Grappa

by 廖化



「くっそう・・!」
 トレーラーハウスのベッドに腰をかけ誰に言うでもなく吐き捨てると、俺は缶ビールを
一本、一気に飲みきって二本目を開けた。自分でもよくわからない焦燥感が身の内でくす
ぶっていた。その原因は今日の任務中の出来事にあった。


 南部博士の「調査せよ。」と言う命令に反して深入りした竜とそれを追った甚平がギャ
ラクターの手に落ちたのだ。二人が奴らの潜水艦に捕らわれたと甚平との通信で知った
時、俺はゴッドフェニックスの操縦席から隣の健を見た。
「だらしねぇなぁ、二人とも。さっさと位置を探って救ってやろうぜ。」
 甚平の通信電波から発信地点を割り出し、潜水艦の航行位置を確認するのは難しいこと
ではない。健もすぐジュンにその作業を行うように指示を出した。
「ただし二人の救出は後だ。今はこのまま連れて行かせる。」
 健の言葉に え?と不審げな顔をしたジュンと俺に健は重ねて言った。
「南部博士が推測したようにシュガーレがギャラクターの本拠地に輸送されるのであれ
ば、下手に手出しをしないほうがいい。」
「そりゃぁ そうだろうけどよ・・」
 しかし俺はそれ以上何も言えなかった。科学忍者隊の最終目的がギャラクター本部の発
見と制圧である以上、健の判断は正しい。本部発見の可能性があるのならば、それが最優
先されることは当然なのだ。
「でも・・」
 さすがにジュンの声が震えた。
「もし二人を助け出せなかったら?」
「その時は、その時だ。」
 幾分の苦渋をにじませながらも健はそう言い切った。
 結局 潜水艦が向かっていたのは奴らの補給基地で、俺達はそこで竜と甚平を救出する
ことが出来たのだが・・。

 俺は以前、任務の中で健に対し「お前は甘い。」と言ったことがあった。だが、今はど
うだ?今日のことを考えてみたって状況把握が甘いのは俺の方じゃないか。健は戦いの中
で徐々に指揮官として事態の本質を見極める目を持つようになった。ところが俺といえば
相変わらず私情に走ってばかりで、大局を見るってことが出来やしない。奴らに私情を抱
えているのは健も同じなのに、あいつはそれを押し殺してでも任務を遂行する術を身に付
けている。それなのに俺は・・。これじゃぁあいつを補佐する立場にありながら余りにも
情けないじゃないか。
 ・・ここで俺は急に ああ、と得心がいった。俺はこんなだらしねぇ自分自身にムカっ
腹を立てていたってわけだ。
 缶に残っていたビールをあおって飲み干し、三本目に手を伸ばした時だった。
 聞き慣れたバイクの排気音が近付いて来やがった。
 あいつだ。
 俺は一人で飲んでいたかったのだが来ちまったものはしょうがねぇ。
 控えめなノックの音に俺は思いっきり不機嫌な顔でドアを開けた。そこにはやはり街灯
の弱い光に照らされたあいつが立っていた。
「急に来て済まない。みんなの顔が見たくてJに行ったんだが、お前だけいなかったか
ら・・」
 言い訳のように話す健の口元に俺はそっと眉を顰めた。以前、仲間を見捨てた、と自暴
に走ったときと同じ表情だったからだ。やはり昼間のことが響いているのだろう。顎で入
るように促すと健はベッドの今まで俺が座っていた場所に腰を下ろし、そこにあったビー
ルの空き缶を手にした。
「へぇ、お前にしてはかわいいものを飲んでいるじゃないか。なぁ、もっと強い酒はない
のか?」
 ねだるように見上げてくるヤツの瞳に荒んだものを見い出し、おれのツラが更に渋くな
る。
 昼間のことは適切な判断だったと俺も思う。だが二人を見捨てかけたという事実に変わ
りは無い。健はそのことで自分を責めているのだろう。
『・・間違いではない。しかし・・』
 それは指揮官である健だけが知る重圧なのだ。その重圧にたえているうちに胸の内に溜
まった澱をアルコールで流してしまいたい、ということなのだろう。しかし俺達は潰れる
まで飲むわけにはいかない。いつまた‘お呼び出し’が掛かるか、わからないからだ。(俺
が‘かわいいもの’で我慢していたのもそれが理由だ。)だから飲むにしても酒場ではな
く同じ立場の俺のところに来たってわけだ。俺を対深酒監視人に選んだというのであれ
ば、よぅし、付き合ってやろうじゃねぇか。
 しかし、ただ酒を飲もうという態度には意地悪の一つも言いたくなる。
「飲みたきゃ、自分で買って来いよ。」
「でも俺には売ってくれないだろう?」
 このユートランドの街は自由奔放な反面、厳しいところもある。スーパー、コンビニ、
商店では未成年へのアルコール類の販売は決してしない。年の割りに幼い顔立ちの健は、
酒を買おうとしては たびたびレジで年齢のチェックを受けていた。
「免許証を出せばすむ事だろうが。」
「それも面倒くさいしな。」
 ・・さては、金が無いんだな、こいつ・・
 俺は戸棚の奥から秘蔵の酒を取り出した。
「これは?」
「グラッパ、といって俺の国の酒だ。ワインを造るときに出た搾りかすを蒸留したもの
で、アルコール度数は約40。」
 透明な液体をグラスに注いで手渡すと 健はそっと口をつけた。
「・・うん。うまいな。」
 当たり前だ。原料が搾りかすとはいえ人気のワインのものから造られたグラッパは地元
でも貴重品で、なかなか手に入る物ではないのだ。
「何か、つまみは無いのか?」
 おい、食い物まで出せってか?酒はともかくつまみは売ってもらえるだろうに。ああ、そ
うか、金が無いんだったけ。
「ナッツとチーズと、そうだ、竜が実家から沢山送ってきたからって分けてくれたカラ
マーロを干したやつがある。ええと、なんて言ったっけ?・・ゲゾラ?」
 俺の言葉に ん?と眉を寄せた健はすぐにあきれた口調で言った。
「それを言うなら スルメだ・・!」

 それから。健は特に話をするでもなく黙々とグラスを干し続けた。
「おい、いい酒なんだ。もっと味わって飲めよ。」
 空いたグラスを満たしてやりながらもピッチの早い飲み方に、セーブするように声をか
けた。
「ああ。」
 健は時折、何か言いたそうに口を開きかけ、視線を俺に向けるものの「ん?」と促すと
「いや・・」と すぐに下を向いてしまう。
 やがて日付が変わりそろそろストップのかけ時かと思った矢先、健はパタリとベッドに
倒れこんだ。
 飲ませすぎたか?!
 慌てて顔を覗き込み
「大丈夫か?」
 と声をかけると健は大きく目を見開いた。酔いを感じさせない青い瞳が俺を映した。更
に健はこちらへと手を差し伸べてくると俺の頬に触れた。
「お前、ここにいるよな?」
 存在を確認するかのようにヤツの指が俺の輪郭をなぞった。
「ああ。」
「ジュンも、甚平も、竜も。」
「ああ、誰も欠けちゃぁいねぇ。お前も入れて五人、ちゃんといるぜ。」
 すると健は穏やかに、でも鮮やかな、雲間から現れたお天道様のような笑顔を浮かべ
た。
「そうだな。五人、そろっているよな。」
 そして笑顔のまま目を閉じると、間もなく寝息を立て始めた。
 どうやら吹っ切れたようだな・・。俺は安堵のため息をついた。この様子なら明日にな
ればいつもの闊達な健に戻っているだろう。
 俺は散らかった空き缶やら何やらを片付けると、健の静かに上下する肩まで毛布をか
け、その枕元に座り込んだ。無邪気な顔をして眠り込んでいる健の、少し赤く染まった頬
を指先でそっとつついてみる。
 この酒も売ってもらえない童顔の坊やが、悪逆非道のギャラクターにさえ恐れられる天
下無敵の、そして俺達にとっては唯一無二のチームリーダー、ガッチャマンだ。
 ギャラクターとの戦いが始まってもうどのくらい、たったんだっけな。
 今日までは運良くみんな無事だったが 次もそうとは限らない。
 任務となれば俺たち四人の命は健の手中にある。任務遂行のために駒の一つとしてどう
使われようと文句をつける筋合いは無い。そう、たとえ今日のように切り捨てられる事に
なろうとも、だ。
 ・・だけどな。俺個人としてわがまま承知で言わせてもらえるんなら・・
 俺はさっき健がしたように指でヤツの頬をなぞった。
 俺に対してその命令を下すときは −−その場に俺がいてもいなくてもーー決断に至る
までにあっただろう戸惑いも、ためらいも全て隠して敢然と号令してくれ。お前にきっぱ
り引導渡されりゃ さっさと諦めもつくってもんだぜ。
 でも、その後にお前はまたこうして悩むのだろうな。
 お前は人には何だかんだと説教垂れるくせに、自分のこととなると弱音も吐かず、グチ
もこぼさねぇで みんな自分のなかに抱え込んじまう。それでもお前は今日のように辛い
事をひとつひとつ乗り越えては、また強く逞しくなっていく。そんな頼れる確固たるリー
ダーの姿には、そう在らねばならない立場故の痛々しさってやつもつきまとっていて、俺
はなんだか切なくなる。
 ・・酒くらい黙って飲ませてやるか・・
 ともかく今夜はよく眠るといい。
 カーテンを引こうと顔を上げると窓の外の街灯が煙っていた。霧雨が降ってきたらしい。
 俺は健のバイクにシートを掛けようと立ち上がった。

 健はグラッパを気に入ったようだった。また、なんとかして手に入れておこう。
今度はみんなで笑い合えるときに飲もう。誰かの誕生日だとか、クリスマスだとか、お前
の " ツケ " 完済祝いだとか・・

 けれど。
 その後、死神の影に追い詰められた俺は 最後まで自分の想いのままに突っ走ってし
まって・・

「コンドルのジョーはここに残し、全員、ギャラクター本部に突入する。」
 深い霧の中に響いた健の声。


 それは 俺が望んだ通りの毅然としたコマンドだった。
 
 
 
   終


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