彼のこと

by 小夜子

  あたしはベッドの上でシーツにくるまって座ったまま、もう何度目かのため息をつく。
彼は今シャワールームで、つまり帰る準備をしているわけで、今夜も泊まってはいかない
わけで。せいぜい月に1度か2度だけど彼があたしの部屋に来るようになってもうずいぶ
んたつと思うのに、いっしょに夕食を食べてお酒も飲んで、でも泊まっていったことは1
度もないなんて。
 彼は無口でほとんど自分のことを話てはくれないけど、でもその分あたしの話はきちん
ときいてくれる。ケイなんかは
「あんなおっかなそうな人のどこがいいの?」
 っていうけど。
「目つきが鋭くてなんか恐そうじゃない」
 ですって。
 わかってないな。彫りの深い顔立ちで、静かな目をしてて、あの厳しい口元が時々ほこ
ろぶのがどんなにステキか。
「それにやせすぎ。身長はあるのに華奢そうよ」
 ですって。
 これもわかってないな。彼、シャツを脱ぐとすごく引き締まった体をしているのよ。ム
ダなもの何ひとつないきれいな筋肉で、その胸のたくましさ、あたたかさといったら・・・
 これはあたしだけが知っているの。そう、あたしだけが本当の彼を知っている・・・
そう思ってたいのにな。

「AMI、もらうぞ」
 バスローブの彼が冷蔵庫からバドワイザーを取り出す姿に、ついあたしはきいてみた。
「ねぇ、どうして泊まっていかないの?」
 一瞬の間があき、缶を口元につけたままの彼がちょっと驚いた表情でこっちをみる。 
(あ、今の顔、好き。)
「寄るところがあるんだよ」
「こんな時間に?」
「置かせてもらってるタイヤを取りにいくんだ。あいつ、今日はバイトで遅くなるってい
ってたからな」
「それ、今夜中にいかないとダメなの?」
 又、一瞬の間があいて彼は眉間に軽くシワをよせた表情であたしをみる。
(この顔は、きらい。)
「なんでそんなにききたがるんだ?」
 どうしよう?少し躊躇してしまう。でも・・やっぱりきいてみたい。
「だって、こんな時間にたずねていける人なんて。よっぽど親しい人なのね」
「親しい・・・か」
 あたしにバドワイザーの缶を渡して、着替えるためについたての裏にまわりながら。
 なんか意味深な口調なのね。ここまできいたのだからもっときいてみたくて、あたしは
質問を重ねる。
「その人、長いつきあいなの?」
「あぁ、そうだな」
「歳は?」
「俺と同じ」
「あたし、会ったことあるかな?」
「いや・・・ないだろ」
「いっしょに食事したり、お酒飲んだりとか?」
「あぁ」
「シャワーを借りたり?」
「あぁ」
「泊まったり?」
 すっかり身支度を整えた彼がでてきて無言であたしをみる。1秒あと、ベッドの脇まで
きて腰をかがめると
「おやすみ、AMI」
 って軽いキスをくれた。あとは振りかえることもなく軽く右手を上げると扉をあけて、
あたしの部屋からでていった。

 また、ため息がでる。それから彼の口つけた缶からビールを少し飲んで考えるやさしい
ね、ジョー。あの1秒であたしのことを考えてくれたからベッドまでもどってくれたんでし
ょう?質問に答えてはくれなかったけど。
 そしてもう一口ビールを飲んであたしは思う。
(彼がこれからたずねる人って一体どんな女性なんだろうと。)


THE  END



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