PC−JOE1 コンドルのジョーは報告書を書く1

by もも

現場のほうが忙しいからと、ついデスクワークを疎かにする。
知らない間に、始末書も報告書も、溜まりに溜まっている。
<第一段階>冗談まじりに突っついてくる健の態度に、<第二段階>棘が混ざりはじめ、
<第三段階>目つきが冗談でなくなり、<第四段階>腕組みをして理詰めに意見をしてく
るようになる。
そろそろ第三段階を越えそうだ。仕方ない。やるか。
日もとっぷり暮れて、巨大な庁舎に人の気配も疎らになった頃、ジョーはやっとPCの電
源をオンにした。

起動がやたらに遅い気がする。盛んに脚を組み替えながら、人差し指は忙しなくデスクを
叩き続ける。やっと、パスワード入力画面が表示され、ログオン。
レポート作成用のソフトを広げ、親の仇を相手にしたような面差しで、キーボードを手元
に引き寄せた。
躍起になってキーインし、大体できたか、と思ったときには、もう未明だった。
ふとした拍子に、文書上のカーソルが動かなくなった。
−おい、マジかよ。
ついついムカついて、アイコンをあれこれクリックしたのが拙かったか、プログラム・エ
ラーとかなんとかいうメッセージが、ぽん、と表示されてきた。
ぶっ殺す、とばかりにディスプレイを両手で鷲掴みにしたら、画面全体が真っ青になり、
そのまま、ウンともスンとも、IOの音がしなくなってしまった。
反射的にデスクを蹴り飛ばす。と同時に、画面が今度は真っ黒に。
PC本体の電源をオンオフしても、何の変化も無い。さすがに、やばい、と思った。
誰か、こういうのに詳しいヤツ、とフロアを見回そうと立ち上がった。
隅のミーティング・コーナーで、誰かと打ち合わせ中の健の姿が目に入った。
しかし、そろそろ第四段階に突入しようとしている健に、パソコン壊れた、とは藪蛇にな
ることが火を見るより明らかだった。
ゆっくり、周りを見回す。と、ガラス越しに、廊下を行く人陰が目に入った。
飛んで火に入る!とばかりに席を蹴った。

軍の統合情報部将校、星ひとつのオリーブ・グリーンの軍服姿。現在、ISOと軍とで、
タイアップして戦略シミュレーションをシステム化しようとしている。その人陰は、コンピュ
ータのハードにもソフトにもやたらに強いということで、軍側のヘッド・スタッフとしてアサ
インされ、このところISOに常駐していた。
お化けのような汎用機や、大型サーバ機を相手に飯を食っているわけである。PCごとき、
屁でもあるまい、とジョーの咄嗟の判断だった。
「オダ、ちょっと来い」
別の単独任務で、ニアミスをしたことも何度かあった。
「え?なに、なに?」
徹夜明けか、少々茫っとした面差しで、彼はジョーのデスクまで引きずられ、座らされた。
「何とかしろ」
「って、でも、俺、今、仮眠しないと寝る時間無い…」
「お前なら、ちょいちょい、だろ?」
「ISOの人間じゃないから、ISOの器機に触るわけにいかないし」
「堅いこと言うなよ。明日までの仕事してんだ、頼むよ」
両手を合わせて拝むと、黒い瞳がジョーを見上げて、くすりと笑った。受付の女の子にも、
食堂のおばさんにも" かわいい "と評判の笑顔だった。
「何してたの?」
「文書ソフトで報告書作ってた。カーソルが動かなくなってプログラムエラー。青くなって、
黒くなった」
オダは、PC本体の電源をオンオフしてみてから、椅子を引き、よっと四つんばいになっ
て机の下に潜り込んだ。埃に咳き込む気配がした。
「何これ、スパゲッティーじゃん。だめだよ、ケーブル整理して、掃除しないと」
細身のラインが妙に艶めかしい。思い切りバックの、ナカナカのアングルではあった。
「お前、すけべじじいのデスクで、そゆカッコしないほうがいいぜ」
「え?なに?あ、やっぱり。コード抜けてる」
「嘘だね。ちゃんと使えてたんだ」
「これだけコードがぐっちゃぐちゃだとさ、足癖悪いと引っ掛けちゃうんだよ。椅子の脚
で踏んづけることもあるし」
「手癖はけっこう自信あるけどよ」
と言いながら、デスクを蹴飛ばしたのが拙かったな、とは思った。
コードを入れて起動する。
「なんでこんなに時間かかるんだろう」
「ポンコツだからじゃねえの」
「そんなことないよ。これ、けっこう良いモデルだもん。変だな。起動ディスクある?」
「何だそれ」
「え…と。じゃあ、こいつにCD−ROMがくっついて来てたはずなんだけど、あるよね?」
「そいや、そんなもん、あった、なあ」
記憶はあった。しかし。
「どこ、やったか、なあ」
「心当たりは?」
二人で、デスクを引っかき回した。レースの雑誌。PLAY BOY。映画の雑誌。ちょっと表記
を憚られる類の雑誌。怪しいCD。未整理の資料。エトセトラ、エトセトラ。
無修正本の栞代わりになっていたのを、見つけたのはオダだった。コメントは、無かった。
きっと余りに呆れ果てて、何も言いたくなかったに違いない。
気を取り直して、起動。無事に画面が立ち上がった。
「ウィルス・チェッカーは入ってるなあ」
クリックして、プロパティー表示。
「だめじゃん。半年もウィルス・データ更新してないよ」
「ああ、そういやあ、そいつ、半年前に俺んとこ来たんだ」
「じゃあ。一回も更新してないわけ」
自動更新するようにしておくから、と言いながら、何かごそごそやっている。ついでにチ
ェック走らせとくね、とまた呟く。ジョーは、頼まあ、と言いながら、何やってんだ、と
思っていた。暫時後。画面に激しく赤字のメッセージが表示され明滅した。
「ウィルスだらけだ〜」
「へ」
「何したらこんなに冒されるんだろう」
「犯す?」
字が違う。
オダの手が走り始める。どうもウィルス退治しているらしい。まあ、やってもらおうか、
と思ってただ眺めていた。
「ここのインフラ、ウィルス大丈夫なのかな。ちゃんと管理してるのかな。こういうの、
すごく危険なんだよ。トロイの木馬って知ってる?」
昔、長官が絵本で読んでくれたなあ、と思い起こす。え?そのことじゃない??
「さあ。ISOの情報システム室がなんかやってんじゃねえの」
「じゃ。ここのチームのIT管理担当者はだれ?ちゃんと報告しておかないとまずいよ」
それは健だ。できれば報告なんかしたくない。と、
「何やってんだ?」
背中に、怒気を含んだ声が突き刺さった。その、健、だった。
「ジョー、お前、オダ少尉に何してもらってる?」
「いや。その。ちょっとPCの具合悪くて」
「なんで、俺に言わない」
「お前。忙しそうだったからさ」
「それで、俺より忙しい外部の人を呼びつけた、って?」
こ、恐い。と一歩退きかけたときだった。数分間、キーインの無かった画面に、スクリー
ン・セーバーが表示された。男女3人の組んず解れつ…。
「う、わ〜…」
オダ。
「…」
ジョー。
「…」
健。

「あの、こういう類のソフトをダウンロードすると、けっこうやばいものも一緒に来ちゃ
ったりするんだ。怪しいサイトにメルアド登録するのとかも危険だし…。運用マニュアル
化して、ちゃんと制限したほうが、いいと思う」
オダが、潮時と椅子を立った。
ジョーは知っている。運用マニュアルは既に存在することを。そして、自分がそれを一瞥
もしていないことを。
「IT管理担当者にそうするように言っとくさ。済まなかったな。煩わせて」
健が、オダににっこり微笑んだ。…諄いようだが、健が、その担当者であることも…。
「ううん」
じゃ、と行きかけて、あ、とオダはジョーを見上げた。報告書、保存してある?一時領域
はクリアされてたから、復帰できないよ。
「へえ??」
オダは、さっさと行ってしまう。奥の応接室で寝てるから、何かあったら起こして。
健の応える声が聞こえる。−サンキュ、おやすみ。

保存?保存?そんなのしたっけ?記憶に無え、全然無え。じゃあ、あの、殆ど完成してた
報告書はどこに行ったんだ。俺の数時間は、どこに行ったんだ〜!!!
「ジョー。俺さ、今、死ぬほど恥ずかしかったぜ…」

前髪を掻き揚げながら、微笑む健は震いつきたくなるくらいキレイだ。
凄絶にキレイだ。

そして…。


END < コンドルのジョーは報告書を書く
Art by Sayuri
Art by Sayuri



Top  Library List