Unsung Hero
- part 2-

by アリー



 - part 1-あらすじ


共に戦っていたアメリス軍特殊空挺部隊の人間がギャラクターの捕虜になったことを知っ
た健は、博士の制止もきかず単身ギャラクターに潜入しようと決意する。その行き先とは
泣く子も黙るギャラクターの軍刑務所であった。あと少しで潜入成功というところで、ム
チ愛好家の所長に眼をつけられた健は、ひとり所長室に呼びつけられたのだが・・・・。


(13)

「この青二才が!お前は自分の立場というものをわかっていないようだな。」
健を睨み付ける薄茶色の瞳には激しい怒りがたたえられている。
「この囚人を縛り付けろ。」
控えていた兵士達が駆け寄り、健を両脇から抱えて壁際に引き摺ってゆく。そして、両手
首を壁に取り付けてある鉄の環に固定した。健が肩ごしに振り返ると、イェーツはまるで
準備運動をするかのように鞭で床をぴしゃり、ぴゃりと叩いているところだった。健と眼
が合うとニヤリと笑って、反動をつけるために大きく腕を後ろに廻す。健は背中の筋肉を
グッと引き締めて衝撃を待った。
ビシッ
焼け付くような痛みが背中にはしる。
「私に逆らう者は・・・」
ビシッ
「ここでは生きていけないという事を・・・」
ビシッ
「思い知れ。」
繰り返し鞭が振り降ろされ、激しい痛みに思わずうめき声が漏れる。
イェーツ所長は健の苦しむ姿に興奮を覚えるらしく、ますます張り切って鞭を振るう。
「イェーツ所長、その男はだいぶ弱っているようです。そろそろお止めにならない
と・・・・・。」
その時、兵士のうちの一人が遠慮がちに言葉をかけてきた。
部下の言葉に、イェーツ所長は途中まで振り上げかけていた鞭を下ろした。部下は健を指
し示して言葉を続ける。
「いくら民間人とはいえ、殺してしまうのはいかがかなものでございましょう。この半年
だけで、拷問によって既に15名も死者がでております。つい先日も、本部から死亡率
の高さに対して問い合わせも受けたばかりでありまして、ここでまた死人がでますと、お
立場的にも非常にまずい事になると・・・・。」
兵士の言葉にイェーツは渋面をつくった。
「あぁ・・・・、ううっ。」
健は、ここぞとばかりにうめき声を上げ、手枷に体重をあずけて気を失った振りをした。
 ぐったりと壁にしなだれかかった健の姿はイェーツ所長の心に強力にアピールしたよう
である。イェーツは鞭の柄の部分を健の顎に当ててグイッと顔を持ち上げた。そして、眼
を閉じて苦悶の表情を浮かべている健に見入る。
「確かに、殺してしまっては元も子も無いな。・・・ううむ。ようやく興が乗ってきたと
ころだが、仕方あるまい。おい、こいつを壁からはずせ!」
イェーツ所長は残念そうに言うと、鞭を机の上に投げ出し、手渡されたタオルで汗を拭い
た。
「イェーツ所長!」
その時、ノックの音がして、副所長が慌ただしく入って来た。
「ええい、うるさい!今度は何だと言うのだ!」
イェーツ所長は苛ついた声で怒鳴りつけた。
「所長の御指示通り囚人達を探っておりましたところ、大変な事が判明しました。!」
「何だと?」
「暴動の恐れがあります。」
所長は顔色を変える。
「報告しろ。」
 近頃、アルバトロスの囚人達の間に不穏な空気が漂っていた。看守に対しての反抗的な
態度やサボタージュが明らかに増えてきているのである。それは、もちろん、イェーツの
行き過ぎた懲罰や気まぐれな暴行が原因なのだが、もちろんイェーツは自らの姿勢を正す
気など、さらさらなかった。
 だが、なにがあっても暴動は未然に防がなければならない。もしも暴動を起こされ、そ
れが本部に伝わりでもしたら、既に本部から目をつけられているイェーツにとっては、致
命的な失点となるだろう。権力の階段から転がり落ち、どこか辺境の基地か、あるいは最
前線に飛ばされてしまうに違いない。
 イェーツは恐ろしい想像に身を震わせた。なんとしても、それだけは避けなければなら
ない。
「よし、話せ。」
「はいっ。囚人どもの首謀者を突き止めました。」
「よし、でかしたぞ。一体誰なのだ?」
「あのバイソンです、所長。奴が囚人どもの首謀者です。囚人どもを集めて抵抗組織を作
り、また、ひそかに手を廻して所長の失点となるような事件に関しての証拠を集めている
ようです。」
「やはりバイソンの奴だったか!ワシの失点となる事というと、例の看守や囚人の死亡率
が異様に高いという件か?」
「はい。もちろん、それもですが、その他にも、この刑務所の経理面で二重帳簿のことな
ども嗅ぎ付けているようでして。」
イェーツ所長の顔色はみるみるうちに青ざめた。
「奴め、なかなか頭が廻る。これは大変危険な事態だ。おい、そこの兵士!」
イェーツ所長は隣に立っている兵士に声をかける。
「すぐに幹部に連絡を取って会議室に召集しろ。これから、対策を練らなければならない。
・・・それから床にひっくり返っている、この目障りなこの囚人を、さっさと監房へ連れ
て行け!」
「はいっ。」
突然、健は両側から腕を捕まれ、乱暴に身体を引きずられはじめた。どうやら監房に連れ
て行かれるらしい。途中、冷汗ものの場面はあったものの、どうやら無事潜入に成功した
ようだ。おまけに思いがけない情報を手に入れることもできた。背中の傷は痛んだが、そ
の代償を払うだけのことはあったのだ。
"暴動の気配か、ふふ・・・・・これは面白くなってきた"
健は兵士から見えないようにして、ほんの少し唇の端を上げてほくそ笑んだ。


(14)

「作業終了!10分間の休憩だ。」
 監視役の兵士の号令に作業の手を止めたジャック・ヴァイアンは、建物のつくるわずか
な日陰に腰を下ろした。朝から強制労働へかり出され、身体はもうクタクタだった。ジャ
ックがアルバトロス軍刑務所に収容されから二週間が経つ。敵軍の捕虜としての厳しい待
遇と囚人としての強制労働により、肉体的にも精神的にも限界に近づいていた。
 だが、このアルバトロス軍刑務所の中で、ギリギリの状態にあるのは自分一人なのかと
いえば、必ずしもそうではなかった。ここでは、囚人であれ、兵士であれ、全員が精神的
に追い詰められた状態にあった。その原因はイェーツ所長の性癖にある。
 ジャックは眼を閉じて今朝の出来事を振り返った。点呼の直後、囚人達が中庭に集めら
れ、公開鞭打ちの刑が執行されたのだ。驚いたことに、哀れな犠牲者は看守であり、なん
でも支給されていたマシンガンのマガジンを紛失したのがその理由ということであった。
 イェーツ所長にとって身内ともいえる兵士でさえも、この有り様である。ましてや囚人
達の命など、虫けらほどにも考えていないだろう。
 ここアルバトロス軍刑務所は二重の意味で隔絶された場所である。世界の支配を目指す
武装集団であるギャラクターの中の、更にそこからも隔絶された軍刑務所。その頂点に立
つ支配者がイェーツ所長で、イェーツの機嫌ひとつで罪が上乗せされ、懲罰を喰う。刑務
所の中は、常に異様な緊張に満ちていた。
 今までのところ、ジャックはベテラン空挺部隊員として鍛えられた強靱な肉体とワイヤ
ーロープ並に図太い神経によってどうにか生き延びていたが、この先どうなるかと思うと、
底知れぬ不安を感じる。
 ジャックは顎の汗を手で拭った。ギラギラとした夏の太陽がまばゆいばかりに照りつけ、
地面からは陽炎が立ち上っている。ここは故国よりも陽射しが強く湿気が多い。ジャック
はアメリスの爽やかな夏を懐かしく思い出した。今頃、部隊の仲間達は何をしているのだ
ろうか?いつもみたいに兵舎でシャワーを浴び、無駄口を叩き、食堂でメシを掻き込んで
いるのだろうか。
 看守達からふるわれる暴力が辛いのはもちろんのことだが、捕虜となって身に沁みて辛
いのは、"最果ての地で誰にも知られることなく朽ちていく"という恐怖だった。月日が過
ぎゆくままに自分はだんだん人の口にのぼることもなくなり、アルバムを開けた時に思い
出される挿話の一つに成り果てるのだろう。そう考えると、情けなさに涙が滲みそうにな
った。
 ジャック・ヴァイアンは涙がこぼれないようにぐっと真夏の空を睨み付けた。
"あの信号弾に誰かが気がついてくれれば・・・・"
 それが、現在のヴァイアンを支えるただ一つの希望だった。戦友マクビーが死の間際に
打ち上げた、あの信号弾である。ヘリに乗っていた誰かがあれに気付いてくれてさえいれ
ば、きっと救出に来てくれる。撤退中の混乱のなかで、その可能性が非常に低いであろう
ことはよくわかっていた。だが、それだけが、いまのジャックにとっての支えであった。
 その時、一匹の白い蝶がヒラヒラと飛んできて、ジャックの足元にある水たまりに舞い
降りた。かすかに羽を動かしながらじっと止まっている。ジャックは息を飲んで、その
真っ白な蝶を見つめた。こいつはなんて美しく、優雅で、そして自由なんだろう。ジャッ
クは一匹の蝶の姿に心を奪われ、同時に嫉妬した。羽があったらこんな収容所から飛び立
って自由の世界へと戻れるだろうに・・・。
 その時、兵士が扉から顔を出し、ジャックに呼び掛けた。
「おい、ちょっとこい。アメリス野郎、お前に相棒ができたぞ。」

 "こいつは今日からお前と同室になる男だから、監房へ連れて行ってやれ。お前と同じ
外部の人間だからせいぜい面倒を見てやるこったな。"
兵士はそれだけ言うと、茫然としているジャックに具合の悪そうな青年を押し付け、忙
しげに去っていった。
 驚いたことに、それは20歳そこそこの民間人の青年であった。赤いTシャツにジー
ンズを身につけている。支えていないとフラフラとよろけてしまいそうだ。ジャックが
肩を貸すと、小さな声で礼をいい、素直にしたがった。
「イェーツの奴の鞭の洗礼を受けたのか?」
青年は下を向いたまま、黙ってうなずいた。ひょっとすると、それ以上のこともあった
のかも知れない。青年の寡黙な態度からジャックはそう推測し、ひそかに同情した。そ
う思って見ると、青年の整った顔立ちは、いかにもイェーツ好みである。
 であるから、監房に入って、その男を二段ベットの下段に腰掛けさせた時に、ジャッ
クはこんな風に言葉をかけてしまった。
「ショックだったろうが、乗り越えなけりゃここじゃ生きていけないぜ。世の中でこう
いう目にあったのはお前が初めてじゃないんだし、妊娠するわけじゃないんだからな。」
だが、その思い遣りの言葉に対する青年の反応は、まったく予想に反したものだった。
「アッハッハッハッ・・・」
青年は目を丸くした後、ベットの上に転がって腹を抱え大笑いをしている。
「ハッハッハ・・・確かに、俺は妊娠などしないさ。ハッハッハ・・ご心配ありがとう。
具合悪そうにしたいたのは演技なんですよ。こんな若造があんまりケロッとしていちゃ、
やっぱり変でしょう?ああ、そして、安心して下さい。俺は無事ですから!」
健はひとしきり無邪気に笑い転げてから、あっけにとられるジャックにむかって手を差
し出した。
「はじめまして、マクビー中尉ですか?それともヴァイアン大尉かな?俺の名は健。あな
たを救出に来たんです。」
その言葉は百戦錬磨のジャック・ヴァイアンを絶句させるのに充分だった。唾を飲み込み、
しばらく呼吸を整えてからようやく口を開いた。
「俺を助けに来てくれたのか・・・・・。信じられない。こんな所にまで・・・ありがと
う、本当にありがとう。」
がっちりと健の手を握りしめた。
「俺はアメリス軍第六空挺部隊のジャック・ヴァイアン大尉だ。その若さじゃ、俺達の部
隊じゃないな。一体どこの者なんだ?」
健は少し口籠ってから答えた。
「ISOの関係者です。」
「ISO?」
喜びに輝いていた顔が急速に表情を変える。
「どういうことだ?なんでアメリス軍からではなく、ISOから救出部隊が派遣されるん
だ?」
「それは・・・つまり・・・アメリス軍は、いろいろな事情ですぐには動けないらしいと
いうことで・・・。」
ジャックの頬がピクリと動いた。眼に険しさが浮ぶ。


(15)

「なんだと?ハッ、俺達は命がけで戦ったというのに、アメリス軍は腰が引けてしまって
兵士一人救出に来る事もできないのか!」
ジャックはそう言って壁をドンと叩いた。
「コラッ、何を騒いでいるんだ!」
看守が扉についている鉄格子のついた小窓から怒鳴りつける。
「静かにしろ。でないと、二人とも独房入りだぞ。」
ジャックと健は黙ったままにらみ合っている。看守はチェッと舌打ちし、扉の鍵がしっか
りとかかっているかどうか確かめると、さっさと控室へと歩き去った。
 看守の足音が遠ざかると、健が口を開いた。
「救出に来たのがどこの組織の者かなんて、どうでもいいじゃないか。それが、そんなに
気に障るものなのか?」
ジャックはカッとしやすい性格らしく、きつい口調で反論する。
「大いに気に障るね。考えてみろ、自軍から見捨てられたということなんだぞ。最後の最
後まで、我がアメリス軍を信じていた戦友の亊を考えたら、これが怒らずににいられるか
っていうんだ!」
「戦友・・・それは、もう一人の行方不明者であるピート・マクビー中尉のことなんです
か?」
ジャックはうなずいた。
「そう、だがピートはMIA(missing in action 行方不明者)じゃない。KIA( killed
in action 戦闘中死亡)だ。」
ジャックはその時の光景を思い出し、遣る瀬無さそうに首を振った。
「ピートは、救助要請の信号弾を打ち上げようとして立ち上がった時に流れ弾に当たって
死んだ。あいつとは同期入隊で、ずっと肩を並べて戦場を駆け回っていたんだ。」
健は撤退行動中に見た、砂塵の向こう側の閃光を思い出した。あの時、閃光の下で、一人
の兵士が死んでいったのだ。健は床に視線を落とし、ぼそりと呟いた。
「マクビー中尉のこと、残念です。」
「ああ。」
沈黙がその場を支配した。そして、ジャックはその話題は止そうというように手を振り、
ベットにドサッと横たわった。
「しかし、君は、命令とはいえ、アメリス軍ですら二の足を踏んだギャラクターの監獄
に単身潜入してきたのか、大した度胸だ。ぜひ、その勇者の御尊名を教えてくれ。」
「健といいます。ヴァイアン大尉。」
「俺のことはジャック、と呼んでくれ・・・。では、ISOのやつらのお手並みを拝見す
るとしようか。健、ISOの指揮官はどんな作戦を君にさずけたのか?」
「"ISOのやつら"・・・か。」
ジャックの言葉にはISOへの対抗意識がいちいち感じられる。
「なんだか刺のある言い方だな。ジャック、君は"ISO"という組織が嫌いなんだろ。違う
か?」
ISOの頂点に立つ南部博士を師と仰いで生きてきた健としては、ISOは身内のようなもの
で、その存在に対抗意識丸出しのジャックの物言いはどうも引っ掛かる。
「好きか、嫌いかと言われれば、はっきり言って"嫌い"だな。」
そういいながら、ベットの上でうーんと伸びをした。
「なぜだ?」
ジャックは、ぎょろりとした目で健を見上げた。
「傲慢だから。」
わざわざ救助に来た相手に対して"傲慢"呼ばわりはあるまい。ジャックの子供っぽい対抗
意識に、健は噴きだした。
 身体を二つ折りにして笑う健の様子を見て、さすがにジャックも自分の言葉の可笑しさ
に気がついたのだろう、一緒になって笑い出した。
「悪かった。さすがに言いすぎたな。」
叱られたイタズラっ子のような表情で頭を掻いた。
「まあ、聞いてくれ。今回の事だって、内実は、アメリス軍の尻拭いを押し付けられたっ
てことなんだろう?でも、それが世間的には、ISOは世界平和と人類愛につき動かされて
救助の手を差し伸べたって発表されるわけだ。そんな事本気で考えている奴なんている
か?いるわけないだろ!そういう手垢のついた事をしゃあしゃあと語るところが俺は大嫌
いなんだ。」
健の脳裏には、眼鏡を掛け口ひげを蓄えた、ある人物の顔が思い浮んだ。他の者はどうで
あれ、あの人だけは本気で"それ"だけを考えて人生を送っているに違い無い。
「今まで俺はそういう見方で作戦を考えた亊は無かったなぁ。任務は任務。それしか考え
ない。」
「そりゃ、そちらは天下のISO。エリートだからさ。ま、気にするな、単なる負け犬の遠
吠えと思って聞き流してくれ。ところで、本題に戻ろう。作戦を聞かせてくれ。ISOはど
んな作戦を立てたんだ?どういう規模でどんな手筈になっているのか?もしかしたら、
あの科学忍者隊が来てくれるのか?」
健の顔に、笑顔とも困惑ともつかぬ表情が浮んだ。
「ジャック、実を言うと、今回は君が想像しているような作戦ではないんだ。」
「どういうことだ?」
「つまり、その、大がかりな軍隊のバックアップは無し、それから作戦参謀や指揮者も無
し。君が考えているよりも、ずっと規模が小さい作戦なんだ。」
ジャックの眉間にシワが寄った。顔に疑問符が浮んでいる。
「俺はまだるっこしい言い方が嫌いなんだよ。頼むからズバリ言ってくれ。今回の作戦に
直接関わっている人数を言ってみろ!」
健はジャックの怒鳴り声を肩をすくめるようにして聞いていたが、おもむろにゆっくり自
分の胸を指さし、その後、ジャックの胸を指さしてから言った。
「二人。」
ジャックの顔は再び怒りの為に赤く染まった。


(16)

「どういうことだっ。お前ンところのISOは、一体何を考えている!俺と、このお人好し
の若造の二人きりで、どうやってここから脱出しろっていうんだっ!」
ジャックは、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだろう、憤怒の叫びを上げた。
「シーッ!頼むから落ち着いて聞いてくれよ。ジャック。はじめからキチンと説明す
る。」
健はかっかとしているジャックを必死でなだめる。
「アメリス軍やISOにとって今回の件は非常に面倒な状況になっているんだ。ジャック、
事の始まりはアメリス軍の作戦行動だったということを思い出してくれ。アメリス国が
ISOに抜け駆けしてアインシュタン国で作戦行動を取った。偶然、そこに科学忍者隊が加
わったが、作戦自体は、結局失敗に終わり、アメリス国は面目が丸つぶれになってしまっ
た。当然、軍としてはこの作戦を大っぴらにしたくないし、できることなら無かった事に
したいだろうな。だから、救出活動に対してもいまいち反応が鈍い。一方、ISOとしても
どうやら行方不明者がいるらしいという程度の情報しか把握してない上に、アメリス国か
らの救援依頼も無いときては、動きようがない。これが目下の状況さ。要するにジャック
は二つの巨大な組織同士の軋轢に割りを食っているんだ。」
「そうか・・・。そういう事だったのか。」
ただ、じっと一点を見つめて考え込んでいる。やがて、低い声で話し始めた。
「それじゃ、お前はISOの命令で潜入したわけじゃないんだな。では、なぜ、ここへ?」
「俺はISOでの任務の配置上、君のことを知る立場にあった。と、同時に双方の組織がす
ぐに動きそうもないということもわかっていた。」
「それで?たったそれだけのことで、こんな酷い場所に潜入する決心をしたのか?」
健はためらいも無く、生真面目にうなずいた。
「あの時、信号弾の閃光を見た。」
「なんだって?」
ジャックの反応に、健はあわてて言葉を継いだ。ここで自分の正体を辿らせるような情報
を与える訳にはいかない。
「見た・・・という兵士から話を聞いたんだ。信号弾があがったんだから、誰かがあそこ
に取り残されているはずだってね。だから、俺は来た。」
「それじゃ、お前は任務でもなんでもなく、お前の気持ち一つで今、ここに居るってこと
か・・・・。くそっ・・・。」
ジャックはあわてて顔をそらした。感情の量の豊かな男なのだろう。必死に目をしばたい
ている。健は可笑しくなった。
「なんだ、泣いているのか?」
「うるせえ、第六空挺部隊のジャック・ヴァイアンが泣く訳ないだろ!眼にゴミが入った
んだよ。」
眼をゴシゴシと擦った後、ジャックは暗い声でつぶやいた。
「どう考えても、二人きりでは到底ここから脱出するのは無理だろう。俺達は残念ながら
ここに骨を埋めることになりそうだ。俺はいい。長い間軍人をやって覚悟はできている。
だが、お前みたいな将来ある若者をこんな酷い場所で終わらせるのがたまらないな。」
それがせつないほど残念だ、とジャックは繰り返し言い、そして大きなため息をついた。
「おいおい、ジャック!あんたは泣く子も黙るアメリス軍特殊空挺部隊の兵士なんだろ?
戦わずしてあっさりと諦めてしまうのかい?なぜ、そう簡単に諦める?俺はここをあんた
と二人で脱出するために来たんだぜ。」
ジャックのがっかりとした様子とは好対照に、健は落ち着き払い、自信に満ちていた。
「フン、なかなか大きな口を叩くじゃあないか、ISOの坊や。ここはな、3000人もの
囚人が厳しく管理されている軍刑務所なんだぜ。たった二人で脱獄なんてできるもんか。」
「じゃあ、試してみたかい?」
ジャックはぐっと言葉に詰まる。
「今まで誰もここから逃げ出した奴はいないんだろ。それが狙い目だと思わないか?あい
つら、俺達が脱獄を企てているだなんて夢にも思っていないはずさ。今のところ所長も看
守も囚人をいじめることに夢中になっいて、脱走防止の点に関しては、全然なっちゃない
んだぜ。」
ジャックは頭の中でゆっくりと健の言葉を咀嚼してみる。この明るい笑顔を持った若者の
言うことは、突飛なようで、的をきちんと射ていた。
「確かに・・・そうかもしれん。だが、それにしても難しいぞ。刑務所を囲むのは高さ
10メートルもの高い塀だ。どうやって乗り越えるっていうんだ。」
「ひとっ飛びに越えるってのは?」
健の瞳が不敵にもキラリと光った。健の姿が、先程中庭で見た美しい白い蝶のイメージと
重なり、ジャックは内心ドキッとした。この不思議な青年は焦りを知らず絶望を知らず、
まるで、あの蝶のごとく自由で美しい。
 あっけに取られているジャックの様子を見て健は"ふふっ"と短く笑った後、真顔で言
った。
「冗談だよ、ヴァイアン大尉。ちゃんと方法を考えるさ。どうだい、やるのかい?やらな
いのかい?」
ここまで言われて引っ込むジャック・ヴァイアンではない。
「お前は坊やのように可愛い顔をしているくせに、たいした度胸だぜ。」
そう言ってキッと健を睨み返す。
「だがな、俺も負けないぜ。やるさ、やってやるさ。第六空挺部隊のジャック・ヴァイア
ンが、臆病風にとりつかれ尻込みしたなんてISOの奴等に噂されちゃたまらねぇ。」
ジャックは傲然と顔を上げ、威勢よく啖呵をきってみせた。
「そうそう、その意気さ。そうと決まったら、休もうぜ。体力温存も作戦の内だ。今日は
色々あって俺も疲れた。」
そう言って健は二段ベットの上段にフワリと飛び乗ったが、横になろうとして小さな悲鳴
をあげた。
「いたたた・・・。」
ジャックが立ち上がって覗き込むと、健はベットの上で体を丸めて痛みに耐えている。
「どうした?坊主。」
「すっかり忘れてた。俺、背中に傷があったんだ。」
「ああ、やっぱり所長のムチの洗礼を受けていたのか。」
健は唇を噛み締めて、こくりとうなずく。
「こんな坊やにも情け容赦なしとは、あいつも酷い奴だよなぁ。」
ジャックが子供にするように健の頭を撫でると、健は怒ったように言い返した。
「ジャック!あんたがISOを嫌いでも、なんでもいい。だが、俺のことを坊や呼ばわりす
るのはやめろ!」
ジャックは健の意外な剣幕にちょっと驚いたようだったが、呵呵と笑いだした。
「いくらお前がISOのエリートだろうと、歳月だけは俺には勝てない。こればっかりは仕
方ないな。」
「ちぇっ、そのうち俺が坊やなんかじゃないことを、よーく見せてやるぜ。」
健は傷の具合を見ようとしたジャックの手を撥ね付け、頭まで毛布を被った。
ジャックはため息をつくと、ベットの下段に寝転がった。扉の鉄格子から非常灯の明かり
がぼんやりと漏れてくる。
"こんな子供に運命を賭けるとは、俺もとうとうヤキが廻ったか"
ジャックはそう考えながら目を閉じた。


(17)

 廊下の蛍光灯がチラチラと瞬き、明かりがついた。壁を伝わって囚人達の物音や話声が
伝わってくる。朝だ・・・・。健は跳ね起きた。
「点呼だ。早く降りて来いよ。」
二段ベットの上から見下ろすと、ジャックは既に監房の扉の前に立っていた。健はあわて
てベットから飛び下り、ジャックの隣に並ぶ。
「良く眠れたようだな。大した度胸だ。」
ジャックの感心とも皮肉ともつかない言葉に健は苦笑した。確かにギャラクターの地獄の
刑務所の初日に点呼直前までぐっすりと寝入っていれば、そう言われても仕方がない。
 廊下の奥から複数の看守の足音が近づいてくる。これから朝の一斉点呼を行なわれるの
だ。ジャックの説明によると点呼は朝、晩の二回、看守によって行なわれる。もし、一人
でも欠けている者がいたとしたらサイレンが鳴らされ、看守総動員で刑務所内の大捜索が
行なわれる。
 健達の監房の前にやってきた看守は、鉄格子のはまった小窓から中を覗き込み、直立不
動で立っている健とジャックを確認すると次の房へと足早に去っていった。そして数分後、
短いベルの音が響いて扉のロックが解除された。
「いいか、健。監房の外では俺の側を離れないように気をつけるんだぞ。」
健は、ジャックのこの短い言葉に込められている意味を理解し、黙ってうなずいた。要す
るにそれは、囚人どもの色の餌食にならないように気をつけろという意味である。
 不本意ながら、健は自分の容姿がなぜか他の男達を惹き付けてやまないということを良
く知っていた。その事に関して、実生活では不埒な輩に対する徹底的な無視と、拳による
実力行使によって解決してきたが、ここではまた話が違ってくる。脱獄を成功させる為に
は、看守どもから眼をつけられそうなトラブルは、どんな小さな事でも避けなければなら
ない。その点、空挺部隊の猛者であるジャックにピッタリとくっついていれば、女ッ気無
しで欲求不満に陥っている男どもを牽制することができるだろう。
 ジャックと健が廊下に出ると、既にギャラクターの囚人達でごった返していた。どいつ
もこいつも一癖ありそうな面構えである。私服姿の健とジャックに眼をとめると、"外か
ら来た奴等だぜ"とでもいう様にお互いに目配せしている。
「気にするな。どうせ奴等は手を出せっこない。トラブルがあれば所長のムチが待ってい
るからな。せいぜい夢想の中でオカズにされるぐらいが関の山さ。ギャラクターが怖い
か?」
ジャックはそう言いながら健の顔をそっと観察した。このような環境に、順応できるのか
と心配したのである。ところが、健はごくリラックスした笑みを浮かべている。
「あんたは俺がビビってしまうのを期待しているんだろ。ふふふ、お生憎様だな。そうだ、
夕べチラッと言っていたけど、3000人もの囚人が収容されているそうだって?」
「ああ、命令違反、物資の横流し、窃盗、暴力事件、エトセトラ、エトセトラ。まぁ、各
地のギャラクター基地から送られてきた、ゴクツブシの中のそのまたゴクツブシ野郎たち
の集団ってわけだ。」
痩せている男、太っている男、抜け目なさそうな男、間抜けそうな男。水色の囚人服を身
につけた雑多な男達の集団がぞろぞろと廊下を歩いて棟の外へと歩いてゆく。ジャックと
健はその流れについて歩いていった。これから囚人達に科せられた強制労働が待っている
のである。
 健は興味深そうに周囲を見ながら歩いていたが、ふと質問を洩らした。
「どうして俺達には、ああいう囚人服を着せないんだろう?」
ジャックはふふんと鼻で笑った。
「ゴクツブシ野郎とウジ虫野郎は分けなきゃならないって思っているんだろうよ。
・・・・というのは冗談で、俺達が他所者だと一目でわかるようにして、どんな些細な理
由でも厳しく懲罰を加えられるようにする為なのさ。」
「ちぇっ、抜け目ないやり方だぜ。」
「まあな。やつらはそういう事に関しちゃ、えらく気配りがいい。」
健はジャックの返答に顔をしかめてみせたが、そのお陰で、ここに着いてすぐにジャック
を見つけだすことができたのだ。僥倖とはどこに転がっているかわからないものである。
 囚人達は作業用の建物の中へ列を作ったまま入っていった。内部は非常に広く、天井ま
で届くような大型プレス機械が何台も据え付けてあった。それがガシャンガシャンと大き
な音をたてながら鉄板を成型している。そして、そこへひっきりなしに運搬用のコンテナ
が横付けされては、その成型された部品を次の作業工程の場所へと運びだしていた。
 ギャラクターの看守が名簿片手に簡単な点呼を行なった後、すぐに作業が開始された。
ジャックは健を作業台へと連れてゆき、丁寧にやり方を説明する。
「このラインから流れてきた部品を検査するのが俺達の役目だ。不良品はあの箱へ、そう
でないものはこっちの台車へと入れればいいんだ。」
健は肩をすくめた。
「俺達、まともに働くのかい?」
ジャックは首を振り、声をひそめて付け加えた。
「もちろん、真面目にやる必要はない。が、さぼっているとみなされると鞭打ちの対象
になるぞ。ウソでもいいから忙しそうにしていろ。」
「やれやれ・・。」
ジャックに言われて健は金属の部品を取り上げ、ひと渡り見回した後に台車のカゴへと放
り込みはじめた。
「なあ、ジャック。バイソンって男を知っているか?」
監視係りの兵士が通り過ぎるのを見計らって健が尋ねた。
「バイソン?」
ジャックは健の言葉に軽い驚きを示したが、室内を探すように視線を走らせた後、製品が
積み上げられたコンテナをフォークリフトでトラックに積んでいる男を指差した。
その男は、バイソンー野牛ーという渾名どおり首から肩にかけて筋肉が隆々ともりあがり、
格闘家のような体つきをしている。
「あいつだ。あのでかい男。奴はここに収容されている囚人達のボスだ。所長のイェーツ
でさえ奴には一目も二目も置いている。お前、どうして奴の事を知っているんだ?」
「・・・ちょっと、ね。」
健はじっとその男を見つめた。


(18)

「どこでどんな風にバイソンのことを聞いてきたか知らないが、あいつに近づくのは難し
いぞ。」
ジャックが顎をしゃくって示した。
「バイソンの周囲をよく見てみな。ヤツの用心棒がウロウロしている。」
ヴァイアンの言う通り、ガラの悪そうな男が四、五人、バイソンの周囲を取り巻いている。
「バイソンは、非ギャラクターに対して半端じゃない憎しみを抱いているんだ。健、自分
の格好をよく見てみろよ。」
健は自分の姿を見下ろしてみた。赤いTシャツにジーンズ。手首にブレスレットこそつけ
ていないものの、それ以外は定番のスタイルである。外の世界であれば、今どきの若者の
服装として容易に街に溶け込むことができる。だが、刑務所内ではそれがあだとなり、水
色の囚人服の群れの中では完全に浮きあがっていた。
「わかったか。バイソンに近づくどころか、その格好を見ただけで用心棒たちにぶん殴ら
れ、追っ払われるのが関の山さ。」
「ふーん、なるほどな。」
健は考え込みながら作業机に座った。だが、さほど気落ちした様子もなく、目の前の部品
をカゴに振り分けてゆく作業に戻った。
 作業は昼飯をはさんで陽が傾くまで続き、単純作業に飽きた健が欠伸を噛み殺しきれな
くなった時、ようやく作業終了のベルが鳴った。
 作業所内の囚人達は立ち上がり、列を作ってゾロゾロと部屋の外へと出て行く。健とジ
ャックも後へと続いた。だが、健の予想に反して列は監房とは別方向へと向かっている。
「あれっ?監房はこっちじゃないか。皆、どこへ向かっているんだ?」
「シャワー室さ。これから二日に一度のシャワーの時間なんだ。そうは言っても、ゆった
りと浴びている時間なんてないぞ。ここにいる全員が一時間で浴び終わることになってい
るんだ。もたもたしていると浴び損ねる。」
「オーケー、わかった。」
健はため息をつく。規則でがんじがらめの生活に早くもうんざりしているのだろう。
そんな健の様子を見たジャックがニヤッと笑うと、健は慌てて姿勢を正した。
「言っておくけど、俺は、別にくたびれたわけじゃないぞ!」
「もちろんそうだろうさ。ISOのエリート君。」
「なら、ニヤニヤ笑うのは止せ。」
「俺は笑っていたか?それは失礼。」
健は不機嫌そうにそっぽを向いた。ジャックのISOに抱く対抗心は相当のものだ。この鼻
っ柱の強そうな大尉を自分の起てた作戦に従わせるには、納得するだけの実力を見せつけ
なければなるまい。
 行列はゾロゾロと階段を降り、"シャワー室"と書かれた入り口へと吸い込まれていった。
入り口近くは脱衣所となっていて、衣服を入れておく棚が並んでいるのだが、そこは既に
裸になった囚人たちでごった返している。シャワー室はその奥にあるらしく、湯気と石鹸
の匂いが漂っていた。
 ジャックは大勢の囚人たちをかき分け、ようやく脱衣所の端のほうに二人分の棚を確保
した。そして、健を呼び寄せようと振り返った時、健は、押し合いへし合いしている囚人
達の向こうへと体を滑り込ませようとしていた。
「おい、健!どこへ行く?」
「一時間後に監房へ戻ればいいんだろ。ちょっと行ってくる。看守から何か聞かれたら、
ちゃんと誤魔化しておいてくれよ!」
気軽にそう言い、ウインクをすると、健の赤いTシャツは囚人達の向こう側に紛れて消え
た。
「待てよっ、健・・・健!」
ジャックは茫然と健の後ろ姿を見送った。

 シャワー室は一度に大勢の囚人達がシャワーを浴びられるように、大層な数のシャワー
ブースが設置されていた。それでも、囚人の数からいって一人当りに許される時間は三分
少々といったところだろう。その為、全員がほとんど口も利かずに、大急ぎで身体を洗っ
ている。
 そんな中で、ただ一人ゆっくりとシャワーブースを占領している男がいた。ウェーブが
かった茶色の髪の毛に雄牛を思わせるいかつい体つきをしていて、普通の囚人には手には
いる由のないシェービングクリームをたっぷりと頬に塗り付け、鼻歌を歌いながら剃刀を
滑らせていた。だが、慌ただしい雰囲気の中で、悠然とシャワーを楽しんでいるその男に、
他の囚人達は文句を言うどころか、両脇のブースを使う者など男と目線をあわせることす
ら避けている様子である。
 その男、つまりアルバトロス刑務所の囚人達の元締めであるバイソンは、髭を当たり終
わり頭からシャワーを浴びてシェービングクリームを洗い流すと、側に控えているはずの
子分に向かって手を差し出した。手の上に、すかさずタオルがのせられる。ゆっくりと顔
を拭い、顔をあげると、目の前には彼の用心棒ではなく、ギリシャ彫刻のような見事な肉
体をもった見知らぬ青年が立っていた。
 初めは驚いたものの、バイソンはまるで品定めをするように青年の裸体を上から下まで
睨み廻し、それから合点がいったとでもいうようにニヤリと笑った。
 この軍刑務所に収監された囚人の中で、悲惨な刑務所暮らしを少しでもマシなものにす
るため自らの身体を売って後ろ楯を得ようとする連中がいる。それは、この青年のように
若く、そして必要以上に良い見栄えを持っている場合に多い。そういう若者にとって頼り
になる後ろ楯無くして、ルール無用で弱肉強食のアルバトロス刑務所の中で生きてゆくこ
とは不可能であるからだ。
「おい、お前誰だ?バイソンさんに勝手に近づくんじゃない。」
用心棒の男たちが健に気がつき、排除しようと近づいてきた。だが、バイソンは手を振っ
て、用心棒達を制止した。
「お前ら、ここは良いからあっちへ行ってろ。他の者も近付けさせるなよ。」
数人の用心棒は、それぞれ健をうさんくさそうな表情でひと睨みしてから、近くでシャワ
ーを浴びている囚人達をシャワーブースから追い出し、不平をいいながら脱衣所へと引き
上げていった。
 健とバイソンを残してシャワールームの一角は無人になり、バイソンの背後にあるシャ
ワーだけがザアザアと湯気をたてている。


(19)

「あんたが"バイソン"だろ。」
 間近で見ると、なるほど渾名どおり筋肉の固まりのような体格で、腕力で囚人達のトッ
プにのし上がってきたことを容易に想像させた。
「見ない顔だな。新入りか?」
グッと健を睨み付ける眼光は、さすがに迫力がある。
健はその問いに答えないままバイソンにゆっくりと歩み寄り、吐息がかかるほどの距離まで近
づいた。柔らかそうな唇を目の前にしてバイソンは思わず息を飲んだが、唇が重なるわず
か手前で健は立ち止まり、右手を伸ばすと降り注ぐままになっていたシャワーをキュッと
止めた。
「はじめまして・・・と言ったらいいのかな?バイソン。」
健はそう言うと、にっこりと笑った。
 バイソンは、今までの経験から容貌によって人を判断するのは愚かであるという事を知
っていた。重要なのは、力と頭脳と統率力であり、外見がどれほど美しかろうとそれによ
って心を動かされることはなかった。だが、目の前の若者は、アルバトロス刑務所の陰の
実力者であるバイソンと対峙し、臆するどころか屈託のない笑顔すら見せている。
 かつて、このアルバトロスの中に来た新入りの中でバイソンにこのような態度をとった
男は一人としていただろうか?バイソンは、青年の持つ並外れた美貌よりも、まず度胸に、
そして頭脳の明晰さを示す双眸の光に興味を持った。
「俺に何か用でもあるのか?」
「あんたはここの囚人達を牛耳っているんだろ?ご挨拶をしておこうと思ってね。」
「それはなかなか殊勝な心掛けだが、そんな事でこんな場所にノコノコやってくるはずは
ねえなぁ。狙いはなんだ、小僧?」
「察しがいいじゃないか、バイソン。実はぜひ伝えておきたい情報があるのさ。」
突然、バイソンは可笑しそうに笑い出した。
「"伝えておきたい情報"だって?何をカッコつけているんだ。シャワー室で、裸同士の男
がそんな堅い話する訳ないじゃないか。ああ?」
バイソンは健の腰に手を廻し、引き寄せた。
「どうだ?俺にお前の後ろ楯になれって頼みに来たんだろう?はっきり言ったらどう
だ?」
バイソンの唇がゆっくりと健の上に降りてくる。健は慌てた。
「待て、バイソン!ストップだ。本当に違う!落ち着けよ、お前を誘っているんじゃな
い。」
健は懸命に体をバイソンから引き剥がそうともがいた。
「落ち着くのは俺じゃない、お前だろう?どうした、覚悟が揺らいだのか?」
そう言いながらバイソンは健の身体に手を這わせる。抱き寄せられた腰に当たるなんとも
形容し難い感触にぞっとして、必死になって壁に向かって手を伸ばした。そして、とうと
う目指すシャワーのコックを見つけて全開にする。パイソンの頭の上に激しくシャワー
が降りかかった。
「頭を冷やせ!俺が言おうとしているのはそんな事じゃなく、イェーツ所長のことだ。」
「なんだって?」
バイソンはニヤケていた表情を引き締めた。
「お前達の暴動の計画は筒抜けになっているぜ。近いうちにお前と手下たちは捕らえられ
ることになる。ムチ愛好家の所長のことだ、その後どんな目に合うか想像つくだろう。」
「ヨタ話をいってんじゃねぇ!そんな話を誰から聞き込んだんだ!」
バイソンは健の喉元を押さえるとシャワー室のタイル製の壁に押し付けた。だが健はあい
かわらず自信に満ちた微笑みを浮かべたままバイソンを見上げている。バイソンは若造に
主導権を握られていることを感じ、神経を苛立たせた。
「誰に聞いたと思う?ふふっ、イェーツ本人がそう言っていたのさ。これほど確かな情報
源はないだろう?」
「嘘をいいやがって!イェーツがどうして新入りのお前にそんな話をする!」
「訳を知りたいか?なら、俺の背中を見てみろよ。」
バイソンは健の肩を掴みグイと身体をひっくり返した。胸側の染み一つない白い肌とは対
照的に背面には鞭による傷が縦横にはしっている。バイソンはそれを見て息を飲んだ。
「ひどいもんだろ。アルバトロスに来てすぐに受けたムチの傷跡さ。で、俺が痛みで朦朧
としているときに、あいつらは俺が聞いているとは知らずに、ベラベラと大事な相談事を
していたという訳さ。」
バイソンは唇を舐めた。
「俺に先手を打って暴動を起こせというのか?」
「あんたがそうするつもりなら、喜んで協力するぜ。」
「なぜ、俺を焚き付ける。」
「外に出たいのさ。あの所長にサデスティックに殺される前にね。」
バイソンは爪を噛んだ。。
「じゃぁな、バイソン。コトを起こす決心がついたら教えてくれ。」
健はバイソンを後に残したまま、くるりと身をひるがえした。
バイソンは顔を上げて、去り行く健に向かって叫ぶ。
「小僧、名前と何号室に収監されているか教えろ!」
健は脱衣所の棚からジーンズを取り出すと、手早く身につけている。バイソンはそれを見
て初めて健がギャラクターではないことに気がつき、驚きの表情を浮かべた。
「お・・・お前、ギャラクターじゃなかったのか!」
健はバイソンの驚きの表情を見てニヤッと笑った。
「名前は健。A棟のe-17号の監房にぶち込まれている。」
「ギャラクターである俺が、外の世界から紛れ込んだお前なんかの話に乗ると思っている
のか?」
バイソンは唸るように言ったが、健は黙って肩をすくめるとさっさとシャワー室を後にし
た。

 健が立ち去った後、シャワー室に戻ってきた取り巻き達が目にしたものは、いつも強気
なバイソンが珍しくもうつむいて考え込んでいる姿であった。


(20)

「遅い。」
ジャック・ヴァイアンは監房の中を往きつ戻りつしていた。
 あと数分で点呼のベルが鳴って扉が自動的に閉じられ、そのまま朝までロックされてし
まう。既に囚人達のほとんどが自らの監房へと戻り、入り口付近に立ったまま点呼の為に
待機をしている。
「・・・遅い!」
ジャックは再び呟いた。
 扉がロックされた後、看守は一つ一つの房を覗きながら人数を確認する。定員二人の監
房で、看守が覗き込んだ先にジャックしかいなかったとしたら・・・・。ジャックはその
後に起こるであろう出来事を想像し、居ても立ってもいられない気分になった。
 即座に非常警報が鳴らされ、看守ども総掛かりで捜索を開始するだろう。ロクな隠れ場
所もない刑務所内のことだ、健はあっという間に捕まってしまうに違いない。そして、そ
の後は、所長がお得意のムチをふるって健を半殺しにするにきまっている。ヴァイアンは
こめかみに流れる汗を拭った。あのひよっ子、下手すると鞭で打ち殺されてしまうかもし
れない。
 ジャックが鉄格子を握りしめ、健が来ないかと首を伸ばして廊下の奥を覗き込んだ丁度
その時、健が100メートルのスプリンターのように廊下の奥から走ってきた。
ジリリリリリ・・・・・・。健が監房内に駆け込むのとほとんど同時にベルが鳴り、扉が
ロックされた。
「ヒュ−ッ、ぎりぎりセーフだな。」
健は息を切らせながら笑顔で言った。
「健!お前、いったいどこへ行っていたんだ?」
ジャックが声を荒らげる。
「ふふっ、知ったら驚くぜ。」
健はいたずらっぽくジャックを見上げた。
 廊下の奥から点呼する看守の足音がだんだん近づいてきている。かなりの早足だ。健は
慌ててジャックの隣に並んで気をつけの姿勢をとる。
「もったいつけずに早く言え。」
ジャックは囁くと、健は澄まして答えた。
「バイソンの所さ。ヤツに挨拶してきたんだ。」
「なんだって!お前はバカか!」
ジャックは目を丸くし、素頓狂な声を上げた。その声の大きさに看守は覗き窓から二人を
ジロリと睨みつけた。
「静かにしろ!クズどもが。」
ジャックは慌てて口を閉じ、まじめくさった顔で"気をつけ"をした。健は隣で笑いを堪え
ている。看守は冷たい一瞥をくれた後、早足で次の監房へと歩み去った。
 しばらくすると"異常なし"を示すベルが短く鳴り、それに続いて電燈が消された。残る
明かりといえばオレンジ色の非常灯だけとなり、刑務所に静寂が訪れる。

「それにしても、よく無事に帰って来れたな。」
ジャックはベットに腰を下ろし、小声で健に話し掛けた。
「イェーツ所長がここの表の帝王だとしたら、バイソンは裏の帝王だ。全囚人を仕切って
いて、大勢の取り巻き連中を手足のように使っている。ヤツの機嫌を損ねりゃ、明日には
死体で発見されても不思議じゃぁない。あいつが外から来たお前の話など、よくも大人し
く聞いたもんだ。」
「種明かしをしようか。バイソンは俺を見てもギャラクターじゃない亊に気がつかなかっ
たのさ。考えてみろよ、シャワー室の中ならお互いに素っ裸。ギャラクターも非ギャラク
ターもないだろ。持ち物は皆一緒なんだから。」
健はバイソンとの会見を思い起こすとクックッと笑いだした。
「アイツさ、俺が誘いに行ったと勘違いして、大喜びで俺の腰を抱き寄せたんだ。こっち
はびっくり仰天だぜ。まったく刑務所や軍隊って所は、あんな風なことが日常茶飯事行な
われるのか?」
ジャックはゴロリとベットに横になった。
「さあな・・。一般社会と変わりないさ。男が好きなやつもいれば、女が好きなやつもい
る。そんなのは本人の自由だしな。だが、此処みたいに抑圧された空間っていうのは、ま
た事情が違うのかもしれん。ここはギャラクターという閉鎖的な戦闘集団の中で、更に一
段と隔離された集団だ。その上あの異常な男を所長に頂いているんだから、常に強烈なス
トレスにさらされている訳だ。・・・そういえば、最近はとくに刑務所内全体に落ち着き
がないとはいえるが・・・。」
「へぇ、どんな風に?」
「何って、具体的にはわからんが、こう、ピリピリした嫌な感じさ。暴発寸前の雰囲気っ
ていうのかな。」
健は唇を丸くし、感心したような表情を作った。
「へーえ、さすがはたたき上げの空挺部隊員。ダテに場数を踏んじゃいないな。」
「皮肉はよせ。」
ジャックは苦笑した。
「いや、心からの称賛さ。あんたの勘、当たっているぜ。」
健の言葉にジャックの表情が固まった。
「所長の悪逆さに耐えかねて、バイソンが暴動を企てているんだ。更に、最近、所長は彼
らの暴動計画に気づきかけている。それで刑務所全体がピリピリしているんだ。」
健は口許に微笑みを浮かべたまま、物騒なセリフをさらっと言ってのける。
「お前・・・いったい何回俺を絶句させれば気が済むんだ!ここに来てからのわずかな間
で、どうしてそんな情報を入手できるのか?そもそも健、お前は何者なんだ?」
「べつに?君の嫌いなISOに関わる者さ。」
健はさらりと切り返し、説明を続ける。
「どうしたってバイソンは近いうち反乱を起こさざるを得ない。でないとイェーツ所長が
バイソンを葬り去るのは確実だからな。バイソンも火のついた寝床に寝ているつもりは無
いだろう。そこでだ、俺達は脱獄を条件にバイソンに力を貸す。と、そう持ちかけてきた
んだ。」
ジャックは感嘆の表情を浮かべた。そして、顎に手を当てて健の計画を頭の中で咀嚼し直
す。
「うん、いける。その計画、いけるかもしれないぞ。で、バイソンは何と言った?」
「奴も考え込んでいたよ。今晩一晩考えて、きっと明日には俺達に声をかけてくるぜ。」
健はそう言うと、ヒラリとベットの上段に飛び乗った。
「バイソンは囚人達を仕切っているだけに、反乱を起こすには自分の手駒が足りないって
いうことがよーくわかっているはずだ。ここに居る囚人達は凶暴だが、兵隊としては最低
の連中ばかり。きっとそれが悩みの種だったに違い無い。だが、今まで眼中になかった非
ギャラクター、つまり俺達二人も暴動の戦力になり得るということに気がついたわけだ。
そうなったら、ジャック、まずバイソンはあんたを欲しがるだろうな。なにしろ世界に冠
たるアメリス軍の空挺部隊員だ。隠密、攪乱、ゲリラ戦となんでもござれ、反乱の指揮官
にこれほどの適任者はいない。・・・・さーて、寝ようぜ。今日やることは全部やった。
後はまた明日の話だ。」
ベットの上の段が軋んだ。健がゴロリと横になったようだ。
 ジャックは自分の心の中にじわじわと明日への希望が湧いてきているを感じて驚いた。
それは、捕まって以来の恐怖と緊張の日々の中で初めてのことである。
 それにしても、実に不思議な若者だ。この若者が話すと"脱獄"でさえ、まるでピクニッ
クのように簡単なものに思われてくる。ジャックも軍隊で数多くの指揮官を仰いできたが、
これほどまで兵の心をつかんで鼓舞し、安心感を与えるリーダーに出会ったことはなかっ
た。あの若さで、どのようにして際立った戦術やリーダーシップを学んできたのだろうか。
「なぁ、健。」
ジャックは小さく呼び掛けたが、沈黙がつづく。耳を澄ましていると、微かに規則正しい
寝息が聞こえてきた
"まったくコイツ"
つかみどころのない青年に対して苦笑すると同時に、間近に感じる人の気配に心をなごま
せている自分に気がついた。
 なんといっても"誰かといる"ってのはいいもんだ。



(21)

 アルバトロス軍刑務所に空調設備など望むべくもない。そうはわかっていても、朝から
照りつける強い陽射しと湿度の高さにはうんざりする。
「ちぇっ、今日もあんな作業をしなきゃいけないのか。面倒くさいなぁ。」
健は、堅いベットでこわばってしまった背筋を伸ばすため大きくのびをした。
「文句を言えるような身分か?」
ジャックは屈んでブーツの紐を締め直しながら苦笑していたが、健を見上げていた表情が
急にこわばった。健はジャックの変化に気付いてその視線の先を辿ると、扉の所に小柄で
やせ形の男が立っている。健はその男の顔に見覚えがあった。確か、夕べのシャワー室に
いたバイソンの取り巻きの一人である。
「ついて来な。」
血色の悪いその男はぼそりとつぶやいた。
ジャックと健は視線を合わせる。
「そんな事を言っても、これから作業時間だろ。俺達がいなくなった事に看守が気がつい
たら、やっかいなことになるぜ。」
ジャックは廊下を指差した。作業にでかける囚人達がゾロゾロと列をつくって歩いている。
男は瞳だけを動かして囚人の列を見た。
「看守は買収済みだ。手抜かりはない。」
にこりともせずにそう言うと、まるで幽霊のように音も立てずに歩き出した。ジャックと
健は仕方なく、男の後に従って歩き出す。

 二人の連れて行かれた先は、洗濯場の棟であった。洗濯場といっても3000人からの
囚人と看守達の衣類やシーツ等の洗濯をこなしていく必要があるため、一種の工場といっ
てもいいほどの大きさで、監房から離れた場所に独立した施設として建てられていた。こ
こはバイソン達の根城となっていて、付近にギャラクター兵士の姿は一切見当たらない。
 二人は陰気な手下に促されて室内に足を踏み入れた。扉を開けた途端に、耳を圧するよ
うな作業音が聞こえてくる。業務用の大型洗濯機や乾燥機、衣服のプレス機の音なのであ
ろう。それに加えて熱気と湿気もひどい。健はこめかみから流れ落ちてくる汗をぬぐった。
稼働中の洗濯機の列の間をぬって、二人は慎重に歩みを進める。突き当たりに、衣類が詰
め込まれた洗濯袋の集積所があり、バイソンはその洗濯袋の一つに腰を下ろして二人を待
ち受けていた。
「来たな・・・。そこへ座れ。」
健とジャックが現れるとバイソンは目の前の洗濯袋の方へと顎をしゃくった。二人はプレ
ス機から濛々と噴き出す湯気を避けるようにしてバイソンと向い合せに座る。すぐにバイ
ソンの手下達が物陰から現れ、会見の場をぐるりと囲むようにして立った。
「昨日の話の続きをしたいと思ってな・・・。」
バイソンは口元に笑みを浮かべて言った。だが、瞳は決して微笑っていない為、その笑顔
はかえって凄みを増している。
「俺様の情報網を使って、ちっとばかし調べてみたが、暴動の計画が漏れているというの
は本当だった。・・・もちろん、裏切り者は既に処分したがな。」
バイソンは黒い瞳に凶暴な光を宿らせてせせら笑い、健は裏切り者の末路を思って目を閉
じた。
「今さら隠しだてしても仕方がない、確かに俺達は暴動を企てていた。ここは軍刑務所で
あって、屠殺場じゃない。イェーツの野郎・・あのムチ愛好家のサディストに殺されるの
は俺達全員がまっぴらってわけだ。だから、情報が漏れていたとしても、コトが此の期に
及んだらやるしかねえ。で・・・健、それから大尉、お前達に相談なんだが・・・。」
バイソンはジャックに向かって身を乗り出した。
「ヴァイアン大尉、聞けばお前はアメリスの空挺部隊だったそうじゃないか。軍事の専門
家として俺達の側につかないか?そしたら二人とも悪いようにはしねぇ。客分として迎え
て特別待遇にしてやるぜ。どうだ悪い話じゃないだろう?イェーツが所長であるかぎり、
お前達だっていつかは殺されるに違いないんだ。」
 バイソンの額にはテラテラと汗が光っている。それはどうやら洗濯場の濛々たる湿気の
為だけでは無さそうである。バイソンも追い詰められ、焦っているのだ。
「どうだい、兄さんがた?俺達の側につくか、それともイェーツ所長につくか。」
バイソンはギラギラとした眼で二人を睨みつける。じわじわとバイソンの手下達の抱囲も
縮まる。バイソンは二人がノーといえば即座に息の根を止めるつもりだった。緊張した空
気が漂う。
 その時突然、健が一歩前に進み出てバイソンに話しかけた。
「こちらの条件を飲むのならば、協力してやってもいいぜ。」
皆の視線が健に集まる。
「条件とは?」
バイソンはすかさず聞き返す。
「俺達の望みはただひとつ。塀の外側に出ることだ。お前達が暴動に成功して刑務所を押
さえた時、俺達を塀の外へ出すと約束するのなら、手を組んでもかまわない。」
「脱獄か・・。」
バイソンは腕を組んで考え込んだ。その時、洗濯場の騒音に混じって怒号や悲鳴のような
音が微かに聞こえてきた。手下達は出入り口の方を振り返る。健とジャックも互いに問い
かけるように視線を合わせた。
「うるせえな、おい、誰か!外へ行って調べて来い。」
バイソンが命令すると、取り巻きの一人が弾かれたように外へと出て行く。健は再び注目
を自らに引き付けるように咳払いした後、口を開いた。
「俺達が出て行くのを黙って見過ごしてくれるだけでいいんだ。特にあんた達に何かして
もらおうとは思っていない。それだけで、ヴァイアン大尉と俺という戦力が手に入るんだ
ぜ。」
「わかった。」
バイソンは同意した。
「これで手打ちってわけだな。ま、俺達は難破しかかった船に乗り合わせたようなもんだ。
必死でやることが、それぞれ命を永らえる道につながるってこった。乗客のよしみだ、せ
いぜい仲良くやろうぜ。」
バイソンがそう言って手を差し出した時、先ほど外へと様子を見に行った男が息をきらし
て駆け戻ってきた。
「どうした?」
バイソンはドスの利いた声で怒鳴る。手下は外を指差しながら必死で答えた。
「大変だ、バイソンさん!暴動だ!暴動が起こっちまった!!」


(22)

「ば、馬鹿な!暴動だと?」
手下はハァハァと息を切らせていたが、なんとか報告し始める。
「いつも通りの公開の鞭打ちが中庭で行なわれていて・・。酷いんだぜ、なんの咎も無え
のにムチを二十も喰らわせるって。それにブチ切れた誰かが看守に反抗して、隣の奴が加
勢して、その後はもうムチャクチャ、囚人と看守が入り乱れての殴り合いでさア。とにか
く、バイソンさん、来て下さいよ。」
「こんちきしょうめっ、こんな最悪のタイミングで暴動に突入かよ!」
バイソンは頭を掻きむしった後、ペッと唾を吐いた。
「よしっ、手前ら、行くぞ。付いて来い!」
バイソンに従って、その場にいた手下達全員が出口へ向かおうとした時、その場を威圧す
る力強い声が室内に響いた。
「馬鹿ッ、外へでるんじゃない!」
バイソンと手下達一同は驚いて、声の方向へと振り返ると、健は鋭い視線で全員を睨みつ
けるようにして立っていた。時には"坊や"呼ばわりされるほど少年ぽさを残した健であっ
たが、その口から発せられた気合いは凄まじく、たった一声で札付きの囚人達の足を止め
た。
「いま現場へ駆け付けても騒ぎに巻き込まれるだけだ。死にたくなかったら俺の言う事に
従えッ」
バイソンと手下達、そしてジャックも驚きを持って健を見つめている。
「落ち着け、バイソン。元々暴動を起こすつもりだったんだろう。この後に及んでジタバ
タするな。計画が早まったと考えればいい。まず、刑務所内の見取り図と武器を出せ。当
然用意してあるんだろう?」
一瞬硬直し、立ち尽くしていたバイソンだったが、すぐに指を鳴らして手下達に命令した。
手下達は山と積んである洗濯袋の中から次々と銃器類を取り出し、床に並べ始める。それ
からバイソンは、おもむろに懐から一枚の見取り図を取り出すと健に手渡した。
「よし。」
健は刑務所の見取り図にジッと見入った。ジャックとバイソンもそれを囲むようにして覗
き込む。
「最初に押さえるのは武器庫だ。その次ぎは塀の上に設置してある四ケ所の見張り台だな。
ここから奴等、好き放題にこちらを狙い撃ちできるから放っておけまい。それから、通信
室も押さえろ。ギャラクター基地への通報を止めるんだ。」
健が地図を指差しながら矢継ぎ早に指示を出す。その的確さにジャックは唖然とした。
「武器庫の押さえに10人、通信室の制圧にも10人もいればいいだろう。中庭の騒ぎに
紛れて行くんだ。それから、ジャックは見張り台の制圧。バイソン、腕っぷしの良い奴を
ジャックに20人つけてやってくれ。」
「わかった。」
「他の者は中庭に行って騒ぎを煽れ。ただし、丸腰でいくんだぞ。単なる小競り合いだと
思わせて、看守達を油断させるんだ。この中で武器を携帯するのは武器庫と見張り台、通
信室を押さえるグループだけだ。」
ジャックは見取り図を頭に叩き込むかのように凝視していたが、やがて、床に散らばった
マシンガンの一つを拾い上げた。
「見張り台に行くぞ!ついて来い。」
ジャックは空挺部隊特有の雄叫びを上げると外へと走り出した。バイソンの手下達もそれ
ぞれ武器を手にして、ジャックの後に付き従う。
 指示を出し終わり、それぞれの持ち場へと手下達が散った後、健はバイソンを振り返っ
 た。
「さ、俺達も行くか?バイソン。」
「い・・行くって。どこへ行くんだ?」
健は振り返って白い歯を見せた。
「あれ?忘れてしまったのか?俺達をひどい目に合わせてた張本人にお礼をしなくちゃな
らないだろ。さ、所長室へ行くぜ!」
バイソンの肩をポンと叩くと、平然として歩き出した。
"こいつぁ、とてつもない男を引き入れてしまったのかもしれねぇ"
バイソンは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 ドスッ・・・。鈍い響きに続いて、ズルズルと重いものを引き摺るような音がした。
次の瞬間、柱の陰から健が顔を覗かせてバイソンに"こちらへ来い"という合図をする。バ
イソンが健の元に忍び寄ると、兵士達が縛られ床の上に転がされていた。
 ここ、管理棟の最上階に辿り着くまで、すべてこんな調子だった。始めのうちは単純に
相方の強さを頼もしく思っていたバイソンも、終いには健の並外れた強さにおののき、顔
を引き攣らせていた。
「小僧・・・あ、いや、健。どこでそんな技を習ってきたんだ。」
「さぁね、それほどたいしたことじゃないさ。」
健は空惚ける。
「そんなことより、いよいよイェーツ所長と御対面だぜ。用意はいいか?」
健はちらりとバイソンを見ると、床で伸びている兵士のマシンガンを拾い上げて差し出し
た。
「所長室に突入する前に、こっちに持ち替えたほうがいい。お前の持っている銃はそろそ
ろ弾切れだぜ。」
バイソンはギョっとして手にしていたマシンガンの残弾数を確認した。健の指摘した通り
弾が底を付きかけている。
「チッ。」
バイソンは今まで使っていたマシンガンを投げ捨てると、健から新たなマシンガンを受け
取った。
「やけに親切じゃないか。」
「なにしろ俺達の脱走がかかっているからな。あんたには生きていてもらわないと困る。」
健はそう短く言うと所長室の扉を蹴破り中へと飛び込んだ。バイソンは口惜しそうに鼻を
すすると、健の後に続く。


(23)

「囚人どもが騒動を起こしているだと?」
イェーツ所長は窓枠に手を掛け、身を乗り出すようにして中庭を見下ろした。数十人の囚
人達と看守が殴り合っている。
「バイソンが暴動を起こしたのか?奴を捜せ。バイソンと手下を取り押さえろ!」
所長はすぐに双眼鏡を取りだし群衆の中を探った。だが、バイソンも彼の腹心達もその騒
ぎの中に混じってはおらず、囚人達が烏合の衆のごとく騒いでいるだけだった。
「?」
イェーツは双眼鏡を下ろし、考え込んだ。
 イェーツの頭の中では、暴動=バイソンという固定観念が出来上がっている。そして、
その固定観念は、さらに、バイソンがいなければ暴動ではないという間違った論理をイェ
ーツの頭の中に紡ぎださせていた。その結果、"バイソンがいない"という事態は、この騒
動が"暴動ではない"という誤った印象を与えることになったのである。
「所長!実弾の発射許可をだしてください。」
部下の一人が焦り気味に指示を乞う。
 通常、兵士が持つ銃に込められているのは威嚇用の殺傷能力の低いゴム弾であり、衝撃
で戦闘能力は奪えても死には至らない。小競り合い程度の騒ぎならばゴム弾による威嚇で
充分である。では、なぜ、彼の部下は実弾を使いたがっているのか?それは、看守が刑務
所が機能する最低限の人数しか配置されていないからだ。アルバトロスには、およそ三千
の囚人が収容されている。それに比べて看守の数は六十人あまりに過ぎず、騒ぎが暴動に
発展してしまった場合にはゴム弾で押さえきれるものではない。
 イェーツ所長は双眼鏡を動かして狙撃兵が配置してある監視塔に視線を移した。銃を手
にした兵士達がゴム弾を中庭に向かって発射していた。発射するたびに何人かがバタリと
倒れ込む。
「うーむ。」
 イェーツ所長は唸った。囚人どもを銃で制圧するのはいい、だが、問題なのはその後の
亊だ。実弾を使用すれば必ず大勢の死者がでるが、その事実はイェーツを破滅に導くこと
になるのである。
 今までの悪業の報い・・と言えばそこまでだが、アルバトロスの囚人の死亡率の高さは
ギャラクター本部でも問題になりつつあった。先日来訪した本部からの査察官は、他の刑
務所に比べて並外れて多い死亡率について厳しい質問を繰り出し、イェーツは抗弁の為大
汗をかく羽目になっていた。このような時に暴動が起こり、鎮圧に大勢の死者を出したな
どといったら、今度こそ徹底的な査察が行われることになるであろう。そうなれば、隠し
たい死亡事件の数々が露になるだけでなく、二重帳簿を作って横領を行っていることまで
もがばれてしまう。
「実弾はまずいな。ゴム弾でいい。」
「何をおっしゃるのです、所長!今、押さえなければもっと大規模の暴動になってしまい
ます。悠長なことを言っている場合ではありません。」
詰め寄る部下に対して、イェーツ所長はきっぱりと言い放った。
「ばか者、バイソンがいないではないか!これは、単なる小競り合いだ。暴動ではない!」

バタン!

 その時、ドアが勢いよく開いた。と、同時に赤いTシャツを来た男が飛び込んできて、
猫のようなしなやかさで側転をうつと兵士が携帯していたマシンガンを蹴上げた。そして、
その場の全員があっけに取られている間に、マーシャルアーツのような技で、兵士達を倒
してゆく。その暴漢の正体は、外の世界で捕まえられアルバトロスに移送されてきたばか
りのあの若者であった。
"なぜ、その男が・・・?
イェーツ所長は驚愕のあまり眼を見開いた。が、次の瞬間、健を指さし怒鳴った。
「撃てーっ、撃てーっ、あの男を撃ち殺せ!」
残っていた数人の部下が健めがけて引金を絞る。
パン、パン、パン、パン、パン、パン
健は巧みに弾丸をかわす。イェーツの側近はそれなりに優秀な者ばかりで射撃の腕もまず
まずのはずだ。だが、彼らの放つ弾丸はことごとく健の移動した後の空間をめちゃくちゃ
に破壊してゆくだけなのである。イェーツは鼻先を真っ赤にして撃て、撃てとわめいた。
 突然、イェーツ所長の叱咤の声が途絶え、その替わりに"ゲェッ"という、なんとも形容
し難い音が聞こえた。兵士達が振り返ると、いつの間にか若者はイェーツ所長の背後に回
り込み、腕を首元にまわして締め上げていたのである。銃撃は止み、室内は静まり返る。
 健はイェーツの耳元に、ほんの少し鼻にかかった甘い声で囁いた。
「悪いな、イェーツ所長。これは暴動さ。"単なる小競り合い"なんかじゃあない。」

「おらおらおら・・・所長の命が惜しければ全員武器を捨てろ。」
バイソンが銃を構え、大声で喚きながら部屋の中に入ってきた。兵士達は互いに困ったよ
うに眼を合わせていたが、次々に床に銃を投げ捨てる。たちまち銃の山ができた。
「おーお、所長、いい格好じゃないか!」
健に締め上げられている所長の姿を見て、バイソンはヒャッヒャッと耳障りな笑い声を上
げた。
「バイソン、貴様・・・。」
イェーツ所長はギリギリと唇を噛みしめた。
 所長をバイソンに引き渡すと、健は窓際に歩み寄り、中庭を見下ろした。下では囚人達
の小競り合いがまだ続いている。武器庫の押さえが成功したらしく、看守達は武器も持た
ず右往左往していた。
 ジャック達が向かった監視塔へと視線を走らせると、四つある監視塔ではそれぞれ囚人
達が乗っ取りに成功しつつあった。やがて、正面の監視塔でジャックの迷彩の上着が大き
揺れた。制圧成功の合図だ。その隣では拳骨を掲げて勝利を喜ぶ囚人の人影が見える。健
は満足そうに微笑んだ。
 
 
(24)

 健は窓ガラスを開け放って騒乱状態の続く地上の様子を一瞥し、それから息を一つ吸い
込むと大音声で呼び掛けた。
「殴り合いは止めろ。皆、聞いてくれ!」
健の声に囚人達や看守は争いの手を止め、地上五階の管理棟の窓を見上げる。そこには健、
バイソンに両脇を挟まれてうなだれているイェーツ所長の姿があった。囚人達はその姿を
指差しどよめきを上げる。そこへバイソンが囚人鎮圧用の拡声器を取りだして来て、イェ
ーツの口元に近付けた。
「さぁ、言えよ。」
バイソンは所長の背にマシンガンを突き付ける。中庭の囚人達は水を打ったように静まり
返った。
 拡声器を前に所長は束の間とまどった後、上ずった声で話しはじめた。
「私は所長のイェーツだ。戦いを継続中の諸君よ、抵抗を止めなさい。ただいま当刑務所
は不埒者によって乗っ取られた。・・・いいか、きさまら、覚えておけ、いつかきっとこ
の馬鹿げた行為を後悔させ・・・・・。」
イェーツの言葉の後半は囚人達の歓声にかき消されてしまった。中庭は勝利の叫びで満ち
あふれている。事態の推移を見守っていた看守達は、もともとイェーツへの信望が薄かっ
たこともあり雪崩を打って投降し始めた。
「健、成功したな!」
監視塔奪取に成功したジャックが部屋に飛び込んできた。硝煙と埃にまみれた顔は喜びに
輝いている。
 健はジャックとがっちり握手を交わすと、囚人達の歓喜の声に手を振るバイソンに声を
かけた。
「ひとまず事は成ったようだ。そうとなったら長居は無用。約束通り、俺達は行くぜ。」
ジャックと共に所長室から出て行こうとした。
「待った!」
バイソンはあわてて二人と前に立ちはだかった。
「なぁ、健。このまま門の外へ出たとしても、塀の外は広大な森林地帯だ。あそこを踏破
するには大変な思いをしなきゃならねぇし、モタモタしてりゃ捕まっちまうだろう。」
バイソンの眼がキラリと光る。
「連絡用のヘリが屋上にある。お前らもここに連れて来られた時に乗ってきただろう。ど
うだい、それを利用してここから出て行ったらどうだ?ヴァイアン大尉はアメリスの空挺
部隊員だそうだが、ひょっとして操縦できるんじゃないか?俺としても、そのほうが事情
を知らない他の囚人達を押さえる必要もないから楽だしな。」
ジャックは肩をすくめた。
「俺はヘリを飛ばすほうではなくて、ヘリから降下して戦うのが専門だ。残念ながら、そ
の話は・・・」
「俺が操縦できるぜ。」
健が二人の間に割ってはいる。
「いいアイデアだ。俺がそのヘリを飛ばそう。」
へぇという表情でジャックは健を見直した。
「お前って奴は、知れば知るほどわからなくなる。」
「だろう。」
健はウインクで答えた。
「さぁ、さぁ、そうと決まったら、屋上ヘリポートへ急ごうぜ!」
バイソンが二人を急かした。

 屋上に上がると、彼らがアルバトロスに移送される時に使われた中型のヘリが曇天を背
景に駐機していた。健は、素早くヘリポートのデッキに駆け上がり、ヘリの操縦席に乗り
込んで発進準備を始める。後に続こうとしたジャックは、デッキの一段目に足を掛けた所
で歩みをピタリと止めた。背中に銃口を押し付けられるのを感じたからだ。
「ヴァイアン大尉、ちょっと待ってもらおうか。」
そう言いながら、バイソンがジャックの右腕を捻上げた。"雄牛"に例えられるほどのもの
凄い怪力に、ジャックはたまらずに膝をつく。
「バイソン!何をする!」
健が異常事態に気がつき、ヘリの入り口から半身を乗り出した。
「おおーっと、ストップだ。こいつが目に入らないか?」
バイソンは銃口をグイとジャックの頭に押し付けた。
「へっへへ・・健、お前が油断ならねぇ坊やだってことは、今までじっくりと拝見させて
もらってるぜ。お前はある意味、この空挺部隊のおっさんよりずっと危険な奴だ。さぁ、
両手を頭の後ろに組んでゆっくりとヘリから降りろ!」
 健はゆっくりと地上に足を下ろしながら状況を観察した。バイソンは健とジャックの距
離が離れる瞬間を狙い澄ましていたに違い無い。この距離では健の素早さを持ってしても、
バイソンに手を掛ける前にマシンガンでジャックの頭を吹っ飛ばされてしまうだろう。健
はすぐにでもバイソンに襲い掛かりたい気持ちをグッとこらえた。
「なぜ、こんなことをする。お前の望み通り刑務所の占拠に協力したじゃないか!なぜ俺
達を裏切る?」
「はーっはっはっ。俺が約束を守ると思っていたのか?まったく甘ちゃんはこれだから困
るぜ。」
ジャックはせせら笑った。
 バイソンに言われるまでもなく、それがいかに阿呆らしい質問であるか、健はちゃんと
自覚していた。だが、どんな質問であれこの状況では"時を稼ぐこと"が大事なのだ。一発
逆転を狙うとしたら、時間を稼いでバイソンがミスを冒すのを辛抱強く待つしかない。
 言われた通り頭の後ろで手を組み、ヘリの横に立ち尽くしている健に向かってバイソン
は得意げに話し続けた。
「刑務所の占拠にはお前達二人は実に役に立ってくれた。まさに感に堪えないぜ、坊や。
そう、俺は刑務所を占拠した!ついに、やったんだ!・・・・だが、ちいと考えてみろ。
たとえイェーツの野郎がサドで冷酷な殺人魔だとしても、奴は所長だ。俺が奴に逆らって
暴動を起こしてしまったという事実は消えねぇ。イェーツは更迭されるだろうが俺も処罰
はまぬがれねぇだろうし、悪くいきゃ反逆罪で死刑よ。で、俺は考えたさ、無い知恵をし
ぼってな。"まてよ、なにもバカ正直に首謀者として名乗り出る事はない。俺の身替わり
に首謀者を立てればいいのさ"ってな。」
健は唇を噛み締めた。
「そして、俺達がその身替わりというわけだな。」
「その通り!頭がよく廻るやつと話すのは気分がいいもんだな。」
バイソンはニヤリと笑う。
「今回の暴動を扇動したのはヴァイアン大尉と健、お前ら二人だということになってもら
う。お前達は、哀れなイェーツ所長と看守達を殺した後にヘリで逃亡を図り、それをこの
バイソン様が射殺したという筋書きよ。残念だな、健。俺はお前のことを見どころがある
青年だと買っていたんだぜ。おおっーと、動くなよ、動くと大尉の頭がまず吹っ飛ぶぜ。」
「・・・・。」
健は口惜しげにバイソンを見つめる。バイソンはジャックに突き付けていた銃口をずらし
て健の心臓へと向け引金に力をこめた、その瞬間・・・
 シュッと風を切る音と同時に、純白の羽手裏剣がバイソンの首に突き立った。
"!"
健が視線をあげると、ヘリポートの端に青い翼をひるがえした人影が立っている。


(25)

「バイソンさんっ!」
「ボス!」
床に崩れ落ちたバイソンを見て、建物の陰に隠れていたバイソンの手下達がバラバラと駆
け付けてきた。両手で首筋の傷口を押さえたバイソンは、発声することすらままならない
様子だったが、手下達に抱き起こされると震える手でヘリポートの突端を指差す。そこに
は長年ギャラクター隊員達を恐れさせ、震え上がらせてきた、あの科学忍者隊のコンドル
のジョーがニヒルな笑みを浮かべて立っていたのだ。
「あそこだ。撃て、撃てぇ!」
手下どもは口々に叫ぶとジョーに向かってマシンガンを撃ちはじめた。
 逃げ場の無い屋上での事である。普通の人間なら当然蜂の巣になるだろう。もう、お終
いだとジャックが思わず眼をそむけようとしたその瞬間、ジョーは大きく身体を沈めると
遥かな天空に向かって跳躍した。そして太陽を背にし青い翼を大きく広げると、まるで猛
禽のようにギャラクターに襲い掛った。銃弾を飛び退ってかわしたかと思うと次の瞬間に
は敵の懐に飛び込み拳で顎を砕く。その動作は俊敏で力強い。マシンガンを抱え圧倒的有
利なはずの手下どもは次々に倒されてゆく。圧倒的なジョーの強さにジャックはただ見と
れていた。
「流れ弾が危ないから伏せてろよ、ジャック。」
ジャックが振り返ると、いつの間にか傍らに健が立っていた。
「健、見ろ!科学忍者隊だ。」
「ああ。ジョーだ。コンドルのジョーが来たのさ。」
健はジャックに頷いた。
 ジョーはアッという間にバイソンの手下達を階下へと撃退すると、健とジャックの前に
立った。健を助けねばという一心でなりふり構わず救助に来たが、いざ本人を前にすると
ひどく照れくさい。ジョーは照れ隠しに咳払いをすると、健は悪戯っぽい笑顔を浮かべて
言った。
「ジョー、遅い。もっと早く来い。」
ジョーは一瞬息を止め、それからバイザーの下の顔を真っ赤にしたかと思うと、健をどや
しつけた。
「この身勝手野郎が!俺がここに来る為にどれほど苦労したと思っているんだ!!」
ジョーの剣幕に健は肩をすくめた。なおもジョーが文句を言おうとした時、健がシッと口
許に指を当てた。
「待て、下から何かが聞こえないか?」
健は半開きになっていた鉄製のドアへと歩み寄り、そっと階下の様子を窺った。すると、
下から物騒な雄叫びや階段を上ってくる大勢の足音が響いてきていた。
「まずいぞ!下の囚人達が屋上の騒ぎに気がついたみたいだ。」
健は慌てて重い扉を締め切るとドアの取っ手に閂のようにしてマシンガンを差し込んだ。
「どうする?このドアは長くは持たないぞ。そうしたら今度は3000人からの囚人達が
相手だ。」
ジャックが不安そうな顔で振り返った。すると、ジョーは得意満面の顔で答える。
「それは、このコンドルのジョー様にお任せあれ!見ろよ。」
きょとんとするジャックの耳に懐かしいローターの音が聞こえてきた。
ババババババ・・・・・
ジャックがハッとして首をめぐらす。すると、ふいに建物の陰から小型のヘリが現れた。
「おっ、見ろ!あれはリトルバード。俺の部隊のヘリだ。」
独特の流線形の風防ガラスを持つヘリコプターを見て、ジャックは興奮気味に指差す。
「なるほど・・・。お前が手間取った訳がわかった。アメリス軍と共同作戦を取ったのか。
それにしても、リトルバードをタクシー代わりに使うとは恐れ入ったな、ジョー。」
健がジョーに笑いかけた。
 リトルバードはゆっくりとホバリングをし、狭い屋上にピタリとつけた。ヘリの昇降口
がガラリと開き、迷彩服姿の男が顔を出してジャックに向かって敬礼する。
「第6空挺部隊、ただ今到着しました。ヴァイアン大尉!よく御無事で・・・!」
迷彩色に顔を塗りたくった隊員達がヘリから飛び下り、うれしそうにヴァイアンに駆け寄
る。刑務所上空にはさらに数機のリトルバードが旋回し、刑務所内の囚人達を威嚇するよ
うに飛びかっている。
空挺部隊員に身を抱えられるようにして健、ジョー、ジャックはヘリに乗り込んだ。
「フォックス・ワン、ゴールデンチャイルドを保護しました。これより帰還。」
作戦成功を告げるパイロットの交信が聞こえる。ヘリは空高く舞い上がり、最大スピード
で離れてゆく。
「お前が、以前言ったように"ひとっ飛びに"あそこから脱獄できたな。」
ジャックが健の隣に腰を下ろした。
「健、あの監房でお前に脱獄をしようと言われた時、じつは腹の中では無理だろうと思っ
ていた。実戦の恐ろしさを知らない小僧っ子が馬鹿げた絵空事を言っているとしか考えて
いなかったんだ。だが、お前はそんな俺を脱獄という目標に引っ張っていき、こうして無
事に外へ出してくれた。」
ジャックは感激のあまり瞳に涙を滲ませ、健の手をガッチリと握り締めた。
「・・・ありがとう。健。お前のこと、一生忘れないぜ。」
 ヘリの窓からは遠ざかっていくアルバトロス軍刑務所の全景が見渡せた。暗く陰鬱な監
房の棟も、囚人達が反乱を起こした中庭も、わずかな手勢で乗っ取った監視塔も、脱出へ
の戦いが繰り広げられた屋上ヘリポートもぐんぐん遠ざかり、芥子粒のように小さくなっ
てゆき、森林の向こう側へと消えた。
「さらば、地獄のアルバトロス。」
言葉にするには濃厚すぎる数日間を思い起こしながら、健はそっとつぶやいた。
前方の曇天の切れ間から幾筋もの陽光が地上へと射し込んでいる。リトルバードの編隊は
その光を目指すようにして飛行を続けた。

 ーアメリス軍捕虜、3週間ぶりに救出。ー
アメリス軍当局発表によると、アインシュタン国境付近でギャラクターと交戦中行方不明
となっていたアメリス軍兵士が三週間ぶりに同国空挺部隊により救出された。兵士は健康
診断の後、アメリス国に送還される模様。                    
                         ユートランドタイムス紙より抜粋

「静粛に、これより今回の"稲妻"作戦に関する記者会見を始めます。」
記者会見場にざわめきが広がり、一斉にフラッシュが焚かれた。広報担当官は咳払いをし、
報道用のマイクを引き寄せて自信たっぷりに喋り始めた。
「我々アメリス軍は20××年×月×日未明コードネーム"稲妻"作戦を発動し、アインシ
ュタン国内にあるギャラクターの軍刑務所を強襲して捕虜となっていた空挺部隊員ジャッ
ク・ヴァイアン大尉の救出に成功しました。我が軍の強襲用ヘリAH-6を6機を北西方向
に広がる森林地帯から侵入をさせ・・・・」
軍広報担当官は地図を指し示しながら説明を続ける。だが、アメリス国の面子を守るため
に、健の潜入とジョーの協力の部分は隠ぺいされ、説明には巧妙な辻褄合わせがなされて
いた。
「・・・以上の作戦により、我が軍は損害も無くヴァイアン大尉の救出に成功しました。」
報道陣から拍手と歓声が上がり、広報担当官は得意満面の表情を浮かべている。
 記者の扮装をして記者会見場の最後方で先程から会見を見守っていたジョーは、健に向
かって不満げに口を開いた。
「あの言い草を聞いたか?健。手柄はアメリス軍が独占だぜ。ジャック・ヴァイアンの居
場所を捜し、救助に力を尽くした真のヒーローはここにいるってのに、誰もそれを知らな
いんだ。くそっ!頭にくるぜ。」
「そう熱くなるなよ、ジョー。俺達はもともと影の存在さ。いまさらそれを言ってどうす
る。」
健はジョーをたしなめる。
「フン、南部博士を説得し、アメリス軍の重い腰を上げさせる為に凄え苦労をしたんだぜ。
奴等、さんざん救出に渋っていたくせに、成功したとたんにあの態度だ。まったく許せね
ぇ。」
「ああ、そういえば、お前が説得に行った時、博士はだいぶ怒ってたらしいな。」
「そうさ!お前の命令違反のとばっちりを俺が一手に引き受ける羽目になったんだぜ!」
ジョ−はその時のことを思い返し、一層不機嫌になった。
「南部博士の前でアルファと二人で雁首揃え、コトの顛末を説明した時の博士の剣幕った
らなかったぜ!まさに雷の直撃さ、俺にとっちゃそっちのほうがよっぽど"稲妻作戦"だっ
たぜ。・・・お、見ろよ。ジャック・ヴァイアン大尉の御登場だぜ。」
ジョーが指差した。
 前に陣取ったカメラの放列から一段と多くフラッシュが焚かれる。軍の正装姿のジャッ
ク・ヴァイアンが演壇に上がり、広報担当官がプレスに向かってジャックを紹介をする。
そこで会見は質疑応答へと移り、ジャックは目の前に何本ものマイクが突き出された。
「ユートランドタイムスです。ヴァイアン大尉、捕虜となって、どのような心境でした
か?」
ジャックはぼんやりと立ったままである。隣に立っている広報担当官が肘をそっとつっ突
いて合図を送った。
「大尉、何を言えばいいかは解っているな。」
「え・・・ああ。」
「"我が軍の仲間を信じ、救出されることを片時たりとも疑いませんでした"、だ。」
担当官は用意されていた模範回答をそっと囁いた。ジャックは緊張のため唾をごくりと飲
み込む。ズラリと目の前にならぶテレビカメラ。マイクを突き出す報道陣。彼らは苦難に
耐え、無事生還したジャックをヒーローとして祭り上げようとしていた。
 もちろん、ヒーローの登場を望んでいるのは、彼らだけではない。選挙を控えたアメリ
ス国大統領も、ISOに主導権を握られっぱなしアメリス軍も、センセーショナルな記事に
飢えていた大衆も新たなヒーロー誕生を待ち望んでいたのだ。その熱狂の渦にいきなり投
げ込まれたジャックは帰還してから戸惑いの日々を送っている。
「戦友を目の前で失って捕虜となってから数日間は、ぼう然自失の状態でした。」
ジャックは広報担当官に促され、ゆっくりと語りだした。
「尋問と拷問に晒され、栄養状態も悪く、精神状態も最悪でした。ですが・・・」
ジャックは言葉を切って、隣の広報担当官を見た。担当官は"その調子だ"とでもいうよう
に頷いている。
 このままアメリス軍のシナリオに乗れば軍隊生活は安泰だろうし、ことに寄ると肩に星
がつくような身分になれるかもしれない。ジャックはごく普通の男であり、それに魅力を
感じないと言えば嘘になる。だが、同時に、ジャックは帰還してから感じ続けている戸惑
いの原因が何であるかにも気がついていた。それは、ヒーローは自分ではなく、大胆不敵
で機知に富み、勇気ひとつを握りしめてアルバトロスに飛び込んできたあの青年であると
いう亊・・・。
 ジャックは心を決め、顔を上げて声を張った。
「先程の会見で抜け落ちていた事実が一つあります。私がこうして生還できたのは、一人
の青年がギャラクターの刑務所に潜入して、私に脱出の手引きをしてくれたからです。彼
は、私の生死すら確かでなかった段階で私の生存を信じ、居場所をさがし、アメリス軍の
救助ヘリが来るまで、戦ってくれたのです。彼こそが真のヒーローです。」
記者達はどよめいた。広報担当官はジャックが話している意味を飲み込めず、眼を白黒さ
せている。
「その人物はアメリス軍の特殊部隊員ですか?」
通信社の男が手を上げて質問した。
「違います。その人物は・・・。」
ジャックは眼を瞑った。コンドルのジョーと、まるで"チーム"の一員のように話していた
青年。ジャックは彼の正体について確信していた。が・・・・。
「どこかの特務機関の人間ということしか私にはわかりません。けれども、彼は誰がどう
いう立場の人間だという垣根を超えて、危険を承知で私を助けに来てくれたのです。私は
彼に教わりました。ギャラクターに対抗するためには、国同士の思惑や権力争いを乗り越
え、情報を分かち合って一致団結してこそ勝利を得ることが出来るのだということを。」
「ヴァイアン大尉!」
報道担当官はあわててジャックからマイクを奪った。報道陣は騒然となる。
「ヴァイアン大尉のコメントが、広報の正式発表と違うということはどういう訳ですか?」
「アメリス軍の今回の作戦において果した役割を説明して下さい!」
広報担当官は鼻の頭を真っ赤にしてマイクを握り締めた。
「お集り頂いた報道陣の皆さん、ありがとうございました。以上で会見を終わります。
・・・おい、道を開けてくれ。会見は終わりだ!」
広報担当官はジャックを肩を押して演壇を降りさせ、ワッと取り囲んできた報道陣を避け
るようにして会場を後にした。広報官とジャックを追いかけてプレス達は移動してゆく。
健とジョーもそれに紛れて目立たないように会見場の外へと出た。
「ブラボー!我らがヒーロー大鷲の健!」
ジョ−がおどけた口調で言った。
「やめろよ、ヒーローなんて柄じゃないさ。」
健はジョーの冷やかしに苦笑したが、生真面目な表情で話はじめた。
「俺達は普段、南部博士やアンダーソン長官みたいに、物事の大局を見て作戦をたてる人
々に従って行動する。もちろん、それは当然の亊だ。だけど、そういった事とは別に、目
の前の一人を救うという事を忘れないようにしなければならない、といつも胆に命じてい
るんだ。俺達は戦闘マシーンじゃあない。自分の意志をもって、自分の信条をもって生き
る一人の人間でありたい、と思っている。」
一息にそう言ったあと、健は自分の意志に一番ぴったりする言葉を探すため、首をほんの
少し傾けて考え込み、ぼそりと付け加えた。
「要するに、俺はただ、戦場に誰も取り残したくなかっただけなんだ。」
それは健の誓いであり、切なる願いであった。そして、健ならその誓いを守り続けるであ
ろうとジョーは思った。二人の男の間にしばしの沈黙が続いた。
「おれらしくもない、カッコつけたこと言ったな。さ、行くか、ジョー。博士に報告しな
ければならないのに、これでは遅れてしまう。」
健はジョーの肩を叩いて歩きだした。
「報告に遅れるって・・・何の話だよ、俺は聞いてないぜ。」
「いつもの海辺のレストランに19時に予約を入れてあるから俺に来るようにって。ディ
ナーだからな、今日は豪華だぞ!」
健は早くも一流シェフのフルコースを思い浮かべ、手をこすりあわせる。
「汚ねえぜ!なんだよ、それは!全然待遇が違うじゃないか!俺とアルファは怒鳴り付け
られたんだぞ!!」
「それはお気の毒だな。心から同情するよ。」
健は屈託なく笑う。膨れっ面をしていたジョーもやがて笑いだし、二人のヒーローは仲良
く肩を並べて歩み去った。



The end


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