目ヲ擦ル -- Birthday−6

by もも

「ガイアの本体及びコンソールは、旧科学忍者隊基地にある」
南部のこの一言で、ジョーと竜の招集理由が飲み込めた。長官執務室が静まりかえった。
まだ襟首に掛かったままの健の左手に、ライズの手のひらが合わさり、軽く叩いた。健は
我に返って指を解き、顔を背けた。
「とんでも無いものにリサイクルしちまってたんですね」
ジョーが大仰にため息をついて見せた。
「もとはガイアを保護するための措置だったのだ。防衛力、攻撃力ともに戦時下と変わら
ない。現状では、常人は近寄ることもできまい。軍の特殊部隊が動いても、いたずらに犠
牲を出しかねない。君たちなら構造も、弱点も熟知している。内部に侵入して、正規の手
順でガイアを停止することが可能だと」
私が判断した、と南部は、ジョー、竜、そして健を見た。
「竜の操縦で、ヘリで基地に接近し、ジョーとアレックスでアタックする」
アレックスとはリサの部隊のナンバー2だ。元陸軍特殊部隊。
「いくらアレックスでもあそこでは無理じゃあ。俺が行かにゃ」
竜が汗を吹きながら、身を乗り出した。南部が言下に制した。
「有事の際に君が残っていないと、メンバーの回収が不能となる。ジョーがひとり居れば
援護はできる」
阿吽の呼吸は熟練したチームならではのものだ。ジョーが、アレックスが、いくら個人レ
ベルで優れたコマンドであっても、言葉すら交わせない状況でどこまでやれる。健は左手
の指をさすりながら、南部に向かった。
「俺が行きます」

「コンピュータの操作なら、一通りはできます。シャットダウンコマンドを発行するだけ
のことで、アレックスクラスのエンジニアが危険に晒されることは無い。俺で間に合いま
す」
手順は教えてくれるよな?と健はリサに微笑みかけた。リサは困惑の色をあからさまに浮
かべて南部を見上げた。
「俺は大丈夫です。長官だって、ニケに俺が行ってもいいと思ったのでしょう?」
数値上は、健は回復している。南部の喉は干上がっていた。戦争の無い世の中で空軍パイ
ロットとして飛ぶのと、史上最高の頭脳を相手にあの要塞に乗り込むのと、健にとってど
ちらが危険なことかは一目瞭然だった。健の姿を認めたとき、なぜすぐに退室させなかっ
たのか、今更ながらの後悔の念が襲ってきた。
「行かせて下さい。お願いします」

「戦闘機の援護が必要ではないのか」
ライズの平坦な声が響いた。南部は無言で、健を見守った。
「ヘリの速度ではいい的になる」
「超低空で行けば何とかなります。竜の腕が鈍っていなければ、ですが」
「バカにするなぁ。前より巧くなっとるわい。どこにでも降ろしちゃるぞい」
「戦闘機のほうがいい的になるぜ。危ないから下がってな」

3人の瞳の輝きが、10代の頃そのままに、南部を射た。子供に鉄砲を持たせて、煽っ
て、戦わせて、人生そのものを狂わせた。南部の負い目は消えない。
健をガラスの牢獄から救出する、彼らの特殊任務は、あれを最後にするつもりだった。戦
場でしか生きられない、戦いの中にしか身の置き場が無い、彼らをそんな人間にしたく無
かったからだ。
「博士」
健は、南部をそう呼んだ。
「特殊部隊のG1としてではなく」
科学忍者隊G1号ガッチャマンとしてではなく、と南部には聞こえた。
「鷲尾健として、行ってきます。そうしなければ、と、どうしても思うんです」

「分かった」
南部はひとつ息をついた。こうやって、いつも根負けさせられる。
「リサ、3人に詳細を説明してやってくれ給え」
「分かりました。…そうね。ジョーだけならともかく、健がいれば大丈夫ね」
「そういうこったな」
ジョーが健にウィンクする。な?といつものいたずらそうな顔で。
座りましょう、とリサの口元にもいつもの微笑が戻った。
「では俺はこれで」
3人がソファに歩み寄るのに反して、ライズが席を立った。
「ここにはもう俺の仕事は無さそうだ。戻ってお偉方の相手をします」
「何を言うのかね。それは私の仕事だ」
南部が決然と言い放って、ライズの鼻先に立った。
「いいえ。ガイアプロジェクトのリーダーは俺だったのですから。それに」
ライズの口角がわずかに上がった。
「お歴々が吊し上げて潰したいのは、俺なのですから。…長官はそんな些事は放っておい
て、ガイアを回復させてください」
南部に黙礼をし、踵を返す。健はその後ろ姿を、突っ立ったまま見送った。

「掛けなさいよ。あなたが上の空じゃ、話が始まらないわ」
リサが健の腕を突っつく。
「どうしたの?あんなぼろかすに言われたくせに。居ないと寂しい?」
揶揄して笑う。リサはこうでなくでは、と思う。
「偉くなるのって大変だな、って思ってさ」
「敵を作っちゃうタイプなのよね。ま、頑張っていただくしかないわ」
それより、とリサはにわかに厳しい顔つきになった。
「他人のことより自分の心配をしなさい。…私たちの敵はガイアというコンピュータだけ
じゃない。私たちを取り巻く、冷蔵庫や電子レンジなどの家電、エレベータや交通機関に
至るまで、…コンピュータ・ネットワークの影響を受けるもの全てが、敵となりうる。ガ
イアの怖さは、そこなのよ」
「基地ごとぶっこわしちまえねえのか」
ジョー。リサはくすっと鼻を鳴らした。
「科学忍者隊の基地がそんなに呆気無く破壊できるものなの?核でも落とすつもり?何に
しても、ガイアの息の根はそう簡単には止まらないわね。ガイアならずとも悪あがきする
でしょうよ。数分、いえ数秒、それだけあればガイアは何をするでしょうね。戦争の種を
ばらまくことかしらね」
「おっかねえ女神さまだなあ」
「女は怖いものでしょうが。でも、軍事施設の放棄を要求して、ミサイル誤爆なんてこと
はしでかしてくれたけど、ガイアは死傷者をまったく出していない。これは偶然ではない
と思うの。ガイアは大掛かりな破壊活動を望んではいない」
「そんなら、何が目的なんじゃろうか」
「だから、それも聞いてきてほしいの」
リサは3人を順番に見て、ふんわりと微笑んだ。近所に、子供を使いに出す母親のような
顔だった。
「長官は、基地にガイアの本体がある、って言い方をしたけれど、それはちょっと違う。
基地そのものがガイアの筐体なの。無数の小部屋に区切り直され、そのひとつひとつがガ
イアの1ユニット。コンソールはその最奥部にある。あなたたちは、ガイアの中に入り込
む。そして、ガイアそのものに会う」
「会う、ってか?ガイアは機械じゃないのかよ」
「無論ガイアは機械よ。でも、ヒトの感覚や感情だってただの電気信号でしょ。ガイアが
あなたたちに、何を見せ、聞かせ、感じさせてくるか分からない。…健」
リサが健に向き直った。優しい微笑は消え去っていた。
「ガイアのオリジナルはオダなの。オダから、一切の時間と空間の制約を排除し、人間特
有の飽きとか疲れ、感情の一切をそぎ落としたのがガイアのコア。本格稼働から数年、ガ
イアはオリジナルからどんどん遠ざかってきたけれど…」
リサは泣きたいような表情で目を瞬いた。
「それでも、戦争を引き起こすようなことをするなんて、私には思えない。ガイアの思惑
を、探ってちょうだい。そして、ガイアがあなたのコマンドを拒否するほどに暴走してい
たなら、破壊してちょうだい。内部からなら、一瞬よ」
「ガイアが止まると、どの程度の影響があるんだ?」
健は努めて平静を保った。

医療・環境を始め、教育・政治・軍事、ガイアが支援している分野は広い。しかし、その
末端全てが、ガイアの直接オペレーション下にあるのではない。ガイアが監視し、制御す
るのは、あくまでも各分野の最上位のサーバ群。ガイアはそれらと情報の授受を行い、学
習し、監視・判断を行う。下位のサーバ群が変わらず処理を続けていれば、ガイアの応答
が止まったからといって、即座に悪影響は出ない。ガイアが無くなれば、旧態依然とした
システム体制に戻っていく。ガイアの判断に依存していた部分が、その支えを失う。た
だ、それだけ。

リサは早口で説明を終えると、ノートを広げ、コマンドを書き連ね始めた。
いつの間にか窓辺に立っていた南部が、ブラインドを開けた。
傾き始めた、それでもまだ真昼の日差しが、部屋に降り注いで来た。
さらさらとペンの走る音だけが、止まらない。
ジョーは腕を組み、ソファの背に体を預けて天井を見上げた。
竜はそわそわと頭を掻き、小鼻をさすった。

これから行く。…ユーリ。


END−目ヲ擦ル



Top  Library List