目ヲ瞑ル -- Birthday−4

by もも

ガイアはいつも優しい。健から緊張をとり去り、安らぎをもたらす。
−俺の体は、本当に元通りになるのかな。
−元通りとは、細胞破壊を発症する前の状態ということです。私のリアクト治療で、筋力
・視力・聴力の問題は治癒され数値上は元通りになっていますよ。
−あとは気の問題か。
−それが一番難しくて、私には治療できない部分です。健、あなたは飛びたいですか?
−イエス。
−健、今、あなたは飛んでいます。あなたは、どのような状態ですか?
意識下の対話。なのに、健の唇が、物言いたげに幽かに震えた。
−空よりも高くて、光よりも速い。そして、風よりも自由だ。
ガイアに顔は無い。表情も感情も無い。なのに健は、彼女がふんわりと微笑したような気
がした。
−健、質問があるのですが。
−何だい?
ガイアは時々脈絡も無く言葉遊びを始める。それは彼女の“学習”だ。
−健は戦争が好きですか?
−嫌いだ。
−人類は戦争が好きですか?
−嫌い、だ。
−人類は戦争を止められますか?
−…ううん…。難しいよ、ガイア。
−人類史上、戦争が無かったことはありません。なのに、嫌いなのですか。
−嫌いだ。本当は、止めたいんだ。
−止められないのはなぜですか?
−…ガイア…。
−止められないのはなぜですか?
健は考えこんでしまった。心拍数が上がる。答えは見つからない。喉が渇く。
−申し訳ありません。質問を撤回します。
−ごめん。今度は答えられるように考えておくよ。
−無理しないで下さい。
ガイアは決して、健を追いつめたりしない。健は、ふっと、瞳を開けた。

父から受け継いだ飛行場と家を守るんだ、と健は仲間に話している。航空機の操縦を若い
子に教えるのもいいし、昔のバイトを本職にしてもいいかな、と。
竜やジュン、甚平は、そんな健に頬笑んでくれる。何も言わずに。

**

竜がイーグル・ワンを運んで来て呉れた。新品同様だった。エンジンの音も滑らかで、何
年にも渡る主の不在をまったく感じさせなかった。
白いボディを撫でていたら、ふわっと涙が浮かんで来た。虜囚だったころの自分を思い出
す。いっそ忘れてもらいたくて、会うどころか、便りすら断っていた自分を思い出す。申
し訳無い気持ちで一杯になる。みんなは、健を忘れるどころか、家を手入れし、愛機を磨
き上げてくれていたのだ。
「大変、だったろう?」
健は好みが煩い。完璧な整備。竜と鴨にしか、ここまでのことはできない。
「大変だったぞい」
竜は、巨体を揺すって笑った。
「腹が支えてコックピットに入れんでの、ダイエットせにゃならんかった」
吹き出したら、涙が零れた。
「泣くほど可笑しいかぁ?あんまりじゃあ」
「どこの肉を減らしたんだよ」
ジョーが突っ込む。
「そらお前、全体的にじゃ。スマートになっとろうが」
ポーズを取る。爆笑したら、鼻水まで零れた。きったねえなぁ、とジョーがタオルを放っ
て寄越した。
竜は、ISOの航空機関連部門で、かなりのポストに就いている。空軍との付き合いでは
総窓口でもあるそうだ。レッドが言っていた航空ショーとやらも、ISO側の総責任者は
竜だ。
「ニケ、今回は気合い入っとるぞ」
「あいつら頑張ったからな。そいや、ISO基地は第2のふるさと、って言ってたな」
「それもあるがの。あの機体。俺らと一緒に飛んで戦った、あの女神サマのエンブレムの
ついたやつな。あれ、今回が最後なんじゃと」
「え…、最後って?」
尾翼を飾る有翼の勝利の女神。健の記憶に、列線に整列した女神たちが甦った。
「戦争で酷く痛め付けたし、絶対数も減ってしもうた。従来の機体を追加生産するのも、
整備しながら使うのも、と。で、新しいもんに変えるっちゅうてな、開発を進めとった。
…いつチェンジするんかと思うとったんじゃが」
竜は、健に負けず劣らず飛行機が好きだ。愛おしむ、という表現がふさわしいほどに大切
にする。どんなに壊れても、元通りに直して使っていく。
「第2のふるさとのISOで、最後の勇飛をするんじゃとよ」
竜は、少し息を付いた。な〜んか、さみしゅうていかんぞい。
「新しい機体には、ニケのエンブレムは付かんそうじゃ」
最近の流行は、インビジブルの機体に、識別番号を小さく付けただけのものだ。そのほう
が空で目視されにくいから、という理由である。
「あのエンブレム見ると、ほっとしたり、ムカついたり、したよな」
ジョーまでもが、小さく息をついた。
「ま、航空隊のニケが無くなるわけじゃないからの」
湿っぽい空気を払おうと、竜は腹を抱えて笑った。
その時、竜の携帯が鳴った。首に掛けた紐を手繰る。今日は有休じゃちゅうのに、とブツ
クサ言っている。部下かららしい。露骨に不機嫌な顔をして耳に当てた。
「なんかあったんかい…」
サッと顔色が変わった。と同時に、ジョーの携帯が鳴った。
「長官だ」
発信元を一瞥して、舌を鳴らす。
二人とも、通話はものの30秒だった。
「庁舎」
まったくの同時に、口にした言葉だった。
「お呼び出しだ。…健、来るだろ?」
「ジョー、ええんか…健は…」
竜は心配そうに、健を見た。
「健、イヤならええんじゃ。俺らは仕事じゃから行かなならんけんど」
「…俺が行ってもいいのか?」
「行ったほうがいいに決まってるだろうが」
ああ、もう、うざってえ、とジョーは健の耳を引っ張って車に向かった。
「痛い、ジョー」
「うるせえ。とっとと来やがれ」
「…何なんだよ」
「知るか。行きゃ分かるってこった」
ジョーは、健の退院からこっち、腹の底が苦り続けていた。
健がこの小さな飛行場で、子供相手にレシプロ機の操縦の先生をする、以前やっていたバ
イトのような仕事をする。草を毟り、水を撒く。
そんな穏やかな生活を、大いに結構とは思えないでいたのだった。
なぁ、健。お前、あの檻の中で、そんな暮らしを夢見ていたのか。
俺にはとてもそうとは思えない。お前、自分で気が付いていないのか。
あの名刺を手にして、直ぐにあいつに連絡を取ったのは、だからじゃないのか。

だから、なんだぜ? …健…。


END−目ヲ瞑ル



Top  Library List