PC−JOE3 コンドルのジョーは報告書を書く3

by もも

その金曜日は、徹夜明け頭で始まった。
「俺もう帰る〜。帰らせてくれよお。報告書は終わったじゃねえか」
ジョー。液晶を壊したPCは修理中。同じタイミングで購入した南部のモバイル用のPC
を、健が無理矢理かっぱらってきてジョーに宛った。以来、リーダーの厳しい監視のもと、
未だドキュメンテーションの嵐に翻弄され続けている。
「ダメだ。始末書がまだ残ってる」
悲しい中間管理職そのものだ、と健は思う。過労死とか自殺とかノイローゼに襲われる
のはこの層なのだ、と身を以て感じる今日この頃だった。
「お願いだ。帰らせてくれ。今日こそどうにかしねえと、俺、まじ鼻血だって」
「ダメだ。始末書なんかすぐ増えるんだから、今ある分は今終わらせろ」
健の冷たい瞳に、ジョーは反論できない。バードミサイル乱射の始末書を追加生産してし
まったばかりなのだった。

「おはよ」
女の声。おとなの、おんなの、こえ、だった。
「おはよう」
今の今まで、デスクに倒れ伏していたジョーが別人のように、微笑んで振り返った。途端
に、素のジョーに戻って、なんだよ、と破顔した。
「おひさ。うちの天然がお世話になってるようね。色々報告きてるわよ」
リサ。統合情報部中佐のリサ・シーンだった。オダの上官で、健とジョーのコンピュータ
の師匠。ロー・ティーンの頃からの付き合いだ。
「やあ。久しぶり。なにごと?」
健が、花が綻ぶように微笑む。け。あんなに冷たい目で睨んでいたのに。
「長官から聞いてない?今日、午後から派手に戦略会議やるの。暑苦しいおっさんがたむ
ろってきてるわよ」
戦略シミュレーションの新システムを動かすから、南部のサーバはデータ参照のみで負荷
の高い処理は流すなと、メールでお達しが来ていた。
「リサも暑苦しい組?」
「そう。まだ春ってのにこっちは暑いわね。ねえねえ早昼行かない?奢るから」
「ラッキー、行こうぜ、健」
PCから解放されるなら、何でも良いジョーだった。
「そうだな」
食べ物に弱い健だった。
「あ、ジョー、せっかくだから食事の間にデフラグ流しておきなさいよ」
「へ」
なんだ、それ。
「だって、そのPC、ソフトとかガンガンに入れたばかりなんでしょ?」
「あ、ああ」
「一回くらい、やっとかなきゃ」
そうだよな。こんなに働いたんだから、一回くらい…。
「リサ、あのさ、俺とシな」
の後は口にできなかった。健はもう、グーオンリーになっていた。
ほほほ、とリサは笑う。ジョーはとても恐かった。この笑顔で、ホワイト・ボードを投げ
つけられたことがあるのだ(講義中にH本を盗み見ていたからだが)。
「ああ、そういえば、天然が言ってたわね。G2が" 俺としない? "って言ってたんだけ
ど、今手が回らないから、来たときまだ困ってるみたいだったら相談に乗ってあげて、っ
て」
確かに、ジョーは、まだ" 困って "いる。ものすごく。
ちなみに、オダには、チクった、という意識は全く無い。
「デフラグも知らんヤツが、うちの子に手エ出すんじゃないよ。分かった?!」
「は、はい」
個性派美人の師匠は、とても恐かった。" 相談 "はまたにしよう、と思った。
健も実はとても恐かった。健はデフラグくらい知っている。オダが南部にこのことを報告
していたらどうしよう、と思ったのだ。監督不行届の文字が、ボールド・イタリック・アン
ダーラインで頭の中をぐるぐる回るのだった。

「ったくもう」
リサは、ふっと微笑むと、マウスを手に取り、システム・ツールメニューからディスクデ
フラグを選び、最適化ボタンをクリックした。
「ファイルやソフトの追加・更新・削除を繰り返しているとね、ディスク領域が細切れに
なってくるの。そうすると、保存のときにファイルを複数に分断するようになる。ディス
ク読み込みのパフォーマンスも悪くなるし、ヘッドの移動が多いと故障の原因にもなる。
デフラグはファイルを再配置して断片化を解消するツール。いい?」
「はい」
よく分からないけど、たまにやっときゃいいんだな、とジョーは思った。
「さ、行きましょ」
ジョーだけでなく、健もほっとして立ち上がった。リサは面食いである。基本的に、二人
には優しいのだった。

最上階のレストランは空がとても大きく見える。ランチには早いので空いていた。確かに、
日ごろは見かけない暑苦しい軍服姿がちらほらと目に入る。
役立たずの癖に一人前に食うだけ食いやがって、とジョーは思った。
と、健が小さく、あ、と叫んだ。今日のおすすめでどれでもいい、とリサだかジョーだか
に言い置くと、窓際の最奥のテーブルに歩み寄って行ってしまった。
思わず青筋が立つ。リサが、健の後ろ姿が立ち止まった先を見てふっと笑い、さ、ランチ、
とジョーの腕を取った。

「そう露骨に焼き餅ヤクもんじゃないわよ。彼、長官から別に呼び出し食ってるそうだか
ら、来週半ばまでここよ。カリカリしてたら疲れるだけよ」
リサなら別に揶揄されても構わない。それくらいジョーはそいつが嫌いだった。
役立たずの軍にあって、唯一きっちり役に立っている戦闘部隊の指揮官。アグレッサーの
最年少記録保持者。アーサー・ライズ空軍少佐。
「チッ」
健は、飛行機が、戦闘機がそれは好きだ。さらに、腕の良いパイロットなんかもう大好き
だ。それが年上で航空隊長と来れば、無条件で付いていってしまう。
健のファザコンは重篤だ。無理は無いと分かってはいても、悲しくも腹立たしくもなるジョー
なのだった。

それほどムカつく相手と、10分後にテーブルを同じくしていた。その若い空軍将校は、
食事は終わったのか、コーヒーカップを片手にあろうことかモバイルの最中だった。何で、
飯食う間にまで…、と青筋が2本になるジョーだった。
−これがピッチのカードなんですよね?
健がB5サイズノートPCの側面のスロットを指差している。
−そうだ。そこからホームのポータル・サーバーに電話を掛けて…。
畜生、わけ分かんない話ししやがって。フォークが曲がる。リサが噴出す。
一遍シメてやる。半殺しにしてやる。青筋は、もう数え切れない。リサが笑いを必死に堪
えている。
−空軍のウェブ、早いですね。最近、ISOのサーバーが重くて、重くて。
−サーバ?メールのか。ウェブ?
−内部ユースのウェブ・サーバーです。作り直ししたばっかりなのに。
−通信ルートをトレースすればボトルネックが分かるだろう。
−そうね。ISOのウェブにアクセスが一気に来るわけないもの。きっと設計ミスかプロ・
チョンでヘンなところにキューができて、引っかかってるのよ。
ああ、リサまで。と思った。まじ、さっぱりワケが分からない。健は分かっているらしい。
ひたすら疎外感のジョーだった。悔しいので、恨む相手を睨め付ける。
へえ、と思った。なんだ、よく見たら女顔じゃねえか。言動が尊大だから必要以上にデカ
く見えるが、実寸はジョーと健の間くらいだろう。一分の隙も無い軍服、プラチナ・ブロ
ンド、薄グレーの瞳。額に掛かる前髪を掻き揚げるときに、カフスから覗いた手首が想像
より細かった。
軍服も女王様も年上も、好きなんだよな、と思った。

「あのさ、少佐」
「何だ?」
「俺とシ」
健が一瞬のうちに真っ青になって、真っ赤になって、テーブルの下でジョーの向う脛を強
かに蹴り上げた。同時にリサがジョーの横面を張り倒す。
「…てーーー…………っっっっ…」
ジョー。
「い例ミーティングがあるんだったわよね?」(注:定例ミーティング)
リサ。
「おれとし?」
ライズ。紋切り口調が普通なのに、珍しく語尾が上がる。
「だから、徹夜はきついな〜」(注:「俺トシだから、徹夜はきついな〜」)
健の腹話術=ジョー。リーダー(中間管理職)は何でもできるのだった。
「早く行きなさい」
リサ。
「すみません。失礼します」
健。

半分も食べていないのに、ジョーと健は展望レストランから猛ダッシュして逃げた。
ジョーは、逃げながら頭が冷えた。我乍ら、豪いコトをした、と思った。
「おい、ジョー、大丈夫か。さすがの俺も心の底からびっくりしたぞ。今頃リサが誤魔化
してくれてるだろうけど…」
「いや。俺もびっくりした」
本音だった。軍服も女王様も年上も、確かに好きだが、女に限るはずだった。
「本当に頼むぜ。サイドワインダーだのフェニックスだの、Gスパルタンに絶対ブチ込ん
でくるからな」
欲求不満って、本当に危険だ、と思った。
あ、でも、チャンス、と閃いた。
「でもよ、やつ、あと何日間かこっち居るんだろ?」
「あ、ああ」
健がいつもは白い頬を上気させている。こういう顔もキレイだな、と思った。
「俺、このままだと何するか分からねえ。理性、もう飛んじまってるもん」
うおおおお、と頭を抱えて見せる。
「パイロットごときが、俺と取っ組み合いして勝てるわけねえよなあ」
すうっと健が蒼褪める。でも、こういう顔もキレイだな、と思った。
「今ここで始末書なんか書いたりしたら、きっとおしまいだあ……」
「分かったよ。この次でいい。午後から帰れよ。女の所にでもどこにでも行っちまえ」
半分ふて腐れて、ぷいっと踵を返す。可愛いなあ、と思った。
「済まねえ、健」

久々にブイサインのジョーだった。


END < コンドルのジョーは報告書を書く3



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