PC−JOE8 コンドルのジョーはセキュリティする(Windows Update編)

by もも

蒸し暑い夏の夜、深夜残業組が夜食を終えたらできることはこんなことくらいだ。

「…で、監禁されていた将校が冤罪を訴えながら自殺したってのが、今のこの部屋らしい
の。その時と同じ、夏の終わりの雨の日には、今でも出るんですって。まさしくその時間、
丑三つ時に、…ぼーっと…」

ジュンは臨場感たっぷりに言葉を切り、一旦は神妙に沈黙した。が、すぐにくすくすと笑
い出した。
「だーめね。このメンバーで怪談してもつまんないわ」
「俺には幽霊よりも生きている人間のほうがよっぽど恐いさ」
ジョーが次に何をしでかしてくれるかと思うと、胃の痛い健だった。
「俺も同感だ」
いつどこで健にグーだの踵落としだのを喰らうかと思うと、おちおち歩いてもいられない
ジョーだった。
「違いないわね」
ジュンは軽く伸びをして立ち上がった。
「あたし帰るわ。一雨来る前にうちに辿り着きたいもん」
無理も無い、ジュンは単車だ。
「報告書上げといたから、よろしくね、健」
健は片手を挙げて微笑んだ。こんなメンバーばかりなら、どんなに助かるか。
「じゃね」
ジュンは二人に手を振ると、鼻歌交じりにオフィスを出て行った。

ジョーは溜め息をついて始末書に向かい、健はジョー以外のメンバーの報告書のチェック
に入った。
「一区切りついたら、Windows Updateやっておけよ」
「おー」
「その後、ディスク・クリーンアップとデフラグ流しておけよ」
ゴミといわれる不要ファイルを消し、ディスクの最適化を行うのだ。
「おー」
「お前のこったから、アップデートが山のようにあるんだろうが、とりあえず、何も考えない
で全部やれよ」
「おー」
だんだんムカついてきた。何も聞いていないな、こいつ。
「じゃ、俺、これからライズ少佐のとこに泊まりに行くからさ」
「おー。…お?!おおおおおお?!」
聞いていたらしい。それならいい、と健はチェック作業に戻った。

やがて、大粒の雨がガラスを叩き始めた。人気の無い巨大庁舎は、こうなると妙にそらぞ
らしい。なるほど、ポーが喜びそうな雰囲気だな、と健は思った。
そして、跫音が響き、軍服姿のそれは、出た。

「やっぱり居た居たー。はい、差し入れ」
オダ。確かに軍の将校ではあるが、幽霊になれるほどこの世にしがらんではいなそうだ。
どちらかというと、世間様からはちょっと浮いているクチだろう。
「あ、ドーナツじゃないか」
健の好物である。チェックは後回し。
「またこっちかよ」
「さっき着いたんだ。基地から庁舎に来る途中でライズ少佐に買ってもらったの」
「やつも来てんのか」
ジョーの声がワントーン下がる。ジョーは彼を、とても、嫌いだ。
「長官んとこに行ったんじゃないの?よくは知らない」
相変わらず、興味の無いことはサッパリ。ジョーのPCを覗き込んで、Windowsアップ
デート画面が出ているのを見て、あ、感心〜、と呟いた。
「さすがジョーだね。統合情報部内部でも、人によってはちゃんとやってなくって酷い目
に合ってるんだ。でも、やっぱり健たちは違うね」
お世辞では無い(そんな気の利いたことはできない)。心の底からの賞賛だった。
「あ、いや、まあ、な」
ついつい照れてしまい、ヨシこれからは毎日アップデートサイトを覗こうと思うジョーだ
った(今だけ)。
「差し入れのお礼にアイスコーヒーでも奢るか」
「ジョー、俺、ミルク増量で砂糖増量な」
この野郎、便乗する気か、と振り返ったが、その微笑があんまり爽やかで、ついにっこり
と頬笑み返してしまったジョーだった。これだから、生涯勝てないのだ。

ディスク・クリーンアップが終わったころ、健がふっと報告書チェックから顔を上げて言
った。
「そろそろ例の時間だぜ」
「はあん?あー、ジュンの言ってた、アレ?」
「ホントに出るのかな」
「あ、俺、デジカメ持ってるぜ」
「で、出るって、何が?」
オダがジョーと健を交互に見る。
「真夏の深夜に出るっていや、ナニに決まってるだろうが」
ジョーが両手を胸の前に垂らして見せる。
「ま、まさか、この科学万能のご時世に。そ、それにこんなに明るいのに」
健が悪戯そうにジョーに目配せした。基本的にちょっとイジワルな健だった。
「うちの最強の情報リソースG3からのネタだ。間違い無い」
そんな健には到底敵わないジョーだった。第一、悪戯好きでは人後に落ちない。
「だ、だって…」
「お前の大先輩らしいぜ。前の前の前くらいの戦争のときにさ、非業の最期を遂げた将校
の霊が…成仏できずにこの辺りを。お前が呼ぶんじゃねえの?」
「なんで俺が」
「お前だって軍隊将校の端くれだろ?仲間じゃん」
「そんなああ」
分厚い窓ガラスをモノともせず、3人の耳を雷鳴が襲った。
それを追うように、かつーん、こつーんと高い靴音が遠くから近づいて来た。

「ジ、ジョー、ちゃんとデフラグ流しなよ」
オダの顔が蒼い。天然スパコンのくせに、怪異話しには真剣に弱いらしい。
「お前、デフラグどころじゃねえよ。もし本物だったらそうそう拝めるもんじゃ」
ジョーは、デジカメを抱えて席を立つ。オダは、そのTシャツの裾を条件反射でひっつか
んでいる。
「空耳だよ。何にも聞こえないよ。デフラグ終わらせて帰ろうよ」
こうまでデフラグを言い張るところが、(天然でも)プロたる所以か、はたまた業か。
「靴音、近づいて来るぜ」
健まで興味津々といった薄笑いを浮かべて、席を立ってしまった。
「だからそんなのあるわけ無いってばっ」

靴音が部屋の前で停まった。ドアが軋む音とともに灯りが消え、闇が襲ってきた。
「やだ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
咄嗟にドーナツと紙コップを投げつけていた。
「こらぁっ!俺のショコラフレンチ〜〜〜!」
わずかの隙に、ドーナツを奪われていた。
「うぬっ」
ワケも分からず、上記をまともに喰らってしまった。
上の3つは、ほぼ同時である。

ややあって、灯りが点いた。
部屋の奥からドアに向かって順に。呆ける健。立ち竦むオダ。オダの腕を押さえるジョー。
顔面にショコラフレンチ、スーツにアイスコーヒーを喰らった南部。照明のスイッチに指を
掛けているライズ。

「…恐かった…」
腰が抜けて、半べそのオダだった。ご乱心の天然の攻撃力は、相当だった。
「よしよしよしよし。大丈夫、大丈夫」
そのオダの、頭とか肩とか背中とかを(なぜかだんだん手が下りていく)なでなで。PC
−JOE始まって以来の快挙のジョーだった。
「俺のショコラフレンチ…」
狙っていたドーナツを飛び道具にされてしまった健だった。これは深手だった。
「よけたね、ライズ君」
オフィスが無人だと思いこんで、声も掛けずに照明を消してしまった南部だった。
「当然です」
どうもこれが今回の幽霊の正体だったらしい。南部と一緒に居たライズだった。
健は、あ〜あ、と肩を竦めてジョーを見た。あんまり酷い悪戯をするもんじゃないな。ド
ーナツが長官に取られちまった…。
ジョーといえば、便乗商法の真っ最中だった。
「天然、知ってっか?ユーレーって付いてくるもんなんだぜ」
「…えぇえ…?」
「心配すんな、朝まで俺が一緒に…」

がすっ。
何度喰らっても、いい味しているグーだった。

南部は黙って汗とクリームを拭きながら溜め息を付き、ライズは何も無かったかのように
オフィスを後にした。

「少尉、宿舎まで送るよ」
「ありがとう…ジョーは?このまんまでいいの?」
「ほっとけ。デフラグして帰るさ」

暗転。


END



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