IF YOU LOVE ME ...

by さゆり




(1)

「わざわざ迎えに来るか?普通」
 ストックカーモードのG2号機のナビシートに納まりながら、ケンは苦虫を噛み潰したような顔をしているドライバーズシートのジョーに呆れ顔を向けた。
「迎えに来なくたって、今夜はサボったりしないぜ」
 苦虫がジロリと睨んだ。
「今夜は?‥‥んじゃ、夕べはサボったのか?」
 しまった、とケンは思った。
 相変わらずケンはジョーに借りた金をまったく返していない。いや、借金はさらに増えている。挙句、返す目処もアテもない、とあっさり言われては如何なケンに甘い‥‥いや、仲間思いのジョーとて切れようと言うものだ。
(何なら身体で払ってみるか?)
 とまで凄まれては、さすがのケンも些かの危機感を憶えざるを得ない。いや、 " 身体 " などは素より心配していないが、ジョーというお気軽お手軽な " 借金先 " を失うかも知れないという事に対してはなかなかの危機感を感じた。だが、ジョーはまさかケンがそんな図々しい理由で気弱げに俯いたとは思ってもみなかった。
 ハラリと落ちた前髪の陰からチラッと何かを訴えるようにこちらを見上げたケンの空色の瞳が泣き出しそうに曇っている事に妙にドキドキし、思わず、
(ケン、1週間の猶予をやる。もし1週間後にキッチリ耳を揃えて返さなかったら、いいか?その時は−)
 などとドスの効いた声とは大凡不釣り合いなたっぷりの恩情を口にしてしまった。
 助かった‥‥と、ニンマリしかけたケンだったが、ふと見るとジョーは殊更に眉を寄せてムッツリと黙り込んでいる。今日は助かったけれどこれはやはりまずいし、信用は既に地に落ちさらに地中へとメルトダウン中に違いない。マントル層に達して大爆発する前に何とかしなくちゃ‥‥とケンは思ったのだった。
 ジョーはと言えば実はただ単に " その時は−" の先に待っている大変に良からぬ−いやいや、非常に悦いであろう妄想を勝手に思い描いて、ともすれば崩れそうになる相好を必死に取り繕っていただけなのだが‥‥。

 しかし執行猶予が付いたところで依然目処もアテも金も無い。
(ちぇ、弱ったなぁ‥‥)
 ボヤいていたら、
(ではまた手伝いに来てくれるかね?ケン)
 と、南部が救いの手を差し伸べてくれた。
(ジェーンはもう夏休みですか?)
(いや、今回は秘書の代理ではなく資料室の整理を頼みたいのだがね)
 ああ、資料室の整理か、とケンは頷いた。秘書役と違って1日中南部の傍にいる必要も無く気楽だし、ジュニア・ハイの頃からケンには馴染みのバイトだった。
(はい、やらせて下さい、博士)
 と、2つ返事で引き受けて、ケンは朝から夕方までを南部の資料室整理、夕方から夜半までをとあるクラブでバーテンダーのバイトに勤しむ事となった。幸いな事にスクランブルも無かったので渋々‥‥いや、真面目に労働すること6日目の昨日‥‥資料室のエアコンが故障した。早や上がりとなったケンはシャワーを浴びに自宅へ戻り、つい眠り込んでしまってそのまま朝になるまで目を醒まさなかったのだ。

「今度も " クビになりました " で済ますつもりかよ?ケン」
 ジョーの怒りはもっともだが、たかが1晩くらいサボったからってそんなに怒らなくても、いやいやこれを口に出したらもっと怒るな。だからケンは、
「悪かった。でも俺を信用してくれよ、ジョー。ちゃんと電話して謝ったからクビにはならなかったし、とにかく今夜には1週間分の給料が入るんだからな」
 な、そしたらまずそれをおまえに−と、ケンはニッコリと微笑んで見せた。
「フン、いつかも言ったと思うが、こと金に関しちゃ俺はおまえをまるで信用しちゃいねえんだよ!」
 しかしジョーはさらに嫌味ったらしい口調で言うと、キッとタイヤを鳴らしてG2号機を急発進させ、そのまま一気に加速してパーキングスペースから走行車線へ飛び出した。急ブレーキを踏まされた後続車が苛立たしげにクラクションを浴びせると、
「うるせえッ!ブーたれンなら俺より速く走ってみやがれ!」
 Fuck you!と中指を立てて怒鳴り返すと渋滞の隙間を縫ってさすがに鮮やかな、だが些か乱暴なドライビングテクニックでそいつを引き離した。
 うわ、まじで機嫌が悪いな、ジョーの奴‥‥とケンは思った。
「おいおい、レースじゃないんだぜ、ジョー。そんなに熱くなるなよ」
 だがジョーの不機嫌の原因は自分にあると一応自覚しているから、バードミサイルを発射する、しないの時のように「よせ、ジョー!」と叱る訳にもいかず宥めすかすような口調のまま、
「俺はおまえの腕を信用してるけどさ、あんまり飛ばすと捕まちまうぞ」
 などと軽く注意したがジョーは知らん顔でアクセルを踏む。ちぇ、ジョーの奴、ちっとも聞いてないな。それなら‥‥
「それにさ " まるで信用しちゃいない " ってそこまで言う事はないだろ?俺は何も " 返さない " と言ってるんじゃないし、貰ったら、と言ってるじゃないか」
 と、さり気なく付け足す。
「だったら何で今まで貰った時にすぐ返さねえんだよ?チャンスは何度もあっただろ?」
 途端にピシャリと切り返された。
「なんだ、聞いてたのか」
「当たり前だ!」
「それは‥‥ある時払いの催促無しかと思ってたし、おまえは催促し−」
「したっ!何度もな」
 あ、そうだったっけ?とケンは思わず舌を出した。またジロリと苦虫が横目で睨む。
「ま、いいや。今度という今度は逃がさねえからな」
 またまたイヤーな言い方だった。ジョーがこんなにムカッ腹を立てている時に、その横で舌など出していられるのはケンくらいのものだろう。なにせ事ここに至ってもケンは心の片隅で「暑いからな」とか「そンな目くじらを立てるような事かよ?」くらいにしか思っていないし、ジョーの苦虫など毛ほども怖くないのだ。この野郎、とジョーはその澄まし顔を余計に腹立たしく思っていたところへ、ケンがファ‥‥と欠伸を漏らした。
「おい、ケン!ちったあ真面目にやれ」
「すまん、ちょっと眠いんだ。だけど俺だって " 今度こそ!" と思ったから、こうしてバイトのハシゴまでしてるんじゃないか。じゃなきゃ、誰が好き好んであんな‥‥」
 ふぅ、とケンは小さな溜め息を吐くと微かに頭を振った。
 まるで何か耐え難いことを耐えている、と言った風に‥‥
「あんな‥‥」
 それを横目で見ながら、我知らず低くそう呟いたジョーの脳裏には、非常に怪しからん、大変に良からぬ妄想が渦巻き出していた‥‥。


(2)

 ついさっきの事だ。
「おーい、ケン。いよいよ最終日だな」
 迎えに来てやったぜ、とジョーは資料室のドアを開けた。ケンを迎えに来たのには理由がある。それは " 友情 " という美しいものではなく、" 裏切り " という非常にシビアなものを学習させられたジョーが取った対抗手段だった。これまで " 約束の日 " にケンが行方を晦ますという行動に出たのは一度や二度ではない。作戦行動に於けるケンの抜きん出た大胆さと俊敏さは大いに頼もしく思っているが、まさか借金の返済から逃れる為にそれらが発揮されようとは‥‥ジョーはひたすら情けなかった。
 しかし、それももう限界だ。
(ケンの奴め、今度こそは逃がさねえぞ!)
 と鼻息を荒くしていたジョーは意外な人物に迎えられた。
「おや、ジョー」
「は、博士‥‥」
「ああ、ケンを迎えに来たのだね?」
「ええ、まあ、はい」
 うむ、と頷いて南部は閲覧用のパーティションの中にいるらしいケンに、
「ケン、ジョーが来ているよ。早くしなさい」
 と声を掛けながら、捲り上げたYシャツの袖を下ろしている。−え?とジョーはブルーグレイの瞳を瞬かせた。" 地球環境を守ろう " とかでISO庁舎も冷房温度は28℃に設定され、職員も科学者達も上着とタイを省略しての所謂クールビズを実践している。この温度では1枚でも脱ぎたくなるのが人情だろうに、南部だけは礼節を重んじているからかスタイリッシュ故か、はたまた体感温度が一般的な標準値と異なっているのか、さすがにオッドベストは脱いだものの頑に上着とタイは付けたままだった。だが‥‥
 その南部がタイを弛め、襟元を寛がせ、袖を肘まで捲り上げているではないか。
 ジョーはほっそりとしているが、案外と筋肉が発達したその二の腕を凝視した。
「ケン、大丈夫かね?」
 もう一度呼び掛けられてからやっと、
「は‥い」
 と、小さく返事が聞こえた。が、ケンは姿を現わそうとしない。
「?」
 何やってやがる?とスクリーンの中を覗き込むと、
「!」
 礼節やスタイリッシュとは程遠い恰好のケンが、夥しい数のファイルが散乱したソファに身を投げ出すように俯せてハァハァと荒い息を吐いていた。
「!!」
 どうしたんだ?と訊く事も出来ぬまま、ジョーは思わずその場に立ち竦んだ。が、その気配に身体を起こして振り返ったケンは‥‥首にTシャツを引っ掛けただけのほぼ裸の上半身、慌てて引き上げたようにだらしなげなジーンズ、乱れて額や首筋に張り付いている髪、走った後のように薄らと朱が差した頬、弾む息に微かに開いた唇、そして斜めに見上げた青い瞳は艶かしいという表現がぴったりに濡れて潤んで‥‥
「おや、まだそんな恰好のままなのかね?さあ早く支度をしなさい」
 ジョーを待たせてはいけないよ、と穏やかな口調で諭しながら南部はもうきちんとカフスを掛け、上着まで羽織った腕を伸ばして数冊のファイルを拾い上げると、
「ケン、無理を言ってすまなかったね。いや、久しぶりに興奮したよ」
 とケンに微笑んだ。
 " やっぱり! "
 と、ジョーは思った。もしかしたら−と、漠然と思い描いて来た事は " やっぱり " 現実だったんだ、と。やっぱり博士とケンはデキていたんだ、と。そしてきっとついさっきまでこのソファの上で‥‥

(は、博士‥‥ああ、博士‥‥)
 優しくてそして几帳面なほど丁寧な愛撫に吐息と身体はもうすっかり熱くなっている。ケンは焦れるように幾度も呼んで、南部のプレスが効いた仕立ての良い上等なYシャツの背に爪を立てた。
(うん?どうしたんだね、ケン?)
 わざとそう聞き返しながら、南部はケンの敏感な反応をさらに楽しむように舌先で硬くなるまで胸の小さな花芽をゆっくりと転がしつつ、右手を引き下げたジッパーからジーンズの中へと滑り込ませた。
(ああっ)
 木蓮の花を思わせる白い滑らかな肌が微かに震え、引き締まった背が反るのを抱いている腕に感じながら、南部はケンが小さく声を上げて抗い難い快楽への渇望をさらに高めて行く様子をじっと観察する。頬をうっとりと桜色に染めたケンの、その長い睫毛の下から覗く空色の瞳が熱い欲望に潤み出す様は喩えようもないほど美しく悩ましい。
(ふふふ、いやらしい子だ。こんなに濡れて‥‥)
 そこへと接吻けてあふれる蜜を舐め取るようにしながら徐々に全体を、その後ろの蕾みを舌と指で溶かして行くとほどなくケンは、
(ああ、来て‥‥来て下さい、博士)
 と切なげに懇願して、そのしなやかな肢体を‥‥
(悦いよ、ケン。よく締まる)
(あ‥‥あン、ああ、もっと‥‥)
(悦い顔をする‥‥ふふ、可愛いよ。おまえは最高だ、ケン)
(ああっ、ああ、博士、あっ‥‥)

 そりゃ博士がケンを異常なくらい愛してるって事は知っているし、ケンだって博士にだけは割と従順だし、いや、こいつなら " バイトだ " と割り切るかも知れないし、何と言ってもケンは昔、博士が愛していたというこいつのマーマに生き写しの女顔だし、男同士と言ってもこいつくらい奇麗なら俺だって一発ヤってみたいな、と思うし、だから博士がケンを抱く事には何の不思議もありゃしねえんだが‥‥だけど、だけど、頼む、ケン。こんなのはただの馬鹿げた妄想だと言ってくれ。そンな事はないと言って‥‥
 と、ジョーが思い浮かべてしまったとんでもない光景を何とか否定し、追い払おうとしていたところに、そんな事を勝手に思い浮かべられているとは知らぬケンは、
「たまらないよ、何度も入れたり出したり‥‥ったく、こっちの身にもなってみろってんだ」
 などと、ボソリと愚痴った。
 挿れたり、出したり?
 うっ、駄目だ。
「うおぉぉぉーっ!」
 一声吠えて、ジョーは唐突にフルブレーキを踏んだ。
「わぁッ!」
 ぼんやりとシートに沈んでいたところにいきなりの急制動が掛かったのだ。ケンでなかったら恐らくかなりの怪我を負っただろう。
「な、何やってんだよ!ジョー。危ないじゃないかっ」
 さすがと言うべき反射神経でダッシュボードに両手を付いて、辛うじて事無きを得たケンがそう怒鳴るのと同時にガッツーンと第二弾が来た。そう、ムキになって追って来たらしい先程の後続車が止まり切れずにG2号機のテールに突っ込んだ衝撃だった。
「くそっ!おい、カマを掘られちまったぜ!ジョー」
「カ、カマを?」
「ああ、モノの見事に突っ込まれたぞ」
「やっぱり‥‥やっぱり突っ込まれてたんだな?」
「ん?」
 −てた?って何で過去形なんだ?と、見ると大きく見開かれたブルーグレイのジョーの瞳がこの上無く真剣な色をたたえてジッとケンを凝視め、その唇はわなわなと震えている。
「ジョ‥‥ォ?」
 おまえ、何か変だぞ、と言おうとした時、ガチャリとG2号機のドアが乱暴に開けられた。


(3)

(おい、どうしてくれるんだよ!)
(申し訳ありません)
 通常交されるであろうやりとりはこんなところだろう。
 しかし、否や、
「おい、どうしてくれるんだよっ!」
 セオリーを無視して振り返りざま怒鳴ったのはケンの方だった。いきなり急停止したこちらが悪いに決まっているが、諍いなど要は " はったり " 、先ずは機先を制す事だ、とばかりに、ケンはそいつを押し退けて車外へ飛び出すと後部に回った。
「見ろよ、こんなに−」
 だがさすが南部が開発したG号メカ用特殊超硬チタン合金製のG2号機はバンパーに凹みすら見当たらないまったくの無傷のままで、ケンは続ける筈の「なっちまって‥‥」を慌てて飲み込みながら対照的に大きく破損した相手の車を見遣った。
 ヤバイ‥‥だがここで退いたら、どう見ても交換以外どうしようもなさそうなこのドアとフェンダー‥‥ああ、バンパーとウインカーも駄目だな。ちぇ、こんな高価そうな車に乗りやがって‥‥を弁償しなくちゃならなくなる。弁償するのはいいさ。だが問題はその何割か、いや下手をしたら半分くらいを、いやいやもしかしたら全部を " 俺 " が持たなくちゃならなくなるかも?って事だ。何故ってジョーがここを走っていたのは、俺の送迎のためなんだから‥‥
 と、0コンマ数秒の内にケンは素早く計算し、最悪の事態を未然に回避するために必要と思われる行動へと移行すべく不退転の決意を固めてグッと相手を睨んだ。この際、関係無いかも知れないがさすがはガッチャマン、まさに天晴れとしか言い様のない経験知と問題解決能力と迫力だった。
 しかし−
「キ、キミは今週ずっと南部博士の資料室の整理をしていた子だよね?」
 その相手から返って来た言葉もセオリーを逸した思いもかけないものだった。
「は‥‥ぁ?」


「なるほど、それでこの車を追い掛けて来たという訳ですね?」
「ああ、そうなんだ。パーキングから出て来たんで " 停まってくれ " とクラクションで合図をしたら、急にスピードを上げて私を振り切ろうとしたからてっきり逃げようとしたのかと−」
「いや、別に逃げ出したワケじゃねえ‥‥」
 ロクでもない上にとんでもない妄想に駆られて、レーサーにあるまじきアクシデントを引き起こしてしまったジョーはどうにもバツが悪く、小鬢のあたりを掻きながらボソボソと言い訳をしたが、ケンはもうジョーになど感心は無い、と言わんばかりの冷静な口調で気弱げなその男−差し出したネームカードには「国際科学技術庁 マントル計画室 研究員 フジワラ某」とあった−が打ち明けた内容の事実確認に余念がない。
「それであなたが南部博士の資料室から持ち出したという資料が俺のバイト先のジェリーフィッシュにある、と−」
 俺のバイト先のジェリーフィッシュぅ?
 あのとてもイカガワシくてアヤシげなクラブかあ?‥‥とジョーは目を剥いた。
「おい、ちょっと待てよ、ケン。俺が口を聞いてやったのはムーンライトだった筈だぞ」
「その話は後でしよう、ジョー。とにかく今はマントル計画の資料の方が大事だ」
「いいや、そんな資料なんかよりもなんでおまえがあんな胡散臭い店でバイトしてるかって事の方が問題だ!」
 そんな資料なんか‥‥って、おまえ‥‥
 少しはわきまえろよ、とケンが靴を蹴った甲斐もなくジョーは、
「だいたいあんたもあんただ!あんな店に出入りするなんて、あんたには国際科学技術庁の研究員としての自覚が無えのかよ?」
 と、その男に詰め寄る。そんな店に出入りしたからこそイカガワシさやアヤシさを知っているジョーだって科学忍者隊としての自覚が無いと充分言えるのだが、その矛盾に気付くジョーではない。ふぅ、とケンは軽く肩をすくめた。
「いや、しかし、それはそうなんだが‥‥」
 それよりもその男が持ち出したという資料だ、とケンは、
「何がいや、しかし、だ。男ならもっとはっきりしやがれ!」
 などとすっかり調子づいている紺色のTシャツを引っ張って強引にジョーを一歩下がらせると、強引に話を進展させた。
「で、さっきの続きですが、何故あなたは大事な資料をそんなアブナイ店に置いて来る事になったんです?」
「おい、何故おまえはあんなアヤシイ店で働いてんだっ?ケン!」
 すかさず元のポジションへと戻ったジョーが再び割り込むと、ケンは、
「ジョー、その話は後だと言ったろう」
 と低い声でゆっくり言った。
「う‥‥」
 ゾッとしてようやくジョーは口を噤んだ。
「俺が詳しい話を聞くから、おまえは車に戻ってエンジンの調子でも看ていろよ」
 静かだが、これまた有無を言わさぬ口調だった。


「さあ、ジョー、飛ばしてくれ。やばい、マジ遅刻しちまう」
 件の男から話を聞き終えたケンは再びG2号機のナビシートに納まるや否やそう言った。
「どこへ飛ばせって言うんだよ?」
「決まってるじゃないか。ジェリーフィッシュへ、だよ」
「あのなあ、ケン。おまえ、物には順序ってものがあるって事を知らねえのか?」
 はぁん、とケンは一人頷いて、
「物には順序−、か?ああもちろん知ってるぜ」
 と可愛らしい唇の端に微笑を浮かべた。
「知ってるんなら、まずなんで紹介した俺に無断でムーンライトからジェリーフィッシュへ鞍替えしやがったのかを説明しろ!」
 クスッ、とケンが笑った。
「何が可笑しい?」
「いや別に‥‥」
「じゃあ言えよ!フン、どうせまた1日でクビになったんだろ?で、それを隠すために俺に黙ってやがったな」
「まあね。いや、ちょっと違うな。クビになったんじゃなくて1日で辞めたんだ」
 口笛でも吹き出しそうな顔で、悠然と車の振動に身を任せているケンの強かな態度にジョーは再びカッとなった。
「ケン、おまえいくら何でも我慢が無さ過ぎるぞ!1日で辞めたって、また客にケツでも撫でられたのか?」
 いいや、とケンは首を横に振った。
「ケツじゃなくてもっと大事なトコに触れられたんだ。しかも客じゃなくておまえの知り合いだとか言うマスターに、さ」
「なっ‥‥!?」
 ああ、心配しなくていいぜ。おまえのオトモダチの前歯を折るような真似はしなかったからさ、とケンはニコッと白い歯を見せた。いや、前歯は無事だったかも知れないが、こいつはあのマスターのもっと大事なトコをきっと‥‥
「じ、自業自得だっ!くそ、そんな奴だったとは−」
「ジョー、それに物の順序を言うのなら、何が何でも俺は今日おまえに金を返さなきゃならん、って事が一番の先決じゃないのか?だから俺は翌日から斜向かいのジェリーフィッシュへ行くことにしたんだ。何故って、たまたま " バイト急募 " の貼り紙が出てたからさ」
「‥‥そうだったのか。すまなかったな、ケン。事情も知らずに−」
「ああ、俺もまさかあんな事情があるとは知らなかったぜ」
 え?と顔を上げたジョーの肩を1つ叩いてケンはコケティッシュなクラゲの3Dがゆらゆら泳ぐクラブ・ジェリーフィッシュの看板を少し厳しい表情で凝視めていた。



- to be continued -



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