瞼ヲ開ク -- Birthday−5

by もも

ジョーに引きずられるようにして、健は長官執務室に駆け込んだ。
ジョーと竜に緊急コールがあったのだが、なぜなのかは、健には見当も付かない。
南部は健を見、何か言いかけた。ジョーが口を切るほうが早かった。
「俺たちの仕事は、何ですか」
南部の他に、リサ、そしてアーサー・ライズが居た。健にとっては、懐かしくも、そして
それ以上に不吉でもある顔ぶれだった。長年の敵は倒れたはずだ。ジョーは南部の懐刀だ
が、竜はISOの一般職員だ。今更、なぜ、この二人なのだ。
「君たちの仕事は、人工知能ガイアの停止だ」
「は?」
「それは…」
ジョーと竜はリサとライズを見比べて小首を傾げた。ガイアの運用管理は軍とISOにそ
れぞれテクニカル・エンジニアを抱えて行っている。本格稼働以後、停止されたことは無
いが、それを行うのは本来であればそのメンバーだ。
「今から3時間前にミサイルの誤爆、その直後から、いくつかの主要基地を放棄するよう
軍のサーバ軍がメッセージを発信し続けている。拒否すれば、主要基地を同士攻撃させる
と」
南部はやりきれない、と言いたげに息をついた。
「幸いに死傷者は今のところ出ていないが」
「でもそれがなんでガイアを停めるっちゅう…」
竜は言い淀んだ。ガイアは健を治したのだ。そして今も、治療は続いているのだ。
「こちらのアクションにまったく応答しなくなっているの。同じメッセージを繰り返し発
してくるだけ。“人類は戦争を止められますか?”。うちからも軍からも、ログインすらで
きない」
リサの顔色は悪かった。その質問に、健は答えられなかった。それは、つい今朝方のこと
だ。
「でも、実際に暴走しとるんは軍のサーバじゃないんですかい」
「異常の認められたサーバは片っ端からシャットダウンしている。が、キリが無い。サー
バ群を制御する最上位サーバからの指令で動いているとの判断が妥当だ」
ライズは低く、平坦な口調で言い切った。
「軍のサーバ群を配下に引きずり込めるコンピュータなど、ガイアの他に無い」
「本当なんですか」
竜。南部が、うむ、と頷いた。
「軍でもISOでも、外部ネットワークから完璧に遮断されているメイン・サーバなんて
存在しない。ガイアが侵入して、制御下に置けないコンピュータなんて無いに等しいの
よ。侵入の形跡なんかどこにも残っていないけれど、こんな騒動が起こせるのは、ガイア
だけだわ」
ガイアは南部のコンセプトのもとに開発された。史上初の本格的人工頭脳だ。飽くことも
疲れることも無く、学習、記憶、判断し続ける。その頭脳は主に、地球環境シミュレーシ
ョン・医療シミュレーション分野で生かされていた。なのに。
「ガイアの処理状況が、稼働後、最高レベルでビジーになっている。何を考えているの
か、しでかそうとしているのか、分からないわ」
南部の構想を具現化した開発陣を指揮したのは、ISO情報システム部セキュリティ室長
リサ。
「ガイアのOSのコア部分を設計開発したエンジニアは誰なんです。そいつが居ないと最
終的には太刀打ちできねえんじゃ?」
腕を組んで俯き加減になったジョーを、リサは青白い貌のまま、軽く睨んだ。
「そのエンジニアは居ないわ。でも私がいれば十分。それじゃ、不満?」
ジョーは上目遣いにリサを見やった。
「あんたは総責任者だ。ソースコードレベルのことまで把握してるわけじゃねえだろ
う?」
「ガイアの調査をするのに、現在のリソースは十分すぎるほどよ」
ガイアの頭脳を開発したテクニカル・エンジニアの代わりがそういるはずがない。健は、
リサに、ジョーが放ったのと同じ疑問を繰り返した。
「リサ、事情はどうあれ、そのエンジニアを呼ばないのは拙い」
「その必要は無いと言っているの」
いつもは冷静なリサが、苛々を募らせていく。健は、確信した。
「その彼が、ガイアに何か爆弾を仕込んだのかもしれないじゃないか…。とにかく開発者
本人を召還してください」
最後は南部に向き直っていた。
「ガイアを造ったのはオダ。そして、彼はもうこの世の人じゃない。これで納得でき
た?」
「オダを呼び戻すんだ、リサ。…そうしてください、長官」
リサと南部の名を口にしながら、健は一言も無い無表情に視線を据えていた。
「…ユ…オダの墓は空っぽでしょう?彼はどこかに生きているのでしょう?顔も名前も、
身分も変えて」

「健、彼は本当に」
南部が口を開く。
「俺がそうだったように、隠すために、守るために、死人にしたんだ。でも、監視は続け
ているはずですね。オダは、やつの頭は、最終兵器に化けかねない」
長官ご自身が、オダの亡骸に触れて、確かめたわけではないのでしょう?と健は括った。
南部ですらが、言葉をのどに詰まらせた。
「じゃあ、あなた、オダが、私たちに含むところがあって、ガイアに爆弾を仕掛け、たっ
た今…」
リサは健を睨め付けた。
「ミサイルを発射しようとしていると言うの?…ちょっとそれ、随分じゃない?」
席を蹴り、健に歩み寄ろうとした。

「時間が無い。君の理解が及ぶかどうかは疑問だが、経緯の説明はしよう」
低い、しかし有無を言わせない口調。ライズが脚をゆったりと組み替えた。ガイアプロジ
ェクトを政治面でマネジメントしたのがアーサー・ライズだった。
「君の救出後、主犯は極刑に処されたが、置きみやげをしていった。オペレーションHS
の全貌と、その他数々の最高機密を彼がそっくり記憶していると証言したのだ。彼は記憶
などしていないと申し立てたが、ヒトの頭の中身を吟味する術など無い。皮肉なことに、
大学以来の実績が彼を不利にした。彼は一夜にして政府のブラックリストの天辺に乗り、
シビリアン・コントロールの首長たるISOには在籍不能となった。しかし、戦時下に上
からの指令による任務を遂行していただけだ、目障りでも表向き犯罪者扱いはできない。
となると暗殺者を差し向けてくる道理だ」
「やっぱり…だから…死んだことにして…」
デスクを挟んで、健はライズの顔を見下ろす形となった。
「君の想像如何に関わらず彼は死人だ。開発総責任者たるリサが、彼の不在が問題になら
ないと言っているのだから、君が今言い立てていることは無意味だ」
「ガイアほどの人工頭脳を真に理解できている人間がそうそう居るもんですか…やっと世
界がここまで平穏を取り戻したのに…」
「だから、ガイアを停めるんだ。これは生身の敵のいる戦争ではない」
「だからガイアをちゃんと調査して直せるのはユーリしか居ない、って言ってるんです。
ユーリなら…絶対に…」
「君が呼べばここに現れると、そして、政府の暗殺者の手に掛かれば良いと、君はそう言
うわけだな。ヒトひとりどうなってもかまわないと」
「どういう意味です。…俺は、…もう二度と戦争なんか起こってほしくないから」
「それは君の甘えに過ぎない。君は君自身が安心したいだけだ。第一、なぜ君がここにい
る。長官が招集をかけたのはジョーと竜の二人だ。君は」
余生を穏やかに過ごしているただの民間人だろう、との語尾は気道が塞がれて掠れた。健
の左手が、ライズの襟首を掴んでねじり上げていた。
「健、止め給え」
南部が健の腕に手をかけるのも構わず、健はそのまま左の拳に力を込めた。
「ユーリは俺が守ります…暗殺なんかさせない」
「うるわしいことだ。が、君は、その、君の、愛だの正義だののために、何人殺せば気が
済むのだ」
健は瞳を見開いて、色の無い瞳を穴の開くほどに凝視した。左手は堅く閉ざされて強ば
り、小刻みに震えていた。
「健、止せ」
ジョーの指が、健の拳にかかった。
「いいじゃねえか、やつが居なくてもカタは付くって、みんな言ってるんだ。俺たちは、
ただ行けばいいんだ」
健の指を、タンのシャツから引きはがしていく。
「で、どこに行きゃいいんです」
ジョーは、健を挟んで鼻先にいる南部を促した。
「ガイアのコンソールだ。旧科学忍者隊の基地に、ある」

健も、ジョーも竜も、そろって凍てつき、瞠目した。


END−瞼ヲ開ク



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