IF .......

                       by さゆり。

IF .........

(もう何年前かしら?あれはまだ私達5人は訓練中で、全員、ユートランドシティ郊外の切り
立った海岸の上の博士の別荘で、一緒に暮らしていた時だったわ。)

「ねえ、健。ちょっと話しがあるんだけど。」
 ジュンはリビングルームの片隅で、いつものようにテーブルの上に足を投げ出して、本を
読んでいる健にそう話しかけた。週のうち幾日か、健が自室ではなく、誰もいない広いこの
部屋の片隅で、ひとりで本を読んでいる事をジュンは知っていた。大抵はずいぶんと遅い時
間まで。そして時には朝が来るまで。
「なに?」
 と、健が本から顔を上げた。
「何を読んでいるの?」
「『シェパード』。」
「犬の本なの?」
 きれいな歯並びを見せて、健は笑った。
「違うよ。F.フォーサイスが書いたパイロットの物語りさ。」
「フォーサイスって『ジャッカルの日』の?」
 ジュンは健の手の中の小さなサイズのその本に顔を近づけて、文字を読もうとした。もち
ろん、本当にその内容を知りたい訳ではない。
「そう。あれも面白いね。でも俺はフォーサイスの中では、これが一番好きなんだ。もう30回
は読んだよ。」
「ふーん、そんなに面白い話なの?」
「面白い、って事はないかな?でも何回読んでも涙が出る。いい話なんだ。」
 健は足を降ろすと、本を閉じてジュンにその表紙を見せる。確かにずいぶんと読みこまれ
た本のようだ。ちょっと首を傾げて、健は熱心に話し出した。
「1人のパイロットがね、遭難するんだよ。慣れてるパイロットなんだけどね、乗っていたジェ
ット戦闘機の計器が故障してしまうんだ。有視界飛行しようにもひどい霧で何も見えない。そ
れで、クリスマスの夜にそのパイロットが空で迷子になってるとー」
「ねえ、健?」
 ジュンが再び同じように呼びかけた。そんな話しはどうでもいいんだけど・・・。
「なに?ああ、そうか。何か話しがあったんだったね。何だい、ジュン?」
 我に返ったように瞬いて、健の瞳がジュンを見つめた。その瞳は晴れた空の色。 澄み切
ったスカイブルー。ジュンはその色がとても気に入っていた。もっと近くで見たら、もっと気に
入るかも知れない。
「ここで訓練を始めてから、もう1年近くになるでしょ?」
「うん、そうだね。」
「あたし、ちょっと自信がなくなってきちゃって・・・。」
 ジュンは目を伏せた。
「どうして?ジュンはよくやってると思うよ。バイクだって俺よりも巧いしー」
 ジュンは健の言葉に噴き出した。やっぱりこの人って少し鈍いのかしら?
「GPの操縦もきっと竜の次に巧いのはジュンだな。その次はジョーかな?俺はああいう大
型機の感覚がどうも巧く掴めないんだよ。ずっと小回りの利く、速度の早い機種に乗ってき
たからだと思うんだけどー」
「健...」
 えっ?と健がまた瞬きをする間に、ジュンは左手をその頬に優しく当てた。健の頬は思っ
たよりも冷たかった。そして手の甲に触れるチョコレート・ブラウンの髪は思っていたよりも
ずっと柔らかかった。慌てて身を引くかと思ったが、健はそのまま、じっとジュンを見つめると、
「こうすると自信がつくのかい?」
 予想に反して落ち着いた声でそう訊ねた。

「そうね。でもこの方がもっと・・・」
 そんな健にちょっと驚いたジュンだったが、今度はきっと慌てるはずだわ、と両腕を首に回
した。20cmほど身長差があるが、健はカウチに座ったままなので、ジュンはお気に入りのそ
の青空を間近に覗くことが出来た。
「ねぇ、健・・・こういう時は目を閉じるものよ。」
 ジュンは優しく微笑みながら、ゆっくりと、そして少しだけトーンを落とした声でセクシーに囁
いた。うふ、野暮天ね、とその表情に付け足しながらー。
「目を瞑ってもいいけど・・・ジュンが寄り目になってるから面白いなぁ、と思ってさ。見なくち
ゃ損だもの、女の子のこんな顔って滅多に見られな・・・」
「うるさいわねっ!さっさと目を閉じなさいよ!」
 ンもう、イラつくったらないわ!あなたこそ滅多にいない朴念仁だわよ!
 キリリと柳眉を上げたジュンに健も「まずい」と気づいたのか、その羨ましくなる程、長い睫
毛をゆっくりと下ろした。それでようやくジュンは健の唇に唇を重ねる事が出来た。あまりム
ードのあるキスではないが・・・ま、仕方ないわ、とジュンは思った。
 さぁ、どう?ドキドキしたかしら?
 だが、今度も健は身を引かなかったし、別段慌てもしなかった。そして、
「男と女がキスすると、赤ちゃんが出来るぞ?」
 と、突拍子もない事を言い出した。
「・・・はぁ?」
 ジュンは瞬いて、思わずまじまじと、そのけっこう真剣そうなスカイブルーの瞳を凝視してし
まった。こんな時の健は憎たらしいほどのポーカーフェイスで、いったい真面目なのか巫山
戯ているのか、判然としない。
「ジュンって女のくせに料理はぜんぜんだろ?暇さえあればギターかなんか弾いてさ、おま
けにバンドのライブだとか何だとかで、キャーキャー言ってるジュンに子供が育てられるの
か?」
「失礼ね、あたしは甚平をこーんな小さい時から育てたのよ?既に実績があるんだから、馬
鹿にしないでよ!それに女のくせに、って何よ?女なら料理が上手くなきゃいけないとでも
言うの?」
 そういう問題では無い気もしたが、ジュンは痛いところを突かれて、ついカッとなってしまっ
た。
「そんな事はないけどさ、でも俺は結婚するなら料理の上手い人がいいな。」
 へぇ、健みたいな味音痴の朴念仁にもそういう希望が一応はある訳ね?と、ジュンは少し
驚いた。実際、健はすごくモテるに違いないし、この先、ライヴァルは多く出現しそうだ。今は
訓練中で、全員がこの博士の別荘に居るからいいが、もう少しするとユートランドシティーに
それぞれの家が与えられるらしい。健もお父さんが残してくれた小さな飛行場で暮らす事に
なっているそうだし、そうなったら・・・。
 この空色の瞳に長い睫毛の美男子(しかも、とことん世間知らず、な)は、きっと誰かに・・・
例えば「ねぇ、泳ぎに行かない?」とホットな浜辺へ誘われるとか、例えば「一杯、つきあわ
ない?」とムーディーなカクテルで酔わされるとかして・・・
 気ままな方向へ跳ねているチョコレート色の髪を見つめながら、ジュンは考えた。
 そうよ!なら、先に理想のタイプを聞き出してしまえば・・・有利だわ!オッケ、やってみる
価値はあるわね。
「ふーん、ね、健、それから?後はどんな人と結婚したいの?」
 優しく微笑んだジュンの顔に気を許したのか、健も可愛い口元にちょっとはにかんだような
微笑を浮かべて、
「それから、うーん?やはり綺麗な人がいいな。でも、優しくなくちゃ嫌だ。いつも静かに微笑
んでてさ、俺にも子供にも決して怒ったりしないんだ。文句を言ったり、愚痴をこぼしたり、ヒ
ステリーなんかも御免だね。」
 けっこう厳しいわね、健・・・でも最大限の努力はするわ。
 笑顔が引き攣らないように注意しながら、ジュンはなおさら甘い声を出した。
「ええ、やはりあたしもそういう奥さんに、お母さんになれたらな、って思うわ。」
「そうかい?いやぁ、俺達って気が合うね、ジュン!」
 パッと顔を輝かせた健を眺めながら、本当ね、とジュンも調子を合わせる。それから2人
は、やっぱり男は仕事優先で家庭は女が、毎日決まった時間には帰って来て一緒に夕食
を、俺は一生飛んでいたいし出来れば宇宙にも行ってみたいし、休みの日には買い物とか
食事を楽しんでもちろん音楽だって、帰って来たらとにかくぐっすり寝られる家が、と互い違
いな希望を独り言のようにそれぞれに述べた。
「・・・なんか、あんまり一致項目が無いみたいだね、ジュン。」
「そうね、いまいち噛み合わないわね、健。」
 顔を見合わせて苦笑してから、憎らしい!ワザと言ってるんじゃないの?ーとジュンはそ
の澄んだスカイブルーの瞳からツイと目を逸らせた。 
 でも、やっぱり健って素敵だわ・・・ちょっと妙なところもあるけど・・・。
 と、ジュンがその横顔に目をやった、その時ー、
「おっと・・・!」
 その声に慌てて振り返ると、リビングルームの入り口にジョーが立っていた。どこかへ出掛
けていたのか、革のジャンパーを着て、目が合うとにやりとバツの悪そうな、だがまるで子供
のように素直な笑顔を浮かべた。いつもみんなを一歩離れたところから傍観している風な、
シニカルなジョーの素顔を見た気がして、ジュンはハッとした。
「いや、すまねえ。その、別に邪魔をするつもりはなかったんだ。」
「ジョー、遅かったじゃないか?例のブロンドの彼女が放してくれなかったのか?」
 まぁね、と恍けるジョーに意味ありげに笑いかけながら、鍵は閉めたか?と健が訊ね、あ
あ、ぬかりは無えよ、とウインクして見せたジョーは、
「邪魔して悪かったな、ジュン。おい、健、頑張れよ。」
 そして、おやすみ、と片手を上げた。その背に健が声を掛ける。
「おい、ジョー!明日は俺の番だからな、忘れずにここに居てくれよ!」
「ラージャー!」
 
 あっと言う間の出来事だった。
 あっけに取られて、ただ大きくグリーンの瞳を見張っているジュンに健がくすくす笑って言
った。
「ジュン、この事は博士には内緒にしといてくれると助かるんだけど・・・。」
 ははぁ、つまりあなた達はこっそりと街へ遊びに行ってるって訳ね?バレないように交代で
見張りまで立てて。なるほど、内庭のテラスから出入りしてまた鍵をかけておけば、バレっこ
ないものね。何がキスしたら赤ちゃんよ!とんだカマトトなのね、あなたって・・・でもこれで、
あたしも良い子ぶる必要がないって分かったわ。
「いやよッ!」
 と、ジュンがちょっと拗ねて見せると、え?と、健は途端に困った顔になった。ピタッ、とそ
の眉頭にまるで銃口を突き付けるようにピンクのマニキュアをした人差し指を当てて、それ
からジュンは悪戯っぽく笑った。
「あたしも・・・仲間に入れて!」
 にやり、と健も笑い返して、それから目にも止まらぬ疾さで突き出したジュンの手首を捉え
ると、くるりと身体を回して背中から抱きしめた。そして、耳元に唇を寄せると、
「ジュン、死ぬ時は一緒だぞ!」
 と、今まで聞いた事もないような怖くて甘い声で低く囁いた。
 
THE END of IF ........ / I hope you enjoy my fics :-)


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