REBOUND

by Ninja-Sam
Japanese text by Sayuri


 午前4時−−
 最初の戦いに勝利し、ジュンはケンと平穏な生活を得ていた。だが、ある雷の未明、雷
鳴が戦場を記憶を呼び覚ましたのか、ふと目覚めると隣の枕は空だった。シーツはまだ暖
かい。彼も同様に眠りを破られ、きっと階下にいるのだろう。ジュンは意を決して階下へ
下りたがケンはいなかった。ココアでも飲めばよく眠れるわ。何よ、ケンたら。戦いはも
う終ったのよ。カッツェは死に、総裁Xは去ったわ。そして、やっと得る事が叶ったこの
平穏、この幸せ。
 暗い雨にジュンはあの夜の出来事を思い出していた。


 それはクロスカラコルムから帰還した直後のこと・・・あの雨の夜、車の音に目覚めた
ジュンはケンが来た事を感じ、ベッドから出た。窓から下を凝視すると、確かにケンが車
をおかしな角度で停車しているのが見えた。ケンはきっと酔っているのよ。いいえ、具合
が悪いのかも・・・おかしいわ。車から下りたケンはドアには真直ぐに来ないで、通りに
立ち尽くしたまま、何かをためらうように建物を見ていた。ケンの肩は消沈しており、降
りしきる氷雨の中で、まるでこの世の終わりでも見つけたかのように、ただ悄然としてい
た。ジュンはたまらない気持ちで階下へと走り下り・・・
「ケン!」
 ジュンは必死になってケンを呼んだ。
「ケン!」
 ケンは緩慢な動作で顔を上げると、どんよりとした目でジュンを見た。ジュンはケンの
手を掴んで言った。
「ケン、入って。さあ」
 しかし、ケンはジュンが何を言っているのか、いや、彼女の声が届いているのかさえ解
らない風だったが、やがてケンは頷き、ジュンの手に従った。ジュンはケンの肌が氷のよ
うに冷えきり、がくがく震えているのを知った。ケンはずいぶん長い間、雨の中を歩き
回っていたのだろう。ジュンはケンが何か言うのも構わず、バスに押し込むと熱いシャ
ワーを浴びせ、震えるケンの身体をきつく抱きしめた。

 しばらくして湯気がバスルームを満たし、ケンの冷えきった身体も解けて始めて・・・
 と、ジュンはケンが自分が抱きしめていたのと同じくらいきつく自分を抱きしめたのを
感じ、そして、再びケンが震え出したその理由を知り、愕然とした。
 ケンは泣いていた。顔をジュンの長い髪に埋めて・・・
「ああ、ジュン、ジュン、俺はあいつを殺しちまった。俺はあいつを、ジョーを殺しち
まった」
「シィ−−」
 ジュンはまるでジンペイが悪夢に魘された時のように、ケンの背を撫でた。
「あなたのせいじゃないわ、ケン、あなたはそんな事はしやしなかったわ・・・ああする
しかなかったのよ」
「いや」
 彼は絞り出すように言った。
「そうじゃない。ああするしかなかったなんて・・・」
 ジュンは自らも涙を止める事が出来ぬまま、ケンの顔を上げさせて、それをじっと見つ
めながら囁いた。
「ケン」
 ケンは残忍にジュンの唇を奪うと、彼女をタイルの壁に押しつけた。ジュンはきつくケ
ンの首を抱いたまま涙を流し・・・やがてケンの手がジュンの服を引きむしるのを感じて
声を上げた。しかし、ジュンにはケンの手と熱い唇を拒む理由は無かった。そう、彼女の
中でもう1000回も繰り返した事だったから・・・そう、いいのよ、これで。こんな風に
だって・・・そう、それでいいのよ、ケン・・・
 しかし、やがてケンはジュンから身体を放し・・・
 謝罪の言葉がケンの口から発せられる前にジュンは指でその口を封じた。
「シィ−−」
 ケンはまるで幼い子供のように、ジュンにタオルで水滴を拭われるままになっていた。
それから、ジュンはケンを彼女のベッドに寝かせると、その傍らに横たわってケンの胸に
頬を寄せた。そして、ジュンは自身がもたらしたケンの苦痛と喜びに揺れ動く鼓動を聞き
ながら、夢も見ない深い眠りに落ち・・・


「しまった!」
 ミルクが吹きこぼれた音でジュンは我に帰った。
「何よ」
 ジュンは鍋をシンクに沈めながらケンを罵った。
 あたし、どうしちゃったって言うの?
 あたしは、こんなじゃなかったわ。
 そう、ジュンは強く、臨機応変さに富み、南部をしてチームの最高の問題解決者だと言
わしめた女性だった。チームに加わる以前だって、あたしはもっと強かった。あたしはこ
んな不確かで不安定で、そして不幸な女は大嫌いだったはずよ。

 ジュンは顔を上げた。
 そう、確かにあたし達、最初はとても良かったのよ。
 ケンはジュンを安心させようと彼女に触れ、抱き・・・あたしだってケンをひとり放っ
ておこうなんて思わなかったわ。
 そう、初めの頃は・・・愛しあった後にケンの腕に抱かれて、それが例えまやかしでも
幸せだった。お互いの将来にもっと夢を見ていられたのに・・・でも、戦いが終って、そ
れらが現実になった今は・・・
 いいえ、ケンだって彼の飛行場の滑走路を整備し、メールサービスのビジネスやら飛行
機を買うやら、飛行学校を始めよう、なんて事もしたでしょう。あたしはケンを愛してい
たわ。それがあたしの幸せだったわ。だから、あたしはケンがそれらを捨ててしまったな
んて、知りたくなかった。

 ケンの目に過るあの暗い影、それがあたし達の間に入り込むと、ケンはもう口もききや
しない。そんな時、ケンは真夜中に出て行ってしまう。いいえ、時には昼間にだっていな
くなってしまう。
 ケンはどこにいて、何をしてたなんて事は決してあたしに言いやしない。もし聞けば、
ケンはよそよそしい顔で、適当な事ばかり答えるのよ。
 何もかもうまくいってるさ、とケンは言うわ。
 何もかも順調さ、と。

 嘘よ。
 あたしは知っているわ。ケンの内面はぜんぜん癒えてやしないのよ。
 あたし、憶えてるわ。
 ヒマラヤから帰って来たばかりの頃の、ケンのあのひどい様子を。
 世界はギャラクターに勝利した科学忍者隊を褒めそやしたけれど、それを報告するたび
にケンは思い出していたのよ・・・
 ジョーを見失った事を。

 ケンは決して口籠りも声を震わせる事も無く、それを報告したけれど、あたしはケンが
心の中で血を流していた事を知っているわ。ケンは事実を冷静に報告する。それはあのク
ロスカラコルムの草の上で血まみれになっていたジョーを、ケンはチームのリーダーとし
て放棄し、死ぬに任せたって繰り返し話すって事で・・・
 それでもケンは鉄の意志でそれを遂行し、報告したわ。
 あたしはケンを最も強い人だと思っていたの。
 そう、あたしには出来ない。他のメンバーにも出来やしない。

 でも、ああ、神様。
「ああ、ジュン、ジュン、俺はあいつを殺しちまった・・・俺はあいつを、ジョーを殺し
ちまった」
 今ははっきり見えるわ。見たくなかったものが・・・

 ジョー。

 ジュンは抱いていた全ての大切な夢の殻にヒビが入ってしまったような気がして、思わ
ず身を震わせた。それでも、やがてジュンは立ち上がり、拳をギュと握った。
「ジョー、あたしはあなたにケンを連れて行かせやしないわ」
 ジュンは囁いた。
「あたしはケンを死なせはしないわ」

 部屋を出ようとしたジュンは、ふいにジョーのあの笑い声が低く響いた気がして、思わ
ずドアから振り返った。

 しかし・・・それはただの雷鳴の名残りだった。

THE END

REBOUND( Original English text )


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