Mobiusu band

by さゆり


Mobiusu band 1/2 Thanks ! > Friends 祝!一周年@いつもありがとう(^-^)


 健は彼の小さな飛行場の家で眠っていた。
 ベッドに入ったのはもう午前4時を回った頃なので、とにかく眠い。任務を終え、
報告をし(リーダには特に他のメンバー以上にこの義務がある)、そのまま基地で
仮眠を取ろうかとも思ったが、家に帰りたくなって戻って来た。それで遅くなった。
健の飛行場には夜間離発着出来る設備がないし(実際にはスクランブルに備え、
特殊誘導設備により可能なのだが)、また夜間の飛行許可が下りない地域に位
置している。だが、スクランブルには通常の法規は無視される。どこでどうなってい
るのか、健自身にも分からないが、恐らく医療上の緊急事態とかいった名目の特
別フライト許可が、ISOかどこかから管制センターや運行局に届けられる仕組みな
のだろう。
 なによりも鷲は目と腕が良かった。そして彼の通常コードでイーグルワンと呼ば
れる小型セスナ機には、こうした機種には考えられないハイテク誘導装置が搭載
されていた。だから、無灯火での夜間離発着に困難はなかった。だが健は、スクラ
ンブルで出撃する時は他に選択の余地無しだから致し方無しだが、帰還時はなる
べく無理のない時間帯を選ぶ事にしていた。しかし、昨夜はどうしても帰って来た
かった。ひとりきりになって、何も考えずに眠りたかった。理由はと言えば任務は
失敗であり、健はそれに対して例によって責任を(彼一人に追求されるべきもので
はないのだが)感じていたのだ。そして、つまるところ健に許される範囲内の現実
逃避が家へ帰って眠る事、だったのである。

 VTOL機能を持たないGー1号機は、圧縮蒸気で放り出される仕組みのカタパル
トの上でじっと健を待っていた。
「こんな深夜まで申し訳けありませんでした。」
 と、基地の係員に挨拶をする。
「我々は交代制ですから大丈夫ですよ。では気をつけて、G1号。」
「ありがとう。」
 微笑んでキャノピーの中で片手を上げ、スラストレバーを引く。Gー1号機は空母
にあるようなカタパルトから星空の中に打ち出されると、僅か2秒後には時速240
キロのスピードに達した。レーダー、エレクトリック・コンパス、特殊誘導ビーコン、
GコードのGPSで位置と帰るべき方向を確認すると、健はくるりと機体をロール
オーバーさせる。水平飛行に戻った時、Gー1号機は通常コード・イーグルワンの
低翼単座のセスナ機に、そして健も彼自身に戻っていた。マッハスピードの方が
当然早く帰還出来る。だが、健はもう1秒たりともG1号というコードネームのまま
で居たくなかった。
 ヘルメットがなくなると、チョコレート色の髪が顔に落ちて来る。
(うっとおしいな。いい加減、切らなくちゃ・・・)
 と、それを手で掻き上げて、小さなプロペラ機を家に向け飛ばして行く。
 太古から変わらぬ星々が見守っていた。

 時間は余分にかかったが、いいフライトだったと健は思う。大好きなF・フォーサイ
スの『シェパード』みたいに計器類が故障して、たった一人で夜空を彷徨う事に
なったら?・・・などと言うロマンチックな危惧を思い描く余地さえあった。導いてく
れるシェパードは助けに来てくれるのだろうか?
(あれはクリスマス・イヴの話だもの。)
 と健は考える。だから奇跡は起こったのさ、と計器類のオレンジやグリーンの薄
い明かりの中で一人微笑んでみる。以前なら、もしかしたら赤い機体の「シェパー
ド」が来てくれたかも知れない。しかしその人ももう居ない。人が死んで星になる
のなら、満点に鏤められたあの煌めきのどれかになっているのだろうか?・・・だ
が、それがどの星なのかを知る術も無い。
 
 当然のように計器類は異常をきたさず、だから孤独に彷徨う事も「シェパード」に
導かれる事もなく、健は彼の飛行場に着陸した。海上から迂回して市街地の外れ
に差し掛かる頃、エンジンを止め、グライダーのように滑空しながら誘導ビーコンに
乗った。風が無いことを幸いに、ちょっと無茶な進入だったが、たぶん誰も起こさな
かったはずである。
 イーグルワンは優しい。
 Gー1号機はマッハの衝撃波で大気と人の心を切り裂いて飛ぶが、イーグルワン
は鳥のように優しく静かに飛ぶ事が出来る。だから健はイーグルワンが大好き
だった。いつか、もうずっとこいつがイーグルワンのままでいられる日が来たら、と
健は思う。自分もこいつと同じように優しい人間に戻れるのだろうか?・・・とも考
える。だがいくら考えたところで、今はその答えが見つかる訳がなかった。

 そうしてようやく健はベッドに入る事が出来た。いつもは着けたままにしているブ
レスレットを外して(やはりこれがあるとどうしても任務を思い出してしまう)、ナイト
テーブルに放り出す。やれやれと欠伸をしたが、冷えたシーツが思いの外、冷たく
て、せっかく浴びた熱いシャワーもあまり効果がなかった。ブランケットを頭から被
り、手足を縮めて、とにかく眠る事に専念する。だが、うとうとするとハッ、と目が醒
める。疲れていても昂った神経はなかなか沈静してくれない。こうした時にはよく
ある事で、不快ではあるがとにかくまた眠るしかない。転々と数回、これを繰り返し
た頃には薄らと夜が明けて来たが、それでも健はようやく深い眠りに就く事が出
来た。
 だが、こうした眠りに訪れる夢はたいていは辛かったり、哀しかったりといったも
のが多く、だから健はぐっすりと眠りながらも、そういった夢には遭いませんよう
に・・・と祈っていた。
 
 continue > 2/2


Mobiusu band 2/2 んじゃ、ちょっと延長


ー「WAS、イーグルワン、応答願います。こちら管制センター、イーグルワン、どう
ぞ。」
 唐突に無線機が喚き出した。事務所なのか居間なのかよく分からない(かつて
は事務所だったのだが)部屋のデスクの上で無線機が健に呼びかけ続ける。
ー「イーグルワン、応答願います。健、起きてっ!」
 怒鳴られたお陰か、覚醒は速やかだった。ぱっと目を開けるや否や、健はベッド
から飛び出して無線機の通信スイッチを入れる。だが身体の覚醒には多少時間
が足りなかったようで、ブランケットに足を取られ危うく転倒しそうになったが。
「こちらWAS、イーグルワン、管制センターどうぞ。」
 しかも声が掠れていたし、枕も抱えたままだった。素足に年代物の木の床が冷
たい。
ー「おはよう、健。寝てたんでしょ?」
「いや、寝てないよ。どうしたんだい、リズ?」
 何故、人はこういう時、必ず「寝ていない」と嘘をつくのだろうか?だが、回らぬ
舌と目覚め切らぬ脳は、これまた必ず相手に看破されるものだ。無線機の向うで
含み笑いが聞こえた。
ー「枕を置いて、ちゃんと聞いてね。こんなに朝早く申し訳けないけど、急ぎのフラ
イトを頼めるかしら?緊急なのよ。」
 そう言われて健は抱えていた枕を見、舌打ちするとそれをドア越しにベッドへ投
げた。こっちが見えるんだろうか、この無線機は?と、馬鹿な疑問が頭を翳める。
「緊急って何だい、荷物は?どこまで?」
ー「夕べも緊急医療物資の配達で遅くなったのに悪いとは思うんだけど、今日は
誰もいないのよ。で、荷物はやはり緊急医療物資。行く先はメディコよ・・・飛べ
る?」
 ああ、夕べもやはりそういう届けが出されていたのか、と健は憶えのない配達に
不思議な気持ちになった。一体、何をどこへ届けたんだろう?俺は。それで誰か
が助かったのかな?
「メディコか・・・大丈夫、行くよ。緊急なんだろ?どこへそれを取りに行けばいいの
かな?」
ー「医療センターの車がここへ向かってるから、こっちへ回って。とにかくA.S.A.P.
よ、健。」

 事態は緊急を要するとの事である。慌てて湯を沸かし、その間に洗面を済ませ、
着替えをする。と、言ってもTシャツを被り、ジーンズを穿けばそれで終わりだ。沸
いた湯でインスタントコーヒーを一杯と、小型のサーモに同じインスタントコーヒーを
直接、瓶から投入して湯を注ぐ。後は蓋を閉めて振り回せば出来上がりだ。朝食を
取っている時間は無いが、何か食料を持って行きたい。考えてみればもう12時間
以上何も口にしていなかった。キッチンの戸棚を開けたが予想通り何も無い。辛う
じていつかジョーが持って来たクラッカーが1箱だけあった。そいつとサーモを紙袋
に突っ込むと、カップのコーヒーを飲み干して、健は外へ飛び出した。
 
 晴れ渡った空へとイーグルワンは舞い上がる。夕べ、待機している間に整備して
くれたのか、エンジンはいつもよりも快調だった。管制センターのある民間飛行場
まではセスナなら10分くらいで到着する。無線で指示された滑走路のペイントナ
ンバーを見るまでもなく、予定の滑走路脇にはブルークロスと赤色灯を付けた白い
バンが待っていた。ちょっと見ないバンだな、と思ったが民間の病院か医療セン
ターの車全部を知っている訳でもない。その横へイーグルワンを降ろすと、キャノ
ピーをガシャッと引き開ける。エンジンはかけたままだ。
「これが運んでもらうワクチンです。どうぞよろしく。」
 眼鏡をかけた医師が小さなコンテナボックスを手渡して言った。頷いて両手で
ボックスを受け取ると、顔見知りの係官がフライトマップをその上に乗せる。
「急な仕事で悪かったな。メディコのちょっと山の中だがね、気象は問題ないし、き
ちんとした滑走路もあるから、楽な配達だと思うよ。頼んだぞ、健。」
「ああ、ここなら2時間はかからないだろうね。」
「だいぶ感染者が増えているらしいんです。急いで下さい。」
 顔色の冴えない医師が割り込んでそう告げた。
「これは何のワクチンなんですか?感染者って、いったい?」
「インフルエンザだと言う話なんですが、どうも様子がおかしいんですよ。」
 インフルエンザ?それのワクチン?健の頭に疑問が湧いた。
「ワクチンって感染後も効果があるんですか?」
「これは新型のワクチンで、スーパー抗原を作ります。だから感染者へも有効なん
です。さあ、急いで下さい。」
「分かりました。出来るだけ早く届けますから、ご心配なく!」
 滑走を始めたイーグルワンの中からそう言い残すと、健は再び青空へと舞い上
がって行った。晴れ渡った青い青い大空を、健は欠伸を噛み殺して、飛んで行っ
た。

- continue > 3/2 - って、なあ?(^_^;


Mobiusu band 3/2 延長戦、続行(笑)


 メディコは国境を越えたすぐ隣の国だ。
 ユートランドは山岳地帯でその国境に接しており、一番西側には大洋が広がっ
ている。温暖な気候と自由な空気とちょっとリベラル過ぎる気風は、明るく陽気なメ
ディコからもたらされたものかも知れない。事実、メディコ系の住人も多く、山ひと
つ越えたその国に配達に行く事もしばしばなので、健にも馴染み深いところであ
る。

 フライトはエンジンとともに快調だった。
(いいぞ、この分なら予定よりも早く届けられそうだ。)
 健は後部のカ−ゴスペース(勿論、大したスペースではないが、「物言わぬ大事
な旅客用キャビン」だ)ではなく、破損せぬようにコクピットのシートの脇に抱え込
むようにしている小さなコンテナボックスを軽く叩いて、真直ぐにイーグルワンを飛
ばして行った。
 インフルエンザという耳慣れた、また誰でも一度くらいは罹患した事があろうかと
いう病名のせいか、例えば輸血用の特別な血液だとか、一刻を争う大事な血清
や特効薬をーという場合とは異なり、多少、緊張感に欠ける気がしないでも無い
が、健は人一倍、責任感が強かったから、文字通り「脇目も振らず」に可能な限り
急いだ。
 レシプロエンジンは高速域でひたすら回り続け、青い青い空に時折、流れ来る白
い千切れ雲は暫時、イーグルワンの今やレトロな、と表現されても不思議は無い
その実に飛行機らしいーちょっとずんぐりとした鼻先、大きく横に張り出したエアー・
イン・テイク、獲物を爪に架けようとする鷲のように力強く突き出したランディング・
ギア・・・いや、これはやはり固定脚の方が相応しかろう・・・そして何よりも勢い良
く回転して、確実に健を大空高く駈けさせてくれる大きなプロペラ・ブレードの逞しさ
と美しさ・・・そんな機影を映してくれる。健はそれを眺めるのが堪らなく好きだっ
た。

 孤高の空で、健はいつもたった独りだ。
 果てしない空に在る時、健はイーグルワンと同化し、己の翼のみを頼りに風を追
い、風を追い越し、光と競う。眼下に広がる風景は文字通りの鳥瞰図・・平面から
立体への移行は、二次元的な視野を三次元的な思考へ、さらに高みへと拓かせ
てくれる。
 孤高の空を自在に往くものだけが味わうことの出来るこの一種、静謐な高次元
の存在を感じる時、健は母よりも自分よりも、いや、そう言った世間一般の温もり
や幸せを捨てて、戦った父の気持ちが理解出来る気がした。それは厳しく、辛い
道かも知れないが、男として尊敬に足る生き方であり、尽きぬ憧憬とともにいつか
自分も、と思い定めた道でもある。
 たった独り・・・。
 己の幸せや利己的な欲に固執することも、囚われることも無く、もっと大きな、本
当の「幸せ」へと向かう茨の道。
 だが、寂しさを感じることは無い。空を往くものの誇りが胸に在る限り、大鷲は翼
をぴんと張って飛び続けるのだ。そして、何よりも健は空を愛し、飛ぶことを心の底
から愛していたから、こうして空を飛ぶ事で今は何もかもを忘れることが出来るの
だった。
(サンキュー、リズ。)
 だから偶然ではあったけれど、ぐずぐずと現実逃避のブランケットに包まって眠っ
ているよりは、よっぽど良かったぜ、と健は呼び出してくれた管制センターの馴染
みの係官に心の中で礼を言うと、ふふ、と小さく笑った。
 
 やがて山間に小さな飛行場の白い滑走路が見えて来た。着いた!
 健は高度を下げつつ、スロットルを絞ってエンジン出力を落とす。ゆっくりと旋回し
て侵入経路を示す剥げかけたペイント・マークに目を凝らす・・・誘導灯が整然と並
ぶ飛行場ならばイーグルワンのような小型セスナはお呼びではない。だが、三分
の一の時間で飛んで来られるスマートな小型ジェット機に支払うべき三倍の料金
が賄えなかったり、そいつらが降りられそうも無い山と山の間の、木々の葉に触れ
沿うな着陸を自分自身の目と勘だけを頼りに降りなければならないようなこうした
滑走路ーいや、それさえ無い場合もあるし、着陸する場所さえ無い場合もあるの
だーとなれば、イーグルワンのようなセスナ機と腕と目の良いパイロットの独壇場
だった。
 手入れの悪い、穴ぼこが空いているような滑走路の脇には爆音を聞きつけた人
々が、もう手を振って待っているのが見える。高度がうんと下がっているので、そ
の顔までがはっきりと見える。
(待っていた・・・待っていたよ・・・) 
 と、声までが聞こえる気がして、だからいつも健は彼らの歓迎に笑顔で応える。
待ち焦がれた荷物、恋人や父母からの手紙、それらがどんなに大切なものかを思
い知らされる瞬間でもあった。
 そっと、健はいつも慎重にフラップを操作する。皆が待ち焦がれた大事な荷物を
損じる事があってはー運悪くブレスレットが喚き出し、郵袋を投げ落とした事もあっ
たが、特に「handle with care」の注意書きも無かったから大丈夫だろうー元も子も
無い。
 そして、イーグルワンは滑らかに着陸した。
「ありがとう、予定よりも早かったね。」
 旧式な白衣を来た地元の老医師が、逸早く駆け寄って言った。
「ええ、天気が良かったですからね。さあ、これをー」
 大事に傍らに置いて来たコンテナボックスを渡すと、老医師の疲れた顔にも明る
い笑みが浮かんだ。
「助かったよ、何しろ質の悪いインフルエンザなんだ。ところで君はこのワクチンを
接種したかね?」
「いいえ。」
 頭を振ってそう答えると、老医師はきっぱりとした命令口調で告げて、降りようと
する健の身体を押し上げた。
「じゃあ、このまま帰りなさい!感染の危険がある。燃料は大丈夫かね?」
「ちょっと待って下さいよ。燃料は大丈夫ですが、腹ぺこで・・・町で食事をしてから
戻ろうと思ってるんですがー」
「いかん!」


「あー、腹が減ったなぁ・・・。」
 どこまでも青い空を飛ぶのはどんな時でも楽しいものだし、一刻も早くワクチンを
届けなければ、という責任も果たしたし・・・となると忘れていた腹の虫が途端に鳴
き出した。とにかく、こう空腹では適わないが、空の上の事、立ち寄れるSAも
DINNARも無い。メディコのああした小さな町には大抵、安くて美味い食べ物があ
るので、健は今日もたっぷりと盛られたチリ・コン・カーンやらこぼさずには口に運
べぬほど具が詰め込まれたタコスやらにありつけるもの、とばかり思っていたの
だ。
「ちぇ、腹いっぱい食べられると思ったのに、アテが外れたぜ。」
 健はポツリと呟くと、片足をラダーペダルから浮かせて、膝の内側で操縦桿を器
用に保持する。そうして自由になった両手でサーモの蓋を回し、温くなったコー
ヒーを啜った。基本的にエアレーサー仕様のイーグルワンは一般のセスナ機に比
べ、操縦性は良いが安定性が悪い。シングルタイプの操縦桿は常に制御してやら
なければ、すぐに機体が傾いてしまうほどデリケートだ。健は女の扱いとテクニック
(主にベッドの中の、らしい)にかけては一家言あるジョーを凹ませてやりたくて、
(俺のテクニックだって、おまえに負けるもんか!)
 と、言ってやった事がある。気紛れなんだぜ、こいつは。ギュッと強く握り締めて
も駄目。だけどいい加減に持ったら、それこそ言う事を聞きやしない。優しく、だが
断固とした意思を持ってだな、このスティックを、こう・・・得意げに言いながら操縦
桿に見立てて垂直に立てさせたジョーの手首を包み込んだ健の右手指を凝視め
ながら、ジョーが言った。
(あのなあ、健。)
(ん?)
(俺、妙な気分になっちまった。)
(何が妙な気分なんだ、ジョー?)
(だって、おまえ、スティックをこんな風にねぇ・・・)
 あー、こりゃ堪らねえぜ・・・と、ジョーは笑い出して、
(健、何なら実際に俺のスティックで御教示賜りたいもんだぜ。)
(俺のスティックって・・・G2号機は操縦桿じゃなくてハンドルじゃないか?)
(男をその気にさせて、どうすんだよ?)
(えっ?)
 そこまで言われて、さすがの健もジョーが何を言っているのか、が分かった。パッ
と手首を握ったままだった右手の指を開き、ついでに真ん丸く見開いた空色の瞳
にジョーはさらに笑った。そして、挙句の果てには、
(確かにおまえのテクは大したもんだ。いざとなったら、リノの店へ行けよ。そのテ
クならバッチリ稼げるぜ!)
 と、下品な冗談を言って大爆笑したのだ。あいつめ!ジョーの奴ときたら、まった
くムカつく奴だ。だいたい、昨日の任務もジョーが勝手にバードミサイルをぶっ放さ
なければ、奴らの基地か上手くしたら本部が突き止められたかも知れないと言う
のに。
(我慢できねえ!)
 って、ガキじゃあるまいし短慮と自制心に欠ける事、甚だしい。その度に俺は遅く
まで細々と経緯を報告して、自己嫌悪と焦燥感に駆られなくちゃならないなんて、
まったく不公平だぞ、ジョー。

 そんな事を考えているうちに、空腹なのも眠いのも、全てジョーのせいじゃない
のか?とさえ思えて来て、健は思わず、
「ジョーの馬鹿野郎ーっ!」
 と、大声で怒鳴った。どうせ聞こえる訳も無い憂さ晴らしだが、気分は晴れる。今
頃、クシャミでもしてるかな?ざまあみろ、と 破顔いかけた健の耳に、
ー「健!どこにいる?応答しろ!」
 と、ジョーの声が飛び込んで来た。


- continue > 4/2 って、=2?(爆)


Mobiusu band 4/2 ロスタイム、終了〜(爆)


 怒鳴ったのが、聞こえたんだろうか?と、馬鹿な疑問がまた頭を翳めたが、そん
な事は有り得ない。
「こちら、健。メディコの山ン中へ配達に行ってその帰りだ。どうしたんだ、ジョー?
何かあったのか?」
ー「メディコだと?奴らの鉄獣メカがその辺りに出たらしい。俺達も今、そっちへ向
かってるとこだ。」
「な、なんだって?」
ー「健、変身して早くゴッドフェニックスに合体しろ!」
「ラジャー!すぐに行く。」
 待ってろよ、ギャラクターめ。こてんぱんに叩きのめしてやる!闘志を燃やしつ
つ、健はブレスレットに変身を命じるべく、左手を上段から振り翳してーBIRD GO
!ーだが・・・、
「あっ!」
 健は焦った。無い、ブレスレットが無い!あ、そうだ。ベッドに入る時にナイトテー
ブルに置いて、それで今朝は急いでいたので、きっと嵌めずに飛び出して来ちまっ
たに違い無い。
「しまった!何て事だ!」
ー「どうしたんだ、健?鉄獣メカを発見したのか?」
「違うんだ。ジョー、ブレスレットが・・・無い!」
ー「何だとぉ?どう言う事だ、失くしたのか?」
「いや、失くしてはいないが、家に置いて来ちまったみたいだ。」
 一瞬の沈黙・・・そして、耳がキーンと鳴るほどのジョーの怒声が響いた。
ー「この大馬鹿野郎ーっ!」

 どんなに詰られようとも、今の健に返す言葉は無い。だが、どうにかしなけれ
ば・・・混乱する頭で健は必死に打開策を考えた。
「ジョー、俺は大急ぎで家に戻り、変身して駆けつける。このままでは戦えないば
かりか、足手纏いにしかならん。頼む、俺が行くまでみんなで頑張っていてくれ!」
ー「ああ、それしかねえようだな。変身せずに集合したところで合体は出来ないし、
それなら居ないのと同じだ。ま、バードミサイルも使えねえし、やられちまったら化
けて出てやるからな。」
「すまん。ジョー、頑張ってくれよ!」
ー「健、たるんでるぞ、おまえ。リーダー失格だな!」
 馬鹿野郎、誰のせいで・・・と、喉元まで出掛かった言葉を飲み込むと、健は「す
まん」と繰り返して、イーグルワンのスピードを上げた。しかし、どんなに急いでも優
しい鷲のレシプロエンジンには限界がある。もし取り返しのつかない事になったら、
と健は唇を噛んだ。ジョーから事情を聞いたみんなはどんなに怒っているだろ
う・・・報告を受けた博士はどんなに失望しているだろう・・・。
(健、君らしくもないな。)
 あの静かな声でそう言われるのは何よりも辛い。みんなの、博士の信頼を裏
切って、こんな重大なミスを犯してしまうなんて・・・
確かにジョーが言うように俺はリーダー失格だ。G1号でいたくないだの、任務の
事は忘れていたいだの、そんな甘えが通用するとでも思っていたのか、俺は?親
父が生きていたら、どんなに怒る事だろう。いや、呆れ返って、もう殴ってもくれな
いかも知れないな、と思うと、健は悔しくて辛くて、そして哀しくて、溢れてくる涙を
押さえる事が出来なかった。
「ううっ・・・」
 みっともないぞ、泣くな!と歯を食いしばったが、こみ上げて来る嗚咽が止まらな
い。
 と・・・、
「おい、健!どうした、何を泣いてるんだ?腹でも痛いのか?」
 ふいにジョーの声がし、訳が分からぬまま、ゆさゆさと揺さぶられて、健はぱちぱ
ちと瞬きを繰り返した。


 堰を切ったように、という表現があるが、まさに今の健を言い表わすのにこれほ
ど適格な表現は無かろう、とジョーは思った。涙は派手にオーバーフローして止ま
らないし、言葉もー何が何だかジョーにはよく分からなかったがーとにかく止まらな
かった。
「ジョー、どうしてここに?鉄獣メカはどうした?そうだ、みんなは無事か?ほら見
ろ、ブレスレットはここにある。これで変身出来るぞ!すぐにゴッドフェニックスに合
体しなきゃ・・・なあ、ジョー、博士は?博士はすごく怒ってたか?その、俺のミス
を・・・」
 息も吐かずに一息に、と言ってもヒックヒックしゃくりあげる合間に喋るので、妙な
ブレスが入って余計に訳が分からなかったがー捲し立てていた健はそこで言葉を
切ると、ジィッ、とジョーの目を探るように凝視めた。涙に濡れた空色の瞳は真剣そ
のものだ。ふとジョーはそんな健が堪らなく意地らしくて、切なくて、
「健、夢を見てたんだよ。落ち着け、もう大丈夫だから。」
 と、なだめながら、そっと抱きしめて、幼い子にするようにその背を優しく叩いて
やった。健、おまえはゆっくり眠る事も出来ねえのか?寝ている時ぐらい、任務は
忘れろ・・・と、言い聞かせながら、ジョー自身、身に憶えの有る事だけに、人一倍
責任感が強く、リーダーとして痛いほど無理をしている節がある健だから、そりゃ
無理もねえさ・・・とも思う。だから、
「目を醒ませよ、健。ガキみたいに泣いてちゃ、可笑しいぞ。」
 と、揶揄ってもジョーの口調は優しかった。
 
「なあんだ、じゃ、あれは全部夢だったのか。」
 事務所なのか居間なのかよく分からない(かつては事務所だったのだが)部屋
の椅子に座って、健は勝手気侭に跳ね上がったチョコレート色の髪をかき上げな
がら、少し憮然とした口調で言った。
「そう、おまえはずーっとベッドの中にいて、ワクチンの配達にも行かなかったし、
鉄獣メカも暴れちゃいないって事さ。」
 何をしているのか、キッチンに立ったジョーの声に、健は溜め息を吐くと、
「ちぇ、何だか余計に疲れちまったぜ。」
 と言いながら、それでもホッとしたように、あはは、と笑った。
「さ、温まったぜ!」
「おい、ジョー、これは・・・?」
「見りゃ分かるだろ。朝飯、って時間じゃねえな、もう。ま、ブランチってとこかな。食
えよ、腹ぺこなんだろう?ゴメスのとっつぁんに無理を言ってテイクアウトして来た
んだぜ。」
 ジョーはウインクしながら健の前に美味そうなチリ・コン・カーンの皿を置いた。夢
の中で食い損なったチリが湯気を立てている様は、些か不思議な感じだった。
「うん、腹は減ってるんだが、でも、どうして?」
「寝不足も腹ぺこも俺が原因だろうからな。」
 えっ?と、健はドキリとした。
「健、俺だって分かっちゃいるんだ。我慢して、奴らの本部を突き止めるのが俺達
の任務だって事は、よ・・・」
 だが、あいつらを目の前にするとつい頭に血が昇っちまうんだ。憎たらしくて、ど
うにも我慢が出来なくなって、それで・・・と、今度はジョーが照れて頭を掻いた。
「ジョー、おまえ・・・」
「だから、これは詫びと言うか、おまえへの労いと言うかー」
 ふふっと健は笑った。何だ、ジョー、おまえ、分かってたのか。やっぱりおまえだ
けは分かってくれていたんだな。嬉しいぜ・・・
「よし、そういう事なら遠慮無く御馳走になろう。」
 ありがとう、なんて言葉は俺達には要らないのだ。
 だから健は威張ってスプーンを取った。
 と、左手首にしっかりと付けたブレスレットから・・・
ー「こちら南部だ。ギャラクターの鉄獣メカが出現したとの報告が入った。G1号、
G2号、ギャザー!科学忍者隊、集合せよ!」


 たぶん、今回もジョーはバードミサイルをぶっ放すだろう。
 いや、今回は俺かも知れない・・・。
 スプーンをテーブルに叩きつけて、ジョーと共に我先にそれぞれの愛機へと駆け
出しながら、健はふと、そう思った。
 

- The End -



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