Mac-JOE・コンドルのジョーは報告書を書く(以前)
by さゆり |
「ジョー、ちょっといいかね?」 ああもう嫌だ、と豊かなダークブロンドを引っ掻き回していたジョーは南部の声に顔を 上げた。ちきしょう!健の奴、俺を見捨てたばかりか博士に言いつけやがったな。汚ねえ ぞ、健!もう抱いてやらん!−と、どこまでも勝手な逆恨みが表情に出たらしい。 「健から聞いたのだが、だいぶ難儀しているようだね。」 南部は例によって例の如くの穏やかな、だが威厳に満ちた声で言った。思わず子供の頃 の気分になって、ジョーは上目遣いに甘えた視線をチラリと投げて、父とも頼むその人に 言った。 「助けてくださいよぉ・・・博士ぇ〜・・・俺はもう−」 まさかその先が「おネエちゃんとヤりまくりてぇ!」だと想像する思考回路を持ち合わ せていない南部は、うむ、と気の毒そうに頷いて小脇に抱えて来たラップトップをジョー のデスクに置いた。 何だ、こりゃ?またPCかよ、とギョッとしたようにジョーが目を剥く。 南部はジョーが目を剥いた理由を、このアップル/ナッキントッシュシリーズ最新型の 価値と価格を認めたから、だと解釈したのだが、ジョーが目を剥いたのは既に「PCを使 えるようにするためには、とんでもなく面倒くさい手順を踏まなくてはならない」と学習 していたからであった。 (あれをまた最初からやるのかよ?) と、思わずフリーズしていただけなのだが、南部はニコリと微笑んだ。 「ジョー、君にノートPCを渡したのは間違いだった、と健があまり嘆くので理由を聞い てみたんだが・・・」 うわ、やっぱチクりやがったな。健の奴ぅ〜〜〜!許さん。足腰立たなくなるまでヤっ てやるっ!−と、さっきとは正反対な思考に陥っている事にさえ気付かずに、ジョーは唇 を噛んだ。 「ここにはしっかりとしたファイアウォールもあると言うのに、何故君のPCだけが無闇 とウイルスに感染するのかは解せないが・・・」 あ、解せる、解せる。俺が相変わらずこいつの親父パンツ(註:パッチの事を憎しみを 込めてジョーはこう呼ぶ)をまめに履き替えさせてないのと、イイモノを一人で楽しむた めにあっちこっちで、そっちこっちへ繋ぐからなんです。え?そんな設定は出来るのか、 って?・・・コンドルのジョー様を舐めてもらっちゃ困るな。見たいものは何としても見 る!俺が本気になったらそんなの、ちょろいもんだぜ。 ふっ・・・。 ニヒルに笑っている暇があったら、対処法も本気になってマスターすれば問題は無いの だが、そう言ったつまらないものには一向にやる気が出ないコンドルであった。明日やれ るものは明後日でいい。つまらない事をするくらいなら家出してやる。そうした全てが蓄 積して、またジョーのPCは二進も三進も行かなくなり(註:そもそもPCに三進は関係 無いが)、そうした全てが健にバレ、健はその美しい顔にこの世のものとも思えない微笑 みを浮かべながら、ジョーにレポート用紙の束とボールペンを渡したのだった。 (ジョー、始末書は手書きでも受理される。文頭に日付け、文末にシグネチャーを忘れる んじゃないぞ。) そして、もう口を利いてくれなくなってしまったのだった。 何だよ、馬鹿野郎−っ! 「−と、言う訳で、私のパワーブックを使いたまえ、ジョー。」 「は?」 我に返ったようにブルーグレイの瞳が南部を見上げた。 「何だ、聞いていなかったのかね?」 やれやれ、ジョーはちっとも変わらんなあ、と南部は軽く嘆息したが、 (俺はもうあいつの面倒なんか見ませんからね!IT管理なんか、もう真っ平だ!) 端正な顔を紅潮させて、怒りに震える健に無理強いは出来ない。健は相当、我慢したに 違いない。健は素直で真面目で、与えられた任務には文字通り命がけで当たる。 が・・・、 一旦、切れたら、とことん怖い。 有り体に言って、切れた健には南部でさえ逆らいたくない、のが実情だった。 「ジョー、パソコンなどと言うものは単なる機械だ、道具なのだ。詳しい事は分からんで も使えればそれでいいのだ。考えてもみたまえ。世の中のほとんどの人はTV受像機に何 故、画像が映るか?などは知らずとも、みんなTVは操作出来るし見ているじゃないか? 君は君達の変身メカニズムを完璧に理解しているか?ほら、いないだろう?だが、君はバ ードスタイルになれるじゃないか!それと同じ事だよ。」 「なるほど、さすがは博士だ。ヘン、分からなきゃ分からないでイイんですよね。何だか 気分が晴れて来ましたよ。」 ジョーの言葉に、南部はどうリアクションすべきか分からなかったが、とにかく先を続 ける事にした。もう健に押し付ける訳には行かないのだ。今度、それをしたら、健はあの 大きなスカイブルーの瞳をスッ−と細めて、 (ふんっ!) と、鼻で笑うだろう。 ・・・う、怖いぞ・・・と、南部はポケットチーフで額を拭った。 カッツェの気持ちが少し、理解出来た気がした。 「いいかね、ジョー。このナッキントッシュはドアーズとはOSが違うので、今まで感染 していたウイルスには感染しない。」 「OSぅ?」 「オペレーティング・システムの事だ。コンピューターと名の付くものには必ず入ってい る基本ソフトの総称で、つまりマウスを動かしたり、キーボードからの入力やフォルダを 作ったり、ファイルをコピーしたりと言う基本的な動作や、君が始末書を−、いや失礼、 報告書を書くためのワープロソフトやベスにメールを送るのに使うメールソフトや−」 「ベスじゃなくて、ベティですよ、博士。」 この際、そういう事はどうでもいいのだよ、ジョー・・・と、思いつつも南部は忍耐強 く、そうかね、と頷き、さらに説明を続けた。 「つまりアプリケーションとユーザーの間を取り持つ働きをするのが、OSなのだよ。」 「ふーん・・・つまり、やり手婆あ、って訳ですか?」 言い得て妙、かも知れんが、的外れかも知れん。まあ、いい。 「うむ。で、君が悩まされているウイルスについてだが、ナッキントッシュのOSは外部 からの侵入を招き込み難い作りになっている上に、ウイルスやハッキング等の侵入ツール も作り難い構造なのだ。もちろん、皆無とは言えんが、私は過去、ナッキントッシュでそ うした類いのものに遭遇した試しが無い。だからこれを使いたまえ。一応、予防のために ウイルスチェックソフトも入れてあるが、ドアーズのように頻繁にアップグレードする必 要は無かろう。」 「すげえや!」 もうジョーの気分は、すっかりVサインだった。 やったぁ、やったぁ、やったぁ〜ま・・!−と、思わず違うチームの決め台詞を口にし そうになるくらいの有頂天ぶりだったが、ハッ、と振り返ると、 「じゃあ、何で最初から全員がこいつを使わないんですか?」 と、訊くであろうと予測していた質問を投げかけた。だから、 「うむ、私も常々、不思議に思っているのだがね。」 ははは、と南部は笑ってそれを躱した。 とりあえず必要と思われるアプリケーションはインスト済みだし、これでネットにも接 続完了だ。好きなサイトへ行けるぞ。では、ジョー、健闘を祈る、と微笑んで南部は必要 な事を全てやってくれて(註:単に教える手間と時間を節約したかっただけだが)踵を返 した。ありがとうございます、博士・・・と、涙ぐみ、それからジョーは不敵に笑ってパ ワースイッチをオンにした。 と、やおら− 「♪ピコンッ!」 などと可愛らしい音を発し、 「Welcome to Nac OS 」 という御丁寧な挨拶とともに、コンピューターが(^-^)と笑っている画面が表示される。 おお、礼儀正しいじゃねえか!どうも、よろしくな、と、つられてジョーも頭など下げて しまった。傍から見たら、まるきりの阿呆であるが、幸い周りに人影は無い。 「さあ、壁紙、かべがみっ♪」 どうやら恒例になっているらしい。 ジョーはちょっと感触と配列の違うキーボードと、何だかのっぺりとしたボタンの無い (註:無い訳はない!1つあるのだ)マウスに戸惑いながらも、えっちなかべがみ.どっ とこむ.にアクセスして、おおお、こりゃまたイイじゃねえかああ!な画像をダウンロー ド・・・くそ、やり難い;だが負けるもんか・・・し、「壁紙に設定」を・・・ ん?無えぞ?どこに、どこにあるんだ?? ジョーは焦った。何故かと言うとナックにはドアーズではお馴染みのこの「壁紙に」が 無い。いや、無い訳ではなく、ただ手順が違うだけだ。いやだ、この監獄の壁みたいなグ レーの画面じゃいやだ−と、ジョーは無闇にあちこちをいじってみた。こうしたモチベー ションが与えられた場合のコンドルは、とにかくとことん頑張れるのだった。 と、ブレスレットが瞬いて、南部からの通信が入った。 『どうかね、ジョー?何か分からない事はあるかな?』 ああ、博士、御親切に! 「博士、壁紙の設定ってどこにあるんですか?」 もはやジョーは必死だった。 『壁紙?ああ、デスクトップピクチャーを変えたいのかね?それならアップルメニューか ら・・・』 「あっぷるめにゅう?」 『ああ、一番左端にリンゴの絵があるだろう。それだ。そのアップルメニューからコント ロールパネルを開いて、アピアランスを選択したまえ。』 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ・・・」 何か間違えたらしい。 「♪オッオゥ〜」 と、小馬鹿にしくさったアラートが鳴った。なんだ、この野郎! 『そこからデスクトップタブを選択して、次にデスクトップをクリックして−』 うわ、マウスが違うからクリックが上手く行かねえっ!と、またまた「♪オッオゥ〜」 と嗜められた。このォ〜、舐めるんじゃねえぞ、てめえっ!!! 『ピクチャの選択というボタンをクリックして、任意のピクチャファイルを選択して、そ れを開けば・・・』 「待って!ちょっと待って下さい、博士−−−!」 「♪オッオゥ〜」、「♪オッオゥ〜」、「♪オッオゥ〜」 『−で、最後にデスクトップに設定というボタンをクリックすれば・・・』 「うぉっ!?」 『どうした?うまく君好みの素敵な女性の裸体が表示されたかね、ジョー?』 「いえ、博士、裸のおネエちゃんじゃなくて、ば、爆弾が出ました・・・!!」 じ、甚平爆弾がこんなところに・・・と、ジョーは唸った。 『うむ、ジョー、それが爆発しないうちにすぐに再起動したまえ。』 「ラジャー!」 ちきしょう!なんて恐ろしいPCなんだ・・・ なるほど、これじゃトーシローの手にゃ負えねえワケだぜ・・・。 ジョーはPCを触るようになって、初めて手に汗を握るほど、真剣になっていた。 負けるな!コンドルのジョー! 爆弾もフリーズも怖くないぞ! ・・・でも、そのHDはクラッシュし易いぞ; (註:アップルマッキントッシュでは実際に再起動が必要なシステムエラーを引き 起こすと、甚平爆弾そっくりな導火線に火の付いた爆弾が表示されますσ(^_^;) The End |
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