LEGEND

by 大鷲 譲

LEGEND 


 伝説。
 それは、常に非現実的であり、余りにも調子良く、余りにもご都合主義で・・・故にひ
とはそれを一笑に付すか、若しくは頭から信じて疑わないかというのが習いである。しか
し、この荒唐無稽のストーリーの中には、必ずソースとなる一つ、或いは二つ、若しくは
それ以上の事実が含まれているのもまた、事実なのである。
 伝説というのは、七十五日を経て、なおかつ消えることのない噂がさらに噂を呼び、次
の七十五日、そして又次のサイクルへと移り変わる過程に於いて、次々と尾ひれの付いた
シーラカンスだ、と、そんな物ではないかと、この二人−−−軍の非合法情報員、ケン・
ワシオ少佐、ジョルジュ・アサクラ少佐−−−は思っている。


 「−−と言う訳で・・・君達、返事位したらどうかね」
 ヒギンズ准将は大きなデスクの向こうから、二人を交互に見遣って溜め息をついた。
 「聞いてます」
 両手を後ろに組んで足を少し開き加減に、明後日の方を向いてジョーが言った。
 「何なら復唱しますか」
 ジョーからきっかり90度、准将から一昨日の方を向いて、ケンが髪をかきあげた。
 街はいま朝。准将のオフィスから見て取れる眼下の眺めは、朝からせかせかと忙しい。
明るい陽の光の許、この人の流れの跡絶えることなど、決してないように思える。
 ジョーは鼻毛を抜いていた。どうもむずむずするのが気になるのである。ケンは煙草の
箱を捜して、服の内ポケットに虚しい探索の手を伸ばした。

 −−ったく、このひとは一度話し出すと止まらないんだよな−−
 ズボンの尻ポケットに目指すものを見つけ、口にくわえてみたものの、結局ライターが
見つからず、ケンは准将が向こうを向いた隙にデスクのライターに手を伸ばした。
 「であるからして・・・こら、ケン!」
 ぷか〜、と美味しそうに煙が上がった。
 ふーっと煙を吹き上げ、ケンは「なにか?」というようにその蒼い目を大きくする。ヒ
ギンズ准将は、ハタハタと右手を振って再び窓に向いた。彼の悪い癖は、一度相手が聞き
漏らしたと判断すると、最初から演説を始める所である。
 「であるからして、見ろ。この平和な街の様子を。誰も彼もが・・」
 「−−何も知らずにのんびりと日々を過ごしている」
 ぷわっ、と煙の輪が天井に向かった。
 「・・・・・・」
 「アウチッ!!」
 どうやらジョーは、三本程まとめて力の限り引き抜いたようだった。
 「この、何もしらぬだな、」
 「−−さながら小羊の群のような」
 「人の流れを」
 「消してしまえるのは、この世ならざる神のみである」
 いささか長くなった灰が、足首まで埋もれそうなワインレッドのカーペットにほろりと
落ちたのを見届け、足で判らぬように蹴散らかしながら、ケンは照れ臭そうにニコリと笑
った。
 「・・・・・」
 ジョーは、足下に落ちた鼻毛の数を数える事に熱中し、必死の形相で目を凝らしていた。
 「続きをどうぞ、サー」
 ふんわりとした微笑みに、ヒギンズ准将は咳払いで答えて息を吸い込んだ。
 「人類は成長しすぎたのだよ」
 ジョーは、数えるには目が疲れる事を認めたようだった。
 「・・・そういうことが、分かっておるならそれでいい」
 准将は、吸い込んだ息の遣り場を見つけてほっとしたように−−半ば呆れて−−ジョー
の目を見返した。
 「お続け下さい、サー」
 灰が完全に微粒と化し、カーペットに同化したのを確認して、ケンが言った。おほんと
咳払いをして准将が言葉を繋ぐ。
 二人はじっと立っていた。演説はほぼ20分続いている。今日の准将は御機嫌らしい。
身長173cmの准将の頭もてっぺんが、195cmのジョーから良く見える。
  −−ふーん、また薄くなったな、おっさんも気の毒に。まー、なんでもいいから早い
とこ仕事くれよな。俺は疲れてるんだからよ−−
 ジョーはイライラしてくるのを隠しきれず、隣のケンを盗み見た。ケンは准将の演説を
ものともせず、短くなった煙草を消す為に後ろのテーブルに向かっている。
  −−だめだ、こりゃ−−
 准将の声が、ジョーの頭の中を通り抜けて行く。ケンは前を向き直って、涼しい顔で聞
き続ける様子だ。ジョーには全く理解しがたいケンの心理だった。
 要するに、早い話が新開発の原子燃料の化学式のフィルムを届けるだけの仕事だろうが
よ。ジョーは腕の時計に素早く目を走らせた。午前10時15分36秒。かんべんしてく
れよな、まったく・・・。ジョーは眠かった。ただ、飛行機に乗り込み、シートに座って
寝たかった。
 「ジョー、君はひとの話を聞いておるのかね」
 お・・・? 視線を上げると、准将の赤く染まった顔が目前にあった。
 「聞いてます。写真、運ぶんでしょう?」
 「写真ではない。フィルムだ」
 「同じようなもんじゃないですか。要するに運ぶんでしょ?ものを」
 「いーや、君。写真とフィルムでは話が違う。写真はそれ一枚だがフィルムは容易に焼
き増しが可能だ」
 ジョーの阿呆、と、ケンが露骨に天を仰ぐ。
 「いいか。運ぶ物の重みも知らんで任務を遂行しようというのはだっっっ!」
 んんん・・眠い。昨夜寝たのは何時だっただろう。ジョーの頭の中は飛行機とリクライ
ニングしたシートで一杯だった。・・・ケンとも随分やってねぇな。ケンの全裸を思い浮
かべると、ジョーのズボンの前立ては突然ジッパーの存在を持ち主に主張し始めた。着い
たら思いっきりやろう。ケンは欲求不満が嵩じると、どーも機嫌が悪くて困る。実際、ジ
ョーにはそれ以外原因が分からないが、今朝目が覚めてから、ケンは一言も口をきかなか
った。着いたら、まずホテルに泊まって・・・軍の宿舎は色気が無くていけない。ケンの
奴が気絶するまで楽しませてやる。
 思わず綻びかけた口許を隠す為に、ジョーが下を向いた時だった。
 「貴様はどうしてそう人の話をうわの空で聞くんだ。え? アサクラ少佐」
 ヒギンズ准将が歯をむいてジョーの正面に立っていた。
 「・・・あー、いえ、聞いてます。俺は写真を届けに行く訳です」
 ケンの顔が、この馬鹿が、と言っていた。仕方がない。このままでは出発が3時間先よ
り早くなることはないだろう。
 「失礼いたします。サー」
 ケンはできるだけ穏やかに口許をにっこりと綻ばせた。
 「お怒りはもっともと存じますが、私の相棒は何分にも礼儀を知らぬもので、常に注意
してはおりますが・・・」
 スラリとした美丈夫に、にっこりと、しかし申し訳なさそうに微笑まれると、大抵の人
間は毒気を抜かれるものだ。自分の容姿を十二分にふまえた上の、ケンのセオリーである。
 「しかしケン、アサクラ少佐の態度には常日頃から反省を促してはおるがな、」
 −−だめかな、こりゃ・・・−−−
 それでもケンの微笑みは消えない。ジョーの最も苦手なケンの顔だった。いつも自分だ
けお利口になるんだ、こいつは。
 「充分に存じております。ですが、ジョーはジャングル育ちで礼儀のなんたるかも理解
してはいないのです。密林の動物が相手では礼儀作法も通じませんし、こことはひとつ」
 むかあーっ・・・。ジョーの頭に血が登りきった。
 「ケン。おめぇ、今、なんつった」
 「なにって?」
 「おまえ、ジャングルがどうとか言ってたよな。ケン」
 「言ったがどーした。馬鹿かおまえは」
 「馬鹿といえば、おまえはジャングルを馬鹿にするのか?」
 「そんな事を言ってる立場かおまえは。おまえがボサッとしてなきゃ、俺達は今頃空の
上だったんだぞ。誰の為に俺までが一緒に説教を聞くハメになったと思ってるんだ!」
 ヒギンズ准将は、ただ黙って立っていた。
 「そんな事はどうでもいい。俺はジャングルを馬鹿にしたなと言ってるんだ」
 「ジョー。おまえ、俺の言ってる事が分かってないな。だからおまえは人間の言葉を理
解できないジャングル・ターザンだと言ってるんだ!」
 「俺をそのコードネームで呼ぶんじゃないっ!・・・とにかく」
 ジョーは、キリリとケンを見据えた。
 「ジャングルに謝れ」
 「−−−ジョー、おまえな・・・」
 「ジャングルに、謝れ」
 「あー、君達・・・」
 「ヒギンズ准将、黙ってて下さい」
 頭の上から言われて、准将は素直に口を閉じた。怒れるターザンは、いかな彼もで恐ろ
しかった。
 「ジャングルに手を付いて、頭を下げて謝れと、俺は言ってるんだ。ジャングルは俺を
暖かく包み込み、俺を育んで来た。あの、緑溢れる豊かな土地は他にはない」
 「・・・豊かすぎてむせちまうね。どうせ俺は都会育ちだよ。あんなとこは人間の住め
る所じゃないんだよ」
 ケンにしてみれば、別にジャングルを罵倒する気はないのだが、せっかくジョーに早い
とこ休息の時間を作ってやろうという心遣いをしているに、なんでこういう展開になって
しまったのかと思うと、ひたすら腹立たしかった。
 「悪かったな。俺はそこで生まれてそこで育ったんだよ。大体そのジャングルに断りも
なしに、どでかい基地なんぞこさえやがって」
 「ジョー。能書きはよく分かったが、俺がここで謝ることを拒否すると、一体どうなる
んだ。俺は訳も分からない事に謝るのは御免だからな」
 「いいか、ケン。まぁ聞け」
 ジョーは、腰に手を当てた。
 「ジャングルの動植物はな、生命力も繁殖力もとても旺盛なんだ」
 −−ジョーを見てりゃ、よーく分かることだ−−
 ケンはジョーの目を見てうなづいた。
 「それで・・・?」
 「その動植物がだ、ジャングルの怒りに同調して都会に攻め込んでくるとどうなる。コ
ンクリートやアスファルトなんぞという人工物はひとたまりもなく壊滅するぞ。おまえの
不用意な一言で、多くの人が不幸になるんだ。分かったら、謝れ」
 ここまで来れば、へ理屈もりっぱな理屈だと准将は感心した。
 「ジャングルさん、どうも申し訳ない」
 ケンにももう反論する気力は残っていなかった。一応、事態は解決したと見るべきであ
ろう。
 「も、行っていいぞ」
 ヒギンズ准将はひらひらと手を振った。早いとここの二人を追い出さない限り、今日の
仕事が半日遅れになることは必至だった。
 「ほれ、今日のクルーとスケジュール表だ。これを持ってさっさと任務についてくれ。
戻ってくるなよ、二人とも」
 「イエス、サー」
 「イエス、サー!」
 軍の礼儀作法マニュアルの教本に載りそうな見事な敬礼を残して二人の出ていった後の
オフィスは、さながら台風の去った後の港のような清々しさだった。
 ケンは無言で廊下を歩き、無言でロビーを抜け、無言のまま地下の駐車場に下りると、
そのまま自分の車に乗り込んだ。ジョーは、ただひたすらその後を歩き、やはり無言のま
まタイヤをきしませて走りだす真紅のロータス・ヨーロッパを見送った。見事なハンドル
捌きと中の美青年に、周りが思わず振り返る。ジョーは小さく呟いた。
 「まったく派手な野郎だぜ」
 ヒギンズ准将は、クラクションを鳴らして追いかけるジョーのシルバーグレイのフォル
クスワーゲン・ビートルを窓から見下ろしていた。車体の許す限りのチューンナップを施
したビートルは、ロータスにぴったりとくっついて、他の車とデッドヒートをしながら遠
くなって行く。
 「ああいうのを地味派手というんだ。どうもジョーの性格はよく分からん」
 やれやれ、と溜め息をつき、彼は電話を取り上げた。
 「私だ。ターザンとエレファントは、ジャングルを移動中」
 電話を置いて、准将はおや、と言うように首を傾げた。
 「何か大切な事を忘れたような気がするが・・・」
 そして空軍基地にかける為にもう一度電話を取り上げた。
 「ヒギンズだ。二人に変更を伝えるようにクルーに言いたまえ・・・そうだ、−−うん
・・・」


 空軍基地に着いてからも、ケンはただ黙っていた。
 「ケン。おい、ケン・・・」
 ジョーは無言の背中に話しかけた。
 「な、荷物持ってやろうか」
 「結構。自分のスーツケース位は持てる」
 「な、向こう着いたらホテルとろうぜ。いい所があるんだ」
 「・・・・・」
 「なぁ、ケン・・・・なに怒ってるんだよ。着いたらたっぷり可愛がってやるから機嫌
直せよ」
 ぴたり、とケンの足が止まり、振り向き様人指し指が突き付けられた。
 「いっぺんジャングルに帰るか、ジョー」
 「この野・・・」
 「やかましい」
 そのままジョーにフライトプランを渡すと、ケンはタラップを上り始めた。ジョーは溜
め息をついて後に続く。目の前に、制服姿のケンの形の良いヒップが揺れていた。思わず
ムラムラとして来るのをグッと堪えて、ジョーはプラン表に目を落とした。
 「ひぇー・・・何だ、こりゃ」
 アダム・ローソン中尉  風邪の為 ジェイソン・コーネル中尉に
 モーリス・ハウエル軍曹 腹痛の為 ロバート・スミス軍曹に
 パット・オリビエ軍曹  下痢の為 グレッグ・キャンベル軍曹に交代
 最悪のラインナップだった。三人共、ソノ道では軍の折り紙付きの強者である。ジョー
は、三人のケンを見る熱いまなざしと、自分に向けられる嫉妬と憎しみのこもったまなざ
しを思い浮かべて、ぷるぷると頭を振った。
 −−念願叶って、一緒に任務遂行ってかよ−−
 「お待ちしておりました。少佐。お荷物をどうぞ」
 「やあ、コーネル。ありがとう」
 ケンはにこにこしてスーツケースを渡すと、ちらりとジョーを振り向いた。
 「なにしてるの、早く来いよ」
 「アサクラ少佐、お荷物はあちらにどうぞ」
 心なしか冷たいコーネルの声に、ジョーは自分のスーツケースを持って乗り込んだ。
 「ケンには御親切なこった。おい、スミス、キャンベル」
 ケンの後について中へ入ろうとしている二人を呼び止めると、二人とも無粋な、という
顔で振り向く。
 「積み荷はもう乗ってるのか」
 「ええ」
 「こら待て」
 さっさと行ってしまいそうになる二人を、ジョーはしつこく呼び止めて言った。
 「何でまた、たった五人とフィルムだけの道中に、こんなでかい輸送機が要るんだ?」
 「さぁ・・・何でも小型のが故障とかで、中尉がこれを引っ張って来たんです」
 「いいじゃないですか。大は小を兼ねるというし」
 −−クルーは交代、飛行機は故障、おまけにケンのヘソは散歩中ときてる。まった
くろくでもねぇ任務だぜ−−
 ジョーは頭を振って、奥へと入って行った。
 ケンがシートに腰を下ろすまで、コーネル中尉はつきっきりだった。ジョーはこれ見
よがしに隣のシートに座る事にした。
 「アサクラ少佐、シートは沢山あります。どうぞこちらでごゆっくりされては・・・」
 「やかましい。さっさと飛行機を飛ばして目的地へ着かんか、馬鹿者が」
 ふん、と鼻を鳴らしてコクピットへ戻るコーネルを、ジョーは複雑な気持ちで見送った。
 「積み荷チェック、完了しました。目的地までごゆっくり」
 脇の通路をスミスが通り様、ジョーの頭を通り越してケンにささやいて行った。
 「たかが写真に積み荷もへったくれもあるかよ」
 「ジョー、フィルムだ」
 「・・・わかったよ」
 そのまま飛行機が飛び立つまで、二人は口をきかなかった。嫌な感じがした。クルーが
気に入らない。使用機は交代。たかがフィルムを運ぶのに、何でわざわざ後部のカーゴス
ペースなんかに置くのだろうか。ケンはじっと窓の外を見ているだけだったが、ジョーは
腰掛けている尻の辺りがむずむずしてくるのを感じていた。大抵こんな時のジョーの勘は
当たるのだった。たかがフィルムに護衛が三人も付くってのは普通の機密じゃねーな。ま
ったく・・・。
 「あー、やだやだっ!。おいケン、何か見えるのか?」
 「空」
 ケンは振り向きもしなかった。
 「・・・おまえね、何朝からブンむくれてんだよ。俺と二週間振りの御対面だぜ。その
上、この後は休暇だって言うじゃねえか」
 「じゃ聞くがな、ジョー。おまえ、本当にわかんないのか?」
 「−−わからん」
 ケンはジョーに完全に背を向けた。ジョーはシートに沈み込み、昨夜からの出来事を真
剣に考え始めた。

 それは、年に何度かある軍事演習で、ジョーは陸軍少佐の身分で、教官として参加して
いた。数ある部隊でも選り抜きを選抜した野戦の実習はなかなかハードなものだった。前
半は極寒のアラスカ、後半は南米のジャングルと言うメチャクチャなスケジュールは、流
石の猛者にも相当こたえたようで、勿論ジョーとて例外ではなかった。おまけに帰りつい
たのは夜中で、これも恒例ではあるが、ジョーは始末書を五枚もタイプした上に上官から
こってりと油を絞られて、ケンと同居−同棲とひとは言うが−しているフラットに辿り着
いたのは、午前2時をとっくにまわっていた。
 ジョーがクタクタになって帰った時、ケンはソファでうたた寝をしていた。部屋は見る
も無残な有り様で、この二週間というものケンが全く家事というものに手を付けていない
事が一目瞭然だった。風呂に入った後らしく、少し濡れた髪にバスローブを羽織っただけ
のケンに、ジョーは優しくキスをして、耳元に低くささやいた。
 「ケン、風邪ひくぞ。ベッドに入って寝ろよ」
 「・・・・う、ん・・・・」
 軽く眉をしかめて、ケンが目を開いた。
 「ジョー・・、遅かったじゃないか。俺、待ってたのに」
 「部下の不始末は俺の不始末。始末書を書いてたんだ」
 「あ、そう。ね、連れてって。・・あ、ジョー、汗臭いな」
 「悪かったな。自分で歩いて行けよ。おまえ、いつから足がなまったんだよ。俺は風呂
に入るぞ。湯につかって目を覚ますから」
 「あ、ジョー!バスタブは・・・」
 ケンの声を後ろに、ジョーはバスルームに入った。熱い湯にたっぷりとつかって、ケン
と二週間振りの御対面を楽しもうと思った。
 「だぁーーーっっ!。何だ、こりゃー!!」
 バスタブを見た途端、ジョーはどっと疲れが出て、その場にしゃがみ込んだ。底の方に
溜まった水に、半分腐った花束がカードと一緒に五つも浮いていた。
 「何なんだこれは・・・」
 ジョーは鼻を押さえた。ここでシャワーを浴びるのも御免被りたいと思った。
 「・・・To  Ken ・・・ジョーのお留守は寂しいでしょう、夕食でも一緒に・・・」
 むかあー・・・っと来るのを抑えて、ともかくその花束−−悪臭を放つ生ゴミ−−を捨
て、綺麗にスポンジでバスタブを洗い流し、当初の目的を達してベッドまで疲れた体を引
き摺って行けば、ケンはダブルベッドの真ん中でスヤスヤと寝息をたてていた。
 「この野郎、向こうへ行けよ。俺を寝かせないつもりかよ」
 「ジョー。冷たいな」
 寝ていた筈のケンがぱっちりと目を開けた。
 「ジョーが帰って来るのを待ってたのに・・・。二回もシャワーあびたんだぜ」
 強引にケンの隣に潜り込むと、久し振りの柔らかいベッドに眠気が襲って来た。
 「なぁ、ジョー・・・」
 ケンの手が、ジョーの胸に這わされる。
 「あんな素敵な花束頂いたんだ。寂しいこたねーだろ?」
 ジョーはとにかく、眠くて疲れていたのだ。
 「ジョー、やきもち焼いてんのか?」
 「眠いんだ。勘弁してくれよ」
 ジョーの記憶にあるのはそこまでである。ただその後、よく考えてみると、思い当たる
フシがないでもない。
 ジョーは夢を見ていた。緑の薫る密林で、昔可愛がっていたチンパンジーが、腰布を纏
っただけのジョーに戯れている。
 「よせよ、ジェニー・・・」
 彼女はメスだった。ジェニーの手が、ジョーの胸を這い、腹へ、そして優しく蠢めきな
がら下へおりて行く。
 「くすぐったいよ、ジェニー。やめろったら・・・」
 遂にジェニーは、ジョーの股間に触れ、それをやんわりと握りしめて愛撫し出した。
 「ん・・ジェニー・・・困った奴だ・・・・」
 ジェニーが、半分勃ちあがったペニスを口に含む。チンパンジーのくせに、彼女は巧み
だった。
 「やめろったら!」
 ジョーはその愛撫を振り切って、深い眠りに落ちていった・・・・
 「まさか・・・ケン・・・」
 「ジェニーって、何だよ。俺はね、二週間、誰とも寝てなかったんだぜ」
 「あのな・・・・」
 ジョーは頭を抱えた。夢を見ていただの、ましてや相手をチンパンジーと間違えたなど
とは、口が裂けても言えたものではなかった。


 窓の外は五月晴の空、雲一つなく、下の道路が見える程度の天気である。ジョーは黙っ
てそっぽを向いたケンの頭越しに、窓の外に目を遣った。何となく、何となくだが、目的
地へ向かうには地形が違うような気がした。もうしばらくしなければどうと言えないが、
カンに間違いがなければこの飛行機は全く別の方向に飛んでいる。
 「ケン、どーもこの飛行機の進路は違うように思うんだが・・・」
 「野生のカンか?」
 ケンは窓の外を見たまま答えた。
 「どーとでも言え。30度はズレてるぞ」
 「俺の計算に狂いがなければ34度違うと思うが」
 やな野郎だ。
 「パイロットは何を考えとるんだ。呼んだ方がいいんじゃねえのか、ケン」
 「その必要はないぜ、ジョー」
 「何で・・・」
 ジョーの言葉が途切れた。ケンは既にホールドアップしていたのである。振り向いたジ
ョーの目に、三人が銃を構えて立っているのが飛び込んで来た。
 「コーネル、スミス、キャンベル。貴様ら一体何の真似だ」
 「おっと、そのまま。両手を上げて・・・そこに座ったままでいて下さい、アサクラ少
佐」
 三人の持つ銃はセーフティロックが外され、二人を狙っていた。
 「俺達を何処に連れて行こうっていうんだ」
 「それは未だ教えて差し上げる訳にはいきません。ただ、現在この機は我々の物で、お
二人の命も我々のものだと言っても差し支えはないでしょう」
 コーネルの腕が伸び、ジョーの真正面に銃口が向いた。
 「おまえ、飛行機の中でぶっ放しでもしたら、どうなるか知っててやってんだろうな、
コーネル」
 「ご心配にはおよびません。これではせいぜい体内に留まるか、シートで止まります」
 確かに、彼らの持っているのは小型のピストルだったが、至近距離で撃てば充分に殺傷
能力はある。ジョーはケンと目を見合せ、おとなしく座った。
 「で、何が目的だ、コーネル。貴様がそそのかしたんだろう。何が望みだ。言え」
 ケンの顔も少し強張っていた。何しろ、持っているのは最重要機密である。行き先によ
っては大変な事になるだろう。三人はニヤリと不敵な笑みをもらした。
 「失礼、アサクラ少佐」
 コーネルは後ろの二人に銃を構えているようにと指示すると、二人の後ろに回り込み、
ジョーの耳元に何事かをささやいた。
 「何だって? 貴様ら一体何を考えとるんだ!!」
 「軍の機密がかかってるんですよ、アサクラ少佐」
 「ふざけるな!!」
 ジョーは思わず腰を浮かし、キャンベルの銃口をこめかみに突き付けられてシートにも
たれ込んだ。
 「貴様達は俺の・・・」
 俺のケンを一体何だと思っているんだとは、言えなかった。
 「俺?。貴方がどうかしましたか、少佐」
 「俺の・・・階級を何だと思ってるんだ。上官侮辱罪で軍法会議もんだぞ。コーネル中
尉」
 「先程から申し上げておりますが、アサクラ少佐」
 この野郎は俺の言いたい事は充分に分かってるという顔だと思うと、余計腹が立って来
る。
 「軍の最高機密が乗ってるんです。アサクラ少佐」
 コーネルは澄ました顔で言った。
 「とんでもねぇ奴らだ。大体その軍の機密と天秤にかけようってのは一体どういう神経
をしとるんだ、おまえらは」
 「貴方が一番よく御存知でしょう。我々は充分に天秤に乗ると思いますが?」
 「ほう、そんなものかね」
 にらみつけるジョーの視線を薄笑いで受け止めて、コーネルは平然と続ける。
 「ともかく、我々は条件を提示しましたし、それによって進路を再び変更する事も考慮
しています。呑むかどうかは貴方しだいです。良い返事が聞ける事を期待していますよ。
アサクラ少佐」
 三人は、ケンとジョーの手を後ろ手に縛り上げ、武器を取り上げるとコクピットに姿を
消した。ジョーはその後ろ姿を呆然と見送って天を仰いだ。
 「俺次第だっつったって、俺が認めたからと言って、ケンが承知するかっていうのは、
別問題だと、思う。うん。そう思う」
 「ジョー、何を一人でぶつぶつ言ってるんだ?」
 先程から黙りこくって会話を聞いていたケンが、呆れたように振り向いた。
 「な、そうだろ?。そう思うだろ? ケン」
 「何が?。聞いてもいない話にYesもNoも言えるもんか。大体ここでYesなんて
言って、おまえがあん時そう言ったから責任とれって言われたって俺は嫌だぜ」
 「あのな、おまえ・・・」
 「そう悩む事はないじゃないか。抱かれて来ればいいんだろ?」
 ぎく・・・。顔から血の気が引いて、またてっぺんにかけ上り、ジョーはケンの顔をま
じまじと見つめた。
 「おまえ・・・聞こえて・・・」
 「聞こえなくったって、大体そんなもんだろ。あのノータリンが考えつくのは」
 −−そんなものか・・・そんなものだろうか・・・−−
 「見るからに好きそうだし、軽そうだし、俺は前っからあいつが中尉に出世できたのが
不思議だったんだ。ふーん、要するに要領がいいってことだったんだな」
 ケンは何やらしきりに感心して一人でうなづいた。よくよく落ち着いた奴だと、ジョー
はそのケンに感心していた。
 「ま、そんくらい考えつかなきゃ少佐は勤まらないよな。アサクラ少佐」
 少佐という言葉が、やけに耳につく日だとジョーは思った。
 「でも、痛いのは最初のうちだし、そのうち良くなるさ」
 「そういうもんか?」
 「そういうもんだよ」
 ケンは平然と答えた。
 「減るもんじゃなし、ガキが出来る訳でもないし。それにあいつ等が病気持ちって話も
聞かないしさ」
 「おまえ、本当にいいのか」
 ケンの顔を覗き込む。
 「俺は別にいいよ」
 ケンの表情は変わらない。
 「ほんっとに、いいのか?」
 「しつこいな。構わないよ」
 構わないと言われても、構わないではいられない。
 「・・・で、痛いのが過ぎると、やっぱり、良がっちゃったりする・・・訳か?。おま
え」
 きょとん、とケンの目が開かれ、ジョーをじっと見た。
 「俺、そういう趣味ないぜ」
 「あ・・・ん・・・?」
 何か、変だ。
 「なんでジョーが抱かれてるのをみて俺が良がるわけ?」
 今度はジョーがきょとんとする番だった。
 「何が悲しくて俺があいつに抱かれなくちゃいけないんだ?」
 「・・・なんの話?」
 どうやらケンには、事の次第が良く呑み込めていないようだった。
 「おまえ、分かってて答えてんじゃなかったのか、え?。ワシオ少佐殿」
 「ふん」
 ケンは正面を向いて、じろりとジョーを横目で見据えた。
 「何だ。やっぱり抱かれるのは俺か。変だと思ったんだよな」
 「当たり前じゃねぇか。俺があいつらに抱かれるなんて、気色悪い事を言うなよな」
 ジョーが言った途端、ケンはわざとらしく下を向いて、足の先でシートをつんつんと突
つきながら小さく言った。
 「そうか。その気色の悪い事を俺にやらせようと、こういう事か」
 しまった!。またヘソを曲げた・・・とジョーが思っても後の祭であった。
 「何とかその事態を回避すべくだな・・・ケン・・・」
 ケンはうつむいたままである。何とか曲がったヘソが一回転して元の位置には戻らんだ
ろうかと、つい考えてしまうジョーだった。
 「俺は気色悪くても、おまえは気持ちいいんだろうがよ。減るもんじゃねーんだろ?」
 「どーせ俺は抱かれるのが専門だよ。だけど、もしコーネル達のがでかくて、おムコに
行けない身体になったらジョー、おまえが責任取ってくれよな」
 「安心しろ。俺の方がでかい。俺クラスのはそういるもんか」
 ケンはジョーの股間に目をやって、ふん、と鼻を鳴らした。事実だった。
 「・・・ま、ジョーの帰りを待ってたから二週間ぶりだし、何よりもこれは仕事だし・
・・コーネル達も積年の想いを遂げられる訳だし・・・やってもいいか」
 「ケン・・・」
 何となくジョーは後ろめたく、またケンに対してどうしてやる事も出来ない自分に、少
し腹立たしさを覚えた。
 「俺が抱かれれば丸くおさまるんだ」
 −−健気な奴だ。−−
 「うん。久しぶりのSexだから多少相手が気に入らなくても大丈夫だし・・・」
 −−取り消し−−
 「それに、ジョー」
 「ん?」
 ケンは言いながらどっこらしょと立ち上がってジョーの前を擦り抜け、通路に立った。
 「コーネルも奴の部下も、結構テクニシャンだと聞いてるんだ」
 「ケン!」
 ヘソの曲がりは180度というところだとジョーは判断した。ケンはそのままコクピッ
トへ向かうと、ドアを足でドカンと蹴った。
 「お望みのものが来たぞ、コーネル」
 ジョーは、きつく目を閉じた。


 後ろ手に縛られたまま、二人はカーゴスペースへと追い立てられた。
 「何だ?。この荷物は」
 「積み荷です。さあ、お二人ともこちらへ来てください。アサクラ少佐、ワシオ少佐」
 キャンベルが奥から毛布を持って来て床に敷いた。
 「床の上ではお辛かろうと思いましてね」
 「御親切なこった」
 ジョーがスミスに足を縛られながら言った途端、床に突き転ばされた。何だかやけにで
かい荷物が積んである。余計な物まで運ぶ予定はないというのに困った奴等だとジョーは
溜め息をついて辺りを見回した。
 −−俺はこっちの基地で何かなくなったっつって責任を取らされるのは真っ平御免だぜ
−−
 どうやらフィルムの包みなど、このでかい物の陰に隠れて見えないらしい。ナニが積ん
であったって、驚きゃしねえよ。何せクルーがこいつ等なんだから。ジョーは、陰になっ
ていて良く見えない危険物を示すシールのものらしい赤い切れ端に目を止めたが、ふてく
されたようにごろりと寝返りをうった。
 「ワシオ少佐、こちらへどうぞ」
 コーネルが、ケンの肩に手を掛ける。ケンは黙ってコーネルの腕の中に身を任せた。自
分の両脇に立つスミスとキャンベルがごくりと唾を飲み込む音が、ジョーの耳にやけに大
きく聞こえた。コーネルは、ケンの肩を抱きすくめるとジョーの方に向かせた。
 「少佐。ずっと貴方をこうしたいと思っていました」
 ケンより5?程背の高いコーネルが、ケンの耳に低くつぶやくように息を吹きかける。
片手が前に回り、シャツのボタンを二つ外して、胸に手の平を這わせた。
 「・・・っ・・・!」
 ケンの声にならない悲鳴が上がった。シャツの中の手が動き回り、乳首をそっと転がし
つまんだ。
 「アサクラ少佐。ワシオ少佐はどのようにして差し上げると歓ばれますか?。彼の弱点
をお教え頂きたいものですな」
 ケンの首筋に唇を這わせながら、コーネルは上目遣いにジョーを見て言った。
 「へっ。知らねえよ。んなものは自分で捜すんだな」
 その目を見返して、ジョーは薄笑いを浮かべた。
 「ケン、どうせなら存分に楽しませて貰った方がいいぜ」
 「そうだな、ジョー。・・・おい、おまえら」
 「どうせならジェスと呼んで頂きたいですな、ケン」
 コーネルのもう片方の手が、ケンの長い髪をかきあげ、耳を愛撫していた。
 「ジェス・・・三人共ノーマルなんだろうな・・・変態は嫌だぞ」
 ほんの少し、ケンの頬に赤みがさした。
 「鞭とか・・・蝋燭とか、道具使うのは嫌だぜ。道具は自前にしてくれよ」
 「御安心下さい。そういう意味では我々は普通のセックスが好みです。たっぷりと楽し
ませてあげますよ。さあ、おしゃべりはこの位にして、ケン、楽しみましょう」
 コーネルは、手を下に滑らせた。片手で相変わらず乳首を弄びながらケンのベルトを外
し、ジッパーを下げて中へと指を滑らせた。コーネルの指はケンの右股の付け根を這い、
下着の上からそうっと真ん中を撫でて左へ移る。シャツのボタンが全部外され、ケンの白
い胸が露わにされた。きゅっと乳首をつままれる度に、肩が大きく上下するのが見える。
ケンの瞳がうっすらと閉じられ、唇が開いて荒い息を漏らし始めた。ズボンの中の指が下
着を潜り、双丘の奥へと進んだ。開かれたジッパーの向こうに、ケンのペニスが形を変え
て行くのが、下着の上から見て取れた。極ゆっくりとした動きで、足の付け根から下着を
潜った指がペニスを摩っている。首筋に唇での愛撫を受けて、ケンはとうとう膝を崩しそ
うになった。声を出すまいとしてひき結ばれた唇が、時折耐えきれないように大きく息を
吐くのが何とも言えず艶かしい。
 「ジェス・・・」
 コーネルの片足がケンの両足の間に差し込まれ、ケンの股間は無防備になる。ケンの膝
が、がくがくと震えていた。
 「我慢、できませんか?。ケン」
 耳元で息を吹きかけられるようにささやかれて、ケンは大きく首を振った。
 「強がらないで・・・ほら、こんなになっているじゃないですか」
 先端を指先で弄られ、ケンはクッと言う悲鳴と共に身をよじり、前にのめった。
 「貴方はとても感じ易いですね。ケン」
 下着の中でコーネルはそっと指を撫で下ろし、奥の蕾に触れた。
 「ジェス!・・・あう・・・」
 指が触れた途端、ケンはそこをきゅっと窄めた。乳首は既に固くなり、転がされる度に
甘い痺れが全身に広がった。コーネルは、愛撫を決して一所に留めず、ケンの焦燥感を煽
る。ケンは身体が熱くなって行くのをどうしようもなかった。
 「あっ!」
 コーネルが、突然ケンの身体を支えていた両手を放した。ケンは小さい悲鳴を上げて床
に崩れ込んだ。それを見てコーネルは唇を歪め、大きく喘ぐケンに低く言った。
 「脱いで下さい。脱いで下さらないと、これ以上何も出来ません」
 ケンはちらりとジョーを見た。ジョーは先程から床に座り込んでいた。このカーゴスペ
ースに連れて来られてすぐに足も縛られているので、壁にもたれかかっている。目が合う
と、ジョーは顎をしゃくった。
 「もう二度とこいつらに見せるなよ」
 「そうするよ」
 大きく息をついて、ケンは着ているものを脱ぎ、コーネルの前に立った。コーネルが着
衣のまま、やはりジョーの方を向いて立たせると後ろから両手を廻した。肩から脇腹へ、
内腿へ行って又腰へと、まるで生き物のように手が動き回る。首筋を這う手に、顎が仰け
反った。ケンのペニスが角度を上げる。震えるそれをコーネルの左手が静かに扱いていた。
 「ん・・・ああ・・・ん・・」
 手が動く度に、眉をしかめて身をよじる。カーキ色の壁に囲まれ、他の四人が着衣のま
まの中、ケンの全裸は白く滑らかで、余りにも淫らだった。ジョーの脇でスミスとキャン
ベルが、ズボンの前に手を持っていく。立ち上がった物のやり場に困っている風だった。
確かに、美しく、いやらしい光景だったが、どうしてか、ジョーは性欲を感じなかった。
ただ、ケンを奇麗だと、そんな事を思っていた。
 コーネルは、ケンが達する直前に手を離し、また少し間を置いて手を動かし始める。ケ
ンの腰はコーネルに押しつけられていた。コーネルもケンの尻に自分の腰を擦り寄せ、ゆ
っくりと揺らしている。ケンの両手は身体を這う手にそれぞれ廻され、その動きを止めた
ものか続けさせたものかを、まるで迷っているように見えた。いよいよケンの息が荒くな
ったのを見て取ると、コーネルはケンを静かに横たえ、衣服を取った。ジョーより幾分太
めの、筋肉質の身体をしている。中心のモノが弓なりに反り上がっている。裸になると、
コーネルはケンの上に逆さに跨がった。そのままケンの太股に唇を這わせる。
 「ケン、私のを口で、その貴方の口で可愛がってやって下さい。後で痛い思いをせずに
済むように、たっぷりと、ね」
 ケンの唇に、怒張したものが含まれる。自分のモノが、ねっとりとした感触に包まれる
のを感じたコーネルは、ケンの足を引き寄せ、大きく開かせた。閉ざされた入口が露わに
される。それは小さな蕾のようで、コーネルの指が近くを通る度に、まるで今にも開花し
そうにひくついた。
 「ここに・・・私のものが入るなんて、とても信じられない・・・」
 コーネルは感嘆したように呟くと、周りとそっとなぞるように愛撫した。
 「ん・・・あっ!・・あ・・・」
 愛撫の手が場所を変える度に、低いエンジンの唸りの中でケンの悲鳴のような声が男達
の欲望を誘った。
 ジョーは、じっと見ていた。見ていたところで何か出来る訳ではないが、ケンが他の男
に抱かれるのを見るのは初めてのことで、それはとても艶かしく魅惑的で、目を逸らせな
い何かがあった。
 同じく見ているスミスとキャンベルの二人も、さっきから両足をもじもじと擦り合わせ
ている。大方前の方が突っ張っていたのだろう。フンとジョーは鼻息も荒く二人を見た。
スミスは腕組みをしてしまっているし、キャンベルは膨らんだズボンの前立てに何度も手
をやっては、いきり立つ分身を楽にしてやろうと右へ左へ無駄な努力を繰り返していた。
二人とも既に構えた銃はお留守の様子だ。
 コーネルは体位を入れ替え、ケンの脚を開かせてのしかかっていた。
 「・・・ん・・・」
 唇を深く合わせ、舌を絡ませながら、ケンの双丘の間に指を沈み込ませている。
 「あっ!・・・」
 指が二本、中で大きく回される度に、ケンの喉が大きくしなっていた。
 「欲しい、ですか?」
 ケンは小さく悲鳴を上げて、その質問に答えた。
 「中がひくひく動いてますね。・・・なんて狭いんでしょう・・・」
 コーネルは指を抜き取り、痛い程に張りつめているペニスを入口にあてた。
 「・・・・・・・」
 ケンは目を閉じたまま、大きく胸を上下させていた。
 「これが欲しいんでしょう?。貴方のここは、もう我慢できないと言ってこんなに欲し
がって動いてるじゃないですか」
 両手で尻の頬をぎりぎりまで開き、コーネルの熱く猛った肉の剣が、ケンの剥き出しに
された入口を押す。コーネルはケンが腰を突き出すのをじっと見下ろすと、頭をずらして
ピンと尖った乳首を口に含み、その刺激に身をよじる光景を楽しんだ。
 「ジェス・・・ああ・・・ジェス・・・」
 ケンが頬をうっすらと上気させ、名前を呼ぶ。その声がコーネルの快感を煽った。うっ
とりとした顔も、ほの赤く染まった身体も、まさに絶品だと、熱くなっていく意識の中で
彼は思った。ケンが膝を曲げ、腰を浮かせてコーネルの胴に両手を廻した。
 −−っの野郎、一人で楽しみやがって−−
 ジョーは半ば呆れ、半ばヤケソクだった。
 −−ったく、何とかならんもんか−−
 「ケン、欲しかったら欲しいと言いなさい。何か欲しいんでしょう?。何が欲しいんで
すか?」
 コーネルは、明らかに年下の上司をいたぶるのを楽しんでいた。ケンは我慢できないよ
うに、しきりにコーネルの腰を抱く手に力をこめる。
 「ジェス・・・焦らさないで・・・」
 「言って頂かないと分かりませんよ、ケン」
 コーネルは薄笑いすら浮かべてケンが身をよじるのを見下ろしている。
 「ねえ。入れて・・ジェス、あんたのコックを・・入れて・・」
 甘い、甘い声だった。コーネルはゆっくりと挿入を始めた。
 「あっ!・・ああっ!・・う・ん・・・」
 ケンの大きく押し開かれた入口が、コーネルのペニスを深々と呑み込んだ。
 「くっ・・・よく・・締まる・・凄い、最高だ・・ケン!」
 スミスとキャンベルが、ごくりと喉を鳴らした。


 駄目だ・・・気が滅入って来るぜ。ジョーは動き続ける二人から目を逸らした。
 −−さて、と・・・−−
 コーネルはケンに任せておけばいい。残る二人も完全にケンとコーネルに気を取られて
いた。何とかしなくてはいけないとは思うが・・・思うのだが・・
 「あっ!。ジェス!」
 「良いですか?。ケン」
 「いい・・・ジェス・・あ、あ・・ん・・・」
 うるせえなまったく・・・まとまる考えもまとまりゃしねえ。ジョーはぶるぶると頭を
振った。こういう時には何かに腹を立てるに限る。何か腹の立つ事はないものか・・・
 「ああっ・・・」
 駄目だ。これ以外に腹の立つことは・・・
 ジョーはきょろきょろと辺りを見回し、身体をもぞもぞとひねった。どうやら縄は簡単
にほどけそうだった。まったく馬鹿じゃないのか、こいつらは。ジョーは阿呆のように二
人を見ているスミスとキャンベルを見た。
 −−コーネルも、馬鹿、だ−−
 ジョーは随分前に、空軍の演習に彼らの教官として参加した事を思い出した。その時は
確かケンも一緒だったと記憶している。それを思うとむしょうに腹が立って来た。
 こいつら昔俺達が教えた事を全部忘れてるな。ひとが作戦の立て方、捕虜の取り方を実
地で教えてやったというのに、何にもモノにしとらんじゃないか。軍事演習を何だと思っ
て参加しとったんだ。まったく・・・。大体この縄の結び方がなっとらん。まず、捕虜を
取ってそいつらを縛り上げておくのに、こんな縛り方じゃすぐにほどけるじゃないか。そ
れに、だ。捕虜にダメージ及び拷問を与えるにしてもだ。相手を間違えちゃ話にならん。
痛がって苦しんでんのならいざしらず、喜んじまってんのをひとに見せてどーしようって
んだ。捕虜を見張るにしてもだ。
 −−・・・ん?・・・−−
 ジョーはおや、と室内を見回した。コクピット・・・はどうなっているんだろうか。頭
の中で点呼をとる。クルーは何人だったか・・。コーネル、スミス、キャンベル。もう一
度点呼。1、コーネル。2、スミス。3、キャンベル。オートパイロットに頼ってるな。
要するにコクピットは空だってことか。大馬鹿者めらが。帰ったら徹底的に鍛え直してや
るぞと、ジョーは心に誓った。コクピットは、空なのだ。
 「よう、コーネル」
 ジョーの声に、クライマックスへ昇り始めていたコーネルの腰の動きが止まった。
 「おまえ、下手だな。やっぱし見てられねえよ」
 ジョーは肩をすくめて、呆れたように見下ろすスミスとキャンベルにも目をくれた。
 「いいか、よく聞けよ。おまえら、ケンの本当に良がってる顔を見た事はないと思うが、
俺はこの位の顔は見飽きてるんだ。もっと気合を入れてケンを感じさせてやったらどうな
んだ」
 「充分感じてらっしゃる様子ですが・・・」
 キャンベルが鼻の下をこすって言った。
 「阿呆。年中やってる俺が言ってるんだ。間違いねえよ」
 コーネルは、ふっ、と笑って行為を再開した。
 「強がりはその位にしたらどうです?。アサクラ少佐」
 ずぶり、と引き出したものを突き立てられて、ケンが大きく呻いた。
 「その腰の動きがいけねえな。ケンはそういうのは好きじゃないんだ。次は右、そこで
左。時々ストレートをかますんだ」
 「アサクラ少佐。言いたいお気持ちは良く分かりますがね」
 「ほれ、腰の動きが止まってるぜ」
 「止めてるんです」
 「それじゃケンはイカねーぜ」
 コーネルはじろっとジョーを見て再び行為を再開すべく腰を引いた。
 「そこで右だ。それそれ、手の動きがお留守だぜ。おまえ、下手な」
 傍らの二人は呆れ果てて、ジョーをほけっと見下ろすばかりだった。一体何を考えてる
んだこの人は、と言う顔だった。
 コーネルはケンの尻を抱え、大きく回すように腰を使っていた。
 「だから言ってるだろ、コーネル中尉」
 −−ジョーの馬鹿−−
 コーネルの身体の下で、ケンは思った。
 −−どうせ反撃を始めるんだったら、もうワンステップ早めにして欲しかったんだよ。
今更そんな事言い始めたって・・・俺、イッちゃいそう。・・・この期に及んで我慢する
のって、つらい・・・と・思う−−
 コーネルは、うんざりとした顔をしてジョーをにらんだ。
 「それは後で貴方がたっぷりとして差し上げたらいいでしょう」
 「だけどよ、おまえも今、満足したいだろ?」
 「とってもそう思いますよ、アサクラ少佐。ですから少し黙ってて下さい」
 「だから、下手糞なんだよ。ちょっと代われ、手本見せてやるから。やっぱし俺のじゃ
なくちゃ駄目なんだよ、コーネル中尉」
 −−ここまで来れば誰のでも同じなんだよ。正直言えば、早くイキたい・・−−
 ケンは思わず腰が浮いてしまうのをじっとこらえた。コーネルに動きを再開して欲しい
気持ちをこらえるのは、一苦労だった。
 「ふん。ほらな、催促もしないだろ?。やっぱ代われ。俺ならものの30秒でイカせて
やるよ。いつもは腰振って催促しちまうんだぜ、ケンは」
 −−今だってしたいんだよ、ジョーのバカッ!!−−
 コーネルはフフンと鼻で笑った。
 「その手にはのりませんよ、アサクラ少佐。おい、スミス、キャンベル、アサクラ少佐
を外へお連れしろ」
 スミスとキャンベルは、ジョーの上半身と下半身に別れ、ずるずるとドアの外へ引き摺
り出した。
 「少佐、後は我々の番です。アドヴァイスは有り難くお受けしました。済むまでこちら
でお待ちください。では・・・」
 「そーかそーか。手本を見せてやれなくて残念だったよ。せいぜい喜ばせてやってくれ
よ」
 バタン、とドアが閉まった。
 引き摺り出されるジョーを見ていたケンは、じっと体内に留まって動かないコーネルを
感じながら心の中でジョーを罵っていた。遅いんだよ、やっぱり。攻撃は素早くするもん
だ。
 「ねえ、ジェス。ジョーが言ったみたいに・・して欲しいな」
 先手必勝。
 「私には私のやり方があります。それが駄目ならやめてもいいんですよ」
 やっぱしジョーは遅いんだよっ。ケンは心の中で毒づいた。もうワンステップ早かった
ら、胸を張ってやめてもいいと言えたんだ。・・・言えたかな・・・言えた、よ・・な・
・・。コーネルのテクニシャン・・・。
 「ジェスの好きにして」
 「では・・・」
 コーネルは一度埋めていたモノを引いて、深く突き刺した。ケンの白い滑らかな身体が、
コーネルの動きに合わせて淫らに揺れた。


 ジョーは、通路の床に転がされたまま、ごそごそと縄をほどきにかかっていた。これな
ら10秒で自由になれそうだった。
 「どっこらせ・・1・・2・・」
 別に関節を外す必要もなく、カウント7で両手が自由になった。
 「10秒もかからん。あの馬鹿者めらが、こんな縛り方でどーしよってんだ」
 ジョーは足の縄をほどいてしまうと、うーん、と伸びをして縄を拾ってポケットに仕舞
った。仮に途中でドアが開いたとしても、這いずり回っているように見せれば、コクピッ
トを捜すまでの時間稼ぎになる。作戦とはこのように立てるものだと、ジョーは三人にま
た腹を立てた。
 −−大体だ−−
 何がその手にのりませんよ、だ。その手にのったじゃねえか。何が悲しくてあいつに手
本なんぞを見せてやらなくちゃいけない。金輪際まかり間違ってもコーネルにだけはケン
を抱かせてなどやるものか。敵の挑発にのる指揮官がいてたまるもんか。俺はそんな教え
方をしたつもりはない。だからあいつは五年も中尉をやっとるんだ。俺は中尉は一カ月で
卒業したぞ。
 ちなみに、ジョーは少尉一週間、中尉一カ月、大尉半年、少佐になって二年目である。
ひとは彼を超エリートと呼び、ケンと並んで二人は軍の伝説にすらなっていた。尤もケン
は軍に入ったのこそジョーよりも早いが、少佐が振り出しだった。例えれば、将軍候補ダ
ービーで、ケンは血統も誇り高いサラブレッドで、ジョーは当たれば万歳万馬券の大穴と
言ったところであろうか。
 コクピットのドアを開けると、当然中は無人で、幾つかのランプが点いているのみだっ
た。
 −−さてと、進路は・・ん・・?−−
 ジョーはパイロットのシートに置いてある、スケジュールボードを拾い上げた。
 「ったく、こんな物を置きっぱなしにするとはな」
 それを小脇に抱えてパネルを見渡す。つい三カ月程前に現役配備になったばかりのこの
輸送機のシュミレーションは、一度きりしかやっていなかった。
 「くそったれが」
 飛行機の操縦が出来ない訳ではないが、新型機となると現在陸軍所属のジョーとしては
お手上げに等しかった。大体メカはケンの專問分野であった。
 「早いとこケンを何とかせにゃいかんな」
 ジョーは向こうのカーゴスペースの中を思った。今頃コーネルは後の二人と交代してい
る頃かもしれない。ジョーは思わず手に持ったボードを投げつけ、辺りを見回す余裕もな
くどこかを蹴飛ばした。

 その頃、カーゴスペースではジョーの思った通り、コーネルが一応の満足を遂げ、スミ
スとキャンベルが二人がかりでケンにのしかかってるところだった。キャンベルがケンを
四つん這いにして後ろから挿入し、スミスはケンの口にコックをしゃぶらせていた。時折
キャンベルの手が前に廻り、一度達したケンのものを蘇らせようと愛撫する。
 −−早く何とかして欲しいよまったく・・・こいつらは一回でも、俺は×3なんだから
・・・−−
 再び熱くなりかける頭の中で、ケンはぼんやりと思った。
 キャンベルのものは、長さこそジョーに劣るがかなり太い。ケンの内襞が、擦られるた
びに小さく痺喘してキャンベルを締め付ける。スミスは、ケンの舌の動きに早くも達して
しまいそうな呻きをもらし始めた。
 「少佐・・う・・・」
 スミスの手がケンの髪に差し込まれ、前後に腰を揺する。後ろのキャンベルのものも、
中で次第に膨らみを増し始めた。ケンはスミスのものを喉の奥へと導き、舌を動かしなが
ら締め付けた。
 「し・・少佐・・!」
 ケンの巧みな愛撫に、スミスはかろうじて身体を離すとケンの下に潜り込んで立ち上が
りかけているケンのペニスを口に含んだ。ケンにも自分のものを含ませる。
 「少佐、たっぷり楽しんでくださいよ」
 キャンベルが内側から手を差し入れ、太股を押し広げて挿入しているペニスを更に奥へ
と捻じ込んだ。
 「・・んっ!・・・」
 キャンベルは、体毛がケンの尻の頬に触れる程にスライドを始める。スミスの口が動き
始め、ケンの身体が大きくしなった。先程コーネルの残したもので、キャンベルの太い肉
の棒がぬるぬると出入りする。ケンはスミスのものを舌で愛撫しながら、腰を揺すって答
えていた。
 −−ジョーの、バカ・・・ジョーの・・でも、ゴメン・・俺、もっかいイキそう・・・
・−−


 ジョーは、周りの計器をきょろきょろと見回し、投げつけたスケジュールボードに目を
止めた。
 −−行き先・・?。俺達の受けた命令と違うじゃねぇか。・・・まさか・・機密フィル
ムを運ぶ任務の飛行機を間違えた、ってこた・・ねーよ、な。・・いや、無いはずだ−−
 絶対に間違いない。クルーはワシオ少佐、アサクラ少佐を連呼していた。もし間違いが
あったとしたら、あの大ボケどもがわざと間違えたのに違いない。断じて俺の間違いでは
ないとジョーは確信した。
 −−まったく、なんという大胆な事を企てるんだあいつらは。ろくに捕虜を縛れもしな
い野郎どもが生意気に。くそったれっ。−−
 もう一度ジョーはどこかを蹴った。
 −−行き先は何処にインプットされとるんだ?−−
 うろ覚えのシュミレーションを無理矢理引っ張りだし、コンピュータのキーボードを叩
く。
 −−馬鹿野郎。行き先はハナっからこっちじゃねーか・・・ほんっとに、あいつらハイ
ジャックだとかなんとか言って、進路を変えもしなかったのかよ?−−要するに、やりた
かったって、事かよ−−
 なっさけねえ・・・
 ほんと、情けない野郎共だぜ。ジョーは益々怒り狂った。こんなことしなくちゃてめぇ
の想いを遂げられないってーのは哀れだな。俺なんか、好きな時に好きなだけ奴を抱ける
んだぜ。
 「いいだろう」
 と、一人で呟いてみても虚しいだけだった。

 ケンは二人の下で、ただ悶えているだけだった。三人共、噂に違わぬテクニシャンで、
自分達も楽しみながら相手を喜ばせる事にかけてはジョーに勝るとも劣らない。二人の男
に翻弄され、身体中を熱くする快感と部下に好きなようにされているという一抹の屈辱感
のなかで、ケンは意識が遠くなる程に燃えている自分を感じていた。
 「もう・・・もう・・いかせ、て・・」
 「まだです。少佐、まだ楽しめるでしょう?」
 キャンベルが体内のものをぐいっと引き抜いた。
 「ああっ・・いやぁっっ」
 ケンが腰を突き出す。スミスが、ケンの口の中で爆発しそうになっていたものを抜き取
り、キャンベルのものが去った後にずるずると押し込んだ。
 キャンベルは、コーネルの残したものに汚れ、てらてらと光るものをケンの唇に押し付
けた。スミスは、奥深くペニスを挿入したままケンがそれを口するのをじっと待っている。
ケンの形の良い紅い唇がおずおずと開かれ、キャンベルのものをくわえた。途端にスミス
が、ぐっと中のものを押し込んだ。
 「ああ・・・あっ・・」
 ケンの切ない悲鳴に、二人は目を閉じ、ケンと共に高みへと昇り始めた。


 ジョーは、シートにどっかりと座り、パネルボードに足を上げてふんぞり返って考えた。
さて、どーしたもんか。・・・とはいえ、既にケンは彼らの手の中にある訳であり、今更
何をしてもされた事実に変わりはなかった。どの道行く先は決まっている。いくら間抜け
なコーネル達でも到着時刻になれば出て来るに違いない。全てはその後になる。
 「ま、当座やる事はねーな」
 そう決めると、つい眠くなって来る。
 「だがな。ケンが一人で頑張ってるって時に俺だけ寝る訳にもいかねえな」
 もう一度ジョーは最新鋭機の見慣れぬ計器を見回した。
 「ふうん。いくら暇でもこれをいじくりまわすって訳にはいかねえよな。・・・おい、
何か面白いこた、ねえか?」
 ジョーは暇つぶしに計器に向かってブツブツと会話を始めた。
 「何だなおまえ。こーしておまえと差し向かいってのも何かの縁だ。仲良くしようぜ。
・・・しかしおまえ、ただ飛んでんのって、つまんなくねぇか?」
 もし、これを他人が見たら、自然の中に育まれたターザンが、文明社会の機械のジャン
グルに埋もれて気がふれたと思うに違いない。
 「おまえよ」
 勿論、ジョーはそんな事を思う筈もなく、飛行機と友達になるべく言葉を続けた。
 「いつもいつも基地の滑走路とファックってのはつまんなくねーか?。まあ、そうだよ
な。滑走路以外に浮気されたら乗ってる人間はたまんねぇもんな」
 飛行機は、それについての感想を述べてはくれなかった。
 「ケンも俺以外の男とやったら、どーにかなっちまうって訳にいはいかねーもんかと、
たまに思うんだがよ」
 それにしても暇だった。窓の下には雪を頂いた山脈が連なり、うっすらと雲を被ってい
る。いい天気なのはいいが、余りにも退屈な風景だった。
 「おまえ、さ。ただこうして飛んでたってつまんねーだろ。俺も、つまんねえんだよ。
よし、芸当の一つでもやってみろよ。宙返りくらい出来るんだろ?」
 至極当然の事ではあるが、飛行機は黙って水平飛行を続けていた。
 「ほんと、おまえって律儀なだけの奴な。だから浮気もできねぇんだよ。ほれ、くやし
かったらやってみろよ」
 ジョーは、多分、通常の飛行に支障はないであろうと判断した場所をドカンと蹴っ飛ば
した。
 「えっ?。おい」
 その時だった。
 がっくんっっっ!!
 突然、ジョーの身体は宙に浮き、つい今し方まで和やかな会話を交わしていた筈のコン
ソールにしたたか殴られ、床に転げ落ちた。どうやら機体が急降下したらしいと認識した
のは、立ち上がり様椅子に頭をぶつけ、首を廻して高度計を目にした時だった。
 「そうか・・・やりぁ出来るってかよ」
 頭をさすりながら立ち上がり、再びよろけて尻餅をつく。今度は大きく左右に揺れてい
た。
 「ちょっとやりすぎじゃねえのか、おまえ」
 その時目の前に滑って来たスケジュールボードが、床に座ったままのジョーの目を引い
た。
 「何だよ。おまえまでひとのことをおちょくって・・・な・・なに?」
 ページが捲れて、次のページが見えていた。
 「積み荷・・変更・・?。知るもんかそんな事」
 ジョーの顔が青くなった。 
 「冗談、だろう」
 カーゴスペースのでかい荷物を思い出す。荷物は、フィルムだった筈の新開発原子燃料
のパックだった。
 −−天地有り−−
 −−揺らすな、衝撃厳禁、着陸には細心の注意を持って望むこと?−−
 「かんべんしてくれよな」
 機体の揺れは、ゆったりとしているが、まだ続いている。パネルのアラームが、異常事
態の発生を知らせ、赤いランプが瞬いていた。
 「おまえ・・そりゃねーんじゃねえの?。俺に隠し事するなんて、ないんじゃないの?。
俺、知ってたら、芸当しろなんていわなかったのに、よ」
 故障の箇所を調べる為に、コンソールのキーを叩く。ディスプレイにエンジンの所が赤
く染まった場面が現れた。
 「・・・第三エンジン・・爆発・・・」
 ジョーは操縦席に座ると、オートパイロットを解除し、両足をラダーペダルに当てて操
縦桿をしっかりと掴んだ。各計器を見渡す。機内の与圧が下がっている。安定する高度を
捜さなくては・・・くそったれ、この野郎。ジョーは毎分1000フィートの割合で機体
を降下させ始めた。ようやく機体が安定し、なんとか水平を保つところまで行くと再びオ
ートパイロットにセットする。そして彼は、まるで動くことによって揺れが激しくなると
でもいうように、忍び足であとずさってドアにへばり付き、ちかちかと瞬くパネルに向か
って怒鳴った。
 「山はだめだぞっ!・・・芸達者なのは良く分かった。分かったから山と浮気したいな
んぞとぬかすなよ。山は駄目だ。・・・いいか、俺が嫌ならケンを呼んで来てやるから、
そのままでいるんだぞ」
 ジョーは、操縦桿に人指し指を突き付けた。
 「落ち着けよ。今、ケンを連れて来るからな。いいな。山だけは駄目だぞ」
 そのままバタンとドアを閉めて通路を走り抜け、ジョーはカーゴベースのドアを思いっ
きり蹴り開けた。

 「ケン!!落ちる・・・あ・・・」
 「やあ、やったねジョー。うまいもんじゃないか」
 「・・・・・・・・」
 ジョーはそのまま絶句して立ちすくんだ。
 ケンは、コンバットライフルを構えて立ち、ジョーを見てにっこりと笑っていた。
後部の壁の武器のケースが、衝撃のせいらしく口を開けている。
 「ケン・・・おまえ、ね・・・・」
 ケンは当然何も身に付けていず、身体の中心はまだ立ち上がって天を向いたままだった。
太股に幾筋か、白く伝うものが見える。コーネル、スミス、キャンベルの三人は、やはり
裸でホールドアップの姿勢をとっていた。こちらは三人とも下を向いている。
 「急降下するとはジョーにしちゃ良く考えたものだと思うよ」
 「ワシオ少佐・・・ここでそんなものを撃ったりしたら・・・」
 キャンベルが恐ろしそうに言った。
 「キャンベル。君は俺の射撃の腕を知ってるだろう。単射にしてあるコレなら、壁に当
てずに身体を撃ち抜いてシートに留める位の芸当は出来るもんでね」
 ケンの白い肌に、黒光りする銃身がくっきりと浮かんでいる。それはまるで戦場に舞い
降りた天使とも言うべき姿で、ジョーは思わず唾を飲み込み、唇を嘗めた。それどころの
騒ぎではなかった。
 「ケン。落ちるぞ」
 「もう落としただろう、ジョー」
 「落としたんじゃない、勝手に落ちたんだ」
 その時もう一度機体がぐらりと傾いた。
 「アサクラ少佐!」
 コーネルの悲鳴が上がった。
 「落ちる前に、木っ端微塵かも知れないということか」
 ケンが真顔になって後ろを顎でしゃくった。
 めくれたシートの中に、Dangerの赤い文字が今度ははっきりと見えた。
 「知ってたのか!!」
 「いや、さっきのけぞって、見た」
 「おまえ、今入ってますって時によくそんな事ができるな」
 「やだな。そのちょい前だよ」
 「似たようなもんじゃねえか」
 ケンはジョーと会話を交わしながらも、ぴたりと合わせたライフルの照準を外さない。
修羅場に強いというよりも、こいつの心臓はメカに違いないとジョーは改めて感心した。
 「しかし、よく落ち着いていられたな、ケン」
 「だって、オートパイロットが・・・まさかと思うが・・・」
 ケンはジョーの顔を見た。
 「エンジントラブル−−つーよりも一基、どかんと行った」
 「爆発したってぇ・・・?」
 コーネル達の顔が、紙のように白くなった。
 「そーだよ。死にたくなかったら、さっさとコクピットに来るんだな。あ、その前にそ
の尻の始末してえからな、ケン」
 「わかってるよっ!」
 ケンは、ジョーにライフルを投げつけると毛布を引っ掴み、後ろに当てて通路を走って
行った。勿論、彼は真っ裸のままだったのだが・・・。
 ジョーはライフルを構え、三人に向き直った。
 「さて、服を着てもらおうか、諸君」
 突っ立ったままの三人は弾かれたように我に返ると、それぞれの服を取る為に床に屈ん
だ。
 「おい。言っとくが、下手な真似したらぶっ放すぜ」
 同じ命中率でも、ケンの射撃は狙った所に当てるものだが、ジョーの射撃は的にダメー
ジを与えるのが目的である。三人は慌てて衣服を身に着け始めた。
 「ほらほら、パンツが裏だろーと、シャツのボタンがかけ違ってようと、この際身なり
に気ぃ配って暇はねえぜ。さっさとしな」
 ジョーは、隅からロープを持って来た。
 「よーし、次は互いに縄のかけっこだ。俺の教えた通りにやれよ。まず、コーネル。ス
ミスの足を縛れ。次、スミス、コーネルの手とキャンベルの手を縛れ。−−よし、戦力半
減だ。おまえら、頭ってのはこう使うんだ」
 ジョーは偉そうに胸を張った。
 「おまえらな、捕虜を縛る時はこうしろと教えなかったか?」
 一人一人の結び目を確認し、きゅっと結び直して続ける。
 「こうすれば関節を外しても外れねぇだ。上官の講義はきちんと聞いておくもんだ。そ
もそもおまえらのせいなんだ。もしこのままどかんと行っても恨むなよ」
 スミスを担ぎ上げ残りの二人を客室に引っ立てるとシートに座らせ、ベルトを締める。
スミスの手も忘れずに縛って、ジョーは言った。
 「武士の情けだ。せいぜい無事を祈っててくれ」
 窓の外を見ると、爆発した第三エンジンから白くたなびくリボンのように燃料が漏出し
ているのが見えた。

 「おい、どうなってる?」
 ジョーはコクピットに駆け込むと、副操縦席に座った。
 「なんとか・・・する。火事になってないだけましってとこだな」
 ケンの声に、ジョーはその丹精な横顔をじっと見た。しかし、ケンの表情からは何一つ
読み取ることは出来なかった。
 「つい、今し方ETP(イコール・タイム・ポイント)を通過した。もう引き返すのも
遠すぎる」
 「−−もう、半分来ちまったのか」
 「ああ。でもな、ジョー。このままじゃどの道あと一時間が限度だろうよ」
 「ずぇーーっっっ・・・下は山間地だぜ。・・・この野郎、山とだけは浮気するなと、
あれほど言ったろうがよ、この大ボケが」
 「ジョー、やっぱりおまえがそそのかしたのか。メカは律儀なんだぜ。こうなったらこ
いつに山より魅力的な相手を見つけてやらないとお陀仏だな」
 「・・・見つかるのか?」
 ケンは前を見たままだった。
 「知るかよ。言えるのは、ここから一時間以内にこいつが降りられる滑走路を持った基
地も飛行場も無いってこと。山とファックしたいってよ、こいつは」
 「過激な野郎だ。−−で、どうなるんだ、俺たちは」
 ケンはジョーの方を見た。
 「ついでに言えば、おまえ降下した時にどこかにぶつけたか」
 「・・どっか、おかしいのか」
 「コンピュータが少しいかれてて、燃料の移送がうまくいかないんだ。ぎりぎりで計算
して一時間・・・もてばいいな」
 ジョーはさっき蹴った事を思い出したが、ケンの真剣な顔を見て、この際賢明な処理方
法を取るべく口をつぐんだ。
 「何とか、見つけるしかねえな。見つからないと・・」
 「ジョー、死ぬ時は一緒だぜ」
 ジョーもケンの横顔を見たきり、黙り込んだ。
 −−そうだな・・それも、いいか・・・−−
 「ジョー、ぼやっとしてないで何か考えたらどうだ?」
 どうやら、ケンはまだ死ぬ気は無いようだった。
 −−ひとが感激にひたってるって時に−−
 ジョーは溜め息をついて、地図を広げた。
 「何だよ、山ばっかじゃねえか。しけた所だな」
 「これだっ!」
 ケンが地図の一点を見て大声で叫んだ。
 「あーびっくりした。・・・どら・・・」
 ジョーが覗き込む。
 「・・・?・・飛行場なんて、どこもないぜ」
 「よく見ろよ、ここだよ」
 そこは、山と山に挟まれた砂漠地帯だった。その中を、真っ直ぐにハイウェイが通って
いる。
 「ここまでなら50分、てところだな」
 コンピュータのコンソールを叩き、ジョーがディスプレイを見て答える。
 「直線距離はぎりぎりだが、着陸出来ない長さじゃないぜ、ケン」
 「やるしか、ないな。滑走路よりは目新しいんだ。たまに浮気するのも悪くないさ」
 −−これは厭味・・なんだろうか・・・−−
 キーを叩きながら、ジョーはぼんやり思った。
 「一番近くてでかいのは・・・と。オーウェン空軍基地だな」
 「ジョー、俺が今からキャプテンだ。おまえ、コ・パイと機関士やれ。ちょっと任せた
ぞ」
 ケンはヘッドセットを両手で直し、通信機のスイッチを入れた。
 「オーウェン空軍基地、オーウェン空軍基地!。応答せよ、こちら、エア・フォース・
ビッグ・バード5(ファイブ)、エマージェンシー!。繰り返す、エマージェンシー!!」
 「こちら、オーウェン空軍基地、ビッグバード5、エマージェンシーコールを受信。状
況を説明せよ」
 ジューは操縦桿を握り締めた。風を受けても、これ以上揺れないようにしなければなら
ないのだが、山間地帯の気流が機体を揺する。ヘッドレシーバーに入る声も基地からの声
も、うわのそらだった。
 「こちらビッグバード5。無線コード、オフナンバー00で交信されたし」
 「了解。切り替える。チャンネル、オフナンバーで待機せよ」
 オフナンバーとは、民間のものとは全く別の周波のチャンネルで、すなわちこの状況で
は積み荷が重要機密だという事である。相手の声が俄に引き締まったのが、はっきり感じ
取れた。
 「エンジンが一基イカれた。燃料はあと一時間しかもたない。現在地・・・R山脈上空
通過中。積み荷は新開発の原子燃料、B/8750パック20個だ」
 機体はゆっくりと揺れている。時々水平を保つ為に大きく旋回してやらねばならず、ジ
ョーは掌が汗でじっとりと濡れてくるのを感じた。
 「・・・ビックバード5、任務飛行を確認した。−−−どうするんだ−−−」
 声の持ち主の顔が青ざめているのが、ケンにはまるで見えるような気がした。周囲がざ
わついているように思えるのも、たぶん気のせいではないだろう。
 「よく聞いてくれ、コントロール。ここから50分程北に行った所の砂漠の真ん中にハ
イウェイがある。直線の場所だから、ギリギリだが着陸できそうだ。手配を頼みたい」
 そのままレシーバーは沈黙した。積み荷の燃料がもし爆発すれば、周囲100?四方は
焼け野原になるだろう。かといって、上空で爆発しても、ちょうど雪解けの季節の山に放
射能が降り、何十万、いや何百万もの人々の飲料水、食料にも被害が及ぶ。海に出るほど
の燃料は、勿論残っていなかった。
 「畜生。こんな事やってたらガス欠で落っこちるぜ」
 ケンの額にも汗が浮いていた。ジョーは何となく、ほっとした。
 「暑いな。ジョー、エアコン見てくれよ。おまえ、よろけた拍子に触ったんじゃないの
か」
 ジョーは、ふん、と鼻を鳴らしてエアコンの目盛りを調節した。
 −−−ああそうかい。そういうことかよ−−−
 ケンはマイクを取り上げた。
 「コントロール!。コントロール!。応答せよ。着陸許可を出すのか出さないのか!」
 「・・・こちらコントロール、アルバート・ロックウェル大佐だ。ビッグバード5、聞
こえるか」
 「聞こえてらあ!」
 ジョーが怒鳴った。
 「許可をください、大佐。腕には自信があります」
 ケンが静かに言った。
 「パイロットは誰だ」
 「パイロットは空軍所属、ケン・ワシオ少佐、コ・パイは陸軍所属、ジョルジュ・アサ
クラ少佐です」
 「ターザンとエレファントか。−−よし、許可を出す」
 ジョーは、あっさりと許可が下りたのにいささか拍子抜けしたようにケンを横目で見た。
 −−−こいつが乗ってるとどうしてこうなんだよ−−−
 「着陸場所は知ってるのか」
 −−−こんなド田舎に来たことなんてあるもんか−−−
 ジョーはぶつぶつと言った。
 「地図の上でだけ、知ってます」
 −−−優等生の答えは違うね。どうせおまえはサラブレッドさ−−−
 「ビッグバード5、今、こちらのリサーチャーが出た。現地の様子は追って知らせる。
着陸予定時刻を知らせてくれ」
 「到着予定時刻は約43分後になります。ただし、旋回しながらの飛行なので、多少の
誤差を下さい」
 「了解。無事の到着を祈る」
 交信がとだえ、コクピットに静けさが戻って来る。
 「畜生・・・気流が邪魔だな」
 ケンはジョーと操縦を交代すると前を見た。高度を上げてもいいが、余り上げ過ぎても
残存燃料が減るばかりだ。今は目的地へまっすぐに飛ぶ事を考えるのだ。後はそれからの
話だった。
 「いやにあっさりと許可が下りたじゃねえか」
 ジョーがレシーバーを外してふうっと息をついた。
 「当たり前だろう。これにドカンといかれちゃ困るんだから」
 思った通り、落ち着いた声が返って来る。やっぱりケンの神経はファイバーグラスに違
いないと、ジョーは羨ましく思った。計器に目をやる。壊れたエンジンからの燃料の噴出
は自動で何とか直っていたが、バランスが又崩れ始めていた。
 「ケン、余計な燃料を捨てるぜ」
 「・・・目的地までくらいは残しとけよ」
 「ああ」
 ケンは自動操縦を解除した。左の翼がわずかに下がった。素早くラダーのトリムを少し
直し、飛び方を修正してやる。
 「−−やるしかないな、ジョー」
 「そうだな」
 ケンの目が本能的にフライトエンジニアのパネルに注がれる。センタータンクにたった
2万ポンド。目の前に広がる青い空は、穏やかだった。


 ロックウェル大佐が、眉間に皺を寄せて立っているのを見て、エリオット少尉は思わず
気をつけの姿勢をとった。
 「お呼びでしょうか、大佐」
 「・・・ああ、エリオットか・・・急いで人員を手配してくれ。ここに」
 ロックウェル大佐は、地図を指で指した。
 「ビッグバード5が着陸するんだ」
 「B・Bが?・・・・そりゃ気違いのやるこった」
 「私もそう思うよ。だがな、エリオット」
 大佐の説明を聞く内に、エリオットの顔から血の気が引いた。
 「私の持ち時間は?」
 「30分だ。滑走路になる直線道路の真ん中にラインを引くだけでいい。できるか?」
 エリオットは肩をすくめた。
 「やらなきゃどうにもならんでしょう、大佐」
 そのまま部屋を出て行きながら振り返る。
 「パイロットはどこの阿呆です?」
 「ジャングル・コンビだ」
 「大佐、成功しますよ」
 長年空軍に勤務しているこの生き字引のような少尉が、にやりと笑って親指を突き出し
た。
 「やっぱりこんな事をする阿呆は奴らだったんだと思うと、ハリがあるってもんです」
 ロックウェル大佐は、大きくうなずいた。
 「さて・・司令をつんぼさじきに置く訳にはいかんな」
 ヘリが次々と作業員を乗せて飛び立つ。エリオットは、うまくやっているようだった。
 「ロックウェル、君はどう思うかね」
 「どうと言われましても、私は既に許可を出しています」
 トマス・マグナム基地司令は、ハイウェイ・パトロールに連絡を終えても、まだ半信半
疑の様子でいる風だった。
 「彼ら−−−特にワシオ少佐を見殺しにする訳にはいかんでしょう」
 「ロックウェル、君は知っていて許可を出したのか」
 司令の言葉に、ロックウェル大佐は肩をすくめた。
 「将軍閣下の御子息を見殺しにはできんでしょう。・・・それに、どの道許可を出すし
か方法はないのです、司令」
 「そうだな」
 マグナム基地司令は、飛び立つヘリを見ていた。
 −−−将軍閣下どころか、大統領閣下の実の息子だなど・・知っているだけ気が重いも
のだ−−−


 「ビッグバード5、こちらコントロール。アサクラ、ワシオ両少佐、聞こえるか」
 再びレシーバーに声が入って来たのは、残り時間10分を切ったところだった。
 「こちら、アサクラ少佐。コントロールどうぞ」
 ケンが操縦にかかりきりなので、ジョーが応答を返す。
 「準備は進んでいる。そちらの状態はどうか」
 「何とか目的地まで行けそうだ」
 「O.K。現場の説明に入る。良く聞いてくれ」
 「了解」
 ケンはもう一度安全ベルトを直し、シートに座り直した。ここからいちかばちかの大博
打が始まるのだ。
 「ビッグバード5、進路を135度に修正せよ」
 「了解」
 ケンは機の方向を3度左へ修正した。
 −−−何でも了解するのはいいけど、やるのは俺なんだよな−−−
 ジョーの顔は青ざめて来ていた。
 「滑走路がわりのハイウェイは、幅も距離もめいっぱいだ。強度は大丈夫なんだが、で
きるだけショックを少なく降りてくれ。それと両脇に50?の段差がある」
 「了解。念頭に置きます」
 −−−バーロー、おまえがやる訳じゃないっつーに−−−
 ケンは、ジョーをちらりと見た。
 −−−こいつ、俺の腕をいまいち信用してないような気がするな−−−
 「気象条件は問題ないが、手前の山の山頂の木が高い。高度をうまく取らないとランウ
ェイが足りなくなるぞ。今、道路のセンターと停止ラインに赤線を引いているので、目印
にしてくれ」
 「了解。心遣いに感謝する」
 サー・・と音がして、一度通信が切れた。ジョーはレシーバーを付けたまま、ケンの方
を見た。どうせこいつは、やるのは俺だと思っているに決まってるんだ。
 「赤線だと。サービスがいいこった」
 「俺、乗ってっから」
 ケンはしらっと言った。
 「へえ、自覚はあるんだ」
 ケンは計器に目を注いでいる。今のところは何とかなっているが、最後まで何とかなる
という保証はどこにもない。
 「日頃はどうであれ、バックは便利だぜ。死ぬか生きるかって時に主義主張もへったく
れもあるもんか。使えるものは何でも使うんだ。権力ってのも使いようだぜ」
 「・・・・・俺、昔映画でみたんだよな」
 ジョーはぼそっと言った。
 「何の?」
 ケンは大して興味もなさそうに聞いた。
 「“ビールス(復活の日)”っての」
 「おまえ、そういうマイナス思考するもんじゃないよ」
 ケンは計器から目を逸らすと、やれやれというようにジョーの肩を叩いた。
 「だって、俺だけだったら絶対にドカン、だぜ。軍は知らんぷりってのは得意だしよ」
 ケンは呆れたようにジョーを見た。
 「今頃は地上官制要員や科学消防班にレスキューやら、皆さんお出ましなんだ。みんな
命がけなんだぜ」
 「・・・死ぬ時はみんな道連れかよ」
 「極楽はにぎやかでいいぜ、ジョー」
 「俺は嫌だぞ。奴らに極楽を蹴り出されて地獄へ落ちるなんてのは」
 ジョーはパネルに突っ伏した。
 「しかし、これ・・失敗したら・・減俸かな、降格、かな・・クビ・・だろうな、やっ
ぱし」
 「ジョー、成功したら一躍ヒーローだぜ。第一、失敗したら地獄行きなんだから。軍法
会議も降格も減俸もないんだし、のんびり行こうぜ」
 「おまえって、ほんとにやな野郎な、ケン」
 だがジョーは、いつも妙に落ち着いているケンが珍しくエキサイトしているのに気が付
いた。とはいえ、どの道普通の人間より腰のすわっている事に変わりはないし、残り時間
も可能性も増えるわけではなかったが。
 「いよいよだよ、ジョー」
 ジョーがケンを睨んだ時、ケンの低い声がした。ケンの視線の先に、山間を縫うように
銀色のハイウェイが見え出した。
 「ビッグバード5!」
 レシーバーに声が入る。ジョーの背筋に緊張が走った。スピーカーをいれる。
 「そちらを視認した。レーダーによると、距離は33マイル。コースよし」
 遥か遠くに光るのは湖だろうか。ジョーの目の端に、固まって停止している車の群らし
き物が見えた。ケンがマイクを取る。
 「了解。こちらは一度右に旋回してから最終アプローチに入る」
 「コントロール、了解。進入角度は・・・」
 ケンはジョーに合図して応答を交代した。
 「ビッグバード5、了解」
 機はまっすぐに目的地へと飛んでいる。いよいよなのだ。ジョーはエンジンの音がやけ
に大きく聞こえて来たような気がして、思わず唇を噛みしめた。
 「ビッグバード5、現地上空に到着−−−」
 ジョーの声が消えた。
 「ずえーっっ・・こりゃあ・・見事だ」
 「軍なんて、こんなもんだ」
 道路のド真ん中に、まっすぐに赤線が浮いていた。しかし、その他の周辺にひとっこ一
人、いや、動くものはなにひとついなかった。
 「・・・道連れは御免だってかよ」
 「ぶーぶーいうなよ。行くぞ。チャンスは一度きりだぜ」
 ケンの細く長い手が、操縦桿を握り締めた。
 「スラット、下ろせ」
 ケンが言った。ジョーの力強い手がレバーを操作する。
 「フラップ、15度」
 ジョーが復唱する。
 「15度」
 そしてフラップハンドルを操作し、パネルの二本の平行線を見守った。
 「ギア・ダウン。最終チェック」
 ジョーが手を伸ばす。車輪がさがり、どしんと音を立てて格納ドアが閉まった。
 ケンはエンジンにパワーを加え、ラダーでトリムをとった。ジョーがカードを取り出し
て読み上げ、頭上のスイッチをチェックする。
 「イグニッション・・コンティニアス」
 落ち着け・・・きっと大丈夫だ・・・
 「フライト・アンド・ナヴ・インストルメンツ・・・クロスチェックト・ノーフラッグ
ズ・・・」
 やがて機体の中央がラインに乗ると、ケンはパワーを減らして機を降下させ始めた。
 「フラップ、20」
 ジョーがフラップのレバーを操作し、ケンは時速を調整した。
 ジョーは、今までに無い程に緊張していた。ケンの顔は紅潮し、明らかにに興奮してい
る。二人は互いに、互いのこれほどまでに緊張した、又エキサイトしたのを見るのは始め
てだと、ちらりとそんな事を思った。
 ケンは絶えずトリムを調整した。そして、道路に描かれた真紅のラインを見て、オーウ
ェン空軍基地に心の中で感謝した。
 「高度、1000フィート!」
 ジョーが高度を読み上げ始めた。
 「ケン、ちょっと遅い!!」
 「フラップ、35!」
 「35度」
 ジョーがレバーを動かすと、機体はそれと判る程に減速した。
 「ジョー!。コーネル達に衝撃防御姿勢をとるように伝えろ!」
 ジョーは頭上に手を伸ばし、客室のチャイムを続けざまに鳴らした。
 「フル・フラップ!」
 フラップが50度になり、スピードが落ちる。体重が安全ベルトに掛かるのが感じられ
る。機体がガタガタと揺れ始めた。ケンは着陸点を風防ガラスのド真ん中に据え、ただそ
の一点を見つめている。ジョーはグレアシールドの端を指が白くなるほど強く掴んでいた。
 「俺はまだ死にたくない ーっっ!!」
 その瞬間、ジョーの悲鳴がコクピットに響き渡った。ケンが思い切り操縦桿を引いたの
だ。
 「だめだ!。角度が大き過ぎる。オーバーランだ!」
 ケンは後方の積み荷に影響がない程度に機首を上げて上昇した。ジョーは全身に冷や汗
が吹き出すのを感じた。
 「おまえ、チャンスは一度っきりだって言ったじゃねぇかよっ!」
 「やかましい。どかんと地獄に行きたいのか、ジョー。俺は気に入るまで何度でもやり
直すからな。いやなら降りてくれても結構だ」
 ケンはそのまま言い添えた。
 「あ、ジョー。降りる時は背負ってってくれよ。後ろの荷物」
 「・・・・・・・ケン・・・おまえ、燃料計・・見て、る?」
 ジョーはおそるおそる上目遣いにケンの顔を盗み見た。
 −−−これ以上ケンを刺激して、背中に荷物をくくりつけられたあげくに尻を蹴飛ばさ
れてここから突き落とされるのはごめんだぜ−−−
 「んなもの見てる場合かよ」
 「・・・・・・・・・・」
 −−−こいつ、そうとう頭に血が昇ってんな。普段なら重力と体重及び落下相対速度に
まで話が及ぶんだが・・・−−−
 ジョーはセンタータンクの目盛りを見た。
 −−−ふえー・・・−−−
 ジョーはどっこらしょとシートに座り直った。
 「・・・ケン、おまえでもハラハラしたり、あの時以外でも興奮したりすることがある
んだな」
 「そりゃ、あるさ。俺、エキサイトしてるもん」
 「やっぱし、な」
 ジョーの視線は、ケンのシートベルトの少し、下に向けられていた。
 「おまえも案外正直な奴だったのな」
 「この平和な時に命懸けて飛んでるなんて、めったにないんだぜ。エキサイトしないは
ずないだろ?」
 ジョーはズボンを引っ張った。
 「ジョー、おまえ、縮こまっちゃってるわけ?」
 「・・・いや・・・」
 やっぱりケンの心臓はスチールに違いないと、ジョーは確信した。
 「しっかりしてくれよ。アサクラ少佐」
 その時、横風を喰って機体がぐらりと傾いだ。
 「俺よりこの野郎の肝っ玉の心配しやがれってんだ。この期に及んでもまだ山にブチ込
みてぇなんぞぬかしたら、ただじゃおかねえからな」

 その頃・・・
 オーウェン空軍基地の管制塔の中に、押し殺したような呻きがひろがった。明らかに進
入角度がまずかった。道路脇にセットしたレーダーが機体の上昇を教え、やがてそれは旋
回し始める。エリオットは、前に立っている司令と大佐を見渡した。
 −−−ラインはまっすぐ、正確に引いてある・・・はずだ−−−
 エリオットは、ほんの少しの間だが、別の基地で彼らと勤務していたことがある。当時
は、ジョーも空軍に所属していた。ケンの黒髪が風になびき、その傍らにジョーがいる。
二人は美しい一対だった。みんなは彼らを基地の守り神のように思っていたものだった。
ジョーの力強いまなざしと、ケンの優しい微笑みに見送られると、どんなことでも成功す
るような気になった。
 −−−だから、やれる。きっと彼らはあのでかいやつを、あそこに降ろしてくれるはず
だ−−−
 エリオットは静かに、動き続ける光点を見据えた。

 「あーあー、もうどーにでもしてくれよな」
 ジョーは、ちっぽけなリボンのようなハイウェイを見下ろした。
 −−−もーなんとでもしてくれ。俺は開き直ったからな。こいつの言う通りに降りる気
がなければ、ここに座ってるしかないんだからよ−−−
 機は、大きく美しいカーブを描いて、二度、回った。そして翼を水平に戻し、再び山の
向こうからアプローチを開始すべく、ハイウェイへまっすぐに機首を向けた。
 ジョーは操縦席のケンをちらりと見た。ケンの表情がすっと固くなり瞳の蒼が色を増す。
明らかに緊張し始めている。口が真一文字に引き結ばれ、顎を引いていた。ジョーは、ケ
ンの興奮が潮のように引いていくのを目の隅でとらえた。心臓がドクドクと脈打った。蓄
生、もうどうでもいい。何でも好きにやってくれ。真紅の線が、目の前にくっきりと浮か
んでいた。
 「赤いリボンがきれいだな、ケン」
 ケンは黙っていた。
 「機体ごとちょーちょ結びにして、あの世まで送ってくれるってよ、おい、ケン」
 当然、ケンは無言だった。
 「なあ、ケン・・・」
 「スロット、下ろせ!」
 「あいよ」
 「フラップ・・・」
 さっきの手順が繰り返される。
 「俺、着いたら酒飲みてぇな・・腹も減ってきたぜ」
 「ギア・ダウン、最終チェック・・・」
 「あ、俺、今日は朝飯も昼飯も食ってないな」
 ジョーは口と手を一緒に動かした。ケンの目は、まっすぐ前方を見据えている。
 「ケン、このあいだの、あれ。晩飯おごるっていってたやつな、俺、今夜がいいな。正
装して、フルコースにしようぜ」
 ケンは操縦に全神経を注いだ。
 「な、ホテルとろうぜ。さっきのおまえ、色っぽかったぜ。久し振りだしな、楽しみに
してろよ、ケン」
 そう言いながらジョーは、最終チェックの読み上げを始めた。
 「フラップ、20」
 「はいはいキャプテン、20ね。−−高度、読むか?」
 「死にたくなかったらさっさと読め!」
 −−−ふん−−−
 「1000フィート・・・俺、肉食いてえ」
 「フラップ、35!」
 「35・・・やっぱしフルコースよか血のしたたるステーキ食いてえ。なあ、おまえ、
何食いたいの?。それによって行く場所変わるしよ。あ・・俺、正装持って来てないぜ。
おまえ持って来てるの、ケン」
 「五月蠅!!」 
 機体のスピードが落ち、機がガタガタと揺れた。
 「・・・畜生・・・」
 ケンが呻いた。
 「200フィート。スピード、115」
 ジョーは計器を見つめた。少し、風が出てきていた。
 「ジョー」
 突然、ケンが口を開いた。
 「なんだ」
 「言いたいことはみんないったか。死んだ後の怨みつらみはあの世で全部聞いてやる。
心残りがあったら今のうちに言っておけよ」
 「おい、風が出てきたぞ」
 「わかってる。心残りはないのか」
 「なあ、ケン。何言ってもいいのか。言ってもコケたりするなよな」
 「いいから言え」
 「何言ってもいいのか?」
 「しつこい」
 ジョーは息を吸い込んだ。
 「愛してるぜ、ケン」
 「そりゃどうも」
 ケンはそのまま黙って操縦桿を握り締めた。
 「50フィート!」
 ケンは脇目もふらずに操縦していた。道路が目の前に迫って来る。
 「20・・・10・・・・・・」
 ジョーの力強い声が響いた。センターラインがみるみる迫る。機首が高いので滑走路は
随分先からしか見えない。
 −−−短いか・・・・・っ!−−−
 車輪が地面を叩いた。ケンは激しい揺れを感じ、間髪を入れずにブレーキペダルを踏み
込んで全力の制動をかけた。スピードを落とす為にウィングスポイラーが自動的に開く。
 「スポイラーが開いたぞ!」
 ジョーが叫んだ。ケンがブレーキをかけると、前輪が地上に激突して裂けた。
 −−−頼むぞ、おまえ。浮気したって、相手が変わったって、やることは一緒なんだ−
−−
 ケンはうまくメカニズムが働いてくれることを祈りながら、二基のエンジンを逆噴射さ
せた。機首が少し下がって、幾分滑走路が伸びたような気がする。スピードが落ちてきた。
滑走の限界を示す横線がぐんぐん近付き、ついに死角に入って見えなくなった。
 オーウェン空軍基地のコントロールルームでは、誰もが何も言わず、ただゆっくりと動
く光点を見つめていた。エリオットは十字をきり、それからその考えを打ち消すように首
を振った。そして、着陸が成功したらすぐにヘリを飛ばせるよう、彼はそっと部屋を抜け
出した。
 ケンは思いっきりブレーキを踏みしめた。後はおとなしく止まってくれるのを待つばか
りだった。
 −−−早くイッちまえ、この野郎!−−−


 ゆっくりと、まるでスローモーションのフィルムを見ているように、周囲の景色が止ま
った。
 「タッチダウン終了。ファック、完了」
 ケンがにっこりと笑った。
 「おい、どうだった?」
 ジョーが足で床をつんつんと蹴った。
 「浮気ってのも結構たいへんなもんだったろう」
 「ジョー。いやみかそれは」
 ケンがジョーに向き直った。
 「言ったろうが。言いたいことは全部言えって」
 遠くにヘリの黒い影が点のように見え出した。
 「ジョー」
 「なんだ、ケン」
 ジョーは機嫌よく振り向いた。
 「服、着たいな」
 「・・・・・・」
 ジョーは黙って服を取りに立ち上がった。途中、客室を通りかかると、気絶している三
人が目に入った。
 −−−だらしねえ奴らだな。・・・ま、疲れが残ってたんだろうけどよ−−−
 カーゴスペースで、あちこちに散らばったケンの服を拾い集めながら、ジョーはハタと
思いついた。
 −−−それにしちゃ丈夫な奴だな、ケンの野郎は。・・・ま、鍛えかた違うからな。ふ
む。今夜はどの位までいけるかやってみよう−−−
 靴が片方見つからない。ジョーは周りを見回し、荷物の脇にころがっているのをやっと
見つけ出した。
 −−−おまえのおかげで寿命が5年と三カ月は縮んだぜ。反省したら晩飯ぐらいおごれ
よな−−−
 ヘリの音がはっきりと聞こえ出した。すぐ近くまできているらしい。ジョーはコクピッ
トへと急いだ。
 ケンは、床にしゃがみこんでいた。
 「何やってんだ、おまえ。気がゆるんじゃったわけ?」
 「見えるんだよ」
 ジョーはじろじろと下半身を見た。
 「気がゆるんだってのはみえるぜ」
 「馬鹿!コクピットは丸見えなんだ。早く服をよこせよ」
 ジョーが放り投げた衣類を、ケンは急いで身に着けた。そして毛布も丁寧にたたむ。所
どころ乾いたところがひきつれた。
 「これはやっぱり恥ずかしいからね」
 やがてヘリが周囲を取り囲み、人が駆け寄って来た。ジョーは上方を飛ぶ科学消防ヘリ
のパイロットが手を振っているのに答えた。見上げた空はどこまでも青く、ヘリの風防ガ
ラスが光を反射してキラキラと光っていた。ケンが客室のタラップを降ろす。エリオット
がいの一番に駆け登って来た。
 「アサクラ少佐、ワシオ少佐、見事なランディングでした」
 「ありがとよ、エリオット」
 −−−馬鹿野郎。やったのは俺だ−−−
 ケンは一人ごち、握手に答えながら片手で髪をかきあげた。ついさっきまであんなに憎
らしいと思っていた風も、地上では気持ちのいいそよ風で、ジョーも大きく息を吸い込ん
で目を細めた。


 「只今、司令が参ります。コーヒーでもお持ちしますので、しばらくお待ちください」
 二人は、司令室に取り残された。
 「なあ、ケンよ。権力の後始末ってのも大変なもんだな」
 ケンが、この野郎、と言うように鼻を鳴らした。
 「−−ったく。俺、腹減ってるんだよな」
 「ジョー」
 「なんだ」
 ケンがくるりとジョーの方を向き直った。
 「そういえば、おまえ・・・」
 「だから何だよ」
 「この非常時に腹が減ったとはどういう料簡だ?」
 「基地司令に会うののどこが非常時なんだよ」
 「生きるか死ぬかの瀬戸際に、よくそういうことがいえるな、おまえ。晩飯が食いたき
ゃ、基地の食堂で好きなだけ食って来い。俺は胃が痛くってそんな気になれないぜ」
 「へー。胃が痛いってか。おまえって案外デリケートなのな。−−で、一体なんの話だ
?」
 ケンはジョーの質問を無視して、話を続けた。
 「大体、出張になんでわざわざ正装持って歩くんだ?。そんなにフルコースが食いたき
ゃな、ジェニーちゃんでもエスコートしてどこでも行ってくりゃいいだろう」
 「ちょっと待ておまえ。・・チンパンジー連れてフルコース食わせてくれる店なんて、
あるのか?」
 そこでケンは、ジョーの顔をまじまじと見つめた。
 「とにかく、俺は何も食いたくないんだ」
 「・・・・・しかし、おまえ、つくづく物覚えがいいのな」
 なにが胃が痛い、だ。あの生きるか死ぬかの非常時に、よくそこまで覚えていられるも
んだぜ。ジョーはしみじみ感心した。
 「大体おまえはいいさ。隣に座ってちゃちゃ入れてりゃいいんだからな」
 「俺だって、けっこう忙しかったぜ」
 ジョーは口を尖らせた。
 「ジョー。俺の肩にはな、乗員三名、許可を出した大佐、ここの司令、何も知らない民
間人。たーくさんの人間の命と今後の生活が乗ってたんだぜ」
 「ヒギンズのおっさんは、どうした」
 ジョーはぼりぼりと頭を掻いた。
 「あ、あれか。あれはいいんだ」
 ケンはあっさりと言うと髪をかきあげた。
 「なんで?」
 「ことの起こりはあいつが命令変更を言い忘れたのが始まりなんだ」
 「おまえ、そりゃかわいそうだよ。エンジントラブルはおっさんのせいじゃないぜ」
 「ああいう積み荷は、事前にきちんと教えとくもんだ」
 −−−そういうもんでもないと・・・思うがな−−−
 「・・・ところでさ、ケン」
 「なんだ」

 ジョーは首筋を掻いた。
 「俺の命はどうなってるんだ?」
 ケンはにっこりと笑ってジョーの首に両手を廻した。
 「死ぬ時は一緒だって、言ったじゃないか」
 そして、耳元に唇を寄せてささやいた。
 「もうひとつ、あるんだ。愛してるよ、ジョー」
 ジョーはケンの背中を抱き締めて、唇を重ねた。勿論、ドアが開いてマグナム基地司令
とロックウェル大佐、エリオット少尉が入って来たのに気付く筈もない。
 おほん、と仕方なく、司令は咳払いをした。
 「あー・・・お取り込み中のようだが、失礼するよ」
 二人は弾かれたように身体を離し、思わず気を付けをして申し訳なさそうなマグナム基
地司令を見た。残りの二人は、ドアの入口に突っ立ったままだった。
 「ところで君たち、キャビンの三人はなにかね」
 「元、クルーです」
 ケンがきっぱりと言った。
 「元・・・ね。で?。罪状は何かね」
 二人は顔を見合わせた。
 「−−−上官・・・侮辱罪、です」
 ジョーが絞り出すように言った。
 −−−上官レイプ罪ってのは・・・聞いたことねぇよな−−−
 「それと、ハイジャック」
 ケンが胸を張って付け足した。
 「ハイジャック?。しかし、オートパイロットのコンピュータはただの一度たりともず
れてはおらんかったと聞いているが、な」
 「あいつらが馬鹿なだけです」
 二人は声を揃えて、きっぱりと言いきった。
 「・・・まだ、相当疲れが残っとるようだな。詳しいことは後ほど文書で提出してもら
おうか」
 ケンは下を向いた。
 −−−やっぱし、書くんだろうか・・・ありゃ、強姦・・・なんだろうか・・・和姦、
ってことは・・・あったりして・・−−−
 ジョーは天井を見上げていた。
 −−−はっきり言って、一番みっともねぇのは・・・やっぱ俺なんだろうな−−−
 「まあ、いずれにせよだな」
 トマス・マグナム基地司令はにやりと笑った。
 「いずれにせよ、ワシオ少佐、アサクラ少佐、君たちの伝説が、またひとつ増えたと言
うことだな。ジャングル・コンビ」
 「司令」
 ケンが、ずいっと一歩前に踏み出した。
 「な・・なにかね」
 司令は思わず、一歩後ろに体を引いた。
 「その呼び方ですが、どうして俺がこんなターザンと一緒にされなくちゃならんのです
か!」
 「しかし、君のコードネームはエレファントだし、ジョーはターザンだし・・」
 「こんなジャングル育ちの野蛮人と一緒にしないでください。俺はチンパンジーのガー
ルフレンドなんて持ってませんよ。都会育ちなもんでね」
 司令は、ただ立って、ケンとジョーの二人とまじまじと見た。
 むかぁー・・・。ジョーは頭に血が昇った。
 「おまえ、今、なんつった」
 「ジャングル育ちをジャングル育ちと言って何が悪い!」
 「おまえはジャングルを馬鹿にするのか?」
 「おまえを育んだジャングルだからな」
 「ジャングルに謝れ」
 「冗談じゃない。俺はもう139回も謝ってるんだ。そうそう何度も謝れるか馬鹿!」
 エリオットは、笑いをこらえるのに苦労していた。
 −−−またここでジャングル・ショウが見れるとは思ってもいなかったぜ−−−
 ロックウェル大佐は、言い争う二人を呆然と見ていた。二人とも、軍の伝説にも残るエ
リート中のエリートだと聞いていた。エリオットは腕を組んで、今日の軍配はどちらに上
がるかと胸を踊らせた。
 「ジョー、おまえがジャングル育ちを誇りに思っているのなら、俺も都会育ちを誇りに
思ってるんだ。おまは都会を馬鹿にするっていうのか?」
 −−−ほう、新しい展開だ−−−
 エリオットは、じっと成り行きを見守った。
 「都会に謝れ、手をついて謝れよ」
 「あのな。今怒ってるのは俺の方だぞ、ケン。おまえが手をついてジャングルに謝れ!」
 とうとう司令の顔に血がのぼった。
 「やかましいっっ!。外に行ってやって来い。ジャングルにでも、都会にでも、廊下に
手をついて好きなだけ謝って来るんだ。この・・・ジャングル・コンビ!!」


 ハイウェイでは、大きな翼の下を、ハイウェイパトロールの指示の下に物珍しそうなド
ライバー達を乗せた車が行き交っている。空はどこまでも澄み切って、もうじき静かな黄
昏が訪れようとしていた。



End


                               初出:『獣』(ぐる〜ぷ・じゅう)
                               発行: 1986年12月27日
                                作:大鷲 譲  協力:yu-jin


 




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