部はジョ−の強い拒絶反応に驚いた。
「ジョ−?」
ジョ−はキッと顔を上げ、南部を睨み付けた。
「もう、まっぴらですよ。こんな茶番みたいなことは!博士は俺をどうしたいんです?
こんなテストみたいな事をして、忍者隊から外れろとでも言うんですか?」
ジョ−は怒りの余り肩を揺らし大きく息をしている。南部は静かな声で話し掛けた。
「ジョ−、それは違う。私は君を試しているのではない。心理療法によって、君の心の傷
を癒すことができたらと、そう考えたのだよ。」
「大きなお世話だ!」
ジョ−は大声で怒鳴った。それはふいに傷口を触れられた動物が上げる、必死で悲しい叫
びのようだった。ジョ−はしばらく身じろぎもせずに立っていたが、やがて、がまんでき
ないという風に話し始めた。
「失礼な亊を言ってすみませんでした。南部博士、俺の事を思ってくれる気持ちはうれし
いですが、その心理療法とかってのはまっぴらだ。」
ジョ−は目の前の"作品"の中の人形を取り上げた。
「これは確かに俺ですよ。デクノボウのクソ生意気なガキだ。誰も信じず、復讐だけを胸
に生きてきた。こんな俺でも少しはマシなクソ野郎に成長して世間を渡ってこれたのは全
部博士のお陰です。・・・だが、俺の本質は昔から全然変わっちゃいないんだ!俺から復
讐心を取り去ったら、一体何が残ると言うんですか?俺は今まで、それを支えに、いや、
それにすがって生きてきたんだ。復讐心は今では俺の一部であり、それが無くなる事は考
えられない。そんな事をするのは、たとえ、博士だって許さねえ。」
ジョ−はそう大声で叫び人形を床に叩き付けると、ドアから飛び出して行った。
「待ちなさい、ジョー。ジョー!」
南部が呼び止めようとドアに向かいかけると机の上の内線が鳴った。
リリリリリ・・・・
「私だ。」
「博士、情報部からの連絡です。」
「うむ。」
受話器の奥で回線をつなぐ音がした。
「南部です。」
「博士、情報部のシュナイダ−です。アルファから今、連絡がはいっています。直接お
話になりますか?」
アルファという男は長年ギャラクターに潜入しているISOの諜報部員である。何度も重要
な情報を入手し、南部の信頼も厚い。
「つないでくれたまえ。」
再び回線が切り替わった。今度は雑音も混じり、音も遠い。
「・・・博士ですね。とうとうマックレイの行方をつかみましたよ!消息がわからないは
ずですよ、意外な人物が彼を保護していたのですからね。」
「どういうことかね?」
「女隊長ですよ、彼奴がマックレイを側に置いているんです。しかも、女隊長は頻繁に居
場所を変え、その度にマックレイも伴って移動していたんです。まるで、ねこが住処を変
える時に子猫を連れて移動するようにね。」
「それで、マックレイの居場所は?」
「今度こそ間違いないですよ。ホントワ−ル国の山岳地帯にある基地です。裏づけも取り
ました。一番上等な酒も食材も豪華な衣服も全部この基地に流れて来る。首を賭けてもい
いですよ。今、女隊長は確かにここにいるはずです。だが、気になる情報がある。2、3
日中にまた女隊長が移動しそうなんですよ。急いでマックレイを救出に来て下さい。詳し
い場所は・・・・・・。」
南部は胸のポケットからペンを取り出し、メモに走り書きした。
「では、念のためISO情報部にも通常のルートで場所を連絡しておきますが、時間との勝
負になりそうですから直接博士に御報告しました。」
「ありがとうアルファ。君も気を付けたまえ。」
「サンキュウ、ダーリン。」
カチリ・・と通信は途切れた。アルファの最後の一言に南部は思わず眉間にシワを寄せた
まま、例の金髪の諜報部員の顔を思い浮かべた。風変わりで人を喰った態度に南部は度々
惑わせられていたが、アルファの情報が間違っていた試しはない。
 それにしても・・・と南部は考える。人間離れするほど頭が切れ、神話にでてくる女神
のように美しく且つ残忍な女隊長が、何故マックレイにこだわっているのか?そこに何か
重大な理由でもあるのだろうか?
「よりによって、マックレイを捕らえているのが女隊長とはやっかいなものだ。」
南部は椅子に腰を下ろし、天を仰いで嘆息した。
 ジョーの心にあのような大きなこだわりを残したまま、ジョーを間違いなく女隊長との
対決が待っている今回の作戦に参加させなければならない。ニヒルなアウトローを装って
いるものの、科学忍者隊の5人の中でジョーが一番繊細で感受性の強い心の持ち主である
と南部はみていた。心理療法を試みたのも、今回のようになにか決定的な場面に遭遇する
前に、なんとかジョ−の心の傷を癒したいと考えた末の事であったが、ジョーの心の傷は
想像していた以上に深い。
 南部は内線で秘書に熱く濃い目のコーヒーを頼むとコンピュータのディスプレイに向か
い合った。まず、いつものように出来るかぎりの資料を手に入れ、作戦を立案しなければ
ならなかった。
 "今度こそマックレイを救出しなければならない"と南部は心に誓った。一流の心理学者
であり、南部のチェスの好敵手、そして、心を許せる数少ない友人であるマックレイを・・。


 健はノックもなしにトレーラーハウスのドアを開けた。
 健の悪い癖だが、何度ジョ−に注意されても直らない。この癖のおかげでジョ−とその
時々のさまざまな女との濡れ場に踏み込んでしまったことさえある。健から言わせれば
"いやなら、鍵をかけておけ"という亊なのだが、なぜかジョーはいつも鍵をかけずにいる。
もしかしたらそれは、健に対する趣味の悪い悪戯のつもりなのかもしれない。
 だが、今日のジョ−の格闘している相手は、素晴らしい身体の女ではなく旅行用のトラ
ンクであった。先程からトランクの蓋を閉めようと、ベットの上で膝を使って格闘してい
る。
「慌ただしいな、ジョー。レーサー業に精を出すのか?今度はどこのサーキットへ行くん
だ?」
健が勝手に入り込み冷蔵庫から飲み物を取りだしていると、荷物を抱えたジョーが忙しそ
うに脇を通り抜けた。
「お前は毎日ヒマそうだな。オケラの身なんだからたまにはきちんと労働しろよ。配達の
仕事はないのか?だったら見ているだけじゃなく、少しは手伝え!」
ジョ−は何枚かのTシャツを健めがけて投げてよこした。Tシャツは椅子の上でビール片手
にTVのサッカー観戦をきめこもうとしていた健の胸に当たって床に落ちた。健は小声で文
句をいいながらも床から拾い上げ、荷造りしやすいようにきちんと畳み始めた。
 調子に乗ったジョ−は今度は健の頭に、赤地に黒い跳ね馬のエンブレムの入ったキャッ
プをかぶせて大いばりで言った。
「次のサーキットはイモラさ!アウトドローモ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリ
サーキット。フェラ−リのお膝元イタリアのサーキットでフェラーリに乗るんだ!」
ジョーは上機嫌で荷造りを続けている。
「へぇ、それは、それは・・・。」
自動車レースに関してそれほどの思い入れのない健は、頭に被されたフェラーリのキャッ
プを手に取り一応感心したような返事をしてみたが、熱意がこもっていないのは明らかだ
った。だが、ジョ−は健の反応にはおかまいなしに畳み掛けるように自慢をはじめる。
「イモラは好きなサーキットだ。以前はもっと良かった。有名な高速サーキットだったん
だ。だが事故が起こってコースのあちこちに手が加えられて、まあ、ちょっと魅力は落ち
たけど、それでも、イモラで走るのはいつも楽しみなんだ。想像してみろよ、赤いフェラ
ーリ旗が舞う中で、俺があの跳ね馬をチェッカーフラッグへと導いていくところを・・。」
「BC島へは寄らないのか?」
健は手でキャップをもてあそびながらためらいがちに尋ねた。イモラサーキットはイタリ
アに位置する。そこからBC島は目と鼻の先であった。
 しかし、その言葉にジョ−は荷造りしていた手をぴたりと止めた。
「なんで俺にそんな事を聞くんだ?健。」
ジョーの目つきが険しくなる。
「お前を怒らせたのなら、謝る。ただ、俺は・・・。」
「うるせえ、うるせえ。俺のプライベートに首を突っ込むな。別に俺は過去に対してこだ
わりなんか持っちゃいない。大体、お前のいちいち腫れ物を扱うような態度が一番腹が立
つんだ。」
ジョーの怒りは突如沸騰点に達した。それは、先日の南部との出来事の影響が大きかった
のだが、健にはそのような事情はわからない。思った以上に激しく言い返されたことで、
友人としての心配が、ついリーダーとしての小言に変わる。
「俺は別にそういう意味で言ったんじゃない。ただ、過去の事で苦しみ続けるのなら、い
つかは正面から取り組んで心の整理をしなければならないと言っているんだ。女隊長憎し
の気持ちはわかるが、それが肝心な時に冷静さを失わせる事にもなりかねん。そうしたら、
お前だけでなく、皆が危険に陥るんだぞ。」
ジョ−は健の一言に顔色を変えた。
「俺が、いつ、誰に迷惑をかけた?お前の自分勝手な思い込みで人の心を振り回すのは止
めろ。」
「なんだと?」
今度は健が顔色を変える番だった。ジョーは、しばしば当たっているだけにキツイ一言を
健にぶつける。そして、大抵の場合、それが二人の殴り合いの合図となるのだ。
 健とジョ−がお互いに拳を作り、殴り掛かろうとした瞬間、互いのブレスレッドが鳴っ
た。
『こちら南部だ。科学忍者隊の諸君、至急集合せよ。』
二人は睨みあいながらも、それぞれブレスレッドに向かって"ラジャー"と応答した。
 ジョ−はさっきから丁寧に荷造りしていたトランクを床に放り投げた。弾みで蓋が開き、
中に入っていたシャツやズボンが散乱する。
「どっちにしろ、イモラはおじゃんだ。誰かさんのお節介も空回りだぜ。パンチの続きは
任務が終わってからだな。」
ジョ−は健にクルリと背中を向けるとトレーラーハウスを出ていった。
 ひとり取り残された健は、抑えきれない怒りにジョーの去っていったドアに向かって怒
鳴った。
「意地っ張りの大馬鹿野郎が!あとでどうなっても知らんぞ!」
そして健は、ジョーのフェラーリキャップをいまだ手に持ったままであることに気がつい
た。このフェラーリの赤のように情熱的で激しいジョー。そんな彼が自分の弱みをそう
易々と認めることなどありえない話である。
 親友の心の傷に気がつきながらも、どうにもすることができない自分に健は苛立ってい
た。


 三日月基地の作戦会議室では南部が健、ジョ−、ジュン、甚平、竜の五人を前に説明を
始めた。
「かねてよりギャラクター基地に潜入している我が方の諜報部員アルファからの報告によ
り、マックレイ博士の行方が判明した。」
南部は5人に資料を手渡した。その一ページ目にはマックレイの経歴と誘拐された経緯、
調査の過程が記してある。
「ああ、"ジェームス・マックレイ博士"か。聞き覚えがあると思ったら・・・ロボット
工学者のブラウン博士と共に誘拐された心理学者ですね。」
「そうだ、その資料にある通り、二人は研究所からの帰宅途中に誘拐され、半年後ブラウ
ン博士のみは諸君らの活躍により救出することが出来た。我々の調べではギャラクターの
狙いはブラウン博士の研究であることが判明しており、いわば巻き添えを喰って誘拐され
たマックレイ博士の消息については、私も大いに心を痛めていたのだ。」
南部は感情を交えない声で滔々と説明する。
「それで、南部博士。肝心のマックレイ博士の居所は?」
健が尋ねた。
「彼は、ホントワ−ル共和国北西部にある山岳地帯の基地で、女隊長の間近に監禁されて
いると思われる。」
「なんですって?博士、本当ですか?」
健が青い瞳を丸くして尋ねた。だが、南部の視線は健を通り越し、その向こうでじっと腕
組みをしているジョ−の姿に注がれている。案の定、女隊長という言葉を聞いたとたん
ジョ−は顔を上げ、乱暴な口調で言った。
「じゃあ、今回の任務は女隊長と対決できるってことだな。」
南部はジョーに向かって諭すような口調で話しかけた。
「ジョ−、マックレイ博士の救出が任務の目的だ。もし、女隊長と戦うことになったとし
ても、できれば捕虜にしてほしい。女隊長と話すチャンスが欲しいのだ。」
健、ジュンらの間にも意外さを示す声が上がったが、ジョ−がひときわ大きな声で反論し
だした。
「生け捕りですって?そんな馬鹿な話があるもんか。博士、相手はギャラクターの幹部
だぜ?第一、捕まえたとしても、あの女が素直に情報を吐くとは思えないし、無駄です
よ。」
「総裁Xの謎を暴くにはXの身近な人物から情報を得るしかないのだよ。我々がギャラク
ターに勝つためには、総裁Xの正体とその目的を知らねばならない。わかるかね、
ジョー。」
南部の言葉にジョ−は一旦は黙り込んだが、南部が作戦の詳細を説明する間中、怒りの為
に唇をきつく噛みしめていた。
「・・・では、何か質問はあるかね?情報によると女隊長はここ2、3日中にまた居場所
を変えるそうだ。チャンスは一度きり、そう思って作戦に臨んでほしい。さぁ、行きたま
え、諸君。」
「ラジャー!」
五人は叫ぶとゴッドフェニックスに向かって駆け出した。
「健・・・。」
南部は彼の信頼するリーダーに小声で呼び掛けた。他の四人が走り去る中、健は南部の方
に向き直って立ち止まった。
「なんでしょう?作戦上の注意でもあるのですか?」
南部はめずらしく逡巡した後、口を開いた。
「ジョーが女隊長と戦うことになったら、おそらく作戦も何も忘れて復讐に突き進んでし
まうことだろう。健、そうならないように気をつけてやってくれ。頼む。」
そう話した南部の表情は、日頃の冷静な科学者のものではなく、愛する者を心から心配し
ている人間のそれであった。健はライトブルーの瞳で南部をじっと見つめて頷いた。
 南部の言葉に質問も反論もないのは、健も最近のジョーの危うさを感じ取っていたから
に違いない。健は南部を安心させるように微笑むとクルリと身をひるがえし、先に走る四
人の後を追った。
南部は独り作戦室の中央に立ち尽くしていた。忍者隊五人の去った作戦室は広くガランと
したように感じられる。南部は頭を振って背筋を伸ばした。これから科学忍者隊と共に彼
の戦いも始まるのだ。


to be continued


Top  Library List