PC−JOE5 コンドルのジョーはメールする

by もも

その日、大鷲の健は溜まった報告書を片づけようとPCを起動したのであって、メーラー
を立ち上げてしまったのは、ただの条件反射だった。自動的に送受信が開始され、そのま
ま貼り付いてしまった。受信状況のン%が遅々として進まない。何となく、分かっていた。
ジョーからのメールだった。貼付ファイルが巨大すぎて時間を食っているのである。溜め
息をひとつつき、腹に力を入れて立ち上がると、報告書いや始末書と戦っているはずの、
ジョーに歩み寄った。

ジョーは、これも分かっていたのだが、始末書とでは無く、壁紙と戦っていた。健たちは、
任務の合間に、報告書の作成に、希にオフィスに現れるわけだが、ジョーは先ず、壁紙と
スクリーンセーバーの変更をしないとシゴトに掛かれないらしい。
「おい」
「よう」
悪びれたふうも無い。くどいようだが、これも分かっていた。
「お前、俺に何呉れたんだ?」
力が要る。なぜ自分がリーダーなのだろうと、南部を呪う。
「何って、何よ」
「メール」
「ああ、こないだのレース、チェッカーフラッグでさ。カッコいいとこ撮ってもらったもんだ
から」
「お前のウィニングランか」
「あんまりカッコいいから、ついでにリサや天然にも送っておいた」
眩暈がした。オダはいいが(きっとジョーの意図通り、カッコいい!で終わりだろう)、あ
のショート・テンパーのリサのことだ。受信した途端に電話が掛かってくるに違いない。
それも、多分、健のところに。
「そうそう。やつにも送っておいた。カッコいいのはてめえだけじゃねえって思い知らせ
てやらにゃならんからな」
倒れるかと思った。これは恐かった。ライズ少佐の場合、素直に気長に受信してくれて、
ほう、と思ってくれるのか、苛々が血管を切って、この馬鹿者が、になるのか、想像が付
かなかったのだ。
「ジュンにも、甚平にも、竜にも」
げげげ、と思った。甚平は近頃、リース切れの化石のようなノートPCを改造してモバイ
ルにして持ち歩いて遊んでいる。あれで受信したらどうなるだろうか。ハードディスクが
パンクするんじゃないのか。思わず、天を、否、天井を仰いだ。
「ジョー、あのな、画像とか重いファイルをメールに添付すると、しょぼいPCだとディス
クが満杯になるし、しょぼくなくても受信に時間がかかるんだ。画像を送るときにはフ
ァイルサイズを小さくするのが、ネチケットってもんなんだぜ」
ネットワークのエチケット、即ちネチケット、これは本当に世の中にある言葉である。
「ネチネチ?」
「ちがう…、あのな、ウィンドウズの場合は、アクセサリの中にペイントって簡易お絵かき
ツールがあるから…」
言いながら、メニューを選んで、起動する。
「こいつで、サイズを縮小するとか、色なんかどうでもいい画像の場合はモノクロとかに
するんだ。余白が多いものなら、その余白をカットするだけでも全然違う」
実際にやってみる。ジョーは気が無さそうに、それでも付き合うだけは付き合って、一見
殊勝にへえ〜、とか言っている。
「でもよ、色数も減したくないし、小さくもしたくない絵のときはどうするんだよ」
「圧縮ツールを使う」
「へ?」
「お前んとこ、入ってないんだな。“窓の杜”とか“Vector”ってサイトに、いろいろ圧縮・
解凍ツールがあるからここからダウンロードできる」
ちなみに“林檎の杜”もある。
「LHAとか有名だぜ。タダだし」
さすが健、フリーウェアには強いのだった。
「先ず、DLLをダウンロード・導入してから、LHAユーティリティーをダウンロード・
導入すればOKだ。DLLが無いとソフトが動かないんだ。で、こいつを使って圧縮した
ファイルを添付するようにする。いいな」
ちなみに、圧縮されたファイルは解凍ツールを使って元に戻す。ツールは各種あるが、そ
の詳細はダウンロードサイトで参照できる。
肝心のジョーは、ゲームが沢山あるなあ、とにんまりしていた。健は、説明に一生懸命な
余り、その表情の変化に気付いていなかった。飢えた狼の目の前に、松阪牛を投げ込んだ
も同然だった。

健の席の電話が鳴った。外線だった。
あた、と思った。ジョー電話の受話器を持ち上げ受信する。

「はい」
−健?私。あのさ、おたくの、あのラテン男。
リサだ。来た来た来た来た、だった。
−PCが貼り付いちゃって動きゃしないっつーの。ちゃんとメールの基本、教育してる?
「たった今した」
電話口でほほほと笑う声がした。
−ならいいわ。あなたも大変ね。
涙が出そうになった。さすが、師匠、分かっていらっしゃる。
−オダがね。編集して壁紙にしたのを送るって言ってるわ。ジョーに伝えておいて、重く
てクドいオトコは美味しくないわよ、って。
う、と思った。送った画像を壁紙なんかにされた日には、さぞ喜びまくって、またぞろ山
のように貼付ファイルしまくるだろう。今日のこの手順を必ず会得させないことには、甚
平のモバイルは余命いくばくも無いだろう。

ジョーは鼻歌まじりに、ゲームのフリーソフトを物色していた。
「ジョー。今の俺が言った手順、おさらいしてみな」
「へ?」
「へ、じゃない…」

この時の健の気合いは尋常ではなかった。
へらへらと振り返ったら、目が据わっていた。何をそんなにてんぱっているのだろう。よ
く分からない。
でも、と、ジョーは思った。こういう一生懸命さが可愛いんだよな。我知らず、微笑みか
けたら、その健の顔に朱が刺し、両手がさっと伸びてきた。
首を絞められながら思った。
こいつってば、こういうプレイも好きなのかもしれねえな。今度やってみよう。

リーダーの心、メンバー知らず…。


END < コンドルのジョーはメールする



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