黄昏の彼方 ーたったひとつの望みー

by アリー


 「くそっ、マックレイの隠し部屋への入り口は、一体どこにあるんだ!」
アルファは腰に手をあててぐるりと部屋を見回し、ため息をついた。
執務机の引き出しを抜いて奥まで調べ、デスクマットをはぐり、花瓶を調べる為に薔薇を
引き抜き、電話器をひっくり返し、書棚の蔵書を一つ一つ引き抜いてはページを繰りと、
考え付く限りのことを試してみたがどれも徒労に終わっていた。この豪華ではあるが生活
感の希薄な女隊長の部屋にはマックレイへとつながるものは一切見つからない。
「しかし、あの医師は俺に"女隊長の自室で目隠しをされ、マックレイの部屋へ連れて行か
れた。あの部屋のどこかに秘密の入り口がある"と何度も断言したし、嘘を言っているとも
思えなかったのだがな。しかし、こんなあやふやな情報で俺から高級ウイスキーをせしめ
るとは、本当にイイ根性してるぜ!」
 アルファは"口移し"でウイスキーを飲ませてくれたら何でも話すよとせまってきた時の
ギャラクターの医師の貧相な顔を思い出して悔しそうに舌打ちした後、もう一度部屋全体
を見回した。
 その時ふと、天井まで届く大きな作り付けのクローゼットに眼が止まった。アルファは
突然顔を上げ、指をパチッと鳴らす。
「待てよ・・。昔、任務で俺がヒモになった伯爵夫人は大事なものを全部自分のクロー
ゼットの中にしまい込んでいたっけ。レースの下着と機密書類を一緒にしまっておく神経
は理解できないが、ひょっとしたら・・・。」
アルファは大股でクローゼットに近づくと把手に手をかけ、一気に開け広げた。
「ヒューッ!」
壮観とも言うべき光景に思わず口笛を吹く。中には何十着という形も素材もさまざまのド
レスが並んでいた。それから靴、バック、羽や宝石の飾りのついた帽子がクローゼットの
中に所狭しと並べてある。
「おーお、マリーアントワネットもかくやというとこだな。」
 アルファはクラッとくるような香水に顔をしかめつつ数着のドレスをひっぱりだしてい
たが、ふと、クローゼットの奥の壁に小さなスイッチがあることに気がついた。
「こいつは・・・やったぜ、大当たりだ!」
眼を輝かせその小さなスイッチを押すと、音も無く姿見の脇の壁が割れて隠し部屋への入
り口が現れた。

 アルファが隠し部屋に入っていくと、黒髪の男が不思議そうな表情を向けていた。
「やぁ、マックレイ博士ですよね。」
「ああ、そうだが。何か私に用事でもあるのかい?」
「は?」
マックレイの淡泊な態度にアルファはきょとんとした。過去、自分が関わって来たあらゆ
る作戦の中で、これほど緊迫感のない態度で出迎えられたことは記憶にない。べつに歓迎
のキスを降らせろとまでは言わないが、どうしてこうまでマックレイは冷静なのだろう
か?
・・・と、そこまで考えてアルファは自分がまだギャラクターのユニフォームを身に付け
たままであることに気がついた。マックレイはアルファのことをギャラクターの一兵士だ
と思い込んでいるに違いない。
 アルファはすぐに自らのヘルメットを脱ぎ、自慢の金髪を掻き上げて話し始めた。
「はじめまして、マックレイ博士。俺はアルファ。博士を救出にしに来たISOの諜報部員
です。」
「え、なんだって!」
マックレイ博士は目を見開き驚きの声を上げた。
 目の前にいる派手な容姿を持つロックスターのような雰囲気の男が、自分を助けに来た
諜報部員だというのか?これは手の込んだ冗談かなにかではないのか?マックレイの頭に
疑問符が渦巻いた。
 一方、アルファは、彼の発言に充分感銘を受けたらしいマックレイの様子を目にして満
足し、上機嫌で言葉を続けた。
「ここから先は我々にお任せ下さい。すぐにユートランドにお連れしますから。この基地
はもうすぐ我々の手で爆破される事になっています。さぁ、マックレイ博士、これから脱
出しますので私についてきて下さい。」
アルファはマックレイの背中へと手を回し、今来た通路へとマックレイを促した。だが
マックレイはとまどった口調でアルファへと話しかけた。
「疑っているようで悪いんだが、君は・・・その・・本物の諜報部員なのかい?」
アルファはクスッと笑った。
「ははーん、やっぱりね。それはいわゆるFAQってやつだよ、ダーリン!」
「なんだい、そのFAQっていうのは?」
「Frequently Asked Question、いうなれば頻繁に尋ねられる質問のことさ。」
「すまない、あまりにも君が、よく言われる諜報部員のイメージと違うもので・・。」
「ネバー・マインド、ハニ−。いいってことさ。それじゃ証明しようか、ギャラクターに
は知り得ない君の経歴を披露させてもらうよ!」
アルファは軽く咳払いをして立て板に水のごとく話し始めた。
「ジェームス・マックレイ、34歳、独身!ワオッ。素敵だねぇ。ユートランドシティ生
まれ。心理学者にしてチェスのグランドマスターの称号を持つ。それから・・・シティの
コンドミニアムに愛猫シャーリーと居住中。マックレイ博士、どうかご安心を!シャー
リーは博士が行方不明の間、南部博士がちゃんと預かってくれていますよ。彼、この間こ
ぼしていたよ、猫ちゃんは南部博士お気に入りのアンティーク家具で爪磨ぎをしているっ
てさ。南部博士と出会いは今から遡る事十年前、マックレイ博士の車に南部博士運転の車
がおかまを掘ったのがきっかけ。眼が悪い上に運転中に夢想する悪いクセがあるんだよね。
それから南部博士は専用の運転手を雇うことに決めたそうだよ。どう?なにか間違いがあ
りますか?」
 マックレイはびっくりしてアルファを見つめていたが、やがてかすかに頷いた。
「君は確かにISOのエージェントに違いない。ああ、それにシャーリーの亊だけが、心配
だったんだ。南部君に礼を言わなければ。」
アルファは得意そうに笑った。
「わかってくれたかい?ダーリン。そうと決まったら早く行こう。基地の入口にゴッド
フェニックスが突入する手はずになっている。」
急かすアルファにマックレイは驚くべき亊を言いだした。
「聞いてくれ、アルファ。私は行くことが出来ない・・・・。」
アルファは固まったように立ち止まり、そして、ゆっくりと振り返った。華やかな笑顔は
消え去り、その表情はこわばっている。
「おい、なんだって?」
「私はこの基地を離れないつもりなんだ。」
マックレイは繰り返した。そして、その理由を説明しようとした時、つかつかとアルファ
が近づいてきて、いきなり銃を取りだすとマックレイに向かって突き付けた。
「マックレイ博士、あなたは敵に寝返ったと、そう解釈してよろしいのでしょうか?そん
なにここが居心地が良かったですか?さぁ、ゆっくり両手を上げて下さい。」
その口調は先程までと打って変わって冷たく鋭い。マックレイはアルファの豹変ぶりに驚
き、両手をあげながら言った。
「アルファ、誤解だ。そういう亊を言ったのではない。銃を下ろしてくれ。」
「私は裏切り者は許せない質なんです。あなたのような者のおかげで、いつだって仲間の
命が危険に晒されるんだ。」
アルファの空色の瞳には狂気じみた危険な光が宿っている。鈍色の銃口はマックレイの胸
にピタリと狙いをつけていた。

 その時、入口で物音がして二人の男がもつれあうように隠し部屋に入ってきた。アル
ファは反射的に銃を構えたが、すぐにそれが健とジョーの二人であることに気がつき声を
あげる。
「オー、マイディア!話が違うだろ。君たちはここに来ないはずじゃないか・・・・。
健!どうした?肩から血が流れているぞ!」
 健はアルファの問いには答えず、怒ったような顔つきでアルファがマックレイに突き付
けていた銃をつかんだ。
「アルファ、これは一体どうしたことだ。」
「こいつは裏切り者さ!もう我々の味方ではない。ギャラクターに寝返り、女隊長の元へ
残るというのさ。」
アルファは再び冷たい瞳でマックレイを一瞥する。マックレイはアルファの突き付ける銃
口を前にひるみながらも、健に対して真摯な表情で訴えた。
「聞いてくれ、ガッチャマン。アルファは私の言葉を誤解しているんだ。私は裏切ってな
どいない。」
 それぞれ正反対の主張に健とジョーは顔を見合わせ一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、
マックレイの言葉の中にうわべだけではない必死の主張を感じ取った。
 健は目の前の二人を交互に見つめた。マックレイは銃を突き付けられて緊張はしている
ものの、瞳には強い信念を湛えていた。それに比べてアルファは先程までの自信たっぷり
の態度は失われ、まるで別人のように動揺している。
「健、騙されるな。"裏切り者には死を"が鉄則のはずだぜ。」
アルファは健の手を振り払い、なおもマックレイに銃を突き付けようとした。
 その時・・・

バシッ

 健が平手でアルファの頬を殴った。勢いでヘルメットが飛び、よろめいたアルファの輝
く金髪が舞う。健はアルファの迷妄を吹き飛ばすかのように怒鳴り付けた。
「アルファ!何を血迷っているんだ。冷静になれ!君は諜報部のエースだろう。」
アルファは驚いたように空色の瞳をいっぱいに見開き、健を見つめた。
「諜報部のエース?俺がエースだって?こんな惨めな間抜け野郎がエースな訳はないだろ
う・・・。」
アルファはついにこらえ切れないという様子で目頭を押さえた。
「すまない。取り乱してしまって・・・・・くそっ、この前、基地内にいた仲間の正体が
ばれ、奴等に・・奴等に捕らえられたんだ。」
健はアルファに近寄り、怪我をしていない方の腕でそっとアルファの肩を抱いた。
「深呼吸をしろ。落ち着け。アルファ。」
包み込むような深みのある健の声にアルファは小さく頷き、込み上げてくる嗚咽を押さえ
て話し始めた。
「長年任務を共にした親友だった。誰かが裏切ってあいつのことを密告したんだ。あいつ
は、それでもできる限りの証拠を隠滅して俺を救ってくれた。その時間を使って自分が逃
げる事だって出来たのに・・・。それに引き換え俺ときたら、目の前で連れて行かれるあ
いつの為に何一つすることができなかった・・・・。」
 戦場ではどんなに悲しくとも、どんなにショックが大きくとも、一切の感情を押し殺し
任務に集中しなければならない。だが、孤独、緊張、そして過酷な任務によって限界に達
していたアルファの心には、もうその辛さに耐えるだけの余裕はなかった。
 健にはアルファの気持ちが痛い程わかった。人間らしく自分の感情に忠実に生きるとい
うことと、優秀な戦士であることという矛盾する命題を自分の中でうまく消化するの非常
に難しい。だが、必要な時には必要なだけ集中できない男は戦いの中で生き残ることは出
来ないのだ。
 戦いにつきものの悲劇 ―裏切りや友の死というような打撃― をそれでも乗り越えて
こられたのは支えてくれる仲間がいたからだ、と健は考えた。ジョー、ジュン、竜、甚平
という素晴らしい仲間が。だが、アルファには誰もいなかったのだ。だから、アルファは
自らを押し潰しかねない悲しみの感情を捨てようとした。裏切りによって親友を失った悲
しみから目を背け、押し殺し、軽薄で陽気な仮面の下に自らを偽ろうとしたに違いない。
「悲しむ事は悪い事ではない。悲しんで、それから乗り越えろ。君ならできる。戦うため
に。生きて還るために。」
健の包み込むような声はアルファの胸の中に不思議なほどに染み渡った。
 アルファの見開いていた空色の瞳がゆっくりと閉じた時、一筋の涙が頬を伝った。それ
は、もはやこの世にいなくなってしまった仲間に対する心からの哀悼の涙であった。
 アルファは顔を見られない様に下を向いたまま、健に背を向けて離れた。

 ジョーはマックレイ博士の脇に立ち、改めて問い掛けた。
「裏切り者じゃないというなら、我々と一緒に戻れるはずだ。そうでしょう、マックレイ
博士。」
「私は、君たちと一緒に行くことはできない・・・・。」
マックレイは再び苦しげにつぶやいた。それを聞いてジョーが問いつめる。
「一体、どういうことだ、マックレイ博士!こっちだって、ISOの総力を上げてようやく
あんたの居所を突き止め、大変な苦労をしながら敵を突破してここまで来たんだぜ!見ろ、
健の怪我を。」
ジョーは白い布とベルトできつく止血されている健の肩を指差した。
 マックレイは済まなそうな顔をして黙っている。話しているうちに、どんどん頭に血の
上ってきたジョーは、マックレイの肩の辺りを乱暴に掴むとドアのほうへと押しやった。
「これが最初で最後のチャンスかもしれないんだぞ!裏切り者じゃないって言うのなら、
馬鹿な事を言ってないでさっさと俺達と脱出するんだ!」
「ジョー、待て。」
健は興奮気味のジョーを抑えるように言い、それからマックレイに向き直った。
「裏切り者ではない、しかし、俺達と脱出することはできない・・・。博士、それはどう
いう事かお聞かせ願えませんか?」
 マックレイは荒々しく肩をつかんだままのジョーの手をそっとはずし、弛んだネクタイ
を直すと落ち着いた声で話し始めた。
「一年ほど前に誘拐された直後から、私は女隊長の元で捕虜として過ごすことになっ
た・・・。」
マックレイの純粋そうな黒い瞳は、宙を見つめた。その仕草は、まるでそこに映写機があ
り彼の過去を映しだしているかのようだった。
「・・・そして、日々を重ねる毎に、謎に満ちた彼女の事を少しずつ知るようになって
いった。彼女は信じられないほどIQが高く、総裁Xへの忠誠以外の感情はほとんどなかっ
た。例えば、総裁Xの望みが地球制服であるから、彼女の目的も地球制服である・・と
いったように。だが、最近、彼女の心の中にわずかながら変化の兆しが見えているのだ。
それは、はっきりとは言えないが、"疑い"のようなものだ。」
「疑い?」
健がくり返した。
「そう、"疑い"だ。もう一つの人格であるカッツェへの疑い。総裁Xへの疑い。自分の存
在意義への疑い・・・。頭の良い人だけに、一度浮かんだ疑惑を自分の中でうやむやに納
得させることなど出来はしない。氷の心を持つ超天才である彼女の中に、今、矛盾や疑い
や悩みといったものが生まれつつある。私は女隊長の側にいて、生まれかけている人間ら
しさを引きだすことができたらと考えているんだ。」
「そんなことは不可能だぜ、なにしろ相手は冷酷無比のあの女だ!」
ジョーが吐き捨てるように言う。
「彼女の話から推測すると、総裁Xから何らかの強化または干渉を受けて誕生し、人とし
ての情緒に触れることなく育ったらしい。そして、そうすることによって、総裁Xは自ら
の片腕となる冷徹な化け物を作ろうとしたらしいが、だが、総裁Xは結局ミスを犯したの
だ。人間というものを理解しきってなかったという理由でね。」
健は掠れた声でマックレイに問い掛けた。
「やはり・・・総裁Xは人間ではなかったのですか・・?」
「南部君はなんと言っていた?」
「南部博士の研究によると、総裁Xは地球外生物である可能性があると、そう言って
いました。」
マックレイは健に向かって穏やかに微笑む。
「私も同様の結論にたどり着いている。そして、だからこそ、総裁Xは人間を計算通りに
成長させることなどできないという亊に思い至らなかったのだと思う。・・・女隊長の脳
は今も発達しつづけている。そして、総裁Xによって発達を止められた心も、何かのきっ
かけによって成長し始めたとおもわれるのだ。並外れた知能を持つあの氷の仮面の下には
思春期の乙女ような不安定な感受性が芽生え始めている。だから、私はこのまま彼女の身
近にいて、もっと人間らしさを伝えたいと思っている。」
予想だにしないマックレイの告白に、その場は沈黙に包まれた。
 しばらくして、一番早く舌の機能が回復したのはアルファだった。
「俺から言わせりゃ、あの女は魔女さ。さっき目の前で見たのだけど、あの女には人を狂
わす何かがある。俺も数々の修羅場をくぐってきたが、あんなに魅力があって、それでい
て冷や汗がでるほどの毒を持つ奴は他には見たことがない。マックレイさん、あなたはあ
の魔女にたぶらかされているに違いない。」
 ロマンチストな学者の気持ちをリアリストの諜報部員が理解し得ないのは当然である。
ジョーもどちらかといえばアルファの心情に近いものを感じていた。だが、健の表情を見
ると、健はあきらかにマックレイの言葉に感銘を受けているようだった。
 どうしようもなくお人好しで、ものの見方が甘くて、だが、真の人生の機微を知る事が
できるのはこういう種類の人間なのかもしれない。皮肉でなくそう感じながらもジョーは
声を上げた。
「俺もアルファの意見に賛成だな。マックレイ博士、そんな裏付けもない理論に殉じて女
隊長と心中するなんてばかげているぜ。」
マックレイはジョーの鋭い意見にもひるまずに答える。
「女隊長と心中か・・・。それでもいいと、最近考えるようになってきたんだよ。私には
南部君のように素晴らしい作戦を立てる緻密な頭脳はない。君たちのように体を張って
ギャラクターと戦う能力もない。しかし、キザな言い方をすれば、これが私にできる唯一
の戦い方なんじゃないかと思うのだ。」
マックレイは毅然として顔を上げた。
「もしわずかでも望みがあるとしたら、私はそれに賭けたい。女隊長に人間らしさが甦っ
たとしたら、そこに我々人類が総裁Xに勝利し得る可能性があると、そう思うんだ。」
マックレイはそう言葉を結ぶと、静かに、しかし力強く微笑んだ。
 その時再び爆発が起こり、部屋全体が揺れた。棚のグラスがカチカチと音をたて、机の
上のボールペンが床に転がり落ちる。マックレイは周囲を見回し、三人に向かって脱出す
るように促した。
「私はギャラクターの脱出艇に乗り込む。どうか、私には構わず君たちも脱出してくれ。」
 健は沈黙した。任務には柔軟をもって当たる権限はあるものの、人の生死の別れ道とな
るかもしれない選択である。ジョーもアルファも心得ていて、この後に及んで差し出がま
しくも意見を挟むことはなかった。判断の材料は全て提供された。後は、リーダーが、
リーダーとしての責任において決断を下さねばならない。
 ドーン、ドーンと誘爆が続く。足元から突き上げるような揺れが起こった。だが、健は
依然として目をつぶったまま考え続けている。
 ここで連れてゆかねば、おそらくマックレイはその生をまっとうすることはかなわない
だろう。健は目を開け、マックレイを見つめた。
 マックレイの目論みがかなう可能性は限り無く低い・・・。だが、人生を、その
たった一つの目に賭けるギャンブラーを、自分達はどうして笑う事ができようか。それが
マックレイの人生、マックレイの戦いなのである。それを邪魔することは健にはできな
かった。
「わかりました。マックレイ博士。」
とうとう健が口を開き、マックレイはほうっとため息をついた。
「どうしても博士の気持ちを変えることはできないようですね。しかし、我々はあなたを
見捨てた訳ではありません。世間で思っている以上に、俺達科学忍者隊はしつこく執念深
いのですから。きっと再びチャンスを見つけてあなたを救助にうかがいます。」
健はマックレイに近づき、がっちりと握手を交わした。
 基地は再び大きく揺れた。徐々に崩壊の時が近づいている。マックレイは急いで入口の
所へ行くとドアを押し明けた。
「廊下にでたら右手に進んで突き当たりの非常口を使えばいい。そこが外に向かう一番の
近道だ。」
 ジョーとアルファは両側から健を支えて歩かせ、指示された通りに廊下に出た。爆破と
それに続く誘爆によって火災が起こっているらしく廊下には煙がただよい始めていた。突
き当たりにはマックレイの言葉通り非常扉がある。アルファがノブを回して扉を開けた。
「待て。」
健は首を回してマックレイを振り返った。マックレイは扉の脇に立ち尽くし三人を見送っ
ている。ジョーはマックレイにうなずき、アルファは小さく敬礼した。健は救い出すこと
の出来なかった心理学者を網膜に焼き付けようとでもするかのようにその姿をじっと見つ
めた。
「南部君にありがとう、そして、我が儘を言ってすまなかったと・・・そう伝えてくれ。
さぁ、行って!」
マックレイはそう言うと別れのしるしに手を上げ、健とジョー、そしてアルファの三人が
扉の向こう側へと姿を消すまで彼らを見守り続けた。
 マックレイは三人が去ってゆくのを目にした時、言いようのない寂しさを感じた。それ
は彼が人生の大半を過してきた世界との別れを意味していたからだ。
 とくに健やアルファの言葉の端々にユートランドシティ街特有のアクセントを見つけ、
その懐かしさに胸が一杯になった後では、猶の事別れの辛さが身にしみた。
 しかし、それでもマックレイの決意は変わらなかった。平和への戦いの為という立派な
理由の他にも、彼の個人的な理由が彼を女隊長の元に引き留めていたからだ。それは誰に
も告げるつもりもない、おそらく墓にまで持ってゆくであろう密かな愛であった。
「さぁ、私の美しい人のもとへ行こう。」
マックレイは小さく呟くと踵をかえし女隊長の部屋に向かって歩きだし、やがて濃くなっ
てゆく煙がマックレイの姿をおおい隠した。


ギィーーーーーーーーーッ
頭上で岩盤を支える鉄材の軋む音がした。基地はますます激しく揺れだし、刻々と最後の
時が近づいている事を感じさせた。
 ジョ−は健を支えて配管がむき出しになっている非常用通路を急いだ。健は息をはずま
せ、顔を歪めている。基地の崩壊との競争は健にとって死にものぐるいで走ることを意味
していた。
「急げ、こっちだ。」
 基地の構造を熟知しているアルファが先導役を務めた。ゴッドフェニックスとの合流地
点を目指して変形したドアをけ破り、通路に張り出した瓦礫を持ち上げ脱出路を切り開く。
苦労の末、三人はようやく広い通路に出た。この通路のすぐ先が合流地点になっている。
だが壁や天井は不気味に振動し、細かい破片を降らせ始めていた。
「よし、一気に駆け抜けるぞ!」
ジョ−の怒鳴り声と共に三人はその長い通路を走り抜け、それを追い掛けるように通路は
崩落した。

 通路を抜けると、来る途中に通ってきた物資集積所にたどり着いた。
「ジョ−・・。」
健が声をかけると、ジョ−は立ち止まり、上からの落下物を避けながら比較的安全な壁際
に健をつれてゆく。健は壁に背中をもたせかけ、息を整えるとブレスレットの通信スイッ
チを入れた。
「ジュン、聞こえるか?健だ。」
「こちらジュン。」
すぐさまジュンからの応答が返ってくる。
「今、俺達は合流地点にたどり着いたところだ。残っている爆弾をすべて作動させて脱
出しろ。」
「ラジャー!」
ジュンとの交信を終えると、次は竜に回線をつなぐ。
「竜、俺だ。待たせたな。ゴッドフェニックスで俺達を救いに来い!」
一瞬おいて元気の良い声がブレスレットに飛び込んできた。
「ラジャー!まかせとけ!」
 基地の外から空気を切り裂く音が聞こえ、アルファは思わず天井部を見上げた。それは
基地の崩壊してゆく音、ジュン達の仕掛けた爆破の音と相まって、まるでこの世の終わり
を告げる破壊のコーラスのようであった。
 ジョ−は、唖然として上を見上げているアルファの腕を引いて床に伏せさせ、それから
健と目を合わせて笑った。二人にとっては、ゴッドフェニックスの翼から出る金属音は救
いの天使のファンファーレであり、心地よい閧の声であった。それから健とジョーはお互
いのマントを広げ、アルファをマントで庇護するようにして蔽い被さった。

キィィィィーーーーン ガガガガーーーーン

 耳をつんざく大音響と共に基地の天井部を真っ赤なノーズコーンと青い胴体が突き破り、
胴体の半ばまで天井部から入り込んでようやく止まった。アルファは驚き、あきれたよう
に見上げている。
「おまえ達は毎回こんな亊をしてるのか。まったくクレイジーな奴等だな。」
アルファは大袈裟なジェスチャーで驚きを表現する。
「アニキー!ジョーッ!」
ジュンと甚平も反対側の入り口から濃い煙を突き破るようにして現れ、三人に向かって手
を振ってから、すぐに両手を上に伸ばし翼のようにマントを広げてゴッドフェッニックス
に向かって飛び上がった。
「翔べるか?」
ジョーが健を振り返って尋ねる。
「もちろん。」
当然、という風に健が答える。
そして、健とジョーはアルファの手をとり、三人は共にゴッドフェニックスに向かって飛
翔した。
 三人が収容されるのを待ちかねるようにしてゴッドフェニックスは急上昇を開始した。
その直後、大規模な爆発が起こり、夕焼けで赤く染まった空に黒い煙が立ち上った。と同
時に、山陰からギャラクターの脱出用のシャトルが現れ、地形を巧みに利用しながら凄い
スピードで遠ざかって行く。
「ギャラクターのシャトルよ!二時の方向。」
「追跡だ。竜。」
だが、竜は爆発のつづくギャラクター基地から遠ざかる為にゴッドフェニックスの回避運
動中で、手一杯であった。そうする間にもシャトルは刻々と遠ざかってゆく。科学忍者隊
の五人はシャトルが遠ざかってゆく光景を歯噛みしながら見ているしか術はなかった。
 ジョ−は悔しさのあまり握りこぶしで目の前の操作パネルを叩く。
「敵の機影が消えたわ。」
レーダーをのぞき込んでいたジュンが冷静な声で報告をする。健は苦い顔をしながら頷い
た。沈黙の空間に各人のため息が響く。ともかくも作戦は終わったのだ。
「マックレイは駄目だったのか?」
竜は遠慮がちに問いかけた。
「マックレイを見つけて、話をした。だが、連れてくることは出来なかった。」
健の重い口調に竜、ジュン、甚平は顔を見合わせる。
 三人の顔にはかすかな落胆の色が浮かびはしたが、すぐに平静な顔に戻った。世間的に
いえばまだまだ若い彼等ではあったが、年令に比べて意外な程豊富な戦闘経験によって、
成功に有頂天にならず、失敗にも絶望することのないよう自らを律する習慣がついている。
なにしろ戦いはこれで終わりではなく、長く長く続いてゆくのだ。
「竜、戻ろう。」
健が自らの座席につき、モニターを見つめたまま竜にコマンドを与えた。
「ラジャー!」
竜が操縦桿を操作した。ゴッドフェニックスは夕映えの空を背景にしてゆっくりと胴体を
見せて旋回しはじめた。

 アルファがそっと健の隣に立った。
「借りができたな。健。」
健が見上げると、めずらしくも真面目そうな表情をうかべたアルファがいた。
「戦場では持ちつ持たれつ、だ。気にするな。」
アルファはうなずき、それから照れくさそうな顔をして言葉を続けた。
「さっきマックレイが、"それが私の戦い方だ"って言っていただろ。あれは、擦れっ枯ら
しの俺の心にも響いたね。」
健は小首を傾けてアルファを見る。
「俺はマックレイの気持ちはわからない。べつに君やマックレイみたいにインテリじゃな
いし、人生哲学なんかとは無縁だからな。だが、あの言葉にはズシッときたね。俺は今回
限りでこの稼業を止めるつもりだった。もう限界だと感じてね。だけど、尻尾を巻いて逃
げ出すのは止めにした。最後まで、俺も、俺らしく戦うさ。マックレイや君たちに負けな
いようにね。」
「"自分自身の戦い方"か・・・。」
健は目を閉じて呟いた。
それから、未だくやしそうに操作パネルの上に握りこぶしを置いたまま立ち尽くしている
ジョーに向かって声をかけた。
「ジョー、復讐の為に生きてゆくというのも一つの戦い方だと思う。だがお前にはそれだ
けに囚われて欲しくない。」
ジョーはハッとして健を振り返った。
健は青い瞳をジョーに向け、静かに話し出した。
「復讐心は確かにお前を戦いに駆り立てる。だが、最後の最後に、恐怖や絶望に打ち勝っ
て敵の前にお前を立たせるのは決して復讐心ではないはずだ。」
「それは?」
ジョーは首をわずかにかしげた。この世の中で自分を奮い立たせ強さを与え続けるものこ
そ、両親を殺したギャラクターへの恨みだと思っていた。
「最後に俺達を支えるもの・・・それは、愛する人の為に、友人の為に、誰かの為に、そ
して自分の為に世界の平穏と幸福を願う強い信念だと思う。」
諭すように、祈りを込めるように、その言葉は響いた。
 ジョーは健の言葉をどう受け止めたのだろうか、何も答えずただ黙って前方を見つめて
いる。
それから、めずらしく穏やかな声で健に話しかけた。
「健、基地に着くまで少し休めよ。着けば着いたで南部博士に、このややこしい顛末を報
告しなきゃならないんだからな。」
ジョーの笑みを含んだ表情はどこか謎めいていて、健はわずかな戸惑いを感じた。幼いこ
ろから生活をともにし、お互いの全てを知り尽くしていると思った親友の中に、自分の知
らない部分を見つけたように感じた。
「空を見てみろよ、燃えるような夕焼けだ。」
前方のスクリーンいっぱいに、紫色の稜線の山々とその上にたなびく雲を真っ赤に染めた
壮大な夕焼けが広がっていた。
「俺は夕焼けって好きだな。また、明日が始まるって気がするんだ。これから闇夜が訪れ
ても、また朝日が上る。」
「夕焼けもいいけど、やっぱり俺はその後の夜のほうがいいねぇ。そもそも諜報部員って
のは夜行性だからね、ダーリン。」
後ろからアルファが茶々を入れる。
「俺の"無事に帰還しておめでとうパーティ"で、一緒に情熱的な夜を過ごせるんだろう。
ジョー?」
「情熱的な夜は過ごすさ、お前とじゃなくて、イイ女とね。」
ジョーとアルファはいつものようにふざけ始めた。
「ジョ・・」
健は口を開きかけたが、途中で思い直した。
"また別の機会に話せばいいか。"
健は問いかけをはぐらかされた格好になったが、部外者のアルファの目の前でジョーに
くどくどと言うのも気が引ける。任務の時は24時間共にすごさなきゃならない時もある。
いつかまた話す機会もあるだろう。そう思って共に夕日を見つめた。その機会など、もう
訪れる事などないのも知らずに・・・。

 数週間後、クロスカラコルムで、科学忍者隊とギャラクターの最終決戦が起こった。
 地球を滅亡寸前まで追い込んだその戦いは、文字通りジョ−の命を賭けた行動によって、
滅亡まで002秒という際どさで苦い勝利を得ることができた。絶望的な状況で大勢の
ギャラクターの前に立ちはだかった時、ジョーの心に浮んだのはどのような想いであった
のか・・・?
 健は戦いの後、山の端から射す朝日の下で泥に塗れたバードランを見つけた時、聞く事
のかなわなかった答えと謎めいた微笑みを悲愴な想いで思い出したのであった。

 また、ISOに残された記録によると、決戦の直前にクロスカラコルムの麓の村でひとり
の男が保護されたと記されている。その人物は、その時既に生存が絶望視されていたジェ
ームス・マックレイ博士であった。
 最終決戦の後、ISO本部でマックレイは旧友である南部との再会を果した。その時、そ
れぞれが自らにとってかけがえのない人間を失ったばかりであった為、二人の再会は喜び
も控えめでごく静かなものであったという。
 マックレイは南部に言葉少なに解放までの出来事を語り、別れ際に象牙製の細密に彫ら
れた手のひらに包み込めるほどの大きさの女王の人形を胸ポケットから大事そうに取り出
して見せた。それは女隊長愛用のチェスのクイーンの駒で、別れの時に女隊長より"形見"
にとマックレイへ手渡されたものであった。
 南部は驚きを持ってその駒を見つめたが、マックレイは黙したままそれ以上語ることは
なかった。
 "結局、地球を救ったのはジョ−の捨て身の行動であったが、マックレイが女隊長の心
にもたらした変化も、別の意味で一つの勝利であったと思わんかね?"
後に南部は健にそう語った。
 その後、マックレイは一切の公職から身を引き、どこへともなく姿を消したという。


The end


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