DRAWN GAME 1

by ガイエスハーケン

(1)

「なら勝手にしろ!。」
 そもそも事の起こりは俺のこの一言だった。連日のハードワークのストレスと寝起きの
機嫌の悪さも手伝って、ケンは思いっきり眉間に皺を寄せると背中を向けた。
「ああ、勝手にするさ。今後一切、俺のすることには口を出すな!」
 ドアに向かったその足が気のせいではなく怒りに震えているのが解ったが、売り言葉に
買い言葉、俺はしっかり返してやった。
「ああ、了解だ。長い付き合いだったな、ケン。」
 それきり、3日、俺は奴の姿を見ていない。

「どうしたのよ、ジョー。ケンカでもしたの?」
 毎日通って来るはずのケンがぱったりと姿を見せなくなって、今日で4日。それが俺の
せいだと言わんばかりのジュンの非難の目。
「心配なら家にでも訪ねてみるんだな。」
「そうね、冷蔵庫の食料も切れてる頃だろうし・・・・・・・、」
 世話好き女房のジュンは切っ掛けが出来たことで急に機嫌がよくなった。
 俺はコーヒーのツケがもう一杯増やせそうだと北叟笑んだ。

 しかし、
「ケン、暫く家に帰ってないのよ。」とジュンが知らせてきたのは翌日だった。
 ちぇ、俺の知ったことかよと思いつつ、口にはしない。
「心配するこたぁないさ。あいつだって色々あるんだろうさ。」と言ってから口を噤んだ。
 女の、ましてジュンに言うことじゃなかった。
「色々って何よ。」
 思った通り、トーンを落とした声が突っ込んできた。
「ああ、その、最近、博士は人使いが荒いからな・・・・・」と、なんとかごまかす。
「まぁ・・・・・、それは言えてるわね。」
 吐息が一つ、疑いの沈黙を残してではあったが、ジュンは通信を切ってくれた。
 まったく5日目だぜ。いい加減諦めろってんだ。
 だいたい、いくら俺たちに拘ってきたからって、皆が皆ギャラクターだとは限らねぇんだ。
 俺は缶ビールを片手にソファにひっくり返った。
 ケンは先日サーキットの帰りに出会った女を調べている。路上で動かなくなった車に
悪戦苦闘しているところを助けてやった礼にと、その晩夕食をご馳走になった女だ。
勿論、ケンと俺と彼女と3人だったが、その後、何度か彼女が呼び出したのは俺だけだった。
 赤い髪の抱き心地のいい女・・・・・・、もしかして、あいつ、妬いてるのか・・・・・?
と勝手な想像をしてみたが、やはり少し心配になってきた。
 今更だが、ブレスレットに呼びかけてみる。応答はない。当然か・・・・・・・、
今後一切、俺のすることには口を出すな!、ケンの言葉が蘇る。
「ちぇ、好きにするさ。」
俺は一気にビールを飲み干すと、上着を引っ掴んで部屋を出た。


(2)


それはまったく偶然だった。
俺がダブルのバーボンを注文するカウンターの端で、あの赤い髪の女がグラスを傾けて
いた。相手の男はケンじゃない。
店はまだ開いたばかりで客は俺とそのカップルだけ。マスターは経費節減と、この時間帯
にはBGMを流さない。だから、女の会話は耳を欹てれば筒抜けだった。俺は気づかれな
いように身体を横に向けた。
『だから・・・・・、うふふ・・・・、怒らないでよ、』
『坊やなんか相手にしないから・・・・・、』
『くれてやったわ、優しい髭のおじさんにね。』
『だから、ねぇ、今度もカッツェに取り次いでくれるんでしょ。』
 くそ!!、俺の負けかよ!。
 止まり木をとび降り、相手の男に1発食らわしながら、逃げようとした女の腕を掴む。
「ケンは何処にいる!」
「知らないわ、何のこと!。」
「あんたが狙ってたのは、俺のはずだろ。」
「フン、ダチ思いの坊やに感謝しな、今頃は!、あうっ!!、」
 腕を捩じって背中に回す。
 悲鳴と一緒に細い小指の骨の折れる音がすると、女はあっさりとケンの居場所を吐いた。

 大きな屋敷は忍び込むには容易いが、中を物色するには暇がかかりすぎる。
 見張りの男たちの身なりはどれも黒い背広に黒いネクタイ。マフィアたちのトレードマ
ークだ。
 ボスの居所をどいつの首を締めて聞き出してやろうかと柱の影に潜んでいると、贅沢を
身に纏ったような女が廊下を歩いて来る。きっとボスの情婦だろう。どうせならとそのダ
イヤのネックレスのぶら下がった首に腕を回す。
「ボスのところに案内しな。」
 だが、凄んで見せても、さすがに女は怯まない。
 こういうのは可愛くねぇ、と内心独り言ると聞こえる訳もないのに、女がキッと睨みつ
けやがった。まったく、可愛くねぇ。

 部屋の前まで来て用のなくなったその女の鳩尾に軽く拳を入れて、そっと支えて床に置く。
 と、ドアの向こうで小さな声がする。だが、それが言葉なのか悲鳴なのか、或いは喘ぎな
のかは判別出来なかった。
 そっとドアを押すと、前室があるので鍵は掛っていなかった。
 中では鎖に手足を縛られ、柱に括り付けられたケンがガクリと頭を落としている。
 シャツは剥ぎ取られ、露になった上半身には、赤く腫れ上がった無数の傷があった。
「君がISOの人間だってことは調べが付いてるんだ。なに、少し喋ってくれるだけでいい、
そうしたら、直ぐに鎖を解いてあげよう。」
 ケンの顎を持ち上げて柔らかい口調で男が言う。男はジャパニーズで口髭があった。
「フン、下衆め!。おまえたちに話してやることなんかない。」
 キッと睨んで口汚く罵るケンを、もう1人のロッドを持った男が打つ。
「クッ・・・・・、や、やめろ・・・・・、」
 相当の努力を要してケンは唇を震わせる。
 長い髪が肩に乱れ、引き締まった胸に脇腹に赤い蚯蚓腫れが走り血が滲む。
 畜生!、何てことをしやがる!と、俺は握っていたノブを思いきり引いた。いや、引い
たつもりだった。だが、実際には壁に背中を付き、ドアの隙間から見えるケンの姿が襲っ
てくる暗闇に掻き消されないよう必死で目を見開いていただけだった。
「マフィアの女を甘く見ちゃだめよ、お兄さん。」
 ひやりと冷たい感触が首筋に触れた。それが女の指だと気づくのに随分とかかった。
 ツンと鼻を突く匂いに一瞬頭がクラッときた。俺は動けなかった。
 密着した女の身体が俺の本能に火をつける。ゆっくりと近づいた唇を俺は無意識のうち
に貪っていた。
 これは夢だ、早く目を醒ませ!。目を醒ましてケンを助けるんだ!。
 何度も叫ぶが身体が俺の言うことをきかない。そればかりか女の白いドレスの胸元に指
を滑り込ませる。
「あぁぁ、」
 女が声を上げて身を捩る。
 その時だった。


(3)


「ジョー!、いつまでやってるつもりだ!!」
 その声にハッとして、俄かに俺は夢から醒めた。
 くそ!、素直に“助けてくれ”ってなぜ言えねぇんだ、あいつは!
 女を引き剥がし、今度こそとび込んで行ってロッドの男を一撃でぶちのめす。側で見て
いた髭の親分が目を丸くしてホールドアップだと両手を上げた。そこへ1発くれてやる。
「情けない格好だな、ケン。」
 言ってやるとケンは顔を背けて唇を噛んだ。こいつのこういう顔ってのは、なかなか見
物だな。俺は顎を掴んで無理矢理こちらを向かせたくなる衝動を押さえるのに苦労した。
 だが、手足の戒めを解いてやると途端にケンは態度を変えた。
「ジョー、おまえが女に甘いってのが証明されたな。」
 唇に冷ややかで不敵な微笑を浮かべてケンはほざいた。
「あの赤毛の女な、やっぱりギャラクターだったぜ。」
「そのようだな。」
「フン、今更。」
 赤く鎖の跡が痣になった手首を摩りながら、ケンは無残に引き千切られたシャツを拾って
舌打ちした。
「だがな、ケン。」
 俺は言ってやる。
「俺は女に甘かったが、おまえは髭のオヤジに甘かった。この勝負は引き分けだぜ。」
 何だと!、と言いかけてケンはクッと悔しそうに下を向いた。
 否定は出来ないと悟ったのだろう。俺は満足だった。思わずフッフッフッと唇が緩んじま
うくらいに。
 俺はおまえの弱みを知っている。だが、誰にも言いやしないから安心しろ。
「で?、ギャラクターの女はどうしたんだ?まさか、逃がしちまったんじゃないだろうな。」
 知っていながら俺は意地悪く聞いてやる。
 キッと睨みつけてケンが真一文字に口を結ぶ。だが、
「そこまでドジはしない。しっかりイヤリングに発信機を仕掛けてやったさ。」
 今度はケンがフフッと笑った。
「せこいやり方だな。」
「嫌なら付いて来るな。」
 素直じゃねぇ。
「どうするんだ。」
「解ったよ。始末は俺がつけるさ。」
「しくじるな。」
 ケンは踵を返した、傷ついた背中がドアに向かう。だが、今度は拒絶ではない。しっか
り命令を下しやがった。
 ちぇ、もう隊長面してやがる、なんて立ち直りの早い奴だと思いつつ、俺はケンに上着を
投げる。
「ジョー!」
「ラジャ!」
 呼吸を合わせて一気に廊下を走り抜ける。表に出ると背後で黒い背広たちの声が上がるが
もう遅い。G2号機のドライバーズシートに乗り込み、ナビシートのケンが身体を安定させ
る間も与えず俺はアクセルを踏む。
 任務は既に始まっている。ブレスレットを探知機代わりにイヤリングとシンパシィさせる
と、女は直ぐにギャラクターの基地に案内してくれるだろう。あとは博士に連絡を入れれば
いつもの手順で片が付く。
 
 しかし・・・・、髭のオヤジに甘いケンと、女に甘い俺、これが科学忍者隊のリーダーと
サブリーダーだなんてな、俺は少し先行きが不安になった。


END / DRAWN GAME 1


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