Papillon- 1 -

by 小夜子

  シティの外れには不思議な店がある。ダウンタウンの一角、林立するビル群の谷間にひ
っそりと立つこの店は店名に「スナック」を名乗るだけあって確かに夜開いていることが
多い。いや、昼に比べれば開いている確立がいくらか高いという程度か。なにしろこの店
の営業時間、定休日など誰も知らないのだから。どちらかといえば簡素なインテリアの店
内は入り口の大きさから考えたら広い方だろう。カウンター、BOX席、そして小さいな
がらもステージもある。ここで不定期ライブが行われることもある。この店の場合本当に
不定期なのだが。
  BGMは流されていないことが多い・・・照明はかなり落とされている・・・
 この店をきりもりしているのが女の子で・・・女の子だ、女の人ではない・・・ボーイ
にいたっては完全な子供だ。常連客も若く、一体何をやって食べているのか一見ではわか
らない・・・そんな男達ばかりだった。

「まったく、相変わらずの閑古鳥ね、この店は。週末だってのに全然客が来ないじゃない」
 長い煙草の灰を落とすと、女は店内を見渡す格好をした。店奥のステージは照明が落と
され、BOX席にも人はいない。カウンター一帯の灯りだけでは確かに店内もさびれてみ
える。
「失礼ね。ちゃんとお客はいるでしょ」
 カクテルを作る手は休めずにジュンが答えた。
「お客?あれが?」
 あきれたように言い、女が自分の右手側を見やる。2席おいた向こう、カウンターの1
番奥席に男が2人いた。彼女は<この店の常連で素性のわからない連中>という、この男
達に素性を知っていたのでさも小バカにした口調で続けた。
「ジュン、お客っていうのはきちんとお金を払ってくれる人のことをいうのよ」
男達にこの言葉はきこえたはずだったが・・・(ほら、言い返してこない)とばかり軽く
鼻を鳴らすと、もう興味を失ったらしくカウンター内に向き直ってしまった。長い足を組
み直すと再び煙草の灰を落とす。
「だからうちにおいでよ。あたしはジュンと組みたくて長いこと相棒もつくらずにいるん
だからさ」
「またその話?」
 できたてのカクテルを差し出すジュンの顔に困惑気味の笑顔が浮かんだ。
(これさえなければレイは本当にいい女なのに・・・)
 長い髪は金色でスタイルもいい。竹を割ったような性格は姐御肌だから頼り甲斐もある。
ISOエージェントとしても一流なのだが。。
「そうよ。こんな男共なんかさっさと見切りをつけてさ。あたしとあんたが組めば恐い物
ナシよ。忍者隊なんてメじゃないって」
 いつにもまして力説するレイに、とうとうカウンター奥から声がかかった。
「おい、レイ、いい加減にしろよ。他部所から引っ張らなきゃならねぇほどISOは人手
不足なのかよ」
 健の肩越しにジョーが叫ぶ。口調は悪いが知った仲だ、顔は笑っていた。健も苦笑いで
こっちを見やる。
「あたり前でしょ。こんな逸材を埋もれさせておくなんて犯罪ものよ」
 盛大に煙をはきながら言い返すレイは目の端で健の様子を伺っていた。
「埋もれさせてなんかいねぇさ。ジュンは忍者隊でりっぱにやっている」
「あたしの方がより、ジュンの能力を引き出せるって言ってんのよ」
(相変わらず何も言わない)
 こんな話で自分とやりあうのはいつもジョーで、健は静かに笑っているだけだ。
 せいぜい「おいおい」とか「その辺にしとけよ」くらいのことを言う程度。
レイはどうもこの男が苦手だった。人当たりはいいし決して嫌われるタイプではないが、
今一つ何を考えているのかわからない。自分が感情を隠しておけるタチではないので、は
っきりと言い返してくるジョーの方がずっと組みしやすかった。戦績報告は読むが、
「冷静な判断・・・というよりは単に冷たいんじゃないの?」とか「敵のウラをかく作戦
・・・なんて、正面から乗り込むべきよ」と思うことの方が多くてISO内における
<忍者隊のリーダーは優秀だ>
 という評判もどうも素直にうなずけない。そしてなによりも一番気に入らない理由が、
どうもジュンはこの男のことをにくからず思っているようだという点だった。直接確かめ
たわけではないがそこは彼女曰く
<好きな人のことに関してはイヤになるほど当たってしまう女特有のカン>
 がそう告げているのだそうだ。
「とにかくさ、もう1度考えてみてよ。絶対あたしとの方がうまくやれるって。こんな奴
等より大切にしてやれるしね、いろんな意味でさ」
 妙に色っぽい物言いのレイに、多少たじろぐ様子のジュンを見て、またもジョーの声が
飛んだ。
「だから、レイ。そっちの方に誘うなよ」
(相変わらず何も言わない)のが、今夜はやけにカンに触わった。
 最後の煙をはきだし煙草をもみ消すと、レイが2人のほうに向き合った。そして、こと
さらゆっくりといい放つ。
「あんたたちにだけは言われたくないわね、あんたたちにだけは」
 <たち>に力をこめてそれだけ言うと、驚いた顔のジュンにはウインクを男達には一瞥
を残し、さっさと店を出ていってしまった。閉じた扉に背をあずけても店内の気配は伝わ
ってこない。それでも冷たい外気の中でレイはつぶやいた。
「ちったぁ、波風でも立ちやがれ」


 ジョー曰く「まったく間がいいんだか悪いんだか」・・・
 その3日後、4人は仕事で顔を合わせることになった。
「あんの、白髭タヌキオヤジが」
 レイは自分の目論見が大きくはずれたことに怒りを感じていた。
 本来なら「こんな仕事、私1人で十分ですよ」と答えるところだった。だが3日前の夜
のことが一瞬頭をよぎったのだ。そのため「誰か助手を付けるかね?」ときかれた時「そ
うですね、では一度組んでみたいと思っていたので科学・・・」と返事をしたのだった。
 もちろん「忍者隊のG3号を」と続けるつもりだった。ところが長官のアンダーソンは
みなまできかず「おお、忍者隊かそうだな、それはいい」と一人うなずくとさっさと南部
と連絡を取ってしまった。そしてどういうわけか3人も、それも3人が派遣されてきたの
だった。
「なにブツクサいってんだよ?」
 窓際のソファに腰をおろし、通り向こうのビルを見張っていたジョーが声をかけてきた。
レイは部屋の真ん中で腕組み、仁王だちという格好のまま、目だけを動かしジョーを見た。
「しかもなんだってこいつといっしょなのさ」
 これまた、目論見がはずれた結果だった。
 仕方なく4人で仕事に当たることにし、まず始めにすべき<見張り場所を決める事>な
ど簡単にすませられるはずだった。
「当然ながら、このホテルのこの部屋よね」
「へぇ、NO.1エージェントってのは伊達じゃねぇんだな、レイ。そいつは俺も賛成だ
な」
 ジョーの同意を得、地図を指差し説明するレイが幾分得意げにニッと笑った。一同を見
渡すと話を続けた。
「だからって4人でガン首並べて見張ってても仕方がないわ。二手に別れましょ。ここは
ツインだから私と」
「OK。ジョー、レイと組んでその部屋から見張ってくれ」
「あぁ?お前はどうするんだ、健?」
「俺とジュンはこの部屋の隣だ。いくぜ、ジュン」
 気が付いたらこの部屋でジョーと2人になっていたのだ。
 反対側に目をやるとダブルベッドが見える。なぜかピンクのレースカバーがかかってい
た。とにかくなにもかもが気に入らなかった。
(ここツインルームじゃなかったの?なんで二人ともなにも言わずにあいつに従っちゃう
のさ?波風はどこいったのよ、波風は?)
 だが1番気に入らないのは
「どうして男ってのはひとの話を最後まで聞かないのさっ」
 荒々しく言い放つとレイはソファに歩み寄り、ジョーの向かい側にドカッとばかりに腰
をおろした。
「?何いってんだ?おまえ?」
 眠気覚ましに入れたコーヒーがすっかりぬるくなっている。それをしかめっ面で一息に
飲み干すと、レイは大仰にため息をついた。
「ねぇ、あんな男のどこがいいわけ?」
 ジョーが視線を動かして問い掛ける。レイは長い髪を肩の後ろに流すとソファの肘掛け
でほおずえを付き、再びきいた。
「だってそうじゃない。どう考えたってここがベストだってのに隣にいくだなんて。あん
たもあんたよ。自分の考え否定されてなんで黙って従っちゃうわけ?」
「否定なんかしてない」
(今夜は動きそうにないな)
ジョーはそれまで窓外に集中していた神経の半分をレイの方に向けると、肩の力を抜きい
くらかくつろぐ姿勢をとった。
「健は否定なんかしていない。だから俺達はここにいるんだろ?」
「じゃぁ、なんであいつはここにいないのよ?」
「何か考えがあるんだろ?レイ、お前だっていちいち説明しないこと位するだろうよ」
「それは。。。」
 確かに、理由は様々だが・・・単に面倒だったり、相手があてにならないと思えたり、
逆に以心伝心を勝手に信じてみたり・・・身におぼえはある。だが、これがあの男のする
ことだと思うと気に入らなかった。
(しかもジュンと2人で)
 この点も気にしてない風のジョーの態度も気にくわない。
「ジョー、あんた気にならないの?2人きりなのよ、2人っきり。とられちゃっても知ら
ないからね」
 言いながらレイがはっとする。(私としたことが・・・そうよ、2人っきり・・・)
「あのなぁ」
 レイの言葉にさすがのジョーも大きくため息をついた。
「任務中に2人きりもクソもあるかよ。大体お前、何を勘違いしてるんだ?」
「勘違いなんかしてないわよ。あたしは<知ってる>だけよ」
 レイが少しイライラした様子で答える。
「知ってるって・・・」
 一体何を?ときこうとして止めた。ジョーもまたレイのことは<知っている>のだ。
「お前といっしょにするなよな。俺はノーマルだぜ、健もな」
「ちょっと、あんた達といっしょにしないでよ。あたしはノーマルなんだから」
「だからその<たち>って・・・」
 レイは言うなり振り返ると、そのまま背後の壁をにらんで動かなくなった。そんな彼女
の様子にジョーの言葉も途中で途切れる。
「おい・・・なにしてんだよ?」
「ちょっと黙ってよ。きこえないでしょ」
(きこえないって・・・)
 ここでジョーもあ、という表情になった。この壁の向こうは<となりの部屋>なのだっ
た。
「静かすぎない?なにもきこえてこないわ。まさか・・・」
「まさかなんだってんだよ?おいー」
 ジョーの言葉には耳もかさず、レイは近くにあったガラスのコップを手に取ると壁に向
かって歩き出した。
「原始的だけど」
 それを壁にあてがおうとする彼女を、ジョーがあわてて止める。手首をつかむと引き戻
した。
「いいかげんにしろよ、レイ」
「なによ、放してよ」
「俺達は今、任務中だぞ」
「んなもん、あんたにまかせたわ。任務なんかよりこっちが大事よ」
半ば興奮状態のレイはジョーの手を振り払うと、なおもコップを壁につけようと試みる。
(こいつを女だと思ったのが間違いだぜ)
 軽く舌打ちし、手加減したことを後悔したジョーが再び手首をつかむと、今度は力一杯
引き寄せた。すると勢いで彼女の手からはなれたコップはジョーのほほをかすめて後方へ
飛び、ベッド脇の床に転がった。それは、バランスを崩したレイがジョーの胸板に鼻をぶ
つけ、2人いっしょに倒れ込んだのとほぼ同時だった。
「っつ」
したたか腰を打ったジョーだったが、上体を起こす間もなく今度は平手打ちをくらった。
「なんてことすんのよ。もう、痛いったら・・・」
「痛いってお前、人の腹の上に乗っかっていうセリフか!?」
「あんたが勝手にあたしを乗っけたんでしょう、もう」
「乗っけたって・・・もう少し言い方が・・・おい、レイ」
 こりないレイは四つん這いのままジョーの頭上に手を伸ばしコップを拾おうとしている。
それに気づいたジョーがとっさに彼女の二の腕を引いたため、今度はレイの胸がジョーの
顔に乗る形になった。
「ギャッ!!なにすんのよ、このドスケベ!!」
「〜〜〜〜〜」
「下でモゴモゴいうなー」
 なおもレイがもう片方の手をコップへと伸ばす・・・
 ジョーがやけくそで彼女の腰を引き戻す・・・

                                           3

「お隣、にぎやかね」
 コーヒーを一口飲んでジュンがつぶやいた。彼女の右側からはさっきからなにかしらが
聞こえてくる。先ほどまでは話し合っているというよりは怒鳴りあっているような声・・
何を言ってるかまではきこえなかったが・・が、それから何かが落ちたようなぶつかった
ような音、そして今聞こえてくるのは<ドスン、バタン>だ。
「一体何をしてるのかしら?」
 ジュンは素直に疑問を口にした。健が本から目を上げずにのんびりした口調で答える。
「プロレスでもしてるんじゃないのか」
「こんな夜中に?」
 言ったとたん、思い当たってしまった。瞬間、背中がピリッと固くなる。なるべく視界
にベッドを入れたくなくて健の正面を避け、わざわざ右隣に座ったジュンだった。今度は
目を上げ、笑いを含んだ声で健が言った。
「そりゃぁ、夜中にすることもあるだろうさ」
「え・・・」
 この一瞬のズレが、もう次に何を言っても気のきかない返事に聞こえてしまう気がして、
結局ジュンは今度も困ったようなあいまいな笑みを浮かべるしかできなかった。
 閉じた本をテーブルに投げ出しうんっと軽く背伸びをする健を見ながら彼女は、なぜ自
分はこうなのだろうと思っていた。カマトトぶって真っ赤になり俯いてしまう・・とか、
「変なこといいださないで」と生真面目を装い怒りだす・・などというのは性に合わない
ということは自覚していた。では、どうしたいのだろう?実はこの答えも自覚していた。
「あぁ、それも悪くないわね」
 ニッコリ笑ってさらっと言う・・・ちょっと肩をすくめてみせたり、ウインクを付けて
もいい・・・ポイントはあくまでさらっと言うこと。これがバンド仲間やジョー相手だっ
たら言える自信があるのだ。なのに健が相手となると、とたんに言葉が出て来なくなる。
他に人がいればまだなんとかなるものを。
 だがジュンは、自分がこんなになってしまう原因は健の方にあると密かに思っているの
だった。
(だって・・・仮に私が返事に成功したとして、じゃぁ次は?次に健はなんというのかし
ら?どんなリアクションをするのかしら?)
 これがいくら考えても彼女にはわからないのだった。どんなサンプルをどれだけ並べて
みても当てはまるものはないような気がする。次の答えを想像して構える、こと自体普通
はしない。が、相手が健だと・・・
(ここから先はいつも堂々巡り)
「ジュン、TVをつけてみてくれよ、ニュースがはいるかもしれない。ジュン」
 2回呼ばれてようやくはっとしたジュンが、あわてて手元のリモコンを操作した。
<ヴン>という小さな音とともに画面が現れ、今日のニュースのダイジェスト版が流れた。
政治家のスキャンダルから始まり自然災害、殺人事件で終わる、今日一日のというよりは
むこう10年間分のダイジェストのような、そんなニュースだった。
「どうやらまだ流れてないらしいな」
「そうね。でもその方が都合がいいわ」
「ああ」
 2人ともしばらく画面に集中していた。
(こんな会話の方がいいわ)
 任務の方がほっとするなんてと、ジュンが自嘲ぎみにリモコンから手を放した。少し後、
ニュースは終わり唐突に画面が切り替わった。タイトルが大写しになる。
<彼が彼に抱かれる時、彼女が彼女を抱く時>
 ギョッとする間もなく、TVはインタビューを流しはじめた。ホテルの一室だろうか、
痩せた若い男がソファにくつろいだ姿勢で座り話し出す。質問はクレジットとなって画面
左手に表れた。
<あなたが同性とSEXする理由をおきかせ下さい>
「別に・・・たいした理由なんかないよ。SEXなんて気持ち良ければいいていうもんだ
ろ?だから・・・まぁ、あえていえば、バリエーションは豊富な方がいいから、かな」
 同じソファに次に座ったのは、もう少し年かさのスーツの典型のような男だった。几帳
面そうな眼鏡までがお約束のようだ。先ほどと同じ質問のクレジットが表れる。
「結局、同性同士こそが真に理解しあえるってことですよ。だってそうでしょう?同じつ
くりをしているのだから。特に体はね」
 今度は女の子だ。長い爪を金色に塗ってピンクの髪の先端を絶えずいじくり回していた。
そしてずっと笑っている。
「そりゃ、男の方がいいよー、も、ぜーんぜん。あたしレズじゃないってぇ、キャハハハ
ハ。え?んー、まぁ、ノリかなぁ。あ、でも気持ち悪いとかってことはなかったよー」
 最後の女性は<目の覚めるような美人>でジュンは(レイに似ている)と感じた。
「そもそも男か女かなんて区別すること自体、ナンセンスですよ。もちろん生殖行為とし
てのSEXだったら男と女でなければ困るわけですけど、人間は楽しむためだけにもSE
Xをしますよね。この場合はお互いの相性さえ良ければいいんですから。私の場合は、よ
り女性にひかれるというだけの事です」
 カメラは都会のスクランブル交差点を真上からとらえ、なにやら語り手の声が流れてい
たが、もうジュンの耳には届いていなかった。
 とてもではないが左側に視線を移せない。チラっともだ。TVを消してしまうタイミン
グはとうに逸した。万事休す・・・
 (任務でさえこんな事態めったにないのになんでこの人といるとこうなんだろう?)
 ジュンが一人勝手にせっぱつまっていることなど全く気づかないのか、健がゆっくりと
ソファから立ち上がった。
「ジュン、俺先にシャワーを使ってもいいかな?」
 自分の肩越しに背後のシャワールームを示す。
「エ?」
 飛び跳ねんばかりに振り向いたジュンの動きがまるでマリオネットのようで、健が少し
驚きの表情をみせた。
「いや、シャワーを・・・今夜はもう動かないだろうし」
「あ、えぇ、シャワーね・・・シャワー・・・あ、いいわよ健、先に使って」
「悪いな」
 軽く笑って健がシャワールームに消えると同時に、ジュンはパッと立ち上がりダブルベ
ッドへ大きくジャンプした。そのままスプリングの跳ねに身をまかせる。うつ伏せて横に
向けた顔に長い髪がかかり視界が閉ざされても手を動かす気力がなかった。TVはまだな
にかいっている。合間にシャワーの水音もきこえてきた。
(おとなりまだやってる。まさか、本当に?・・・)
(明日にでもレイにきいてみようか、相性って・・・)

                                       4

  ジョーの目が素早く上下、左右に動く。銃口は下に向けられているがそれを持つ腕の筋
肉はいつでも動けるよう緊張している。相手が素人なのは一人めを見てすぐにわかった。
だからそれほど気を張り詰める必要はないが、その分こっちも平服のままだ。
(こういう時ほど油断はよくねぇのさ)
 ジョーは自ら気を引き締めながら進んでいった。非常通路は窓もなく灯りも小さいため、
昼だというのに薄暗い。次の角を曲がった所で男が飛び出してきた。ジョーの銃口が
さっと上を向く・・・
 健はさっきから、自分の前を行くジョーの仕種が気になっていた。肩こりをほぐすよう
に首をふってみたり腕をふってみたり、そしてやたら腰をさすっている。
(こんな時になんだが)
 とうとう健はジョーに尋ねた。
「なぁ、ジョー。こんな時になんだが、お前、腰をどうかしたのか?」
「あぁ?こんな時って思うんならきくなよ、健」
 振り向きもせず、がなるようにジョーが答えた。それに対し、健の声はあくまで穏やか
だった。
「でも気になるんだよ。さっきからさすってるぜ、お前」
 壁を盾にサッと身を引いたジョーが息をはずませたまま答える。
「ああ、あのじゃじゃ馬のお陰でな。昨夜はほとんどプロレスもどきだったよ」
 そう言い捨てると、また壁から身を乗り出す。その後ろでジョーの腰元をみつめ、健が
心底感心したようにつぶやいた。
「なんだ、本当にプロレスしてたのか。へぇ、お前が腰を痛めるまでなんてなぁ」
 再び体を戻したジョーは、話す間中、忙しく手元を動かし続けていた。
「まったく、あんな手強い女ははじめてだぜ。じゃじゃ馬はジュンで慣れてるつもりだっ
たが全然比じゃねぇよ」
 音が止み、ジョーがまた飛び出していく。三度大きな音が行き交いはじめても健は、壁
に背をもたせたまま、ごく普通の声で話していた。
「ジュンで慣れてたのか、そいつは知らなかったな。それで」
「かせ」
 ジョーが振り向きもせず、健の手から銃を奪っていった。1、2秒空になった自分の手
を見ていた健だが、それを頭の後ろで組むと再びジョーの方を向いてしゃべりはじめた。
「それで相性はよかったのか?」
 今度の静寂は長かった。額に汗をにじませたジョーが、やっとまともに健を振り返る。
「お前とレイがそんなに相性がいいとは知らなかったよ。いや、いいことさ。俺に遠慮す
ることなんかないぜ」
「俺とレイの相性?」
 ジョーにはなんのことだかさっぱりわからない。が、健はかまわず、独り言のように話
続ける。
「昨日の夜、TVでおもしろいことをいってたのさ。お前、見なかったか?」
「おい健、お前さっきから」
「あぁ、そうかプロレスで忙しかったか。ジュンも見てたから後できいてみろよ。その中
でさ」
「ちょ、ちょっと待て、健」
「うん?」
 たまらずにジョーが遮った。そして、一つ深呼吸をすると健の目を正面からみつめ、せ
いいっぱい怒りをおさえた声で尋ねた。
「健。お前今、俺達がどんな状況にいるかわかってるか?」
 健も壁からはなれて真っ直ぐに立つと、まじめな表情でみつめ返した。
「わかってるさ、銃撃戦の最中だ・・・ほら、あっちで構えてる」
 顎をしゃくる健にジョーがあわてて振り返る。一瞬、相手の方が早かった。が、タマは
明後日の方に飛び、本人はきれいに肩を射抜かれもんどりうって倒れた。
「ほんとにへたくそだなぁ」
健の腕をひっつかむと階段下まで走り、身を隠したところでとうとうジョーが怒鳴った。
「わかってんだったら感心してねぇで、お前も撃てよ」
「ムチャいうなよ、銃が無いんだぜ」
 両手を開いてみせる健にジョーが目をむいた。
「な!?なんで無いんだ?」
「さっきお前が俺の銃をかせって持っていったんじゃないか。で、お前は自分の銃を捨て
た」
「捨てたんじゃない、タマが切れたからお前の前に投げただろ?なんで拾って入れねぇん
だよ?」
「今回の作戦のリーダーはレイとお前だろ?そのお前が突入した時<へただなぁ。これな
ら俺一人で十分だぜ、お前は後ろを付いて来い>って言ったんじゃないか」
(だからってまんま、ついてくるか!?)
 ジョーは開いた口がふさがらなくなった。このバカ野郎にあびせる
 罵声をさがしたジョーは、だが一つ気になることに思いあたった。
「おい、リーダーが俺とレイってのはなんだよ?」
 健はあくまで普通の声で答える。
「そもそも今回の任務で俺達はレイの助手だ。見張り場を決める時、レイの発案にお前が
乗ったからさ。あぁ、俺達側のリーダーはお前で、俺とジュンはサポート役だなと思った
のさ。だから2人でいい作戦でも立ててくれるだろうってね。まさか、プロレスにまで発
展するとは思わなかったけどな」
 ジョーは文字どおり頭を抱え込んだ。
(昨日の部屋割りはそれだけのことだったのか・・・サポートってよりはお荷物だ・・・
しかし、今レイがいなくて助かったぜ。忍者隊のリーダーがこんな奴だってわかったら、
あいつのことだ、上になんて報告するか・・・)
 それを思うと背中に冷たいものが流れる。ジョーには報告書の文まで見えるようだった。
レイはそれこそ、鬼の首を取った勢いで乗り込んでくるにちがいない。そして鼻息も荒く
こういうのだ。
「ほうら、あたしの言った通りじゃない。これでわかったでしょ、あたしとジュンが組め
ばどんなにいい仕事をするかってことが。やっとISOも認めたわ。じゃ、ジュンは貰っ
ていくわよ」
 ジュンは強引にレイに引っ張っていかれ、後に残されるのは男4人・・・
「冗談じゃねぇ!おい健、とにかく」
 勢いよく振り向いたジョーは、が、きょとんとした表情の健を見て全身の力が抜けてい
く気がした。かわりに健が涼しげな笑顔でうながした。
「とにかく先に進むんだろ?ジョー、後ろはまかしておけよ」
「・・・あぁ・・・そうだな・・・」
(誰もいない後ろの何をまかすんだよ)
 頭を振りつつ消え入りそうな声で返事をしたジョーは、重い足取りで一段ずつ上ってい
った。すると健がまた、話を続け出した。
「その中でさ、SEXの相性のことを言ってたんだ。それが男同士、女同士のことをやっ
ていて」
「あぁ、そいつはおもしろそうだな。で、お前、ジュンを持っていかれちまってもいいの
かよ?」
「ようは相性が良ければ性別は・・・ジュン?持っていくって?」
「レイがジュンを引き抜きたがってんのはお前も知ってるだろ?あいつ本気だぜ。今回の
仕事で階上に行ったあいつらが失敗してみろ、階下で引付け役の俺達のせいにされるぜ。
そんなことになったら」
「ないさ」
 いやにきっぱりとした健の口調にジョーが歩を止めて振り返った。
「そんなことありえない」
 青い瞳が真っ直ぐにジョーを見返してきた。
「ないってのは・・・」
「急ぐんだろ、ジョー」
 ニッコリ笑った健が、今度は先に立って上っていった。その背中を見ながらジョーが不
思議に思う。
(ないって、どっちが?)
 再び踊り場に出た時、2人は微かな音に気が付いた。それは何かが地を這うようなとて
も小さい音・・・油断なくあたりを見回しながらジョーが問い掛ける。
「何の音だ?それに誰もいなくなっちまった」
「ああ」
 ここにきて健の顔にも緊張が表れだした。心もち腰を落とし、壁に背をつけるようにし
てゆっくりと一歩ずつ上っていく。

「ジョー、伏せろ!」
 七段めに掛けた足で体を反転させ、健が後方へ飛んだ・・・
「健!」
 ジョーが健の腕をつかみ後ろへ引いた・・・
 ビル全体が大きくジャンプした・・・

                                             5

  その少し前・・・
 レイはなかなかにご機嫌だった。
 (下の2人、どうやらうまくやってくれてるらしいわね)
 おかげで誰に会
う事もなく最上階もその下の階もなんなく探し回れた2人は、更にもう1つ階を降りてき
ていた。さすがに組みたがっていただけのことはある、レイはジュンとの見事なコンビネ
ーションにより、驚異的な速さで仕事をこなしていた。
(これこれ、仕事はこうでなくちゃね)
 だからまだ肝心のモノに行き当たらなくても、かなり前から仕事の方は手だけにまかせ
て、頭の方はもう一つの気がかりなこと
 <レイにとっては仕事よりもずっと大問題だった>を解決する方に回したのだった。
 レイは肩越しにジュンの背中をチラッと見てからめまぐるしく考えた。
<それはそれは彼女の手元に負けないほどのめまぐるしさで。彼女たちにとって手と頭を
使い分けることなどたやすいのか、実際ジュンもコンピューターの前に座って、手は忙し
く情報を探しても頭はレイとの会話に使われていた>
 なんとなく眠そうなジュンの様子から(まさか)と思ったレイは、誘導尋問風にいろい
ろと聞き出したのだったがこれがとんでもなく手間取った。というのは、もともとこうい
う話は苦手なのか、ジュンの話はあちこちに飛ぶのだった。

「だからTVを見たのよ」
「プロレス中継を!?」
「プロレスの話は違うの。それはベッドが目に入った時で」
「ベッド?」
「うん、なんかとても緊張したの、ベッドで」
「緊張って・・・ベッドで!?」
「ええ、特に背中が・・・つったみたいに感じたわ」
「それは・・・○●☆★・・・」

「ニュースがやってたのよ、殺人事件だったかしら。それからSEXの相性の話になって」
「ニュースでそんなのやってたの?」
「要はお互いの相性がよければ・・・って言ってたみたいなんだけど。相性っていえば、
ダメね、健相手だとうまくいかなくて・・・」
「何が?」
「バンド仲間ならできるのよ」
「何が??]
「そうよ、ジョー相手でも自信あるんだけど・・・」
「だから何が???」

 いい加減レイの頭が混乱しだす寸前まで聞いて、やっとどうにか話がみえてきたのだっ
た。そして今、ジュンの話を総合してみるに
 (つまり、あの男がボクネンジンってことよね)
 に落ち着いたレイだった。
<これだけの結論を出すのに彼女がどれほど想像力を駆使したか>
「ないわね、そっちは?ジュン・・・つまり、答えにつまってしまったと?」
「まだよ、レイ。・・・うん、まぁ・・・」
 レイはキャビネットをバンッと閉めると次へ移った。
(要するにジュンはあの男との会話で主導権の取り方をきいてきてるのよね?まぁ、その
位ならアドバイスしても・・・この分ならあいつにジュンを持っていかれる心配はなさそ
うだし)
<女はしなやかに、かつ、したたかに>
 が持論のレイはジュンを
 <あともう少し>と評価していた。
(顔は美人で文句なし、スタイルだってばっちり私好み。ちょっと気の強いところもOK。
だから<あともう少し>色気が加わればいい。<あともう少し>男を手玉にとるところが
あれば、なおいい)
 ジュンが色っぽい会話で健をキリキリ舞いさせているところ・・・などを想像すると、
なぜか楽しくなってくるレイだった。
「ジュン、とりあえず自分の得意なところから始めるのよ。かっこよくなんて構えること
ないの」
「自分の得意な?」
「そうよ。・・・ないなぁ、どう?ジュン・・・健を前にして、二人っきりになっても自
然に言えるセリフは?何かない?」
「こっちもダメ。違うのかしら・・・そうね・・・あぁ、一つあるわ」
「上等!!」
 ジュンの答えに指をパチンと鳴らすと、勢いよくレイが振り向いた。
「どんなセリフ?」
「ツケ、払って」
 レイの笑顔が凍り付く。・・・ツ・ケ・ハ・ラ・ッ・テ・・・彼女がこれを理解するの
に1、2秒を要した。再び思考が再開したとき、レイは凍り付いた笑顔のまま、一つ咳払
いをしてから話かけた。
「ええと。。もう少し他にないの。。かな?」
「他に?」
「うん、こう、もうちょっと、明るいというか楽しくというか。。」
「まかしといて」
「そうよ。で、どんなセリフ?」
「だから・・・まかしといて」
「だから・・・え?ひょっとして今の?<まかしといて>なの?」
「ダメ・・・かしら?」
 手を止めたジュンが不安そうな表情でレイを見上げた。その真っ直ぐな瞳にレイはそっ
と視線を外すとキャビネに集中するフリをして<ジュンには背を向けて>精一杯明るく言
った。
「い、いいんじゃない?ごく自然で・・・そう、自然よね(任務中ならね)」
 レイの同意を得て安心したのか、ジュンの顔がパッと明るくなった。両手を胸の前で組
むと小首をかしげてみせる。
「ほんと?あぁ、レイにそう言ってもらえると自信がつくわ」
「そ、そう?(なんの?)」
「そうよね、構えるからいけないのよね。自然に、自然にと・・・あ、これかしら?」
 コンピューターに向き直ったジュンは、何やら独り言をいいながらも楽しげに仕事をこ
なしだした。再び肩越しに見るジュンの背中が、レイにはウキウキしているようにみえる。
(自然にって・・・一体なんの話だっけ?何か勘違いしているような??)
 またもや混乱しだしたレイがそれでも手元だけは動かし続け、そしてついに行き当たっ
た。
「あったわ!!」

 2人がほぼ同時に叫んだ時、それは同時に階下で爆発が起きた時だった。

                                             6

  青い空にみるみる黒煙が広がっていく。太陽も霞みだした。いつもの昼下がりのいつも
のオフィス街が一変し、突然の爆音にアリの子を散らすように、人々が我先にと通りへ出
てきた。多少中心街から外れた位置にあるとはいえ、そこそこ大きなビルだ。前の幹線は
止められ、消防車、はしご車がズラッと並ぶ。それを取り巻く十重、二十重の人垣もあっ
という間にできてしまい、押え込むポリスを今にも飲み込みそうな波の様に動いている。
近くのビルの窓という窓にも見物の人々の顔が鈴なりに見えた。
 最初の爆発から十数分、自力で脱出できた人達の避難は終わり、今は炎より上に残され
た人の救出に移っている。時々小爆発が起こり、その度ガラスやセメントの欠片が降って
くるため、おもうように救出活動は進まない。人々が見上げる中、今ゆっくりとはしごか
ら男が降りてくるのが見えた。煤で真っ黒の手足は血が流れているのが見えるが、どうに
か自分の足で降りてくる。どっと歓声がわいた。
 そんな人々の片隅に健とジョーがいた。2人は自力で脱出してきた後、やじうまにまぎ
れて救出の様子を見守っていた。簡単に埃をはらっただけの2人は所々血も流れていたが、
今は手当てをしている場合ではなかった。
 レイとジュンはまだ出てこない。この人込みではブレスレットで呼ぶこともできなかっ
た。無言でビルをみつめる2人の表情は対象的だった。健は口を引き締め、じっとビルを
にらみつけている。一方、ジョーの目はイライラと出入り口、炎の上、下とせわしなく動
いていた。
(まだか、なに手間取ってやがる、レイ・・・ジュン・・・)
 しびれを切らしたジョーが健に話しかけようとした時、ふいに見慣れた人影が視界をよ
ぎった。
「レイ!!」
「あぁ、2人とも、ここにいたの」
 大きく手を振ったレイが、人波をかき分けてどうにか2人に近寄ってきた。やはり傷だ
らけの煤だらけで、自慢のブロンドも埃で白っぽい。息を切らし軽く咳き込む様子のレイ
に、安心したのかジョーがさっそくにくまれ口をたたく。
「遅いぞ、レイ。あんまり人を待たせんなよ」
「あら、心配してくれてたの?ジョー」
「お前じゃなくて、ジュンをな」
(かわいくない)レイは鼻の頭に皺を寄せると、健の方へ向き直った。
「モノはここよ、ジュンは無事?」
「・・・いっしょじゃないのか?」
 3人の動きが止まった。レイの声が裏返る。
「とにかくこれを先にって言うから・・・あたしは来たルートを逆にたどって隣のビルか
ら・・・あの子は別から出るって・・・」
 レイが震える指で向こうのビルを指す。とたんに駆け出そうとしたジョーをレイがあわ
てて止めた。
「無理よ、ジョー。ワイヤはあたしが出ると同時に外れてしまったもの」
 振り返ったジョーがレイにかみ付く。
「お前は脱出できたんだろ?だったら」
 レイも同じ勢いでかぶりをふる。
「今はもう、あっちも火の海よ」
 それまで2人の話を黙ってきいていた健が、きびすを返すとレイが来た方とは反対の方
向へ歩き出した。
「おい、健、どこに」
「2人とも、ついてきてくれ」
 レイとジョーが顔を見合わせる。人波の切れ目から走り出した健を、2人があわてて追
っていった。


  健が2人を引っ張ってきたのはビルの側面側だった。レイの脱出したルートとは反対に
あたる。確かに炎はまだとどいていないようだが、真っ黒い煙は窓々から絶えず流れ出て
いる。やじうまも正面よりは多少すくないという程度で、やはりブレスレットが使えるよ
うな状況ではない。
 だが健はビルの一点を見つめると腕組みをし、それきり動かなくなってしまった。不安
や心配といったものがその固い表情からは読み取れない。追いついた2人は、2、3m後
ろでその様子を見守った。レイがジョーの腕をつつく。
「ちょっと。こんなところ引っ張ってきて何考えてんのよ、あいつ」
「俺が知るかよ」
「何よ。また<何か考えがある>っての?」
「それは・・・」
 昨日の部屋割りの真相は口が裂けても言えないジョーだった。が、幸いレイはこのこと
にはそれ以上ふれる気がなかったらしく、かわりに今さっきまでのジュンとのやりとりを
話し出した。
「まったく信じられないでしょ。あの子達って2人きりの時、一体どんな会話してるのよ」
「俺にわかるかよ、2人きりだってならなおさら・・・」
 ジョーは片手で口元を押さえるとうつむいてしまった。傍目には心配のあまり涙ぐんで
いる人のように見えたかもしれない。が、実は笑いをこらえるのに必死だったのだ。
(なんてジュンらしい答えだよ)
 ここでなければ、この状況でなければ、大声で笑い出すところだ。
「ちょっと、あんたまで何してんのよ」
 レイに話かけられてもジョーは俯いたまま肩を震わせていた。わけのわからない彼女は
怪訝な表情で、健を見、ジョーを見、そしてビルを見上げた。
 ついにこっちの窓にも炎が塊となって現れ出した。降り注ぐ火の粉に人垣が後退しだす。
だが健は人に押されても同じ姿勢のまま動かなかった。
(急がないと、もう・・・)
 意を決めたレイがビルに向かって一歩踏み出した時、「ドンッ!!」という大音響とと
もに2度目の爆発がおきた。地面が大きく揺れ、足をすくわれたレイが思わずひざまずく。
顔を上げたジョーの目にビルの半分が崩れ落ちる様が映った。ひときわ大きく上がる炎。
人々の悲鳴。すさまじい黒煙と埃に視界がきかなくなる。
 だが健は見逃さなかった。そんな中、一瞬、白いものが舞い落ちるのを。


  走り出した健に気づき、レイとジョーが後を追った。ポリスが何か叫んだようだったが
かまっていられない。レイは瓦礫のはるか向こうに人影の様なものが見えた気がした。
(ここで止まってはまずいわ)
 熱さに息を止めたレイはそれが何か確かめることもできず、とにかく健の行った方へと
走った。更に瓦礫の山を越え、煙と埃からやっとの思いで抜け出すと、そこはビルの裏手
にあたるところだった。
「健!」
 2人が同時に健をみつけ駆け寄る。ちょうどかがんだ健が立ち上がるところだった。と、
体をずらした健の陰からバードスタイルのジュンが出てきた。
「ジュン!?」
 2人がまた、同時に驚く。ジュンの顔も手足もひどく汚れてはいるが大きな怪我はない
ようだった。微笑んだジュンにほっとしたジョーが、だが、健にたずねた。
「健、ジュンがここに出てくるってよくわかったな?」
「そうよ、どうして?」
 レイも不思議がる。ようやく笑顔を見せて、健が説明した。
「ああ、俺達の部屋からは見えたんだよ、ビルのこっち側がさ。窓際に座った時、ジュン
は俺の正面でなく隣にいたから脱出にはあそこがいいってわかってるなと思ったのさ」
 ジョーが重ねてたずねた。
「その時、ジュンと確認しあったのか?」
 健が自信たっぷりに答える。
「もちろん。その位言わなくてもわかってるさ、以心伝心だよ。な、ジュン」
 ジュンのはにかんだような上目遣いの笑顔に、レイとジョーは一瞬目線を交わし確信し
た。
(伝わってないな)
「少しハラハラさせられたが、まぁ、なんとか任務完了だな」
 健がさっぱりした笑顔でジュンに話かけた。
 ジュンはにっこり笑うと最高の笑顔にウインクも付けて答えた。
「まかしといて」

                                            7

  今夜も閑古鳥の鳴くこの店にいる客は、今夜も男が2人と女が1人だった。
 今夜もBGMはなく、灯りはカウンターの一帯だけ。そしてカウンターの一番奥席では、
これまた今夜も、紙切れ一枚をはさんでの攻防がさっきからくりひろげられていた。
「ダメよ、健。今日こそは払ってもらいますからね」
「たのむよ、ジュン。来月は必ず払うからさ」
「あなた、先月も同じ事を言ったわよ」
 彼らから2席おいたところでは、ジョーとレイがグラスを合わせていた。
 あの後、レイの出した報告書を読んだジョーはホッとするあまり、つい部屋割りの真相
やビル内での健とのやりとりをしゃべってしまった。
「なによそれ!!冗談じゃないわ!!」
 ものすごい勢いで激怒するレイをなだめすかすためジョーは<スナックJで一番高いボ
トル3本をキープ>という大枚をはたくはめになったのだった。
「結局あきらめないのか。お前もしつこいな」
「あれを見て一体何をあきらめなきゃならないってのよ」
 レイが煙を吐き出し顎をしゃくる。
 腰に手をあてにらみつけるジュンと、頭をかかえる健。もう何回となく繰り返されてき
たこのシーンが、今夜も2人の酒のさかなだった。
「でもね」
 グラスを置き、レイがジョーに話かける。
「今回のことで一つわかったことがあるのよ。あんたとあたしって似てるかもね」
「あ?」
 ジョーがグラスから口を離し、レイを振り返った。煙草の灰を落としレイが続ける。
「あんたもあたしもやっかいなの好きになっちゃったわよね。2人共、とにかくズレてん
だもん。同情するわよ」
 ジョーは無言のままグラスを置くと、レイの煙草を1本抜き火をつけた。そして、深く
吸い込んだ煙を大きなため息のように吐き出すと、レイと向き合った。
「あのなぁ、何度も言ってるだろ?お前一体何を勘違いしてんだよ?」
 薄く笑ったレイが肩をすくめてみせる。
「何度も言ってるじゃない。勘違いなんかしてないわよ、あたしは」
「知ってるだけよ」
 2人の声が重なった。ジョーも肩をすくめてみせる。
「だろ?」
「とにかくダメ。今夜こそは絶対ダメよ」
「そんなこといったてサ、本当に金、ないんだぜ」
 困った顔で笑う健に、いつもはこのままたたみかけるジュンがちょっと考える顔になっ
た。レイとジョーが
「お?」
 と振り向く。3人が見つめる中、ジュンは一呼吸おくといたずらっぽく片方の眉を上げ、
とびっきりの笑顔を健に向けた。
「OK。じゃぁ・・・体で払ってもらうわ、健」


2席向こうで男と女が顔を見合わせた・・・
そして、笑顔を向けられた当の男は・・・


FIN



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