天使の誘惑

by アリー

クリスマス


      今回のフィクには、(R)な内容が多少含まれていますので、御注意下さい。


 イブの晩、ジョーがレース場から南部博士の私邸に辿り着いた頃には、午後10時をと
うにまわっていた。リストウォッチを覗き込んでため息をつく。
 今朝も健からクリスマスパーティは午後8時から始めるからとしっかり念を押されてい
たのだが、レース用のマシンにトラブルが発生してしまったのだ。ジョーは、それでも、
居残るメカニック達に詫びを言って抜け出してきたのだが、そのような言い訳は、あのク
リスマスパーティフリークの健には通用すまい。
 ジョーは再びリストウォッチに眼を落とした。パーティが始まって既に2時間が経過し
ている。屋敷内はすっかり盛上っているに違いない。ジョーは焦りながら玄関の前の階段
を一気に駆けのぼった。

 勢いこんで扉を開けようとして、目の前に緑と赤のリボンの巻かれたクリスマスリース
が飾ってあるのに気がついた。ふと足元を見ると、真っ赤なポインセチアの鉢植えが置か
れ、その小さな鉢の中に、これまたかわいいサンタクロースの人形が顔を出している。
 "屋敷を気合いの入ったクリスマス仕様に整えたのはヤツに違いない"とジョーは考え、
健が一人いじらしく準備をしている様子を想像して思わず笑みを浮かべた。
 ジョーは気を取り直して、大きく息を吸うと扉を開け放った。
「メリー!クリス・・・マ・・ス?」
 ジョーは笑顔と陽気な掛け声で挨拶をしたつもりだったが、予想に反して邸内は暗く静
まり返っており、ジョーの声は薄暗い室内に虚しく響き渡っただけであった。
 貼り付けたような笑顔が消え、ジョーは不思議そうに首を捻った。
「パーティはどうしたんだよ!チェッ、真っ暗じゃないか。」
 盛り上がった挙げ句、二次会で夜の街にでも繰り出したのだろうか。遅刻したからといっ
て置いてきぼりとはあんまりだぜ、とジョーの眉間にシワが刻まれた。
 ジョーはライトのスイッチを探して壁に手を這わせたが、奥の居間から、チラチラと揺れ
る明かりが漏れてきているのに気がついた。誰かがTVを見ているらしい。
 そっと居間へと廻ると、ソファに寝転び行儀悪く足を投出すようにしてTVを見ている健が
いた。南部御自慢の百年前のオーク材が使われているという暖炉に灯された火が、健の不機
嫌そうな横顔をハッキリと浮き立たせている。
 TV画面にはアメフトのタッチダウンのシーンが繰り返しプレイバックされ、まくし立てる
ような解説と大歓声が画面から流れていた。"クリスマスボウル"と呼ばれている優勝決定戦
にちがいない。
「どっちが勝ったんだ?」
ジョーが声をかけると、出し抜けに健の手がリモコンに伸び、
アメフトの映像がブツリと途切れた。
「おい、別に消さなくてもいいのに。」
「いいんだ。今のはニュースさ。もう勝敗は知っている。33ー8でユートランド・ブルー
ラクーンズの完敗。」
 健は不機嫌そうに答え、リモコンをシャンパンや七面鳥やサラダがところ狭しと並べられ
たテーブルの上に乱暴に投げ出した。弾みでフォークが飛び跳ねる。
「遅いじゃないか、ジョー!」
「遅れちまって本当に悪かったな。だが、健、八つ当たりはよせ。七面鳥に罪はねえぜ。」
 ジョーは山盛りのサラダの頂上からスモークサーモンをヒョイと失敬しながら言った。
「・・・・・・・見ろよ。」
 しばらくの沈黙の後、健はジョーをにらみ付けながら暖炉の脇にそそり立つ見事なクリス
マスツリーを指差した。
 真鍮製のツリートップが木の頂点に輝き、枝には赤いリボン、金や銀のオーナメントがき
らめいている。そして、全体を覆うように飾られたクリスマスライトが温もりのある光りを
放っていた。
「2時間だぜ。2時間かけてここまで仕上げたのに!お前は大遅刻だろ、甚平は竜について
いって今晩は竜の家へお泊まり。ジュンはデートだし、南部博士は、大好きな科学者仲間の
クリスマスパーティの梯子で帰宅はきっと午前様だ。おまけに・・・。」
「『おまけに御贔屓のブルーラクーンズは完敗だ。』だろ。」
 ジョーはニヤつきながら、健の声に被せるようにして言った。
「そこまでわかってるなら、俺の事は放っといてくれよ。」
 健はソファの上でくるりとジョーに背を向けた。ジョーは駄々っ子をあやすような眼をす
ると健の傍らに腰をかけてテーブルのシャンパンを開け、一人飲み始めた。
「おかしなヤツだな、お前も。五つや六つのガキじゃあるまいし、クリスマスに、そう血道
をあげなくたっていいじゃないか。」
「誰かさんみたいに女に血道をあげるよりは百倍もいいと思うぜ。」
 健はまだふくれている。
「くさるなよ、健。・・・クリスマスねぇ。確かに、ガキの頃は楽しみにしてたなぁ。お袋
が手料理をふるまって、近所の人がうちに集まって来たっけなぁ。アコーディオンの演奏で
歌えや踊れやのパーティさ。で、翌日のツリーの下はお楽しみのプレゼントが置いてあるん
だ。いつだってサンタはちゃんと俺の欲しかったものを置いてくれたな。」
「へえー。お前はそうだったんだ。」
 健は上半身をひねって不思議そうにジョーを見上げた。
「おいおい、そうだったのかって、健、お前はプレゼントをもらえなかったのか?」
「プレゼントはもらえたけど、毎年それが欲しいものだった試しは無かったぜ。」
「は?」
「空軍アクロバットチームのサイン入りキャップだろ、ガレオン船入りのボトルシップに、
天体望遠鏡。骸骨の飾りのついたレターオープナーなんて時もあったな。」
 健は指を折って数え上げた。
「なんだそりゃ?・・・きっと、お前の親父の趣味だな。」
 ジョーは噴き出し、健もそれに釣られて笑い出した。
「ああ、ちがいない。一年に一度、好き勝手なものを家へ送ってきていたんだろう。」
 健は仰向けに寝転び、ジョーを見上げた。
「だけど、楽しみだったな。"今年は何が送られてくるのだろう"って、その変てこなプレゼン
トをいつしか心待ちにしていた。」
 健はふいに黙り込んだ。暖炉の薪がパチパチと音を立ててはぜる。風変わりで独特の愛情を
持って健に接した父親に思いを馳せているのだろう。
「今、お前が欲しいものはなんだ?」
 沈黙を破ってジョーが尋ねた。
 健はほんの少し考えた後、かすかに首をふって答えた。
「どうかな?きっと無理さ。・・・・そうだ、ジョー、お前の欲しいものは?」
「ああ、欲しいものはあるぜ。」
ジョーはシャンパンの瓶に口をつけ、グッと煽った。
「へぇ、それは?」
 仰向けのまま見上げている健に、ジョーはそのまま覆いかぶさり唇を重ねた。シャンパンの
香気が健の口の中に広がる。
「お前が凄く欲しい、と言ったら?」
 とジョーは耳元に囁き、と同時にさっき見ていたアメフトの映像のクォーターバックサック
を仕掛けにいったディフェンダーのごとく健にのしかかった。
「ば・・・・おい、冗談はよせよ。」
 健は、彼の体をまさぐるジョーの腕を笑って腕を振りほどこうとした。だが、ジョーは力を
こめて健の腕をソファに押し付ける。
「怒るぞ、ジョー。まだ酔っぱらうほど飲んでないだろ!何を悪ふざけしているんだ。」
「俺が欲しいのは、この白く滑らかな肌・・・・。」
 ジョーが健のTシャツを上まで捲り上げると、そこにルーブルに展示してあるトルソーのよう
な完璧なバランスの肉体が現れた。
「やめろ、やめろ、やめろ!」
 健は抵抗を止めない。ジョーは抱きしめるようにして押さえ付けると、もがき続ける健の脇
腹から胸にかけて舌で愛撫しはじめた。ゆっくりと、執拗に・・・。
「おま・・えは、どうかしてる・・。」
 健が呻いた。ジョーは健の脇腹にキスをくり返す。それから、もっと下の方にも・・・。
「どうもしていないさ。俺は一途な男だぜ。ずっとお前を想ってきた。何年も、何年も。」
 健のジーンズは引き下げられ、日焼けしたジョ−の手が、健の日焼けなどしたことの無い部
分へと伸びた。
「誰もが気付いているのに、お前だけは気がつきゃしねぇ。俺がどんなに苦しかったかわかる
か?」
「うっ・・・・・。そんな・・事、知るもんか・・・。」
 憎まれ口を忘れない、その唇が愛しくて濃厚なキスをお見舞いする。
 健は既にジョーの問いかけに応える余裕を失い、眼を閉じて呼吸を荒くしていた。健の額には
玉のような汗が浮び、暖炉の炎に照らされた肌は妖しいほど美しく輝いている。
 ジョーは体を健に密着させ、ソファの上で乱れている健の顔を手挟んだ。
「健、いくぜ・・・。」
 ジョーを見上げる健の瞳は熱を持ったように潤んでいる。唇がそっと動き、何ごとかを囁いて
いる。
 ジョーは狂おしいほど愛している男が夢見心地でつぶやいている言葉を知りたくて、健の口元
に耳を寄せた。
 健の白い喉が微かにのけぞって呟いている。その呟きを叫びに変えたいという衝動にかられ
て、ジョーは健の首筋を、胸を、そして、もっと感じ易い部分を攻め立てた。
 健は呟きはだんだん大きくなり、最後に堪らなく切ない声を洩らした。
「ちきしょうっ。来いよ、ジョー。焦らす・・・な。」
 ジョーはニヤリと笑った。
「いじっぱりめ。」
 そして、ジョーは健のからだの中へとダイブした。

 夜半過ぎ、二人は並んで暖炉の炎を眺めていた。闇と静寂とけだるさが彼等を包んでいる。
 マントルピースの上の時計が日付けが変わったのを告げていた。
 ジョーがふと気がついたように身体を起こし、そっと健の額に接吻して言った。
「メリークリスマス、健・・・そうだ、お前がガキの頃果たせなかった"望み通りのプレゼント"
を俺が叶えてやる。」
「望み通りのプレゼント?」
「ああ、さっき途中まで言いかけて止めただろ。『無理かも』って言って。何だっていいから
言ってみろよ。」
 健はジョーを見つめていたが、クスッと悪戯っぽく笑うと、手枕していた腕をゆっくりと
ジョーの腰へと廻した。
「そうだな。・・・じゃあいいか、言うぜ。俺の望みは、これ・・さ。」
 そう言うと健は、ジョーの引き締まった下腹に額づくようにして頭を下げていった。
 ジョーは驚きに眼を見開いて問い返した。
「おい、『これ』って、、、?」

「これだよ。」


THE END


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