バレンタインデー

by アリー

 二月の暖かい日、健が配達のアルバイトを終えて帰ってくると、家の裏手に
ジョーの車が止まっていた。相変わらずピカピカに磨き上げられていて、それは、
持ち主の車に対する愛情を雄弁に物語っていた。
「へぇー、あいつがきているのか。」
健が急いで表にまわると、ジョーが腕組みをし、ドアに寄りかかって待っていた。
「なんだ。ブレスレッドで連絡をしてくれれば、もっと早く帰ってきたのに。」
健はポケットから鍵を出すと、ドアを開け、ジョーを招き入れた。
「何にもないけど、コーヒーでも飲んでいけよ。」
部屋は、意外なほどこざっぱりとしていたが、壁に貼ってある航空機のポスターや
写真が、この部屋の主の興味の方向を示していた。
健はコーヒーメーカーをセットし、スイッチを入れた。しばらくすると、静かな室内
に、コポコポという音とともに淹れたてのコーヒーの香りが漂ってきた。
「じつは、お前に頼みがあって来たんだ。」
ジョーは、コーヒーを一口すすり話しはじめた。
「これから、レースで二週間ばかり留守にするんだが、最近、留守の間に近所の
ガキどもが俺のトレーラーハウスに悪戯をするんだ。それで、悪いんだけど、たま
に見回ってくれないか?この前なんざ、落書きをされて、エライ目にあったよ。」
ジョーはトレーラーハウスの鍵を出すと放ってよこした。健はそれを、両手で受け止
めた。
「それは構わないが、なんだ、しばらく留守なのか。」
健はコーヒーを飲みながら聞いた。
「そう、今年のバレンタインはレース場だ。ちょうど、二月十四日にレースがある。」
「お前は、毎年、いろんな、わけのわからない女から、山ほどチョコレートをもらうも
んな。」
健は、やや非難する目付きでジョーを見る。
「何いってんだ。健こそ、いろんな、わけのわからない男から、チョコをもらってる
じゃないか。」
「わけのわからん男からチョコをもらって、俺にどう喜べっていうんだ、お前がうら
やましいよ。」
健はため息をつくと、皿に盛ったクッキーを指でつまんで噛った。
「そうか?どっちにしろチョコじゃなぁ。俺がチョコを食っているところを想像できる
か。」
「ま、酒飲みは甘いものが苦手と相場がきまっているからな。じゃあ、何が欲しい
んだ?」
「そうだなぁ。相手の熱い気持ちが伝わるものなら、なんでもいいけどな。」
ジョーの余裕たっぷりの表情に、健は気に入らないとでもいうように、ジョーの枯葉
色の頭を軽く小突いた。
「女たらしめ。」
「はは・・。じゃあ。頼むぜ。健。」
ジョーは、いつもの通りさっと立ち上がり、手を上げると去って行った。
その時、健は何かを思い付いたようで、青い瞳をいたずらっぽく光らせながら
つぶやいた。
「熱い気持ちが伝わるもの・・・か。」


二月十四日、インディアナポリスのレース場では、今まさに熱い戦いが始まろうと
していた。観衆が固唾を飲んで待ち望む中、グリッド上のランプが青に変わり、
レースの火ぶたが切られた。ジョーは好スタートをきり、先頭に躍り出た。テール
トゥ ノーズの熱い戦いがサーキットで繰り広げられる。人々は、耳をつんざくよう
なエグゾストノーズにしびれ、歓声をあげる。
興奮の渦のなかで、ジョーは冷静に車を操る。誰よりも果敢にコーナーでブレーキ
ング競争に挑み、ストレートでは鮮やかな加速で観衆の気持ちをとりこにした。最
終周には、二位に30秒以上の差をつけ、勝利の歓声に包まれながらチェッカーフ
ラッグを受け、レーシングチームの監督、メカニックに囲まれながら、腕を突き上げ
勝利の凱歌をあげた。
大喜びの観衆に手を振りながら、ジョーは係員に先導されて表彰式の為に
お立ち台に向かって歩きだしたが、ちょうどその時、ブレスレッドが鳴りだした。
ジョーは、まさに最悪のタイミングだぜ、と独り言をいうとすぐに小声で応答した。
「こちらジョー。」
「おい、ジョー。俺だ。」
「なんだ、健か。」
ジョーはほっとして答えた。
「てっきり任務かと思ったぜ。」
「優勝おめでとう。俺からのプレゼントを受け取ってくれ。いいか、そこから上空を
見てろよ。」
ジョーは健に言われるままに空を見上げた。青空には見慣れたセスナが一機
こちらに向かって飛んでくる。レース場上空にさしかかった時、そのセスナはス
モークを出して、大空一杯に何か文字を書き始めた。観衆もセスナに気付き、ざわ
めきながら上を見上げている。
やがて、セスナ機はレース場の上空に、見たこともないほどの巨大なVの文字を
描いた後、東の方向へと去っていった。セスナ機が飛び去った後、そのパフォーマ
ンスに釘づけとなっていた人々は、口々に叫びはじめた。
「Victoryー勝利ーのVか!」
「なかなか粋な演出じゃないか。」
しかし、ジョーには、あのVは勝利のVではないことがわかっていた。
それは、健がジョーに送ったプレゼントで、ValentineーバレンタインーのVであるこ
とに違いなかった。なぜなら、彼方でセスナが再びスモークをたなびかせながら曲
芸飛行をし、大空のキャンバスにハートを矢で貫いた絵柄を見事に描きだしたから
だった。
「なんだ、健、大空に落書きをするとは、まったく、お前らしいや。」
ジョーは、健からの思いがけないプレゼントにうれしそうに微笑んだのだった。


END


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