DRAWN GAME 2

by ガイエスハーケン

「なら勝手にしろ!。」
 そもそも事の起こりは俺のこの一言だった。連日のハードワークのストレスと煙草切れ
の機嫌の悪さも手伝って、ジョーは思いっきり眉間に皺を寄せると背中を向けた。
「ああ、勝手にするさ。今後一切、俺のすることに口を出すな!」
 ドアに向かったその足が、気のせいではなく怒気に煽られて床を打つのが解ったが、売り
言葉に買い言葉、俺はしっかり返してやった。
「ああ、了解だ。長い付き合いだったな、ジョー。」
 それきり、3日、俺は奴の姿を見ていない。

「どうしたのよ、ケン。ジョーとケンカでもしたの?」
 毎日通って来るはずのジョーがぱったりと姿を見せなくなって、今日で4日。それが俺の
せいだと言わんばかりのジュンの非難の目。
「知らないな、きっとまたサーキットにでも入り浸ってるんだろうさ。」
「冷たいのね・・・・・・・、」
「そうかな・・・・、それよりオーブンの中のトーストの心配をしてくれよ。」
 言うと「きゃぁ!」と叫んでジュンは慌ててオーブンのドアを開けた。タイマーをセットし
忘れたのか、俺のバタートーストは無残にも炭化していた。

そして、
「ケン?、ジョーったら暫くトレーラーハウスに帰ってないようよ。」
 ジュンが知らせてきたのは翌日だった。
 ちぇ、お節介だな。ジュンの奴、と思いつつ、口にはしない。
「放っておきゃいいさ、あいつだってプライベートじゃ色々あるんだ」と、話しを繕ってから
口を噤んだ。 女の、ましてジュンに言うことじゃなかった。
「色々って?。」
 それを俺に説明しろって言うのか?・・・・・、
「ああ、その、レース仲間との付き合いもあるんだろうし・・・・・」と、なんとかごまかす。
「レースクィーンのことかしら?。」
 肯定の疑問符を付けてジュンは呆れたように通信を切った。
 どっちに呆れたのか?、だが、解ってるんなら聞かないでくれ・・・・・、
 しかし、今日で5日目か、ジョーにしちゃ粘るな。
 ・・・・・・・そりゃ、俺だって怪しいと思わなかった訳じゃない。だけど直感だけでギャラ
クターと決めつけるのは早計だ。それにあの男は・・・・、
 俺は缶ビールを片手にソファにひっくり返った。
 ジョーは先日サーキットの帰りに出会った男を調べている。路上で動かなくなった車に悪
戦苦闘しているところを助けてやった礼にと、その晩夕食をご馳走になった男だ。勿論、
俺とジョーは辞退したが、どうしてもとその男は譲らなかった。上品な口髭をたくわえた随分
身なりのいいジャパニーズで、金はたんまり持っていそうだった。だからという訳じゃないが、
その男の強引な誘いにあえて俺たちは逆らわなかった。
 その後、彼は何度か俺を呼び出した。理由は他愛無い、亡くした息子に似ているというだ
けだ。
 もしかして、あいつ、やっかんでるのか・・・・?と的外れな想像をしてみたが、やはり少し
心配になってきた。
 今更だが、ブレスレットに呼びかけてみる。応答はない。当然か・・・・・・・、
 今後一切、俺のすることに口を出すな!、ジョーの言葉が蘇る。
「ちぇ、好きにしろ。」
 俺は一気にビールを飲み干すと、上着を引っ掴んで部屋を出た。

 それはまったく偶然だった。
 俺がダブルのバーボンを注文するカウンターの端で、あの口髭の男がグラスを傾けて
いた。隣で相手をしているのは、かなり見劣りのする胡散臭い輩だ。
 店はまだ開いたばかりで客は俺と彼らだけ。マスターは経費節減と、この時間帯にはB
GMを流さない。だから、男の会話は耳を欹てれば筒抜けだった。俺は気づかれないよう
に身体を横に向けた。
『簡単だったさ・・・・、』
『ガキは、まだまだ女には甘いからな・・・・・、』
『で、くれてやったさ、優しい女隊長さんにな。』
『これでカッツェにも取り入れるってもんだ。』
 くそ!!、俺の負けかよ!。
 止まり木をとび降り、隣の男に1発食らわしながら、逃げようとした口髭の男の腕を掴む。
「ジョーは何処にいる!」
「知んな、何のことだ!。」
「あんたが狙ってたのは、俺のはずだろ。」
「フン、どっちだって良かったのだよ。友達思いの相棒に感謝するんだな。今頃は!、
ううっ!!、」
 腕を捩じって背中に回す。
 悲鳴と一緒に小指の骨の折れる音がすると、男はあっさりとジョーの居場所を吐いた。

 大きな屋敷は忍び込むには容易いが、中を物色するには暇がかかりすぎる。
見張りの男たちの身なりはどれも黒い背広に黒いネクタイ。マフィアたちのトレードマークだ。
 ボスの居所をどいつの首を締めて聞き出してやろうかと柱の影に潜んでいると、贅沢を
身に纏ったような女が廊下を歩いて来る。きっとボスの情婦だろう。
どうせならとそのダイヤのネックレスのぶら下がった首に腕を回す。
「ボスのところに案内しろ。」
 だが、凄んで見せても、さすがに女は怯まない。反対にキッと睨みつけてくる。
 苦手だなぁ、こういうの・・・・・、


 部屋の前まで来て用のなくなったその女の鳩尾に軽く拳を入れて、そっと支えて床に置く。
 と、ドアの向こうで小さな声がする。だが、それが言葉なのか悲鳴なのか、或いは喘ぎな
のかは判別出来なかった。
 そっとドアを押すと、前室があるので鍵は掛っていなかった。
 中では鎖に手足を縛られ、柱に括り付けられたジョーがガクリと頭を落としている。
 シャツは剥ぎ取られ、露になった上半身には、赤く腫れ上がった無数の傷があった。
「おまえがISOの人間だってことは調べが付いてるんだよ。なぁに、少し喋ってくれるだけ
でいいのさ、そうしたら、悦い思いをさせてやろうって言ってるんだよ。」
 ジョーの顎を持ち上げて赤い唇の女が言う。女は仮面を付けていた。
「フン、下衆が!。おまえらなんかに、話してやることなんかねぇな。」
 キッと鋭い眼光で口汚く罵るジョーを、女の手のロッドが打つ。
「素直じゃないね、今に後悔するよ!」
「クッ・・・・・、誰が、言いなりになんか・・・・・、」
 相当の努力を要してジョーは唇を震わせる。
 額に、乱れたダークブロンドの髪が貼りつき、引き締まった胸に脇腹に、鮮血を迸らせた
赤い蚯蚓腫れが縦横に走った。
 それを肱掛椅子にふんぞり返って眺めている太った男がボスだろう。目配せでもっと打て
と命令する。
 畜生!、酷いことをしやがる!と、俺は握っていたノブを思いきり引いた。いや、引いた
つもりだった。だが、実際には壁に背中を付き、ドアの隙間から見えるジョーの姿が襲って
くる暗闇に掻き消されないよう、必死で目を見開いていただけだった。
「マフィアの女を甘く見ちゃだめよ、坊や。」
 ひやりと冷たい感触が首筋に触れた。それが女の指だと気づくのに随分とかかった。
 ツンと鼻を突く匂いに一瞬頭がクラッときた。俺は動けなかった。
 密着した女の身体が薄絹のドレスを通して俺の欲望を誘う。搦まるブロンドを払い除けよ
うとするが、吸い取られるように指先から力が抜けていく。
「目を閉じて・・・・、」
 言われるがままに瞼が下り、重なった唇に逆らえずに応えると、女の指がシャツの胸に滑
り込んできた。一瞬、力の抜けた指に痺れが走った、目敏く感じ取った女はその手を取って
柔らかい乳房に導く。
「うふふ・・・・・、」
 女が笑った。
 よせ、やめろ、これは夢だ、早く目を醒ませ! 目を醒ましてジョーを助けるんだ!。
 何度も叫ぶが身体が俺の言うことをきかない。
そればかりか女の白い肩に顔を埋めてその首筋を貪ろうとする。
「あぁぁ、」
 歓喜の声を上げて女が身を捩る。
 その時だった。
「ケン! てめぇ、いつまでやってるつもりだ!!」
 その声にハッとして、俄かに俺は夢から醒めた。突き放すようにして搦めた身体を解くと、
女の唇が妖しく色めいた。
「逃げるの?」 
 瞬間、俺の頭にカッと血が昇った。
 ビッ!と強か鳴った頬に、目を丸くして女は悲鳴を上げた。
「お・・・、女をぶつなんて、最低なガキね!」
 半ばパニック状態で俺を非難する声は上擦っていて、女は今にも泣き出さんばかりの体裁
だったが、そんなことは知ったこっちゃない。
 くそ! 素直に“助けてくれ”ってなぜ言えないんだ、あいつは!
 俺は、今度こそとび込んで行って仮面の女に一撃を加える。側で見ていたボスが抵抗も見せ
ずにホールドアップだと両手を上げた。そこへ1発くれてやる。
「情けない格好だな、ジョー。」
 言ってやるとジョーはフンと鼻を鳴らしたが、顔を背けて眉を震わせた。
 こいつがこういう顔をするってのは、なかなか見物だな。俺は顎を掴んで無理矢理こちらを
向かせたくなる衝動を押さえるのに苦労した。
 だが、手足の戒めを解いてやると途端にジョーは、体勢も優位に俺を責めた。
「ケン、おまえがあの手の髭のオヤジに甘いってのが、よぉく解ったぜ。」
 唇に不敵な微笑を浮かべてジョーはほざいた。
「あの男な、やっぱりギャラクターだったぜ。」
「そのようだな。」
「フン、今更。」
 赤く鎖の跡が痣になった手首を摩りながら、ジョーは無残に引き千切られたシャツを拾って
舌打ちした。
「だがな、ジョー。」
 俺は言ってやる。
「俺はその手のオヤジに甘かったが、おまえは赤い唇の女に甘かった。この勝負は引き分け
だぜ。」
 何だと!、と言いかけてジョーはチッとまた悔しそうに舌を鳴らした。
 否定は出来ないと悟ったのだろうか?。俺は満足だった。思わずフッフッフッと唇が緩んで
しまうくらいに。
「で?、髭のオヤジはどうしたんだ?。まさか、逃がしちまったんじゃないだろうな。」
 知っていながら俺は意地悪く聞いてやる。
 しかし、ジョーの唇は挑戦的にニッと吊り上がった。
「そこまでドジじゃねぇぜ。しっかりリストウォッチに発信機を仕掛けてやったさ。」
「せこいやり方だな。」
「嫌なら無理して付いて来なくていいんだぜ。」
「ジョー・・・・・、」
 素直じゃないなぁ、いつものことだが・・・・、
「どうするんだ。」
「ああ、始末は俺がつけるさ。」
「しくじるんじゃねぇぞ。」
 ジョーは踵を返した、傷ついた背中がドアに向かう。だが、今度は拒絶ではない。リーダー
の俺にしっかり命令しやがった。
 ちぇ、まったく感謝と反省の色がないじゃないかと思いつつ、俺はジョーに上着を投げる。
「ケン!」
「ラジャ!」
 呼吸を合わせて一気に廊下を走り抜ける。表に出ると背後で黒い背広たちの声が上がる
がもう遅い。ジョーは止めてあった車に乗り込むと、ナビシートの俺に身体を安定させる間も
与えずアクセルを踏む。
 任務は既に始まっている。ブレスレットを探知機代わりにリストウォッチとシンパシィさせ
ると、男は直ぐにギャラクターの基地に案内してくれるだろう。あとは博士に連絡を入れれ
ばいつもの手順で片が付く。
 
 しかし・・・・、髭のオヤジに甘い俺と、女に甘いジョー、これが科学忍者隊のリーダーと
サブリーダーだなんてな、俺は少し先行きが不安になった。


END / DRAWN GAME 2


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