瞳ヲ凝ラス -- Birthday 7

by もも

日没が近い。
週末の街の灯は煌々と明るく、変わらぬ賑わいを思わせる。
この部屋だけが、置き去りにされたように静かだ。傍らで健が、予備のマガジンを装着し
ている。今朝方、イーグルワンを撫でながら、穏やかに口元を綻ばせていた青年はもうい
ない。気負いも無く、淡々と手順通りに出撃準備をしている手元は、何年ものブランクを
全く感じさせなかった。
オダが生きている、その思いは、ジョーの中にも澱となって沈んでいた。ガイアのメイン・
プログラマーがオダだとは、薄々感づいていた。健が新しいリアクタで治療を始めてから
しばらくの間、何回かソフトの交換が行われた。健のために、オダが治療プログラムを更
新しているのだと、見当は付いていた。墓碑にある彼の没年とその時期は、矛盾していた。
軍が咬んでいるのも、察しは付いていた。が、行方は知れず仕舞いだった。

ジョーは、窓ガラスに映った己の額に銃口を据えた。

健を連れ戻したあの時点で、すぐにオダと会えば良かったのだ。健が大事と、自分で自分
に言い訳をして逃げた。そして、機会を永遠に逸した。

取り返しのつかないこと。

引き金に掛かる指に力を入れる。この意気地無しが。この腐れ野郎が。

「俺のせいなんだ」
健が不意にぽろりと零した。振り返ったが、手元を見下ろしていた。独り言か、いや、お
前のせいだ、と言われたのかと思った。
「HSの改良版のデータ、俺が破壊したよな」
ジョーは無言で右手を降ろした。引き金に指は掛かったままだった。
そう、あの件のせいで、諸刃の剣はジョーに渡ることなく、健の手の内に止まった。健は
剣を振るい続け、壊れて行った。監獄の虜囚となり、何年もの間…。健があそこで何をさ
れていたのかなど、ジョーはもう考えたくも無い。
「あれさ、俺ひとりでやったと思っていたのか?あれだけ堅牢なシステムのメイン・デー
タを、いくらガッチャマンでも、とは思わなかったのか?」
健の自嘲の笑み。水を掛けられたような気がした。やりやがった、とあのときはそう思っ
ただけだった。
「やったのはユーリだ。俺が取り込んだ。何があっても俺から離れて行かないように、優
しく優しく宥めてあやして、抱きしめてキスして…。俺がさせた」
健は嗤っていた。
「リサが怪しんで本部に異動させたから、あいつはあんな酷いケガをして、俺を助けに来
たりしたから、主任研究員に逆恨みされて、あることないことブチまけられてお尋ね者に
なって…」
「…健、待てよ」
「死人にされて。…だからあいつが、俺に恨み言のひとつも言わないで死んじまってるな
んて、絶対あっちゃいけないんだ」
「待てったら」
健の瞳は、静謐さを湛えていた。それが返って、ジョーの不安を煽った。
「あいつは、自分じゃないとお前を出せないって、自分から俺たちと行ったんだ。…俺は
作戦決行までの間、しばらくあいつと一緒に居たが、お前に恨み言なんて、金輪際、これ
っぽっちも、気配も無かったぜ?」
俺の腕の中で、俺の躯ごしに、あいつが抱いていたのはお前の影だ。と、口を衝きかけて、
言えるわけがない、呑み込んだ。

「寝たんだろう?」
ぎょっとした。はいそうです、と返答したも同然だった。健は少し投げ槍に、吐息した。
「俺たち、おんなじことしたんだな」
「健、…あいつはお前を治したんだぜ?やつがお前を恨んでるなら、なんでそんなことを
する」
「俺が弱ってるまんまじゃアンフェアだと思ったんだろうさ。そういうとこ、きっちりし
たやつだった。誤魔化しとか、嘘とかが、大嫌いで…」
静かに、遠くを見た。
「リサが言ってた、ガイアの“人類は戦争を止められますか?”ってメッセージ、あれに
俺は答えられなかった」
答えなきゃいけないんだ、と健は低く言い切った。俺が。
「あのとき、俺たちが生き延びるために、終わらせるために、俺はあいつを取り込んだ。
だから、俺が、ちゃんと答えてやらなきゃならないんだ」
だから…。と、今度はやけにすっきりした表情で笑った。
「俺は行く。鷲尾健として、鷲尾健を取り戻しに」
フン、とジョーは鼻を鳴らし、銃を尻ポケットに突っ込んだ。
「俺もだな。ただの遊びと思われてるなら心外だ」
「本気だったのか」
「本気でブッ壊したいと思ったのさ。俺の手で、いっそ、ってな」
健の眉根が悲しげに顰められた。ジョーは舌打ちでもしたい心持ちになった。
「妬けるか?」
こっくりと頷く。
「どっちに妬いてるんだ?」
「どっちにもさ」
泣き出しかけて忘れたような、中途半端な面差しで、健は宙を見つめていた。

**

−君の、愛だの正義だののために、何人殺せば気が済むのだ。
あなたはそれを、俺に指折って数えろというのですね?

内線電話の呼び出し音が静寂を破った。健は反射的に食らい付いた。
−ヘリの準備は万事OKじゃ。日没とともにGO。きっかり30分後、ええな?
「了解」

どこにだって行くさ。それで俺が取り戻せるなら。戦う人形じゃない、生身の人間の、本
当の俺を取り戻すために。


END >瞳ヲ凝ラス



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