War cry

by アリー

 「なんだ、気持ち悪いな。そう見ていられると集中できないぜ。とっとと向こうへ行
けよ。ジョー。」
オイルまみれの手をタオルで拭いながらジョーに話しかけたその男は、G-2号機のメ
カニックチームのリーダーだった。巨大な格納庫の中、強烈なライトの下で4、5人の
メカニックがG-2号機に取り付いて整備作業をしている。
「べつにいいじゃないか、俺の車なんだから。見ていたいんだよ。ハリー。」
ハリーは何か言いたげにジョーを見たが、再び整備作業に戻った。


 ジョーはやや離れたところで、もう一時間近く作業を見守っている。
階段の手すりに寄り掛かっているジョーの右頬は赤身を帯びて腫れていたが、それは健
と殴り合いの喧嘩をしたせいだった。ジョーの体調不良に気付き問いつめる健とまたも
や衝突したのである。だんだんとひどくなる頭痛、そして任務についてゆけなくなりつ
つある体。それが、健との諍いの原因であった。
 ギャラクターとの戦いが正念場を迎えているような時でなかったら南部博士に相談
し、すべてを委ねたかもしれない。よりによって、こんな時でなかったら・・・。死ん
だようになって横たわるベッドの上で、歯をくいしばりながら何度考えたことか。
"もう、だめだ。この痛みは人間の耐えられる限界を越えている。"
"ギブアップしようぜ、コンドルのジョー、決して恥ずかしいことじゃない。お前はよ
く耐えた。だけど、こんな体じゃ、もう無理だ。"
"南部博士にすべてを任せよう。すべてをうまくやってくれる。今迄のように。"
 けれど、ジョーはそのセイレーンの囁きのような甘美な言葉にどうしても従う事が出
来なかった。ジョーの心の奥深くに棲んでいる信念が、それらの響きをかき消してしま
うほど強烈だったのである。ギャラクターを自らの手で倒したいという望みが今の彼を
ささえる全てであり、そのことと引き換えなら文字通り命と捧げることになってもかま
わないとさえ思っていた。


 メカニック達は、既に日付が変わろうとしているにもかかわらずきびきびと作業をし
ていた。先日の戦いで勝利に深く貢献した彼のG-2号機を、再び最高の状態で発進で
きるように仕上げているのだ。三日月基地を破壊されてからも、各メカを以前と変わら
ぬ状態に整備し続けているメカニック達の苦労は並大抵のものではなかった。今日も、
男達は黙々と作業を続けている。ジョーは彼等の後ろ姿を見ていると、励まされ力づけ
られるような気がした。どんな立場であれ、戦いに携わっている者の気持ちはひとつで
あり、それは『自分達は決してギャラクターに屈しない』ということだった。
 こんな時に頭痛だ目まいだと言ってられるか。そこまで考えて、ジョーの思考は先程
の健との争いに戻った。
"それを、あのおせっかい野郎が、なんだかんだと言いやがって・・・。"
言い争いから殴り合いになり、思いっ切り健の頬を殴り付けた。ジョーのパンチをま
ともにくらった健は書類や電話機を巻き込みながら机の上をすべってゆき、最後にくる
りと回転して床に降り立ちジョーをキッと睨み付けたが、その口の端から一筋の血が
滴っていた。
 健が自分の亊を誰よりも心配してくれていることは痛いほど感じていた。しかし、残
された時間の少なさからくる焦りや苛立ちで、つい手が出てしまった。口の中の傷の
痛みで、あいつは晩飯が食えないだろうなと健のことをぼんやりと思い浮かべた。
 ジョーが物思いにふけっていると、ハリーがとうとう我慢できなくなったように立ち
上がり、遠慮なしのどら声を張り上げた。
「おい、ジョーいいかげんにしないか!そんなひどい顔色をして、目の下には隈ができ
ているじゃないか。」
 ジョーはその声で我に返った。ハリーが心配そうな顔をしてこっちを見ている。
ジョーは凝りをほぐそうとするように目の上を指で押さえた。夕べも頭痛でよく眠れな
かったのだ。
 ハリーは慈愛に満ちた声で話しかけた。
「こいつはたいしたマシンだ。お前がほれ込んでいるのと同じぐらい俺もこいつに惚れ
ている。いつものように完璧に仕上げておいてやるから・・・任務がきびしいんだろ、
はやく部屋に帰って寝ろよ。」
 ハリーは照れ臭そうに鼻をすすった。彼は忍者隊がどんなに過酷な日々を過している
のか良く知っているのだ。ジョーは眼を閉じたままため息をつき、それから、口元に
無理に笑いを浮かべて言った。
「わかった、もう行くよ。ハリー。確かに今日は睡眠不足だ。俺は寝たいんだが、女達
が俺を寝かしちゃくれないのさ。」
ジョーの返事を聞いて、ハリーは安心したような顔をした。それから、ジョーに片目を
つぶって言い返した。
「女が原因じゃしょうがないなぁ、ジョー。俺もそのつらさはわかるぜ、お互い色男は
つらいよなぁ・・・。」
そう言って、大口をあけカカと笑い、隣にいたメカニックの肩をどやしつけて作業に
戻った。
 けっして上品とは言えないような冗談を平気に口にするような男だったが、整備の
腕では右にでるものはいない。その男に磨きあげられG-2号機はライトの中で輝い
ていた。


 いつの間にか健が背後に立っていて、二人のやりとりを見守っていた。健の存在を
背中で感じて、ジョーは心の中に暖かい灯がともったように感じた。健はきっとここに
来るはずー という確信めいた予感が当たったのだ。
 健はジョーの隣に並んで立った。今、この時が健と腹を割って話せるおそらく最後の
機会となるであろう。虚勢を張るためや当たり障りのない無駄話でこの貴重な時を費や
したくなかった。
 健はじっと黙って立っている。先程の喧嘩の時とはうってかわって、瞳は湖水のよう
な青さをたたえていた。表情豊かな健の瞳の中でも一番健らしく、ジョーの好きな瞳の
色だった。
「こうして俺のG-2号機をみていると、心が落ち着くんだ。」
ジョーが話しかける。健は首を傾けてジョーの言葉に耳を澄ます。
「博士が改良を重ね、何度もバージョンアップしてくれたおかげで、今、最高の状態な
んだ。この前のヘビーコブラとの戦いを見ただろう、操縦性も攻撃力もすごいんだぜ。
まともにエンジンの音を聞いたことがあるか?いまのこいつの馬力なら翼をつけりゃ
飛んでいってしまいそうだぜ・・・なぁ・・」
ジョーは健の顔を見つめた。健は口をきりりとむすんだままジョーの瞳を見つめ返して
いる。
「だから、俺を作戦からはずすだなんて言わないでくれ・・・。」
誇り高いジョーが、ほとんど懇願するかのように言った。


 最近のジョーの体調は、どうみてもおかしかった。そして、ジョーはそれを最後まで
隠し通そうとしている。南部博士の立場だとしたら、体調不良の者を作戦に参加させる
訳にはいかないだろう。なぜなら、自分達の戦いはそんな奴が生きて帰れる見込みなど
ない過酷な世界だからだ。だから、今の状態のジョーが作戦に参加することを博士は
絶対に認めないだろう・・・。そして、リーダーの立場から言えば、もちろん、結論は
決まっている。もちろん・・・。
 健はゆっくりと口を開いた。
「俺がお前に返事をするとしたら、それを言わなければいけなくなってしまう。
だから、これから話すことは全部、俺の独り言だ。」
健は、ジョーとの会話をかけがえの無いものと惜しむように一言一言を丁寧に話しだ
した。
「俺達にとっては、常に次の戦いでの命の保証などない。お前が倒れるかもしれないし、
俺が死ぬかもしれない。確かな事など何もない中でただ一つ、俺がそうだと信じ、
確信している亊がある。それは、何があっても俺達はいつも一つだということ。
そして、俺達は絶対にギャラクターを倒すということだ。」
 ジョーは健の言葉に胸が一杯になった。健はこんな体の俺を足手まといだとは言わ
なかった。邪魔だとも言わなかった。そして、妥協を許さない男が自分の信条を曲げ
て、最後まで共に戦う仲間として認めてくれたのだ。
 最後まで戦うために、たとえ、これからどんな方法を取ろうとも、健だけは自分の
決意をきっとわかってくれ、許してくれるに違いないと震えるような胸の内で思った。
 激しく揺れ動く感情に耐えながらジョーは言った。
「俺も独り言だ。限りある人生の中でお前と出逢えて良かった、心からそう思うよ。
お前と共に戦えて良かった。」
胸に熱いものが込み上げてきて語尾が震えた。苛立ち、絶望し、投げやりになっていた
自分の中に、まだこれほどの熱い感情が残っていたのかと、ジョーは自分自身に驚きを
感じた。
 健は全てを受け止めるように静かにうなずき、そして、話題を変えようと、いつもと
変わらぬ明るい笑顔で言った。
「戦いが終わったら、気楽に旅行にでも行きたいもんだな。久しぶりに地中海のライト
ブルーが見たくなった。」
俺達にだって夢を見る権利はあるはずじゃないか、たとえ、それが儚い夢であっても。
「そうだな、行けたらいいな・・・。いや、きっと行こう。」
かなわぬ夢と知りながらジョーは答えた。
「クルーズ船に乗って、ゆっくりとデッキで寝そべろうぜ。そして、舷側のむこう側に
世界で一番美しいBC島の黄土色の崖が後ろへと流れてゆくのを見るんだ。」
 健とジョーが語り合った数々の夢の中で最後に紡いだ夢の風景が、ふたりの間に幻の
ように浮かび上がっては消えていった。
 健は唇に微笑みを浮かべ行こうぜと合図をした。ジョーはうなずいた。ジョーの心
は、もはや、ここへ来た時のように苦悩に満ちてはいなかった。ジョーは振り返って目
に焼き付けるように彼のG-2号機を見つめ、ギャラクターとの戦いを始めて以来自分
を支えてくれた最高のパートナーにそっと別れを告げた。
「ああ、行こうぜ、健。」
ジョーは健の背に手をかけ歩き出した。その胸の中に新たな決意が炎のように燃え上
がってきた。
 - この先に在るのがたとえ地獄であったとしても、もう、決して恐れはしない。-



END




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