深淵

by 廖化



 日は西に傾きかけていた。
 アメリス国の主要都市アメガポリスは世界でも屈指の近代都市である。官公庁、企業の
入る高層ビル群の合間に公園や美術館・博物館などの文化施設がバランス良く配置され 
都会でありながらも緑に恵まれている。高層ビルが林立するその中央にひときわ堂々とそ
びえたっているのは国際科学技術庁、通称ISOの本部ビルだ。
 ジョーは険しい表情でISOビルから暮れ行く街並みを見下ろしていた。ビルの合間を
車列が流れていく。カレンダー上は休日なのでいつもより車の数も少ないようだが流れが
途絶える事はない。空に目を転ずれば薄く広がった雲の端が淡く紫色に染まり、ねぐらへ
と戻る何羽かの鳥が飛んでゆく。空を二つに分けるようにすっと引かれた飛行機雲が徐々
に散って空へと滲んで消えていった。再び街並みへと視線を向けるとビルの輪郭が少しず
つ夕闇の中に溶けてゆくところであった。いつもの変わりない夕暮れの風景だ。こうして
いると昨日来の出来事が幻であった気さえしてくる。しかしあれはまぎれもない現実で 
今もこのビル内で南部が傷つき疲れきった体を押して事後対策に奔走しているのだ。

 ブレスレットの発信音が小さく鳴った。
「こちらG2号、どうぞ。」
 低く抑えたつもりの声が自分一人の広い空間には大きく響いた。
『こちらG1号、ジョー、博士の警護の件だが・・』
 え、とジョーは時計へと目を走らせた。
「すまん、もう交代の時間だったか? あと30分後だと勘違いしていた。」
『いや、約束の時間は確かに30分後だったんだが 基地職員の安否確認や今後の対応に
 一応のメドがついて博士もようやく休養をとってくれることになった。』
「そうか、良かった。」
『ああ、だから警護の任務は終了だ。お前もあとは休んでくれ。明朝は朝食後 すぐに博
 士の別荘に移動する。その予定で動いてくれ。以上だ。』
「ラジャー。」
『・・あ、甚平がお前に会いたがっていたぞ。』
「甚平が?だいぶ元気になったのか?」
 ジョーの険しい眉がふっと緩んだが、
『ああ、お前に助けてもらった礼が言いたいそうだ。』
 との健の返事に ジョーはぐっと肩をいからせるとブレスレットに怒鳴っていた。
「甚平を助けたのは、健、おめぇだろう?俺は、俺は・・」
 言葉に詰まったジョーは乱暴に通信を叩き切ると大股で窓辺へと歩み寄り 再び目を街
並みへと向けた。
(俺は・・、何も出来なかった。何も・・。)

 昨日、三日月基地を失った。
 ゴッドフェニックスの全探査装置を電波シールドで撹乱したギャラクターの攻撃船から
の魚雷攻撃に 防衛機能を持たない基地はなす術も無かった。基地内に取り付けられた誘
導装置に導かれた魚雷群に破壊された基地は 更に機密保持のために南部の命令により
バードミサイルを打ち込まれ水深7千メートルの深海へと沈んでいった。現代の建築工学
の最先端技術を投入して建造された三日月基地であったが 竣工からわずか一年半でその
姿を消すこととなった。
 基地破壊後、ゴッドフェニックスは事の報告のためにISO本部へと飛んだ。三日月基
地を脱出した職員を乗せた潜航艇はアメリス国軍の潜水艦に救助され、現在はアメリス海
軍基地に収容されていた。職員に必要な救助物資は全てまかなわれており皆休養を取って
いるとの連絡がISO本部に伝えられ それを聞いた南部はすぐにも海軍基地へ赴き職員
を見舞いたいと希望したが、南部の疲労を心配した周囲がそれを許さず、ISO本部から
事後対策の指揮を執ることで南部も妥協した。

 エレベーターの扉が開く音がして足音がフロアへ入ってきた。この階は会議室が三室あ
り、その一角の南向きの全面ガラス張りの空間は幾つかのテーブルや椅子、飲み物の自動
販売機、フラワーポットなどが配置され 休憩時間の職員達が集う談話室としてよく利用
されていた。だが今日は元々が休日の上、三日月基地爆破の報に駆けつけた職員達も対応
に忙殺されており ここへ上ってくる者の姿は無かった。室内は既に薄暗くなっていたが
窓辺に立つジョーのシルエットは入ってきた者の目にもよく見えるはずだ。足音は真っ直
ぐにジョーに近付いてきたがふと止まった。
「健か?」
 視線を窓の外に向けたまま振り返ることも無くジョーが言った。
「ああ、お前が一人になりたくてここにいることは承知なんだが一言だけ言っておきたく
てな。」
「説教ならやめておけ。今は何を言われても頭に入らねぇ。」
「いや、お前がゴッドフェニックスから上がってきてくれたおかげで博士を助ける事がで
 きた。それを・・。」
「うるせぇな!」
 振り返ったジョーが大声を出した。
「褒められたことか?俺はもう少しで甚平も死なせるところだったんだぞ!」
 海溝へ沈みゆく浸水した基地の中で“部屋に閉じ込められた南部博士を助けるために扉
を焼き切る道具を”との健の求めに応じ 格納庫のゴッドフェニックスから水中へ飛び出
そうとしたジョーを甚平が呼び止めた。
“オイラも行く!最後に基地の中を見ておきたいんだ。”
 人一倍基地に愛着を持っていた甚平に押し切られる形で一緒に連れて出たものの、基地
の内部は魚雷による破壊と 水圧による変形が進んでいた。通路もあちこち遮断されてお
り迂回をしているうちに甚平が溺れてしまった。せめてゴッドフェニックスを出て内部の
状況がわかった時点で甚平を戻す判断が出来ていれば・・。
「結局健、お前が来なかったら甚平も、俺も・・。」
「それでも、だよ。」
 健が静かに言った。
「俺とジュンはドアの前で博士を呼ぶことしか出来なかった。お前たちが来てくれたおか
 げで状況を打破できたんだ。」
(俺は何も出来なかった。博士は職員の避難と秘密の保持に努めた。力ずくで職員を避難
 させようとした俺に対してジュンは説得を試みた。竜はゴッドフェニックスを使って三
 日月基地を魚雷から逸らせた。ジョーと甚平は危険な水中移動を敢行した。それなのに
 俺は・・)
 健の真摯な眼差しを受け止めたジョーであったがふいと視線を外した。
「・・やめようぜ。こんな傷をなめあうような真似はよ。」
「そうか、邪魔したな。」
 背を向けた健だったが一言添えた。
「お前も早く休めよ。長いこと水の中にいてかなり体力を消耗しているはずだ。」
「全くうるせぇヤツだな。俺がそんなにヤワに見えるのかよ!?」
 ジョーの剣幕に健は肩をすくめて歩き出した。その背中に今度は低い声でジョーが尋ね
た。
「なぁ、職員の安否はどうなっているんだ?」
「・・死者も確認されているし、行方不明者もかなり出ている。」
 三日月基地では研究員・整備士を中心に 基地の動力を担当する機関部員の他にも、職
員の生活を支える給食部・清掃部・保安部・医療部などの多くの人々が働いていた。直接
爆撃を受けた機関部の犠牲が一番多かったが 救助に駆けつけた保安部や医療部からも死
者・行方不明者が出ていた。行方不明者のほとんどは壊れた外壁から海中へ流された人々
だ。
 建造物はまた造ればいい。研究も、当事者には酷な言い方だろうが、やり直せばいい。
だが、生命は亡くしたらおしまいなのだ。それを守れなかった。救えなかった。助けられ
なかった。更に現在、現場周辺にはギャラクターの艦船が多数集結しており 行方不明者
の捜索や死者の収容も出来ない状況にあった。彼らを置き去りにした。連れてこられな
かった。家族の元へ返せないでいる。そのことが二人の胸を苛む。
『科学忍者隊は感傷に溺れてはならない。現実をきびしく見つめ分析し、行動する。』
 南部の言葉を実践するのであればまず何から始めるべきなのか、何を以って失われた魂
に報いるべきなのか。
 
 しかし今は進むべき道が全く見えてこなかった。ただ故人の鎮魂を祈るのみだ。
 
 
 二人は夜より暗い闇の中に、いた。
 
 
 
 (#93へ続く)

 
by Phantom.G
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