The Angel descended out of the blue - 前編 -

by phantom.G

******* 1

「もう一度だ!皆、立て!!」
 訓練ドームに、凛とした命令の声が響き渡る。 リーダー・大鷲の健のその声に、
科学忍者隊のメンバーはそれぞれ、荒い息をしながら立ち上がろうとしていた。
モスグリーンの翼の大柄な体躯・みみずくの竜が
「ダメじゃ〜」
 と、尻もちをつく。
「ちょっと、休ませてよぉ・・・兄貴ぃ」
 立ち上がりはしたが、前屈みになって、情けない声を発したのは、細身で小柄な
紺色の翼・つばくろの甚平だ。その彼の側で、
「だめよ、がんばりなさい」
 と、励ます白い小振りの翼、紅一点しらとりのジュンの、すらりと伸びた脚線の
白いブーツの膝は微かに震えている。疲労が限界を超えているのだ。
ジュンは立っていられなくてもう一度膝をついた。
リーダーと同等の飛翔力を誇る青い翼のサブコマンダー・コンドルのジョーが、
メンバーの様子を横目で見ながら、息を整えていた。 彼にはまだ、相棒と同様
体力と精神力に余力があったが、他の三人はどう見ても、訓練の継続は無理だ。

「やってられねぇ!」
 ジョーは自分より早く体勢を整えているライバルに、その台詞を吐き捨てた。
「健、いい加減にしろ! 何でも自分の杓子で測るんじゃねぇよ!」
「何だと?!」
 予想通り、健は苛立ちをそのままぶつけて来る勢いで、ジョーを睨み付けた。
ジョーはその目を真っ直ぐ見返して、やり返した。
「いつもお前の考え全てが、正しいワケじゃねぇ! 早々思い通りにいくか!」

 何度繰り返しても上手くいかない新フォーメーション。
それはリーダー健自身が提案した、科学忍法・竜巻ファイターの新しい技だった。
従来この忍法は、敵の白兵戦力を蹴散らし、跳躍力とバードマントでの限界を超えた
高さへと、全員で飛翔する事が出来る、脱出を主目的とした技である。
健はこの技に、攻撃重視の新しいバージョンを生み出そうとしていた。
自分達の翼が創り出す竜巻を、飛翔させずに地上に留め、火力を加えて破壊力を増し
内部施設を破壊する技として使おうというのだ。
プランは確かに理に適い、完成すれば利用価値が高い。
 戦闘出動が続くと疲労が激しいため、コンディションを整えておく基礎トレーニング
しか出来ない。敵が暫くナリを潜め、攻撃の情報もない今は、訓練のチャンスだった。
南部の許可と期待を受け、健は技の完成を急く余り、かなり強攻な訓練をメンバーに
課している。その健自身が一番自分を追い込んでいる筈だ。
 健が命じる限り、無茶を承知しても、命を預けたリーダーにメンバーは従う。
だから健は誰よりもまず、自分自身に鬼のように厳しい。中央のポジションで、技の
エネルギーをコントロールする役目の健が、精神的には最も疲労している。
 その事を、健の気質を誰よりも理解しているからこそ、ジョーは知っていた。

「貴様、リーダーの命令に従えないのか?!」
「無謀な命令で心中させられてたまるか!」
「何だと?!!」
 そうだ、怒れ。俺に腹を立てて、訓練を中断してしまえ。
「初陣前の、ガキの頃の訓練じゃあるまいし、実戦部隊の俺達が、
ズタボロになるまで、シュミレーションを繰り返していられるか!」
 健がぐっと詰まった。
今、奴らが攻めて来たら。確かに自分達は何時もの様な緊急出動は無理だろう。
戦闘に耐えられる体力が残っているとはいえなかった。


******* 2

 その夜、南部に呼ばれたのは、サブリーダー・ジョーだった。
訓練のモニター記録を観れば、リーダーの調子が今一つ良くない事は、デスクの南部にも
伝わる。確かにこの技は中心になっている健に、最も負担がかかるものではある。
しかし健は、五人の呼吸が一つにならなければ生まれないその強大なエナジーを、
コントロールできる確かな実力と、精神力の持ち主のはずだ。

「俺には分かりませんよ、博士。アイツの考えてる事は・・・。」
 何も訊かぬうちに無愛想に言うジョーに、南部は苦笑した。

 南部は、実は先にジュンから相談を受けた、と話した。
ジュンは健の、自分を追い詰めているような様子を案じている。
健は本当に辛い時、それを仲間に打ち明けてくれないからだ。頑なに意地になり
自己を追求して、怒りの炎を纏った様になってしまう。甚平などは怯えてしまうほどだ。
ジュンは南部に初めて、その気持ちを打ち明けた。
健がいつか一人で遠くへ、自分や仲間を顧みず、行ってしまうのではないか・・・という
言い知れぬ不安。それは言葉にするのは難しかった。

「健は・・・悩んで苦しんでいます、博士。」
「だから、私は今・・・、側に行けないんです。」
 俯いたジュンに、南部は適切な励ましで応えてやる事が、できなかった。
言葉を選ぶ南部に、今度はジョーが苦笑した。

 ジュンは南部に、先日レッドインパルスの隊長の墓前で、健を目撃した時の話をした。
健は亡き父親に語りかけていた。何かを思いつめて、すがるように・・・。
普段の健なら、背後の気配にあんなに気付かない筈がない。ジュンは近付き過ぎない内に、
さりげなく声をかけた。健はすっくと立ち上がり、きりと眉を上げた顔で振り向いて、
「何かあったのか?」
 と、訊き返した。
いつもの、凛としたリーダーの声色だった。

 その時、Dr.フィンガーのマタンガー事件で、健は何時もと変わらず、むしろ更にまして
冷静な策士だった。感情で逸らず的確な判断を下し、敵メカを街から引き離す
巧妙な作戦をたて、仲間の能力を最大限に引き出し、それを成功に導いた。
そして最後の最後で、一か八かの駆け引きになった時、健は迷わずその決断を下した。
「Fifty・Fiftyの賭けだ」と言った時、健は五つの命を預かったのだ。
機にして敏なるリーダーの、臨機応変の判断力と鋭敏な直観力。そして極限の局面での
度胸と、自信に裏打ちされた決断力。絶対の信頼を持って、彼らはどんな時も、
リーダー・健のコマンドに従い、命を預けてついてゆく。

「私たちは、信じていればいいんです。」
 自分は幸せだとジュンは想う。では、健は?
「健は誰にも、頼りません。博士。」

 健の心の拠り所は、どこにあるのだろうか。
ジョーは、マタンガーを葬り去った時の衝撃波を遠くに聴いていた。
敵メカの至近の爆発から離脱し、GPは海上を目指して駆け上った。
煌く波を割って空へと飛翔する。そして機体が水平飛行に移った時、
死の恐怖からの生還に、全員が胸を撫で下ろした。
健は皆より一拍遅れて震える長い息を吐き、シートに身を沈め、低い声で、
「 賭けに・・・勝ったな・・・ 」
 と、呟いた。その声は、過酷な憔悴で掠れていた。
健が自ら己に課している責任、背負っている命の重さは、
時に健自身の心を押し潰しそうになるほど、重かった。

 なぜ、そう何時も、何もかもを、一人で背負い込もうとするんだ。
「馬鹿野郎・・・。」

 ジョーの呟きに、南部が怪訝そうに顔を上げた。

「このフォーメーションは、行使不可能だと思うかね?」
 南部は、健がリーダーの意地で仲間に無理強いをしているのかと、
補佐役の意見を問うため、ジョーを呼んだのだった。
ジョーは、「いいえ」 と答えた。
「ジュンは訓練が辛くて、中止して欲しいと言いたかったわけじゃありませんよ、博士」

 ジョーは南部を相手に、科学忍法の理論の話をする気にはならなかった。
実際、訓練でかなり疲労していて、とてもその気力はない。
技が高度で難易度は高いが、完成させる価値は大きい、
そんな話はきっと健が、今まで繰り返し突き詰めて来たに違いない。

 しかし、今の健は確かに情緒不安定だ。
「ちょっと煮詰ってやがるだけですよ。アイツはプライドが高いですからね。」
 南部は、うむ、と唸り、
「健の様子を見ていてくれたまえ。」
 と、ジョーに言った。
暴走しないよう食い止めろと言うのか、いつもと逆じゃねぇか。
ジョーは、レッドインパルスが殉職した直後の健を思い出し、眉をひそめた。


******* 3

 翌日は南部の指令で、訓練は中止となり、一日が久しぶりのOFFになった。
指令となれば、健は黙って従う。この所の激しい訓練で、彼らは各々の家にも帰らず、
訓練施設で寝起きをしていた。甚平や竜などは、用意される食事を大いに食べ、床に
入れば熟睡し、肉体疲労を解消していた。 が、健は夜遅くまでキーボードを叩いては、
モニターをチェックして考え込んでいた。食事も最低限必要な栄養を、まるで義務の様
に腹に収めているという風だった。おそらくストレスで、睡眠も浅かったに違いない。
ジョー自身、夕べは自分のトレーラーハウスで、久しぶりに眠ったという実感を感じて、
今朝の目覚めを迎えたのだった。

 敵への憎しみを戦意の糧にする自分と、健とは、戦う理由は違うはずだった。
今は、健もまた敵を個人的な仇として、明確に憎んでもいる。
しかし本来はその戦いへの意志が、正義そして平和という、純粋で清らかな理想だった
からこそ、現在の健は、時折激しい戦いへの嫌悪感に苛まれている。その事に、ジョーは
気付いていた。硝煙と血の匂いには慣れても、人の死を見慣れてしまえるほど、感性を
鈍感にする事は出来ない。・・・健は断末魔の敵兵士を見ない。女のジュンや子供の甚平なら
分かる事だが、容赦なくギャラクターを倒す科学忍者隊のリーダーが、その瞬間に必ず
視線を逸らす事を、知っているのはジョーだけだった。

・・・初めて敵を殺したその時から、アイツは変わらない。
相棒が敵を憎む醜い姿を見せる事は、自分を写す鏡の様で嫌だった。
一方、戦いに否定的になる親友を見る事には、堪らない不安を覚えた。
戦いの中で迷ったら、その先には確実な死が待っている。
だからジョーはそんな時、健に向かって「甘い理想だ」と蔑むように声を荒げた。

 忌まわしい事だが、戦いの中にいる時の昂揚感、そして勝利の達成感は、
一種の快感を伴う興奮状態である事を、ジョーは否定できない。
任務に向かう時、その危険度が高ければ高いほど、ジョーの口元には、不敵な笑みが
こぼれる。 優等生然としている生真面目な健は、戦場ではあまり笑わないが、死神が
纏いつく戦場で、眼と眼を交わす時、背中あわせになる時、相棒の命の存在が頼もしく、
そして堪らなく愛おしい。健の、自信に溢れた明朗な笑顔が、ジョーは好きだった。だが、

 健は・・・、俺とは 違う。
と、ジョーは想う。

いつの日か勝ち取る平和の中に、訪れるはずの自分の未来。
子供の頃には、夢見る様に想い描けたはずの、その未来の希望が、今は見えない。
ジョーが推測する、健の精神不安定のもう一つの見解は、自覚でもあった。
つかの間の、仮の平和が続くと、焦燥感に囚われイライラするのだ。
それは子供の頃、ふいに不安になり泣きたくなった時の、胸の痛みに似ていた。

 いつだったか、ISOのロビーに飾られた何とか言う立派な絵画が、贋作だと発覚した
事件があった。風景画だった。その時健がふと、自嘲的な笑いと共に、
「贋物(ニセモノ)の 平和・・・か。」
呟くように、そう言った。
「本当の平和なんか、永久に来ないんじゃないのか?」
 ギャラクターを倒す事だけが生きがいのジョーには、始めから大義はない。
「例え奴らを倒しても、俺達の戦いは、きっと終わらない・・・。」
 健は苦しそうにそう言った。

  命を奪う戦場で、生き抜く実感に昂揚する、人間の性。
 そして彼らは、連鎖の環から外れた人間の業の、罪深さに戦慄する。


「何の用だ?」
  ノックに応えて扉を開けた健は、これ以上ないという不機嫌な顔をした。
俺だって、久しぶりのOFFにまで、眉間に年寄りみたいな皺を刻んだ、お前の顔なんか
見ていたくないぜ。それは口に出さずに、ジョーは自分の背後を親指で指し示した。
ジョーが健の家まで乗ってきたそのバイクは、レーサー仲間と行く馴染みの店のマスター
から借り出した、HONDAの1200ccだった。
健の青い目が瞬いて、険しい表情が心なしか和んだ。聴きなれたG2号車のエンジン音
と違ったから、扉を開けるまで、訪問者がジョーだと思わなかったらしい。

 ジョーは無論、四輪の操作の方が性に合っているし、健が何より好きなのは、
空を飛ぶ事だ。しかしツーリングなら、バイクのライディングも愉快だった。
互いに競い合いながら飛ばすのは快感だ。実際、健は愛車のバイクをセスナの愛機と
同様に、普段からよく整備して磨き上げ、走り込んでいる。
健はジョーの誘いに乗り、先に発進したTURBOの後を、紅い愛車で追って来た。

 フリーウエイに入り健のバイクを前に出したジョーは、連続するカーブでわざと
テールに迫り、健をあおってみた。命の駆け引きの中に身を置かないと、不安定になる
危うい心。たわいない遊びでもその危険な行為は、仮にでも脳内物質の放出を促し、
それに陶酔すれば気軽に快楽のハイテンションに入る事が出来る。
健は、ジョーの誘いに、まるで待っていたかの様に乗って来た。肩越しにちらりと
振り向いたその目が、不敵な笑みを浮かべている。久しぶりに見る憎らしい笑顔だった。
急速にボルテージが上がっていった、その時・・・!
二人は同時にその全身に、同じ緊張を漲らせた。心臓がドキリと音を立てる。
前方を走る黒いバイクの一団。 同じ戦闘服と揃いの仮面は紛れもなく、
彼らの敵、ギャラクターだった。


******* 4

 健とジョーは、奴らの狙いが自分達ではなく、一団の先頭に離れているライダーである
事にすぐ気付いた。その青いカウルのやや小型のマシンを操っているのは、遠めにも小柄
な体躯である事がわかる。華奢な背中は少女か、子供の様にも見えた。
健が若干スピードを緩め、ジョーのマシンと車体を並べる。二人は視線を交わし、
瞬時に互いの役割を確認しあうと、同時にアクセルを全開にした。

 黒いマシンの一団の何台かはサイドカーで、その乗り手はマシンガンを手にし、先頭の
マシンに狙いをつけている。しかし発砲しようとしない。逃亡者を殺すのが目的ではなく、
生け捕りにしようとしているのが見て取れた。奴ららしからぬ行為だ。奴らの獲物は、
ジーンズの上下でメットも付けていない。 が、このスピードでマシンを疾走させている
テクニックは確かで、ただの通りすがりを襲われた、不運な一般市民ではなさそうだった。

 健とジョーのマシンが、最後尾の二台の横に並ぶ。
サイドカーのない単座のライダーは、それぞれの横に来た二人に
「なんだ、貴様ら!」 と、声を揃えた。
が、言い終わらないうちに、綺麗にシンクロした健とジョーの足蹴りを顔面に受け、
走り続けるマシンを残して、後方へと吹き飛ばされて姿を消した。
乗り手を失ったマシンが、回り終わった駒の様にふらつき、音を立てて
道路に転がって行く。その事故音に前を走る二台の乗り手が振り向いた、次の瞬間、
先頭の逃亡者のすぐ後ろに付けていた一台が、弾かれた様に安定を失い、
あっという間に右側後方の一台をも巻き込んで転倒し、縺れ合ってスピンした。
吹っ飛んで来る車体と、もんどりうって人形のように転がる人体を避け切れず、
さらに一台が転倒しガードにぶつかる。
爆発炎上を後方に残し、生き残った奴らのマシンに混ざって疾走しながら、健は先頭の
マシンのライダーを目で追った。逃亡者が一瞬後方を確認し、脇の下から小型の拳銃を
発砲したのを、健は見た。至近とはいえ、走るバイクのタイヤを狙って撃ち抜いたのだ。
やはり只者ではない。

「野郎!」「ガキが・・・ッ!」
「構わん、殺せ!!」
 生き残った奴らが口々に叫ぶと、一斉に銃を構えた。
健とジョーはほぼ同時に、アクセルを開け、車体を倒してすぐ横のマシンを牽制した。
が、前を行く二台のサイドカーのマシンガンが、逃亡者の背に向かって掃射されるのを
制止する事はできなかった。

 青いマシンがぐらりと揺れ、ついで横倒しになって道路中央を滑って回転した。
ガードにぶつかって衝撃音を響かせる。しかし乗り手の姿は消えていた。
銃声が響いたと同時に、ほっそりした小柄な体躯は自分の車体を蹴って、上へ高く
飛び上がっていたのだ。獲物を見失った追っ手の兵士が、無様に泳がせた銃口の目前、
サイドカーのボンネットの上にふわりと舞い降り、ライダーの肩を蹴って、もう一度
飛び上がった。さらにもう一人、後方の追っ手の頭を蹴って、高さとスピードを殺し、
そのまま道路に飛び降りる。まるで小猿のように軽々と受身に三回転したが、
勢いがつきすぎスライディングして、砂埃の中に見えなくなった。

 ギャラクターの追っ手達は、その小柄で身軽な逃亡者に気を取られる余り、
自分達のすぐ側に恐ろしい戦士が居る事を、自覚するのが遅れすぎた。
マシンを止め、獲物に狙いを定めようとした時、その銃口の前に二人の精悍な若者が
立ちはだかった。そして発砲する間さえなく、その正体を察して恐怖したと同時に、
二度と目覚めぬ永遠の暗黒の地獄へと、突き落とされたのだった。

 後方の事故の煙を背にして、逃亡者がようやく立ち上がった時、
追っ手達は累々たる屍と化し、地に転がっていた。その惨状の中央に立つ、
二人の背の高い戦士を見て、逃亡者は目を見張り、身震いをした。
ギャラクターに追われていた獲物は、まだ十代前半と思しき、華奢な少年だった。

 シークレット部隊である科学忍者隊が、素顔でギャラクターに遭遇した殆どの場合、
正体を悟った相手は、その場で抹殺するしかない。大量殺戮の惨事となり、そんな時、
健は酷くストイックになってしまう。しかし、惨状から命を救われた少年は、氷のように
冷徹な表情をした健を前にして、怯えもせず、信じられないほど場違いな笑顔を見せた。
その笑顔を一目見たとたん、ジョーは、眩暈に似た強烈なデジャヴに囚われた。
俺はこのガキを知っている・・・。どこで・・・?
ジョーの口から思考より先にその名が滑り出た。
「・・・健・・・・?」

ART  by  phantom.G
ART  by  phantom.G

******* 5

「何だ?」
健が怪訝な表情をして訊き返した。ジョーの声が上ずっていたからだ。見れば相棒は、
自分ではなく、ギャラクターに追われて逃げていた正体不明の子供に、釘付けの視線を
向けたままでいる。 健はジョーからその少年に眼を移し、改めて相手の顔を見た。
少年も気付いて健を見返し、笑顔から、不思議そうな表情になった。
 肩にとどいたチョコレートブラウンの髪は、少し埃をかぶって乱れていたが、艶やかで
やわらかそうだった。少女のような血色の唇と丸い頬。まだあどけなさの残る面差しだ。
青い瞳を瞬きもせず見開いて、潤んで煌く視線を自分に向けている。
意志の強そうな眉を上げた、印象の強い顔立ちだった。
健は、言いようのない妙な気分に囚われ、ついで、酷く嫌な気分になった。
 ・・・まるっきりの子供じゃないか!
なぜ、こんな子供が、奴らに追われたりしていたんだ?
「ジョー!」
 健は苛立ちが募って、それを相棒にぶつけた。
「何をぼんやりしてる?!」
「あ?あぁ、なんだ?・・・健・・・。」
 ジョーは、少年を見たまま曖昧に反応した。
その時、少年がはっとなって、大声で叫んだ。
「・・・か、科学忍者隊?!G1号、それに・・・、G2号?!」
 この上ないほど、嬉しそうな、感嘆の声だった。
健とジョーは、互いの視線を絡ませあった。まさか、「そうだ」と応えはしないが・・・。
しかしついで少年が発した言葉には、思わず二人共に、反応してしまった。
「逃げてきたんだ、僕、ボクは・・・、ギャラクターから、脱走した。
 どうしても、科学忍者隊に・・・、逢いたくて!!!」
「なんだって?!」
「脱走兵・・・?お前が?!」

 二人は全く違う意味で、それぞれが軽い恐慌に陥った。
健は、組織から脱走して来たという兵士が、ギャラクターのイメージにまるで不釣合いな、
「子供」である事に、言い様のない衝撃を受けていた。
 こんな幼い少年が、敵だというのか?自分がこの手で、抹殺し続けてきた組織の人間と、
同じ血をひく仲間だと? 科学忍者隊に逢いたいだって?何のために?
・・・俺が親の仇だとでも言うのか?!

 ジョーは、今初めて逢った筈の、脱走兵士だという少年に、あろう事か、子供の頃の
相棒の姿を見ていた。少年の容姿は、自分の幼い日の記憶の中の健、そのままだった。
まるで想い出から抜け出してきたように、まるっきり、そっくりなのだ。
驚愕を越え、一瞬、ジョーは呆然となってしまった。
 なぜ?悪い冗談だ。よりによってギャラクターの子に。こんな偶然があってたまるか!
ギャラクターの血を引く呪われた運命など、そんな話は、俺一人でたくさんだ!

 フリーウエイでの「大事故」の、通報が伝わったらしい。
ヘリの音が聴こえ、サイレンが近づいていた。二人はこの少年を、この場で地元警察に
引き渡す事は出来なかった。自分たちもまた、警察の事情聴取など受けるわけには
いかない。ジョーが咄嗟に少年の腕を掴んで、自分のバイクの後ろに乗せようとした。
と、少年はジョーの意図が分かるとひらりと身を翻し、駆け出していく。
逃げる、と想った健は一瞬だが、敵兵に向ける殺気を少年に向けた。
少年は健に振り向き、
「バイク」
と、言った。
「残しておくと人数が合わない。足がつくよ。」
 少年は強かな凛々しい笑顔になり、後ろ向きに走りながらさらに言った。
「走れると想う。壊さないように転がしたから!」
 やっぱり、そっくりだ。ジョーは健を見た。当人達はその事に気付いていない。
「いくぞ!ジョー。」
「あぁ。」
 ジョーのバイクは少年の向かった方に転がしてある。
健は反対方向の、自分のバイクの方に走り出す前に、
「逃がすなよ」
 と、ジョーに言った。
健は、敵の兵士に向ける、油断のないキツイ眼で、少年の姿を追っていた。


******* 6

 二人は、少年の容姿をデジタルで撮り、指紋などのデータと共に、南部に送信し指示を
仰いだ。南部は少年の姿を一目見て容易ならぬ胸騒ぎを覚え、直ちに過去の事件ファイル
の提出を関係各所に依頼した。程なく、ISO直下の医療機関を含む、幾つかの施設から
一時に、細胞サンプルが紛失した「小さな」事件についての詳細報告が南部に届けられた。

南部の学者的な講義は、正直な所ジョーは苦手だ。いつもの事ながら、この日もまた、
再生医学についての専門的な解説で、難解だった。体細胞を卵子の核と入れ替え、母体で
育てるというクローンについては、特に倫理的にも、受け入れがたいものがある。南部は、
「私はこの分野は専門ではないが・・・」
と言いながら、クローンではない、生体部分再生の細胞培養技術について、誘導タンパク
が云々・・・と、解説を続けた。段々に講義は熱を帯びてくる。

 シークレット戦闘要員である彼らの「細胞」が、定期的な検査の際に採取され、常に
研究機関に預けられている事は、全員が承知している事だった。将来的には、例えば戦闘
による負傷で、肉体を形成手術で修復不可能なほど欠損した場合や、疾病も含め、臓器の
移植が必要な事態に陥るといった場合に対処できる様に、常に研究が進められており、
未分化細胞の培養と保存が行われているのである。

 先刻から、甚平と竜は南部の講義からとっくに脱落し、ひたすら話の終了を待っている。
ジョーは、部品ならまだいいか、生体でサイバーを造る様なものだろう・・・。
と、再生医学について、先に結論を解釈した。こんな話をジュンが、意外な程熱心に
聞いているのが、不思議だった。健はいつもの事乍、南部の講義を至極真面目に、
熱心に聞き、理解に必要な場合は、疑問もぶつけている。
 お前、分かっていないのか、博士がなぜ、こんな調査をさせたのか。
アイツがお前に、あんまり似ているから・・・? そうだ!
 ジョーは南部がいつ、その決定的な結論を口にするのかと想うと、急激に胸騒ぎが
し始めた。そんな恐ろしい偶然が、本当に現実のものになるのだろうか・・・。

「森の中に木の葉を隠す要領で、個人データはロックされている。
万一、諸君の細胞サンプルやデータが、外部に流出した場合でも、
それがどこの誰のモノなのかは判別できぬ様に、管理は細分化されている。
遺伝子情報(ゲノムデータ)は何人のものであれ、絶対のトップシークレットだ。
諸君のデータは私以外の人間には触れられぬ様、封印されているから、
安心していたまえ。」

 南部の話はそこで終わり、ジョーは拍子抜けがした。
健が代わるように訊ねた。
「では博士、あの少年の身元も証明できるデータは何もない、という事ですか?」
「うむ。」
南部が唸った。
「ギャラクターがクローン技術で兵士を作っているのかもしれない、という懸念は、
国際科学技術庁としても以前から持っていた。一般兵士には年齢的に考えてありえない
と思われて来たが・・・。少年兵が大勢いるとなると、話しは違ってくるだろう・・・。
 ・・・由々しき事だ。」

 とりあえずDNA鑑定の結果待ちになる。そう言って博士は話を締めくくった。
健のデータとの照合である事は間違いない。ジョーだけが、無言で戦慄していた。

「ねぇ兄貴、そのコおいらより歳、下なのかい?」
甚平が健を見上げて訪ねた。
「上だな。14歳位だろう。」
ジュンが怪訝な顔をした
「くらい・・・って、分からないの?」
「1クール3ヶ月のプログラムを40クール受けて、訓練課程を修了したそうだ。
3つか4つの頃からの、その訓練の記憶しかない、そう言っていた。」
「なんだか・・・哀れじゃのぉ・・・」
竜が言った。
「可哀想に・・・」
ジュンの呟きに、ジョーはフン、と笑った。
俺達とそう大して変わらない。・・・健もそう思っていた。


******* 7

 少年の身柄は健が直接、ISO内の警備機構のセクションまで連行した。
これから時間をかけ、さまざまな検査と取り調べを受ける事になるだろう。しかし
少年は少しも恐れておらず、むしろ心底から安心した様子は、幸福そうにさえ見えた。
恐ろしい組織の追っ手から救われ、死の恐怖から開放された事を思えば
当然かもしれないが、健は少年の素直な明るさや、その笑顔の穢れのない純真さに、
違和感を抱いて戸惑っていた。
この無邪気な子供が本当に、あのギャラクターから逃亡してきた、兵士なのだろうか?
自分達が命がけで戦う、敵の基地やメカの中に、本当にこんな子供が、混ざって居ると
いうのか。悪趣味な揃いの仮面で十把一絡げに見える、
捨て駒としか思えない隊員達の中に・・・・・。

 自分が操る車の助手席におとなしく座しているその子供の姿を、健は意識して
あまり見ない様にしていた。少年の華奢な両手足には、凶悪なテロリスト等の護送に使用
するのと同じ、電子錠のリングが嵌められている。今は拘束していないが、操作一つで
全身の自由を奪う事も可能だ。そのコントロールキィを自分が持っている事に、
嫌悪感を抱く程、当の少年は屈託のない笑顔を健に向けていた。
先刻から辛抱強く同じ質問を繰り返す。健と、そしてジョーの素性である。
鮮やかに追っ手を片付けて自分を救ってくれた命の恩人が、誰なのか知らぬまま
分かれたくないと、そう懇願されても、健は何も応えなかった。
少年の前で互いに呼び合ってしまったから二人の名は知られていたが、
「科学忍者隊ではないか」という少年の「期待」は断言で否定した。
「対ギャラクターの戦闘部隊は<彼ら>だけじゃない。」
 健は少年の、非常に落胆する様子が不思議だった。ギャラクターで生まれ育ったという
子供が、なぜ、命がけで逃亡してまで俺達に、科学忍者隊に逢いたいと願うのか・・・。
それは恐ろしい罠か、そうでなければ余に理不尽すぎて、まるで滑稽な冗談だ。

 取調べが行われるセクションの係官に少年を引き渡した時、健は、少年が感謝の想いを
込めて差し出した手を握り返さなかった。代わりに、その意志の強さを眼光に湛えた、
凛と光る双眸で、初めて正面から少年を見つめた。自分と同じ、青い空の色だ。
少年は澄んだ瞳でにっこり笑うと、ついできりっと眉を上げて頷いた。
そして踵を返し、真っ直ぐ顔を上げて、係官に連行されていった。

 健は、焦燥する違和感を抱かせたこの脱走兵の存在を、出来れば忘れてしまいたかった。
しかし、そんな健の想いに反し一ヵ月足らずの後、少年の身柄は南部博士の預かりに
なった。少年は知りうる限りの情報を全て連邦側に提供し、思想に危険性もないと
判断された。初陣に出る前に脱走、亡命したのだから罪は何もない。何より若年だ。
健康診断の結果も良好な上、専門知識と、体術技能のレベルも高い。
そして、取調べ中ずっと唯一つの事を、科学忍者隊との接見、を望み続けていたため、
その判断は、科学忍者隊の組織責任者である南部博士に、直接委ねられたのである。


******* 8

 少年は、必要な教育とかなりの実戦訓練を受けて育った、ギャラクターのいわば英才
戦闘要員だった。初めから幹部候補のいわゆるエリート養育クラスが組織内には存在し、
隔離された寄宿学校のような所から基地内の訓練施設に移され、やがてそこから前線へ
実習に派遣されるという。
 少年は、その移送中に隙を見つけ、発作的に逃亡したと言った。
養育クラス内には反組織の思想は皆無に等しく、対亡命の監視体制は弱かった。
訓練の厳しさからの脱落者は、平隊員になればいいだけの事で、少なくとも
命がけで逃亡するような理由にはならない。
科学忍者隊に会いたい、という、少年の脱走の動機は、かなり特異な事例と言えた。

 南部は、少年と直に接した上で、将来的には忍者隊の訓練に参加させてみようと判断し、
メンバーにそれを提案した。まだ少年本人にそれは通知せず、まずバードスタイルの五人
に対面させると、少年は初め少し怯えたように緊張した。ギャラクターに生まれ、教えを
受けて育ったのだから、無理もない。しかしメンバーが暖かく接すると、まるで世間一般
の子供達の様な、感激振りを見せた。南部は目を細めてその様子を眺めた。
 少年の体格は華奢に見えたが、甚平よりは年長で、肩幅もある。
背丈はジュンより小柄だ。しかし若者らしいカジュアルな服装の下の体躯は、
野生の獣の様な、無駄の一切ない鍛えられた戦闘員のものだ。
年齢に似つかわしくない、一種特有の研ぎ澄まされた空気を身に纏う彼らの中に、
同等の力量を秘め、違和感なく溶け込んでいる。

 少年の素直で人懐こい笑顔は、接した人間に無条件に好意を抱かせた。
その不思議な魅力のある瞳は、まさに健の子供の頃と同じものだった。
南部と、そしてメンバーの中ではジョーだけが、確信の様に、それを感じていた。
一般的な家庭育ちの普通の子供より、遥かに純真である事も、皮肉だがまた、
子供時代の健との共通点でもあった。

 ジョーは見かけによらず子供好きでもあるが、あのギャラクターから命がけで
逃亡してきたのだという事実には、格別の思い入れを抱かずにはおれない。
 しかし、その保護欲をあからさまには表に出す事はしない。
「みっちり仕込んでやるから覚悟しな。」
 とだけ言ってやると、その男らしい声色に少年は目を輝かせ、
「はい!」
 と、元気よく応えた。
 ジュンににっこり笑いかけられると、頬を染めて俯く。差し出された握手の手を、
恥ずかしそうにおずおずと握り返す少年に、ジュンはたちまちうちとけた。
「あんたと違ってかわいい」
 などと、甚平をからかう。その甚平も、同年代の仲間の参入かと単純に喜び、
「お姉ちゃんの見かけに騙されんなよ」
 と、肩に手をまわし、耳打ちで、早くも同盟を結びにかかっている。
年齢差は意に介さず、先輩風を吹かせて上機嫌だ。
「もう何も心配いらんぞい!」
 竜は胸を叩き、貫禄を見せて笑う。
「ギャラクターなんぞ脱けて何よりじゃ」
 少年の髪をかき回し、屈託なく歓迎した。

 そんな中、健一人だけが余所余所しい態度だった。
少年が「科学忍者隊GM」に心底憧れている事、他ならぬ自分に、
敬愛の念を向けてくる事が健には、何故か疎ましくてならない。
そしてバードスタイルの、バイザーの下の自分の顔を覗き込みたがってる、
あの日と同じ瞳の煌きに見つめられるのが不快だった。
会見に先立ち博士から聞かされた、いずれGナンバーを、という相談には嫌悪さえ
覚えていた。しかし言いようのないその不安は、論理的には、説明の仕様がなかった。
「分かりました。」
 健は無表情に南部に向かって言った。
「博士の御命令なら、彼の訓練に必要な、指導は行います。
ただし、実戦に同行させる事には、賛同できかねます。
科学忍者隊のリーダーとして。」
 仲間も呆れるほどの事務的な対応で、
「失礼します!」
と、部屋を出て行く。
甚平が大人ぶった溜息をついて、
「ま、気にすんな。」
 と、少年の肩を叩いた。
「兄貴はちょっと、気難しいトコがあんだ。
・・・根はいいんだけどさ。子供っぽいっていうか・・・」
 ジョーの拳が、ゴンと音を立てて、甚平の脳天に落ちた。


****** 9

 件のフォーメーションは殆ど完成した。が、まだ成功率では完璧とは言えなかった。
実戦で試みて失敗すれば、自らがダメージを負う可能性が高い、危険な技でもある。
 健は、シュミレーションの仕上げ段階に入り、実弾の爆薬を使用し、
敵攻撃を想定したビーム乱射も加えて行う事を決め、複雑で綿密な
実戦以上に予測不可能という、特別プログラムを組ませた。

 その日、訓練施設には少年が見学に来ていた。
「見てろよ!」
 と、得意げに手を振った甚平を、
「真面目にやれ!!」
 健は怒鳴りつけた。
「・・・おっかねぇ〜」
 首をすくめ、小声をだした甚平をジュンが睨む。訓練ドームには緊張感が漂い、
健だけではなく、メンバーは皆、真剣な表情だった。
 健は、少年の憧れをたたえた真剣な視線が疎ましく、気を乱し、苛立っていた。
一瞬のタイミングを誤る事が大事故につながると、一番分かっている筈のポジションで、
その苛立ちを静める事が出来ないまま、健はコマンドを発した。

 科学忍法が、強烈な破壊力を持つ竜巻を生み出す。容赦なく掃射されるビームのなか、
トップのジュンと甚平が、安定した体勢から爆薬を放った。その火力と衝撃を、烈風が
何倍もの破壊力に変えるのだ。訓練用に火薬の量が加減されてはいたが、特別あつらえの
シュミレーションドームが持つかどうかさえ、定かではなかった。
 その瞬間、烈風の遠心力をコントロールする健の眼に、防弾ガラス越しに
自分を見ている少年が映った。ありえないことに静止画のようにはっきりと。
健は一瞬、そこに鏡の中にいるような、自分の姿を見た。
「!?」
 しまった、と感じた時、竜巻のバランスがぐらりと歪んだ。恐ろしい力が、
空間ごと捻る様に、五つの翼を巻き込んで、それぞれを四方へ吹き飛ばした。
 烈風を強大に増幅させる役割のジョーと竜は、勢いよく地上に落とされたが、
ジョーは翼を翻して着地し、竜もどうにか受身を取って安全に転がった。
竜巻に破壊力の爆風を乗せる役目のジュンと甚平は、上空へ投げ出されたが、
かろうじて炎を避けて壁を蹴り、バードマントの滑空で舞い降りてきた。
 皆、自分の身を守ることで精一杯だった。
その四人の目前に、次の瞬間、白い翼が撃ち落された鳥のように落下し、
音を立てて叩きつけられた。

 健は半ば意地になって、竜巻の方向を最後までコントロールしようとした。
五人の身体が離れたその瞬間に、一人だけエネルギーの中に留まった健の身体に、
大きな荷重が加わった。一瞬の脱出の遅滞が、健から自分の身を守る自由を
奪い去ったのだ。健の体躯は、木の葉のように烈風にさらわれ、
破壊力そのままの勢いで、高い位置の壁に叩きつけられた。
 一瞬息が詰まって、壁を蹴る事が出来ずそのまま、健は落下した。
かろうじてマントを広げる体勢を取った時、停止が遅れたビームに、続けて二度撃たれた。
一度目、ひびが入っていたバイザーが砕け散り、
二度目でマントの飛行力を奪われた。
爆風が吹き上がる中、健は床に叩き落された。

 大怪我を負っておかしくない衝撃のはずだった。
背中から床に落ちた姿に驚き、四人が側に駆け寄った時、
健は、よろめきながらもすぐに立ち上がった。
これ以上ない険しい表情は、健が心底怒っている時のものだった。
自分だけにダメージがあった事に羞恥し、押さえ切れないほど自分に腹を立てていた。
痛みさえ、忘れてしまう程に・・・。
 バイザーの砕けたヘルメットを乱暴に脱ぎ捨てて、床に叩きつけ、
皆の心配を振り切り、その場から出て行ってしまった。
「兄貴ぃ・・・」
 甚平はその背に泣きそうな声をかけたが、竜に頭を捕まれて引き戻された。
ジュンがその名を囁いた唇を噛む。
ジョーが溜息をついて、そのジュンの肩を一つ叩いた。
「放っとけ、今は何を言っても無駄だ。」

 南部は、失敗に終わったシュミレーションの報告書を読み終え、深く息をして唸った。
それは、役目を放棄した健の代わりに、ジョーが書いた書類だった。
そして新フォーメーションは棚上げにされ、その通達に、健は黙って従った。


******* 10

 その夜、健は、どうしようもなく苛立つ気を紛らそうと、街に出た。
その後を少年が追って来た。尾行は下手ではなかったがプロ級とは言えなかった。

「命が惜しくないのか?脱走者のクセに。」

 バイザーが割れた事で少年に顔を見られ、正式に引き合わされる前に、正体を確信
された。健のぶっきらぼうな態度は、自嘲からだったが、少年を萎縮させるに充分だった。
しかし、夜の街でこの少年を一人にするわけにはいかない。
拒絶されないと判ると少年は素直に喜んだ。
人懐こい笑顔を見せ、後を付いて来る。
 スナックJには行く気にならず、子供連れで行ける場所など真っ平だった。
ジーンズのポケットに手をかけ、俯き加減にあてもなく歩く。その健にくっついて、
少年は楽しそうだった。踊るような足取りで、屈託なく笑い、憧れや夢の話をする。
黙って歩いていた健は、我慢できなくなった様にふいに立ち止まり、
すぐ後ろの少年に振り返り、いきなり激高した。

「お前にも、育った場所に仲間はいただろう!何ともないのか?!
 俺達は・・・敵だったんだぞ!
大勢の敵を、倒してきたんだ、この手で!
俺は、お前の、親兄弟や友達を・・・殺したかもしれない・・・、仇なんだぞ!!」

 少年は無表情になり、しばらく黙った後、静かに語った。
親の記憶はない、と。物心ついたときには教育と訓練の中にいた。
蔑まれる辛さが嫌なら高みへ上るしかなかった。
友達とはいえないかもしれないが、訓練仲間はいた。
科学忍者隊は、一騎当千の名の知れた戦士だ。
組織の人間には、畏怖と憎悪の的だったという。
「科学忍者隊に捕まれば、命がないと言われたよ。
ギャラクターと見れば、虫けらのように殺す悪魔、だって。
でも、ボクは・・・初めて見た時・・・、」
教育資料のVTR、モニターの中に舞う白い翼。
「綺麗だ、と思ったんだ。天使みたいに見えた。」

 監視者の目を盗み、ネットを検索するだけで、組織の外、世界の広さは、
すぐに窺い知れた。ギャラクターの隊員が闘う理由は様々だ。
血統と理想を語る教官、金に引かれて来た科学者。
そして皆、入ったら抜けられない掟に縛られている。
勿論、科学忍者隊を心底憎んでいる人間もいる。その一方で、
組織から抜けたがっている人間も、少なからず存在するのもまた、事実だった。
ただ命を引き換えにしてもいいとまで思わないだけだ。
脱走者の末路は死。連邦側に捕まるよりも、組織に追われて消される方が、速いだろう。

「追われるのは・・・怖かったけど・・・」
 戦場で正義の天使に遭うのはもっと嫌だった。
「戦うのも、殺されるのも、ね」
少年は笑った。
「どうせ死ぬんなら、一度、自由になりたいって・・・、想ったんだ。」
少年は、夜景の灯りに煌く瞳で健を見つめた。
「逢えたなんて・・・奇跡だ。夢みたいだよ。」

世界征服をもくろむギャラクターが「悪」の組織なら、
確かに科学忍者隊は平和のために闘う「正義」の組織だ。
「・・・戦争だもん。私怨は負い切れないよ・・・」
健は少年の澄んだ瞳に追い詰められる想いがした。

 そんな目で見つめないでくれ。
俺達だって、怨んでいる。憎んでいる。
・・・そして血に塗れているんだ!


****** 11

 事故以降ずっと、目に熱いような痛みがあった。
瞬きが、無意識下で出来ない。健は立ち止まって、瞼を強く閉じた。
曲げた人差し指と親指で眉間を押す健を、少年が覗き込む。
「健・・・大丈夫?本当にどこにも怪我はないの?」
少年は、訓練室のモニタールームから、防弾ガラス窓越しに事故の全てを見ていた。
健が無傷なのが、信じられなかった。
 健がシュミレーションドームから出て行ってすぐ、少年は医務室に駆けつけた。
訓練の後は、彼らが必ずメディカルチェックを受ける事を、知っていたからだ。
 緊急出動の場合を除き、オールグリーンのマークが揃っていなければ、彼らは
外出を許可されない。常に万全の体調・体制を整えておくのは任務の一環だった。
少年が、健を見送った医療スタッフに様子を訊くと、手当ての必要もない様な、
かすり傷程度だという診断が、感嘆を込めた答えで返ってきたのだ。
少年に言われ、改めて健は他人事のように、回想した。

 意に反して足が床から浮き上がり、抗えない力に身体をさらわれた。
壁にぶつかった瞬間は、全身が強い衝撃に撃たれたので、どこを打ち付けたのか
分からなかった。バイザーが砕け、熱風が直に顔面を襲う中、何とか足で地に降り立とう
としたが、体勢が間に合わず、咄嗟に身体を捻って背から受身を取り、床に落ちたのだ。
そういえば、爆発の熱風が目に入って熱かったな・・・・。

「健!聞こえてるなら応えろ!どこにいるんだ?」
 ブレスレットからのジョーの声に、健は我に帰った。
どこに、いる? 見回してそれに気付いた。
うっかりスラム街の裏通りに入ってしまっている。壁のプレートの番地を読み上げると、
ジョーが呆れたような、そしてちょっと怒ったような声で怒鳴った。
「馬鹿野郎!<ヘルズキッチン>じゃねぇか!」
 しかもあの坊主がくっついていったんじゃないのか?
「そんなヤバイ所で、ナニやってるんだ!?」
健も坊主も見かけが見かけだ。目立ちすぎるコンビじゃねぇか!タチの悪い連中が
必ず目をつける。絡まれない方がおかしい。叩きのめすのは簡単だが、そんな所で
わざわざ騒ぎを起こしたら、後々、面倒な事になりかねない。

「すぐ表通りへ抜けろよ!」
 ジョーは通信を切ると、スナックJを飛び出した。嫌な胸騒ぎがしていた。
どうしたってんだ、健の奴・・・。
ジョーは、舌打ちして走りだした。

 案の定、健と少年は、その直後四人の男達に取り囲まれた。
服装・目付き・言葉、何をとっても「ヤバイ」人種だった。
「そっくりじゃねぇか。綺麗な兄弟だなぁ〜。そそられるぜ」
軽くあしらう事ができるはずの相手だった。しかし・・・。改造レーザーポインターの
強いライトを悪戯に目に当てられた、その途端、焼けるような熱さを感じ、
不意に健の視界が霞んだ。痛みが急激に激しくなり、堪えられないものになる。
健は微かに呻き、焼け付くような痛みを感じる目を手で覆った。
ただならぬ様子に、少年が驚愕した。薄暗い路地なのに、
健のこめかみが蒼ざめ、冷汗が伝うのが見て取れた。
「兄さんはヤクでもやってるのかい?」
 よろけて壁に背を付いた健を見て、男たちが嘲った。


******* 12

 健は半端ではない痛みと、急激に低下する自分の視力に、背に冷水を浴びた様な
恐怖感に囚われていた。戦闘力を殺がれた上で、前戦に放り出されたようだ。
足元を罠にすくわれたような焦燥感だった。
 自分を囲んでいる男たちの言葉は殆ど耳に入らない。
視力を取り戻そうと痛みを押して瞬くと、霞んだ視界に、大柄な男に左腕を掴まれ、
右肩を押さえられながら、自分を案じている少年の必死の表情が、一瞬よぎった。
 男たちが三人がかりで自分を押さえ込みにかかる。
左手首を掴んだ手を無理やり薙ぎ払い、健は腕の甲を一度だけ、後ろの壁に打ち付けた。
ジョーのブレスレットにたった一度、スクランブルのマークが浮かんだはずだ。
次の瞬間、一人の男が正面から、健の腹部をめがけて強かに膝頭を打ち込んだ。
考えるより速く腹筋が締まり、身体を前に折った健には、
見た目のようなダメージはなかった。少年が自分の名を呼んだのが聞こえた。
少年は火がついたように、止めろと叫んでいた。

 少年にとって健は、G−1は、生涯ただ一人見つけた、唯一、尊敬と崇拝を捧げる、
正義の神の化身だった。少年にはこの街角がどういう場所で、この男達がどういう人種
なのかは判らなかった。だが高貴な天の御使いが地獄に引きずり下ろされて、
白い翼を汚されようとしている。本能的にそれを察し、少年は嫌悪に身震いした。

 嘲る男達の野卑な表情が、少年の戦闘力を目の当たりにし、急転険しいものになった。
少年は、自分の肩を抱き寄せようとした男の、太い手首を華奢な指で掴み、
鮮やかに後ろ手に捻り上げると、いきなり容赦なく折ってしまったのだ。
太い声が裏返った、嫌な悲鳴が上がった。
 男達は逆上した。少年の見かけからその力が信じられず、
引き下がって逃げた方がいいという、正しい判断が出来なかった。
 少年の放った、燃え上がる蒼い炎のような殺気を感じ、健は咄嗟に
「殺すな!」
と叫んだ。
 霞む視界の中で健は、小柄な少年が大の男達を、次々地に鎮めていくのを見ていた。
少年は戦いのやり方を「殺し方」でしか知らなかった。急所に容赦ない打撃を加える。
手加減もなかった。しかし健の声は、少年の鋭利な攻撃にかろうじて、
微かな制御を与えたらしかった。

 ジョーがその番地に駆けつけた時、「一般市民」である四人の男達が、
意識不明で倒れていた。瀕死の重態だった。目撃者はいない。
駆けつける警察を避け、G2の目であたりを捜索する。
程なく、次の路地の暗がりに、震えて小さくなっている少年を見つけることが出来た。
彼は怯えきっていて、相手がジョーだと暫く判らなかった。掠れた声で
「殺した」
と呟く。少年は自分が「凶器」として訓練されていた事実に慄いていた。ジョーは訝り、
「死んじゃいねぇ!あれはお前がやったのか?!」
 少年の腕を掴んで、正気を戻そうと揺さぶった。
「健はどうしたんだ!!」

「よせ、ジョー。」
 健は、気配を殺して、すぐ側の物陰に潜んでいた。
ジョーはその苦しげな表情を見て取り、少年を離し、相棒の側にかがみ込んだ。
「健?」
「ジョー・・・」
 健は心底から安堵した表情を見せた。が、その視線が虚空に向いている。
伸ばした手は、ジョーの腕に届かず、空を切った。
「健・・・?・・・!!」
 ジョーは健の肩を掴んだ。
「まさか・・・お前、目が!?」


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