Unsung Hero
- part 1-

by アリー



(1)

 果てしなく続く森林地帯を遥か高度一万フィートから見下ろすと、緑色の陰影に富んだ
それは毛足の荒くて長い絨毯に似ている、と健はぼんやりと考えていた。
 ルーティンワークのパトロール。現在飛行しているアメリス国上空は、高気圧に覆われ
快晴無風でこの上ない飛行日和であった。健の傍らでは、竜があくびを噛み殺しながら通
信スイッチを入れる。
「現在アメリス国、グレイン渓谷上空。異常ナシ。」
本日三回目の"異常なし"という言葉を発すると、竜は眠気を追い出すために自分の頬を両
手でピシャリと叩いた。
「こんな日々もあるんじゃのう。気持ち悪いほど何も起こらんわい。」
ギャラクターはここ数週間鳴りをひそめている。何年も戦いの中に身を置き、いわば"戦い
慣れ"している科学忍者隊の面々は、束の間の平和がほっとするようであり、同時に構えた
所でゴングを鳴らされたボクサーのように拍子抜けした心地でもある。
「竜はさぁ、いつだってイマイチ緊張感が足りないんだよな〜。この前だって任務の途中に
居眠りして、博士にすっごく叱られたってのにさぁ。ちっとも反省してないんじゃない?」
後ろから甚平がさっそくからかう。
「何言っとるんじゃ。オラはちゃーんと緊張感を持って任務に励んでいるわ。ちんこい目ン
玉をよく見開いてオラの仕事ぶりをしっかり見てみい!」
竜は甚平に言い返し、背筋を伸ばして操縦桿を握り直した。
 健はそんな二人を見てくすりと笑った。
「おいおい、甚平。そんなに竜を苛めるなよ。よし、竜、国境の上空で旋回して基地へ戻ろ
う。」
森林地帯を東西に分ける河がモニターに移っている。そこはアメリス国と隣国のアインシュ
タン国を分ける国境線となっているのだ。アインシュタン国はISOの加盟国ではなく、両国
の関係は必ずしも良好とはいえない。不測の事態でも起こらない限り、国境を侵犯するわけ
にはいかなかった。
 竜がラジャーと返答し、操縦桿を操作しようとしたところ、コックピット内に緊張感溢れ
たジュンの声が響いた。
「2時の方向に飛行物体。高速で移動中よ。」
空気がピンと張りつめ、全員の視線が小柄なジュンの姿に集中する。ジュンは上体を覆いか
ぶせるようにしてレーダーを覗き込んでいた。
「機影は7機で編隊飛行中。大きさやスピードから言って戦闘用のヘリコプターだと思われ
るわ。」
ジョーが立ち上がってジュンの背後にまわり、レーダーを覗き込む。
「ヘリコプターの編隊か。アメリス軍所属のものなのか?」
健は、ほんの少し首をひねった。出発前のブリーフィングでは特別な軍事演習等があるとい
う注意はなかったし、第一、ここはアメリス軍の訓練空域からは遠く離れている。
「竜。」
健は、短く言葉を発した。その一言で竜は即座に操縦桿を倒す。ゴッドフェニックスは謎の
ヘリコプターの編隊を目標にしてゆっくりと高度を下げ始めた。

「なぁ、健。」
ジョーが顔を上げた。
「これは何かの緊急事態につながるってことか?」
「さぁな、今はまだなんとも言えん。単なるアメリス軍の軍事演習かもしれないし・・・。
だが、確認が取れるまでは気を緩めるなよ。」
「もしかしたら、ギャラクターの一味かもしれねぇぜ!」
ジョーの瞳は力を帯び、活き活きとし始めている。
「おい、ジョ−、何の期待をしているんだ?俺は単なる軍事演習だと思うぜ。」
健はジョーに釘を刺すために、あえて醒めた意見を口にした。
「ヘリが視認できるわ。モニターに映すわよ。」
"ピッ"という軽い電子音とともにモニターが切り替わる。画面にはブラックホークの名で
知られる大型の軍用ヘリコプターが映し出された。徐々に映像が引いてゆきカメラが編隊
全体と捉えると、ブラックホークが先頭を飛び、リトルバードという可憐な愛称で知られ
る小型かつ高機動のヘリコプターがそれに続くという陣容であることが見て取れた。全部
で7機、地面を舐めるような超低空で飛行している。
「国籍は?」
健が問うと、ジュンがゴッドフェニックスの撮影用カメラを操作し、胴体についているマ
ークをクローズアップした。黒い胴体にスマートな白い文字でA.S.F.と描かれたロゴが踊
っている。
「アメリス国の特殊空挺部隊のヘリだわ。」
ヘリコプターの編隊は、森林地帯を区切るように流れる大河の上空にさしかかった。その
河の向こう側はギャラクターの傘下にあると噂されるアインシュタン国である。アメリス
所属の軍用ヘリが国境侵犯するとは穏やかな話ではないが、しかし、その七機の編隊は国
境を前にして飛行スピードを緩める気配もない。
 科学忍者隊の5人が固唾を飲んで見守る中、アメリス軍のヘリコプター部隊はその大き
な河を軽々と越えていった。


(2)

 「ヘリが国境の河を越えたわ!」
ジュンは眼を丸くして驚きの声を洩らす。
「へぇーっ、ヘリが行っちゃったよ!アメリス国とアインシュタン国ってそんなに仲がい
いの?」
甚平は頭の後ろで手を組むと、のんきな声で聞いた。すかさず竜が甚平のヘルメットを平
手で叩く。
「バッカじゃなぁ。ンなわきゃないじゃろう!友好国同士でさえ国境侵犯は火種の元にな
るというに、このアインシュタン国っちゅうのはギャラクターとの癒着の噂の絶えない所
じゃぞ。国連軍の中心となっているアメリス国とは一触即発の間柄じゃい!ちぃとは頭を
使って考えてみぃ。」
竜がしたり顔で解説をする。
「ええーっ、それじゃあ、これからマズイ事態になるってこと?」
甚平の問いに健は苦々しい顔でうなずいた。
「ああ、その通りだ。あのヘリが本当にアメリス軍のものだとしたら、両国の紛争の元と
なる可能性が高い。ともかく、すぐに南部博士に連絡を取らなければ。」
健の指示にジュンは素早く通信機器を操作し、ほどなく正面のモニターに南部の顔が映し
だされた。健は南部に説明を始める。そして、話が進むにつれ南部の表情も次第に険しい
ものとなってゆく。
「なに・・・?アメリス国の特殊部隊がアインシュタンとの国境を侵犯しつつあるだと?
ばかな!そのような危険な事をなぜアメリスの軍隊がする必要がある?」
「今回のアメリス国の軍事行動について、博士も御存じなかったのですか?」
「うむ。」
南部は考え込んでいる。
「至急アメリス軍の高官に事情を問い合わせてみよう。回答が得られるまで諸君は状況を
見守りつつ待機していたまえ。」
南部がそう告げるやいなや回線はブツリと切られ、モニターは灰色に転じた。
「あんなに慌てた博士を見るのは久しぶりだぜ。なぁ、健。」
ジョ−の言葉に健はうなずき、先行きの難しさを予想しているのか、厳しい表情で応じた。
「やっかいな事にならなきゃいいがな。・・・竜、ヘリの追跡を続けてくれ。」
「ラジャー。」
腕の見せ所とばかりに胸を一つ叩くと竜は操縦桿を倒し、ゴッドフェニックスをヘリの上
空にピタリとつけた。

 ゴッドフェニックスがアメリス軍のヘリコプターの編隊を追跡し始めてから、既に二十
分以上経過している。健は相変わらず厳しい表情のまま腕組みをして、ヘリコプターの一
団を見守っていた。
 ヘリコプターの編隊は河も森林地帯も、それに続く湿地帯をも飛び越えて、とうとうア
インシュタン国の市街地上空に到達した。そして、ビルや家々に黒い影を投じつつ、見事
なまでの編隊飛行で市街地の中心部に侵入し、とあるビルの上空でホバリングし始めた。
「おい、見ろよ。何か始まったぜ!」
ジョーの声に全員がモニターへと集中する。
 ビルの上空にホバリングしているヘリの扉が開けられ、そこから数本のロープが投げら
れた。そして、ロープの先がビルの屋上へと到達するやいなや、兵士達がそれをつたっ
て建物に次々と降下しはじめる。またたく間に屋上には一個小隊ほどの兵士が降り立ち、
銃を構えながら次々と建物内に突入しはじめた。
「焦れったいな。なんであいつらがドンパチ始めて、それを俺達が見守ってなきゃならな
いんだ!」
ジョ−がイライラと目の前のコンソールを叩いた。
 それは"正義と平和"が合い言葉の科学忍者隊に似つかわしくない言動だったが、彼らの
心の隅にわだかまる気持ちを正直に言い表わしていた。
 五人にとって、確かに戦いは忌むべきもの、憎むべきものである。だがそうであっても
彼らは戦いのプロであり、実際、目の前で繰り広げられている戦闘に自分達が参加できな
い事に対して強いストレスを感じているという事を否定することはできなかった。
 結局のところ、自分達は南部博士にしっかり手綱を握られ、戦闘を前にして猛り狂いな
がら解き放たれる瞬間を焦がれている戦争の犬達にすぎないのかもな、と健は自嘲した。


(3)

 程なくモニターが点灯し、南部の顔が映った。
「諸君、事情はわかった。アメリス国の諜報部がアインシュタン国内にベルクカッツェが
滞在しているとの情報を掴んで、彼を拉致、拘束する目的で特殊空挺部隊を投入したらし
い。」
「ベルクカッツェ!」
全員が叫んだ。
「うむ。本来ならば、アメリス国は即座に我々ISOに情報を送り、科学忍者隊である諸君
らが作戦に当たるべきなのだが、彼らはその義務を怠り、独自の作戦行動に出てしまった
のだ。」
「どうしてそんな大切な事を伝えてこないんだ!」
「ベルクカッツェを捕らえる千載一遇のチャンスなのに!」
忍者隊の五人からは、思わず非難の声が上がる。なにしろ、ギャラクターという、圧倒的
な科学力を持つ敵を、身を削る想いをしながら倒してきたのは彼ら五人なのだ。彼らの胸
の内には、ベルクカッツェを捕らえるのは自分達以外にはあり得ないという強烈な自負が
ある。アメリス軍の突然の作戦行動に、出し抜かれたという不快感を感じるのは無理もな
い。
 モニターの中の南部の表情もまた苦々しかった。その心中には、おそらく忍者隊以上の
不満を抱いているのだろう。しかし、自制心によってどうにか不満と怒りを胸の内におさ
め、再び口を開いた時には、いつものクールな南部孝三郎に戻っていた。
「起こってしまった事に関して、今さら何を言っても仕方が無い。大事なのはこの事態を
どうするかということだ。諸君、アメリス軍の作戦行動をフォローし、ベルクカッツェを
捕らえる為、全面的に彼らに協力をしてくれたまえ。」
「ラジャー。」
忍者隊の五人がうなずいた時、突然、機外で激しい爆発が起こり、ゴットフェニックスの
モニター画面がまばゆく輝いた。ビルの上空でホバリングしていた小型戦闘ヘリが、街路
から放たれたロケット弾によって貫かれのである。尾部のローターを打ち抜かれたヘリは、
バランスを崩して落下しながら回転し始める。
ジュンが思わず小さな悲鳴をあげた。
 全員が息を飲んで見守る中、リトルバードは建物に激突し、ローターや部品を四散させ
ながら路上へと墜落した。凄まじい炎と黒煙が上がる。
 一方、地上の特殊部隊にも大きな変化が現れていた。
「兄貴、ギャラクターの逆襲だよ!あれを見て!」
甚平が戦いの主な舞台となっているビルの屋上を指差した。特殊部隊員の何人かが屋上の
扉から転がり出て、追撃するギャラクターと激しい撃ち合いを演じ始めた。更に、十数人
の兵士がビルの裏口から路上へと散開し、遮蔽物を探して転がり込んでいた。だが、多勢
に無勢である。アメリス国の特殊部隊員はギャラクターの逆襲に一人、また一人と倒され
ていく。
「作戦失敗だ・・・。」
健の口から低く押し殺したような声が洩れる。
「アメリス国特殊空挺部隊、聞こえますか?こちら科学忍者隊です。」
 全員が唇を噛み締めてモニターを見守る中、突然、健の声が響いた。皆、驚いて健を振
り返る。健はアメリス国軍専用のチャンネルに合わせた通信機器に取り付いていた。
一瞬の沈黙の後、通信装置から驚きに満ちた声が返ってくる。
「こちらアメリス国第6特殊空挺部隊。科学忍者隊ですって?どういうことですか?」
「アメリス軍より援護の要請を受けました。今、我々はそちらの作戦ポイント上空に到着
しています。」
「神様!信じられない、助かった。・・・待って下さい。待って、どうか、回線を切らな
いで、そのままでいてください。」
数分の間、回線から声が途絶えた。通信兵は上官に判断を仰いでいるのであろう。回線か
ら流れ出るマシンガンの発射音や爆弾が破裂する音が、彼らの悲惨な状況を物語っている。
健達は悲痛な気持ちで、それを聞いているしかなかった。
 しばらくして再び回線から通信兵の切迫した声が流れてきた。
「科学忍者隊。我々はギャラクターから手酷い反撃を受け、苦戦中です。これから部隊は
撤収しますので援護をお願いします。」
「了解!」
 健は力強い声で四人に向かって呼び掛けた。
「よし、彼らを助けるぞ!何があっても一人残らず連れ戻すんだ!竜、上空に待機してア
メリス側指令機との連係をとってくれ。他のみんなは俺について来い。いくぞ」
指示と同時に健は駆け出した。ジョー、ジュン、甚平が後に続く。
 数瞬のち、ゴッドフェニックスから飛び出した四つの影が地上に降り立ち、それと同時
にゴッドフェニックスは上空へと舞い上がっていった。


(4)

 アメリス軍の兵士達は、ギャラクターに対して死に物狂いの抵抗を続けていた。その中
心部に向かって、リトルバードと呼ばれる小型のヘリが、うなりを上げて急降下し、着陸
しはじめた。遮蔽物の陰からは兵士が我れ先に駆け込んでゆく。負傷して足を引きずって
いる兵士もいた、身動き出来なくなった人間を簡易担架で担いでいる兵士もいた。ヘリの
周囲を固める兵士達は、ギャラクターに対して、ありったけの弾を撃ち尽くす。地獄の戦
場から脱出するための戦いが、今、始まったのだ。
 彼らの頭上に覆いかぶさるようにしてゴッドフェニックスが降下し、その機上から飛び
出した四つの影が滑空するのを眼にした兵士たちは、悲鳴のような歓声を上げた。
「撤退、撤退、全員撤退せよ!」
科学忍者隊の姿に勇気づけられた指揮官達は、立ち上がると大きく腕を廻して、兵士達を
指揮しはじめた。

「なんだ、さっきよりもずっと情勢は悪くなっているじゃないか。」
地上へ降り立つと、隣でジョーがぼやいた。
「わかっていると思うが、敵に対する深追いは無用だ。アメリス軍兵士を全員連れ帰るこ
とに全力を注げ。」
「おう!」
「オッケー。」
 健の指示にジョー、ジュン、甚平はうなずき、それぞれの方向へと散開した。健は目の
前の一番銃撃の激しい建物へと走った。ギャラクターからの銃弾がシャワーのように降り
注ぐ。
「バードランッ!」
健が両翼に鋭い刃を持つ鳥型のブーメランを投じると、それは素晴らしいスピードで滑空
し、ギャラクターが密集していた一団を切り裂く。と、同時に幾つもの悲鳴が響いて、数
人のギャラクターが大地に倒れた。健は、この必殺の武器が与えたショックが冷めないう
ちに、ギャラクターの集団に割って入り、怯んだ敵を次々と打ち倒した。ギャラクターは
突然の強力な反撃に動揺し、アメリス軍への攻撃が眼に見えて弱まった。
「さぁ、今のうちに後方へ下がるんだ。早くヘリのところへ行け!」
健の鋭い声に促されて、ある者はよろよろと立ち上がり、ある者は負傷者した仲間を抱え
ながら撤退してゆく。
 ヘリはローターを廻したまま接地していて、乗組員が搭乗口から、次々と兵士を機内へ
と引き上げていた。
 その時、ごく至近距離から突如マシンガンの発射音が聞こえた。ふいをつかれた健は驚
いて振り返ると、昏倒から覚めた兵士が味方の撤退を知らずに壁から身を乗り出し、興奮
状態でマシンガンを撃ちはじめていた。
 健は兵士に近づくと、襟首を掴んで振り向かせた。
「おい、落ち着け。君、撃ち方止めだ。」
兵士は真ん丸な眼をしてバードスーツ姿の健を見上げ、我に返って辺りを見回した。周囲
の兵士は撤退を完了して、崩れかけた建物の中で健とその兵士だけが立ち尽くしていた。
「ガ・・・ガッチャマン?」
「そうだ。怪我は?」
健の問いかけに、兵士は我に還って自らの身体を撫で回し、怪我の有無を調べると首を振
った。
「それは良かった。我々が戦いに介入したからにはもう大丈夫です。他に逃げ遅れた兵士
はいませんね。」
兵士は再び眼をぱちくりとしてから、今度は大きく頷いた。
「それでは・・・ヘリのところまで走れっ!行け! GO、GO、GO!」
健は叫びながら兵士をヘリの待機している方向に向かって突き飛ばした。兵士は銃を持ち
上げヘルメットを押さえるとケツに火がついたかのように走り出した。健は口許に笑いを
浮かべながらそれを見届け、それから、再び新たな戦いを求めて銃声のする方向へと跳ん
だ。

 右も銃声、左も銃声。第6特殊空挺部隊のジャック・ヴァイアンとピート・マクビーは
迷路のような街の中ですっかりギャラクターに取り囲まれていた。
『撤退、撤退。全員撤退せよ!』
ジャック・ヴァイアンは、ヘッドセットの雑音だらけの通信の中からようやく意味のある
単語を拾い出すと相棒に向かって怒鳴った。
「おうい、ピート。撤退だ!」
ピート・マクビーは遮蔽物代わりにしているスクラップ同然となったトラックからひょい
と顔を出した。
「なんだって?」
「さっさと頭を引っ込めろ!危ない奴だな。撤退だよ。退路を切り開くんだ。こっちへこ
い!」
オーバーゼスチャー気味に"来い"という合図をすると、ピートは、隙を見てヴァイアンの
隠れている塀の陰に駆け込んで来た。
 二人は、なんとか退路を確保しようと、ありったけの弾丸をギャラクターに向かって打
ち込むが、それでもギャラクターはじりじりと迫ってくる。
「ダメだ、次々と新手が現れて撤退のタイミングがつかめん。」
普段は神経がどこに通じているのかと思うほど剛胆であるジャック・ヴァイアンの顔にも
焦りの色が浮んだ。
「おい、マガジンをこっちにもくれ。」
ピートの声にジャックは振り返ると、新しいマガジンを相棒の足元まで滑らせた。
「それで最後だ。大事に使ってくれよ。」
ヘリのプロペラ音にジャックが頭上を見上げると、リトルバードが頭上を通過する所だっ
た。指を折って確認してみると、撤退のため上空を通過したリトルバードは、もはや五機
を数える。作戦に投入されたヘリは、リトルバードが六機とブラックホーク一機。そのう
ちリトルバード一機は、先程ロケット砲で打ち落とされて残骸の山と成り果てているから、
現在、撤退の集合地点には大型輸送ヘリ、ブラックバードしか残っていないことになる。
「まずい、まずいぞ。ちきしょう、下手すると置いてけぼりを食っちまう。おーい、ここ
にもいるぞ!」
ジャックが立ち上がって上空に向かって必死に手を振り出すと、それを見たピートは腰に
付けている信号弾用のピストルに手を伸ばし銃口を空に向けて構えた。
 発光しながら上空へと登ってゆく信号弾の光の筋さえ見つけてもらえば、軍は絶対に彼
らを見捨てたりはしない。
 ジャックは期待を込めて、信号弾を発射しようと空にむけてピストルを構えるピートの
姿を見守った。
 だが、次の瞬間、一連射の銃弾よってピートの身体は弾き飛ばされ、発射された信号弾
は大空へ飛翔するどころか地上とほぼ平行に飛んでいき、遠くのビルの2階の窓を突き破
ってその内部で閃光を放つと消えた。
「ピート!ピート!」
ジャック・ヴァイアンは驚いて叫んだ。だがピート・マクビーはぐにゃりと路上に倒れ伏
し、ピクリともしない。ジャックは遮蔽物から立ち上がりマクビーに駆寄ろうとしたが、
その時、頭を激しい衝撃を受けて地面に倒れた。
 ジャックが遠ざかる意識の中で最後に眼にしたのは、彼を更に銃床で打ちのめそうと振
りかぶったギャラクターの姿だった。


(5)

 バラバラバラバラ・・・・・・
 ブラックホークは交差点のど真ん中に着陸して待機し、そのローターは激しい風を地面
に叩き付けている。ヘリのステップに足を掛けて集まってきた兵士を次々に引き上げてい
たジョーは、ひどい砂塵に思わず顔をそむけた。
「G-2号、司令機から"離陸はまだか"と言ってきてます。」
パイロットがジョーを振り返って尋ねた。味方機は全て離陸を完了し、戦闘区域から離れ
つつあった。現在、このブラックホークただ一機が、ギャラクターの包囲網のまん中に取
り残されているのである。その圧迫感たるや半端なものではない。必死に平静を装ってい
るパイロットの額にも、幾筋もの汗が流れていた。
 ジョーはヘリの昇降口から身を乗り出すようにして砂埃の向こう側を透かすように見て
いたが、やがて待ち望んでいた人影を認め、ニヤリと口角を上げた。
「健の奴、待たせやがって!おい、最後の兵士がきたぜ。今、建物の角から現れたところ
だ。」
ジョーの視線の先には、負傷した兵士を抱きかかえるようにして懸命にヘリに向かって走
る健の姿があった。
「急げ!」
ジョーはあらんかぎりの声で怒鳴った。ジョーのすぐ脇で流れ弾が空気を切り裂く音がす
る。健達のすぐ後ろにはギャラクターの一団が迫っているのだ。
 あと10メートル、5メートル・・。ようやく健と兵士はヘリの昇降口に辿り着いた。
健のバイザーの表面にはうっすらと砂埃が付着し、その下の顔は汗と埃にまみれていた。
「やつら、すぐ来るぞ。ヘリを上げろ。」
健は兵士の背中を押し上げ、ジョーは昇降口から腕をつかんで引き上げた。その時・・・

"パシュッ"

 ヘリーのローターの音と迫りくる銃撃に混じって、破裂音のようなものが聞こえた。健
は思わず音の方向を振り返る。そして、その刹那、道筋の向こうの建物に閃光と白い煙を
見た。
「ジョ−!今の見たか?」
健はジョーを見上げた。負傷した兵士をようやく機内に引き上げ終わったジョ−は怪訝そ
うな表情を向ける。
「何だ?」
「今、光っただろう!あの白い二階建てのビルのところだ。」
健は百メートルほど先の建物を指した。ジョーは顎に伝う汗を腕でこすり、首を振る。
「さぁな、わからん。」
「発進します。機内に入って下さいっ。」
二人の会話に割って入るように、ヘリのパイロットが叫んだ。ギャラクターはごく近くま
で迫り、彼らの放つ弾丸が機体に当たってはじける金属音がそこ、ここに聞こえるように
なっている。
「待て・・・、少し待ってくれ。」
ブラックホークの外側に張りだしているステップに足をかけたまま、健は戸惑ったように
通りの向こう側の白いビルを見つめていた。
 だが、ギャラクターはとうとう交差点を囲む建物にまで到達し、その独特の形のヘルメ
ットや上半身を覆う濃い緑色のプロテクター、そして、所持しているマシンガンに至るま
ではっきり目視できるほどになっている。
「健っ、何言っているんだ。早く中に入れ。パイロット!ヘリを出してくれ、発進だ。」
ジョーは腕を伸ばして健の肩をつかんでグイッと機内へと引きずり込み、畳み掛けるよう
にパイロットに向かって怒鳴り上げた。
 ジョーの声を合図にして、ヘリは大空に向かって舞い上がり、空中を滑るように飛行し
ながら戦闘地帯から遠ざかって行った。地上からは数多くの銃弾が放たれたが、ブラック
ホークはそれらを完全に振りきり、まさしく間一髪でギャラクターから逃れた。
 健は急速上昇中、隔壁に掴まって身体を保持していたが、水平飛行に移るとすぐに身を
起こしてヘリの昇降口に取り付き、先ほどブラックホークが待機していた交差点の辺りを
見る為に大きく身を乗り出した。
「ばか、何をしてるんだ。流れ弾にでも当たったらどうする?」
ジョーは再び健の肩をグイッと掴み引き戻す。
「ああ、すまん。」
健の表情はどこかすっきりしない。
「どうしたんだ?健。」
その時、ようやくジョーは健の表情が曇っていることに気がついた。
「閃光と煙を見た、ような気がした。」
「ここは戦場だぞ、爆発の光や、舞い上がる煙なんて当たり前の話だろ。なに寝惚けた事
言っているんだ!」
ジョ−は健を小突いた。だが、健は小突かれたまま視線を下に向け考え込んでいる。
「一瞬の事でハッキリはわからないが、あれは信号弾のような、そんな輝きかただった。」
「ああ?さっきの事か?俺はそんなもん見てねぇぜ。第一建物の中だろ。そんなところに
信号弾を打ち上げるような阿呆がいるかよ。気のせいさ。」
「俺はお前より一瞬早く振り返っていたんだ。考えれば考えるほど、そのような気がする。
だとすると、あそこにはまだアメリス国の兵士が取り残されていたのかもしれない。」
「かもしれないってだけの話だろ。・・・そうじゃないかもしれない。ただ言えることは、
あの時、飛び立っていなかったら、このヘリは確実にギャラクターに堕とされていたって
ことさ。いるかいないかわからない兵士よりも、負傷していてギャラクターどもにとっつ
かまったら絶対に助からない目の前の兵士達を確実に救う方が正しいと思うぜ。」
健は元気なく頷いた。
「・・・確かにそうだ。お前の判断は正しかった。」
健に自分の判断を支持されて、ジョ−はほんの少し頬を緩ませた。
「だろ!くよくよ考えるな。」
ジョ−は健の背中をポンとひとつ叩くと、立ち上がって操縦席まで歩いてゆき、操縦士と
なにやら話しを始めた。健は機内に横たわっている負傷兵の手当てに取りかかったが、ふ
と手を止めて誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
「・・・いや、やっぱり、あれは信号弾だった。」


(6)

 第六特殊空挺部隊員ジャック・ヴァイアン大尉はギャラクターの緑色のブーツで頭を小
突かれて眼をさました。目の前にぼんやりと人影が見える。一瞬、基地の自室のベットに
いるのかと錯覚しかけたが、嘲笑の混ざった声に、すぐに現実へと引き戻された。
「さぁ、おねんねの時間は終わりだぜ、大尉さんよ。」
埃っぽい路上に転がされていた為に、口の中が埃っぽく喉がひりついていた。周囲をゆっ
くりと見回すと、ギャラクターの兵士達が武器を構えて取り囲んでいる。
「フッフッフッ、自分の置かれている状況がようやくわかったようだな。残念だろうが、
貴様は我々の捕虜となったわけだ。大人しく従えば命だけは助けてやろう。だが、抵抗す
るようなら、この場で地獄行きだ。お前の友達のようにな!」
ギャラクターが目線で指し示した方向を見ると、そこには路上に横たわったままのピート・
マクビーの姿があった。
「ピート!ああ・・・なんてこった。」
ジャックは激しいショックを受け、まるでうわごとのように力無く繰り返した。
バラバラバラ・・・
 その時ジャックの耳に聞き慣れたヘリのローター音が届いた。ジャックはふらふらと立
ち上がると、取り囲んでいた兵士達をかき分け、必死に音の方向を探った。顔をあげると、
西の空に真っ黒に塗装されたブラックホークがゴッドフェニックスの援護を受けながら遠
ざかってゆくのが目に入った。
「俺はここだーっ。ここにいるんだぞ!置いていかないでくれーっ。」
ジャックは焦りと口惜しさと絶望の思いで叫んだが、その願いは届くこともなく青空に消
えてゆく。芥子粒のように小さくなってゆく機影を見上げ、ただ、茫然と立ち尽した。
 ギャラクターの兵士達は、そんなジャックの心情など頓着せず、ジャックを拘束すると
軍用車に乗せて何処とも無く連れ去った。

 そのレストランは眺望を誇るだけあって、眼下の港が一望できる。健は窓際の席に座り、
帆を一杯に膨らませて進むヨットや、空中でダンスを繰り返す海猫をぼんやりと眺めてい
ると、背後で柔らかなバリトンが響いた。
「待たせたね、健。」
振り返ると、書類を右脇に手挟んだ南部が立っている。
「博士。」
「濃くてミルク少々に砂糖を二つ入れた紅茶を頼む。」
南部はかしこまって控えていたウエイターに注文を頼むと、健と向い合せの席に腰を下ろ
した。
「今日は絶好のクルーズ日和のようだね。風向きもいい。ほう、引き潮のようだな、シレ
ア岩礁が頭をだしている。」
南部はそう言って、太陽の光を乱反射する海面を眩しそうに眺めた。基地外で打ち合わせ
をする時にはこの海辺のレストランを好んで使い、しかも、毎回決まってこの窓際の席を
指定する。
 慇懃な物腰のウェイターがその場を離れると、健はすぐに堰を切ったかのように話し出
した。
「博士、先日のアインシュタン国強襲作戦について、アメリス国側はなんと回答してきたの
ですか?」
「うむ。今朝、正式に回答がきた。MIA(missing in action 行方不明兵士)は数名認め
られるが、ISOや科学忍者隊の援助の必要はない、とのことだ。」
「そんな・・・アメリス軍が再び単独で救助作戦を行なうということなんですか?彼らには
無理です。」
「尻拭いを我々に頼むというのは、彼らの沽券にかかわるという事なのだろう。」
「博士、俺は・・・、俺はあの時、信号弾を目にしたにもかかわらず、兵士を見捨ててきて
しまったんです。」
健はテーブルの上に視線を落とした。
「お願いします。俺をアインシュタン国へ潜入させて下さい。」
「その話はジョーからも聞いた。ジョーは信号弾には気付かなかったといっていたが、君の
見間違えではないのかね。」
「あのときヘリのパイロットは発進準備に忙殺されていたし、ジョ−は兵士をヘリにひっぱ
り上げている最中だった。それから、先にヘリに乗り組んでいた兵士達は負傷兵の手当てに
忙しく外を見る余裕なんてなかったんです。だから、あの場であの光を見られる状況にあっ
たのは俺だけでした。」
南部は茶色の瞳に労りの色を浮かべて、健を見つめた。
「今までの戦いの中で、ギャラクターが捕虜を取った例はほとんどない。基地に潜入しても
無駄足である可能性が高く、しかも君自身も危険に晒される。私としては許可はできない。」
「可能性が1%でもあるのなら調べてみるべきです。博士!」
健は更に言葉を続けようと口を開きかけたが、テーブルに近づくウェイターの気配に気がつ
いて口を閉じた。
 ウェイターはしずしずと歩み寄ると、洗練された物腰でミルクティーをテーブルに置いた。
南部はため息をひとつつくと、ティーカップに口をつけゆっくりと啜る。
「健、あれはアメリス国による単独の作戦であったのだよ。であるから、我々としては彼ら
の要請も無いのに横から手を出すことは出来ないのだ。」
健はキッと顔を上げると、南部に食って掛かかる。
「そもそもそれが俺には納得できないんです!なぜ、アメリス国は俺達や国連軍に通報もせ
ず、勝手に作戦行動に出たのでしょうか?」
「アメリス国の軍の高官からオフレコで聞いたのだが、アメリス国の情報部がベルクカッツ
ェの居場所を偶然察知したところから話は始まったそうだ。危険察知能力に優れたベルクカ
ッツェを捕らえる事がどんなに難事で、それを果した者はどれほどの賞賛を得られることか、
想像つくだろう、健。」
「だからこそ!我々にすぐに連絡すべきだったのです。そうすれば何も問題は無かった。今
頃俺達の手であいつを捕らえて情報を吐かせていたでしょうに!」
「アメリス軍は輝かしい功績を残すチャンスが巡って来たと考えたのだよ。そして、一もニ
もなくそのチャンスに飛びついたのだ。」
健の激しい口調に対して南部は冷静に応じる。
「そんな手前勝手な考えであいつらは千載一遇のチャンスを台なしにしたというのか!アメ
リス国軍だけでやれると考えたなら、大した自惚れですよ。手柄がなんだっていうんだ。案
の定、カッツェには逃げられ、多くの兵士を死なせて、作戦は大失敗だ!」
健はドンとテーブルを叩いた。南部のティーカップが飛び跳ね、真っ白なテーブルクロスに
飛沫がとんだ。
「彼らは大切な友軍だ。口を慎みなさい。」
南部は穏やかに、しかし、毅然とたしなめ、健は不服そうに黙り込んだ。
「アンダーソン長官とも諮ってみたのだが、やはりアメリス国からの要請も無いままで、我
々がでていく事は出来ないという結論に落ち着いた。あとは長官の政治力でアメリス国に働
きかけてもらうということに・・・。」
「ぐずぐずしていたら、捕虜となっている兵士は死んでしまいます!」
二人の間に沈黙が流れた。南部の表情も渋い。が、南部は気を取り直して健に話し掛けた。
「その話はこれで終わりにしよう。健、なにか軽いものでも食べるといい。さ、ここにサイ
ドメニューがある。」
「失礼します!」
「待ちなさい、健。」
健は席を蹴って立ち、引き止めようとする南部を残し、レストランを飛び出した。


(7)

「やあ、来たな。イカレた諜報部員君。」
金髪碧眼の男はハッと振り返った。いつの間にか背後の壁にガッチャマンの名で知られる
青年が寄り掛かっていて、彼を見つめていた。
「ハニー!」
男は満面の笑顔を浮かべ、大袈裟に両手を大きく広げてから健の肩をグッと抱きしめた。
 この金髪碧眼の男はアルファというコードネームで知られている腕ききの諜報部員であ
る。健とは幾つかの作戦で行動を共にしたこともあり、腹をわって付き合える友人同士で
もあった。
 アルファは仕事の腕は抜群であるが性格に独特なところがあり、その為に他人からの評
価は極端にわかれている。竜などは"あの男と喋るだけで鳥肌が立つ"などと言ってアルフ
ァを敬遠しているが、健はなんとなくウマが合い、友人同士という関係を保っていた。
「まったく、長きに渡って音信不通だったねぇ、この薄情者が!昨日、君からの伝言が留
守電に入っていると知った時、心臓が止まりそうになったよ!」
「ああ、本当に久しぶりだな、アルファ。元気そうでなによりだ。早速だが、君に頼みが
ある。」
満面の笑みを浮かべていたアルファは、健の言葉を聞いて顔をしかめた。
「なーんだ、やっぱり仕事絡みかい!ダーリン。」
健は申し訳ないというような顔でうなずいた。
「おかしいと思ったんだよ。逢い引きの待ち合わせ場所が"戦略研究室の前の廊下"だなん
てね。」
「君の期待を毎回裏切ってしまって悪いな、アルファ。さぁ、君のカードキーでドアを
開けてくれないか?ちょっと訳ありでね。コンピュータに足跡を残したくないんだ。」
健は言葉とは裏腹に悪びれた様子もなく、澄まし顔で言った。
「君は本当につれない男だねぇ。ま、そこがまたいいんだけどね。」
アルファはため息をつくと、内ポケットからカードを取り出しカードリーダーに突っ込ん
だ。ピッという電子音と共にドアロックが解除され、ふたりは"戦略研究室"内へと足を踏
み入れた。
 中に入ってまず最初に目につくのは正面のひときわ大きなスクリーンである。スクリー
ンの前には、南部を始めとするISOの首脳陣が戦略会議を行なうために使用する会議用の
テーブルが並んでいる。脇の壁には沢山のモニターが据え付けてあり、世界中の重要地点
の様子を刻々と映しだしている。その手前にはコンピュータがズラリと並んでいてISOの
制服姿の大勢の男女が忙しそうに立ち働いていた。
 健とアルファは人々の間をぬって部屋を横断し、反対側にあるパネルで仕切られたブー
スが並んでいる場所へと向かった。そして、二人は空いているブースを見つけるとさりげ
なく入り込んだ。
 コンピュータの前に座ったアルファは手慣れた動作で画面に自分のパスワードを打ち込
み、健を見上げる。
「さて、科学忍者隊のイカレたリーダー君。君は一体どんな情報が欲しいんだい?」
「アインシュタン国のギャラクター基地について調べて欲しい。実をいうと俺はそこに潜
入するつもりなんだ。」
アルファは目を丸くした。
「アインシュタン国・・・。あんな危険なところへ潜入だって?今度はどんな厄介ごとに
クビを突っ込むつもりなんだい?大体、そんな計画、どうやって南部博士から許可を
取っ・・・・・もがっ。」
「声が大きい!アルファ。」
健はアルファの口を押さえ、アルファの耳元に囁いた。
「シーッ。許可を得ているなら、お前に相談する訳ないだろう?」
「ダーリン、君は俺の純愛を利用して命令違反の片棒を担がせようっていうんだね。ひど
いじゃないか!」
「つべこべ言っていると時間が無くなる。さっさと教えろよ。」
アルファはブツブツと文句をいいながらキーボードに指を走らせた。
「君も知っているだろうけど、アインシュタン国の首脳とギャラクターとの関係は古く、
結びつきも強い。おまけに表向きは強大な経済力と軍事力を備えた堂々たる独立国家でも
あるから、我々も長年、アインシュタン国の扱いには苦労してきたわけだ。当然、諜報部
としてもアインシュタン国については監視を怠らない、ということで・・・・あった!こ
の資料だ。アインシュタン国内にはギャラクター基地が二つほど確認されている。」
アルファが画面をクリックするとモニターに衛星写真と資料が映し出された。
「北側の山中に一つ。それから、厳密には基地とは言えないが、森林地帯のまん中に小規
模なギャラクターの軍刑務所がひとつある。」
「二ケ所・・・あるのか。」
健は腕組みをして考え込んだ。
「で、どっちに潜入するつもりなんだい、マイ、ディア?」
「うーん、例えばの話だが、アルファ。奴等がこの地域の戦闘で捕虜をとったとする。君
だったら捕虜はどちらに護送されると思うかい?」
「捕虜か、捕虜ねぇ・・・。まさか、先日のアメリス国の作戦の事を言っているのか?」
アルファの声のトーンが上がった。
「あれにクビを突っ込むのはヤバいぜ、健。アメリス国の面子も絡んで事態は面倒臭くこ
んがらがっているって話じゃないか。やだよ、いくら君の頼みでもおたくのボスにこっぴ
どく締め上げられるのはゴメンだぜ、ダーリン。」
「万が一バレても、絶対に君に迷惑はかけないよ。頼むよ、アルファ。」
健はひどく真剣な瞳をしてアルファに頼み込む。アルファは不機嫌そうに健を見つめた。
「ちぇっ、君は本当に身勝手だな。俺がいつでも君の望みを叶えると思ったら大間違いだ
ぞ。」
そう言いつつもアルファはキーボード上の手をピタリと止めて考え込んだ。
「そうだな・・・。俺が思うに、護送先は軍刑務所の方だな。距離的にも作戦地域と近い
しね。ひっ捕まえた一兵卒を遠くにある基地までわざわざ送ったりしないさ。刑務所にぶ
ち込んで情報を取るんじゃないか?うん、きっとそうだと思うよ、ダーリン。」
「わかった。それじゃ、次の議題へと進もう。」
「は?」
アルファは疑問符と共に顔をあげた。
「次は、どうやったら俺が正体を隠したままこの軍刑務所に囚人として潜り込むことがで
きるか、二人で考えてみようじゃないか。」
「おい、おい、健。勘弁してくれよ!」
アルファは健の強引さにとうとう小さな悲鳴を上げた。


(8)

 ザバッ
 壁に額をつけてうつむいていたジャック・ヴァイアンの頭に水が掛けられた。幾筋もの
水が日焼けした頬やいかつい顎をつたってコンクリート製の床へと滴り落ちる。ギャラク
ターの軍刑務所長であるイェーツはジャックの短く刈り上げた髪を掴むとグイッと引き上
げた。
「どうやってあのビルにカッツェ様が立ち寄るという情報を掴んだのか?」
「俺の任務はビルの前の道路を制圧することだった。そ・・・それ以上の事は何も知ら
ん。」
ジャックは、一語一語歯をくいしばりながら返答し、イェーツが髪の毛から手を離すと、
クタクタと床へくずれ落ちた。
 "もう一押しでこの捕虜は口を割る。" 弱りきったジャックをみて、イェーツは満足感
溢れた微笑みを浮かべ、付き従っている兵士達を振り返った。
「見よ、尋問とはこういう風に行なうものなのだ。私のテクニックをよーく見習うのだ
な。」
「ははっ。」
兵士達は、口々に返事をすると、卑屈な笑いを浮かべて頭を下げた。
 イェーツは軍刑務所の王様であり、どんな非道なことでも、例えば嗜虐性の趣くままに
囚人を痛めつけようが、囚人相手にどす黒い欲望を満たそうが、彼を咎めだてできる者は
存在しなかった。イェーツは、前線の兵士として戦った経験はなく、安全な後方で処世術
の上手さによって現在の地位に登りつめたのだ。イェーツにとって、総裁xやベルクカッ
ツェへの忠誠やギャラクター対ISOの戦いは大して興味は無かった。一番大切なのは彼の
王国である、アルバトロス軍刑務所を維持し守る事であったのだ。
「ふふん・・・。」
 イェーツは床に伏したまま痛みを堪えているジャックに冷たい視線を投げかけ、こんな
に体格が良くて、ゴツゴツと筋肉が盛り上がっているような奴は駄目だ、と考えた。もっ
と若くてすんなりと細いのが好きなのだ。捕虜はどう扱おうとどこからも文句が出ないと
いう点では都合が良かったが、細くて若い男なんて皆無に等しかった。"ま、世の中、何
もかもが完璧ってことはないからな"と、イェーツは自分自身に言い聞かせた。
「ヴァイアン大尉。役に立たない忠誠など捨て、全てを吐いてしまってはどうだ?楽にな
るぞ。」
イェーツは鞭を手で弄びながらニヤニヤ笑いを浮かべた。
「そうだな、もし素直に情報を吐いたら、お前をこの軍刑務所から出してやろう。」
「こんな拷問はもう終わりにしてか?」
ジャックは掠れ気味の声で尋ねた。
「もちろんだとも!すぐに傷の手当てをして食事を与え、フカフカなベッドで寝かせて
やろう。その後だって貴様の態度次第ではギャラクターの中でも良い地位に引き上げてや
ってもいいぞ。」
「食事にフカフカのベッドか・・・。」
ジャックのまんざらでも無い反応にイェーツ所長は舌舐めずりせんばかりに顔を近付け
た。
「どうだ、大尉・・・・?」
イェーツの顔が触れんばかりに近づいた時、ジャックはサッと顔をあげて唾を吐きつけ
るとニヤリと笑った。
「所長さんよ、確かに俺は下衆野郎だが、そこまで下衆じゃないぜ。」
イェーツの顔はゆでダコのように真っ赤になり、怒りに震えながら再びジャックの背へ
鞭を振るいはじめた。

 その日の朝、ジョ−はあくびをしながらISOビルの最上階にある職員用のカフェテリア
に現れた。大きな窓からは爽やかな陽射しが燦々と降り注いでいる。
 ジョーは広いカフェテリアをひとわたり見回してからわずかに首をひねった。
「健のやつ、夕べはここに泊まったはずだよな・・・。」
壁掛け時計を見上げると9時を指していた。いつもの健なら皿の上にパンやチーズやハム
を山盛りにして舌鼓を打っている頃である。
 ジョーはトレイの上に皿をセットし、サラダや湯気を上げているソーセージを取りなが
ら右に左に視線を走らせた。広い室内ではあちらこちらで背広姿や白衣の職員が数組、談
笑しながら朝食を取っているが、健の姿はどこにもない。
「健はまだ来てないのか?」
ジョーは、コーヒーを手渡してくれた給仕のディックに尋ねた。
「今日はまだ来てませんね。あの人のことだから、まだベットで夢の中なんじゃないです
か。なにか用事でも?」
「いや、別に。ありがとう。」
ジョ−はコーヒーの礼をいって、ひとり壁際の席に座った。9時半からミーティングが始
まり、10時には訓練が始まる。今、腹の中に何か溜めておかないと、2時過ぎまで飲ま
ず食わずになってしまうはずだ。あの食欲魔人が朝飯を食べないなどということはあり得
るだろうか?そこまで考えて、ジョーはハッと思い当たった。
 先日、行き掛り上巻き込まれたアメリス軍対ギャラクターの戦闘の直後、健は悩んでい
た。どうやら戦闘地域に兵士を置き去りにしたのではないかという考えに囚われているら
しい。
 ジョーは、皿の上のソーセージにグサッとフォークを突き立てた。そう、アイツはいつ
だって考えすぎちまうんだ。そして、なんでも自分で背負い込んじまう。
 あれほど才気溢れる男が、"人間にはできることと出来ないことがあって、人の関与で
きる領域なんてほんのちっぽけなものだ"ということを、何度言い聞かせても、どうして
も理解できないらしい・・・・・。
「おい、ジョ−。パンを鳥にでもやるつもりなのかい?」
通りかかった顔見知りの整備士が笑いながら声を掛けてきた。ハッとして自分の皿の上を
見ると、無意識のうちに千切っていたのであろう、パンはコマ切れに千切られていた。
「ダンナらしくないな。恋煩いかい?」
「ぬかせ!」
お調子者の整備士にしっかり言い返してから、冷えきったコーヒーやフォークの突き立っ
たままのソーセージ、バラバラに解体されたパンに改めて目を落とした。
「健の奴に会って話をしないと、飯もロクに食えやしないということか。まったく俺も損
な性分だぜ。」
ジョーは大きなため息を一つつくと、健の部屋へと向かった。


(9)

 ノックもせずに、ジョ−は健が基地内で私室として割り当てられている部屋のドアを開
けた。主のいない部屋はしんと静まりかえっている。ジョーの勘が告げた通り、部屋は既
に、もぬけの殻だった。
 だが、室内には健の居た気配がまだ残っていた。例えば、テーブルのマグカップには、
飲みかけのコーヒーが残っていたし、ソファの上にはTVのリモコンが投げ出されていた。
ベッドには不揃いに畳まれた毛布が置かれていたし、枕元には読みかけのページを開いた
ままの本が伏せられている。健はこの部屋で過ごし、夜中、あるいは早朝、いずこかへ立
ち去ったに違い無い。
「・・・だが、奴がどこへ行ったかが問題だ。」
苛立ちを感じつつドサッとベットに腰を下ろすと、サイドテーブルからボールペンが転が
り落ちた。拾い上げて電話の脇にあるペン入れに戻す時に、伝言用のメモ用紙にふと目が
止まった。
 それはどこかへ電話をかけながら取ったメモらしく、健の筆跡で単語が書きなぐってあ
った。どうやら今後の行動計画を記したメモらしいが、電話をしながらラクガキをする癖
のおかげでひどく判読しづらい。しょうがない癖にいまいましさを覚えながらも、ジョ−
は眉にシワを寄せて、子供のラクガキのようなメモを凝視した。
 メモ上部にはアラベスクに似た模様がむやみに描かれていた。ジョーは顔をしかめてメ
モと格闘すること数分、そのメモが上下逆に書かれたものだと気が付いた。舌打ちをして
メモの上下をひっくり返すと、模様のすき間に"午前6時30分到着"と書いてあることが
読み取れた。
「それにしても、ひどい書き方だぜ。」
文句を言いながらも、そのすぐ脇に"UL208"という数字と"ウエスタン"という単語も発
見し、得意そうにパチッと指を鳴らした。
 その後、メモをどの角度から見ようと、判読できる文字はそれだけだった。"UL208"
はたぶんユートランド空港から出発する飛行機の便名に違い無い。健の搭乗したであろう
その飛行機が目的地に午前6時30分に着くという意味だろうか。だが、次の"ウエスタ
ン"というの何を意味するのか?
 考え込みながら次のページをめくると、メモのまん中にボールペンで絵が描かれていた。
前方は流線形で後部に向かって細くなっていて、一見すると"おたまじゃくし"のような形
が描かれている。だが、それは単なる"おたまじゃくし"などではなかった。"おたまじゃ
くし"のシルエットの上部と尾部にはローターがそれぞれ一つづつ付いていて、それは、
まさしくアメリス軍がギャラクターを強襲した時に使ったリトルバードという高機動ヘリ
の特徴そのままである。
「健の奴!やっぱり・・・・。」
ジョ−は確信した。健は、自分のやり方であの事件の決着をつけるつもりに違いない。
しかも、ただ一人で・・・。
「ちくしょう!俺の行動については、いつもすげえ勢いで怒っているくせに、自分はどう
だっていうんだ!勝手な行動を取りっぱなしじゃないか。」
ジョーは思わず怒鳴った。その怒りを分析してみると、健の勝手さ対しての怒りが半分で、
残りの半分は、自分を"誘い"もせずにたった一人で行ってしまった水臭さに対してという
ところであろうか。
 とりあえず、ブレスレットで連絡を取って健を捕まえ、文句を言わなければ気持ちが収
らない。ベッドサイドの時計を見ると、ちょうど10時を指していた。今頃、訓練室では
ジョ−と健の無断欠席に気がついた教官が、さぞかし怒っていることであろう。
"フン、知ったこっちゃないさ"
ジョ−は健を呼び出そうとブレスレットのスイッチを入れた。
 その途端、ごく間近でアラームの電子音が鳴りだす。ジョ−は眼を丸くしたが、耳を頼
りに室内を歩き回り、すぐに発信源を突き止めた。それはどうやら健の机の引き出しの中
で鳴っているようである。
「ちきしょうっ!」
ジョ−が毒づきながら机の引きだしを開けると、健のブレスレットが神経に触る音をたて
ていた。


(10)

 応答する主人もいないままに、けたたましい音を発しているブレスレット。
ジョ−はまじまじとそれを見ていたが、ふと気が付いて自分の呼び出しスイッチを切ると
同時にそれは鳴り止み、室内には再び静寂が訪れた。
 ジョ−は健のブレスレットを掴み、走り書きのメモを破り取ってポケットに捩じ込むと
部屋から勢い良く飛び出した。が、ドアのすぐ外で、一人の男にぶつかりそうになった。
"悪いな"と声を掛けようとして、初めてその男が誰であるかに気が付く。
「アルファ!」
目の前でアルファがバツの悪そうな照れ笑いをしていた。
「ハロー、ジョ−。・・・・・元気?」
問答無用とばかりに、ジョ−はアルファの襟元をグイッと掴んだ。この場所で、このタイ
ミングでアルファが登場するとは出来過ぎている。これが偶然だと言うのなら、サイコロ
を振って10回連続で1の目を出すのも偶然になるだろう。
「アルファ!暢気に"元気ィ?"って挨拶してる場合じゃねぇだろ!お前、健がどこへ行っ
たか知っているな?」
ジョ−は手にした健のブレスレットをアルファの目の前に突き出した。
「あーあ、健。もうバレてしまったじゃないか。しかも、よりによって一番やっかいな
相手にねぇ。」
アルファは天を仰いだ。
「ふざけている場合じゃないぞ。アルファ!」
ジョ−の怒鳴り声が廊下に鳴り響く。アルファは人目を憚るように、あわててジョ−を室
内へ押し込んだ。
「わかった。わかったから、ダーリン。大声を出すのを止めてくれよ。」
「どういうことなんだ?説明してもらおうじゃないか。」
ジョーはアルファの襟元から手を離した。
アルファは乱れたシャツの衿を整えると、肩をすくめた。
「コトの始まりは健が留守電に吹き込んだ伝言だった。それが"戦略資料室に来てくれ。
誰にも言わずに、必ず一人で来るんだぞ"っていう言葉でさ。俺がこんな思わせぶりなセ
リフに抗えるわけが無いってこと、ジョーならわかるだろ。俺は見事に"誰かさんが俺の
燃ゆる思いを受け入れてくれた"と勘違いして、いそいそと待ち合わせ場所に向かったっ
て訳さ。」
「それで?」
「開口一番、"アインシュタン国のギャラクター基地に潜入したい"だとさ。」
「お前は健に協力したってわけか。」
「まあね。アインシュタン国の情報を与えて、潜入方法のアドバイスをした。・・・わ
かるだろう、ジョ−。健がこうだと決めたら、どうしたって止める事なんて出来やしな
いんだから。健は夕べの最終便でアインシュタン国に飛んだ。」
「UL208便だな。」
アルファは素直にうなずいた。
「そう。朝6時30分、アインシュタン国際空港到着。空港から首都オーランドへ移動。
10時、ウエスタン社のオフィス前に到着。ジョ−、ウエスタン社の事は知っているよ
ね?」
ジョ−はうなずいた。ラクガキの間に書かれた"ウエスタン"という文字は、知る人ぞ知
る軍需企業の事を意味していたのだ。
「ああ、化学工業を核とした大企業だろ。軍需産業にも手を出していて、ギャラクター
との取り引きも噂されているという・・・・。」
「その通りさ。君の博学さを限り無く愛しているよ、ダーリン!我が諜報部の情報による
と、本日10時にウエスタン社の首脳部とギャラクター側の代表がウエスタン社のオフィ
スで会議を開くことになっている。御存じの通り、公表することなんてできない類いの会
議さ。」
アルファがベッドサイドに置いてある時計を見ると、10時10分を示していた。
「10時10分か。ギャラクターとウエスタン社の両者は、なごやかな雰囲気で盛り上が
っている頃だな。で、その会議の最中に、突然、書類配達サービスの制服を身に纏ったひ
とりの青年が登場する。」
「健だな。」
ジョ−にはその光景が目に浮ぶようだった。
「ビンゴ!彼は配達階を間違えたトンマな配達員を装っていてさ、こともあろうにウエス
タン社のトップとギャラクターが馴れ合っている会議を"偶然"見てしまうんだ。で、哀れ
なハニ−はゴリラさながらの保安要員に取り押さえられてしまうってわけ。」
「健はギャラクターに捕まりに行ったってことか!」
「そう、奴らに単なる素人として捕まるってのがこの計画のミソなんだよ。ウエスタン社
としてはギャラクターとの結託がバレたら国際的にマズいことになるから、健を拘束しな
ければならない。かといって、単なる一企業に人ひとりをどこかに閉じ込めておく施設も
なければ組織もない。さぁ、どうなると思う?」
「ウエスタン社は全面的にギャラクターにまかせるだろうな。」
ジョ−は答えた。
「御名答!ギャラクターはそこから程近くにあるアルバトロス軍刑務所に健を護送するは
ずだ。」
「どうしてそこに送られるって思う?アインシュタン国には、確か、もう一つ基地が在っ
たじゃないか。名前はえーっと・・・。」
「ノースサイド基地のことかい?あそこは駄目だよ、機密の固まりだからね。護送される
のは99パーセントの確率でアルバトロス軍刑務所さ。」
「それは、確かなんだな。」
「もっちろん、そうさ。ギャラクターってのは案外と硬直した組織で、前例に則って事を
運ぶことが多い。以前、ウチの諜報部員がウエスタン社の内偵中に捕まったことがあって、
アルバトロス軍刑務所送りにされてしまった。だから、今回もきっとアルバトロスさ。そ
れで、健はそこに潜入し、アメリス国の兵士を助け出すつもりなんだ。」
「それじゃあ、アルファ。これはどういうつもりなんだと思う?」
ジョ−はキツイ眼でアルファを睨みながら、健のブレスレットを目の前にぶら下げた。
「ギャラクターにわざと捕まるのはいいとして、なぜブレスレットを置いていったんだ。
変身のできない分、奴は圧倒的に不利なはずだぜ。」
アルファは床に視線を落とし、ため息をついた。
「変身が出来ないという不利な点と正体がバレないという有利な点を天秤にかけたんだよ。
なにしろあそこは軍刑務所だからチェックが厳しい。一糸まとわぬ姿になって調べられる
んだ。おっと、ジョ−、俺を睨むなよ。俺が彼を調べあげる訳じゃないんだからさ。」
その時、部屋の中に備え付けてある電話が鳴り出した。ジョ−は突然の呼び出し音に一瞬
硬直する。アルファはすぐに受話器を取って応答した。
「もしもし・・・・、ああ、了解。サンキュウ。」
アルファはカチリと受話器を置くとジョ−を振り返った。
「ウエスタン社に潜入中の諜報部員からの連絡さ。"鷲は飛び立った"・・・健は無事に軍
刑務所に送られる事になったよ。」
ジョ−はため息をついた。
「くそ、もう止められない。計画は動き出しちまったんだな。」
「その通り、今の俺達にできることは祈る事だけだよ。」
神妙な顔をしてアルファは言った。
「見かけによらず信心深いんだな。」
ジョ−の言葉にアルファは暗い瞳をして答えた。
「アルバトロス軍刑務所は危険きわまりない所だ。きっと健には神の助けと、あり得ない
ほどの幸運が必要だろう。」


(11)

 アインシュタン国の大森林地帯を東に向かって飛ぶヘリに、手錠を掛けられ神妙な面持
ちの健が乗っていた。
 健は、ヘリの現在位置の見当をつけるために窓の外を覗き込もうと、注意深く首を伸ば
すと、
「おい、そこの!じっとしてろ。」
後部座席に陣取っている囚人監視役のギャラクター兵士が不機嫌そうな声で注意した。
"ちぇっ、意外とまじめに監視しているんだな"
健はゆっくりと身体の向きを元に戻した。現在、健が乗せられている囚人護送用のヘリに
はパイロット二人と監視の兵士が二人、そして、健を含めて五人の囚人が乗っている。た
だし、健以外の囚人は、基地内で何らかの罪を犯したギャラクターらしい。お決まりの緑
の戦闘服の上につきだした顔は、皆、ひとくせもふたくせもありそうな面付きばかりであ
る。彼らの緑の軍服の中で、赤いTシャツにジーンズ姿の健は大いに目立っていた。ここ
は大人しくしていた方が身の為と考え、健は従順そうな態度を装った。
「たしか、お前はウエスタン社での秘密会議で捕まえられたまぬけな民間人だな。」
バインダーに挿まれた用紙をめくっていた兵士がジロリと睨んだ。
「ふっふっふ・・・、お前はこれからどんな場所に連れていかれるのか想像もつかないだ
ろう。おい、隣のやつ、この兄さんにヘリがどこへ向かっているのか教えてやりな。」
監視役の兵士は意地の悪そうな笑顔を浮かべた。隣の囚人はめんどくさそうに顔を上げ、
吐き出すような口調で言った。
「悪名高いアルバトロス軍刑務所だよ!」
監視役の兵士は息がかかるほど健に顔を近づけ囁いた。
「よーく覚えておけよ。地球上で最悪の場所だ。」
「地上最悪の場所って、そんな・・・。」
健の上げた哀れな声は、兵士の嗜虐性を充分刺激したらしい、更に怯えさせる為にアルバ
トロス軍刑務所について滔々と語りはじめた。
「お前みたいな一般人は、一旦収容されたら生きて娑婆へは戻るってことは、まずあり得
ねぇな。せいぜい宣誓して、この先の人生をギャラクターの為に捧げるしか塀の外に出る
手はないってことさ。まぁ、それも刑期を生きて務め上げることができたらって話だがな。
なにしろ、塀の中には暴行犯に窃盗犯、クスリの売人、物資の横流し、ギャラクター内部
に巣くう札付きのワルどもが全部収容されているんだぜ。お前みたいな若造が何日生きて
いられるかねぇ。せいぜいがんばるんだな。ほーら、見えてきたぜ。」
ヘリは高度を下げはじめ、それにしたがって灰色の陰気な要塞が近づいてくる。

ズシンという軽い衝撃とともに、ヘリは刑務所の屋上ヘリポートに着陸した。すぐに銃を
構えた兵士によって突き飛ばされるようにしてヘリから降ろされる。健は、アインシュタ
ン国からアルバトロス軍刑務所までの道筋を脳裏に浮かべ、頭の中の情報を整理し始めた。
軍刑務所は森林地帯のど真ん中に位置する陸の孤島であり、一番近くの街でさえ2、30
キロは離れていた。従って人員や物資の移送は、全てヘリによって行なっているらしい。
と、いうことは、この先、刑務所の塀を脱出の為にうまく乗り越えられたとしても、果て
しなく続く森林が自由への障壁となるに違い無い。
 兵士が書類と囚人を突き合せて確認作業をしている間に、健はそっと周囲を観察し始め
た。ヘリポートからは刑務所の中庭を見下ろすことができる。下では大勢の囚人服の男達
が点呼の整列させられていた。なにげなくその光景を眺めていた健は、急に胸の鼓動が高
まるのを感じた。薄水色の囚人服の群れの中に、ただ一人迷彩服姿の男が混じっているこ
とに気がついたのだ。
「アメリスの空挺部隊の軍服だ!」
健は思わず呟き、こんなに早い段階でアメリス軍の兵士を発見できた自らの強運に感謝し
た。
「一列に並べ。下へ降りるぞ。」
兵士の命令に、健はあわてて列の最後尾に加わる。
「よし、進め、イェーツ所長がお待ちだぞ。」
一人の兵士がからかうような口調で言うと、兵士達は互いに意味ありげな目配せが交して
いる。
"イェーツ所長、か。"
健は刑務所内の最重要人物らしいその人物の名前を忘れないよう脳裏に刻みつつ、アルバ
トロス刑務所へと足を踏み入れた。

「今日、入ってきた囚人達は何名いる?」
イェーツ所長はドアを開け、中にいる兵士に声をかけた。その部屋は暗く保たれており、
正面には大きなミラーガラスが嵌め込まれていた。ミラーガラスの向こう側では囚人達の
身体検査が行なわれており、その様子を悟られることなく監視することができるようにな
っている。
 兵士はイェーツ所長に向かって敬礼するとバインダーに挟んだ資料を手渡した。
「只今のヘリで到着したのは5名で、こちらが資料です。麻薬所持に暴力、命令不服従、
窃盗と罪状は様々ですな。ああ、一人、ウエスタン社で捕まえた一般人が混じっておりま
す。」
兵士は資料から顔を上げ、ミラーの向こう側の一番端の若い男を指差した。
「あの赤いTシャツを着た男がそうです。」
健は係官の言葉に頷いて衣服を脱ぎ始めたところだった。
「ふうむ。」
首をゆっくりとまわして健の姿を視線に捕らえると、イェーツ所長の瞳は怪しく輝きだし
た。健がTシャツを脱いで目の前にあるカゴに入れ、次にジーンズのボタンを外し、ゆっ
りと下ろして始めていた。
イェーツ所長は健の美しい肢体とその肌の白さに惑乱し、思わず唾を飲み込んだ。うなじ
から背中、そして腰にかけて見事な筋肉で覆われている。それもボディビルダーの見せび
らかす為のような筋肉ではなく、瞬発力や跳躍力の為に意識して鍛えられた筋肉であるこ
とは一目でわかった。脂肪はほとんどなく、腹筋は白磁のような肌の下でしっかりとその
存在をアピールしている。そして、その更に下の淡い茂みと、すんなりと長く伸びた足。
掃き溜めのようなアルバトロス軍刑務所に似付かわしくない汚れなき美しい青年。イェー
ツ所長は魅入られたかのようにミラーガラスに近づいた。
 囚人達は裸になると、再び一列に並ばされた。軍刑務所に入るにあたって、脱獄道具や
麻薬の類いを持ち込もうとしていないか、これより厳重な身体検査をされるのだ。口腔内
や髪の毛の中、果ては肛門まで調べられる。イェーツ所長はその光景を想像し、早くも頭
に血が上って眩暈を覚えるほどだった。
「身体検査が終わったら、あのTシャツの男だけ所長室に連れてこい。私が直々に尋問を
行う。そう係官に伝えておけ。」
兵士にそう言い渡すと、イェーツ所長はせかせかとドアから出ていった。


(12)

「キョロキョロしてないで、さっさと歩け。所長がお待ちかねだぞ。」
ギャラクターの兵士は銃で身体を小突いた。健は手錠を掛けられている為、バランスを崩
して転びそうになる。
「これ以上、何をしようっていうんだ?尋問も身体検査も終わったじゃないか。」
「何をするかって?ふっふっふっ・・・。それは、後でわかることだ。」
健の質問に、兵士はふくみ笑いで答えた。
 健は兵士に連れられて殺風景なコンクリート製の建物を出て、ずっと居住性の良さそう
な建物へと入る。どうやら管理棟へと連れて来られたようであり、すれ違う人間の種類も
囚人より兵士の比率が高くなっていた。
 監視役の兵士は、突き当たりの大きな扉の前で立ち止まった。兵士がノックをすると、
即座に"はいれ"という声が返ってくる。
「所長、例の男を連れてまいりました。」
健が乱暴に肩を押されて室内に入ると、部屋の主が重厚な机の向こう側に座っていた。
 この男がこの刑務所の主人であるイェーツ所長であるに違いない。がっちりとした体躯
を軍服に包み、豊かな黒髪は整髪料でぴったりと後ろにむかってなでつけられている。鼻
筋の通った顔は整ってはいたが、薄茶色の瞳ときっちり結んだ唇はみるからに酷薄そうな
印象を与えた。
「ウエスタン社に侵入したISOのスパイだな。」
尋問をうまくやり過ごしたと考えていた健は、所長自らの尋問という事態に少々焦りを感
じていた。
"さすがにギャラクターの世界では、外の世界の人間に対するチェックは厳しいな"
イェーツ所長は獲物に飛び掛かる寸前のライオンのように見える。柔らかい喉笛に食い付
く光景を想像して舌舐めずりしているようだ。
"だが、俺は世間知らずの可愛いウサギチャンとは、踏んでいる場数が違うんだぜ"
戦略と自信、そして負けん気の強さを心の中に押し隠し、次に顔を上げたときには、健は
素朴な青年に変身していた。
「どうかお聞き下さい。俺が捕まったのはまったくの誤解からなんでス。」
健はわざと戸惑った様子で喋り始める。
「お、俺があの会議室に入って行ったのは、書類の配達先の宛先が間違っていたからなん
でス。スパイだなんて、とんでもないコトで、そんなの映画か小説の中の事でしか聞いた
事もないでス。・・・・お、お願いでスから、どうか、ここから出して下さい。」
それは、名演といっても良い出来映えの演技だった。落ち着き無さそうに瞳を動かし、両
手を揉み絞り、卑屈そうにイェーツ所長を見上げる演技を続ける一方で、心中では舌を出
す。
"甚平やリュウが見たら、腹を抱えて笑うだろうに、見せてやれなくて残念だぜ。さあ、
存分に俺を見下し、軽くみるがいい。そうして監視が緩むほど今後の行動がやり易くなる
のだ。"
 健の訴えが終わると、イェーツ所長はおもむろに立ち上がり、手を後ろに組んでゆっく
りと健に歩み寄った。
「ふむ、確かにこの調書においても、あやしいところは何もないようだ・・・。ひょっと
したらお前はスパイなどではなく、誤解によって捕まったのかもしれない。」
イェーツ所長は、健のまわりをゆっくりと歩いて、この新入りの若い囚人を値踏みした。
ミラーガラス越しではわからなかったが、この囚人はじつに魅力的な青い瞳をしている。
唇はややぽってりと厚めだが、なかなか上品に引き締まっていて、くちづけをしたらさぞ
かし弾力を楽しむことができるだろう。それに、見よ、この優雅な身体つきを!野暮った
いTシャツのせいでシロウトなら見逃してしまうだろうが、じつに美しい大胸筋と腹筋だ。
それに背筋もよく鍛えてある。それでいて、腰は細く引き締まっていて、あれの締まりも
いかにも良さそうだ。イェーツ所長は見れば見る程この青年が欲しくなり、この青年を虜
にしたウエスタン社の連中を表彰してやりたいぐらいだった。
「だからといってお前を釈放するわけにはいかないな。お前はここでその命がつきるまで
私の囚われ人となるのだ。」
イェーツは健の真正面にぴたりと立ち止まってそう告げた。健の微妙にズレているイェー
の返答にかすかに首を傾げる。
「そう辛そうな顔をするな。お前に一ついいことを教えてやろう。お互いに、とても楽し
く簡単で、かつ、お前の身の安全を保障する亊になる方法だよ。それは・・・・」
イェーツ所長は唐突に健を抱きすくめ、唇を奪った。
「ぐっ・・・・」
数秒の間、健はイェーツの行動に対して驚きのあまり抵抗をすることも忘れてされるがま
まになっていた。このときばかりは自慢の反射神経も凍り付いてしまったのだ。硬直して
立ち尽くしている健を自分への従順さと勘違いしたイェーツ所長は、ますますきつく抱き
しめ、大胆にも舌を健の口腔へと侵入させてくる。
 そうなってからようやく、健は最初の衝撃から立ち直り、逃れようと試み始めた。
「ほらほら・・・動くんじゃない。黙ってじっとしていれば、悪いようにはせん。私は、
時には、とても紳士的な男なのだよ。」
イェーツ所長の興奮した息遣いが耳もとにかかり、健はぞーっと鳥肌がたった。イェーツ
の唇はそのままゆっくりと健の首筋へと移動する。
「この肌!素晴らしい。まるで吸い付くようではないか・・・。」
健の頭の中は真っ白になっていた。
"どうする?どうする?どうする?"
まさか、こんなことになろうとは!高く飛ぶことや、素早く動くこと、格闘技や射撃
術・・必要と思われることは何でも訓練してきたつもりだった。だが、こんな亊に対処す
る方法については南部博士は何一つ教えてはくれなかった。
"大鷲の健よ、頭を働かせろ!なんとかうまくこの場を切り抜けるんだ"
健は抱きすくめられたまま、パニック気味の頭を必死で働かせる。
"囚われの兵士の所までやっと辿り着いたんだ。なんとしても彼を助け出さなければなら
ない。"
"だからといって俺がこんな男に身をまかせなければならないのか?冗談じゃ無い、我慢
できるか!"
"ちきしょう!しかし他に方法が無いとしたらどうだ?・・ほんの少しの我慢で、それで、
アメリス軍の兵士を助けられるとしたら・・・?"
そこまで考えたとき、健のジーンズの中にイェーツの手が伸ばされた。イェーツは興奮
のうめき声を上げ、情欲をたぎらせつつ手を動かし始める。次の瞬間・・・・
ドサッ
砂袋が叩き付けられたような音が室内に響いた。所長のお楽しみを邪魔しないようにと
後ろを向いていた護衛の兵士達が、ギョッとして振り返る。
健はイェーツ所長を一瞬のうちに身体から引き剥がし、必殺の気合いと共に投げ飛ばし
いた。所長は磨き抜かれた胡桃材のデスクの上をすべって書類を吹き飛ばした後、無様
な格好で背中から床に落ちる。
「所長!」
「イェーツ所長ッ、大丈夫ですか!」
数人の兵士が大慌てでイェーツを助け起こしにかかり、左右の兵士は健にマシンガンを突
き付ける。
"しまったー"
健は自分の行為に蒼ざめた。寸前までアメリス軍兵士の為に耐え忍ぼうと決意を固めてい
たのだが、イェーツ所長が下半身へと手を伸ばしてきた瞬間、いままで積んできた訓練が
健を裏切って、身体が勝手にイェーツを投げ飛ばしてしまったのだ。
 むっくりと起き上がったイェーツは、怒りのあまり首筋まで真っ赤にしている。
「誰かッ!アレをよこせ!このひよっ子に思い知らせてやる!」
イェーツはヒステリックに叫んだ。部下は慌てて壁に掛けてあるムチを取り外し、イェー
ツに手渡す。イェーツはムチをグッとつかんでしなり具合を確かめた。


Continued to > Unsung Hero - part 2-

 


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