Wing his way

Art / Text by Phantom.G & Sayuri


「・・・・・ん・・・」

 ふと、微かな声に気付いて、南部は振り返った。
リアクターの上で、まどろんでいたはずの健が、低く発した声・・・。
このところ、いつもこうした治療中に、健は眠ってしまう。
南部は、その健の貴重な休息をで出来るだけ静かに過ごさせて
やりたかった。しかしその眠りの中でさえ辛い夢でも見ているのか、
うなされる様な呻きをもらしたり、時には汗びっしょりになって、
飛び起きる事さえある。それでも、鎮静剤の類を、健は一切、
受け付けようとしなかった。神経を鈍らせるわけにいかない、
それは他でもない、ずっと彼らの闘いを見守ってきた、
バックアップドクターでもある、南部自身が彼らに課してきた、
戦士の鉄則の一つだった。
リアクターの規則正しい振動音は、健を浅い眠りに導くが、
彼の病んだ細胞を活性化させるその治療が彼に与える感覚は、
けして心地好いものではないはずだ。
南部は健の、目を閉じた表情を静かに見下ろし、その呼吸を
うかがった。健は、眉間を寄せ、下唇を前歯で軽く噛んでいる。

「どうした・・・?健、どこか痛むのかね?」


「どうした・・・?健、どこか痛むのかね?」

「夢を・・・見ていました」
 春の空のような、わずかな翳りをたたえた瞳を瞬かせて健はそう言った。
「どんな夢だね?健」
 南部はそれを問うた。
 まだリアクターは作動中で、健も動く事は出来ないが、意識はそろそろ目覚めつつある。
 リアクターは健だけの特別なものだ。いや、この装置が必要となる特別な病が
" 健だけ " のもので、だから余人にはこの病の辛さや、またリアクターによる治療の感覚等はまったく分からない。だが治療中の健の様子から推して、あまり心地良いものではあるまい、と感じたからこそ、南部はそれを問うた。
「健、どこか痛むのかね?拮抗剤で直ちに機能を取り戻せる類いの鎮静剤ならば、投与しても影響はあるまい。あまり苦しいようならば−」
「いえ−」
 苦悶に似た最前の健の表情に思わずそう提案した南部の言葉を健は遮ると、
「痛くはありません。それに楽しい夢です・・・から」
 と、微笑んだ。
「楽しい夢?」
 ええ、と健は少し恥ずかし気にまた微笑む。
「それはどんな夢なのかね?」
 健はいつの間にこんなに大きくなったのだろう?・・・尋ねながら、南部はふとそんな事を思った。毎日、顔を合わせている筈の健なのに何だか不思議なくらい懐かしい。と、同時に手で触れられる処にいる健が何故かひどく遠く感じられた。そして、目の前のベッドに仰臥している肢体は、恐ろしい病に冒されているとは信じられぬほど、伸びやかだった。細胞の状態をスキャンする為の幾条もの光を纏った白い裸身は神々しいほどに美しかった。

「夢の中で、俺はいつも空を飛んでいるんです」
 笑みを残したままの唇が、楽しいと言うその夢を語る。
「空はどこまでも青くて、眩い白い光にイーグルワンの翼がキラキラ輝いて・・・」
 だが、その唇には健が自ら噛みしめた痕が、まだ鮮明に刻印されている。楽しい夢ならば、何故、君は唇を咬んだ?
「そう。それで、健、君は何処へ向かって飛んでいるのだね?」
 ついさっき、何かから逃れようとして苦し気に振った頭の、まだ乱れたままのその前髪を整えてやりながら、南部は尋ねる。まさか・・・と、胸騒ぎを覚えつつ−
 何処へかな?・・・と、健は呟いて、それから、
「さあ、何処でしょう?それは分からないけれど、恐らく、いえ、きっと・・・」
 きっと?・・・と、南部は言葉を促したが、その時、
「Pi - Pi - Pi - 」
 と、治療の終了を告げるアラームが鳴った。
 
「健、もう大丈夫なのか?目眩や頭痛は治まったのか?」
 待ち兼ねたように飛び起きて、手早く衣服を纏う健の背に南部はそう声を掛けた。
「ええ、もう大丈夫です」
 肩に垂れた長い髪をバサリと無造作に払って、健が明るく笑って見せた。キリリと上げた眉の下には真夏の太陽に似た強い光を宿した青い青い瞳が輝いている。それはもう " いつも " の健だった。それは何ものにも屈しない猛き大鷲の負けん気溢るる姿だった。誇り高く、大鷲は飛んで行くのだろう。
 自らが " 行く " と定めた遠い空へ・・・約束の蒼空の頂きへ・・・
「ありがとうございました、南部博士。待機ルームに戻っています」
 そう言って踵を返した健の背に、南部は大きな白い羽を見た気がした。
 バードマントのそれではなく、それはまるで本物の鳥の翼のようで−
 まさか、と瞬き、
「健っ!」
 と、南部は健を呼び止めた。
「はい?」
 振り返るその顔に一瞬、浮かぶ幼い日の健の面影・・・父を追い、母を恋うて泣いた小さかった健の姿・・・そして、もうあの大きな羽は見えなかった。
「健、くれぐれも無茶はいかんぞ。自分を大事にするんだ。」
 真直ぐに自分を見る健を、南部は抱きしめてやりたかった。今は見せぬ涙をその頬から拭ってやりたかった。幾度となく、幼かった頃にそうしてやったように・・・
「いいかね?健、君の命は君だけのものでは無いのだと言う事を忘れてはいかんぞ」
 私もジョーも、ジュンや甚平や竜も、そしておまえの飛び行く先に居る父や母も、
皆、そう願っているのだから・・・
 
 ややあって、健は、
「分かっています」
 と、素直に頷きはしたが、決然としたその背には明確な意志と共にあの白い翼が在った。
 
.......The Eagle must soar high into the sky !

- OVER ! -



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