聖夜

by もも

クリスマス


−今日はクリスマス・イブだろう?
 その夜、お前はベッドから悪戯っ子のような瞳で俺を見上げ、身を起こそうと小さく藻
掻いた。

 新しい年を迎えるのはほぼ不可能と、医者から聞かされていた。
 ベッドに押し戻すが吉か、それとも好きなようにさせてやったほうが良いのか。毎秒千
回転で悩みながら、俺は両の腕を中途半端に泳がせた。
 その手を、お前の指が意外なほどの力強さで握りしめた。俺は驚いて、思わずお前を睨
み付けた。お前はそのどこが嬉しかったのか、歌うように言った。
−踊ってくれよ。
−はあん?
−ほら、年の瀬になると、いつも流れてるあれ。
軽く頭を振って拍子を取りながら、お前はワルツのフレーズを口ずさんだ。
−バカ言うな。
 重病人だったのだ。
−なんでだよ。外はお祭り騒ぎなんだろう?俺にだってバカさせてくれよ。
 リアクタはもう役に立たない、手の施しようは皆無。押し殺した口調が脳裏を掠めた。
冗談じゃない、何かあったらどうするんだ。
−ヤだね。俺は、ソシアルは黒の上下で美女相手じゃないとやる気しねえの。
−パジャマの上下の、絶世の美青年はどうだ?
−‥止せよ‥。

 コラともバカとも制する間もなく、お前は軽やかに床に下り立った。冷たいリノリウム
の床に、目に痛いほどの白い素足が浮き上がった。
−さ、エスコートする!男性パートはお手のもんだろ?
 俺の腕を引き、胸に飛び込んで来る。その不思議な生命力が、この上無く嬉しかった。
医者の見立て違いと、幸せな勘違いにまで陥った。
 お前は聞き覚えのある3拍子のメロディーの、何小節かを繰り返し繰り返し口ずさみ、
俺を引きずり回しては、笑い声すら立てた。

 けれどたかがワルツのひとくさしで、お前の息はすっかり上がり、足は縺れて、俺ごと
床にしゃがみこんだ。
 はあはあと、肩を激しく上下させる背中を撫でながら、そんなことしかしてやれない自
分の非力さに、哀しみを通り越して怒りすら覚えた。

 ああ、俺は、あのとき、どんな顔をしていただろう?

 痩せた指が俺の眉間を擦った。
−い〜っつも機嫌悪いんだよな、お前。
 俺の目の前には、真綿のような頬笑みを浮かべたお前がいた。
−俺たち、最高のパートナーだよな?

 ちゃんと頷けただろうか。

−な?

 お前は俺の目を覗き込んで、小首を傾げた。
 宝玉の瞳、雪色の肌。
 お前は、あのとき、俺から『明日』をかっさらっていった。

**

 初雪の報せが舞い込む候になると、あのメロディーが聞かれるようになる。
 あれから何十回この季節を過ごしてきただろう。
 サンタクロースは相変わらず腹の出た白いヒゲのじいさんで、トナカイの引く橇に乗っ
ているし、「ジングルベル」も、「諸人こぞりて」も、緑と赤のリボンも、樅の木のツ
リーも、お前の知ってるそのままだ。
 来年も、再来年も、5年後も、10年後も、もっともっと後も。
 「クリスマスキャロル」に「聖しこの夜」、ノエルに靴下、スノーマンだって、きっと
そうかわりゃしない。俺の不機嫌なツラもな。

 お前は、あのとき、俺から『明日』をかっさらっていって。
 かわりに『永遠』を置いていった。

 イブには、天使がやってくる。
 宝玉の瞳、雪色の肌。
 パジャマの上下で、調子ッ外れの3拍子、いかれたワルツをひとくさし、俺の眉間を指
さして微笑(わら)う。
 そいつが俺のクリスマス。

 今年の冬はあったかい。12月なのにタンポポの狂い咲きだ。
 サンタは苦労するかもしれないが、寒がりのお前にはちょうど良いだろう。


 今年もあと数日。


 メリー・クリスマス。


 END - 聖夜



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