宴のあとで

by 小夜子

「さてと」
 くつを脱ぎ直に床に座るとベッドに寄りかかる。氷のはいったグラスを3つとバーボン
のボトルもそのまま床に置いた。
「ほら、ジュン」
「あ、ありがと健」
 グラスを受け取るとジュンもくつを脱ぎ俺の隣にペタンと横座る。
「ジョー、おまえも」
「俺はいらねぇよ」
 受け取らない奴に仕方なくグラスはサイドテーブルの上に置いてやる。
「いいかげん機嫌なおせ。こっちこいよ、飲もうぜ」
 俺の事務イスに逆むきに座り、背もたれでほおずえをついてこっちをながめるばかりだ。
俺は小声で隣のジュンにきいてみた。
「そんなにさわいだかな?」
 ジュンはグラスから一口飲むと軽く肩をすくめてみせる。だよな。
「おい、ジュン。本当にあいつらほっといていいのか?」
 ふいに奴が話かけてきた。
「大丈夫よ。火の気はないし、鍵もかけたし」
「店のソファーだぜ?」
「夏だもの、かぜなんかひかないわよ」
「でもよ」
 2人の会話を聞きながら俺もグラスをあける。
 ふーん、ジョーってのは根本的にお人好しなんだな。機嫌を悪くしてもまだ、甚平や竜
の心配なんかしてやがる。飲む気がないんならここにもついてこなきゃいいものを・・
「おい、ジョー、飲まないんなら帰っていいんだぜ」
「バカ、酔ってるお前らを2人きりにできるかよ」
 少しあせったように言う奴の態度に、隣のジュンも驚いた顔だ。
 2人きりねぇ。そんなこと口に出されちゃ、こっちとしてはついからっかってみたくな
るよな。

「俺達が2人でいちゃ、なにかまずいのか?」
「・・・・・」
「俺がジュンに手を出すとでも?」
「ジュンの方が相手にしてくれねぇよ」
 やっとグラスに手を伸ばしたかと思えばこれだよ。まったく、かわいいやつだねぇ。
「へぇ、じゃあお前なら相手にされるのか?」
「少なくともお前よりはましだな」
 空いたグラスを片手にイスを立つと俺の前に座りこんだ。やっといっしょに飲む気にな
ったか。俺達のグラスにも酒を注いでくれる。そんな奴をうれしそうに見ているジュンの
様子に、ついまたからかいたくなってくる。
「ましって何が?お前の何が俺より優るんだ?」
「そりゃ、いろいろだな」
「たとえば?」
「・・・・」
「キスの仕方・・とかか?」
 グラス超しに上目遣いでにらまれた。ジュンはといえば、なにやらいたずらっぽい表情
で俺達2人を交互にみながらグラスを傾けている。
「それともベッドでのエスコートの仕方とか?」
 俺の挑発に奴は伏し目がちにぼそっとこたえた。
「あぁ、どっちも俺の方がうまいね」
 へぇ、いうねぇ。なんだかうれしくなってくるな。
「俺の方が下手だなんてどうしてわかるんだ?」
「お前みたいなデリカシーのない奴が俺よりうまいわけがない」
「勝負してみるか?ジュンに判定してもらえばいい」
「だからジュンはお前なんか相手にしねぇよ」
「そんなことないさ。なぁ、ジュン」
「そうねぇ・・」
 男2人のバカな言い合いにあきれたのか、それまで黙ってきいていたジュンがゆっくり
とグラスを床に置くとやっと口を開いた。

「じゃぁ、2人いっしょに面倒みましょうか」
「ーーっ!!!」
 同時に吹いた俺達を尻目にジュンが続ける。
「なんなら、ここで。今からでも。大丈夫よ、公平に判断してあげるから」
 そういうと片目をつぶってみせ、あとはすずしい顔で再びグラスを手に取った。俺達は
といえば顔を見合わせるしかない。俺は思わず両手をあげた。まいったね。まだ少しむせ
ているジョーが俺に囁いてきた。
「ジュンが一番うわてだな」
 苦笑いを残しジュンの傍らに移動すると、グラスに酒を足してやっている。それをなが
めながら俺は少々酔った頭で考える。2人いっしょに・・・ねぇ。あんまりかわいいこと
いってると本気にとるぞ。
「さぁて、どうするかな」
 俺を見たジュンがニコっと笑った。
「さぁ、どうしようかしらね?」

そして・・・ 

  はじまりは冗談だったのよね。2人だってそうでしょう?
 お酒のせい?カーニバルの余韻?あぁ、夏の夜のせい?
 なのに、やがて灯りは消され、窓からもれる月明かりに包まれて私たちの肌が青白く見
えるわ。さっきまで床が冷たく感じられたのに、今はもう、どこもかしこも熱い。
「はぁっ・・」
 ほら、もれる吐息も、離れていく唇までもが熱くなる。
「ジュン・・・」
 耳をくすぐるささやき声・・・あなたがこんなにやさしく私を呼んでくれるなんて。
 そのままくちづけは首筋を伝いおりてくる。軽く触れるあなたの髪の感触までがやさし
い。胸に回された手はやさしく、時に力強く私を包み込む。あなたの背中に回した私の指
が爪立つ。
「あぅっ・・ぁ」
 思わずもれる声にもう一つのくちづけが。
「ジュン・・・」
 あなたと交わすはじめてのキスがこんなに激しいものになるなんてね。私、たくましい
腕達にだんだん、からめとられていくわ。そう、その胸にキスをさせて。あなたのまぶた
にも。腰にふれさせて。背中にもキスをちょうだい。もっとよ・・・
 もう・・・下腹部が熱い。
 そう、あなたにふれられたから・・・いいえ、あなたがくちづけるから・・・やがてい
っぱいに満たされる感覚。そしてもう一つの満たされる感触。のけぞる私をそんなに見つ
めないで。もう、何も見えない、聞こえない。伝わるものは熱い肌だけ・・・

「ジュン・・・」
 あぁ、この声は聞こえるわ。
「ジュン・・・」
 そう、この声も・・・
「あぁ、、あ、」
 私の声だけが言葉にならないの・・・

  浅いまどろみから覚めた私が、最初に見たものは彼の寝顔だった。
こんなに間近で見たのはじめてだわ。まつ毛が長いのね。そっと前髪をはらいほほにくち
づける。首をめぐらせれば、もう一つの寝顔。そう、彼の寝顔もなんてやさしい。ほほの
髪をどけてやはりくちづける。

 窓の外は淡いブルー。
 いま、ゆっくりと夏の夜が明けようとしている。


THE  END
 



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