PC−JOE2 コンドルのジョーは報告書を書く2

by もも

受付の女の子が必要以上にキレイに見える今日この頃。
いかにもお堅いお役所の受付嬢という雰囲気は、ジョーの好みではない。しかしその日は、
ついふらふらとその清潔感溢れるお嬢様方に足が向いてしまった。向いてしまったが、辿
り着く前に襟足を引っ掛けられてしまった。

振り返る間も無く、腕を掴まれてエレベーターホールに連行される。別に顔など見なくて
も分かっている。健だ。
「定時脱走なんか考えて無いよなあ、ジョー」
「いいじゃねえか。せっかくの週末なのに」
「せっかくノートPC買ってもらったのに、箱から出しただけじゃないか」
「来週やるって。この時間からセットアップ始めたら、せっかくの金曜日が…」
冗談じゃない。この俺が、なんで女っ気の無い週末を過ごさなきゃならねえんだ。もう1
週間以上も、任務だ報告書だって、反吐の出そうなくらい品行方正な毎日を送っているん
だぞ。
「俺が、つきあってやる、って言ってるんだぜ。今からPC仕込んで、土日あれば、報告
書なんか軽く終わらせられるさ、なあ、ジョー」
土日?空耳か?!恐る恐る窺う、その微笑みの何と美しいことか。
「オニ〜!」
アクマ〜、ヒトデナシ〜、の叫びがドップラー効果を伴ってISO庁舎の1Fメインホールを
横切って行き、エレベーターに吸い込まれて、空しく途切れた。

5分後には、デスクに着かされていた。
「さあて、まずはネットワークの設定から行こうか」
「鼻血が出たら、お前のせいだからな」
俺はラテン系のオトコなんだぞ、と睨め付ける。
「はなぢ?いい大人が鼻血はよくないなあ。俺がちゃんとフォローしてやる」
「お前が?」
そんならちょっと考えてもいいな、と思った。でも、どこでだ?ここでか?
「ほれ」
健がクリネックスのお徳用箱をジョーの目の前に置いてみせる。
「今から鼻に詰めとけよ。せっかくの最新ノートに流血は拙い。壊れちまう」
涙も出ず、溜め息だけが口をついた。

南部から監督不行届とかなんとかで、健が叱られてしまったのが先週末あたり。以来、健
はレベル4を越え、天使の微笑のレベル5に入ってしまった。
今までここまで来たことは無かった。記録更新だった。
ウィルスまみれのあのデスクトップは、健が初期化した。今はチームのファイルサーバに
なっていて、ISOでの業務に必要なソフトのインストーラーやパッチなども仕込んである。
最新のウィルス・データもここに入っている。
一方、ジョーにはノートPCが宛われた。電源もケーブルも少なくて済む。本来、綺麗好
きなジョーが、しこしこ掃除をしただけのこともあり、ジョーのデスクの足下はスッキリと
埃ひとつ無くなった。

LANケーブルを接続する。しぶしぶ電源をオンにする。
「そーそ。それで、ネットワークのプロパティーから…」
ISO情報システム室からの指示通りに、設定値を打ち込み、再起動をかける。
「で、ネットワークが繋がったら…」
いきなりブラウザを起動したら、PCメーカのHPが表示される。詰まらない。
ちまちまと某有名検索エンジンのアドレスを入力する。表示される。
「おー。ちゃんと繋がってるじゃん。俺ってすっげー。上等、上等」
「そう、だから、ネットワークが繋がったら…」
(色っぽい)壁紙とスクリーンセーバーをダウンロードして。メールを使えるようにして、ベティ
に…。と、手を動かしはじめてたら、後頭部を叩かれた。
「何やってんだー」
「へ」
「うちのサーバにアクセスして、ウィルス・チェッカーをインストールしろ」
「ああ、ウィルスね」
「お前のPCを足がかりにして、ウィルスが蔓延してたって、俺がどれだけ長官に大目玉
くらったって思ってるんだ」
近頃は南部も巧妙になった。このテのことでジョーを直接叱責しても何の効果も無い。健
に言ったほうが効率が良い、ということを学習したのだ。
「俺がどれだけ苦労してここのIT環境整えてるか、お前分かってないだろう」
泣くなよ、悪かったよ。泣いていなくても、健には弱いジョーだった。
「どこにどんなソフトが入ってるかって、こないだちゃんと通知したろう?」
すっかり愚痴っぽくなっている。素面のはずだよな、こいつ。
晴れて、ウィルス・チェッカーをインストール終了。
「起動する度にウィルス・データを更新するように設定しておけよ。こないだ、天然がや
ってたろ?」
天然とは、オダのこと。天然だから、天然。健が名付け親らしい。当人以外はみな納得し
て気に入っている渾名だ。
「それから、データ更新したらそのままウィルスチェックが走るようにする」
「これでウィルス対策は完了だな?」
「ああ、終わった」
で、壁紙、ともう諳んじているアドレスを入れて、サイトのトップページが出た途端、ま
た、健に叩かれた。
「そうじゃなくて、仕事に使うソフト入れろよ。メーラーとか、文書用とか、表計算用とか。
さっきのサーバに全部ネタ入ってるからさ、すぐ終わるから」
「…ふん」
「で、パッチもあてるんだぞ」
なんだそれ、おやじパンツか。口に出したつもりは無いが、顔に書いてあったのだろう。
健は、息を大きく吸って、吐いた。
「既成ソフトのバグ潰し用のソフトだ。必須のしか、うちのサーバには入れてない。ソフ
トをインストールした後、入れるんだ」
「それ入れないとどうなるんだ」
「最悪、また動かなくなるな、お前のそれ」
ノートPCを指さす。げ、と思った。はい、やります、速攻でやります。
「パッチ情報は、不定期的にメーカから出される。ちゃんとチェックして、必要なもんだ
け適用する」
「そんな面倒なこと、俺、やんなきゃなんねえの」
「だから、俺がチェックして、サーバにいるもんだけ、入れてるんだろうが」
健、お前って、本当に良いリーダーだぜ、とこの時ばかりは心の底から思った。

「あ、やってるやってる」
背中に、ほんのすこしハスキーな優しい声が飛んできた。天然の、オダだ。
「そーだよ。この俺が金曜日の夜だというのに」
どこまでやったの〜、とか言いながら、覗き込んでくる。横目でその横顔を見上げる。十
代かあ、と思う。頬の感じとか、目元とか、18、19の頃の健を思い出させる。筋肉も
骨格も未熟。華奢で、柔らかい…。
「ジョー、今日の手順、どっかにメモして置いとけよ」
と乾いた声。かわいかったよなあ、あの頃の健、と思い出す。まあ、本質的にそう変わっ
ちゃいないがな。ヘンに真面目で。どっか抜けてて。
半ば、上の空でメモ・パッドを繰り、ボールペンを取り上げた。
「まず、1.ネットワークの設定、2.ウィルス・チェッカーの導入・設定、3.メール等仕事用の
ソフトの導入・設定、4.必要があればソフトのパッチを適用…」
健の口調に合わせて、一応殊勝にメモる。ああ頭が痛い。まじ、鼻血出そうだ。
「なあ、天然」
「え?」
「お前さ、俺とシない?」
" な "と" い "、の間で、健に強かに叩かれた。パーではなく、グーだった。
「何するの?なんか面倒な設定とか??」
「いや、こいつ今、知恵熱高いから気にしなくていい」
「何、ってふたりでないとできないコトさ」
頭を擦りながら、ウィンクする。いくらなんでも痛いぞ。畜生。
「来週、ISOでISOの首脳陣と各国・陸海空軍の偉い所が戦略会議するんだ。そのと
き新シミュレーションシステム動かすんだけど、その準備が究極でさ。悪いんだけど、ひ
とりでやってくんない?」
「ひとりでねえ…」
できなきゃ無えけどよ。お前、それ、今、ちゃんと意味把握して言ったか?
「ジョー、メモ、できたか?」
健に震えが来ている。レベル6突入か。これ以上はいくらなんでも勘弁だ。
「いいか、帰宅時は必ず、電源落として閉じて帰れよ。省エネと、埃。いいな」
「ラジャ」
ちっ。本気なわけないだろ。ちょっと冗談言っただけなのに、キンキンしてよ。
あ、もしかして、ヤキモチ?それなら、許す。
2箱目のお徳用クリネックスが無言で降って来た。健、お前って手強いぜ。

突然、健とジョーのブレスレットが明滅した。エマージェンシー・コールだ。
「緊急呼び出しだ。じゃ、またな」
オダには、にっこり微笑みかける。
「ジョー」
声が1オクターブ低くなる。分かってるよ。電源落として、閉じて行きゃいいんだろう?
メモに使ったボールペンをブックシェルフに、放り上げた。余所見をしていた。気も急い
ていた。そのペンが、棚に乗らず、跳ね返ってノートPCのキーボードに転げ落ちて来た
のを、ジョーは気が付かないで居た。
オダが、待って!と叫ぶのと、ジョーがノートを閉じるのとはほぼ同時だった。

みしり。
と、掌に嫌な感触が走った。

「少尉、液晶ってさ、修理出すとコストどんくらいかかるんだっけ」
立ち止まった健は、振り返りもしない。レベル6突入だった。
「ええと。前、G2が使ってて、今サーバになってるPCが買えるくらい」

健は、了解、と走って行ってしまう。
ああ、もういやだ。PCなんて、報告書なんて。
バード・ミサイル撃ちまくってやる!とジョーも駆け出した。
ああ、そんなことしたら、始末書か…。


END < コンドルのジョーは報告書を書く2
Art by Sayuri
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