Some Confession

by さゆり


 一年でいちばん寒い頃にヴァレンタイン・デーがやって来る。
 元々は聖ヴァレンタインとか言う聖人に因んだ日なんだそうだが、いつの間にか、この
日は「愛する人に告白を」だとか「愛する人にプレゼントを」とかって日になっちまった。
いや、別に悪い事じゃないさ。何かこうしたイベントやキッカケが無ければ、ずっと心に
仕舞ったまま、伝えられずに終る想いもあるんだから・・・。

「チョコレートに薔薇の花に・・・?ずいぶんあるじゃないか。モテる奴は違うね」
 たまにしか寄らないのに、常連も一見もまったくの区別無しに接してくれる本物のプロ
とはこうしたものか、といった髭のマスターが微笑んでそう言った。
「別にモテてる訳じゃないさ」
「それでもプレゼントを?そりゃますます羨ましい。で、おかわりは?」
「ドライ・マティーニを」
 ここのマスターがステアするマティーニは不思議とジンの苦味が無く、柔らかいのだ。
普段はこんな酒は飲みやしないが、不思議とここのだけは好きだった。
「いつもの、だね」
 彼は微笑みを浮かべたままだったけれど、ずらりとボトルが並んだ棚から極上のベルモ
ットを取りながら、ごくさり気なく、
「リック、These foolish things を頼むよ」
 と、ピアノ弾きにリクエストした。
「OK!」
 古いアップライトピアノが、セロニアス・モンクそのままのそれを奏でる。リックはあ
の伝説の複葉機の男に心底イカれちまって、ついに自分のプレイを見失ってしまったのだ
そうで、だから彼のそれは尚更、俺の心に沁みるのだ。
「へぇ、記憶力がいいんだね。驚いたな」
「それが俺の商売だからね」
 確かにそれは本当らしい。黒い革のコースターの上に置かれたドライ・マティーニには、
このカクテルに付き物の青いオリーブが入っていなかった。
.................................................................................

(なあ、オリーブがハイランドモルトに合うと思ってんのか?)
 さあね、と俺はそっぽを向いたっけ。
(嫌いなんだよ。嫌いだから食わない、それでいいじゃないか?)
(じゃあ、マティーニなんか飲むなよ)
 あいつは唇を尖らせながら、食わなきゃいいのに、俺がカクテルグラスから放逐したオ
リーブをまた口に放り込んだ。
(W・オー・セブンを気取ってんのか?へン、柄じゃ無いぜ)
(ふん、007は俺のヒーローだ。おまえこそグレンリベットなんて紳士気取りは柄じゃ
ないぜ。いつものトウモロコシのスピリッツなら、案外オリーブも合うんじゃないのか?)
 クスッと笑って、あいつは言ったっけ。
(こいつは俺のヒーローのお好みなんでね)
 ハイランドモルトを愛するヒーローなんて居たかな?と、俺は読書家−少なくともあい
つよりは−の名誉にかけて暫く考えていたが・・・
(降参だ、分からないよ)
 と肩をすくめた。だろうな、という顔であいつは俺にグラスを上げて見せた。
(絶体絶命の危機に颯爽と現れて、救ってくれるのがヒーローさ)
(それは分かってるさ。だから " 誰 " なんだよ?おまえのヒーローって)
 絶妙のタイミングでリックが Ask me now を弾いたっけ。
(さあな)
 悪戯小僧そのままに、あいつのブルーグレイの瞳が笑って・・・

 強か酔って、どうやって街外れの自分の家まで帰ったのかも憶えていなかったが、その
後の事はいやに鮮明に憶えてるんだ。ふいに名前を呼ばれて、
(ん?)
 と、上げた俺の顎をあいつは軽く指で支えて囁いた。
(愛してるぜ)
 馬鹿野郎!と噴き出そうとして・・・何故かそうしなかった。
 そして、噴き出して突き飛ばす代わりに、俺はあいつの首に腕を回して目を閉じた。
 聴こえるワケがないのに、'Round Midnight が耳の中で繰り返し、繰り返し聴こえて
・・・俺は情動とぬくもりに全てを任せた。身も心も・・・
.................................................................................

 おっと、'Round Midnight ・・・リックの奴は人の心が読めるんだろうか?
 と、
「飲んでみるかい?これ」
 もう一人の魔法使いがいつもの笑みを浮かべたまま、カウンターにボトルを置いた。
「これは?」
「お連れさんが好きだったスミスのグレンリベット15年だよ」
 在り来たりの、だけど上品な型のボトルに貼られたラベルの寝そべったライオンの上に
書かれた名前を見て、俺は「あ」と小さく声を上げ、そしてあいつのヒーローが " 誰 "
かを知ったのだ。
「 GEORGE & ・・・ははは、そうか」
 ヒーローは絶体絶命の危機に颯爽と現れて、あいつを救い出したんだ。オリーブの島の、
死の淵から・・・きっとあいつは自分の本当の名が記されたこのハイランドモルトを見つ
けた時、そして、それをあいつのヒーローが愛していると知った時、あの照れたような、
含羞んだような、照れた微笑みを浮かべたんだろうな。
「うーん、マイルドで美味いね」
 穏やかで上品なそのモルトはあいつのヒーローにとても似つかわしく、また不思議と何
処となくあいつにも似ている気がした。
「紳士が唯一、午前中に口にして良いとされる酒だからね。確固たる意思は持っているけ
れど優しいだろ?」
「ああ、そンな感じだ。だけど、マスターは本当に記憶力がいいんだね。ここへ寄ったの
は、もう一年くらい前じゃなかったっけ?」
 そう、と髭のマスターが頷いた。
「ちょうど一年前のヴァレンタイン・デーだったよ。二人揃って来てくれたのは」

 そうか、ヴァレンタイン・デーだったのか・・・
 そうか、だからあいつ、あんな事を・・・と、俺は独り呟いた。

「ちぇ、とんだ告白もあったもンだぜ」
 チョコレートに薔薇の花に・・・そして、あいつが好きなグレンリベット、ジョージの
グレンリベットにリックのピアノ。もし、あいつが今、俺の隣に居たら・・・俺も、
(愛してるぜ)
 と、告白出来ただろうにさ・・・あいつのように。
 そうしたら、あの含羞みを含んだ照れた笑みを浮かべて、あいつはまた俺に優しくキス
してくれただろうに・・・さ。

「愛して・・・たぜ。おまえを、誰よりも−」
 Bye-Ya-、Bye-Ya-・・・
 切ないピアノに紛れて、俺はそっとそう囁いてみた。
 Bye-Ya-、Bye-Ya-・・・
「愛してるぜ、ジョー。今もおまえを・・・」


- The End -

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