十月の憂鬱

by 廖化




 日毎に空が高く、青くなった。一年中温暖な気候のユートランドシティでも 最近は朝
夕の空気の冷たさに上着が欲しいと思うときがある。
 今年もあと二ヶ月、気の早い人々が年末年始の計画を立て始める十月末のある夜のこ
と。
「そうか。もうそんな季節か。」
 スナックJを出てから入った裏町のバーのカウンターで浮かない表情の健がため息をつい
た。その隣でジョーがグラスを口に運ぶ。
「・・・今年もだいぶたまっているのか?」
「ああ。」
「支払いのメドは立っているのか?」
「・・・」
 返事が無い。どうやらあては無いようだ。
 年末が近くなると健の前には『奴ら』以上にやっかいかもしれない『ツケの取立て』と
いう難敵が立ち塞がる。
「どうしたものかなぁ。」
 健がぼやく。
「俺に聞くよりさっさと稼いで払っちまえよ。」
「その稼ぎ先が見つからなくてさ。・・俺の出している条件が厳しすぎるのかな?」
「まあな。」 
 健の言うバイトの条件とは
 1.短期
「スクランブルでたびたび欠勤していては続けたくとも続けられない。だから2〜3日か
 1週間くらい。これでスクランブルが入ったら運が悪いと思うしかない。」
 2.高収入
「背に腹は変えられん。貰えるものは貰えるだけ貰う!」
 3.できるだけ顔を人前に出さない
「最近、ケータイで誰でも簡単に写真を撮るだろう?あれ、好きじゃないんだ。自分の顔
 が不特定多数の前に無断でさらされるって不気味じゃないか。」
  もちろんこれは必要以上に世間に素顔を印象付けられない忍者隊の立場を考慮してのこ
とでもあろうが
“こういうぜーたくな悩みは見栄えのいいこいつならではだろうぜ”
と ジョーは心中密かに悪態をついた。それでも根が世話焼きのジョーは自分で探すのは
もちろんのこと、サーキット仲間にもこれらの条件でのバイトを探してもらっていた。
しかし。
「短期・高収入なら食品の新商品の店頭デモンストレーションがいいよ。お土産にその商
品ももらえるしさ。」
「駅前のチラシ配りは1日単位でOKだし 交通費・食費も付くぜ。」
「少しキツくても良ければ引越しの手伝いはどうだ?」
 などなど、条件1・2をクリアする職種はあるものの どうしても条件3がネックに
なっていた。
「仕方ない、もう少し探してみるよ。」
 健はグラスの中身を飲み干すと席を立った。
「そうするより手はねぇな。」
 二人が足取り重く家路をたどった数日後・・。

「え?バイトが見つかった?」
「ああ、南部博士の紹介でね。」
 サーキットの観客席で他車の走りをチェックしていたジョーのところに 健がわざわざ
報告に来た。
「へぇ、博士のねぇ。」
 南部も年末恒例になりつつある健の“ツケ”を心配して仕事を世話してくれたのだろ
う。
「給料もバイト終了後すぐにもらえるそうだし、これで今年は気持ちよく年が越せる
ぞ。」
 晴れ晴れとした顔で健がジョーの隣に腰を下ろした。
「よかったな。それで、また個室での資料整理か?」
「いや、大勢の人たちの中での仕事なんだ。でも制服に帽子に手袋にマスクだから人相は
判らないだろうってさ。」
 ・・・どんな仕事だ? ジョーは首をひねった。
「夜間の二日だけだし。」
 ガードマン?
「ただ、ナイフが使えて、上手く刺せて、ろうそくを忘れないように、ってさ。」
「はぁ?」
 ジョーは目を見開いて健を凝視した。
“人前で制服にナイフに鞭にロープにろうそくだと〜っ!?”
 勝手にアイテムを増やしていることにも気付かぬまま、ジョーの頭の中には瞬時にある
場面が浮んだ・・。

  場所はどこかのクラブらしい。客は身なりの良い紳士に淑女達だ。交わされるグラス、
さざめく会話・・。
 ふっと照明が消える。部屋の一方に設置されたステージに一筋の光が落とされ長身の人
物が姿を現した。軍服のような制服に身を包み帽子をかぶり手袋をつけ 目の周囲に黒い
マスクをつけている。確かに人相は判りにくいが 帽子からこぼれる髪と瞳の色と体つき
からジョーにはそれが健だと判る。健は自分を見つめる客達をぐるりと見渡すと 手にし
た鞭を優雅な仕草で口元に寄せて口付ける。赤い唇に冷酷な笑みが浮んだ。 
「今夜、こいつの餌食になりたいのは 誰だ?」
 その声は格別に甘く、それでいて背中がゾクゾクするような凄みを含んでいた・・。

「おい、健、お前、そいつは・・。」
 恐る恐る問い質そうとしたジョーに健は天使もかくや、という特上の笑顔を見せた。
「博士は俺よりもジョーの得意分野だろうと言っていたし 俺もそう思うけど俺にも出来
ない事はないだろう?」
「な・・っ?!」
 健の言葉に ジョーの頭に血が昇った。
“博士も健も俺のことをそんな目で見ていたのか?”
 だが今は自分がどう思われているかよりも重大な事がある。
“いくら短期・高収入とはいえ、この選択は安易過ぎる。紹介する博士も博士だし、ほい
ほい飛びつく健も健だ!”
 ジョーは両の拳を握りしめると無言で席を立ち通路へと歩き出した。その背に怒りの
オーラを見い出した健はあわてて後を追いジョーの腕をつかんだ。
「どこへ行くんだ?」
「博士に聞いて来る。どうしてお前にこの仕事を世話したのかを、よ。」
 押し殺した声が震えている。覗き込んだジョーの瞳は怒りを通り越して潤んでいるよう
にさえ見えた。しかし健にはなぜジョーが怒っているのか見当がつかなかった。
「待てよ、『この仕事』って、それは今まで経験したバイトとは少し色合いが違うけれど
楽しそうじゃないか。」
「楽しそう、だとぉ!?」
 怒りを露わにしたジョーは振り向きざま健の胸元に手をかけた。
「お前、本当にそう思っているのか? いいか、その手のプレイってのは攻める方も攻め
られる方も 『ものほん』だから成立するんであって バイトのにわか攻め手ってのは相
手に対して失礼ってもんじゃねぇのか?」
 吠えるジョーに健の目がきょとんと丸くなった。
「・・・クリスマスケーキを作るバイトのどこが『攻め』なんだ?」

「へ?」
 今度はジョーの目がまん丸になった。
「・・ク、クリスマス、ケーキ?」 
 そうだ、と健は自分のTシャツをつかんでいるジョーの手を引き剥がした。
「ジョー、お前、ユートランド・フーズ、という会社を知っているだろう?」
「あ、ああ。」
 それはユートランドシティを中心としたこの一帯で一番の食品加工会社である。シティ
近郊に大きな工場を持ち、従業員も三千人は下らない。シティ内の食品を扱う店でここの
製品を置いていないところはまずないだろう。サーキットの売店やレストランもこの会社
の直営店であるし スナックJでも業務用の食品を仕入れているはずだ。
「そこのスイーツ部でクリスマス前、12月22・23日の夜間、2日間のバイトさ。なに
しろケーキはひとつひとつ手作りするので 注文をさばくには昼間だけではなく夜間もフ
ル稼働しないと間に合わないのだそうだ。」
 そういうことか、とジョーもようやく納得した。制服、帽子、手袋、マスクというのは
衛生管理上 必要というわけだ。短期というのもわかった。夜間なので給料もいいのだろ
う。しかし・・。
「ナイフが使えて、刺せて、鞭にロープにろうそく、というのは何だ?」
「ケーキに乗せるイチゴのヘタ取りが出来て、ケーキの指定された位置にもみの木や柊の
飾りが正確に刺せて・・、え?鞭にロープ?」
「あ、いや、そいつは・・。」
 健は訝しげにジョーを見ながら説明を続けた。
「それと、ケーキを箱詰めするときにろうそくの小袋を入れ忘れないように、という話
だった。」
 ベルトコンベアーで流れてくるクリームを塗ったケーキ台にイチゴを乗せ飾りつけを
し、箱詰めをするという作業工程なのだろう。
「そうか。」
 納得すると同時にジョーは脱力感に襲われた。
「ようやく希望どうりの仕事が見つかったんだ。がんばれよ。」
「サンキュ。ああそうだ。作業員割引でケーキを安く買えるんだ。ひとつ買ってこよう
か?」
「それなら甚平に持っていってやるといい。喜ぶぜ。」
 うん、と健はうなずいた。
「お前のクリスマス菓子は昔から決まっていたな。ドライフルーツ入りのパン菓子って
さ。」
「なんでだろうな、ガキの頃からの習慣でどうしても食いたくなる。」
「ユートランド・フーズでも作っているはずだ。買ってくるか?」
「自分で焼くさ、例年通りにな。」
 そう答えてジョーはふと健を見た。
「なぁ、俺達に2ヵ月後は、クリスマスは来るのかな。」
 今までは季節が巡って年の終わりにクリスマスが来るのは当たり前だと思っていた。し
かし、この『仕事』を始めた今となっては果たして無事にその日を迎えることが出来るの
だろうか。今すぐにでもスクランブルがかかり 『仕事中』に儚く消し飛んでしまうかも
しれないのだ。
「どうした、やけに弱気なことを言うじゃないか。」
 健の口調はからかうようであったが目は真剣だった。
「お前の疑問には何とも答えようがない。しかしだからと言って 何の予定も入ってない
真っ白なカレンダーを眺めながらの味気ない暮らしは俺はごめんだな。俺達に先が無いと
は決して思いたくないし、こんな『仕事』をしているからこそ日常を大切にしたいと思う
ぜ。」
 それはジョーも同感だった。神経を張り詰めっぱなしの任務や日々の訓練の合間の仲間
達との交流ほど 心休まるものはない。
 ジョーはいつもの皮肉をこめた笑みを健に向けた。
「だったら早くツケを返すんだな。円滑な日常生活と人間関係のためにもよ。」
「結局そこに戻るのかー?」
「そうだ。『金の切れ目が縁の切れ目』と言うだろう?スナックJで食わせてもらえなく
なったらお前、どこでメシ食うんだ?」
 あはは・・と笑う健の顔を早くも西へと傾き始めた太陽が染めた。
「ジョー、今日はもう上がりだろう? ジュンにもバイトが決まったことを言いに行こう
ぜ。」
 健はジーンズのポケットからバイクの鍵を取り出すと先に立って歩き出した。
「ツケが返せるとなると スナックJでも遠慮なく注文できるな。今夜はスパゲティが食い
たいんだ。きのこ入りのペペロンチーノなんか秋らしくていいよな。 あー、でも定番の
ハンバーガーやホットドッグ、ピラフもいいし迷うところだな。で、サイドメニューは大
盛りの野菜サラダにフライドポテトにして、久しぶりにデザートも頼もうかな。」
 既にツケを返済したつもりになっている健は嬉々としてメニューを並べ始めた。そんな
お気楽モードの健に ジョーはため息をついた。
“そんなに食ったらまたツケを増やすだけだろうに・・”
 そもそも健はいくらツケをためているのだろう。たった二日間のバイトだけで返せる金
額なのだろうか?ジョーにはとてもそうとは思えなかった。
“これはもう二つ三つ、別のバイトを探しておいたほうがよさそうだぜ”
 足取り軽く駐車場へと出て行く健の後姿を追いかけながら ジョーは再びバイト探しに
思考を巡らせていた。



  終 


 


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