The Angel descended out of the blue - 後編 -

by phantom.G

******* 13

 バイザーが割れるほどの衝撃と、戦闘シュミレーションの爆風。
手酷く傷ついた目に、改造レーザーポインターがさらにダメージを与えた。
開いた瞳孔を、レーザーの強烈な光源が射たのだった。
健の眼は視力を殆ど失い、絶対安静が必要な状態だった。頭部打撲という内側のダメージ
には、精密検査の必要もあった。完治への見込みは、今の段階では南部にも診断できない。
ただ休養を取るよう命令することで、健を縛るより他なかった。

 そんな折、連邦が敵の情報を得て、科学忍者隊にも出動依頼が伝えられた。
サブリーダーが率いたGPが飛び立っていった時、健は、焦りではなく虚脱感を抱いて、
その衝撃音を聴いていた。大きな窓でもあるガラス張りの壁に手をつき、振動を確かめる。
両目を覆った包帯で、強制的に閉じられた瞼に、日の光の暖かさは感じられた。
投薬が効き、痛みは治まっている。遠ざかる機影を想い描いて見送った。
・・・機内にはジョーがいる。

きっと大丈夫だ。俺がいなくても・・・。
健は仲間を信じた。

 健は今、自分の置かれた状況に、絶望してはいなかった。
南部博士は、俺の眼を必ず治してくれるに違いない。
どこかの誰かの訃報を待ち、瞳を貰い受け、挿げ替えても。
(「世界には君が必要なのだ。」)
どうしようもない嫌悪感が襲う。罪の意識に身震いする。
「世界が呼ぶ・・・、正義の味方・・・か」

 仲間を追って戦場へ飛び立てないもどかしさと、もしかしたら、二度と飛べないかも
しれないという恐怖感は、確かにあった。
しかし、心のどこかで安堵している自分がいた。拒否できない絶え間ない戦いからの、
思いがけない開放。このまま、暗闇に身を置き、静かに生きていけたら・・・。

(・・・・・治りたくない。)
絶対に口に出せない心の声。その時、健は確かにそれを聴いた。


 背後におずおずと近づく気配に、ふいに気付いた。
振り向いた勢いに驚き、「ゴメンナサイ」と謝ったのは少年だった。
鍛えられた戦士に後ろから不用意に接近してはいけないのだ。

 少年には、自嘲的な含み笑いをもらした健の真意、その複雑な心理はわからなかった。
手を取ろうとすると、健はそれを振り払う。
「いいから、先に立って歩いてくれ。博士の部屋まで。」

 少年の足音を聴く事で、健は距離を測って正確に歩いた。
足取りは安定していて、急に視力を失ったばかりとは思えない。
道は覚えているといっても、やはり並みの人間とは、五感の鋭さや
精神力のレベルが違うのである。少年は直ぐにそれを悟った。
・・・ただ前を見て、真っ直ぐに歩けばいいだけだ、という事を。

科学力と軍事力を誇る巨大組織ギャラクターにとって唯一の、
脅威の存在である、科学忍者隊。その中に在りて秀逸の一騎、
神憑り的戦闘力を有す白羽の戦士、G−1号 大鷲の健。
又の名を・・・、少年は戦慄し、息を吐いた。

「どうした?」
 背後から健が訊いた。少年の気の乱れも感じ取っている。
「いいえ」
 歩調を上げれば、健は同じ速さで影のように追尾する。
静かな廊下を歩きながら、少年は恐怖に似た緊張を覚えた。
 この人に半端な気遣いは無用だ。

 少年は、基地で観たVTRの中の彼らを、ふいに思い出した。
白い翼と、同じ大きさ。同じ強さと同じ速さの、青い翼。
光の下に健が立つ。そうだあの人は陰にいた。
GMに照準を合わす相手軍に狙いをつけて、その手に白い羽を持っていた。
今、リーダー健の代わりに戦場へ飛び立った、
G−2号 コンドルのジョー。
・・・健に助けが必要な時、支えられるのは、きっとあの人だけだ。

 少年は昨晩、軽い錯乱状態になった為に、多少記憶に混乱があった。
すっぽり抜け落ちている部分がある。視力を失い、動けなくなった健は、
パニックになるどころか暗闇に身を沈め、その存在を消し去るように、
気配を殺してしまった。呼吸さえ止めてしまった様な、見事な隠密術だった。
自分は、その健のすぐ側で、恐慌のあまり、行動不能に陥っていた。
少年は自責し、自己嫌悪に囚われていた。

・・・健は待っていたのだ。相棒G−2号が来てくれるのを信じて。


******* 14

「兄貴の目、治るんだよね? ねぇ・・・ジョーってば!」
  甚平の声にジョーは現実に返った。
GPコックピットの、いつもならリーダーの健がつくシートに座ったジョーは、
腕組みでメインパネルのスクリーンを見上げながら、考え事に没してしまっていた。
 ジョーの代わりにジュンが、自分に言い聞かせるように応える。
「当たり前でしょう?」
 ジュンは各計器とレーダーのモニターから、眼を離さずに続けた。
「健が治らないなんて、そんな事あるわけがないわ!」
「でもさ・・・手術が必要かもしれないって、博士言ってたじゃないか。」
 甚平の声は、青菜に塩といった体で、すっかりしょぼくれている。
「日にちで治るってもんじゃないんかいのぉ・・・そんなら、
 ちぃっとくらい休むんは健のためにゃ、ええ機会なんじゃが。」
 竜の穏やかな声が、自分の想いを代弁してくれている。
ジョーは自分だけが呼ばれ、健の側で聞かされた、南部の話を思い出していた。
今、激しい痛みを伴っている炎症が収まっても、視力が回復するかどうかは分からない。
移植手術が必需だった場合、件の再生医療では準備が整うのは何年先か。残る方法は、
血液型や遺伝子の相性が合うドナーの出現を待つしかないが、何時という予測は出来ない。

「人が死ぬのを待つわけですね。」
 健は自嘲的に心底からの嫌悪を込めて、赤裸々な皮肉を言い放った。

 昨夜、スラム街の暗闇で見た健の表情が、忘れられなかった。
見えていない眼で自分を見上げ、姿を探していた、縋る様な健の顔。
あんな顔は、泣き虫だったガキの頃の遠い記憶の中にしかない。
それもよほどのもうどうしようもない、辛い時だけだったし、
その後は、ヤツは決まって自己嫌悪で不機嫌になったものだ。
 自分を求めて空を切った健の手は、改めて握ると冷え切っていて、微かに震えていた。
肩を支えて立ち上がらせると、膝も頼りなかった。
それでも、その後の行動手順を指示したのは健だ。あの坊主も、パニクっていたのが、
命令してやればあの後は、ちゃんと迅速に立ち回りやがったっけ。
ジョーは自分の手を見た。
昨夜の記憶、健の掌の冷たさと、自分を頼って込められた力を、ぐっと握り込む。

「甚平!しっかり通信電波をチェックしてろ!」
 ジョーの強い声に、心配の余りぼんやりしていた弟分が
飛びあがって、慌てて計器を操作した。
「わ、わかってるよ、ジョー・・・。」
「しっかりしなさい、健がいないからって、任務に失敗するワケに
 いかないのよ。健が安心して休んでいられないじゃないの。」
「分かってるってば、お姉ちゃん!」
「まもなく、情報のあったポイントよ。戦闘空域に入るわ!」
 ジュンが顔を上げて、リーダー席のジョーの背を見た。
「回り込んで西側から進入しろ、竜。」
「ラジャー」
「ジュン、まだか?」
「レーダー反応!来るわ、地対空ミサイル、5基!」
「上昇するな!左に振れ、竜!一気に突っ込むぞ!」
「よっしゃぁ!いっちょ軽く揉んでやろうかの!」
竜の手が、力強く操縦桿を引き、GPが鮮やかに巨体を捻る。
飛行煙を引くミサイルの狭間をすり抜け、GPは紅いノーズを敵基地へ向けて、
後部から輝くジェット炎を咆哮した。


******* 15

 しかし、リーダーを欠いた戦闘は完遂されなかった。
彼らはGPで敵メカ内部に突っ込み、捨て駒の隊員を何時ものごとく鮮やかに蹴散らした。
が、その直後、巧妙に脱出を阻まれた事に気付く。
自分達と、GPの機体をすっぽり収めた基地は、巨大メカだった。
移動基地は外部からの誘導に乗り、人の搭乗する条件を無視した残酷な飛行状態で、
短時間で一気に上昇した。罠だったのだ。
彼らがようやくGから開放されて立ち上がった時には、
GPを捕らえ牢獄と化したメカごと成層圏まで放り出されてしまっていたのだった。

 都市に落下し、巻き添えの犠牲者を出すくらいなら、科学忍者隊は自爆を選ぶ。
脱出不能の状態を完備した、それは完璧な死刑台だった。

 南部が連絡の通信に唇を震わせて押し黙った。
健は立ち上がり、包帯で覆われた目でスクリーンの方を見ていた。
そこに映っているはずの仲間の顔を見たい。握った拳がわなわなと震えていた。
 その左手首で、鳥の声に似た電子音が一つ鳴った。ジョーだ。
健は反射的な動作で、ブレスレットを顔の近くへ持ち上げた。
耳まで寄せると、それを待っていた相棒の、ハスキーボイスが
落ち着いた響きで届けられた。たった一言。

「・・・すまねぇ・・・、健。」
 万感が込められていた。それは覚悟の、別れの言葉だった。

「GPが、おめおめ街中に墜とされてたまるかよ。
カッコがつかないぜ。せめて綺麗な花火を咲かせてやるか!」
 ジョーの次の言葉は、スクリーンの通信装置から笑った声で響いた。
 健は、仲間の名を次々呼んだ。思いつく限りの脱出の方法に繋がる、
状況報告の指令と共に。ジュンも甚平も、そして竜も、健のコマンドの質問には
迅速に、そして正確に回答した。が、脱出は不可能だと全ての回答が物語っている。
それは女々しい泣き言ではなく、戦士の冷静な返答だった。
地上で手をこまねいていなければならない、苦しい立場の司令官への、
精一杯の思いやりだった。ジュンの声は鈴のように凛と響き、
竜は戦場にそぐわないいつもの平和な声色で、
甚平さえもが、泣き声などではない、背伸びした男の声を届けた。

 健は俯き、南部のデスクを力任せに一つ殴って、歯を食いしばった。
その時、少年が叫んだ。スクリーンに映るメカを、知っていると。
いつの間に司令室に入ってきたのか、健の後ろに歩み寄っていた。
「あれは、ボクらがよく送られた訓練施設だ。」
コントロールは地球上の基地でやるのだと、少年は上気して訴えた。
メカの内部からは一切の操縦コントロールは不可能だというのだ。


******* 16

「タイムリミットは? 」
 健の冷静な問いかけの声に、ジュンの落ち着いた計測の回答が返る。
健の手が、素早く眼を覆う包帯を解いた。
「健、よせ!今無理をすれば完全に失明するぞ!」
 南部の制止の言葉に健は笑った。
「同じ事でしょう?」
 微かに見える視線を南部に向ける。瞬きをすると痛みが走る。
「このままで戦えないのなら、博士は既にG1号という駒を、失ったも同然です。」
「そして今、手をこまねいていれば、ご自身の懐刀であり、
ISOの切り札である、科学忍者隊を確実に、永久に失うんです。」
 皮肉な言い方はわざとだった。南部には健の真意が判っていた。
 
少年が「機体を捨てて脱出すればいい」と言った。
「出来るんでしょう?バードスタイルの翼なら!」
 南部が少年に向かい、静かに諭した。
「自分達の機が街に落ちて大勢の命を奪うと知っていて、
 彼らは、自分達だけが助かるための脱出はしないだろう。
 ・・・たとえ司令官の命令でもだ。」
 健が振り向いた。
「俺達は、科学忍者隊だからな。」

 健の鋭いリーダーコマンドの声色で、ギャラクターでの認識番号を呼ばれ、
少年は飛び上がってかしこまった。
「案内しろ!」
 それは絶対の命令だった。
健のG1コマンドは、相手に一瞬で尊敬と畏怖を感じさせ、
ごく自然な服従心を抱かせる、天性のリーダーの声色である。
心から信頼出来る心地よい安心感を与え、戦士は命じられた自分の役割に
集中する事ができる。上下関係しかない世界で生きてきた少年であったが、
こんな巧みな声での「命令」を受けたのは、生まれて初めてだった。
 しかも、健は少年の嘘を、澄んだ洞察力で見破っていた。
「移送中に逃亡し、自分の元いた基地の位置は分からない」という嘘を。
友情がなかろうが、共に育った仲間は売れない。その心理は理解する。
そう言った上で、健は
「しかし今、俺の仲間が危機に陥っているのは、
 そこが紛れもなく、お前の居た場所だからだ。」
 と、言い放った。
少年ははっとする。脱走した自分から、連邦側に情報が流れる。
基地に科学忍者隊に備えた罠が準備されているのは、当然の事だった。


******* 17

GPは完全合体して出動した。
バードミサイルも火の鳥も使えないのは、特殊な反射板に覆われた
メカ内部に閉じ込められたせいだった。たとえGPを自爆させても、
地上に落下する敵メカをも粉砕できなければ意味がない。
不死鳥をむざむざ、無駄死にさせるわけにはいかなかった。

「ジュン!敵メカの主要部分に出来る限り爆薬を仕込め。
 地上に到達するまでに完全な破壊に至る様にだ。」
「ラジャ!」
「ジョー!バックアップだ!」
「ラジャー、援護する。」
「甚平、落下の誘導電波の、出来る限りの妨害だ。できるか?」
「ラジャー!兄貴っ」
「竜!進捗状況のモニター、脱出に備え待機だ!」
「留守番じゃな。分かっとるって」

 健の「指令」に応える、四人の「了解」の声。
少年は緊張し、上気して奮えた。それは完璧な自爆への準備だ。
しかし彼らの明朗な声色には、リーダーへの絶対の信頼が溢れていた。
自分達を呪縛から開放するため、健が敵基地へ、単身乗り込もうとしている事を、
彼らは知っている。 そしてその作戦の成功を信じている。

 健は複座戦闘機のナビシートに少年を乗せ、敵基地に向けて飛び立った。
必要な指示をすると、少年は飲み込みよく理解し、健が、計器飛行で機を飛ばすのに
充分なナビを務めた。しかし殆ど見えていない眼で、しかも迎え撃ってくる砲火の中で、
無事に着陸するのは不可能に近かった。
「お前も兵士なら、自分の面倒は自分でみろ。」
 少年が返答に詰まったのが判った。
・・・自分の事より俺の身を案じている・・・。
「これより敵基地に突入し作戦を遂行する。
目的は敵移動メカ内部に拿捕された、GPの奪回だ」
「ラ、ラジャ・・・」
 健の息の音がインカムから聴こえた。・・・笑ったのだ。
「聴こえないぞ!」
「ラジャー!」
カムフラージュされた基地が、射程に入るや否や、健は先制し、
そのままの角度で一直線に進入した。
装備ミサイルを全弾打ち込み活路を開くと、炎を裂いて、
健の機は半ば特攻のような突込みで、強引に着陸を敢行した。


 悔しいが、いつもより確実に、動作の移行は遅い。
バードスタイルの健より、少年の方が先に機体から飛び出していた。
「こっち!」
 走り出す少年の足音を追って、健も走る。
言われた通り少年は、一度も振り向かなかった。
曲がり角で止まる時、次の方向と距離を叫ぶ。
「Left・5」「Right・10」と。
そして、常に通路のセンターを、力一杯蹴って走り抜けた。
少年の後ろを走る白い戦士の、バイザーの下の双眸が視力を失っている事に、
敵は、誰一人気付かない。

 いつもなら瞬く間に敵を蹴散らす戦闘力は発揮できないが、
殺気を感じれば、逆にしとめる事が出来た。
 バードランは使えない。
健は、めったに使わない、羽根手裏剣を放った。
敵の掃射から、防弾効果のあるバードマントで少年を庇い、
小型手榴弾のみで道を切り開き、基地の奥へ進んだ。
 目的の部屋、コントロールルームへ辿り着くと、
敵から奪ったマシンガンで、弁慶のように入り口を死守し、
囚われのGPを、少年の手で開放させる事に成功した。


******* 18

「こちら、GP! 健! 敵メカからの、脱出に成功したぞい!」
 竜の、歓喜の声が、ブレスレットから伝わった。
次いで、ジョーのコマンドが聴こえる。
「竜、反転しろ! バードミサイルをぶち込んでやる!!」
 健の口元が上がって、フッと笑いがもれた。
「ジョー!構わん、思い切りやれ!!」
 健は、ジョーをあおった。
「欠片も墜とすな! そのまま、火の鳥で焼き払ってしまえ!」
 俺の分身、G1号機はGPに搭載されている。
炎の翼で舞う事は可能だ。応えたジョーの声は、笑っていなかった。
「待ってろ、健。すぐ片付けて行く!」
 自分を案じる響き、頼もしい、相棒の声。
「急いでくれ、そう長くは持たん。」
 ・・・健は、本音を言った。膝を付き、改めて自覚した苦痛に歯を食いしばる。
バードスタイルの身体は出血を伴う傷を負う事は殆どないが、健は数え切れないほど
被弾していた。普段なら考えられない事だ。身体のあちこちに、ピンポイントで強い
衝撃を受けた痛みが散らばっている。荒い息で、咽喉が焼けていた。
深い呼吸を反復し、気功法で痛みを鎮めてゆく。

 少年が、メカの爆破消滅を確認して、側に来た。
屈み込む気配に、健は顔をあげ、少年を見ようとした。が、視界は殆ど暗黒だった。
「暗いな・・・。」 
 低く笑い、呟く。
バイザー越しに自分を見ているのに、健の焦点は合わない。
少年は黙ってその健の目を見つめ、科学忍者隊のリーダーの、次のコマンドを待っていた。


******* 19

「そこまでだ。」
 小柄で一目で少年兵だと判る構成員たちが、取り囲んでいた。
その包囲網の外側には、いつもの数ばかりの雑魚どもが、連射銃を携えて固めている。
隊長らしい仮面の少年兵が呼びかけると、モニターにお馴染みの、
憎らしい山猫の仮面が映し出された。
 床に膝をついたG-1と、取り囲んだ部下達を一目見て、
紅い唇が裂けるように吊り上った。
「おぉ、でかしたぞ! おや、珍しい事だ。
ずいぶんお疲れのご様子だな、ガッチャマン。」
 紫の山猫は、独特の声色で嫌悪する笑い声を立てた。
その声に、少年が明らかに怯え、健の腕に両手でしがみ付く。
「今日は高みの見物か、カッツェ。
 尻尾を巻いて逃げ出す手間も要らないという訳だ。」
 カッツェに向かって不敵な言葉を切り返しながら、
健はマントの下で、少年の手に時限装置つきの爆薬を手渡した。
 それは健からの信頼の証だった。
手の震えが止まり、少年は凛と瞳を上げた。
 少年は、健の広い肩から広がる白い翼の影に隠れ、素早くタイマーを操作すると、
それをメインコントロールパネルの下部にセットした。

 5分だよ、健・・・。少年の囁き。 健は応えて顎を引いた。
タイミングよくGPのノーズが壁をぶち破ってくれればいいが。
健は、ゆらりと立ち上がると、音をさせてマントを背後に払った。
両手を下げて、全く自然体のゆっくりした歩行で歩み出る。
包囲網が一斉に二歩下がったのを見て、少年は感嘆した。
そして、山猫はモニターの中で怒り狂った。
「何をしている、殺せ!いや、捕らえろ!
 生け捕りにして、私の前に引っ張ってくるのだ!」
 健は舌打ちした。
この目が見えてさえいれば、絶好のチャンスだったろうに。
もう一歩前に出る。兵士は全員が、ダレかがGMの側に寄って
彼に縛めを与え、この恐ろしい戦士から白兵戦闘力を奪うのを
待っていた。ただ無能に銃を向けたまま・・・。


******* 20

 その時、少年が声を上げた。
「皆、逃げて!もう爆発する!」
「すぐに小型メカに分乗して脱出しないと間に合わないよ!!」
 健はやかましく喚き続ける山猫の、音声の発生源に向かって、残っていた手榴弾を
ありったけ投げつけた。一同が爆発にひるむ。腰を引いて、早くも逃げ出したのは、
大人の兵士ばかりだった。しかし、少年兵の包囲網は逆に、健に一歩迫った。
少年がさらに「逃げろ」と叫ぶと、隊長格のやや大柄な仮面が、
GMから少年に睨みつける視線を移し、言い放った。
「裏切り者!」
 少年は、その言葉に凍りついた。

「ち、がう・・・っ」
 少年は狼狽した。
・・・違う!ボクは・・・、自由になりたかっただけだ!
しかし結果として、基地と共に、仲間はまもなく絶命する。
突きつけられた現実に、少年は打ちのめされた。裏切り者・・・!
「一緒に逃げて!!」
 少年は、悲痛に叫んだ。

「貴様を逃がさない。ガッチャマン。その命、カッツェ様に捧げてもらう。
 貴様と心中できるなら、それだけで、俺達には生まれてきた意味がある。」
健は唇を噛んだ。自分の下に逃げてきた少年のように、正しく、広く、
世界を見ていない、この連中を説得するには、時間が、あまりにも短かすぎた。
・・・捕らえて連行する戦闘力も、今の自分にはない。

「無駄死にするな。」
 言えるのはそのくらいだ。健は少年に声をかけた。
「戦闘機まで走れ・・・」
 命令ではなく、説得だった。
少年が走ってくれなければ、健も移動が出来ない。しかし少年はまだ、
かつての仲間を見捨てる事が出来ずにいた。脱出してくれと呼びかけ続けた。

 ジョー、皆・・・。速く来てくれ。このままでは・・・。
ふいに意識が遠のいた。横から自分に銃を向けている少年兵が、
決意して狙いを定めたのに気付かなかった。

「先に死ね、ガッチャマン!」
 はっとして殺気の方角に振り向いた時、健は小柄な身体に
腰のあたりに体当たりされ、大きくバランスを崩した。
 銃声とほぼ同時に背後で爆発が起き、その衝撃で、健と少年は
もつれ合って床に転がった。 小さな誘爆が立て続けに起きる。
そして地下深くからも大きな爆発の衝撃がせり上がった。
自爆スイッチが入ったのだ。
兵士たちはちりじりになり、基地内はたちまちパニックに陥った。

 衝撃で転倒した少年兵のリーダーが飛び起き、銃を構えて、
倒れたままの健に近づく。その翼の下から、少年が身を起こし
「やめて・・」
と、囁いた。床に血が滴る。
至近から発射された弾丸は、少年の背から胸を貫いて抜け、
重なった健の鳩尾を打って止まった。
 健は硬く目を閉じたまま、微動もしない。

 爆発音が続く中、年かさの少年隊長がもう一度、
「裏切り者」
と、低く言った。少年の額に銃口を向けて。
見開かれた少年の大きな蒼い瞳に絶望の色が浮かんだ、その瞬間、
音もなく白い翼が閃いた。
隊長がひゅう、と息の音を吐いて鮮血の筋を引き、
のけぞってゆっくり倒れていったのを、少年は見つめた。
 力なく自分に被さっていたはずの健の逞しい体躯は、
初めから自分に体重をかけていなかった。
 そして半身を起こした健の右手には、翼を短刀の刃にした
シルバーブルーのブーメランが光っていた。


******* 21

「健・・・。よかった。無、事・・・」
 少年の身体から力が抜けた。
手探りで少年の身体を抱き起こす。背を抱いた左腕が生暖かい血糊で滑る。
激しい出血が匂いで判った。
 健は必死で少年の傷を、表情を見ようと目を凝らし、
痛みを忘れて、何度も瞬きを繰り返した。
しかし視界の暗黒はさらに増し、もはや漆黒の闇に覆われようとしている。
健は、硬く目を閉じ、もどかしそうに頭を振った。
 ブレスレットの通信装置は入ったままだ。
健は泣き出しそうな声で叫んだ。
「ジョー!何をしているんだ!」

 その瞬間、衝撃が襲い、健は咄嗟に少年の身体を抱きしめて翼で覆った。
頭上に、紅いGPのノーズが突き出したのだが、健の眼には見えない。
待ちかねたジョーの声は、ブレスレットではなく、天から降ってきた。
「待たせたな、健!無事か!?」
 すぐ側に身軽に飛び降りてきたジョーは、彼らを一目見るなり間髪を置かず、
健の腕から少年の身体を、奪うように抱き上げた。
「飛べるか?」
「ああ、」
返事はしたが、健はあらぬ方向を見て少年を抱いていた腕を、宙に浮かせている。
続いて飛び降りてきたジュンと甚平が、ジョーの目配せでさっと反応し、
健の左右に身を寄せた。健がはっとしたように立ち上がると、
次の瞬間、三つの翼が広がり、先に飛び上がった青い翼を追って
大きな不死鳥の機体の上へと、一つになって飛翔した。

 十数秒後、基地は大爆発と共に紅蓮の炎に包まれ、
何もかもを焼き尽くしていった。


******* 22

 震える睫が重そうに持ち上がって、少年が目を開けた。
青空のように綺麗に澄んで潤んだ瞳に、白い戦士が映る。
少年が、心底嬉しそうに浮かべた天使のような微笑は健の眼には見えない。
しかし、弱々しい声は耳に届いた。
「God・・・Phoenix・・・」
「そうだ、俺の席だ。」
「健・・・、ガッチャ・・マン・・・の。」
 少年の血塗れの体を、リクライニングさせたシートに安置し、
健はその側に屈み込んでいた。
甚平が、堪えきれずジュンにしがみ付き、
彼女も俯いてはらはらと真珠を零していた。
竜は鼻を啜りながら、操縦桿を握り締めて前方を見つめ、
ジョーは腕組みをして、自席でレーダーを見上げていた。
少年の容体が手遅れなのは、誰の目にも明らかだった。

「すまん・・・、一人も・・・救えなかった。」
 震える声で低く言い、健は俯いた。

 モニターの中で南部が黙って見つめている。
少年はその慈愛に満ちた視線に気付いて見上げると、
自分の血で汚れた手を、画面に向かって差し出した。
「ボクの・・・・・目を・・・ 」
 ・・・健に。少年はその名を声に出さず、
口元がゆっくり動いた。黙って頷いた南部に、安心したように、幸せそうに、
少年は微笑んだ。その笑顔はあまりにも、健の幼い頃に似ていた。
そうまるで生き写しのように。・・・南部の、眼鏡の奥の瞳も潤んでいた。
科学者の冷静な判断思考と、父性の愛情。
死の淵にいる幼い戦士の命が、自分にとって何よりも大切な存在を救ってくれる。
 憐憫と歓喜の狭間で、南部の視界も霞み、心は揺れていた。

「健・・・。」
 精一杯力をこめて呼びかけた少年の声に、健は顔を上げた。
「いいんだ。みんな、自分で選んだ、道、なんだから。」
 健の見えない青い双眸に、涙が溢れ、頬を伝っていった。
泣くと、酷く痛んだが、健は感情を制しきれなかった。

「科学忍者隊は・・・いい、なぁ・・・」
 少年は初めて逢った日から変わらない、
憧れを追う、煌く瞳で 健を見ていた。
「正義の・・戦い・・・だもの・・・。
 人の命を・・・奪うんじゃ、ない・・・
 ・・・救う、ためなんだ・・・・ね、・・・健。」
 健は堪えきれず俯いたが、顔をあげ、強く頷いて見せた。
 ジュンが涙声で呼びかけ、甚平が声を重ねた。
「貴方も同じよ、一緒に戦ったわ。」
「そうだよ。仲間だ。これからは友達だ!」
 竜も涙で掠れる声で叫んだ。
「そうじゃい!科学忍者隊のメンバーじゃ!」
 眉間に辛そうな皺を刻んでいたジョーが、
ふっと笑って目を閉じ、レーダーを見上げていた顎をひいた。

健は、少年の耳に囁くように言った。
「・・・G−7号だ」
 少年は、花がほころぶような笑顔になった。
深い湖の様な瞳から、青い色を写した煌く雫が一粒こぼれる。
「・・・・今度・・・生まれるとき・・・・・きっ、と・・・」
 少年の手が、健の白い翼を撫でて落ちた。

「・・・!」
 健は叫んだ。掠れて音にならない声で。
出逢ってから、初めて、少年のその名を。


******* 23

 数週間後、訓練室に、黙々と汗を流す健がいた。
手術と、伴う休養で落ちた、体力と勘を取り戻すため、
そして体技と五感を、より磨き上げるために。

 自分と同等の戦士の気配に、健は振り向いた。
凛々しく見開いた空の色の瞳に、相棒の姿が映る。
「ジョー」
 口の端を上げてシニカルに笑ってみせる相棒は、暖かく優しい目をしている。
「・・・相手をしてくれるか?」
 そのつもりで来たのは、明らかだった。
「速く復帰してもらわないと、困るからな。 リーダーの役は面倒なんだ。」

 ジョーは健の、澄み切った青い瞳の、その奥を見つめた。
・・・お前の名、俺も忘れないぜ。
お前の瞳が、俺の相棒を生まれ変わらせてくれた。

「いくぜ!」
七色の閃光が煌き、白い翼と青い翼が宙に舞い上がった。
二つの翼は、一歩も引かぬ擬似戦闘に火花を散らせる。
空気を切り裂いて素速く、炎が上がるように激しく、
そして円舞の様に美しく、二人はシンクロし、
戦いを、舞い続ける。

 忘れない。俺の白い翼に憧れていたお前を。
一時でも俺の翼から、忌まわしい血の匂いを
消し去ってくれた、お前の想いを。
お前の生きた証は、この俺の中にある。
俺の見る世界を、未来を、見届けてくれ、共に。

戦い続ける。俺には他に生きる道はない。
何の疑いもなく正義の味方でいられた頃には戻れない。
けれど、お前の真摯な想いは、思い出させてくれた。

それが俺だけに与えられた、かけがえのない生き方だと。

- THE END -


*******************
信念と誇りを持って、自らの道を歩む 
 勇気ある全ての方々に、尊敬を込めて。
  未来への願いと祈りを託す。
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Special Thanks  鷲尾さゆり様

  心よりの感謝と、敬愛と友情を込めて。

2004年1月吉日
By Phantom.G



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