I'm home

by さゆり


(コンコン)

「うん?」
 ノックの音に俺は首を傾げながら、ドアを開け、
「ジョー!」
 そして驚いて思わず大声でおまえの名を呼ぶ。
「帰って・・・来たのか?」
 こうして尋ねて来て、こうして目の前に立っているのだから、帰って来たに決まってる
じゃないか、と思いながらも俺はそれを確かめたくてか、そう訊く。
「ああ」
 おまえが含羞むように微笑んで頷いたのを見て、俺の顔にもやっと笑みが広がる。
「心配してたんだぜ、ジョー。今までどこに行ってたんだ?」
 とにかく入れよ、と招じ入れながら、ホッと胸を撫で下ろした俺が少しだけ非難がまし
い口調でそう言ってやると、
「すまなかったな、健」
 と、おまえは柄にも無く些か神妙な態度で素直に詫び、でもすぐに、まあ、いいじゃね
えか、と言うように痩せた肩をすくめて笑う。まったくもう、おまえって奴は、と笑い返
して、それから俺はあの日、あの霧の中で見失ってしまった懐かしいおまえと向かい合う。
 そして、
 会いたい、帰って来い、もう一度、と思い続けたおまえが目の前にいるのを確かめる。
 手を伸ばして、おまえの髪に顔に肩に腕に触れ、おまえが帰って来た事を確かめる。
 おまえのダークブロンドのこの髪、おまえのブルーグレイのこの目、おまえの・・・
 ぐっ、と胸がつまった。
「ジョー、本当に帰って来たんだな」
「ああ、帰って来たぜ、健」
 この街へ、この家へ、おまえのところへ、な・・・と、ゆっくりと言いながら、おまえ
の腕が俺の肩を抱きしめる。それからおまえは俺の耳の中へ、
「健、ただいま」
 と、懐かしい声で囁くように言う。
「おかえり・・・おかえり、ジョー」
 だから俺もそう応えて、あたたかいおまえを抱きしめる。

 そして・・・
「ん、ジョー?」
 俺はいつもそこで目醒め、それが夢だった事に気付くのだ。

 また名も知らぬ花が盛んに咲いて、俺に春が来た事を告げる。

 窓を開けて見上げれば、空はゆったりとした優しい青に輝いている。
「今日のフライトは・・・」
 俺は珍しく無精をせずに煎れたコーヒーの香りを楽しみながら、窓辺で予定表を開いた。
吹き込む風が甘いから砂糖は入れなくともいいだろう。今日のページには知り合いの民間
飛行学校から頼まれたセスナの教習が入っていた。
「・・・ああ、彼女か」
 乗り物に酔い易い体質だと言うその女性が、春のこの気紛れな風で大丈夫かな?ソロ・
フライトに備えて、今日はしっかりと着陸の練習をしてもらわないとならないんだが−、
などと思いつつ、俺は甘い花の香りを乗せて盛んに吹き込む風に顔を向けた。
 ふと・・・
 当たり前の日常の中で、当たり前の生活を送っている自分がいる事に気付き、何故か、
それが少しだけ嬉しくもあり、また同時に少しだけ哀しくも思えた。
 いや・・・
 泣く事はないさ、哀しむ事はないさ。
「女々しいぜ、健!」
 きっとおまえはそう言って笑うだろう。
 だから・・・
 当たり前の俺の日々を、俺は当たり前に生きて行こう。
 そして・・・
 時には夢に見、時にはこうして風と空をみつめ、時にはぬくもりを恋い、俺はいつか帰る
おまえを待っていよう。
 いつまでも、いつまでも・・・

(コンコン)

 ノックの音がして、
「健、ただいま」
 と、おまえは帰って来る。
「おかえり・・・おかえり、ジョー」
 そうしたら俺はそう応えて、あたたかいおまえをこの腕に抱きしめるのだ。

 おかえり!・・・おかえり!・・・おかえり!

 ただいま!・・・ただいま!・・・ただいま!


 - THE END -
 



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