For You …

by もも



For You …


 窓の外には秋枯れの街が釣瓶落としの夕陽に染まっていく。
 はらりはらりと風に落ち葉が舞い、石畳の歩道を朱や黄に彩る。
 静かだった。
 朽葉が枝から離れる音が聞こえるかと思うくらい、静かだった。

 ジュンの店もまた、静かだった。
 いつものヘヴィメタのBGMも、ジュンと甚平の姉弟漫才も聞こえない。
 低く街のざわめきが心地よい。5人は5人とも、コーヒーカップを掲げ、雑誌を開き、
あるいは通りを見やって、何とはなく物思いしていた。

 ふと、ジュンが顔を上げて宙を見た。艶やかに光りを放ち始めた皿が、布巾の下で
きゅっと鳴った。
「ブス子ちゃん、元気にしてるかしら」
 ジュンの言葉を受けて、竜もまた雑誌から顔を上げた。水着のアイドルが笑っている。
お、と覗き込む甚平にニッと笑いかけて冊子を閉じた。
「ああ、博士が里親探すっちゅうとったな」
「貰い手、見つかったの?」
 今度は健を見る。
「さあ、犬の里親探しの団体に知り合いがいるからそこに預けると聞いたきりだな」
 ジョーが怪訝な顔で3人に割って入った。
「なんだよ、その“ブス子ちゃん”て」
「あらあ、ジョーが前助けた子犬じゃない。モグラタンクのときの子。忘れたの?」
「忘れるかよ!…なんで“ブス子ちゃん”なんだ」
 ムっとした口調になる。とはいっても、普段とほとんど変わりは無いのだが。
「だってあの子、不器量だったじゃない?」
「そうじゃあ、頭はええ犬じゃったが、器量は悪かったぞい。あれで貰い手つくんじゃろ
うか」
 竜が首を捻る。
「大丈夫だよ。子犬ってのは、なんだってかわいいもんさ、新しい素敵なママがもう見つ
かってるさ」
 甚平。
「なんじゃい、棒切れでド突こうとしとったくせに」
「あれは…ジョーが…。その…。オイラは動物苛めたりしないやい!」
 憤懣やる方無い甚平をよそに、ジュンは俯き加減になって、また皿をきゅ、と鳴らし
た。
「ダメかしら」
「捨て犬とか迷い犬とか、たっくさんいるんだろ??」
「貰い手、見つからなかったらどうなるのよ」
「仮にもジョーが助けたんじゃ、博士が引き取るじゃろ」
「ああ、もう、おめーら無責任にうだうだと」
 ジョーがカウンターを叩いた。
「第一“ブス子ちゃん”とはなんだ。いいか、犬やネコってのはな、かわいいかわいい、
いい子いい子って、大切にしてくれる人がいりゃいっくらでもかわいくなるんだよ。素直
な女と一緒さ。やつだって、いい里親のとこで、今頃は見違えるようにカッコよくなって
るに違いねえさ」
「あら、器量が悪いってのはジョーも認めてるんじゃない」
「うるせえ。おめえなんかよりよっぽどカワイかったぜ」
「何よ」
 ジュンの眦がぐっと釣り上がった。甚平が、ハイハイと諦めの体で、そのジュンの手か
ら皿を取り上げた。
「あたしがブスだっていうの?」
「おうよ、性格に至っちゃ最低だな」
「あんたに言われる筋合いないわ」

 ジョーは腰があがっている。ジュンはカウンターに身を乗り出している。
 甚平は慣れた手際で割れ物、壊れ物を片付けていく。竜は、ボックス席に移って雑誌を
再び広げる。健は、距離おいてやれよ、とジョーに呟いて、小さく微笑を浮かべるとコー
ヒーを口に含んだ。

「大体なんだよ、普通誰かが倒れてりゃ先に声かけるのが道理ってもんじゃねえのか、
さっさと死んだことにしちまいやがって、おめえそんなに俺のこと亡き者にしたいのか」
「う、煩いわ。あれだけ派手に吹き飛ばされたのよ、勘違いして当たり前じゃない。何
よ、すぐに治っちゃって。単細胞は体の造りまで単純だっての」

 核爆発だな、と健は思った。
 あんなに静かだったのに、と窓の外の街路樹を見渡す。
 と、窓際で竜は居眠りを始めていた。甚平は料理の下ごしらえに余念が無い。
 これが俺たちの静けさなのかも、と健は思い直した。
 心地よい静けさ、それは平和、安寧。
 うっとりと吐息して、また一口熱いコーヒーを含んだ。
 ああ、静かだ。

 不意に、ジョーが音を立てて席を立った。
「ひどい〜〜、あたしのことトラックに百回轢かれた顔だなんて〜〜」
 眼に涙を溜めて、拳を振り上げているジュンがいた。泣き崩れて終わり、じゃないとこ
ろがG3号の面目躍如だ。
「おうよ、快復不可能だな」
 捨て台詞して、ジョーは乱暴に店を出て行ってしまった。
「待てよ、ジョー」
 健もまた、立ち上がった。
「行っちゃうの?!健までぇ。ひどい〜い」
 ジュンの頬が真っ赤だった。健は振り向きざまに“悪い”と片手を上げて目配せした。
「ツケ、よろしく」
 ジュンが言いたかったのは、そんなことではない。
 甚平と竜が顔を見合わせて苦笑した。

 静かな、静かな、秋の黄昏どきだった。

「おい」
 ジョーは脚が早い。走っているわけでなくても、追いつくのにひと手間かかる。
 いかり肩をいっそうにそびやかして、ジョーは振り返りもしなかった。
「おい待てよ…待てったら」
 やっと並んだ。ジョーはきつい眼光を緩めようともしない。健は、その横顔をちらちら
見ながら笑いかけた。
「そう怒るなよ。あの犬のこと、ジュンはすっごく気にかけてたんだ。おやつとか餌と
か、ときどき差し入れしてたみたいだし。ジュンはジュンなりに、心配してるんだぜ」
「うるせえや」
 予想通りの返答に、健は軽く噴出して、肩を竦めた。
 ジョーは口ごもりながら、どんどん早口になっていった。
「俺みたいなどうしようもねえやつだって拾ってもらえたんだ」
 あいつに家が見つからないなんてこと、あるか。

 健は黙ってジョーの背中を叩いた。ジョーには多分見えていなかったろうが、同時に頷
きもしていた。

 短い秋日は、ほとんど暮れかけていた。

**

 それから数日、健はどことなくそわそわしていた。
 南部とひそひそ話しをしているときもあった。
 まだ。さあ。そのうち。ううむ。
 それはいちいちジョーの癇に障った。
「健、おめえ、こそこそ何探ってやがる、ギャラクターの何か分かったのか」
「情報が不確なうちは、話しはできない。今、博士が確認中だ。しばらく待て」
「ケッ、リーダー風吹かせやがってよ」
「リーダーだからな」

**

 ある日、南部がやけに機嫌良さそうに5人を手招きした。

「めしでもご馳走してくれるんかいのう」
 5人は5人で、南部の表情に盛り上げられ浮かれ気分で南部のデスクを取り囲んだ。
「ジョー、君にだ」
「なんなんです」
 南部から差し出された分厚い封筒を、ジョーは眉間に皺を寄せて受け取った。
 いつものジョーらしい、面白くもなさそうな貌で、手紙と、写真の束を取り出す。手紙
を一瞥し、写真に眼を落すと、ジョーの口元に、ほんのりとした微笑が浮かんだ。
 ジュンが、背伸びしてジョーの手元を覗き、うわあ、と歓声を上げた。
「ねえ、それ、ブス子ちゃん?!」
 南部が、深く頷いた。
「あいつ立派になったんだなあ、きりっとしてさあ」
 甚平が、ジョーの腕にぶら下がるようにして泣き笑いした。
「新しいママ、おねえさんみたいだなあ、やっさしそうだし。いいなあ」

 ジョーは、しばらくの間、何も言わず、身じろぎもせずに突っ立っていたが、写真の束
を繰りながら、手紙を捲りながら、目尻を下げ、唇を妙に曲げていっき、やがて、消え入
るような声で、ありがとうございます、と南部に頭を下げた。
「よかった、よかったわねえ、ジョー。あなたの言うとおりになったじゃない?ねえね
え、写真、あたしにも見せて見せて」
「おいらも〜」
「オラにも見せれ!」
「こらこら、乱暴に扱ってはいかん」

**

 チビを助けてくださったかたへ

 はじめまして、チビの家族です。
 チビが来てから早や半年が経とうとしています。
 小さくて、泣き虫だったチビもすっかり大きく立派になりました。
 チビと名前をつけたのは娘です。ちゃきちゃきの娘に連れまわされて、チビもすっかり
やんちゃで元気になりました。でも、一番の仲良しは息子。しっかりものの姉にやられっ
ぱなしの彼にとって、チビは最高の理解者で友達、いえ双子の兄弟かもしれません。こん
な笑い話があります。幼稚園でもらったクレヨンを花壇に埋めたのを忘れ、なくしてし
まったとべそをかいてたとき、チビがそのクレヨンを見つけてくれたのです。
 チビの散歩をしているからでしょうか、主人のお腹も締まりました。
 チビは、今ではうちの、大切な末っ子です。
 チビは事故でお母さんを亡くし、自分も危なかったのだとか。
 チビを助けてくれた方、本当にありがとうございます。
 あなたのお幸せとご健康を、いつも、心からお祈りしています。

XXXX

追伸
 写真、同封しました。チビ、見違えたでしょう?来たばかりのころは、私の自転車のカ
ゴにすっぽりはいるくらいだったのに…。また、ご報告のお便りさせてください。
 南部博士、本当にお世話になりました。

**

 健は3人の頭上から南部と目を合わせた。
 大ヒットだったな、と思った。みんなして、こんなに嬉しいなんて。
 最初は、最近のチビの写真を一枚もらえないだろうかと、南部に頼んだだけだったの
だ。

−娘さん、べっぴんさんじゃあのう。
−どこ見てんのよ、もう!…あ、でも、ご主人ちょっとかっこいいかも…。
−ジョー、あいつ幸せそうだね、よかったね。
−…。…、…ああ…


End - For You …



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