L' ARBRE DE NOEL '05
- Blue Cristmas -

by さゆり



< 1 >

 樅の木には星の飾りと赤いリボンを、
 ジンジャーブレッドハウスには砂糖の雪とキャンディーで飾りを、
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエルを、
 窓の外には白い雪とスノーマンを‥‥
 
 ガキの頃以来、とんと縁がなかったそんな絵に描いたようなクリスマスってやつを過ご
したくなって俺は独りベースを後にした。外見上はもはやポンコツかもしかしたらクラ
シックカーか?といったところの愛車だが、中身はいつだってバリバリにチューンナップ
してある。ご機嫌な音を響かせてエンジンは回転を上げ、俺は雪降る北を目指してアクセ
ルを踏み続けた。
 やがて辿り着いたのは山の中のとある小さな町。
 小さな教会の傍らの樅の木にも赤いリボンが飾られていたが‥‥
「こんちは」
「やあ、こんにちは。どこから来なすったね?」
「通りすがりの者だけど、ちょっと気になったもんでね。どうしてあのツリーには天辺に
星の飾りがないんだい?」
 ああ、と老人は少し寂しげに微笑んだ。
「クリスマスツリーに星がないんじゃ格好がつかん事はわしらにも分かっておるよ。だが
ね、もうこの町にはあの樅の木の天辺に星を飾れる者がおらんのさ」
「うん?」
「ははは、わしらもあんたくらいの頃にはまさか梯子に昇るのが怖いだの難しいだのとい
う歳になろうとは夢にも思わなんだがな」
「俺くらいのにやらせりゃいいじゃないか?」
「町にはもう年寄りしかおらんよ。若者はみな都会へ行っちまったでな」
 そうか‥‥と、俺は頷くと愛車を下りてこう訊いた。
「で、ツリーの星は教会にあるんだろ?」
「ああ、そうだよ。おい、あんた、いったい何を―」

 辿り着いた山の中のとある小さな町の小さな教会の傍らの樅の木に星を飾って、俺は取
り残されたようなその町でクリスマスを過ごす事に決めた。ホテルなどという洒落たもの
はなかったが、親切な老人達は今は空家となった町外れのログキャビンを通りすがりの余
所者の俺に快く提供してくれた。いや、空家か納屋はないか?と尋ねなかったら教会で神
父様の世話になるところだったんだが、さすがにそれは気が引けるというものだ。なにせ
俺は神に許される身ではないのだから‥‥
 確かに俺は人を救ってはいる。
 だが同時に人を殺めてもいる。
(平和って何だろう?)
 そう小さく呟いたあいつはもういない。
(俺達が正義の為だといっている戦いも、実は許されない空しい行為なのではないの
か?)
 そう言って俯いたあいつはもういない‥‥のだ。

―「G2号、応答せよ」
 教わった通りに古めかしい暖炉に火を入れて薪をくべながら、ベースを出てからずっと
切りッ放しにしていた通信装置をオンにした途端、あいつの声が俺を呼んでいた。
―「G2号、どこにいる?ジョー、応答せよ」
「あいよ、G2号だ。ケン、俺はここにいるぜ」
―「ジョー!いったい何をやってるんだ?無断で行方をくらますとはどういう事だ?」
「クリスマスまでは休戦なんだろ?どこへ行こうと俺の勝手だ」
―「勝手って、そんな事が通ると思っているのか?ジョー、今すぐベースに戻って来い!
これは命令だぞ!」
 ヘン、と俺は鼻で笑い、
「言う事を聞かせたかったらここへ来て、腕づくで俺を連れ帰るんだな」
 と言って通信を切った。ベースの指揮席であの任務の虫が「あいつめ!」とか毒づきな
がら、それでも辛抱強く今の交信から俺の所在を割り出すべくコンソールのキーを叩く姿
を思い浮かべつつ、俺はやっと落ち着いた暖炉の火影に独り言ちて微笑んだ。
「来いよ、ケン。おまえもクリスマスくらいは人らしいあったかさを取り戻せよ」
 と‥‥


< 2 >

「他に足りない物はあるかな?」
「いや―」
 首を横に振りかけて、俺はご馳走のことを思い出した。独りならエネルギーセルは満タ
ンだし特に物を食う必要もないのだが、まさかクリスマスの晩にまであいつにお仕着せの
レーションを食わす訳にはいかない。そう、あいつは必ずここへやって来る。
「デリかレストランはどこだい?せっかくのクリスマスだし、やっぱりケーキと七面鳥く
らいはあった方はいいな」
 デリもレストランもないがね、と小さな店の老店主は笑った。
「婆さんの手料理で良かったら、うちの分と一緒に焼いておくよ」
 久しぶりに息子が帰ったみたいだって、婆さん、もうすっかりその気で張り切ってるん
だがね、と彼は不器用にウインクしてまた笑った。
「そりゃどうも、ご親切に‥‥」
 見知らぬ老人達の優しさが胸に沁みて、降り出した雪の中、俺は鼻歌気分でログキャビ
ンへと戻った。さあて急がないとあいつが‥‥

 夕刻、一応何とか " クリスマスらしい " 体裁を整えかけたログキャビンのドアを開けて
あいつが入って来た。任務の虫もさすがにこんな山の中の小さな町に要らぬ騒ぎを起こし
ては、という分別は持ち合わせていたようで乗って来た筈の小型VTOL機をいきなりログ
キャビンの前に降ろすことはせず、たぶんどこか少し離れた山中にでも降りて雪の中を歩
いて来たのだろう。空調の整った環境に暮らす者の哀しさか、およそ防寒機能はあるまい
と思しき薄いフライトジャケットの肩もチョコレート色の髪もすっかり白くなっていた。
「よう早かったな、ケン。ノックもせずにドアを開けた無礼は許してやるから、ツリーの
飾りつけを手伝え」
 ほらよ、と投げたオーナメントを片手で受け止めて、あいつは低い声で言った。
「ジョー、いったいこれは何の冗談なんだ?さあ悪巫山戯はここまでにして、俺と一緒に
ベースへ戻るんだ」
 ヘンッ、と俺はツリーをいじくる手を休めもせずに鼻で笑った。
「やなこった」
「スクランブルに備えて常に待機していないとならない事は分かっているだろ?あの残党
どもがいつまた攻撃して来るか‥‥」
 冷たいほど生真面目なあいつの口調がたまらなかった。だからわざと戯けて、
「フン、だから俺の知ったことかよ、と言ってるんだぜ」
 物分かりの悪い奴だな、おまえは、と俺が舌を出して見せると、
「ジョー!きさま―」
 努めて冷静を装っていたであろうあいつの頬にサッと朱が差し、それから「おまえの戯
言通りわざわざ迎えに来てやったんだ、これで気が済んだだろ?さあ来いよ、ジョー。来
いったら!」と遮二無二俺の腕を掴んだ。
 その腕を掴み返して、俺は薄く笑った。
「まったく物分かりの悪い奴だな、おまえは‥‥ケン、俺は " 腕づくで " と言った筈だ
ぞ。力でこの俺に勝てると思うのか?」
 ハッとしたように見開かれたスカイブルーの瞳を凝視したまま、俺はあいつの両手を捻
り上げ、それからゆっくりと左手首に光るスティールブルーのブレスレットを取り上げ
た。
「な、何をするっ?ジョー、馬鹿な真似をすると許さんぞ!手を放せっ!」
「放したらツリー作りを手伝うか?明日はもうイブだ、急がねえと―」
「巫山戯るのもいい加減にしろ!」
 子供じゃあるまいし何がクリスマスだ、こんな物!と買って来たばかりの香しいダグラ
スファーを蹴飛ばそうと足掻くあいつを床に押さえ込んだ俺はその枝をまとめるのに使わ
れていたロープで無造作に手足を縛ると、
「手伝わないどころか邪魔するってんなら仕方がねえや。ケン、暫くこっちで大人しくし
てな」
 と、キッチンの横の空き部屋へ放り込んでしまった。
 ―バカッ!出せっ!おい、ジョーッッ!
 重い木のドア越しに漏れて来るそんな怒声に俺はククッと笑って、中断していた飾り付
けに戻った。
「さてと樅の木には星も付いたし後はもうちょっと赤いリボンで飾って、ジンジャーブ
レッドハウスには砂糖の雪を掛けるかな?そうそう、イブのご馳走の事だけど心配いらな
いぜ。七面鳥とケーキをトニーの店の婆ちゃんがついでに焼いてくれるってさ。なあケ
ン、あとでスノーマンを作ろうぜ。あの絵本を読んだ時、おまえ、泣いたっけな‥‥」
(せっかく仲良しになったのに‥‥)
 と、涙を浮かべていた頃のあいつを思い出して低く" Walking in the air " をハミングし
ながら、もう少し華やかにならないものか、と俺はツリーを眺めていた。


< 3 >

「そうか、ツリーにはピカピカ光る飾りが要るんだったな」
 金のモールとか豆電球とかLEDとか‥‥その代わりになる物は?と考えて、ああ、そう
だ、と俺は思いついた。あいつが乗って来たVTOLクラフトに装備されている緊急時用の
セットの中に‥‥
「おい、ケン、ちょっと出掛けて来るからな」
 木のドアの旧式な掛け金を上げた瞬間、恐らく狙っていたのだろう。ドンとあいつが体
当たりして来やがった。バーカ、大人しくしてろ、と笑って再びドアを押し閉めて俺は外
へ出るとヒップポケットに突っ込んでおいたあいつのブレスレットに行く先を訊ねた。
「さあてと、こっちか」
 GPSが指し示す森の奥へと雪の中を進むが、けっこう距離がありそうだ。
「ちぇ、あいつめ、またずいぶんと離れたところに降りたんもんだぜ」
 極秘作戦でもあるまいにクソ真面目にマニュアル通りとは、と俺は苦笑した。
「ま、仕方ねえや。何たってあいつはまだまだ経験不足の坊やなんだからな」
 そう、分かっていたさ、何もかも‥‥
 分かった上で俺はあいつを受け入れたつもりだった。
 だが、この違和感は何だ?
 それを思い知らされたのは半年ほど前のある任務中のことだった。

 ビルの高層階へと逃げた敵の一団をさらに追おうとするあいつを俺は抱き止めた。
(ケン、もうよせ!)
(放せ、ジョー!せっかく追い詰めたのになぜ止める?)
(いや、だから―)
 と言いかけた時、ドーンと爆発音が響いた。
(あっ)
(ほら見ろ!おい、ケン、奴らが仲間の命なんざ何とも思っちゃいねえって事を忘れたの
か?追って行ったらおまえまで巻き添えを食うところだったんだぞ!)
(そ、そんな‥‥)
 俺はそう怒鳴りながら、信じられない、というようにただ上層階を仰いでいるあいつに
覆い被さった。上からは色んな物が降って来る。コンクリートの破片や砕け散ったガラス
や焼け焦げた書類やバラバラになった調度品や、それから仕込まれていた爆薬で吹き飛ば
された哀れなそいつらの断片や‥‥
 チッ、選りに選って、と内心舌打ちする思いで俺はあいつの顔を覗き込んだ。誰だって
顔を背けたくなる無惨な光景なのは言わずもがなだが、とりわけあいつがこうした場面に
弱いという事を知っていたからだ。だが‥‥
 あいつは奴らの1人が比較的 " 原型 " を留めたまま瓦礫の中へと落下する様を瞬きもせ
ずに凝視めていた。そう、顔を背ける事も目を瞑る事も無く‥‥
(ケン、おまえ‥‥)
 ―この " ケン " は、やはり " あいつ " ではない。
 ―あの夏の日にあいつは、 " 健 " は死んだのだ。
 そう、この " ケン " は " 健 " のクローンなのだ。

  " ケン " 自身さえ知らぬその事実を告げられた時、俺は喜んでいいのか哀しんでいいの
か分からなかった。そりゃまたあいつと共に暮らせるのは嬉しい。例えそれがクローンの
 " ケン " だとしても、だ。しかし、あいつを再生した目的が依然として " 戦いのため " な
らば、あいつは、健は果たして再び生きる事を望むだろうか?
  あの夏の夜、明日は最後の出撃という前夜、俺はせめて別れなりを告げたくてあいつの
コンパートのドアを叩いた。
(やあ、どうしたんだ?ジョー。こんな時間に) 
 ベッドの傍らに置かれたリアクターに腰掛けて、健は自分の右手にテープを巻いてい
た。命を削って諸刃の剣を揮い続けるあいつはもう身体中の細胞がボロボロだとかで、特
に直接フェンサーを握る右手の損傷は酷いものだった。
(相変わらず不器用な奴だな、健)
 貸せよ、とテープを受け取って、正視に耐えぬほど傷んでしまったあいつの右手にテー
ピングしてやった。" あと一度、フェンサーを揮えば命は無い " ―そう宣告された事は健
自身も俺も承知している。だがしかし、健は明日この右手で戦いに決着をつけるつもりな
のだ、とそれも解っている。それを止める術も他に勝つ方法も無い。ならばせめて最後の
一振りが完璧なものであるように、と俺は慎重に心を込めてテープを巻いた。
(これでどうだ?痛くないか?)
(ああ、大丈夫だ。うん、これでいい。ジョー、おまえが器用なのは認めるが、でも俺
だって不器用な訳じゃないぜ。俺は右利きだからな、左じゃ上手くいかんだけさ)
(ふふふ、何を言いやがる。不器用な生き方しか出来ないくせに)
(ははは、ジョー、不器用な生き方しか出来ないのはおまえも同じだろ?)
 まあな、と俺が肩をすくめると、健は微笑んだまま、
(不器用で不様な生き方だったかも知れんが、俺が生きた人生はとても良い人生だった
よ。礼を言うぜ、ジョー)
 と穏やかな声で言った。
(ありがとう。だから‥‥)
(健っ!)
 胸が詰まって何も言えぬまま、すっかり痩せちまったあいつをただ掻き抱いた俺の背を
抱き返して健は囁くように言葉を続けた。
(今夜はここにいてくれよ、ジョー)
 と‥‥


< 4 >

「おい、戻ったぜ。ケン、良い子にしてたか?」
 やれやれあんなに歩かせやがって、とジャケットに積もった雪を払い落とした俺はあい
つを閉じ込めた空き部屋のドアに耳を付けた。
「おーい」
「‥‥」
 シンとして返事もない。だがあいつが中にいる事は確かで、それは俺のセンサーが保証
している。すっかりムクれて黙りを決め込んでいるのか?俺が出掛けた隙に逃げ出そうと
暴れまくってヘトヘトになっちまったのか?それとも‥‥まさか‥‥
「ケンッ!」
 掛け金を外すのももどかしくドアを開けると、あいつは石張りの床の上に背を丸めて
踞っていたが、ドアが開いたというのに顔を上げようともしなかった。おい、どうした?
とその部屋に入った俺はサイボーグならではの己の失敗に気付いた――くそ、これじゃ冷
凍庫だぜ!
 今やすべての家や施設にはコージェネレーションシステムが完備され、生活に必要な電
力は賄われている。そうじゃなかったらこんな山の中に年寄り達が暮らして行ける筈も無
いし、またオールドスタイルのログキャビンとて例外ではない。そう、旧式な暖炉はつま
り単なるインテリアであり、必要な暖房はPEFCからキャビン全体に供給されていたのだが
‥‥
「ケン!おい、大丈夫か?しっかりしろ!」
 かつての住人が食糧保存庫にでもしていたのか、それとも単なる故障なのかは分からな
かったが、氷温倉庫のようなその部屋から暖炉の前に抱いて来て、色を失くした唇を震わ
せているあいつをブランケットに包んだ。
「すまなかったな、ケン。いま、暖かくなるからな」
 薪を足し、冷えきったあいつの両手を擦りながら、俺は自分の迂闊さに舌打ちした。こ
の " ケン " はまだ整った環境でしか暮らした事がない脆弱な坊やだという事は分かってい
た筈なのに‥‥そして同時にこの脆さが無性に哀しくも腹立たしくもあった。と―
「ジョー‥‥」
 意識が戻ったのか、か細い声であいつが呼んだ。
「うん?」
「頼む、俺のブレスレット、を‥‥返してくれ」
「こんな時にも連絡かよ?ちぇ、おまえなんか、とっととベースに帰っちまえ!」
 待ち兼ねたように細い手首に戻ったスティールブルーのそれを叩くあいつを思わず罵っ
て立ち上がった俺の背に、
「違うんだ、ジョー。俺はこいつが無いと生きて行けない身体なんだ。細胞破壊はまだ
治った訳じゃない」
 と、辛そうに言って、それからあいつは " 真実 " を告げた。
 
「細胞破壊だと?馬鹿な事を言うな!おまえは―」
 " クローン " だろ、健康だった頃の健のサンプルから培養された複製だろ?‥‥だが、
そう怒鳴ることは出来ない。ケンは何も知らない筈だ。" おまえ " が死んだ事も、そして
 " 生まれ変わった " ことも。
「くっ‥‥」
 唇を噛んだ俺を見上げて、あいつはもう一度「違うんだ」と言うように静かに首を振っ
た。
「あの日、俺は死ななかった。いや、死ねなかったんだ」
「何だって?」
「覚悟は出来ていても土壇場になって身体が言う事を聞かなかった。気がついた時にはも
うおまえ達が出撃した後だった」
「だが、確かにおまえは俺達と一緒にいたぞ。どうして―」
 あ、と俺は気づいた。そうか!
「そうだ。あの時、おまえ達と一緒に出撃して死んだのが俺のクローンだ」
 もともとあのクローン体は細胞破壊でどうにもならなくなった部分の代替え用に、と南
部博士が作出されたもので、完璧な複製だった。だけど複製にオリジナルと同じ " 心 " は
無いしそれを全てコピーする事も今の段階では不可能だ。いや、時を経れば " 彼なりの " 
経験をし、記憶を有し、やがて心を、人格を持つだろうが、それは決して " 俺 " と同じも
のではなく、" 彼 " 固有のものである筈だからな‥‥とケンは、いや、健は語った。
「だけどあの時のおまえは、まったく " おまえそのもの " だったぜ」
「1つの作戦を遂行せよ、というだけならばAIにプログラム出来るさ。" 俺 " の頭の中を
スキャンして見れば良かったのに‥‥」
 ふふ、と健は小さく笑った。
「さしものおまえも騙されたか?ジョー」
 ああ、と俺は大袈裟に顔を顰めて頷いた。
「ちぇっ!まったくおまえは分からない奴だぜ、健。無事生きていたのなら、どうして俺
達まで騙したんだ?何だってクローンの真似なんかしてたんだ?」
 そう、
 どうあってもその理由を訊き出さなければ、と俺は思った。


< 5 >

「さあね‥‥」
 " 何故?" と問い質した俺にあいつはそう答えた。そう答えて埋ずまるようにブランケッ
トに包まって燃える暖炉の薪をジッと凝視めながら、まるで独り言のように、そしてまる
で他人事のように話し出した。
「俺達は戦わなければならなかった。勝たなければならなかった。そのためには手段も方
法も選んでいる場合ではなかった。だから俺のクローンが出撃して、俺達はこの地球を守
る事が出来た。だけど奴らの残党との戦いはまだ続いている。チームは解散したが、俺と
おまえにはまだ任務が残っている‥‥」
「それだけか?」
 ああ、と頷いたが健は俺の方を見ようとはしない。
「ンな事は分かっている。俺が訊いているのは何故おまえがクローンに成り済ましてた
か、って事だぜ」
「成り済ましたワケじゃない!だけどもし本当は俺が生きていたと知ったらジュン達は
チームを離れたか?あいつらが素直に解散に応じたと思うか?」
 いいや、と俺は首を横に振った。健が言うようにリーダーの死があいつらを開放したの
は確かだ。それは解る。それは " シナリオ " 通りだった。だが‥‥
「しかし奴らを叩くのは必ずしも俺達の任務って訳じゃねえぜ。健、チームは解散した。
なのになぜ俺達は自由になれない?」
 そう問うと、横を向いたままのあいつの口元がフッと微かに笑った。
「今さらそんな事を訊く必要は無いだろう?ジョー、おまえはサイボーグだ。ISOを離
れられる訳が無い。それに俺もISOを離れて生きて行ける身体じゃない。言っただろ?
俺はこいつに、いや、こいつを通して " DR " に代謝だの呼吸だのを管理されていないと
生きて行けないんだ。そしてISOにいる限り、俺達の任務は変わる事も無ければ終る事
もない」
「なるほど、な‥‥」

 なるほど、ISOとそのメインコンピューター " DR " は巧妙に健を操作している。
 いや、" 健 " ではない。そう、こいつはやはり " 健 " のクローンの " ケン " なのだ。
 けれども " ケン " 自身はこの事実を知らない。知らずに与えられた情報と記憶を " 事
実 " と認識し、自分がオリジナルであると信じ込んでいるだけだ。
 ―ちぇっ、くだらねえ‥‥
 やっぱりあいつはもうどこにも居ないんだ。
 そっくり同じ顔、そっくり同じ遺伝子で構成されていようともこいつはただのコピーな
んだ、と幾度となく思い知らされた事実に俺が苦笑しかけた時、
「だけど‥‥」
 と、ケンがぽつりと呟いた。
「うん?」
 呟いて、ブランケットから右の手を伸べて、まるで不思議な物でも見るように自分の右
手をつくづくと眺めながらケンは言った。
「だけど、傷痕が無いんだ‥‥」
「――っ!」
「俺の右手‥‥皮膚が裂けて肉が割れてボロボロになってたよな?それなのに‥‥傷痕ひ
とつ無いのはなぜなんだ?」
 ほら見ろよ、ジョー‥‥と差し出されたその右手を俺は思わず握りしめてしまった。見
るな!と言わんばかりに掌の中に包み込んでしまった‥‥と、あいつはそのどこまでも澄
んだブルーの瞳を真直ぐに俺に向け、それからゆっくりと笑った。
「ふふふ、相変わらず不器用な奴だな、ジョー」
「ケン、おまえ――!」
 しまった、と思った。しかしあいつはどこかホッとしたような微笑みを浮かべて、妙に
静かな声で言いやがった。
「虚の虚は実って訳か‥‥さしもの俺も引っ掛かったぜ。いや、本当の " 俺 " ならばこん
なトリックには引っ掛かりゃしないのか?だがこれではっきり解ったぜ。訳も解らぬまま
悩み、焦り、苛ついてきたその本当の理由を、な」
「何が " 本当の俺  " だ?何が " 本当の理由 " だ?おいっ、ケン、いったい何に苛ついてき
たってんだよ?言えよ、言ってみろよ―」
 嵌められたという思いに俺は焦ったのかも知れない。声を荒げてブランケットを引っ
被ったままのあいつの両肩を掴んで手荒く揺さぶると、
「何に、だと?」
 キッと俺を睨み据えたあいつは、
「何もかもだ!」
 と怒鳴り、そしてその " 何もかも " から、その苦しみから逃れようとするように激しく
頭を振った。
「敵が斃れるところなんてイヤってほど見て来た筈なのに、それが頭にこびり着いて夜も
眠れない、物も食えないなんてそんなのは " 俺 " じゃない!‥‥作戦の為ならば仲間を犠
牲にしなきゃならん場合もある。そんな事は解っている。俺だって仲間にミサイルを叩き
込んだ事も焼き払った事もある。誰にどんなに詰られようとも、" 俺 " はそうして来た。
そう、俺は死にかけてたおまえさえ見捨てた‥‥なのに、今さら何だってこんなに胸が痛
むんだ?何だってこんなに不安になるんだ?‥‥解っている、そうして来た、そうするし
か無い、それなのにこの違和感は何だ?なぜ俺は戦う事がこんなに怖いんだ?‥‥」

 なぜだ?なぜなんだっ?ジョー‥‥
 髪を振り乱し、更にそう問い続けるあいつの両の目から涙が溢れて頬を伝った。
 澄んだブルーを滲ませて、炎に染まる涙を見たのはこれが初めてだったろうか?
 いや、俺はこの涙を、おまえの苦悩を見て来た。
 ずっと、ずっと――
 あ‥‥、と思った。
(平和って何だろう?)
 そう小さく呟いたあいつが目の前に居た。
(許してくれ、ジョー)
 そう言って俯いたあいつが再びここに居た‥‥


< 6 >

 俺が知っていたあいつ‥‥ " 健 " といま目の前にいて、悩み、傷つき、涙し、だがそれ
でも尚、果たさねばならぬ責務を負う為に更に傷ついている " ケン " との間に果たして
 " 違い " はあるのだろうか?‥‥と俺は黙ったまま、取り乱したことを恥じるように些か
乱暴な、それでいてどこか子供じみた仕種で涙を拭い、ツイと顔を逸らしたケンを凝視め
ていた。
 ケンも無言のままクリスマスツリーに歩み寄ると、俺がVTOLクラフトから取って来た
エマージェンシーセットを開けて小振りのスプレー缶を取り出し、俺がそうしようと思っ
ていた通りに特殊発光フォームで樅の木を飾っていった。海螢の発光メカニズムから造り
出された薄青く澄んだ輝きがチカチカとまたたきながらツリーを染め、そしてあいつの傷
ひとつ無い右手と白い横顔もその燐光を映し薄青く染まって見えた。
 寂しげな横顔は紛れもなく健のものだ。
 " 違い " などは無いさ。あろう筈も無い。
 だがそれでもこのケンは " 健 " ではない。
 そう、それはちょうど‥‥

(おい、健!健!)
 健を薄青く染めているのは、あいつが沈んでいるその液体の色なのか、それともそれを
照らし出しているライトの色なのかは分からなかったが、俺はその卵型のポッドの彎曲し
た壁面を叩きながら繰り返しあいつを呼んだ。
(目を開けろ!健。おい−)
 しかし半ば漂うように液体の底に踞っているあいつは目を開けはしなかった。薄青く染
まったその顔が身体が、そしてユラユラと不規則にゆっくり揺れる長い髪がまるで死体の
ようで、たぶん治療の為なのだろうと分かっていても、俺は何とかケンの目を醒まさせよ
うと夢中でポッドを叩いていたらしい。
(無駄だよ、ジョー)
 背後からそう声を掛けられるまで。
(南部博士!健はなぜこんなポッドの中にいるんです?これは新しいリアクターか何かな
んですか?)
 いいや、と応えたその物静かな声が帯びている沈痛な響きに驚き、更に続けられた言葉
に俺は思わず振り返った。
(ジョー、よく見てごらん。その中にいる " ケン " を−)
 言われて再び凝視めたその " 健 " は‥‥
(‥‥ま、まさか?)
(そうだ。その " ケン " は健の細胞とDNAデータから生まれたクローンなのだ)
 細胞破壊が進行し修復不可能となった部分を補う為に、元気だった頃のあいつのサンプ
ルを基に造ったES細胞−胚性幹細胞から、また成体幹細胞からクローンニングした一部分
を移植するという再生医療の為の準備が既に進められているということは知っていた。だ
がそれはあくまでも " 部分 " −俺の場合ならばメカニズムがその肩替わりを果たしている
わけだが、しかし目の前にいるのは " 健そのもの " ではないか!
(博士、これは−)
(これはもうひとりの健だ。覚醒させ、記憶をそっくり移せば " 健そのもの " 、いや、サ
ンプルは健が18の時に採ったものだから身体は少し若返ってしまうがね、しかしそれ以
外は何ら変わらぬ健なのだよ)

 クローン−技術的にそれが充分可能なこととなって久しい。事実、野菜や穀類や家畜の
生産において今やクローンは常識となっていたし、絶滅を危惧される野生動植物の種の保
存を可能にしたのもこの技術有ればこそだ。だが、唯一例外としてヒトのクローンニング
は再生医療の分野以外、未だ行われることは無かった。
 " ヒトの写しを造り出すことは、神の領域を侵す許されざること " 
 科学者達のこうした倫理観の是非は俺には解らないし、またそれを問う資格も無い。
 何故なら俺はメカニズムという手段の " 写し " によって甦ったサイボーグだからだ。
 そっくりそのままの遺伝子が構築したそっくりそのままの顔、身体‥‥
 しかし、目の前にいるこの " ケン " は本当にあの " 健 " なのだろうか?
(でも、この " ケン " は‥‥)
(分かっているよ、ジョー。ヒトクローンを造ることは生命倫理委員会で禁じられている
し、私もこの " ケン " を目覚めさせるつもりは無い。だがね、私はもう我が子を失う哀し
みを味わいたくはないのだよ。ジョー、おまえが行ってしまった時、私は−)
 俯いて言葉を詰まらせた博士の姿に俺は胸が痛んだ。
 父であるこの人を哀しませたのは他ならぬ俺なのだ。
(すみませんでした、博士)
 いや、謝ることはない、と博士は微笑んで俺の肩に手を置いて言葉を続けた。
(おまえはこうして帰って来てくれたのだから)
 その手のぬくもりが嬉しかった。
(はい)
(ジョー、サイボーグだからと言って、おまえはおまえだ。何も変わることはない。私の
愛する息子のひとりだ。しかし如何なる理由にせよ、私はもうおまえや健に私より先に死
んで欲しくはないのだよ。そして如何なる手段や方法にせよ、おまえ達を生かし続ける為
ならばそれを用いることを非とは思わん。私がこの " ケン " を造った理由はただそれだけ
だ。ははは、ジョー、嘲笑ってくれて構わんよ。私のこの妄執じみた愚かな親心を‥‥)
 無論、俺はそれを−父の愛を、嘲笑う気になどなれるわけが無かった。

「‥‥ジョー、ひとつ聞きたい事がある」
 ふいにケンが言い出した。
「何だ?」
 見ればクリスマスツリーは薄青い燐光を纏ってすっかり奇麗に出来上がったようだ。
「本当の事を言ってくれ。おまえは俺を以前の " 健 " だと思うか?」
 ケンはツリーをジッと凝視めたままだった。そして海螢の不思議な瞬きをその青い青い
瞳の中に映したまま、俺を見ずにそう訊いた。
「いや、おまえは以前の " 健 " じゃねえ」
「そうか」
 薄く微笑んで応えた声が微かに震えていた。


< 7 >

 いや、" 違い " などは無い。あろう筈も無い。
 だがそれでもこのケンはあの " 健 " ではない。
 そう、それはちょうど俺が以前の " ジョー " ではないのと同じように‥‥
(いいや)
 そう言った時、おまえは俺の言葉をきっぱりと否定し、
(ジョー、おまえはおまえだ。身体の一部がメカニックだからって、おまえが " ジョー " 
じゃないなんてことがあるものか!)
 だからそんなことを言うな、と俺の肩を抱きしめてくれたっけ。
 そのぬくもりは今も俺の心に−いや、心じゃない。感情や情緒までも有する小賢しい
AIに、馬鹿正直なメモリーチップに保存されている。ならば何故、俺は極めて似た−あ
る意味、まったく同質の−苦しみを負っているケンに「おまえはおまえだ」と言ってやら
ない?
「 " 健 " じゃないのなら、俺は " 誰 " だ?」
 そう問い、ケンは暫し俯いて目を伏せていたが‥‥
 やがて顔を上げるとひどく真剣な眼差しで真直ぐに前を見据え、そして意を決したよう
に戸口へと歩み寄ってドアを開けた。
「どこへ行く気だ?」
「帰る」
 外は吹雪。風に舞う雪が視界を白く遮り、すぐ傍にある筈の木々さえ見えない。
 帰る?ふン、何を言い出すかと思えば、と俺は鼻で笑って飛び出し掛けたあいつを引き
戻した。
「余計な手間を掛けさせるもんじゃないぜ、ケン」
 ドアを閉め、その前に立ちはだかった俺を押し退けようとケンはもがいたが、所詮無駄
なことだ。
「どけッ!」
 キッと睨んだその青い瞳を睨み返したまま、俺はあいつの左手首を掴んだ。と、案の
定、そこにスティールブルーの手枷は無かった。
「この野郎、投げ捨てやがったな!」
「‥‥」
「GPS無しでこの吹雪の中、どうやってVTOLクラフトまで辿り着くつもりだ?いや第一
ブレスレットを外したら、おまえは死んじまうんじゃなかったのか?本当のことを言え
よ、ケン。" 帰る " なんて嘘なんだろ?」
「放っといてくれよ!」
「ああ、俺はおまえを止めやしねえ。好きにするがいいさ」
「!」
「だが、ここから出しやしないぜ」
 吹雪の中の死体探しなんざ真っ平だ、と俺が顔を顰めると、
 クソ、と小さく嘆息してケンは崩折れるように膝を突いた。

「腕ずくじゃ俺に適わねえと思い知ったからか?やけにおとなしいな、ケン。それともも
うブレスレットを外した影響が出たのか?」
 半ば強引に再び暖炉の前に座らせたケンの横に腰を下ろしながらそう訊くと、ケンは
フッと片頬を歪めて、
「なあ、ジョー。俺が " 健 " じゃないのなら、細胞破壊の後遺症なんてある筈がない。な
のに俺はあのブレスレットが無いと生きて行くことが出来ない。つまり‥‥きっと俺は致
命的な欠陥がある出来損ないのクローンなんだ。身体にも心にも、きっと−」
「なるほどな。だから死んじまおうって訳か?」
 ああ、とケンは頷き、それから淋しげに笑った。
「俺が死ねば " DR " はもっとマシな " 健 " を甦らせるだろう」
 そうだ、おまえの読みは正しいぜ、ケン。
 " DR " は決して " 健 " を死なせはしない。
「迷ったり悩んだりしない強い " 健 " を‥‥ジョー、おまえが以前の " 健 " と認める本当
の " 健 " を、さ」
「違うな」
 違う?とケンは目を見張った。
「ああ、違う。俺がおまえを以前の " 健 " じゃないと言ったのは、そんなことじゃない。
ケン、おまえは忘れちまったかも‥‥いや、たぶん全ての記憶を与えられていないから知
らねんだ。本当の " 健 " を。 " 健 " はな、おまえと同じように迷い、悩み、傷つきながら
戦って来たんだぜ。そう、最後の最後までな」
(平和って何だろう?)
 そう小さく呟いたあいつこそが、
(俺達が正義の為だといっている戦いも、実は許されない空しい行為なのではないの
か?)
 そう言って俯いたあいつこそが " 健 " なんだ‥‥と告げると、ケンはその大きな瞳に涙
を浮かべて、そうか、と静かに微笑んだ。
「なんだ、違いは出来損ないの身体の方か。ふふふ、そうか。 " 健 " だから俺は迷ったり
悩んだりしたのか」
 なあんだ、と涙を拭って、ケンは可笑しそうに笑いながらゆっくりと俺の肩にもたれか
かった。呼吸が徐々に遅くなって来ている。
「おい、ケン!」
「‥‥今度の " 健 " も俺と同じように悩み、苦しむんだろうが、きっと身体や記憶は完璧
な筈だぜ。だから‥‥」
「だから?」
「だ‥から、ジョー、今度こ‥‥そ " 健 " の傍に‥ずっと。俺‥‥おまえに‥いてほし‥
‥い‥‥」
「おい、ケン!ケンッ!」
 しかし、静かに目を閉じたケンはもう応えてはくれなかった。


< 8 >

 樅の木には星の飾りと赤いリボンを、
 ジンジャーブレッドハウスには砂糖の雪とキャンディーで飾りを、
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエルを、
 窓の外には白い雪とスノーマンを‥‥

 そう、俺はただガキの頃に胸踊らせて迎えた絵に描いたようなクリスマスってやつを過
ごしたくて、そして願わくばケンには " 思い出 " −記憶だけのそんなクリスマスを追体験
させてやりたくて、この山の中の小さな村へ来た。思った通り、ケンは通信を断った俺を
追ってやって来たが‥‥
「それが、まさかこんな事になろうとはな」
 許せよ、ケン。俺は知らなかったんだ。
 まさかおまえが与えられた " 事実 " に疑いを抱いていたとは、そして自分自身である筈
の " 健 " とのギャップにこんなにも悩み、苦しんでいたとは−。
「クソッ!」
 いや、今さら後悔などしたところでどうしようもねえや、と、
 肚を決めた俺は長まったケンを抱き上げてベッドへと運んだ。

「あばよ、 " 健 " 。俺はおまえが‥‥」
 ヒイラギの柄のクリスマス用のキルトを捲って、白いシーツに横たえたケンは確かに少
し若い頃の " 健 " そのままの顔でじっと目蓋を閉ざしている。穏やかな、としか言い様の
ないこの顔を見たら、博士はどうしただろうか?との疑問が頭を過る。
(しかし私はもう我が子を失う哀しみを味わいたくはないのだよ。そして如何なる手段や
方法にせよ、おまえ達を生かし続ける為ならばそれを用いることを非とは思わん)
 そう望み、それを実現させる術を手に入れても、それでも博士ならばきっと、
(私はこの " ケン " を目覚めさせるつもりは無いよ、ジョー)
 と静かに微笑んで、首を横に振ったことだろう。
 健や俺と同様、博士もまた逃れられぬ運命に引き裂かれ、心に傷を負った人だった。そ
の痛みを誰よりもよく知っている人だった。そして合理主義と不条理の狭間が、また正義
や倫理といったものとその偽善と欺瞞とが同時に " 見えて " しまう人だった。だから博士
はどんなに望んでも、自らの手で健のクローンを覚醒させたり、或いは俺をサイボーグと
して甦らせるような馬鹿な真似は決してしなかっただろう。最愛の " 息子 " の死に涙し、
絶望に打ちひしがれても、それに屈することなく未来を見据え、平和のためにさらに真摯
に精力的に働き続けたことだろう。
 全てを科学的に考え、しかし科学至上主義を疑いながら、
 常に合理的に行動し、しかし合理主義を信じることなく‥‥。
 しかしその博士は、ケンと俺の " 父 " はもういない。
 そう、あの日、博士は俺達の眼の前で撃たれて死に、ISOは博士の頭脳をコピーした
コンピューター " DR " を急遽、中枢に据えた。戦いの最中、主軸である博士を−あの優
秀な頭脳を失うことは出来なかったのは理解出来るし、だから地球は難を逃れ、俺達も生
還出来たのだ。いや、ただ一人、健だけは死を免れることが出来なかったが‥‥

 俺は横たえたケンのフライトジャケットを、プルオーバーシャツを剥ぎ取り、あらわに
なったその胸に耳を押し当てた。
 と−
 熟練した医師のステソスコープ並の機能を持つ俺の耳にケンの鼓動が聴こえた。
 極めてゆっくりした儚げな音だったが、それは紛れもないケンの生命の証しだ。
 " DR " は決して " 健 " を死なせはしない。
 そうだ、おまえの読みは正しいぜ、ケン。
  " DR " が " 南部孝三郎 " のブレインコピーならば如何なる形にせよ " 健 " を死なせる
訳はない。しかし " DR " は俺達の " 父 " だったあの博士でもない。サイボーグの俺と同
じようにメカニズムによって存らうことを余儀無くされたただの " 写し " に過ぎないの
だ。
 「決して " 健 " を死なせはしない」−自ら " 妄執 " と自嘲したその念いと、そしてG1
号への揺るぎない " 信頼 " がケンを縛りつけているのだろう。そして、クローンであるケ
ンもまた " 健 " の " 写し " には違いないが、ケンは単なる " 健 " のコピーではない。同一
の遺伝子を持つというのならば例えば一卵生の双子はどうだ?彼らはそっくりかも知れな
いが、互いに独立した " 個 " を有するそれぞれの人間だ。片割れが人を殺したからといっ
て、その片割れまでが罪に問われる必要はあるまい?
 そう、俺とケンの違いはここにある。
 シーツの上から掬い上げたこの手は血に汚れてはいない。
 血塗れのまま甦ったサイボーグの俺とおまえは違うのだ。
「待ってろよ。今、解き放ってやるからな」
 俺はケンの左手首に触れながら、もう片方の手で緩やかに散ったチョコレート色の髪を
掻き上げ、額に額を付けて意識を集中させた。
「‥‥あったぜ、ケン」
 センサーに反応したそれは小さなICチップ。
 左手首に埋め込まれているのもこれと同じだ。
 ブレスレットを介して " DR " のコントロールを伝え、また" DR " の中に保存されて
いる " 健 " の記憶をケンに伝える装置だ。 " 健 " 自身のブレインコピーは存在しないが、
この装置がそれを補っていたのだ。与えられた " 健 " の記憶とケン自身の記憶−覚醒して
から今日まで−が、ケン固有の感情や情緒が、徐々に齟齬を来しつつあることに俺は気付
いていた。
(やっぱりおまえは " 健 " じゃねえんだ)
 幾度となく思い知らされた違和感とともに‥‥
 ケンはあの " 健 " ではない。しかし、それは当然のことだったのだ。
   甦った死者ではなく、新しい生命なのだから。そう " まっさら " な。
 だから俺は " まっさら " なままのおまえを " ケン " として解き放つ−
「‥‥俺はおまえが好きだったぜ、 " 健 " 」
 やっと別れを告げ終えた俺はケンの体内にあるICチップを破壊した。
 これで " 健 " の記憶は完全に失われる。互いに紡いだ思い出とともに。
 あばよ、 " 健 " 。今度こそ本当に " サヨナラ " だな、と思いながら‥‥


 俺と過ごした夜を知らないおまえを抱いて一夜、俺はケンが目醒めるのを待った。
 呼吸や代謝を抑制していた " DR " の呪縛を解かれたケンは徐々に規則的な拍動と呼吸
を取り戻したが、果たしてその記憶はどうなったのだろうか?
「う‥‥ん」
 瞬いで薄く目を開けたケンは俺を認めると、
「ジョー?ああ、俺、あのまま眠っちまったのか?」
 と目をこすった。
「ああ、まあな」
 応えながらも果たしてケンは " 何を " 記憶しているのだろうか?そして " どれだけ " 憶
えているのだろうか?と、不安な気持ちでその顔を凝視めた俺の目を、ケンは澄んだ空の
色の瞳で凝視め返して、
「負けたよ、ジョー。でもクリスマスが終ったら俺と一緒に戻るんだぞ」
 と肩をすくめた。ちぇ、あんな寒い部屋へ閉じ込めやがって。凍死するかと思ったぜ、
と苦笑しながら起き出したケンは、薄青い燐光を纏って奇麗に出来上がったクリスマスツ
リーを眺めると、
「メリー・クリスマス!ジョー」
 と屈託のない笑顔を見せた。
「ああ、メリー・クリスマス!ケン」
 以前と同じように少しだけ調子っぱずれなあいつの " Walking in the air " の口笛を聞
きながら、俺も笑ってそう応えた。


 Merry,  Merry Christmas ! 
 願わくば永久に‥‥



 


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