Grappa−蛇足ー

by 廖化




「ああ、よく寝たぁ」
 翌朝、健はのびやかな一声と共に目を覚ました。
 おそらく ひとつのびをして おそらく くしゃくしゃになった髪をかき上げてベッド
を出たのだろう。
 その足で簡易キッチンでコーヒーを煎れていた俺の所へやってきた。
「昨夜は迷惑をかけてしまったな。」
 声の様子からすると おそらく少し照れた笑いを浮かべているのだろう。
‘おそらく’というのは俺がずっと手元を見つめていて 健の方を見ていないからだ。
「気にすることはねぇさ。・・コーヒー、飲むか?」
 おれは健の方へ向き直ったものの視線をあまり上げずにカップを差し出した。
「あ、サンキュ。」
 健はカップを受け取り口へと運んだらしいが 俺がまともに顔を合わせていないことに
気付いたのだろう。声が改まった。
「俺、記憶を無くすほど飲んだつもりは無かったんだが、何かお前が不快な思いをするよ
うなことをしてしまったのか?」
 
 ドキリ、と俺の心臓が大きな音をたてた。
 昨夜、何かしてしまったのは俺の方だったからだ。
 
 健の穏やかな寝顔を見ているうちに俺の中に‘ある思い’が湧き上がってきた。
  それをやっちゃぁ いくらなんでもヤバいだろう と自制する心と
  あれだけ飲んだんだ、起きやしねぇ。千載一遇のチャンスだ、やっちまえ
  と煽る心とが しばしせめぎあった後
「よし。」
 俺は自分の感情に素直に従うことにして健の頬に手をのばした。
 俺は健のふっくらとした頬がどの位のびるものなのか、という極めて子供じみた疑問を
どうしても解決したくなったのだ。
 で。健の頬を両手でつまんで引っ張ってみた。
‘ほぅ、このくらいか’
 今思えばここで満足してやめておけばよかったのだが・・。
 
 健が少しも表情を変えないことに悪乗りした俺は 今度は健の顔で百面相を始めてし
まった。
  眉を上げたり下げたり
  目じりを上げたり下げたり
  口元をあげたり下げたり
  更にこれらのコンビネーション技!
 これはかなり強烈に俺を笑わせてくれた。
 だから今も健を見るとこの時のヤツの顔を思い出してしまって・・

 緩みそうになる口元を引き締める努力をする俺の隣で健が言った。
「よほど大切な酒だったんだな。悪かった。ほとんど俺が飲んでしまって。」
 チラリと視界の隅に入った健は心底すまん、という顔をしていた。
 生真面目な今の顔と 昨夜のいたずらで見た表情との差が大きければ大きいほど 笑い
がこみ上げてきて噴き出しそうになる。
 もし笑い出したら健はその理由を尋ねてくるだろう。
「なぁんだ。」と一緒に笑ってくれれば有り難い。
「全く何やってんだ、おまえは。」とあきれられてもいい。
 だが「・・何だって・・!?」と怒り出したとしたら?
 それは考えただけでも恐ろしい。マジに怒った健は本当に怖いのだ。
‘何でもねぇ’とシラを切り通せればいいのだが 真剣に追求してくるであろうガッチャ
マンの瞳に俺は抵抗できるだろうか。
‘笑うな、笑うんじゃねぇぞ。’俺は自分自身に言いきかせた。
 しかし焦れば焦るほど昨夜の健のあらゆる表情がフラッシュバックのごとく脳裡に甦っ
てくる。
 同時に笑いが喉元までこみ上げてきて俺は思わず口に手を当てた。
 すると うつむいて必死に笑いをこらえている俺の震える肩に手を添えて
「どうした、気分が悪いのか?」
 と心配顔の健がのぞきこんできた。
 駄目だ、もう我慢できねぇ!

 ・・ジーザス!・・

 あとは野となれ、山となれ。



 終


 


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