ブラインド

by ハッチ




「ブラインドを閉めて・・・。」

 脱ぎ捨てたジーンズのポケットから煙草を探す為スラット(羽根)を薄く開いた。
 斜めに差し込む灯は朝日とはまだ言いがたい。薄い月明かりと暁色が混ざる前の淡い群
青色がそれでも明るく部屋に入り込む。ベッドの中で女が口を聞いた。
「起こしちまったか?悪かったな。まだ夜明け前だ。」
 煙草に火を付けゆっくりと吸い込み、そして吐きだす。斜めに差す青い陽の中を立ち上
り消えていくそれを眺めていた。
「・・・ねぇ、まだ寒いわ。」
 そう言って女はシーツから白い手を差し出した。
 紫煙を燻らせながら灰皿をもってベッドに腰掛ける。しばらく窓際に立っていた自分よ
りも冷たい手が腰に触れる。手を伸ばしてスラットを閉じた。
 絡めてきた足はその冷えた手とは反対に温かく、ベッドに戻った自分を迎え入れてくれ
た。
 枕にもたれかかって再び夜明け前の静かな闇に戻った場所で見えなくなった煙をそれで
も見上げる。煙草の火だけが燃えていた。空いている手が女の髪を撫でた。
 何色の髪か、暗くて見えない。いや、初めからなにもわからない。髪の色も目の色も。
 話す言葉も。誰なのかも。
 
「・・・ねぇ、女にフラレタの?」
 可笑しな問いかけにふと口元が緩む。
「だから慰めてあげようかとでも思ったのか?」
「ううん、そうじゃないわ。これでも好みが煩いのよ、あたし。」
「金でも持ってるようには見えねぇだろ。」
「やだ、あたしコールガールじゃないわよ。・・・一目惚れよ。」
 そう言って腰に鼻先をくっつけて太腿を軽くつねられた。
「そいつぁ、大層なこったぜ。あんな大勢飲んでた所でよ。」
 短くなった煙草をもみ消すと火が消えた部屋は一層闇を増した。
「ねぇ、なんであんなに飲んでたの?むちゃくちゃだったじゃない。」
「さぁね、覚えちゃいねぇよ。」

 生きていく事の辛さ、空しさ、残酷さなら嫌というほど心得ている自分が、死という
ゴールが間近な事を告げられうろたえている。そんな自分が馬鹿馬鹿しくって飲まずには
いられなかった。飲まずにはどこにも帰れなかった。

「じゃあ、喧嘩でもしたの・・・?男の人と。」
 そんなこともあったっけな・・・。ついこの間、否、大昔だったような気もする。
 殴っても殴っても殴り返してくるしつこい奴がな。あぁ、思い出した。そいつの事が大
嫌いだったっけ・・・。
「ほら、こんなに・・・」
 女の手が腰から臍、腹筋、胸から首筋に上っていく。顎にかかり頬骨に沿って指でなぞ
られる。
「・・・傷とか痣とかがたくさんあるもの。男の人ってなんでちゃんと話ができないのか
しらね。」
 まったくだ。殴る事しかできねぇなんてな。
「女には素直なんだぜ。」
 いつもの自分の台詞が可笑しかった。既に正気の沙汰ではないかと思っていたのに。

「ブラインドを開けて・・・。」

 手を伸ばして薄くスラットを開く。
「よく見えないわ。貴方の顔。もっとちゃんと見たいのに。」

 細く儚いような腕が絡み引き寄せ口付けを交わす。甘いとしか言いようのないその唇か
らそれ以上に甘い吐息が漏れる。
「又、会える・・・?」
「いや、もうねぇだろうな。」

「ねぇ、名前、教えて。」
「・・・Joe。」
「Joe。いい名前ね。あたしは・・・」
 答える前に唇で塞いだ。聞きたくはなかった。人間らしさが残る心を持っていたくな
かった。

「ブラインドを閉めて・・・。」

 まだ、いいでしょう。行かないで。
 
 そうだな。まだ夜が明ける前だ。ゆっくりと、たぶん最後の黄色いお日様を見るのも悪
くねぇな。

「何か言った?Joe。」
「いや、何でもねぇよ・・・。」

 そう言いながら華奢な鎖骨のくぼみに口付けして目を閉じた。
 女の手が虚ろに宙を彷徨った時、撫でたブラインドが軽い金属音を立て、静かに、響い
ていた。



 END


 


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