Breathe a sigh.........1

by さゆり

 潮騒、砂浜、青い海。
 古い館の白い壁は濃緑の蔦葉に覆われて、ひっそりと、そこに住まう者と時間までを封
じ込めているようだ。初夏の風に白い更紗のカーテンはいとも容易く翻るが、季節が何度
移っても、おまえの心は変わらない。
 嫌だ、嫌だ、と身体を強張らせて、固く目蓋を閉ざすおまえを私はいつものように無理
矢理抱き締める。思い出も自尊心も恥じらいも、剥ぎ取ってしまえばそれを忘れさせる事
が出来るのだろうか?・・・ふと、逡巡し、それでも私はおまえを苛む手を弛めはしない。
捉まえて、押さえつけ、受け入れさせる。尚も赦さずに、悲鳴を上げさせ、熱い吐息に咽
ぶまで、私はおまえを追い詰める。
 やがて、白いシーツに爪を立てた、おまえの指が震え出す頃、
「ケン・・・」
 と、名を呼んでやる。おまえは涙に濡れた睫毛を上げ、青空を思わせる美しい瞳で私を
見上げる。
「ケン・・・愛しているよ。」
 揺蕩う視線は真直ぐに私を見ているようで、その実、何処を見ているのか、誰を見てい
るのか詳らかでないが、
「ケン、俺を忘れたか?」
 と、私がその青空を見下ろし、鼻先が触れるほどに顔を近づけてそっとそう問うと、頑
に拒んでいたおまえはじっと私の瞳を・・・いや、私の、ではない。ケンは私の淡灰色の
光彩に映る青灰色に反応するだけだ・・・覗き込み、それから優しい笑みを浮かべて、微
かな声で愛しい者の名を呼ぶ。
「・・・ジョー。」
 偽物の青灰色の目で微笑み返して、私はまたおまえを欺く。
「ジョー!」
 騙されて、ケンは私の頸に腕を回し、嬉し気に幾度も私の頬に頬を擦り寄せる。
「ジョー、もう何処へも行くな。俺を置いて行くな、ジョー。」
 分った、約束する、と嘘をついて、私はまたおまえを抱く。
「ジョー、愛してる・・・」
 夢見るように囁く柔らかい唇に接吻ける。
 俺に触れるな!と氷のように冷たい声で拒否したおまえも、今はもう逆らいはしない。
だから、前髪を掴んでピローに押し付けると今度は噛みつくように唇を貪る。上と下の唇
を一緒くたに吸い、交互に噛み、強引に口を割って舌を喉奥にまで突き立ててやる。息が
詰まったのか、ケンが首を振った。
「ああ、ジョー・・・」
 こんな激しい接吻けもあいつになら許すというのか・・・
 息苦しさに思わず呻きながらも、おまえは繰り返しあいつの名を呼び、また私にしっか
りと腕を回して熱い吐息を漏らす。
「ケン、俺はここにいる。何処にも行かない。」
 ゆっくりと頷いて、おまえは受け入れた私で、ジョーに成り済ました私で、達する。
 夢と思い出の海に揺蕩いながら、ケンは小さく声を上げて、果てる・・・。
 
 潮騒、砂浜、青い海。
 濃緑の蔦葉に覆われた古い館が、ひっそりと、そこに住まう者とその理由を懐に抱いて
静かに眠り続けるように、私の腕の中でケンも眠りに落ちる。
 乱れて額にかかる長い髪を除けて、私はそっとそこに接吻ける。
 ケンの唇にはジョーしか触れる事が出来ないのだ。
「おやすみ、ワシオ中佐。案ずる事は何も無い。君は英雄だ。ゆっくりと養生していれば
良い。」
 眩し過ぎる外の陽が愛しい部下の身体に障らぬよう、私は少し窓を閉めると、白い更紗
のカーテンを引いた。猛き鷲が忌わしい兵器のせいで紺碧の空から墜ちた時、私達はその
翼を奪ってしまった。もう二度と、綺羅と輝いて鷲を呼ぶが危険に満ちた空を自由に翔ら
れぬよう、風切り羽を切り(軍へ移籍させ)、鈎爪を抜き(諸刃の剣はやはりジョーの手
に渡し)、安全なケージ(設備と軍医付きのこの館だ)に閉じ込めてしまった。
 それがケンにとって最良の道だと、私達(私、そしてナンブ長官と彼の部下やスタッフ
達、それから勿論ジョーも、だ)は判断したのだ。
 鷲は今も時折、空を恋しがるが、如何せん、身体が思うようにならぬ。
 やがて、ケンの壊れた脳細胞は、引き裂かれた心は、時折、過るジョーの面影とジョー
と交わした愛にだけ反応するようになってしまった。
「俺はどうなろうとも、あいつだけは・・・」
 と、互いにそう思い続けたケンとジョーが、今、果たして幸せなのかどうかは、私には
分からない。ただ「地球を救う」という観点から考えるならば、やはりこうするしか無かっ
た、と思いはするのだがー。
 
 だが、私は時々、こうしてジョーに成り済ます。
 それで一時、ケンが笑顔を取り戻せるのならば。
 それで一時、ケンがジョーに再び見える事が出来るのならば・・・。
 

- the end -



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