Joe's Garden

by 廖化




(1)

 ユートランドシティ郊外、海辺に建つ赤い屋根の南部邸。その庭に一年を通して花が咲
きあふれている一角があった。しかしその花々はいつ頃から植えられるようになったのだ
ろう。幼な子の頃からこちらを訪れていた健であったが 以前はその花壇は無かったと記
憶している。健の母親が病状の悪化に伴い入院が長期化し、この家で生活するようになっ
た時 健は南部にそのことを尋ねてみた。すると南部は『あそこは“ジョーの庭”なのだ
よ。』と穏やかに笑った。
 秋にこの屋敷に連れて来られたジョーが 心身のダメージを乗り越え春を迎えたときに
『庭に花の種を蒔いてもいいだろうか?』と控えめに しかし真摯な瞳で南部に切り出し
た。そういえば、と南部はジョーの故郷の景色を思い浮かべた。そこはホテルも一般家庭
の庭や窓辺も 色とりどりの花で満たされていた。更にそれらが特徴ある空と海の青と合
いまって印象的な風景となっていた。それと比べるとこの家の庭は整然と手入れされ、ミ
モザやライラックのなどの花をつける木が何本かあるものの ジョーの故郷から感じられ
た生命力あふれる力強さや華やかさには欠けていた。草花を育てることで故郷を離れた彼
の寂しさが少しでも慰められるのならば、そして何より彼が示した初めての要求に答えた
いと南部は思った。
『庭師に相談してみるといい。』
 南部の返事にジョーは硬かった表情を緩めると意を決したようにその傍らに寄り
『Grazie』と南部の頬にキスをして走り出していった。『あれがジョーからもらった唯一
のキスなんだが、ま、こうしてジョーの手で季節ごとに花が増え今の姿になったのだよ』
と南部は健に話してくれた。
 緑一色の庭でそこだけが色であふれている。健が母親の見舞いに行くときには ジョー
はその時々の盛りの花で小さな花束を作っては健に差し出してくれた。その花束を見て母
は『今はこの花の季節なのね。』と喜んでいたし 健も普段はぶっきらぼうに振舞って見
せているジョーの心使いが嬉しかった。
 ジョーはこまめに雑草を抜き肥料をほどこすなど 熱心に庭の手入れをしていたが、そ
の時の彼の表情は穏やかに和んでいる時もあれば 反対にとても険しい時もあった。喧嘩
をした後に膝を抱えて花に埋もれていることや、姿が見えないので探してみると花の中に
ぽつねんとたたずんでいることもあった。ジョーのための特別な空間、という意味も含め
てここは“ジョーの庭”なのだろう。独立し屋敷を出てからも 時折訪れては世話をして
いるらしい。今も晩夏から初秋の花々が風に揺られて咲き誇っている。


 ゴッドフェニックスは夜の闇の中を全速力で飛んでいた。いつもよりやや照明を落とし
た操縦室にはエンジン音だけが低く響いている。竜が真正面を見据えて操縦桿を握り、健
は閉眼して腕を組みシートに身を預けていた。後方でジュンと甚平はパネルに伏して仮眠
をとっている。そして、レーダーの前の席は空席だった。


 ゴッドフェニックスは その空席の主を探すためにBC島へと向かっていた。


(2)

「『でも博士には言わないでくれ、知ったら博士は反対するだろうし心配かけるから』っ
て。」
 三日月珊瑚礁でジョーの不在を知った南部や忍者隊の面々に問い詰められた甚平の言葉
に南部は眉を顰めた。その隣で竜が甚平に迫った。
「よぅわからんのう。博士は心配するけどおら達は心配しないってことかぁ?ブレスレッ
トの通信切っちまって何処にいるかもわからんのに 心配するなと言うほうが無理じゃろ
うに。」
「おいらはジョーが言ったことをそのまま伝えているだけだからね!」
「そーゆーのは逆ギレっちゅうんじゃ!」
 竜は甚平をつかまえると尻を叩く真似をした。その時、考え込んでいた南部がはっと顔
を上げた。
「そうか・・、甚平、ジョーはBC島へ行ったのだな?」
「BC島?」
 甚平が竜の太い腕の間から顔をのぞかせた。
「行き先までは聞かなかった。ただ、『墓参りに行ってくる、二親亡くしてから一度も
行っていないから、それが済めばすぐにもどる。』って。」
「御両親の墓参?」
 ジュンが小首を傾げた。
「ちょっと唐突な気もするけれど。」
 その場にいた者は皆ジュンと同様の印象を受けた。あれだけ両親を慕い、その復讐を口
にするジョーが今まで墓参に行った事が無かったという事実も意外であったしそれを何故
今という思いがあった。
「んで、どうして博士はジョーの墓参に反対するんですかいの?」
 南部が硬い表情で椅子に腰を下ろした。
「墓参に反対していたわけではない。しかし墓がある故郷に帰ることを禁じていたのだか
ら同じ事か。」
「どうして?帰っちゃいけない、だなんて。」
 竜の腕から解放された甚平が南部のデスクに寄ってきた。南部は深い息をつくと四人を
見回した。
「君達はジョーの両親がギャラクターによって命を奪われたことは承知しているね?」
 四人は各々うなずいた。
「それが丁度十年前の今日のことだ。」
「まぁ・・、では今日はジョーの御両親の命日なのですね。」
 南部は視線をデスクに落とした。
「そして同時にジョーの命日でもあるのだ。彼の故郷には両親とともに彼の墓もあるはず
だ。」
「今日が命日で墓もあるって、じゃ、おいら達が知っているジョーは幽霊?」
「もう、甚平ったら、そんなはずないでしょ。きちんと博士の話を聞きなさい。」
 四人の視線に促されて南部は話し出した。
「ジョーの故郷はBC島という南EU圏にある島だ。十年前私は学会の帰りに立ち寄ったその
島で ジョーの両親の殺害現場に行き合わせた。二人は銃で撃たれていてほぼ即死、
ジョーも爆発物で地面に叩きつけられて重症を負っていた。島の医師が不在であったので
 私は島の診療所を借りてジョーの両親の検死とジョーの手当てをした。そこへ島の神父
が来て事件の背景を話してくれた。それによるとジョーの父親はこの島の顔役であったが
“ギャラクター”なる組織に反抗したために暗殺されたというのだ。更にここでジョーが
助かっても見せしめのために再び命を狙われることになる、できれば彼を島外に出したい
ので手を貸して欲しい、と頼まれた。そこで神父と相談してジョーも両親と共に死亡した
ことにして その夜のうちに神父の手配でジョーと共に島を出たのだ。」
 ジョーが両親を亡くして南部に引き取られたことは皆知っていたが 具体的な経緯を聞
いたのはこれが初めてであった。部屋を覆った重い沈黙を破って南部が続けた。
「しかしジョーにも故郷に帰してやれない理由を話して、彼も納得してくれているものと
思っていた。十年たった今、どうして急に帰る気になったのだろう。・・・直接両親に伝
えたいことが生じたのだろうか・・?」
 するとずっと無言だった健が口を開いた。
「俺に心当たりがあります。」
 皆の目が健に移った。
「本当はギャラクターとの戦いが終わった後に ジョーから実はこんなこともあったのだ
と話してもらえれば一番よかったと思うのですが。」
 そう前置きして健は先日、ジョーとマリンサタン号でマリアン海溝に潜った時のことを
話し始めた。

「・・・というような経過で俺達が連行された海底空母はバラストを壊してやったら大爆
発を起こし その炎の中でジョーは封印していた記憶を取り戻したのです。暗殺者が
ジョーに言った言葉だそうです。『ギャラクターの裏切り者はこうなるのだ。恨みたけれ
ばギャラクターを裏切ったお前の親を恨むがいい。』と。」
 がたり、と音がした。蒼白になった南部が席を立ったのだ。
「ジョーの親はギャラクターの人間だった、というのか?」
「まさか、そんなことが・・?」
 ジュンが唇を震わせた。甚平は困惑の表情を浮かべている。竜が大きなため息をつい
た。
「むごいのう、今まで倒す事が目標だったギャラクターが身内だったなんてよ。」
 南部が焦りの色を浮かべた。
「いかん、ジョーの両親の暗殺がギャラクターを裏切ってのものならば 奴らはなおさら
執拗にジョーの抹殺を謀るだろう。」
「でもよう、博士。」
 竜が言った。
「十年前といったらジョーだってまだ子供じゃ。今ジョーが島を歩いていてもあいつがそ
の事件の子供だとわかる人はいないと思うんじゃが?」
「確かに当時のジョーと今の彼を結びつけることは難しいだろう。しかしジョーは成長す
るにつれて父親に似てきた。検死をしただけの私でもそう思うのだ。もしかすると声や仕
草も似ているのかもしれない。だからジョーの父親を知る者が今のジョーを見ればすぐに
 彼がジュゼッペ・アサクラの息子、ジョージ・アサクラだと気付くだろう。」
「ジョージ・アサクラ?」
 甚平が初めて聞く名を反復した。
「それがジョーの本名だ。しかしあの子は島を出てからその名を公には使っていないはず
だ。どこでギャラクターの耳に入るかわからんからな。」
 そこまで話して南部は再び甚平を見た。
「甚平、ジョーはいつ発った?」
「きのうの昼過ぎ。エアポート行きのバス乗り場で偶然会ったんだ。」
「ではもうBC島に着いているだろう。早く連れ戻さなくては。」
 戸口へ向かう南部を健が呼び止めた。
「博士、俺達が行きます。G2号機はゴッドフェニックスに格納されていますから すぐ発
進できます。」
「いや、それは出来ない。」
「どうしてです?」
 健が強い口調で南部に迫った。
「BC島は現在は島全域がギャラクターの組織に組み込まれているのでしょう?島民全員を
敵にまわすとなると いくらジョーでもいつまで身を守れるかわかりません。早く出動の
許可を出してください。」
 それでも南部は苦悩の表情を浮かべたまま首を縦には振らなかった。見かねた竜が南部
の苦しい胸のうちを代弁した。
「私事でゴッドフェニックスは飛ばせない、っちゅうことなんじゃろう?」
 竜の言葉に健の語気が更に強まった。
「しかし このままではジョーが・・!」
「ねぇねぇ、そんなに堅苦しく考えなくてもさぁ。」
 甚平が南部を見上げた。
「BC島にギャラクターが巣食っていることは確かなんだから そこにパトロールに行くっ
てことでいいんじゃないの?」
「そうよ、甚平の言う通りだわ。」
「博士!」
 ジュンと健が南部を促した。
「君達、行ってくれるか?」
 健が姿勢を正した。
「科学忍者隊は これよりギャラクターの人員養成、及び物資供給拠点と思われるBC島周
辺のパトロールに出動します。」
 走り出した健を ジュン、竜、甚平が追った。部屋を出る間際、甚平が振り返った。
「博士、五人で帰ってくるからね!」
 部屋に一人残された南部は窓辺へと歩み寄った。ゴッドフェニックスが格納庫から発進
し海面へと昇っていく。
「頼む。間に合ってくれ。」
 ゴッドフェニックスが海上へと飛び立ち、泡だった海水が元の状態に戻ってもなお 南
部は窓際に佇んでいた。


(3)

「ジュン、BC島の地図を頼む。」
「ラジャー。」
 ゴッドフェニックス操縦室、メインスクリーンの右上部にユーラシア大陸西南部の地形
が映し出され 徐々にひとつの島へとズームアップしていく。ジュンがパネルを操作する
と島の道路や主要施設が示された地図が現れた。
「島の周囲約100km、車で3時間もあれば一周できる大きさで 古代史跡の観光地と
して有名な他、果樹の栽培が盛んな土地のようね。」
「ジョーは飛行機を使ったようだが、この島に空港は無いな。」
「おそらく本土まで飛んであとは船ね。ここ、島の北岸に港があるわ。」
 健は地図上で墓地を探した。標高200m、丘か小山の上に共同墓地があった。港から
は約5km、港との往復の間にジョーが“ジョージ”だと周囲に気付かれなければ何の問
題も無いのだが・・。
「このあたりをゴッドフェニックスで飛ぶとね。」
 ジュンがポツリと言った。
「ジョーはレーダーではなくてスクリーンを見つめていたわ。上空からのごく小さな点で
しかなくても 一目でいいから故郷を見たかったのでしょうね。」
 甚平がそっと後ろの空席を振り返った。ジョーは故郷の文化や習慣を大切にしているし
誇りに思っていることも皆が感じている。大好きな故郷にどんなにか帰りたかっただろう
に帰ることができなかったジョー。甚平は自分が故郷を知らないことを寂しく思っている
が ジョーも同じくらいに寂しく辛かったのだろうな、と思うと胸が痛んだ。
 操縦室前方では計器の設定をしている竜に健が問いかけた。
「BC島まで全速力でどの位かかる?」
「偏西風に逆らうコースになるから少し時間を食う。2時間・・半、というところじゃ
な。」
「2時間半か、少しあるな。よし、順番に仮眠をとろう。BC島への到着は現地時間で未明
になる。」

長い闘病生活の末、健の母親は亡くなった。墓参りに行く健にジョーは変わらず花を切っ
てくれた。
『そういえば ジョーは?お父さんやお母さんの墓参りには行かないのか?』
『ああ。』
『墓はどこにあるんだ?』
『・・・遠いんだ。』
 まだかすかに異国のアクセント残るジョーの返事だった。行きたくても子供一人では行
けるところではないのだろう。
『あのさ!』
 思わず健は大声を出していた。
『墓まで行かなくても自分が気付いたときに祈ればいいんだって。その人のことを想えば
それで十分供養になるって聞いたことがあるんだ。だからジョーも墓参りはできなくて
も・・!』
 熱く話し出していた健にジョーは薄く笑った。
『わかった。ありがと。さ、早く行けよ。』
  ただ遠いから行けないのだと思っていた。まさかギャラクター絡みの暗殺事件で それ
故 故郷に足を踏み入れることも許されない状況だったとは知らなかった。足繁く母親の
墓へ赴く自分の後姿をジョーはどんな思いで見送っていたのだろう。
  黙念する健の隣で 竜が計器の上に頬杖をついた。
「あいつも つくづく重い物を背負うヤツなんじゃな。突然親と故郷を失って、帰国も墓
参もできないなんてよ。その上ギャラクターの血筋ときては、あのくらいのひねくれ方で
済んでマシな方なんじゃろうな。」
 竜独特の毒舌だが 悪意が無いことは健にもよくわかっていた。
「俺も親父が死んでから ジョーのいらだちがわかるようになったよ。突然、親父の事が
頭に浮んで 胸が熱くなって 体中に怒りと憎しみが広がっていくんだ。こいつは抑え込
もうとしても苦しいだけで どうにもならなくてな。ジョーがよく一人でいることがあっ
たのも この感情を鎮めるためだったのだろう、と今は思っている。」
 そう、あの庭にたたずんでいたのも きっと・・・。
「おらには そこんとこはよくわからん。けどよ、あいつがしごく真面目に生きているっ
てことは わかっとるつもりじゃ。」
「それで十分だと思うよ。」
 その時
「ああっ。」
 突然 仮眠をとっていた甚平の上げた声に二人の会話は中断された。跳ね起きた甚平は
蒼白な顔で肩で息をついていた。
「なぁに、甚平、また寝ぼけたの?」
 ジュンもゆっくりとからだを起こした。甚平は席を立つと健の元へ走って来た。
「ね、兄貴、ジョーは帰ってくるよね? おいら達のところへ帰ってくるよね?」
 迫るような瞳の色だった。
「今、夢を見たんだ。ギャラクターと戦っていたんだけど奴らの中にジョーがいたん
だ。」
「バカな事を言うもんじゃないぞぃ!」
 竜が声を荒らげた。
「そんなもんはただの夢じゃ。」
「わかってるよ。でもさ、故郷で昔の友人に会って戻って来いと誘われて・・、もちろ
ん、ジョーが承知するわけないけれど、話に乗ったふりをして一人で奴らの中に潜入す
るってことも考えられない?」
 甚平の不安も最もだ。ジョーならやりかねないだろう。だが。健は甚平の緊張を解くよ
うに彼の肩に手を置いた。
「ジョーはお前に言ったのだろう?すぐ帰る、と。」
「うん。もう帰りのエア・チケットも用意してあるような口ぶりだった。」
「それなら帰ってくるさ。あいつがそう言ったのならば必ず。」
「ね、甚平。」
 ジュンが微笑みかけた。
「ジョーがあなたにうそを言ったことがあった?」
「ううん。」
 耳の痛いことをきつい言葉で言われることはよくある。でも、うそは無い。健が甚平の
目を見た。
「ジョーは、自分がギャラクターの血筋と知って苦しんでいた。いろいろ考え悩んだとも
思う。自分が忍者隊にいることに疑問を持ったかもしれない。だが、俺はジョーが在るべ
き所は間違いなくここだと思っている。俺達がジョーを信じてやらなければ それこそあ
いつは行き場を無くしてしまう。」
「わかったよ、兄貴。」
 甚平の瞳がひとなつこい彼の色に戻った。
「だからおいら達、ジョーを迎えに行くんだよね。ジョーが迷子にならないように。」
「そうだ。」
 健は大きくうなずいた。


(4)

 浮上を始めたマリンサタン号の中で 健は茫然とした目で宙を見つめているジョーがその
まま消えてしまいそうな錯覚に陥り 思わずジョーの腕をつかんでいた。
「いいか、お前は科学忍者隊G2号コンドルのジョーだからな。」
 血筋がなんだ、どこにも行くな、ここに、俺達の側にいるんだ。そんな想いもこめた自
分の言葉をジョーもわかってくれた、そう思っていた。しかしここにいる以上、ジョーは
“ジョージ・アサクラ”であった自分を切り捨てなければならない。それは、たとえギャ
ラクターの庇護下にあったとはいえ 故郷で両親に愛され育まれた日々を否定することに
もつながる。
 “コンドルのジョー”と“ジョージ・アサクラ”と。
 二つの名前の間でジョーは揺れたのだろう。結果、“コンドルのジョー”であることを
選んだ彼は 両親と自分の墓を実際に目にすることで自分の中の“ジョージ”と決別する
つもりなのだ。己の半身との別れのために今日のこの日を選び 危険を承知の上で故郷に
向かったジョーの胸の内を思うと 健はいたたまれなかった。
 健はジョーをBC島へ向かわせたのは自分なのだと自責していた。1万メートルの深海で
海底空母の爆発に巻き込まれた時、封印された記憶を取り戻す事に拒否反応を示し炎にお
びえるジョーを健は無理やり炎と対峙させた。そこで甦った事実が今回のジョーの行動へ
とつながったからだ。とはいえ 思い出させたことを悔やんでいるのではない。そうしな
ければ健もジョーも今、この世には無かったのだから。爆発の中、ジョーを残して自分だ
けが脱出するという選択肢は最初から健には無かったし うずくまり硬直しているジョー
をかかえていては二人とも炎に呑み込まれていただろう。二人が生還する手段として自分
の行動は正しかったと健は確信している。 健の悔いはその後のジョーの心中をつかみき
れなかったことにあった。
 ここしばらくジョーが思いつめている様子は健にも見て取れた。あれだけの事実を突き
つけられたのだ。平静でいられるわけがない。だが、そんなジョーを心配し声を掛けよう
とするとジョーは お前の言いたい事はわかっている とばかりに眼で健を制し「事実は
事実で変えられねぇんだ。あとは俺がそいつを受け入れるだけだろう?」と話を断ち切っ
てしまうのだった。
 ジョーの中で答えが出ているのならばあとは時間が解決してくれるのを待つだけなのだ
ろうか、そう健が思い始めた矢先の突然のジョーの帰郷だった。
 南部の話からするとBC島はジョーが思っている以上に彼にとって危険な場所だ。一刻で
も早く彼の救出をと思うが 今の健にはゴッドフェニックスの速力を信じ、ジョーの無事
を祈る他に出来る事は無い。そのもどかしさに焦りをつのらせながら 健はスクリーンの
彼方の闇を見つめていた。

 ゴッドフェニックスがBC島近くの海面に着水したのは午前3時過ぎ、まだ島は夜明け前
であった。島内に散った四人は各々が得た情報を健に集めた。
「まずいのぅ。町のいたるところにギャラクターの隊員がおる。ジョーはやはり追われと
るらしい。」
「ひどいや、あいつら ジョーの墓まであばいたんだ。それで棺が空なんでジョーが生き
ているってばれちゃったみたいだよ。」
 だがギャラクターが走り回っているということは ジョーはまだ島内のどこかに潜伏し
ているのだ。十年たったとはいえかつて暮らしていた土地だ。身を潜める場所もいくつか
はあるだろう。しかしそれもいつまでもつか、ギャラクターを恐れる島民からの密告があ
るかもしれない。
 「・・ジョー! この馬鹿野郎! 何処にいる?」
 健はブレスレットに怒鳴った。全く馬鹿野郎だ。勝手に行ってしまったあいつも それ
を止められなかった俺も。
 相変わらずブレスレットからの返答は無い。
 四人の必死の探索も空しく時間だけが過ぎていった。やがて、水平線の端がわずかに明
るくなった時 ジュンが決定的な情報をもたらした。
「教会よ!ジョーはそこにいるわ!捕らえることが困難ならば殺してもかまわないって、
今、ギャラクターが教会に向かったわ!」
 健が、ジュンが、連絡を受けた竜が、甚平が、島の中央にある教会目指して走り出し
た。忍者隊が教会に踏み込もうとしたまさにその時、礼拝堂で十数発の銃声が響いた。

 突然、礼拝堂に飛び込んできた四人の乱入者に慌てたのはギャラクターだった。
「科学忍者隊?!」
「なぜここに?」
 身構える彼らの輪の中央に横たわっている人物を 昇り始めた太陽が照らしていく。半
身が赤く染まって見えるのは朝日のためだけではない。その姿を目にするや
「こンの野郎!」
 竜が怒号を上げてギャラクターの中へ突っ込んで行った。
「ジュン、ジョーを・・!」
 かすれた声でそう叫ぶと健も竜を追って走り出した。



  健が“ジョーの庭”に来たのは久しぶりだった。
 季節ごとに趣きを変える庭の表情であるが、 鮮やかな色彩の夏の花と 穏やかなたた
ずまいの秋の花とが混在する今の庭からは 去り行く夏の寂しさが感じられた。今日は海
も凪いでいるのだろう、波の音も静かで時折海鳥の声が聞こえて来る程度だ。かすかに香
るのは百合の花だろうか。蝶が2、3羽、健の前を飛んでいった。
「俺達は間に合ったのかな・・。」
 健はふと 花々に問いかけていた。
 俺達はジョーを救うことは出来た。しかし あとわずかでも早くBC島に到着しジョーの
所在をつかみ、彼を無傷のまま連れ戻すことが出来ていれば その後の悲劇も防ぐ事がで
きたのではないだろうか・・?自らの手で幼な友達の命を奪ってしまったジョーの慟哭は
今でも健の耳に残っている。結果的にジョーの行為が・・アラン神父の死が・・島民達を
ギャラクター排斥へと立ち上がらせたのだが それをせめてもの救いと思うべきなのか、
運命の皮肉と取るべきなのか 健にはわからなかった。
『おらにとって故郷ってのはよ・・。』
 ジョーが怪我の処置を受けている間、四人は処置室の前の廊下に力なく座り込んでい
た。そこで竜が発した絞り出すような声が思い出された。
『見慣れた風景があって、親しい人たちがおってよ、帰ると皆が笑顔で迎えてくれる。元
気なときはもっと気力が充実するし たとえ落ち込んでいても気分がほぐれてほっとでき
る所じゃ。おら、故郷は誰にとってもそういう所なんじゃと思っていた。それなのに、ど
うしてジョーの故郷はジョーに冷たいんじゃ?どうしてこんなに酷くジョーを傷つけるん
じゃ?』
 それでもBC島はジョーの故郷なのだ。自分を受け入れてはくれなくても ジョーは
“ジョージ”であった彼の地を想い続けることだろう。
  ジョーの枕元に何か花を、今は昏々と眠る彼が目覚めたときに慰めになれば、とこの庭
を訪れた健であったのだが・・。健は花壇の中央に歩を進めた。
 そういえばジョーが好きな花は何なのだろう。人にはよく好きな花を聞いては育ててい
たが 彼の好む花は果たしてここにあるのだろうか?
 再び健の目の前を二羽の蝶が飛んでいった。ペアらしい大型の揚羽が踊るように舞いな
がら上昇していく。
 ・・どこかで 蝶は亡くなった人の魂だという伝説を読んだことがあったな・・。
 何気なくそう思い浮かべた健は はじかれたように顔を上げると周囲を見回した。では
魂が集まるこの場所は・・?
「そうか、そうだったのか。」
 健の胸にすとんと収まるものがあった。
 この庭はジョーにとって両親と“ジョージ”の墓そのもので 花壇という姿を借りた
ジョーの祈りの場だったのだ。ジョーが絶やさず咲かせていた花は 彼らへの供花だ。健
が母親の墓前でそうしてきたのと同様にジョーも ここで両親に日々の生活の様子を報告
し胸の内の様々な想いを語っていたのだろう。そして庭と花々はジョーの想いを静かに受
け留めてくれていたに違いない。ジョーが庭を造り育てると同時に庭もまた ジョーを支
えその成長を見守ってきたのだ。

 一陣の風が健の髪を乱して庭を吹き抜けていった。
 見上げた空は秋の色に変わっていた。



 終


 


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