終止符前 −理想郷−

by Hatch

― ベルク・カッツェの仮面を剥いだ ―

 その事実は科学忍者隊の全員に僅かな勝利の感触と、それを粉々に打ち砕く
たとえようも無い漆黒の深みが待ち構えている現実とを突きつけられ、
Dr.南部救出というミッションが成功したにもかかわらず帰路の足取りは重かった。
 彼等は言葉を交わすことも無く、疲れた体を休ませるべく南部の別荘に戻っていた。


First room

「ジョー、俺だ。入るぜ。」
 ノックをしながら返事も待たずにドアを開ける。
 案の定、奴は服を着たまま靴も脱がずにベッドに伸びている。
 ナイトスタンドが点いているだけの部屋は、奴の顔色までは映しだしてはくれないが
悪いに決まっている。
 メカザイナーとか言ったっけ。奴にしちゃあよくできたウェポンだった。
 あれは結構、堪えたぜ。
 直後は意外に自分もヤバイと思ってか、歩けたりするのだが、あとから相当ヤラレタ。
 自分が打ち落とされた時、翌日の午後になっても泥のような意識と、
恰も無くなってしまったかのような四肢の感触に吐き気を堪えて耐えていた。
 仰臥し片腕で目元を覆っている奴はまだ動かない。眠っているのか?
「・・・なんか用か、説教なら明日にしてくれ・・・。」
 迷惑そうな声が聞こえたが、寝てないならいい。
「説教なんてする気は無いさ。ただ、むやみにブレスレットは外すなよな。」
「どこが説教じゃねぇんだ・・・。」
 けだるそうに体を起こし上目遣いに睨まれた。いつものジョーだ。
「辛いだろ。結構効いたぜ、アレは。」
 へらずぐちが返ってこない。それは肯定の意味。
 目を伏せ枯葉色の髪を掻きあげながら余韻の長い溜息をついた。
「正体・・・ばれちまったな・・・。」
 ポツリとつぶやく奴はいつもより少しだけ小さく見えた。
 慰めにきたわけではない。任務の敗者として攻めるつもりもない。
 ただ、こんなときはジョーの傍にいてやりたかった。
 たとえようも無い敗北感に潰されそうになっているのが伝わってくる。
 奴に撃ち落され羽を毟られたんだからな。当然だ。
(俺だったら・・・。)
 俺だったら・・・考えたくも無い。これまでそんなこと思った事も無かった。
 考えようとする事自体臆病風に吹かれてる証拠だ。
― ここに居たいのは・・・俺か・・・?
  不意に沸きあがった不条理な懐疑を健は自らの笑いで打ち消した。
― ま、いいか、それでも。今夜は。なぁ、ジョー・・・。
「飲んで寝ろよ。いいヤツもってきたぜ。」
 窓際のソファの前のテーブルに琥珀色の幸福に満たされたボトルを置く。
「飲んでも飲まなくても明日お前は二日酔いだ。だったら飲んだ方がトクだぞ。」
 なにわけの解らない事言ってやがるんだ、― そんなあいつの声を無視して
グラスと氷を奥のミニキッチンから用意する。
 明日になればわかるさ、ジョー。少し愉快だった。

 琥珀色の香りが部屋に満たされる。一度だけグラスあわせる。生きている証に。
 そこは安住の地。至福の時。束の間の夢。幻のごとき明日。


Second room

真っ白いミルクにチョコレートがマーブル状に散っていく。
ソファの上で背中を丸めて膝を抱えている小柄な少年の前にマグカップを差し出す。
遠くで鐘の音が聞こえる。

「甚平、これ飲んだら部屋へ戻って寝なさいね。」
「・・・お姉ちゃん、今日ここで寝ていい?」
 ミルクの湯気の向こうから気の弱そうな声が聞こえる。
 螺旋を描くチョコレートを眺め一口カップに口をつけてから、ジュンはいつもと
変わらぬ口調できっぱりと厳しく言い放った。
「だめよ、甚平!自分の部屋へ戻りなさい!」
「頼むよ、お姉ちゃん。おいら、今夜なんかいやなんだよぉ・・・。」
 見上げられたジュンはもう、断れなかった。
 初めてだった。
 普通の子供のように怯えて縋るような眼で見詰められた。
 それまで気を張っていた自分の肩の力も抜け落ちていくのがわかった。
「もう、弱虫ね・・・。今夜だけよ。」
 頷き、はにかんだ口元もただの子供だった。

「もう少しチョコレート入れる?」
「ううん、いらない・・・」

 いつしかカラになったマグカップを片付けて、ジュンはクローゼットからもう一組
毛布と枕を取り出し甚平に渡した。
 自分で言い出しておきながら照れくさそうにベッドの脇に立っていたが、
ジュンがベッドに入るとチョットうれしそうな顔をしてジュンの脇に滑り込んだ。
「昔、こうやってよく寝てたよね。」
「生意気よ、アンタが"むかし―"だなんて。」
「だって、やっぱ、昔・・・だよ。」
 何気なく頭の下に腕を回し、甚平の跳ねる髪の毛を軽く掴む。
 頭の下に回されたジュンの腕を少し見つめる。
「痣ができてる。」
「アンタだってつくりすぎよ。」
 ふと、胸に鼻先が当るのを感じた。
「なにもしない。」
「・・・何のこと?」
「昔のお姉ちゃんは石鹸とパンの匂いがした。」
「今は・・・?」
「今は・・・今はないもしない・・・。」
「それも、昔・・・ね。」

 少し沈黙があった。

 目蓋を閉じてジュンは眠りにつこうとしていた。
「怖くない?」
「何よ、生意気ね。」
「おいらは、チョット怖い・・・」
 不意に問い掛けられ条件反射的に答えていた。
 ここで詰まってはいけない。私らしくない。
「意気地なし・・・大丈夫。私がついてるじゃない・・・。」
「うん、だからオイラここに居るんだ。」
「おやすみなさい。」
 軽く額にキスして愛しい弟を抱きしめた。涙がこぼれそうになった。

 遠くで又鐘の音が聞こえた。


Third room

「夜風は冷たいのう・・・」
 潮のにおいがうれしくて、ついぞ窓を開け放してしまう竜も風の冷たさに窓を閉めた。
 机のスタンドを点け一番上の引き出しから1通の封筒を取り出す。
 何度も読み返しているのか四隅は丸く折れ全体的に薄黒くなっていた。が、中からは
意外にも封筒と釣り合わない真っ白な便箋が現れた。
 竜は今日もこれを宛名の主に届けられなかった事を夜の海に感謝した。
 届かない手紙を今日も読み返す。

親父へ

親父は信じられないかもしれんが、俺は科学忍者隊にいた。
もちろんガッチャマンじゃありゃせん。
ガッチャマンは健というスゴイ奴だ。
親父、健には会った事があったよな。あんとき俺もいた。
すぐ傍で親父を見ていたが声をかけることができない決まりだったから、
そんときは辛かったぞ。
ジョーという凄腕の射撃の名手もいるんじゃ。
チョット気難しい奴なんだが結構イイ奴でな、俺の喧嘩友達だ。
ジュンという女の子もいるんじゃが、これが又美人で、すごく強くてな。
あともう一人甚平という、はしっこいのがいての。
こいつを見てると誠二を思い出して仕方がなかった。
誠二より年は上じゃが話し方とか良く似てて、つい、からかっては誠二を思い出してたぞ。

科学忍者隊にいられた事は俺にとってとてもすごい事だったと思う。
俺は空を飛んでたんだ。
あのゴッドフェニックスを操縦してたんだぞ。すごいじゃろ。
海の上の空はよかったぞ。かもめを脅かすように飛んで、本当に海も空もきれいだった。
あれは親父達にみせたかったの。

辛い事も怖いこともたくさんあった。

でも、ジュンも甚平も頑張っているのを見ると、泣き言は言えんかった。
皆には親兄弟がいない。
ここに来て親父やお袋や誠二のありがたみみたいなモンをすごく感じている。
俺には骨になっても帰るところがあるからな。
骨を拾ってくれる肉親がいるっていうのはありがたいこっちゃ。

この手紙が親父の元に届く時、俺はもうこの世に居ない。

南部博士を恨まないでやってくれ。博士はちっとも悪くない。
田舎モンだった俺にいろいろな事を教えてくれた。友達も作ってくれた。
博士が居なかったら俺は単なるいきがった田舎モンで終るところだった。
博士は俺のことをいつも心配してくれていた。死んでしまうのは俺が悪い。
他の忍者隊の皆もちっとも悪くないからな。それはわかってくれ。
俺の事は皆に聞いてくれ。きっといろいろ話してくれる。
もし骨が戻っていたらゴッドフェニックスから海に撒いてくれるよう南部博士に頼んでくれ。
それが俺の望みだ。
もし何も残ってなければ、この手紙を焼いてくれればいい。
悲しいけどさよならだ。
親父、漁師を継げなくて悪かった。親不孝して悪かった。

男は泣くなと言っていた親父だ。泣かないでくれ。
誠二、母ちゃんはお前が慰めてくれ。頼んだぞ。



 読み終えて又、丁寧にたたみ直した。
 今夜は書き直すところがないのでそのまま戻そうとしたが、ふと封筒の角が折れている
ことが気になり新しいものに入れ替える。竜は日々読み返しては手紙を書き直していた。
 便箋が不自然に白いのはその為だった。生き残った喜びと、いつ朽ち果てるかもしれない
明日をかみ締めながら眠りに付くのが習慣となってしまっている。
 デスクスタンドの灯りの下、暫し真っ白い封筒を見詰めていたが遠くで聞こえた鐘の音
に顔をあげ、表に「親父へ」と大きな字で書き机の一番上の引き出しにしまった。
 一番下の引き出しへ手を掛け、簡単な鍵を外すと中から写真をだした。
 今よりずっと若い両親とずっと幼い自分と弟が写っている。
 滅多に取り出さない写真を今日は手にとり、灯りを消し机を離れる。
 ベッドに転がって写真を眺める。
― も一回だけ、顔みたかったのう。
 鼻にツンとくる感触に慌てて指で鼻を掻き、写真を枕の下に入れる。
― 夢でもえぇからでてこいや、親父。
潮騒が聞こえる。幼い頃弟とはしゃぎ戯れたあの砂浜の。



and First room

 さすがに酔いが回るのがはやい、ざまぁねぇぜ・・・。
 何杯めかのグラスをあおりながらさっきから呼んでいるのに奴は返事をしない。
「なんでぇ、寝ちまったのか・・・?」
 ベッドに腰掛けたまま後に仰向けに倒れた健は身じろぎもしない。
「ちぇっ、幸せそうな顔して寝てやがるぜ。」
 顔の両脇に手をついて覗き込んだ。
 昼間いつも見慣れた凛とした横顔ではなく、昔から変わらない寝顔がそこにあった。
「おい、健。部屋に戻って寝ろよ・・・。」
 ダメ元で熟睡している堕天使につぶやいてみる。勿論返事は無い。
 仕方が無い、と軽く溜息をついてジョーは健の靴を脱がすと、些か乱暴に足をベッドの
上に放り上げた。
 反射的に子供のように毛布を抱えこんだ堕天使の満足そうな深い吐息が聞こえた。
 ジョーは少し思案した。俺が奴の部屋で寝るか、それとも・・・。
 一度は立ち上がったジョーだが、その手でナイトスタンドの灯りを消し、そのまま健の
隣にもぐりこんだ。
 僅かな時間でも健の温もりでベッドの中は温まっていた。
 いつもならこんな事は絶対にしない。人の温もりに頼るほど自分は落ちぶれちゃいねぇ。
 そんな自分を戒めながらも味わってしまった敗北感が、
眠れぬ夜を何日も過ごしていた体の力が、
重く圧し掛かっていたいくつもの不安が酒の力も手伝って、ゆるゆると溶け出していた。
 他人に縋る事を決して許さない自分が、なぜか、今宵はそうしていたかった。

― ギャラクター(奴ら)のこともどうでもいい、
― 体のことも今は忘れたい・・・。
― ・・・健がいる。

 緩やかなまどろみが深さを増した。
 遠ざかる現実に別れを告げようとしたとき、背中で寝返りを打つ暖かいものを感じた。

― 健がいるんだな・・・―

 ジョーはもう一度確かめるように心の中で呟いた。



 やがて夜が白々と明けはじめ、又新しい朝日が煌いて街へ降り注ぐ時。
 希望に満ちた一日が始まる期待に多くの人々が微笑む時。
 彼等の束の間の儚いユートピアは、脆くも、崩れ去っていく。

END


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