Do They Know It's Christmas?

by ハッチ




(1)

―お姉ちゃん、今日何の日か知ってる?
―クリスマス・イブでしょ。決まってるじゃない。

甚平はコップを磨き上げる手をやめてジュンを見ていたが、ジュンは洗い物の手を休める
どころか顔もあげずに応えた。
「クリスマスって言えばさぁ、」
口元を綻ばせてまるで宙になにか浮かんでいるかのような視線を泳がせ甚平がつぶやく
と、
「かきいれどき、よ!」
水を止め、体を起こしチラっと甚平を見てすかさずジュンは言い放った。
「去年は急に(当たり前だけど)任務が入っちゃって、せっかく友達の伝手でピアニスト
まで頼んでいたのにパァになっちゃって、すごく残念だったのよ!ワンブロック先のア
リー・バックスなんてコーヒーショップなのに超満員だったのよ!コーヒーだけでよ!今
年は負けないわよ。いかしたバンドも呼んであるし、料理だってずっと前からデリに頼ん
でおいたスペシャルだし、仮にいざスクランブルがかかっちゃったときの為にバイトまで
用意したんだから。昨日まで任務で準備もまだできていないし。ほらほら甚平、もっとグ
ラス出して!磨いて!」
と手をふきながらいっきにまくしたて、カウンターの外に出て行った。
綻んだ口が「あ」、とも「え」ともつか無い位置で固まった甚平だった。

**

カララン、とドアにつけたクリスマスリースの金色の鈴がなった。
「あーっ!竜!」
固まった口がとたんに緩んだ。
「ジューン。ほい。頼まれていた料理。あの店は混んどるのぉ。だいぶ待たされたわ。」
甚平の視線を無視するように竜は大きな紙袋4つをカウンターに置いた。
「サンキュウ!竜。助かったわぁ。あたしと甚平じゃ持ちきれないし。そーよ。あそこの
デリ美味しいのよ!今日は特別メニューだから余計混んでいたわね。」
とジュンは紙袋をチェックしながら応えた。
「ねね、竜。今日はなんの日だ?」
「なにねぼけたこといっとるんじゃ。クリスマス・イブじゃろ。」
「だよねぇ。で、クリスマスと言えばさぁ・・・」
「かきいれどき、じゃ。」
先ほど聞いた言葉と同じ台詞に再度、甚平の口が閉じなくなった。
「何で竜がかきいれどきなんだよ!」
語尾はけんか腰になっている。
「オラんとこに預かっているヨットはみんなクリスマス・クルーズに出かけるんじゃ。今
日はイブだから夜出港(出る)のも昼間から出るのもある。そんときオラがおらんと面倒
なんだわ。去年は手伝いを頼んだんじゃが、今年はそれだけじゃ間に合わなくってなぁ。
アンダーソン長官のお嬢様とやらが今年は船上パーティを開くんじゃとかで、オラ、ク
ルーの面倒も見なきゃらんのじゃ。」
「そんなこと一言も言ってなかったじゃないかぁ〜;」
けんか腰が弱弱しい語尾に変わりつつあった。
「んなこと、お前に言う必要なかろうが。ず〜っと前から南部博士から頼まれ取ったこと
だし。」
「りゅう〜!」
既に涙目。
「で、ジュン。たのんどったコーヒーは?」
「あ、これこれ。このポットがブラジル。こっちがキャラメルフレーバー。これはチョコ
レートの香りのついたスペシャル・クリスマスフレーバーよ。」
「おお。サンキュ。じゃあなぁ。」
竜は甚平の涙目と又固まった口元に全く気が付くことも無くポットを抱え、カラランと鈴
の音を鳴らして去っていった。

自分の周りだけ照明がついていないような錯覚に甚平は陥っていた。


(2)

電話のベルが鳴っていたのも気がつかなかった。
「オッケー。わかったわ。甚平に届けさせるわ。うんと美味しいの用意するわね♥」
その声には自分に投げかけられていた殺伐とした空気はとうに消え、語尾にハートがつい
ていた。
「甚平!これから健の飛行場に行って来てちょうだい。急いでね。」

ジュンから真っ赤なトートバックを押し付けられ、午後の陽だまりの中、甚平はバギーの
キーを回した。
現在の口元は「へ」の状態で落ち着いていた。
バギーから見る街の景色はこれでもか、といわんばかりのクリスマス色に染まっている。
昼間なのに目に痛いほどのイルミネーション。雪なんか滅多に降らないユートランドで
も、ショーウィンドウの風景は全て雪化粧。舞い散る雪の下で微笑む子供のジオラマに足
を止める恋人たち。
「ちぇ、北極やヒマラヤにいってみろってんだ。雪なんかたくさんありすぎて嫌いになっ
ちまうぞ!」
やたら子供じみたな独り言を言いながら信号待ちの甚平は溜息をついた。

**

健は愛機に荷物を載せている真っ最中だった。
「兄貴ぃ。おまちどう。」
普段より100倍力ない声でトートバックを健に差し出す。
「お、甚平。サンキュ。悪いけど座席に置いてくれ。」
甚平の「「へ」の字に曲がった口元にも全く我関せず、全然気づかずといった調子で口笛
も軽やかに健は荷物を積む手を休めない。
ここにも「かきいれどき」がいた。
「かきいれどき?う〜ん、さすが甚平。いい言葉知っているな。今夜中にカードやプレゼ
ントを届けてもらいたい人がゴマンといるんだ。そのおかげで俺のような所にも臨時便の
増発依頼がくる。クリスマス様様だぜ。実際かきいれどきだよなぁ。」
普段からバイトに余念が無い健がこの「かきいれどき」を見逃すはずが無い、と甚平は端
から承知していた。今更「クリスマスと言えば?」などと訊ねる気力も無い。
顔全体がへの字の甚平とは対照的に、かきいれどき、かきいれどきと呟きながら汗のにじ
んだ額をグローブした手でぬぐい、頬を高揚させながらみせる健の笑顔は眩しかった。
「少し遠い所まで行ってこなくちゃならなくてね。昼飯も食ってなかったからお前にラン
チボックスを頼んだのさ。で、今日のメニューはなんだい?甚平。」
荷物を積み終わり上着を片手に座席のトートバックを持ち上げた健がこれまた最高に、に
こやかな笑顔と共に甚平に訊ねた。
「今日はオイラ作ってないからわからない。じゃね、兄貴。」
甚平は視線を落としたまま後ろ向きに健に片手を挙げただけの挨拶をしてバギーに乗り込
んだ。
「は〜ぁ、健の兄貴、またな、の一言くらい言ってくれたっていいのに・・・」
バギーのエンジンをかけ、振り返らずに発進した。
かきいれどきの笑顔にはもう満腹だった。

**

すぐに店に戻った方が(絶対に、)いいのだけれど、世界中でひとり取り残されてしまっ
たような自分がなんとも救われず、‘傷心’の甚平は人気の無いビーチの沿いの道路にバ
ギーを止め、もうすぐ夕焼けに変わろうとしているピンク色の空をぼんやり眺めていた。
「なにシケタ面してやがるんだよ。」
聞き覚えのある声に振り向いた。いつものTシャツ姿でなく、胸の開いたシャツに黒のレ
ザーパンツ、ジャケットを肩に掛け、手に赤いバラの花束を持った「歩くクリスマス・イ
ブ」仕様のジョーがいた。
「ジョー・・・。ジョーは、かきいれどき−だなんて言わないでくれよなぁ。」
「はぁ?なんだそりゃ?」
気持ちよくビーチ沿いの道を歩いてきて意外なところで発見した弟分の唐突な会話に、伊
達男は一緒に並んで腰掛けて海を眺める羽目になってしまった。
「かきいれどきねぇ。ははは、そりゃ健やジュンにとっちゃ任務を押してでもみのがせ
ねぇよなぁ。」
「でもさぁ、クリスマス・イブだよ。クリスマス・イブ!クリスマスって言えばさぁ、」
「シャンパンにキス、ってのはどうだ?」
下のほうから顔を覗き込まれて低い声でささやかれた。ウィンクのオマケ付き。
「・・・ジョーの兄貴。オイラに言ってもしょーがないよ。で、これからどこに行くんだ
よ?」
魅惑のイタリア男の微笑みも今の甚平には何の癒しの足しにもならなかった。
「このバラが似合うレディのところさ。帰りはどうなるかわからないから車は置いて来
た。」
意味深な笑みを浮べ又ウィンク付きで説明されたが、今の甚平にとってはそれに対して
ツッコミを入れる気力も無かった。
聞けば店からさほど離れていないフレンチレストランの名前をジョーが告げた。
甚平はジョーをバギーに乗せ、先ほどの雪景色のショーウィンドウを目指し街への道を走
り出した。

すでに夕日がオレンジ色に辺りを染め上げ、クリスマスイルミネーションは本領発揮とな
り、ジオラマを覗く恋人たちは数倍に増えている。
「ほら、甚平見てみろ!あのでっかいサンタクロースの風船。あっちのツリーもスゲェ
なぁ。」
そんな華やかなメインストリートを仏頂面の運転手とは違い、セカンドシートのジョーは
心の底から楽しんでいるようだった。ふと耳にした事のない歌が甚平に聞こえてきた。
ジョーが生まれた国の言葉で歌っていた。
(あーぁ、レディに会いに行くんじゃ、浮かれたくもなるよなぁ。)
甚平は周りの景色が一年の間で一番の見せ場を作り出しているのにも拘らず、出るのは溜
め息ばかりだった。一度落ち込んだ気持ちを立て直すにはこの情景は逆効果だった。クリ
スマスムードが盛り上がれば盛り上がるほど、自分に課せられた‘任務’が重くなる。
飛び交うグラスと浮かれる客と積みあげられた皿と女主人の小言と・・・。
何回目かの溜め息をついたとき、ジョーが横目で見て甚平を笑った。
「甚平、そんな情けねェ面するなよ。かきいれどきだぜ。」

Andiamo a trovare Babbo Natale.
Con chi? Con angelo. Buon Natale!


(3)

名前は聞いた事があったが店の前まで来たの初めてだった。
意外に小さい間口の店の前で甚平はジョーと二人で立っていた。
−仕方ねェなぁ、お前も一緒に来い。そのかわりもうちっと愛想よくしろよ。-
いきなりジョーから誘われて思いも寄らない展開に、甚平は体を硬くしてジョーと並んで
いた。
「ジョー、オイラいくらなんでもデートの邪魔なんかできないよ。」
隣に立つキチンとタイを締め、ジャケットを着た「完璧クリスマス・イブ仕様」のジョー
を見上げて小声で言ってみた。
が、返事は無く、代わりにジョーの左眉と口角が上がり意味深な笑いを返された。
赤いビロードのリボンが飾られたドアを開けると細く長い廊下があり、突き当りのウェイ
ターが几帳面なしぐさで案内方向を指している。人々の談笑する暖かい照明の部屋に入っ
たとき、今度は甚平の目は点になっていた。
「今年も会えてうれしいわ。ジョー。」
「ジョー。今日という日をとても楽しみにしてたのよ。」
レディが20人程、席についていて盛んにジョーに声をかけている。
半世紀前までは確かに美しい‘レディ’であっただろう、白髪のご婦人方が。精一杯のお
しゃれをして。
その‘レディ’たちの間をジョーは跪くようにして回っていった。慈愛の笑みを浮かべ話
し掛けながらバラの花を一本づつプレゼントしている。
「まあぁぁぁ、ジョー!来てくれたのね!」
突然、大きな赤い物が甚平の前を横切りジョーに覆い被さるようにして抱きついた。一瞬
サンタクロースかと思った赤い物は真紅のシルクのドレスを着た恰幅のよい、この‘レ
ディ’達の中ではそれでも一番若そうな婦人だった。
ジョーはその大きな体をやんわりと離すと握手しながら何かを話している。大きな体は
ジョーの両手を強く握ったままだ。会話の途中、ジョーに手招きされて甚平は慌ててそば
に走り寄った。
「友人の弟なんですが、今日はこいつのお守りを頼まれているので残念ですが失礼しま
す。こちら、ミス・アンダーソン。とても偉い方のお嬢さんだ。」
そういって握手を促された。
よく見れば髭の無いブロンドの夜会巻のアンダーソン長官!横幅はそのものと同等だっ
た。
握手しながらまたあんぐり開いてしまった口をふさぐかのようにジョーの手が甚平の肩に
掛かり、婦人に簡単な挨拶をしたかと思うと甚平の手を引いてそそくさと店を出ていた。

裏手のパーキングに止めたバギーに乗り込み、今度はジョーがハンドルを握った。エンジ
ンをかけたときやっと甚平が固まった口を開いた。
「ジョー!なんだったんだよ?あれって!」
ふぅ、っと軽い溜め息と一緒にタイを外し両手で髪を掻き揚げながらシートに深く沈んだ
ジョーが笑いながら答えた。
「ミス・アンダーソンだよ。よく似ているだろう、親父さんと。」
チャリティーに熱心なのさ。とジョーは続けた。今のは市内の養老院のご婦人方で毎年あ
のレストランでミス・アンダーソン主催の食事会を開いている。この後は孤児院の子供た
ちをクリスマス・クルージングに連れ出す予定だ。彼女はたまたまISO内で見かけた
ジョーをとても気に入り、何かの折にぜひ呼んで欲しい、とアンダーソン長官におねだり
していた。長官としてもまさか科学忍者隊だからダメだともいえず、親ばかの恥を忍んで
南部博士に頭を下げて頼んだらしい。ジョーもあえて養老院の食事会ならば、ということ
で承諾しこれで3年目だとか。そんな話をバギーを飛ばしながら話してくれた。
「へぇ、全然知らなかったよ。ジョー。いい事やってんじゃん!」
甚平はジョーの肩をポンと軽く叩いた。そんな甚平を横目で見ながらジョーは明るく笑っ
た。
「おめぇに言われてもちっともうれしくないぜ。でも、おかげで早く帰れて助かったぜ。
正直あのお嬢様は苦手でな。」
そうだろう、と甚平は深くうなづいた。お嬢様って呼んでいる周りの人間が偉いと思う。
大人って大変なんだよなぁ。うん。

気が付けば街のイルミネーションが遠くになっている。星が幾分近いところで瞬き、風が
木々の湿り気を運んでくる。街の外れまできているらしい。
「ねぇ、ジョー。どこ行くんだよ。」
「甚平、今日は何の日だ?」
「・・・クリスマス・イブだよ。」−今更聞くなよ、と唇だけが動いていた。
「違いねぇ。」
ははは、と笑いながら又ジョーが歌を口ずさみだした。

Andiamo a trovare Babbo Natale.
Con chi? Con angelo. Buon Natale!

微かに聞こえる異国の歌になんとなく甚平は耳を澄ましていた。
「クリスマスってのは子供と年寄りには親切にするもんなんだぜ。覚えとけよ。」
「ちぇ、オイラもまだ子供なんだけどなぁ・・・。」
「俺が親切にしてやってるじゃねぇか。不満か?」
「あーぁ、不満だね。だいいちクリスマスっていえばさぁ・・・、」
と甚平がムキになって反論しようと隣の席に向き直った時、バギーは派手な音を立てて停
車した。
その反動でもんどりうった体を起こし周りを見渡すと前方に見覚えのある建物が甚平の目
に入った。
「あれ、兄貴の家だ。ジョーなんで兄貴の家なんだよう?店に戻らなきゃ。おねぇちゃん
カンカンだよ。」
そんな甚平を尻目にジョーはバギーから降りると又鼻歌交じりに歩き出した。
「ジョー。おいらもう付き合ってられないから帰るからな!兄貴だってまだ帰ってない
じゃないかよ。じゃあなぁ!」
見直してやったのにここまで来る足が欲しかっただけかよ。全くオイラを何だと思ってる
んだ!
老婦人の微笑と「ミス・サンタクロース」と異国の歌ですこしばかり解きほぐれていた甚
平の気持ちは一気に憤慨いへとヒートアップした。チクショウ、とつぶやきつつエンジン
を再度かけた、その時。
「ジンペー!なにやっているのよぉ!?早く入りなさいよ!!」
とても聞き覚えのある声の方向をみれば、ドアを開けたジョーの傍らに部屋の明かりを背
に逆光でよく見えないが間違えることがあろうか、ジュンが立っていた。
甚平は表情を固めたまま、とりあえずエンジンを切ったがまだ状況が全く飲み込めず、阿
呆のようにボーゼンとドライバーズシートに座ったままだった。
「甚平。さっさと来いよ。」
ジョーが手をあげて呼んでいる。
3回瞬きして唾を飲み込み頭を大袈裟に振ると甚平はジョーが後ろ手に締め掛けたドアの
間をすり抜け部屋に走りこんだ。

殺風景なそのいつもの部屋はクリスマスツリーこそ無いが今日がクリスマスイブだと改め
て思いおこさせてくれるのに十分だった。赤いテーブルクロスに緑のランチョンマット、
天使の模様の入ったナプキン、背の低いフラワーベースに黄色と白とピンクのバラ、星を
模ったキャンドルに灯がともり、ラジオからは古きよき時代から変わらぬ王道のクリスマ
スソングが流れている。
「もう、このウチにはロクなモノないんだから。店から全部持ってきてよかったわ。
あー、ジョー!まだ飲んじゃダメよ!」
皿やグラスやカトラリーをあれこれと並べていたジュンはクーラーのシャンパンに手を伸
ばそうとしていたジョーの手をぴしゃりと叩き、あっちへ行っててとばかりに手をひらひ
らさせて一喝した。そんなジョーもハイハイと大袈裟に叩かれた手を撫でながらまだドア
の側に突っ立ている甚平の頭を小突いた。
「何してんだよ、早く手伝えよ。甚平。」
と、さも愉快そうに(とりあえずシャンパンを諦め)、冷蔵庫にあった缶ビールを手に取
りソファーに腰掛けた。
「甚平!その袋とって!」
ジュンが指す方向にはお昼前、竜が店に抱えて持ってきたそれがあった。
ジュンの声に条件反射するように甚平は手伝いだした。中からはオードブル、サラダ、サ
ンドイッチ、ローストビーフやターキーにサーモン。後は文字通り普段お目にかかったこ
と無いようなクリスマスならでこそのスペシャルメニューが現れ、テーブルの上をものの
見事に完成させてくれた。
思い描いたとおりに出来上がったテーブルの前でニッコリ微笑むジュンに、甚平は今日こ
れまでの疑問を訊ねることにした。もう訊ねてもいい頃だろうと、それでも混乱している
頭を一生懸命使っての結果としての行動だった。

「お店はどうしたんだよ?かきいれどきじゃないのかよ?」
「モチよ〜。かきいれたわよ〜(喜)!もう満員よ店は。それに今日はワンプレートの
フードにフリードリンクですもん。定員一杯になればOK。チャージさえ戴いちゃえば後
はバイト君で回っちゃうって。そのために雇ったんだもん。せっかくのイブを働き詰なん
てイヤじゃない。頭使わなくっちゃ。」
そういって人差し指でこめかみを軽く叩いて見せた。
「じゃ、昼間、竜が持ってきたのは店の料理じゃなかったのかよ?」
「ばっかね〜。あれっぽっちで足りるわけないじゃない。かきいれどきよ。別にワンプ
レート仕様にして届けてもらったわよ。あれはここにあるあたしたちの分。お店に出した
のより奮発したんだから!」
そう言って胸をはるジュンは(今やっと甚平は気がついたが)ピンクのふわふわした感じ
の半袖セーターに黒いパンツを着ていた。しっかりクリスマス仕様だ。
「そうそう、アンタにはこれね。」
そういうとジュンは甚平の頭に金色のモールで縁取られたキラキラした円錐形を被せた。
本人には見ないがトナカイに引かれたソリに乗っているサンタクロースが笑っていた。

甚平はだんだん腹が立ってきていた。


(4)

「なんで最初っからそう言ってくれなかったんだよぉ!パーティするってさぁ!オイラだ
けのけものにしてさぁ!おかげで1日暗かったじゃないかぁ!」
言って泣いて怒ってやろうと腹に力を入れて握りこぶしを作ったとき、ドスドスといった
地響きにも似た足音が聞こえ、玄関のドアが派手におもいっきり開いた。
「んメリークリスマぁス〜!!」
そこにはまぎれも無い、赤い服と白い髭、大きな袋を背負ったサンタクロースが立ってい
た。
訛りがかった挨拶をするサンタクロースにジュンとジョーは大笑いだった。
出鼻をくじかれ、笑い損なった甚平の前に真っ直ぐにサンタクロースは歩いてきて言っ
た。

「んメリークリスマス。よい子にプレゼントじゃ。」

サンタクロースはそう言って甚平に緑の包装紙に真っ赤なリボンの掛かった四角い箱を手
渡しくれた。プレゼントと言われたとたんグーだった手のひらが揃って上を向いてしま
う。この条件反射もなんだか情けなかった。
「似合うわね〜!竜。これじゃ、子供たちは釘付けね。チョット大きい子供だって信じ
ちゃうわよ。来年は「J」にも来てもらおうかしら。子供相手だけじゃ勿体無いわぁ。」
竜は孤児院の子供たちのクリスマスクルージングでサンタクロースの任を仰せつかってい
た。ミス・サンタクロース、ではなくミス・アンダーソンが用意したプレゼントを袋一杯
に積め、衣装をまとい、プレゼントをさっき甚平が聞いた台詞そのままに配っていたとい
う。
「モーターボートで現れるサンタクロースはウケタぞい!帰るときは全員で手を振ってく
れてのう。」
「ばか、竜!それじゃダメじゃねェか。サンタはトナカイに乗ってくるんだろ?ガキはそ
んなのスグ見破るって。」
ジョーが茶々をいれる。
「あ、そうかのぉ・・・。ま、ええわ。 それよりオラ腹減ったわ。」
ちょっとしょぼくれた竜だったが自身の空腹には勝てないとみえ、帽子と髭をはずしテー
ブルの上を物色しはじめた。
掌の上のプレゼントの箱を甚平はじっと眺めていた。
「ありがと。・・・竜。」
小さな声で言ってみた。掌の四角い箱は軽かったが落とさないかのようにぎゅっと胸に抱
きしめなおしていた。

−クリスマスと言えば・・・

「ねぇ、乾杯は健が帰ってくるまで待っててね。料理も・・・まだダメ!きっとすねるか
ら。」
ジュンは今度は竜をなだめながら、これでも食べてて、とポップコーンの籠を渡した。
仕方ないが食べ物の事で健ともめたくはない。苦笑いのジョーの隣へポップコーンをほお
ばったサンタクロースが座った。サンタクロースにジョーが耳打ちする。
「え?甚平、知らんかったのか?」
その声にジュンが状況を察した。
「やぁだ、竜が話してくれてると思ってたわ。だからヘンな顔してたのね。」
缶ビールを竜に差し出しながら皆に背を向けて黙っている甚平を振り返った。
(ちっくしょう。子供だとおもって馬鹿にして〜!)
今度は四角い箱を握り締めながら素直に喜べない自分に困惑しつつ、やっぱり泣いて怒っ
てやろうとチカラを溜めていた。
しかし、またしてもそれは実行する事ができなかった。

遠くからセスナの独特の飛行音が聞こえ、だんだん近くなり一度家の上空を旋回した後着
陸してきた。ジュンは出迎えのためドアの外にでて、竜は待ってましたとばかりにロース
トビーフの大皿に一番近い席につき、ジョーも氷水で濡れたシャンパンのビンをクロスで
拭きはじめていた。
ジュンが何かとても楽しげに笑う声が聞こえてきた。
「待たせて悪かったな。メリークリスマス!」
ジュンが笑いながらそんなケンの背中を押していた。
健はサンタクロースの赤い帽子を被っていた。ジャケットを脱いだ赤いTシャツと微妙な
マッチングをしている。
健の意外な姿に驚きの色を隠せないジョーと甚平。そんなことはローストビーフの前では
かすんでしまう竜。健が来た事だけでもうれしいのにわざわざ演出してくれたのがたまら
なく可笑しいジュン。それぞれ違った意味の笑いが部屋に響いていた。
「メリークリスマス。甚平。」
その中で健が優しい眼差しで甚平に封筒を渡してくれた。
又、手の平が条件反射して上を向いてしまう。裏返して差出人を見たとたん甚平の顔に素
直な子供の笑いが戻って来た。
「シスターからだ!おねぇちゃん!」
健は国連の依頼でしらゆき孤児院へプレゼントを届けるサンタクロースだった。せめて真
似事だけでも、と院長に頼まれ用意されていた帽子を被りサンタクロースの役目を果たし
た。
「居場所がわからなくって手紙も出せないってシスター泣いていたぜ。」
又もらってきてやるからな。そう言って三角帽子の子供の額を人差し指でつっついた。
「よかったわね。甚平。後で私にも読ませてね。」
手紙と四角い箱を持ち、俯き加減の甚平の両肩に手を置きながらジュンが優しく声をかけ
た。

−クリスマスと言えば・・・

「もうええじゃろう〜。乾杯して食べんかのぉ。」
竜の切羽詰った声が全員を現実に引き戻し、又大きな笑いが起こっていた。

ジョーが絶妙のタイミングでシャンパンの栓を開ける。はじける金色の泡を不ぞろいのグ
ラスに盛大に注ぐ。こぼれんばかりに勢いで派手にグラスを合わせて乾杯する。

誰かターキーを切れよ。竜、そんなに肉ばかり食うなよな。見て!このカナッペ、キャビ
アがのってるわ。そら、甚平、もっと飲め飲め・・・このジュースもうまいのう。これな
んだろう?なんだかわからないけどうめぇや。健、ドルチェはまだ食べちゃダメ!やめ
ろ!オリーブは嫌いだって知ってるだろう。ジョー、ちょっと手伝ってよ・・・。

星の瞬きと、森の湿った空気と彼らの笑い声と。
全てが静寂な聖この夜に吸い込まれていく。
明日がどんな日になるかわからないけれど、今夜はできるだけそれを忘れてはしゃいでみ
たい。
全ての人に祝福をくれる今宵だけは。

呼ばれてキッチンへ言ってみると甚平がワインのコルクと戦っている最中だった。
くすっと笑いながら貸してみろ、とボトルをうけとるなり魔法のように梃の原理でポン、
といい音と共にコルクを抜いた。それを手にしたままジョーは甚平を覗き込んだ。
「な、子供にはいい事があるだろ。クリスマスはさ。かきいれどきなのさ、幸せのな。」
そういいながら開けたばかりの白ワインをラッパのみしてリビングへを戻っていった。

「あーぁ、みんな酔っ払っちゃって。結局オイラが面倒見なくっちゃあなぁ。」
呟く甚平には健やジョーやジュンや竜がいつもよりずっと大人に見えていた。
そして自分がまだ子供でいてよかったと柄にもなく思うのだった。

「おい。甚平!なんでも揃っていいクリスマスじゃろうが。」
「ダメだね。一番大事なものが足りないよ。」
「何だよ、それって?甚平。」
健の問いかけにみんなを見回して思い入れたっぷりに答えていた。
「レディからのキスがなくっちゃなぁ・・・。」

   サンタクロースに会いに行きましょう。
   誰と一緒に?天使と一緒に。 ブゥオン ナターレ!


 メリー・クリスマス



HAPPY END


SO・SI・TE


「俺、すっげぇ腹ペコなんだよ・・・。朝から何にも食ってない。」
健が甚平に向かって小さな声で囁いた。
「だって、ランチボックス持って行ったじゃないか。兄貴。」
合わせて小声で返事をする。
「お前が作ったんじゃない料理なんか恐くて食えないだろ!」
小声だったが健の語尾は強かった。

え、でも、あれは・・・。

「あらぁ、健。ランチ食べなかったのぉ?いっち番厚いところのターキーサンドイッチい
れておいてあげたのに・・・。」
真っ赤なトートバックを覗いたジュンがデリの包み紙に包まれた塊りを取り出して言っ
た。

え、って言う事は・・・。

「だからさぁ、今日はデリのスペシャルだったんだよ。お姉ちゃんが作ったんじゃないっ
てばぁ。」

***

昼間、甚平を見送った時、甚平が作ったのではない(ジュンが作ったらしい・・・)ラン
チボックスを手に健は青ざめて固まっていたのだった。決して甚平に声をかけるのを忘れ
たのではなく。

「お、美味そうじゃなぁ。ジュン、それオラにくれんかのう。」
「〜〜〜!!」
健が嘆きとも怒りとも悔しさとも区別のつかない溜め息をつきつながらシャンパンのグラ
スを震える手で握り締めていた。

「兄貴、クリスマスって言えば?」
「腹ペコだよ!!」


 メリークリスマス。



UNHAPPY END


 


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