それすらも日々の果て・・・・・

by 飛沢 否 

 

Homage to "Birthday Rose&サン・ドニの夏 "

その日、俺は花を買った。
真夏の熱いアスファルトの道路に面した小さな花屋、水を打った店先
の軒に並ぶ色とりどりの花の中から、白い薔薇を選んで。
「リボンは何色に?」
店にそぐわぬ無精髭を生やした主人が尋ねるのを「適当でいい。」と
あしらう俺に「上手くやんな。」と言いながら、彼はセロファンを被った薔
薇の根元に、ピンクのリボンをグルグルと巻きつけた。
これが女に贈るのなら、もう少しマシな格好もしなけりゃいけないが、
今日はTシャツとジーンズでオーケーだ。
しかし、女の時なら鼻歌ぐらいは出ようものだが、これを贈る相手に
は・・・、「Happy birthday to you」
多分、それすら躊躇うだろう。
車のナビシートに薔薇を乗せ、そんなことを考えながら俺はケンのも
とに向かう。

銀色に、フロントガラスが街の乱反射を受け止める。  
サングラスをかけた目に、それでもきつく光が射す。シグナルの赤が
太陽とだぶって見えた。
「夏は好きだ。」
そう言ったのはケンだった。
あれは、サン・ドニの海。
博士が与えた俺とケンの、少年の日の最後のシーズン。
カリブの小さな島。

「泳がないのか?」
不機嫌に言った俺に、あいつは「ああ、」と短く答えて取り合わない。
「血が出てるぜ。」
岩で切った俺の腕を持ち上げて、あいつが言う。
「止まらないだろ、戻るか?」
手を伸ばして俺を引き寄せ、あいつはその傷に口をつけた。

大人達の知らない1週間だった。
それは初めて与えられた休暇であり、そして、その後に待ち受けてい
るもののための恩典でもあった。
それぞれの訓練のための・・・、初めての別離。

「おまえは平気なんだろ。」
そう尋ねたら、あいつは頷きそうな気がした。
俺は唇を噛んだ。
「何を怒ってるんだよ。」
タオルで器用に、あいつは俺の腕を縛った。
「怒ってなんかねぇよ。」
言うと、顔を伏せたまま、あいつが笑った。
見透かされている思いが、その時、俺を苛立たせた。

サン・ドニ、
光る砂と明るすぎる海。
いくら陽に晒されても白いままのケンの裸身。

「腕、見せてみろよ。」
暖炉に火を入れて、あいつが振りかえった。
俺の腕に巻かれたタオルをそろそろと外すと、既に乾いている血を
消毒薬で洗い落とす。
「おまえ、損な性分だな。」
言われて俺は意味が解らなかった。目を上げると、あいつが笑って
いた。
「考えていることが全部、顔に出ちまう。包帯、きつくないか?。」
教わった通りに白いそれを巻きながら、あいつは俺に尋ねた。俺は
かぶりを振る。あいつは包帯を止め、残りをちぎって火の中に放った。
「確かに、俺とおまえと・・・」
火を見つめていた、あいつの視線が、ゆっくりと俺の上に戻ってきた。
「どっちが死んでも不思議じゃない。だけど・・・」
青い瞳が据えられる。
「そんなことは許さないからな。おまえは何をしても、生きて、もう一度、
俺と会うんだ。今度も、これから先も。」
あいつは微笑んだ。
「誓えよ、ジョー。俺も約束するから。」
あいつは両手を背に回し、髪を縛ったバンダナを解いた。
そして、あいつの黒い髪が肩に広がるのを、俺は見た・・・。
 
低い寝台の上に、無造作にひっくり返ったあいつの長い髪が白いリネン
の上に緩やかに散ったのを、俺は突っ立ったまま、無愛想に見ていた。
「おまえ、損な性分だな。」
くすっ、と笑って、あいつはまた同じ事を言い、いくら陽に晒されても
まっさらなリネンのように白いままの腕を伸ばして言葉を続けた。
「誓うなら・・・来いよ、ジョー。」
真直ぐに俺を見ている振りをして、だがあいつの青い瞳は俺を通り越し、
バルコニーの更に向こうに広がるどこまでも青い空を見ていた。何を思っ
て俺を呼ぶのか?答えは明確なようで、その実、まったく分からない。
「ジョー・・・。」
分からぬままに抱きしめ、まるで恋人にするように接吻けて、ペールブ
ルーのコットンシャツのボタンを外して行く俺の名をあいつは呼んだ。
「ん?」
少しだけ身体を離し、その顔を見れば、生意気な約束を言い出したあい
つは、その声同様に少し震え、だがそれでも決して翻さない心を確かめる
ように、生真面目な顔で俺を見つめた。
「約束・・・だぞ。いいな?ジョー。」
「ああ、約束する。誓うぜ、健・・・。俺も死なない。」
あいつはもう一度、ゆっくりと微笑んだ。いつものポーカーフェイスは
何処へやら、それは滅多に見せないあいつの本当の笑顔だった。俺が愛し
て止まない、あいつの本当の心だった。

「お前は平気なんだろ?」
と、恐ろしくて口に出せなかった言葉を、まるで呪文のように繰り返し、
俺はあいつの白い裸身を貪り続ける。眉を寄せ、口唇を噛み、時には俺の
身体を押し返しさえしたが、それでもあいつは俺の接吻けに応え、舌と腕
を絡ませ、熱い吐息を重ねた。
(ああ、俺は平気だぜ。)
それが、そう口の端で笑って頷くのと同様のあいつの「嘘」なのか?
それとも、その問いに対する答えは「否」だと、それが例え「頷いて見
せた」としても、本当は「否」なのだと、あいつは俺に伝えたかったのか?
そんな不安と怯えに駆り立てられて、俺はあいつをきつく抱き、苛んだが、
あいつは声を立てなかった。
「あ・・・」
と、あいつが小さく叫んだのは、ただ一度きり。
俺のものがあいつの身体を貫いた瞬間だけだった。
 
激しかった動きが止まる。
驚いたように、大きく見開いたあいつの瞳を見つめる。
俺は魅入られたように、濡れて輝くその青い瞳から目を離せない。
その奥に微かに揺らめく赤い色に気付くと同時に、俺の口唇は熱くて柔ら
かいものに塞がれ、差し入れられたあいつの舌の甘さに陶然とし・・・。
 
そして、俺は忘れられない。
あの夏の日に密かに交わしたあいつとの約束を。
まっさらな白いリネンにはらりと落ちた真っ赤な花びらの鮮やかさをー。
それは「罪」という名の赤い薔薇。
差し出したのは、あいつ。
摘んだのは、俺・・・。

サン・ドニ、
光る砂と明るすぎる海。
いくら陽に晒されても白いままの健の裸身・・・。
いくら時が流れてもまっさらなままの健の心・・・。

 
パァーパァー!!
クラクションが後ろから早く行けと急き立てる。
シグナルが青に変わった。思いきりアクセルを踏んで、煩い後続車を引き離す。
ナビシートで薔薇が揺れた。
「白いのがいい。」
おまえが言った。白い薔薇は何を指す?、花言葉ってあるんだろうか?
そんな柄でもないこと俺が知るわけはない。それでも、おまえが選んだ訳が解る
ような気がする。
戦いはおまえに何を与えた?おまえに何を教えた?おまえの何を奪った?
戦いはおまえの身体を奪った。
そして、俺の罪を奪った。


ナースも滅多に通らない廊下を歩いて扉の前までたどりつき、監視モニターを
開く。部屋の中のおまえは主治医と話している。今日は気分がよさそうだ。久し
ぶりに見るおまえの笑顔は俺を安心させる。
まだ・・・、逝きはしないと。
おまえの笑い声が懐かしい、おまえのその手が懐かしい、俺に触れた唇が懐か
しい。
光る砂と明るすぎる海。
そう、あのサン・ドニの夏はついこの間のこと。
約束するからと、おまえが言った。
約束するから・・・と、おまえは言った・・・。
あれは束の間の陽光の煌きにも似た・・・。

あの夏覚えた一つの罪を、俺は忘れない・・・。
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                 原案   梛
              作中引用文   飛沢 杏/作「サン・ドニの夏」
              引用文出典   Jaja
Art by ゆうと・らん
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